ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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評価、感想ありがとうございます!

今日は3話公開です〜!


第六話

 

 

 

 

 

 10月、空気が澄み始め、朝の光が柔らかく差し込むホグワーツの温室には、2年生達の張り詰めた緊張と期待の空気が満ちていた。ハリー・ポッターたち2年生は薬草学の授業に臨んでいた。

 

 温室の奥から陽気な声が響く。

 

 「おはよう〜!」

 

 ポモーナ・スプラウトが大きな帽子を少し傾けながら現れた。日差しを反射する丸い眼鏡の奥で、笑顔が弾ける。

 

 「おはようございます!」

 

 グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフ、レイブンクロー――各寮の生徒達が一斉に声を揃えて挨拶する。きれいにそろった発声は、初年度とは比べ物にならないほど統率が取れていた。去年の体育で叩き込まれた「声を出す習慣」は、授業にも如実に影響していた。

 

 「まぁ!みんな元気ね!」

 

 スプラウトは嬉しそうに笑い、両手を叩いた。

 

 温室の中には、鉢に植えられた大きな草がずらりと並ぶ長机がいくつも設置されていた。湿った土の匂いと薬草の青い香りが鼻をくすぐる。

 

 「さて!2年生の皆さんは、3号温室は初めてですね?さ!机に近づいて〜!」

 

 教師の指示に、生徒達はピシッと列を崩さず机に歩み寄る。その姿勢はまるで軍隊の新兵のようにきっちりしていた。

 

 「今日はマンドレイクの植え替えをします。マンドレイクの特徴を言える人は?」

 

 その瞬間、十数本もの手が勢いよく天井に向かって伸びた。ハーマイオニーはもちろん、ネビルも、そして大半の生徒達が迷いなく手を上げた。手を上げていなかったのはロンくらいだが、周囲を見て慌てて手を上げた。

 

 「おぉ!素晴らしい!では……ミス・グレンジャー!」

 

 「別名をマンドラゴーラ。石にされた者を元に戻す力があります。危険でもあり、その泣き声は人の命を奪います」

 

 「正解!グリフィンドールに10点!」

 

 生徒達の視線が一斉にハーマイオニーに集まる。だがそれは嫉妬ではなく、クラス全体が「次は自分が当てられる」という空気を共有している、前向きな熱だった。

 

 スプラウト先生は鉢植えの苗を持ち上げて説明を続ける。

 

 「これはまだ苗なので泣き声で死ぬことはありませんが……まぁ、数時間ほどは気絶します。それを防ぐ耳当てを配ります。はい、みんな着けて〜!」

 

 全員が手際よく耳当てを装着していく。その動きにも、体育の成果が滲み出ていた。ダラダラとした者など1人もいない。

 

 スプラウト先生はゆっくりと苗を引き抜き、手際よく別の鉢へと植え替えてみせた。土を均し、苗を押さえ、最後に水を軽く振りかける。

 

 「では皆さんもやってみましょう。素早く、的確に。分かりましたね?」

 

 「はい!先生!」

 

 生徒達の返事が温室に響く。

 

 すぐさま一斉に手が苗へと伸びた。彼らはためらいなく鷲掴みにし、力強く引き抜き、用意された新しい鉢に差し込む。まるで訓練された部隊のような統一された動き。土を詰め、水を与えるまでが一連の動作として滑らかに流れていく。

 

 その光景に、スプラウト先生は目を見開き、驚嘆の声を漏らした。

 

 「まぁ……なんて見事な手際なの!」

 

 この一体感、この瞬発力――明らかに、伏黒甚爾の体育で鍛えられた“基礎体力と反応速度”の賜物だった。

 

 特にネビルは群を抜いていた。耳当てを着けず、マンドレイクの口に自分の指を突っ込み、泣き声を出させないように抑え込みながら植え替えを終えるという、まさかの強行突破。去年なら間違いなく腰を抜かしていた少年が、今やクラスの中でもっとも手際のいい一人になっている。

 

 「……マンドレイクより体育の方が怖いからな……」

 

 ネビルのぼやきに、隣の生徒がこっそり吹き出した。だが彼の顔にはしっかりとした自信が刻まれていた。

 

 「おぉ、すごい!皆さんに10点!」

 

 スプラウト先生の声が温室に響き、クラス全体が嬉しそうに顔を上げた。グリフィンドールも、スリザリンも、寮の垣根はこの瞬間だけ消えていた。

 

 「いい調子です!みんな去年よりもずっと頼もしい!……あらあら、伏黒先生の“厳しい授業”も、役に立っているようねぇ」

 

 先生の呟きに、生徒達のあちこちからくすくすと笑い声が漏れた。去年、体育の初日で倒れた生徒は全員、今や立派に筋肉痛を笑い話にできるほどになっている。

 

 温室の外では、秋の風が吹いていた。10月のホグワーツは、しっかりと生徒たちを“鍛えた”1年目を経て、確実に変わり始めていた。

 

 マンドレイクの泣き声が土の下でくぐもって響く中、生徒たちの動きは止まらない。彼らにとって、この程度の作業は「準備運動」に過ぎなかった。

 

