ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第三話

 

 

 

 

 

 そして翌日。

 

 俺は宿泊していた濡れ鍋を後にして、ロンドンのキングスクロス駅に向かっていた。

 

 「9と4分の3番線、っと」

 

 1年前にもこの壁を通ったことを思い出す。魔法使いって連中のやり口にはだいぶ慣れたが、壁に突っ込んで列車に乗るなんざ、冷静に考えればぶっ飛んでる。

 

 壁に向かって歩き出したそのとき、背後からいつものやかましい声が響いてきた。

 

 「あー!先生だ!」

 「こんにちはー!」

 「フシグロ先生ー!」

 

 振り返ると、ハリー、ロン、ハーマイオニー、フレッドとジョージ、パーシー――そして今年から初めて見る赤毛の女の子。

 

 「おいロン、お前の妹か?」

 

 「ジニーだ。今年からホグワーツなんだ!先生よろしくー!」

 

 へぇ……なるほどな。

 

 ジニーと呼ばれた赤毛のガキは俺を見上げ、まん丸い瞳を輝かせて固まっていた。息を飲んだような顔で、何かを言いたげに口を開いたり閉じたりしている。

 

 「……な、なんか怖いけど、かっこいい」

 

 小声で呟いたのをフレッドがしっかり拾った。

 

 「ジニー、お前先生にビビってんのか?」

 「ち、ちがうもんっ!」

 

 顔を真っ赤にして否定している。まぁ、ガキらしい。

 

 「おい、いつまでここでしゃべってんだ。さっさと行くぞ」

 

 俺はそのまま壁に向かい、速度を緩めず突っ込んだ。視界が切り替わり、ホームに出る。

 

 「うわぁ……!」

 

 背後からジニーの歓声。初めて壁を抜けたガキの反応ってのはわかりやすい。

 

 ホームは、去年と同じざわめきで満ちていた。蒸気を吹き上げる赤い列車、ローブ姿の魔法使いたち、うるさいフクロウ。1年前より慣れたはずなのに、どうにも浮世離れした空気は拭えねぇ。

 

 「おい先生!」

 

 フレッドとジョージが俺の背中を同時に叩いてきた。

 

 「新学期もよろしくな!また先生の地獄の訓練楽しみにしてるぜ!」

 「今年こそ記録更新してやる!」

 

 「……勝手にしろ」

 

 「じゃ、先生、また学校で!」

 

 ハリーの声が響く。

 

 「ああ」

 

 俺は短く返して列車に乗り込んだ。こいつらと同じ列車に乗るが、同じ部屋に入る気はさらさらない。教師がガキ共と一緒にキャッキャするのもおかしいしな。

 

 1両進んだ先に、空いている個室があった。俺はそのままスライドドアを開け、どっかりと腰を下ろす。

 

 「ふぅ……」

 

 窓の外にはまだホームが見える。賑やかなガキ共の声が微かに届いてくる。

 

 ガキ共の顔ぶれは1年前とほとんど同じだ。だが、この1年で全員ちょっとずつ逞しくなってやがる。俺の授業が効いてる証拠だろうな。

 

 「ん」

 

 ふと視界の端に見えたのは、列車の入り口付近で荷物を抱えたジニー。ロンが彼女の荷物を手伝い、ハーマイオニーが何か説明してやっている。ジニーの視線はほんの少しだけ、こちら――俺の個室の窓をチラリと向いた。

 

 「……ったく、なんだあの目は」

 

 気づいてねぇとでも思ってんのか。

 

 やがて汽笛が鳴り響く。ホームに白い蒸気が立ちこめ、列車がゆっくりと動き出した。

 

 ガキ共の明るい声が、しだいに遠ざかる。俺は片足を伸ばして座席に体を預けた。

 

 教師って柄じゃねぇとは今でも思う。だが、こうして同じ列車に乗って城に向かうのは――まぁ、悪くねぇ。

 

 「さて、今年も地獄を見せてやるか」

 

 独りごちた声が車内に小さく響く。

 

 俺は荷物を脇に置き、外の景色に目をやった。ロンドンの町並みが遠ざかり、列車は森の中へと進んでいく。

 

 その先には、またあの城が待っている。

 俺の“仕事場”がな。

 

