ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第二話

 

 

 

 

 

 8月31日、夏休みは今日で終わる。

 

 「ちくしょう、ジジイめ……」

 

 俺はアルバス・ダンブルドアのジジイにダイアゴン横丁とかいう場所に置いてけぼりにされた。あのジジイ、「わしは先にホグワーツでやることがあっての、フシグロ君は此処で何か買うとよい」なんて言って、姿現しでさっさと消えやがった。

 

 「俺に買うもんなんてねーだろ」

 

 そう呟いてため息を吐く。まぁいい、別に暇を潰すぐらいはできる。俺の財布にはこの夏ジジイに振り回された報酬がしっかり入っている。

 

 「確か……2000ガリオンぐらいか。換算したら結構あるな」

 

 ポケットの奥にしまってある革袋を軽く叩きながら、俺は歩き出した。

 

 ダイアゴン横丁――ジジイいわく“いろんな物が揃う場所”らしい。最初聞いたときは、どうせ田舎の商店街程度だろうと思っていたが、実際に足を踏み入れてみるとかなりの賑わいだった。

 

 通りの両端には銀行、菓子店、服飾店、杖の専門店、ペットショップ……まさに魔法使い版のアメ横みたいなもんだ。店先には商品が所狭しと並び、人間だけじゃなくフクロウや猫、カエルといった魔法動物までもがそこら中を歩き回っている。

 

 「……人、多すぎだろ」

 

 明日からホグワーツに戻る生徒、あるいは新入生であろう奴らでごった返している。あちこちから「入学おめでとう」だの「杖はちゃんと選ばなきゃダメよ」だの声が聞こえてくる。

 

 歩いているうちに、自然と人波に押し流される形になった俺は、ふと前方に見覚えのある連中の後ろ姿を見つけた。

 

 「ん?アイツらは……」

 

 ハリー・ポッターとその取り巻きガキ共――ロン、ハーマイオニー、そして赤毛の兄弟たち。どうやら本屋に入っていくようだ。

 

 「様子を見てみるか」

 

 俺は人混みに紛れながらそのまま店の中に足を踏み入れた。

 

 本屋の中もまた、外に負けず劣らず混雑していた。目の前の特設スペースにはサイン台が設けられ、金髪の胡散臭ぇ男が大仰な身振りで何やら喋っている。

 周囲の魔法使いたちが歓声を上げ、キャーキャー騒いでいるのを見るに、どうやら人気者らしい。

 

 「おい見ろよ!本物だ!」

 「サインもらえるかしら!」

 「ギルデロイ様〜〜!!」

 

 看板に書かれた名前を一瞥する。

 

 ――ギルデロイ・ロックハート。

 

 「なんだこのイラッとするツラ……」

 

 ロンの家族らしき連中もそこにいた。ハリーが一番に俺に気づき、目を丸くして手を振ってきた。

 

 「あ!先生!」

 「え?うお!先生だ!」

 「え!嘘!え!先生!」

 

 次々と声を上げて寄ってくるガキ共。ロンの兄弟たちも、俺が普段見せる顔とのギャップに興味津々の目を向けてきた。

 

 「……」

 

 俺は特に何も言わず、顎を少し上げただけで応えた。

 

 そこへ、恰幅のいい中年男が人混みをかき分けてやって来た。温和そうな目元をしているが、声は妙に元気がいい。

 

 「お〜君が噂に聞くホグワーツの体育教師かー!息子から話は聞いているよ、私はアーサー・ウィーズリー!」

 

 差し出された手を一瞬見て、俺は軽く握り返した。

 

 「息子、ロンの親父さんか」

 「そうそう!いつもお世話になっているようで!」

 

 後ろから「先生、お世話はしてないけどな……」とロンが小声で呟いたのが聞こえたが、無視した。

 

 「いやぁ〜息子が筋トレだの走り込みだの、いろいろ鍛えられてるって言っててね。体育教師の話を聞くと、家族一同ビックリでしてな!」

 

 「ふーん」

 

 俺は適当に相槌を打ちつつ周囲の人混みを観察した。

 

 金髪のロックハートがまるで自分が世界を救った英雄みたいに語っている。ファンらしき連中がサインをねだり、フラッシュが焚かれ、拍手が沸き起こる。

 