 

 2年生たちが陽の光の下でマンドレイクの植え替えを進めているちょうどその頃、ホグワーツの地下、湿った石造りの廊下を抜けた先の魔法薬学教室では、7年生たちの緊張に包まれた時間が始まろうとしていた。

 

 「諸君は」

 

 低く響く声が空気を震わせる。

 

 「7年目の秋にもなれば、もはや“初心者向け”の魔法薬など退屈で仕方あるまい」

 

 黒いローブを翻しながら、セブルス・スネイプが教室の前方に立つ。その声は氷のように冷たく、それでいて刃のように鋭い。彼が放つ一言一言に、教室全体の空気がぴんと張り詰める。7年生ともなれば誰もが知っている。彼の授業は“容赦”という言葉と無縁なのだ。

 

 「今日扱うのは――【生ける屍の水薬】だ」

 

 その名が放たれた瞬間、静寂が深く沈み込んだ。生徒たちは一斉に背筋を伸ばし、眼差しを前へ向ける。この薬は軽々しく扱えるものではない。失敗すれば、それは“死”に限りなく近い状態を生み出す。

 

 スネイプの視線が生徒の列をなぞる。7年生の身体つきは皆、例年とはまるで違っていた。肩幅は広く、腕は引き締まり、筋肉の動きさえ無駄がない。まるで軍人か、戦場の兵士のような姿だった。

 

 ――全ては伏黒甚爾の授業の成果だ。

 

 6年、7年になると成長期の制限もなくなり、伏黒甚爾による超高強度の訓練が課される。一対一の模擬戦、息が上がるまでの高負荷トレーニング、禁じられた森でのサバイバル実習、そして極めつけは魔法と肉体をぶつけ合う実戦形式の訓練。生き残るための判断力と精密な動き、それが叩き込まれている。

 

 「アスフォデルの球根の粉末」

 

 スネイプの声に従い、生徒たちは同時に秤を動かす。ためらいのない指先が粉末を量り取り、正確なタイミングで大釜に投入する。

 

 「ニガヨモギ」

 

 香りの強い植物が取り出され、葉が裂かれる。計量のミスは一切ない。

 

 「カノコソウの根を刻め」

 

 ナイフが一斉に鳴り響く。全員のリズムが揃い、まるで訓練された部隊のようだ。

 

 「催眠豆の汁を2滴」

 

 青白い液体が黒い大釜の中に静かに落ちた。液面が小さく震え、香りが立ち上る。

 

 スネイプは机の間を歩き、生徒たちの手元を覗き込む。声は発しないが、心の奥で小さな驚きが生まれていた。7年分の生徒を見てきた彼の目にも、この手際の良さは異常なほどだ。

 

 攪拌棒が回転し、魔力が流し込まれる。黒い液体はじわりと色を変え、深い緑から灰色、そして漆黒へと変化していく。その一連の変化に乱れは一切ない。通常なら、誰か1人は泡を吹かせたり温度を間違えたりするものだ。だが今は、全員が一定のテンポで攪拌し、正確な呼吸で温度を保ち続けている。

 

 それは、森でのサバイバルで叩き込まれた“生き残るための手順”の応用だった。動植物の特徴を見極め、間違えたら即死する環境。数秒の遅れが死に繋がる空気の中で鍛えられた判断力は、魔法薬作りの精度を底上げしていた。

 

 「……」

 

 スネイプは無言で火加減を確認する生徒の手元を見つめる。わずかな泡立ちにも反応し、すぐさま炎を調整したその動きは、すでに“教え子”ではなく“熟練者”の領域だった。

 

 「温度を保て。攪拌を止めるな」

 

 短く鋭い声が飛ぶ。生徒たちは動揺せず、ほぼ同時に頷く。数人が魔力の流れを強め、他の数人が空気の巡りを調整する。息を合わせたその動きに、わずかながらスネイプの目が細められた。

 

 「この薬は、ただの毒薬ではない。飲ませれば、永遠に目を覚まさぬ屍となる。失敗は許されん」

 

 冷たい声が教室を満たす。だが、生徒たちの指は止まらない。恐怖ではなく“覚悟”がある。

 

 地下の教室には独特の重い香りが満ちていた。アスフォデルの甘い土の匂いと、ニガヨモギの苦味、カノコソウの癖のある香気、そして催眠豆の湿った甘さが層を作る。換気の悪い教室はそのまま“薬”そのものに包み込まれたような錯覚を与える。

 

 1人の生徒が液面の異変に気づき、攪拌のリズムを一瞬変える。それに合わせて隣の生徒も温度を下げた。何の合図もなく、呼吸だけで連携が取れている。

 

 (……ここまで仕上がるとはな)

 

 スネイプの瞳の奥で、言葉にならない驚きがわずかに揺らめいた。

 

 「……よし。そのまま続けろ」

 

 生徒たちは息を合わせ、漆黒の液体をさらに煮詰める。泡はひとつも立たない。煙の濃さも揃い、かすかに鈍い光沢が液面に生まれる。

 

