ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第四話

 

 

 

 

 

 ホグワーツが始まった。

 

 俺は夜が明ける前に目を覚まし、固いベッドの上で身を起こした。もともと柔らかいベッドは性に合わねぇが、この石造りの部屋に置かれた無骨なベッドは最初こそ寝心地が悪かったものの、今では慣れたもんだ。ギシ、とベッドのきしむ音が静かな朝の空気に溶ける。

 

 洗面所で冷たい水を顔にぶっかけ、歯を磨き、鏡の前で軽く頭を撫でる。無造作な髪がちょっとだけ寝癖を主張していたが、まぁ放っておいてもどうせすぐ乱れる。

 

 黒いシャツに白のワイドパンツ──仕事用の服に着替える。こういう服は軽くて動きやすい。俺にとっちゃ戦闘服みたいなもんだ。

 

 大広間に向かって歩く。廊下はまだ薄暗く、生徒の姿は一人もない。……いや、毎年数人はこの時間に起きてる物好きもいる。だが今日の朝は特に静かだった。

 

 扉を押し開け、大広間の中へ足を踏み入れると、広い空間にほんのりとした冷気が残っている。早朝特有の静寂。長い天井から吊るされた燭台の炎がぼんやりと光り、壁の石を淡く照らしていた。

 

 適当な席に腰を下ろし、テーブルに向かってぼそっと言う。

 

 「和食、白飯、味噌汁、焼き鮭、漬物」

 

 数秒後、まるでテーブルの木目から滲み出るようにして、湯気を立てた味噌汁と白飯、香ばしく焼かれた鮭、カリッと音がしそうな漬物が現れた。

 

 この魔法は屋敷しもべ妖精の仕業だ。

 

 毎回思うんだが、あいつらは何者なんだ? 魔法族ですらあそこまで緻密で速い魔法は使えねぇ。瞬時に空間移動して、複数の調理と配膳をこなし、しかも文句ひとつ言わねぇ。力だけなら魔法族なんざより上だろうに、今でも召使いみたいにこき使われている。

 

 「……まぁ、どうでもいいか」

 

 そんなこと考えても俺の仕事には関係ねぇ。

 

 箸を手に取り、白飯を一口。炊き立てでちゃんと粒が立ってる。鮭も脂が乗ってて悪くない。こんな飯がホグワーツで出るとは思わなかったが、去年の俺のわがままメニュー要求の成果だろう。イギリスの朝飯にうんざりしたからな。

 

 飯を食い終わると、軽く腰を鳴らしながら立ち上がった。

 

 俺の1日はここから始まる。

 

 生徒が寝ぼけ眼をこすりながら大広間に集まり始める頃には、俺はもう職員室に顔を出してる。誰よりも先に動くのが性に合ってる。朝からガキ共の声を聞くより、静かな職員室でゆっくり準備する方がよっぽどマシだ。

 

 職員室の扉を開けると、まだ誰もいない。石壁の中に本棚がずらりと並び、壁際の暖炉には灰がうっすらと残っている。

 

 「……やっぱ朝は静かなのが一番だ」

 

 俺は奥の机に腰を下ろし、鞄から授業用のメモを取り出す。授業と言っても、俺のクラスは“体育”だ。杖なんざ一切使わず、ただひたすら鍛えるだけ。走り込み、体幹、筋力、対人戦闘の基礎。

 

 魔法が使えようが使えまいが、殴られたら痛いのは同じ。速く動ければ生き延びる確率が上がる。

 杖が折れようが奪われようが、最後に残るのは自分の身体だ。

 

 「今日からまた、ガキ共を地獄に叩き込むか」

 

 そう呟いて小さく笑った。

 

 去年は走るだけで泣き出すガキが山ほどいた。ロンは文句を言いながら走り、ハーマイオニーは泣きながらもきっちり全メニューをこなし、ハリーはしぶとく食らいついてきた。ネビルは……まぁ、なんとか死ななかった。

 

 だがあいつらも2年目だ。今年はもっとキツいメニューを叩き込む予定だ。

 

 「甘やかしてたら、魔法使いなんてすぐ死ぬからな」

 

 ペンを走らせ、授業内容を書き出す。グリフィンドールやスリザリンに限らず、全学年対象の授業だから内容も一筋縄じゃいかない。学年ごとに分けてハードさを調整しつつ、全員を鍛え上げる。