 そして夜。列車がホグワーツ駅に着いたのは、すっかり空が暗くなってからだった。

 

 長い移動でガキ共は疲れるどころか逆にテンションが上がっているらしく、車内は最後までうるさかった。座席でお菓子を投げて笑ってるバカ、窓の外に呪文を撃ちまくるバカ、くだらない悪戯をして走り回るガキ……地獄のような騒ぎだった。俺は途中で何度か注意するのも面倒になり、目の前で呪文を撃ってたガキには、あとでしっかりシメるリストに名前を入れておいた。

 

 ホームに降り立つと、冷たい夜風が頬を撫でる。夜の空気は夏の終わりを感じさせるものだった。

 

 「ったく、やっと着いたか」

 

 肩にかけていた荷物を直しながら外に出ると、黒い湖の向こうにホグワーツ城の輪郭がぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 新入生は例年通り、でけぇ図体のハグリッドが案内しているらしい。ランタンを掲げ、元気いっぱいのガキ共を引き連れて歩く姿は、去年とあまりかわらねぇ。

 

 その他の生徒たちは馬車に乗って城へ向かう。馬車を引く“馬”は見えない。去年も気になっていたが、俺にはその気配がしっかりと感じ取れる。

 

 「……確か、セストラルだったな」

 

 以前、図書室で暇つぶしに読んだ魔法生物図鑑に載っていた。人の死を“実際に目撃した者”にしか見えない、骨ばった悪魔の馬。ガリガリに痩せた漆黒の身体に、蝙蝠のような翼を持つ──不気味だが、どこか静謐な印象を受ける魔法生物だった。

 

 「うわ!なんだこの馬!え!こんなのが引いてたのか!?」

 

 背後からロンの騒ぐ声が聞こえた。続いてハリーも同じように目を丸くしている。

 

 「そういえば私たち去年、フシグロ先生がクィレル先生を……あれで見えるようになったのね」

 

 ハーマイオニーの言葉にハリーとロンが複雑そうな顔になる。新入生たちは当然その“馬”の存在を見えていないようで、空中に浮かぶように進む馬車に歓声を上げていた。

 

 俺はそれを横目に見ながら歩き出す。別に馬車に乗ってもいいんだが、俺には城までの道がしっかり頭に入っているし、なによりあの騒がしい馬車に同乗したくなかった。ガキ共の甲高い笑い声を聞きながら移動なんてまっぴらごめんだ。

 

 「先生、歩いて行くのか?」

 

 いつの間にか後ろにロンが来ていた。

 

 「おう。お前らは馬車に乗れ」

 

 「えー、でも歩くのも面白そう……」

 

 「いいから乗れ。ガキが歩いてたらハグリッドに怒られんぞ」

 

 「それもそうか」

 

 渋々ロンが馬車に戻っていく。フレッドとジョージが窓から身を乗り出して手を振っていた。

 

 「先生!今年も地獄よろしくなー!」

 「筋トレの記録、今度こそ破るぜー!」

 

 「……知らねぇよ」

 

 肩をすくめながら夜道を進む。

 

 空は厚い雲に覆われ、月も星もほとんど見えない。それでもホグワーツ城から漏れる明かりが、夜の闇をぼんやりと照らしていた。湿った草の匂い、カエルの鳴き声、遠くで響く馬車の車輪の音──この場所には、この時間にしかない静けさがある。

 

 歩くたびに、足の裏に馴染んだ石畳の感触が伝わってきた。去年のこの夜も、まったく同じ道を歩いたことを思い出す。あのときはただの護衛の延長線みたいな気分だったが……今は少し違う。

 

 「今年も始まるか……」

 

 ぽつりと呟いた声は夜風に溶けた。

 

 あのガキ共はこの1年で少しだけ強くなった。腕立ても走り込みも、俺の授業についてくるようになった。あいつらなりに必死に努力してるのは見てりゃ分かる。

 

 とはいえ、まだまだ足りねぇ。これから先、俺はあいつらをさらに叩き上げなきゃならん。敵は、魔法の杖を持った人間だけじゃない。去年みたいなクィレルみたいなイカれもいれば、もっとヤバいものが潜んでることぐらい、俺でも察してる。

 