 「……あれ、なんなんだ?」

 「え?ああ、ロックハート先生ですよ!新任教師です!防衛術を教えるんです!」とハーマイオニー・グレンジャー。

 

 「先生……?あんなペラペラした奴が?」

 

 口を挟むと、ハーマイオニーが食い気味に反論した。

 

 「ロックハート先生は有名な闇祓いなんです!本もたくさん出してて、それにとっても素敵な人なんですよ!あ!もちろん先生も!」

 

 最後はよく分からんが……その隣でロンとハリーは微妙な顔をしていた。ロンに至っては露骨に眉をひそめている。

 

 「へぇ……」

 

 俺は肩をすくめた。俺の基準では“強い”奴のオーラじゃない。派手で騒がしい奴にありがちな“見た目だけ”のタイプだ。

 

 ハリーが苦笑しながら言った。

 

 「たぶん、あの先生の授業……めちゃくちゃになる気がする」

 

 「だろうな」

 

 ガキ共と他愛もない会話をしていると、ふと視線を感じた。ロックハートの奴が俺の方を見てニヤリと笑っている。

 

 「……なんだよ」

 

 その直後だった。金髪の男が勢いよく壇上から降り、ハリーの肩を抱いた。

 

 「おぉぉ〜〜これはこれは!我らが有名人!ハリー・ポッター君ではないか!」

 

 「えっ……」

 

 眩しすぎる笑顔。周囲のフラッシュ。ファンの悲鳴。ハリーは完全に混乱している。

 

 「そしてこの少年の担任とも言える存在……ホグワーツの新しい風、体育教師フシグロ先生!」

 

 「は?」

 

 勝手に紹介しやがった。まるで俺と仲がいいみたいなテンションで肩を叩いてくる。

 

 「ちょっと写真を!」

 「新聞に載せましょう!」

 

 群衆の熱が一気に俺に向けられた。カメラの閃光がチカチカと目に刺さる。

 

 「……ちっ」

 

 舌打ちしながらロックハートの手を払い、群衆を無理やりかき分けて外に出た。

 

 「せ、先生!?待ってくださいよ!」とハリーたちが追いかけてくる。

 

 「ガキ共、買い物済ませたらさっさと帰れ。俺はもううんざりだ」

 

 肩にかかる喧騒を振り払うように俺は背を向けた。

 

 ――夏休み最後の日。

 ジジイの置き去りも、金髪野郎の騒ぎも、全部まとめて面倒くせぇ。

 

 ホグワーツに戻る前からこれじゃ、先が思いやられる。

 

 うざったい人混みを抜け、本屋を出たところで俺は1組の親子と鉢合わせした。

 

 「お、“純血”じゃねぇか。お前もあの胡散臭いやつの本を買いに来たのか?」

 

 金髪のガキ――ドラコ・マルフォイは、俺の言葉に即座に反応して眉を吊り上げた。

 

 「純血って言うな!それに違う!僕は普通に教材を買いに来たんだ!フシグロ先生!」

 

 「ふん、威勢だけはいいガキだな」

 

 肩を軽く小突くと、前より少しガタイがよくなっているのが指先から伝わった。胸の辺りも鍛えられてる。俺の授業、ちゃんと続けてるらしい。

 

 「お前、ちょっとガタイよくなってんじゃねぇか」

 

 「くっ……なんか悔しいが……嬉しい!」

 

 顔を赤らめながらもどこか誇らしげな声。あぁ、ほんと素直なガキだな。

 

 「あなたがホグワーツの体育教師ですな?」

 

 低く落ち着いた声が割り込んだ。ドラコの隣に立つ中年男が一歩前に出る。長い金髪、冷ややかな目。蛇を模した杖を持っている。派手な外見のわりに纏う空気が妙に重い。

 

 「私はルシウス、ルシウス・マルフォイだ」

 

 「伏黒甚爾だ」

 

 名乗った瞬間、こいつの視線が舐めるように俺の全身を測る。剣呑というより、“下”を見ている目。

 

 「ふむ……体育教師というからどんな人物かと思えば……ただのマグルではないか」

 

 「ち、父上!」

 

 焦ったようにドラコが声を上げる。

 