 

 ふと、窓の外を見た。

 

 朝日が少しずつ昇り始め、霧のかかった湖面が黄金色に染まり始めている。夏の終わりと秋の始まりが交わる空気が、ひやりと肌を撫でた。

 

 「……あー、また始まっちまったな」

 

 独り言のように呟きながら背もたれに体を預ける。

 

 騒がしい日々が始まる――それは確かに面倒だ。だが同時に、去年のように退屈しない毎日がやってくるってことでもある。

 

 やがて廊下の向こうから、生徒たちの声が遠く聞こえてきた。

 

 「先生!おはようございます!」

 「今日からまた地獄の始まりかぁぁぁ!!!」

 

 聞き覚えのあるロンの情けねぇ叫び声も混じっている。

 

 俺は立ち上がり、肩を軽く回しながら扉に向かった。

 

 「さて……今年も張り切って絞ってやるか」

 

 朝の冷たい空気を吸い込みながら、俺は職員室を出た。

 

 こうして、俺の二度目のホグワーツでの新学期が始まった。

 

 

 中庭に足を踏み入れると、まだ朝の冷たい空気が残っていた。芝生の上には夜露が光り、石畳の上を歩くたびに靴底に硬い感触が響く。ホグワーツの朝は静かだ。ガキ共が起き出してくる前のこの時間は、俺にとって結構気に入っている。余計な音が何もない。

 

 「……ふぅ」

 

 俺は伸びをして肩を回し、そのまま軽く首を傾けて鳴らした。これからガキ共を叩き起こすには、まず自分の身体も目覚めさせねぇといけねぇ。ゆっくりと中庭の真ん中に歩いていき、視界に広がるスペースを確認する。天気も悪くねぇ。風も穏やか。授業にはちょうどいいコンディションだ。

 

 動的ストレッチから始めるのがいつもの流れだ。俺は何十回と繰り返してきた動作を、いつもと同じように始めた。肩、股関節、足首……順にほぐしながら、関節と筋肉を目覚めさせる。

 

 「……よし」

 

 準備が終わると、倉庫へと向かった。

 

 鉄の扉を開ければ、去年と何も変わらないトレーニング道具の山。木刀、縄、重り、ランニング用のラインマーカー、ダミー人形。杖を使う授業しか知らない魔法使いのガキ共にとっては、意味不明な代物だろう。だが、俺にとっちゃこれが戦場を生き延びるための“基本”だ。

 

 必要なものを抱えて戻ると、ちょうどガキ共が中庭にぞろぞろと現れ始めた。グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ――新1年生の初授業。

 

 ぺちゃくちゃと楽しげに喋りながら集まってくる。列にもなっていない。まだ魔法学校に来たばかりの“お客様”気分が抜けてねぇ顔をしている。

 

 「よし……」

 

 俺は荷物を地面に置き、足を軽く引き、声を張った。

 

 「お前ら、そこに並べ」

 

 声にびくっとして数人が整列し始める。だが、まだ緩い。喋るやつもいれば、列を乱すやつもいる。まぁ、最初はこんなもんだ。

 

 「ガキ共」

 

 俺は無造作に片足を持ち上げ、地面に叩きつけた。

 

 バキィンと石畳が鳴り、轟音が中庭に響く。蜘蛛の巣状にひびが広がった。ガキ共の顔に一気に緊張が走る。

 

 「これからお前らに【体育】を教える伏黒甚爾だ。お前らの名前なんざ興味ねぇ。それとこの授業では杖は使わねぇからそこらへんに投げとけ」

 

 途端にざわつきが走る。魔法使いのガキにとって杖は命綱だ。けれど、俺の言葉に逆らえる雰囲気はもうない。全員が戸惑いながらも杖を地面に置いた。

 

 「これからお前らの身体を“まともに”使えるように叩き直す。じゃあ……動的ストレッチからだ」

 

 俺は先頭に立ち、肩を大きく回し、腰を捻り、足を振り上げて見せる。ガキ共はぎこちなく真似をする。魔法がなくちゃ何もできねぇ身体。それが今のこいつらの現実だ。

 

 「腕の振りが弱ぇ!肩甲骨を動かせ!腰止めんな!」

 