 暫く歩き、城が近づくにつれ、風の匂いが少しだけ変わった。湿った森の香りから、石造りの建物が持つ冷たい空気へと移り変わっていく。

 

 「よう、トウジ!」

 

 門の近くに立っていたのは、ランタンを掲げたハグリッドだった。

 

 「歩いて来たのか?珍しいな」

 

 「馬車のガキ共がうるさいんだよ」

 

 「まぁ、そりゃそうだ」

 

 ハグリッドが豪快に笑う。その声が夜の森に響いた。

 

 「新入生はちゃんと連れてきた。お前は先に城に入ってていいぞ」

 

 「おう」

 

 俺はそのまま門をくぐり、夜の石段を上り始めた。

 

 遠くから馬車の車輪の音が近づいてくる。ガキ共の笑い声もまた夜の静寂を切り裂いて響いていた。

 

 その声を背に、俺はゆっくりとホグワーツの門をくぐり抜けた。

 

 暗闇の中、城の光がますます明るく見える。

 

 ──今年もまた、面倒な毎日が始まる。

 

 俺はポケットに手を突っ込みながら、無言のまま石造りの階段を登っていった。

 

 自室に荷物を置き、ため息を一つ。

 

 やっぱりこの石造りの部屋は静かすぎる。去年もそうだったが、ここに戻ると「夏休みが終わった」って感覚が一気に押し寄せてくる。別に教師って肩書きが好きなわけでもないが、金のためだ。割り切るしかねぇ。

 

 「……行くか」

 

 そう呟き、大広間へと向かった。

 

 宴の始まりと組み分け式――ホグワーツの年始恒例行事だ。

 

 俺はいつも通り、誰にも気づかれずに教員席へと足を運び、隅っこの席に腰を下ろした。去年とまったく同じ位置だ。

 

 隣の席はフリットウィック。ちっこいおっさんで声は甲高いが、意外と話の分かる男だ。去年は隣にクィレルがいた。あのターバン野郎はいない。……正直ちょっとだけ、静かすぎて妙に寂しい気がする。あのオドオドしてビクビクしてたクィレルがもういないとはな。

 

 チラリと横を見ると、壇上の真ん中に座っているダンブルドアのジジイと目が合った。

 

 「……こっちみんなジジイ」

 

 小声で呟くと、ジジイはニヤリと笑い、すぐに生徒席へと視線を戻した。

 

 相変わらず、俺の心を読んでるようで気味が悪い。

 

 新入生の組み分けが始まる。

 マクゴナガルが帽子を掲げて、新入生一人ひとりを呼び、グリフィンドールだのハッフルパフだのと帽子がわめき散らす。どの寮に行こうが俺には関係ねぇ。どうせ全員、最終的には俺の授業で同じように筋肉痛になるんだ。

 

 その後、ダンブルドアのちょっとした演説が続く。

 話の内容は例年通り。安全がどうの、努力がどうの、校則を守れだの。

 

 俺はそのあたりは完全に聞き流し、テーブルに置かれたグラスの水を口に含んだ。

 

 そして――。

 

 「では皆に新しく【闇の魔術に対する防衛術】を担当することとなった先生を紹介しよう、ギルデロイ・ロックハート先生じゃ」

 

 俺の反対側の端に座っていた奴がすっと立ち上がった。金髪に真っ白な歯、そしてやたらキラキラしたローブ。まるで舞台俳優みてぇな派手な立ち姿で壇上に上がる。しかもダンブルドアを軽く押しのけて。

 

 「ギルデロイ・ロックハートです!」

 

 やたら通る声だ。

 

 「皆さん、偉大なる魔法使いであり冒険者の私の授業を受けることになります!これは素晴らしい栄光ですよ!」

 

 「……」

 

 いや、うるせぇなこいつ。なんか胡散臭ぇ。言葉の一つ一つが自慢と拍手待ちで出来てやがる。壇上のダンブルドアも若干引きつった笑みを浮かべていた。

 

 フリットウィックはポケットからハンカチを取り出し、メガネを拭くふりをしながら肩を震わせて笑いをこらえている。

 

 あー……ダメだ、あの新任、どう考えてもウザいタイプだ。

 