 俺は眉ひとつ動かさず、その言葉を聞いていた。魔法がないからといって何を言われようが、慣れてる。呪力がないことでさんざん罵倒されてきたからな。

 

 「へぇ、ただのマグルねぇ」

 

 一歩前に踏み出すと、ルシウスは一瞬だけ目を細めた。杖を構えるでもないが、油断もしていない。目だけで測っている。

 

 「口の利き方が悪ぃな。ガキの教育には悪影響だろ」

 

 通りの空気がぴんと張り詰める。周囲の人間も気配を感じたのか、俺たちから距離を取った。

 

 「教育、だと?」

 

 「そうだ。俺はこのガキ共に、“杖がなくても生き残れる力”を教えてる。魔法が使えようが使えまいが、喉を潰せば喋れねぇし、心臓止めりゃ生き残れねぇ。世界ってのはそういう場所だ」

 

 「……フッ」

 

 薄い笑み。完全な侮りではない、興味を持ったときの目だ。

 

 「ずいぶんと野蛮な教育方針ですな。しかし……」

 

 ルシウスはスッと杖を手に持ち直した。構えるでもなく、ただ掌に収まるように持つ。それだけで周囲にいた者たちの何人かが身を引いた。

 

 こいつ、単なるお貴族様じゃねぇな。多少はやれるタイプだ。

 

 「ん?」

 

 ふと感じた。ルシウスのローブの内側――胸元あたりに、ほんの一瞬だけ異様な“気配”が滲んだ。魔力でも呪力でもない、ねっとりとした嫌な空気。魔法界でいう“普通の道具”の気配じゃねぇ。何か……もっと、深くて、濁ったモンだ。

 

 「何か言ったかね?」

 

 俺が目を細めると、ルシウスは一歩分だけ間合いをずらして笑う。完全に悟らせないつもりだ。

 

 「いや……別に」

 

 今この場で喧嘩を売る理由はねぇ。だが、覚えた。あの感じは一度感じたら忘れられない。

 

 「まあいい。息子の教育に悪影響を与えないのであれば、貴殿が何者であろうと興味はない」

 

 「ふぅん、そりゃどうも」

 

 背を向けるルシウス。その横でドラコが少し逡巡しながら、俺を見上げて言った。

 

 「……先生」

 

 「なんだよ」

 

 「ぼ、僕……筋トレ、サボってないからな」

 

 「知ってるよ。肩見りゃ分かる」

 

 ドラコは少し照れたように鼻を鳴らし、父親の後を追っていった。

 

 その背中を見送りながら、俺は小さく舌打ちした。

 

 「クソ……気味の悪い気配だったな」

 

 魔法も呪力も持たない俺でも、分かるものはある。あのルシウスって野郎――ただの貴族風情じゃねぇ。何かを隠していやがる。

 

  俺は人の波を縫うようにして歩きながらぼそりと呟いた。魔法界の“純血”とかいう連中の思考は、呪術界の上層のクソどもと似ている。自分たちが世界の中心だと疑っていない目だ。

 

 「けどまぁ……ガキは悪くねぇ」

 

 マルフォイの奴、ちゃんと俺の授業を覚えてやがる。筋トレだって続けてるのが体を見れば分かる。こういう奴は伸びる。

 

 俺は通りの先に目をやった。人混みの奥に杖屋、ローブ屋、菓子屋……いかにも“魔法使いの街”って感じの光景が広がっている。

 

 「……さて、どうするか」

 

 ジジイに置いていかれたせいで時間はある。特に買うもんもないが、こういう場所を見て回るのも悪くない。

 

 財布を叩くと、革袋の中でガリオンの小気味いい音が響いた。

 

 「金はあるしな……」

 

 俺は人波に紛れ、再びダイアゴン横丁の奥へと歩き出した。

 

 こうして、夏休み最後の日――俺のダイアゴン横丁放浪が始まった。

 

 とにかくいろんな店がある。どれも俺には縁もゆかりもないものばかりだ。

 

 魔法使いが使う杖の店もその一つだ。あんな短い木の枝みたいなもんで魔法を連発できるなんて、正直今でも信じられねぇ。だが魔法使いどもはそれがないと()()()()()()()。それくらい、杖ってのは奴らにとっちゃ命綱なんだろう。