 声を張ると、数人が慌ててフォームを修正しようとする。その中で、俺の目を真っ直ぐ見つめながら一挙手一投足を真似してるガキがいた。

 

 「……ウィーズリーの妹か」

 

 ジニー・ウィーズリー。目付きがいい。周りと違って集中してやがる。妙な気配も少し感じるが、今は置いとく。

 

 「ふん……まぁ、最初にしては悪くねぇ」

 

 動的ストレッチが終わると、次はラントレだ。俺は手を叩き、声を張った。

 

 「中庭を一周!戻ってきたらタバタ2セット、全力で走れ!」

 

 ガキ共は一瞬「タバタって何?」という顔をしたが、言う間もなく俺が「走れ」と怒鳴ると一斉に走り出した。

 

 まだまだ足の運びも肩の振りもバラバラだ。軸が定まってねぇ。だが、最初なんざそんなもんだ。ここから叩き込む。

 

 「遅ぇぞスリザリン!足が上がってねぇ!グリフィンドール、フォームはいいが腕が甘ぇ!」

 

 俺は大声で細かく指摘しながら、全員を観察する。鍛え方次第で化ける奴もいれば、どれだけやっても伸びない奴もいる。それを見極めるのも、この初回授業の仕事だ。

 

 「よし、戻ってこい!全員腕立て20、休むな!」

 

 地面に伏せるガキ共。まだ体幹が弱いから、腰が落ちたり腕がガクガクしてやがる。だが、ここで甘くはしない。

 

 「止まるな!筋肉を起こせ!」

 

 その声に、泣きそうな顔をしながらも動きを止めないやつがいる。こういうのは伸びる。

 

 初日の授業、杖なしでどこまでやれるか――それが、この学校で生き残るための第一歩だ。

 

 「よし、お前らーお疲れ。じゃあ次は木枠に打ち込みだ。俺が手本を見せてやる」

 

 中庭の真ん中に据えられた古びた木枠。樫の木でできたそれは、ただの練習用じゃない。ガキ共の拳を“現実”で迎え撃つために作られた頑丈な訓練具だ。表面は何度も拳を叩き込まれて黒ずみ、ヒビもあるが、根元はびくともしない。

 

 俺は木枠の正面に立ち、腰を軽く落とした。肩から腕、拳先までの感覚を一つにまとめ、息を吐きながら地を踏む。

 

 ドンッと一歩踏み込み、掌底を叩きつける。

 

 バキィンと木が裂ける乾いた音が中庭に響いた。木枠の中央に大きなヒビが走り、表面の木片が飛び散る。ガキ共が息を呑んだ気配が背中越しに伝わってくる。

 

 「これを今からやってもらう」

 

 静まり返った空気を破ったのは、スリザリンの男子の声だった。

 

 「えっ……そ、そんなの壊せないですよ!」

 

 まぁ当然だ。11歳のひよっこ共にできるわけがねぇ。俺だって昔、何度も拳を砕きながら覚えた。だが今できなくても、その先で“できるようになる”のが鍛錬ってやつだ。

 

 「できないんじゃない。これからできるようになるんだよ。じゃあ始め」

 

 「えっ、今!?」「いきなり!?」「む、無理だよぉ……」

 

 ぺちゃくちゃ喋り出したガキ共の声を、俺はひと睨みで黙らせた。

 

 「おしゃべりは授業が終わってからにしろ。はい、グリフィンドールの一番前。お前からだ」

 

 指名された小柄な男子がビクッと体を震わせ、木枠の前に出た。顔には“無理です”と書いてある。

 

 「腰が引けてる。踏み込む。地面から力を上げろ。腕だけで叩いてもカスみてぇな音しか出ねぇぞ」

 

 「は、はいっ!」

 

 おそるおそる一歩踏み出して、拳を突き出した。

 

 コツン――乾いた軽い音が響く。木枠はまったく揺れない。

 

 「……まぁ、最初なんてそんなもんだ。はい、次。レイブンクロー」

 

 次に出てきたのは眼鏡をかけた女子。理屈っぽい顔つきで、俺のフォームを真似しようとしてるのがわかる。呼吸の合わせ方は悪くねぇ。拳が木枠にぶつかり、さっきよりは重い音が響いた。

 

 「おう、いい踏み込みだ。覚えろ、その感覚」

 