 薬が完成に近づくにつれ、空気は一層重くなる。鼻を刺すような匂いと肌を刺すような冷気。それは、この薬が“ただの調合物”ではなく、死と生の境界に立つ危険な存在であることを雄弁に語っていた。

 

 ――7年生たちが見せた異様な精度と統率。

 

 それはスネイプの授業が変わったのではない。伏黒甚爾によって彼ら自身が“変えられた”のだ。

 

 ホグワーツの地下室には、緊張と静寂だけが残っていた。まるで、生徒達自身が“薬”そのものになったかのように。

 

 

 

 更にその頃、ホグワーツ城の奥まった一室で、伏黒甚爾は額を押さえながら椅子に深く腰掛けていた。

 

 机の上には数枚の競馬新聞がクシャクシャに握りつぶされた状態で転がっている。それは屋敷しもべ妖精の一体を半ば脅し、わざわざ日本から取り寄せさせたものだった。ページの端は折れ、指で何度もなぞった痕跡が残っている。馬の名前や印が赤ペンでぐちゃぐちゃに塗り潰され、敗者の怨念のような気配を漂わせていた。

 

 「なぜだ……?」

 

 甚爾は低く唸るように呟いた。額に手を当てたまま天井を睨みつけ、思い返すのも嫌になるような顔をしている。

 

 案の定――負けたのだ。

 

 9月分の教職員給与2500ガリオン、夜間巡回のボーナス、そしてハリー・ポッターの護衛報酬1500ガリオン。その全て、合計5000ガリオン以上の大金をまるごと競馬につぎ込み、綺麗さっぱり飲み込まれた。

 

 「いや、当たると思ったんだよ……完璧に読み切ってたはずなんだよ……!」

 

 机を拳でドンと叩く。木の表面にヒビが走り、握られた拳の血管が浮き上がる。

 

 ――すべての始まりは、空飛ぶ車の話を聞いたときだった。

 

 ウィーズリー兄弟からあの手この手で情報を引き出し、「これさえあれば、競馬の日にすぐ日本に飛べる」と本気で考えていた。だが実際にはその車はウィーズリー家に保管されており、勝手に持ち出すわけにもいかない。

 

 結局、忌々しいことに、ダンブルドアのジジイを頼ることになった。

 

 ――そして、2人で日本へ飛んだ。

 

 「……あいつの予想に乗っかったんだぞ?俺は……なぜ負けた……?」

 

 甚爾は両手で髪をかきむしる。

 

 競馬場に着いた時のことは今でも鮮明に覚えている。休日で浮かれたようなジジイが浴衣姿で、まるで温泉にでも来たかのような足取りだった。自分は真剣だった。前日から新聞を睨み、血統や天候、馬場状態、騎手のデータまで叩き込んで挑んだのだ。

 

 「なのに……なんでだよ……」

 

 結果――自分は全滅。

 

 一方で、ジジイは「なんとなく」という理由で馬券を買い、当たり馬券を的確に引き当てていた。

 

 「確か……あの時言ってたな。『尻尾が震えておるのぉ』とか……あれだ……あれで買う馬変えてたんだ……!!」

 

 思い出した瞬間、怒りが込み上げる。

 

 「なんで尻尾だよ!?馬の尻尾が震えたらなんで勝つんだよ!!」

 

 理屈もクソもない。ただの勘。それで当てやがった。

 

 甚爾は机に突っ伏し、深いため息をついた。

 

 「クソジジイ……」

 

 その声は悔しさと僅かな敗北感が混ざった、どうしようもなく惨めな響きを持っていた。

 

 ホグワーツの給料は決して安くない。だが、それを一瞬で吹き飛ばすことができるのがギャンブルというやつだ。特に日本競馬に関して甚爾は昔から妙な“縁”があり、勝つ時もあれば――今回(ほぼ毎回)のように大負けすることも多い。

 

 「5000ガリオンあったら……高級ホテルに1ヶ月は泊まれたし……焼肉も寿司も……」

 

 ぼそぼそと呟きながら、彼は無意識に右手を動かした。引き出しから取り出したのは、負け馬券の束。丸めた新聞と一緒に握りしめ、握力でミシミシと音を立てる。

 

 「ジジイは当たった分で何食ってんだろうな……」

 

 想像した瞬間、イライラが再燃する。ダンブルドアが笑いながら高級寿司を食べている姿がありありと脳裏に浮かんできた。

 

 「……マジでムカつく」

 

 甚爾はガタリと椅子を蹴り、窓際に立つ。夜風が頬を撫でた。ホグワーツの空は静かで、あの喧騒と歓声で満ちた競馬場の空気とは対照的だった。

 

 「くそ……次は絶対勝つ」

 

 窓に映る自分の顔に向かって呟く。

 

 競馬のデータはすでに頭に叩き込まれている。次のレースでは、もっと徹底的に調べ、そして……次こそはあのジジイを出し抜く。

 

 「覚えてろよ、ダンブルドア」

 

 静まり返った自室に、甚爾の低い声だけが落ちていく。

 

 悔しさ、怒り、そして次への執念。ホグワーツの教師である以前に、伏黒甚爾は――負けず嫌いの男だった。

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