 

 俺はふと、通りの一角にある古めかしい店に目を止めた。看板にはくっきりとこう書かれていた。

 

 「……“オリバンダーの店 紀元前382年”……だと?」

 

 思わず声が漏れる。紀元前382年って……俺がいた呪術界全盛の平安時代よりもずっと前じゃねぇか。とんでもねぇ老舗だな。

 

 店の看板は色褪せ、ボロボロで、木材の節も剥き出し。魔法界が長い歴史を歩んできたことを、そのまんまぶら下げているようなもんだ。

 

 「ちょっと入ってみるか……」

 

 そう呟いて扉を押すと、古びたベルがチリンと鳴った。

 

 中に足を踏み入れた瞬間、外の喧騒がまるで嘘みたいに消え、静寂が支配した。店の中は狭い。床はきしみ、壁一面に積み上げられた杖の箱が今にも崩れそうなバランスで積まれている。

 

 鼻の奥に古い木と薬草、そして少しだけ金属のような匂いが混じった空気が入り込んだ。うっすらと魔法と呪いの気配も漂っている。こりゃあ魔法使い特有の、長い年月で染み付いたもんだ。

 

 「おや、これは珍しいお客様だ。ふむ……ほぉ!」

 

 奥からひょろ長い爺さんが滑るように現れた。白髪は肩のあたりまで伸び、目は妙に爛々としている。あぁ……こりゃあ変わり者の匂いがプンプンする。

 

 「そなた……もしや“天与呪縛”ではないかね?」

 

 いきなり核心を突いてきた。

 

 「へぇ……見ただけで分かるのか?」

 

 「人を見る“目”はあるのでね。長くこの商売をしていると、普通の魔法使いとは違う“何か”を纏った者はすぐに分かる。そなたのそれは……とても静かで、恐ろしく冷たい」

 

 「静かで冷たいねぇ……」

 

 爺さんは俺の身体をじろじろと観察している。嫌なジジイだが、こいつ……只者じゃねぇな。今まで会ってきた魔法使いどもとは明らかに目の奥が違う。

 

 「ふむ……魔力の流れがない。完全なゼロ……いや、これは“欠落”ではなく“完成”か。天与呪縛、それもかなりの強度だな」

 

 「なんか勝手に分析されてんだが」

 

 「失礼、職業柄でね」

 

 爺さんはクスクスと笑うと、背中の棚から適当な杖を1本取り出した。

 

 「この店ではね、杖が人を選ぶんだ。魔力がないなら本来、杖は反応を示さない。しかし――」

 

 そう言って俺に杖を差し出してきた。

 

 「……興味があるんですよ、あなたの“ゼロ”に。杖がどう反応するか、私も長い人生で見たことがない」

 

 俺は少し眉をひそめた。杖なんざ必要ねぇ。そんなもんに頼るぐらいなら素手で殴った方が早い。だがこのジジイ、どうも面白がってるのが見え見えだ。

 

 「まぁ……いいか」

 

 俺はその杖を取った。瞬間――

 

 バチィィッ!

 

 「うおっ!?」

 

 杖から青白い光が弾け、俺の手のひらを這うように流れていった。けっこう強い衝撃だ。が、痛くはねぇ。むしろ……寒い。氷水をぶちまけられたような、そんな感覚だ。

 

 「ほぉ……!」

 

 爺さんの目が爛々と光った。

 

 「普通なら杖は魔力を求める。けれどあなたの場合、逆だ。“魔力がない”という空白に、杖が勝手に力を吸い寄せようとしている。これは……実に興味深い」

 

 「やめろ。気持ち悪ぃ」

 

 俺は杖を放り返した。ジジイは器用に片手で受け止め、実に楽しそうに笑っていた。

 

 「なるほど……あなたは本当に“異端”だ。ホグワーツにいるのが奇跡ですよ」

 

 「そりゃどうも」

 

 杖を棚に戻した爺さんは、まるで標本を観察する学者のような目で俺を見ている。

 

 「あなたのような存在は、魔法界では極めて稀です。魔法が効かず、魔力の影響も受けない。まるで……世界から隔絶されたような在り方だ」

 