 小さく頷いた女子の目は、最初よりも少し強くなっていた。

 

 「次、ハッフルパフ」

 

 おっかなびっくり前に出てきた丸顔の男子は、手を震わせながら拳を構えた。

 

 「怖いならそれでいい。怖ぇってことは、ちゃんと自分を守ろうとしてるってこった。だがそのままじゃ届かねぇ。腹に力入れろ」

 

 「……えいっ!」

 

 音は弱々しかったが、少なくとも逃げずにぶつけた一撃だった。

 

 「そうだ、それでいい。怖ぇまま殴れ」

 

 初日で大事なのは結果じゃねぇ。拳を出すかどうかだ。

 

 最後に残ったのは、列の中でも妙に真っ直ぐな目をしている赤毛の少女――ジニー・ウィーズリー。最初のストレッチのときから、こいつだけは俺の目をしっかり見てた。

 

 「ウィーズリー、行け」

 

 「はい!」

 

 声に迷いがない。構えに入った瞬間、腰がしっかり落ちたのがわかった。足の踏み込みと同時に拳を叩きつける――

 

 バチンと鋭い音が響き、木枠の表面に亀裂が走った。

 

 「おお……」

 

 ガキ共がざわめいた。

 

 「いいぞ、ウィーズリー」

 

 ジニーは拳を押さえながらも、笑顔を浮かべていた。拳は真っ赤になっている。痛みはあるはずだ。それでもあの顔ができるのは、素質がある。

 

 「おいガキ共、聞け。ウィーズリーがやった。つまり、お前らにもできるってことだ」

 

 その一言で、全体の空気が変わった。さっきまで怯えてた連中が、一斉に木枠に視線を向けた。

 

 「いいか。これは筋肉を鍛えるためだけのもんじゃねぇ。踏み込み、体重移動、腰の回転、力の線を作る練習だ。杖がなくても戦える身体を作る」

 

 「はいっ!!!」

 

 大きな返事が中庭に響いた。

 

 再び木枠に向かって拳が次々と叩き込まれる。最初は泣きそうだった奴も、歯を食いしばって拳を振るい始めている。

 

 「遅ぇ!腰が死んでるぞ、レイブンクロー!ハッフルパフ、肩に力入りすぎだ!」

 

 俺は歩きながら一人一人を見て回り、的確に怒鳴る。ガキ共の動きはぎこちねぇが、確実に最初より“殴る”という行為に身体が慣れてきていた。

 

 「よし、その調子だ。壊れるまで殴れ」

 

 「はい!!!」

 

 乾いた衝撃音が、リズムのように何度も中庭に響き渡る。拳の痛みと土の匂いの中で、ガキ共の顔に少しずつ“戦う奴”の表情が浮かび上がっていった。

 

 「そうだ……これが基礎だ。杖がなくても、戦える身体を作れ」

 

 朝日が中庭を照らし始め、拳を振るうガキ共の影が石畳に長く伸びていた。初日の授業にしては――悪くない。

 

 そうして暫くして、打ち込みの音が途絶えると、空気の温度が一気に緩むのが分かった。緊張で張り詰めていたガキ共の呼吸が一斉に漏れる。額から汗をしたたらせ、拳を赤く腫らしながらも――全員がまだ立っていた。そこがいい。最初の授業でへたり込むやつも少なくねぇが、今年の一年は思ったより根性がある。

 

 「よし、今日はここまでだ。最後に静的ストレッチをやる」

 

 俺は声を張って指示を出すと、ガキ共はよろよろと並び始めた。朝の動的ストレッチとは違い、これはクールダウンだ。身体に溜まった乳酸を少しでも逃し、翌日の筋肉痛を軽くするためのもんだ――まぁ、筋肉痛は確実に来るけどな。

 

 「肩を後ろに回して、止めるな。呼吸を止めると余計に痛ぇぞ」

 

 「ひぃ……いだい……」

 

 「我慢しろ。痛ぇとこまで伸ばすのがコツだ」

 

 足首、腰、背中、ハムストリング……順番に伸ばしていく。俺は一人ひとりのフォームを見て、怪我をしそうなやつを足で軽く位置を修正してやった。

 

 「おい、グリフィンドール。背中丸まってるぞ、もっと胸張れ」

 