 紹介が終わり、生徒席からやけに黄色い歓声が上がった。特に女子共の反応がデカい。ハーマイオニーまでキラキラした目で見てるじゃねぇか。マジか。

 

 そうして宴が始まった。

 

 目の前に料理がずらりと現れる。

 

 去年、俺が「肉ばっかじゃねぇか」と愚痴をこぼしまくった成果か、野菜がそこそこ多くなっていた。ローストビーフやチキンの隙間に、ちゃんとサラダや煮物っぽい料理も並んでいる。

 

 「……まぁ、やればできんじゃねぇか」

 

 肉を齧りながら、ふと視線を生徒席へ向けた。

 

 見慣れたガキ共――ハリー、ロン、ハーマイオニー、そして今年から加わったジニーの姿も見える。ジニーは目を輝かせてグリフィンドールのテーブルに座っていた。

 

 俺の耳は自然とあいつらの会話を拾っていた。

 

 「ロンとフレッドとジョージが“空飛ぶ車”で迎えにきてくれなかったら大変だったよ、いやぁ助かったな〜」

 「え?そんなの乗って大丈夫だったの?色んな人に見られてない?」

 

 空飛ぶ……車?

 

 ……車?

 

 「……は?」

 

 俺は思わず手を止めた。

 

 空飛ぶ車だと……!?

 アイツ今、空飛ぶ車って言ったか!?

 

 ハグリッドの空飛ぶバイクはもう使えない。休みの日に日本に行くときはダンブルドアのジジイに頭を下げるしかなかった。くそったれジジイに。

 

 だが、もし空飛ぶ車があるなら……自由に移動できる。

 競馬だろうが観光だろうが、ジジイの顔色を窺う必要もない。

 

 俺の頭の中で、日本に競馬をしに行くルートが瞬時に組み上がっていく。

 

 ──まず夜に空飛ぶ車を拝借。

 ロンドンから日本上空へ。

 着陸地点は羽田か成田か。

 レース場に向かい、馬券を買って……勝って……帰る。

 

 「こりゃあ、いい事を聞いた」

 

 俺はニヤリと笑って肉を頬張った。

 

 そのとき、隣のフリットウィックが怪訝そうに俺を見上げた。

 

 「なにかいいことでも?」

 

 「いや、別に」

 

 しれっとした顔で答える。

 

 ──いいさ。今すぐ行動に移すわけじゃねぇ。だが確実に、あの空飛ぶ車は“使える”。

 

 宴の喧騒をよそに、俺は静かに未来の“移動手段”に思いを馳せていた。

 

 さて、どうやってあのガキ共から車の情報を聞き出すか――それが、次の課題だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 始業式と入学式、そして盛大な宴が終わると、生徒たちはぞろぞろと自分の寮へと戻っていった。

 

 長い休みを終え、再び始まるホグワーツでの生活――胸を躍らせるガキ共にとって、この夜は新しい一年の幕開けにふさわしい、浮き立った空気に満ちていた。

 

 グリフィンドールの談話室もその例外ではない。赤と金の装飾に囲まれた空間は、生徒たちの笑い声と話し声で賑やかだった。燃える暖炉がぱちぱちと音を立て、夏の夜の少し涼しくなった空気を柔らかく照らしている。

 

 「フシグロ先生、相変わらずだったなぁ。ずっと不機嫌そうな顔してよ」

 

 ロンがビスケットを齧りながら、テーブルに肘をついて呟いた。

 

 「あの目つきな、まじで怒ってなくても怒ってるように見えるから怖いんだよな」

 

 フレッドとジョージがくっくっと笑いながら相槌を打つ。

 

 「でも……ロックハート先生もカッコよかったわよね? 私、先生の本何回も読んだわ」

 

 ハーマイオニーの声は少し弾んでいた。

 

 「えー、あんな胡散臭いやつのどこがいいんだよ……」

 

 ロンが即座に不満を漏らす。隣のハリーも苦笑いを浮かべながら頷いた。

 

 「うん、あの人……ちょっと自己アピール強すぎる気がする」

 

 「でも! 本を読んだらわかるわよ、すごい冒険をしてきたんだから!」

 

 ハーマイオニーが力説し始め、ロンと双子がそれを茶化すように冷やかす。談話室は笑いとツッコミで盛り上がった。

 