 「褒めてんのか馬鹿にしてんのか分かんねぇな」

 

 「その両方でしょう」

 

 ジジイは楽しそうに肩を竦めた。

 

 「……だが、いつか必ず“それ”が役に立つときが来る。そういう人間だ、あなたは」

 

 唐突な言葉だった。けれどその声には、ふざけた色はなかった。

 

 俺は一瞬だけ、その目を見返した。

 爺さんの目の奥には、狂気とも執念ともつかない強い光が宿っていた。

 

 「……ふん、予言かよ」

 

 「私は占い師ではありません。杖職人です。ただ、長く人と杖を見てきた目がそう告げているだけです」

 

 「まぁいい。暇つぶしにはなった」

 

 そう言って俺は踵を返した。

 

 背後から「また来なさい」と声がかかったが、振り向きはしなかった。

 

 外に出ると、日差しが眩しい。

 

 杖の感触がまだ掌に残っている。冷たいような、空っぽのような、奇妙な感覚だ。

 

 「ちっ……なんか妙なジジイだったな」

 

 俺はポケットに手を突っ込みながら、再び賑やかなダイアゴン横丁を歩き出した。

 

 杖がどうとか、魔力がどうとか、そんなもんは俺には関係ねぇ。けど――あのジジイの最後の言葉が、ほんの少しだけ胸の奥に残っていた。

 

 それから歩いていると、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った暗い一角に出た。

 

 昼間だというのに陽の光が差し込みにくく、建物同士が押し合うように狭まった通りは、湿気を孕んで重たい空気を纏っている。地面はどこか薄汚れていて、積もった埃の上に誰かの足跡が点々と残っていた。明らかに普通の観光ルートではない。

 

 「……ノクターン横丁か」

 

 壁に掲げられた看板には、黒ずんだ金属文字でその名が刻まれていた。

 

 あぁ、ここは“裏”の匂いがする。

 

 さっきの明るくて浮かれた観光地のようなダイアゴン横丁とは違う。こっちは空気が重い。視線を感じる。建物の奥、開け放たれた裏口、屋根の上。あちこちから野良犬みてぇにこっちを窺う目がある。

 

 「こっちの方が面白そうだ」

 

 自然と口元が緩んだ。

 

 こういう“裏通り”は落ち着く。日本でも、こういう場所こそが俺の得意分野だった。法の目をかいくぐるように動く連中、危ない取引、闇市、汚い仕事――その全部が、俺の呼吸のテンポと合う。

 

 表の世界が笑顔で取り繕っている間に、裏で流れるのは血と欲望と権力だ。そういう場所の方が、よっぽど正直ってもんだ。

 

 歩を進めるごとに空気がどんどん淀んでいく。魔法使いどもが撒き散らしたような安っぽい魔力の残り香ではなく、もっと生臭くて粘つくような“気配”がそこら中に張り付いていた。

 

 「……へぇ」

 

 俺の五感が自然と鋭くなる。天与呪縛の強化された感覚に、ここはやたら引っかかるものが多い。隠してる。誰もが何かを隠してやがる。

 

 目の前を、黒いローブを纏った魔法使いが通り過ぎた。顔をフードの影で隠し、やけに素早い動きで脇の建物に吸い込まれていく。

 

 「コソコソしやがって……分かりやすいな」

 

 笑みがこぼれる。

 

 通りの左右には、壊れかけた木製の扉と汚れた窓が連なっている。どの店も外から中が見えないようになっていて、営業してるのかしてねぇのかも分からない。それでも空気だけは生きていて、確かに人が潜んでいる。

 

 その中の一軒、錆びた鉄製の看板に辛うじて読める文字が刻まれていた。

 

 「“ボージン・アンド・バークス”……か」

 

 確かハーマイオニーとかが一度ぽろっと名前を出してた店だな。闇の魔法具を扱う場所――そういう話だった気がする。

 

 「闇の魔法具ねぇ……」

 

 俺からすれば、呪いなんざ実用品みたいなもんだ。呪具は使いようだし、魔法界の“闇”なんてたかが知れてる。

 

 気づけば、俺はその扉の前に立っていた。

 

 鉄の蝶番が鈍くきしむ音を立て、ゆっくりと扉を押し開ける。

 