 「ハッフルパフ、足がプルプルしてる。膝を曲げすぎなんだよ」

 

 「レイブンクロー、そうだ。それくらい深く呼吸を入れろ」

 

 少しずつ全体の動きが揃っていく。最初はバラバラだったやつらも、最後にはそれなりに“クラス”の形になっている。こういう瞬間は悪くない。

 

 「ふぅ……」

 

 俺自身も肩を回しながら伸ばした。授業をしているこっちも、それなりに身体を使う。

 

 「よし、終わり!」

 

 一斉に力が抜ける音がした。ガキ共はその場にへたり込みそうになりながらも、なんとか踏ん張っている。

 

 「これで俺の時間は終わりだ。城に戻って大広間で鶏肉と牛乳を腹一杯詰め込んで、次の授業にいけ。ゲロ吐くなよ」

 

 「は、はい!!」

 

 声だけはやたらと大きい。だが全員の顔は死にかけだ。拳は真っ赤、膝も砂で擦れてるやつが多い。歩き出すときの足取りがぎこちないのは、もう筋肉が悲鳴を上げ始めてる証拠だ。

 

 「……いい筋肉痛になるだろうな」

 

 ニヤリと笑いながら、俺は腕を組んでガキ共の背中を見送った。

 

 グリフィンドールのやつは肩で息をしながらも笑顔を浮かべ、スリザリンのやつは何か悔しそうに拳を握っている。ハッフルパフのやつはすでに半分ふらついてたし、レイブンクローの女子は足を引きずりながらも最後まで姿勢を崩さなかった。

 

 「まぁ、悪くはなかったな」

 

 そう呟いて一人中庭に残ると、蝉の声が少しだけ耳に入ってきた。ホグワーツの城はイギリスの片田舎にあるのに、不思議と夏の音は日本と大して変わらない気がする。

 

 「次は4年生か」

 

 ポケットから時計を取り出して時間を確認する。あと30分ほどある。

 

 「……ちょうどいい」

 

 俺は軽く息を吐き、もう一度倉庫へと歩き出した。新入生の授業と違い、4年にもなればそれなりに体力もついている。単純な打ち込みだけじゃ済まねぇ。持久走、組み技、そして実戦訓練――去年もそれで何人か泣きを見た。

 

 「甘くはしてやらねぇ」

 

 頭の中で段取りを組みながら倉庫の扉を開ける。棚には数年前から使い込んでいる木枠の予備や、組手用の藁人形、鉄の鎖やタイヤ、そして“本物”の訓練用武器が並んでいる。

 

 「……やっぱり、1年のふにゃふにゃとは違う授業にしてやらねぇとな」

 

 俺は木枠を二つ抱え、さらにダミーを肩に担いだ。腕と腰にずしりとした重みがかかるが、天与呪縛のこの身体には軽いもんだ。

 

 荷物を中庭の中央に置き、訓練場の配置を作り直していく。木枠の位置を少しずつずらし、間に縄を張り、走り込みと打ち込み、組手の流れを一度で回せるようにする。

 

 「ここで踏み込ませて……そっちで叩き込ませて……」

 

 1人で黙々と準備していると、不意に中庭に吹き込んできた風が心地よかった。

 

 こういう時間が俺は嫌いじゃない。黙々と準備をして、ひたすら身体を動かす。誰かと喋る必要もねぇ。杖を振るような優雅なもんでもねぇが、俺にとってはこっちの方がよっぽど性に合っている。

 

 「……さぁて、4年共。ちゃんとついてこいよ」

 

 木枠を並べ終えた頃には、空も少しずつ晴れ間を増していた。次に中庭を埋めるのは、声変わりも始まり体格も変わり始めた4年生だ。1年とは違い、殴れば反応も返ってくる。

 

 「これが本番だな」

 

 少し口元が緩んだ。授業とはいえ、こいつらとの鍛錬は俺にとってもいい刺激になる。中途半端な魔法頼りじゃ、生き残れねぇってことを骨の髄まで叩き込んでやる。

 

 「30分、ちょうどいい準備運動になったな」

 

 俺は手の甲で汗をぬぐい、組んだ両腕を伸ばして背筋を鳴らした。次の授業、始まりが楽しみでならなかった。




マズい甚爾めっちゃ先生してる。
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