 そんな中、ふとハリーが周囲を見回した。

 

 「……あれ? ジニーは?」

 

 暖炉のそば、ソファ、女子生徒のグループ――いくら探しても、彼女の姿は見えない。

 

 「もう部屋に行って休んでるんじゃないかしら。今日は色々あったし、ちょっと疲れてるみたいだったもの」

 

 ハーマイオニーが頬に手を当てながら言う。

 

 「まぁ、僕たちもそうだったもんね」

 

 ハリーは納得して、椅子の背もたれに身体を預けた。

 

 楽しい雰囲気のまま、夜はゆっくりと更けていく。

 

 ――その頃。

 

 女子寮の一室では、ジニー・ウィーズリーが一人、ベッドの上に座っていた。

 

 部屋は談話室とは打って変わって静かで、外の夜風がカーテンを揺らしている。周囲のベッドではすでに何人かが眠りについているが、ジニーだけはランプの光の下、じっと膝の上の“あるもの”を見つめていた。

 

 「……これ、いつの間に」

 

 ジニーが見つめているのは、荷物の中に紛れ込んでいた黒い皮の本だった。鞄の底から出てきたときは、確かに覚えがなくて驚いた。でも今、こうして膝の上にあるそれは、まるで「最初から自分のものだった」と錯覚するような、妙な吸い寄せられる感覚を放っている。

 

 表紙は艶やかで、しっとりとした革の手触りがある。背表紙の角には小さな金の刻印が刻まれていた。

 

 「トム・マールヴォロ・リドル……?」

 

 声に出して読み上げると、その名が部屋の静寂に沈みこんだ。

 

 ジニーは首を傾げる。

 この名前に聞き覚えはない。でも、どこかぞわりとした感覚が胸の奥に残った。

 

 「……誰の本なんだろ」

 

 中を開いてみると、そこには何も書かれていなかった。

 1ページ目も、2ページ目も、ずっと真っ白。インクの跡すらない、まっさらな状態だった。

 

 「日記にしようっと」

 

 ジニーは自然と呟いていた。理由もなく、まるで誘われるように。

 

 彼女は机の引き出しからペンを取り出し、日記の1ページ目を膝の上に広げる。

 

 ――すうっ。

 

 ランプの炎がわずかに揺れた気がした。部屋の空気がほんの少し、冷たくなった。

 

 しかしジニーはそれに気づかない。

 

 「えっと……“ホグワーツ1日目”。今日はすごく楽しかった!」

 

 そう呟きながら、ペン先を日記に押し当てる。

 

 インクが白い紙に染み込み、はじめての文字が記される。

 

 「新しい先生も見たし、組み分け帽子も思ったより怖くなかった。ロンたちのお友達のハリーも優しそうだし、ハーマイオニーはとても頭がよさそう……あと、フシグロ先生……すごく怖いけど、ちょっとカッコよかった」

 

 恥ずかしそうに頬を染めながらペンを走らせていく。

 

 「……これから、どんな学校生活になるのかな」

 

 そう呟いた瞬間、書いたばかりの文字が――

 

 ――ゆっくりと紙の中に“吸い込まれるように”消えていった。

 

 「え……?」

 

 驚いたジニーが目を瞬く。

 

 ページは再び真っ白になっている。

 

 しん……と静まり返る部屋。

 

 次の瞬間、紙の上に黒いインクが“勝手に”浮かび上がった。

 

 《やぁ、ジニー》

 

 「――――!!!」

 

 ジニーは思わずペンを落とした。

 

 けれども、目の前で確かに文字が浮かび上がったことは幻じゃない。

 

 ページの真ん中には、丁寧な筆記体の文字。

 

 ――まるで、そこにいる“誰か”が話しかけてくるような、滑らかで温かい文字だった。

 

 「……だ、だれ?」

 

 ジニーは震える手でペンを拾い上げ、恐る恐る書き返した。

 

 《あなたは……だれ?》

 

 インクが沈み、またすぐに紙の上に返事が現れる。

 

 《僕はトム・リドル。友達になろう、ジニー》

 

 夜は静かに、そして深く、ホグワーツの寮に落ちていく。

 

 その闇の中で、誰も知らない“物語”が、静かに動き出していた。

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