 中は外よりもさらに薄暗く、空気が冷えている。どこかの地下牢に迷い込んだみてぇだ。店内の棚には、黒ずんだ宝石や古びた指輪、血のような液体が入った瓶、そして用途不明の金属片が並んでいた。

 

 魔力の残滓がそこら中にこびりついている。長い年月、人の手を渡って呪いが積み重なったもんだ。

 

 「いらっしゃいませぇ……」

 

 背筋がぞわりとした。声の主は、カウンターの奥から滑るように出てきた男だ。蛇のように細長い目に、唇の端だけで笑う気味の悪い顔つき。

 

 「珍しい顔だねぇ……杖も持たない、魔力も感じない……それでノクターン横丁に足を踏み入れるとは……」

 

 「観光だよ」

 

 俺は肩を竦めた。

 

 男は一瞬きょとんとしたあと、くくっと笑い出した。

 

 「観光、ねぇ……ここを観光って言えるやつはそうはいない」

 

 その言葉は裏返せば“お前みたいな奴は珍しい”ってことだ。

 

 「まぁいいや。適当に見せてくれ」

 

 「……ふむ」

 

 男は俺をじろりと舐めるように見てから、棚の一角へと案内した。そこには普通の魔法具屋じゃ売ってなさそうな代物がずらりと並んでいる。

 

 見た目はただのネックレスや指輪だが、纏っている空気が違う。強い呪い――というより、誰かの“恨み”がぎっしり詰まったような不快感が肌を撫でた。

 

 「どうだい?こういうの、好きなんだろ?」

 

 「まぁ……嫌いじゃねぇな」

 

 「……へぇ、本当におかしなやつだ」

 

 棚の奥、ひときわ黒い気配を放っている小さな箱に自然と目がいった。

 

 「それは?」

 

 俺が指差すと、店主は一瞬だけ目を細めた。

 

 「こいつぁ……売り物じゃねぇよ」

 

 「……ふぅん」

 

 妙な含みを感じた。

 あの箱から滲み出てるのは普通の呪具じゃねぇ。まるで“生き物”みたいな、粘ついて絡みつくような気配。

 

 俺は目を細めたまま、その箱からゆっくりと視線を外した。

 

 「面白ぇもん、あるじゃねぇか」

 

 「観光客にゃ関係のない話さ」

 

 店主は唇の端を歪めて笑った。

 

 通りに戻ると、昼間なのにまるで夜みたいな空気が全身にまとわりつく。

 

 「ノクターン横丁、ねぇ……」

 

 俺は空を見上げ、ひとつ息を吐いた。

 

 あの箱――あれは、この魔法界の“裏”の象徴みてぇな代物だ。面倒事の匂いがプンプンする。

 

 「まぁ、今は深入りしねぇでおくか」

 

 まだ夏休みの終わりだ。余計な揉め事に首を突っ込むのは、もうちょっと先でいい。

 

 俺は肩を回し、再びダイアゴン横丁の方向へ歩き出した。

 

 表と裏の境目は、ほんの一歩の距離だった。

 それでも、そこに広がる“空気”はまるで別世界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかの伏黒先生との再会――ルシウス・マルフォイ親子との軽いいざこざもありつつ、買い物を終えてウィーズリー家に戻ってきた一同の空気は、どこか華やいでいた。

 

 夜の屋敷はいつもより賑やかで、荷物の整理をする音と、笑い交じりの話し声があちこちから響いている。翌日のホグワーツへの出発を前に、家中に浮き立つような空気が満ちていた。

 

 「ロン、フシグロ先生はどんな人なんだい?」

 

 湯気の立つ紅茶を手に、アーサー・ウィーズリーが食卓越しに何気なく息子へ声をかけた。

 

 「え?フシグロ先生?ん〜……怖いけど、カッコいい先生かな〜」

 

 ロンは腕を組み、うんうんと唸るように言った。

 

 「怖いのにカッコいい……?」

 

 モリーが眉をひそめる。息子の感性に不安を覚えたのかもしれない。

 

 「そう!あの鋭い目つきがたまにゾクッてくるんだよ」

 

 ロンの言葉に、テーブルの向かい側にいたフレッドとジョージが同時に噴き出した。

 

 「ロン、それ褒めてるのか?」

 「もう怖い通り越して惚れ込んでるじゃねぇか」

 

 「うるせぇな!本当なんだって!」

 

 そのやりとりに、ハリーは声をあげて笑いながらも、どこか頷いていた。彼もまた、伏黒先生の存在を“特別なもの”として認識していた。

 

 「魔法を使えないんだろう?」

 

 アーサーの言葉に、ロンはすぐさま反応する。

 

 「パパ、フシグロ先生に魔法なんて必要ないんだよ!」

 

 「え?」

 

 モリーとアーサーが同時に声を漏らす。

 

 「先生は杖なんかなくても強いんだ。魔法使い相手に素手で勝っちゃうんだぜ!」

 

 「目で睨まれたら動けなくなるよね」

 

 とハリーが続けると、場の空気が少しだけ引き締まった。

 

 「俺たちも授業受けてるからな」

 

 フレッドが肩をすくめ、ジョージも苦笑しながら頷いた。

 

 「フシグロ先生の授業って、授業っていうより訓練なんだよ」

 「“ここは戦場だ”って言いながら杖禁止で持久走とか、組手とか、魔法なしの戦闘訓練させるんだ」

 

 「戦場……?」

 

 アーサーの眉が上がる。

 

 「でも、やってるうちに本当に強くなれる気がするんだよ」

 

 「確かに」

 

 静かに加わったのはパーシーだった。背筋を伸ばし、真面目な声で言う。

 

 「先生の授業は、魔法に頼らない“生き残り方”を叩き込まれる。戦略的で合理的だ。あれを体に染み込ませたら、どんな状況でも生き延びられる気がする」

 

 「パーシーまで……!」

 

 モリーの目が大きく見開かれた。

 

 「私もそう思うわ」

 

 ハーマイオニーが本を閉じて顔を上げた。

 

 「もし魔法が使えなくなったら、フシグロ先生の授業を受けてなかった私はきっと何もできなかったと思う」

 

 「……ハーマイオニーでもそう思うのか」

 

 ロンが素直に感心する。

 

 「えぇ。先生の授業は厳しいけど、“本物”なのよ」

 

 その言葉にフレッドとジョージも頷き、パーシーも静かに紅茶を口にした。ハリーも、ロンも、そして全員が伏黒甚爾という教師を強烈に印象付けられている――それが自然と伝わってきた。

 

 「フシグロ先生がいると、学校がちょっと違って見えるんだ」

 

 ハリーがぽつりと呟いた。

 

 「ただのホグワーツじゃなくて、何か“本当に戦う場所”にいる気になる」

 

 ロンも「わかる」と頷き、双子とパーシーも珍しく真面目な顔をしていた。

 

 その輪の少し外――ジニー・ウィーズリーは黙って兄や友人たちの話に耳を傾けていた。

 

 今年から入学する彼女にとって、フシグロ甚爾という名前はまだ新しいものだった。だが、ダイヤゴン横丁で遠目に見た“黒いシャツと白いパンツ姿の男”の姿は、強烈な印象として残っている。

 

 「……すごいカッコいい人!」

 

 ハーマイオニーが口にしたその一言で、ジニーの胸がドキリと鳴った。

 

 まだよく知らない。でも――気になる。

 

 兄たちが真剣な顔で語る“怖いけれど信頼できる先生”の姿を想像すると、心の奥でふわりと高揚するものがあった。

 

 「ジニーもいよいよホグワーツだな!」

 

 フレッドが茶化すように声をかけた。

 

 「う、うん!」

 

 慌てて顔を上げて返事するジニー。頬が少しだけ赤いのを、幸い誰も気づいていなかった。

 

 ――誰も。

 

 ジニーの鞄の奥底、教材と一緒に押し込まれた革表紙の“黒い本”にも。

 

 それは、買い物の帰り際、ルシウス・マルフォイがそっと滑り込ませたものだった。少女自身もまだその存在に気づいていない。

 

 柔らかい家族の笑い声と期待感が家中に満ちているその夜、ジニーの鞄の中では、何かが微かに脈打つように揺らめいていた。

 

 その存在を、今は誰も知らない。

 まだ――。

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