ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第二話の入学式に甚爾の紹介を入れるのを忘れてました。付け足してあるので気になる方はどうぞ。

感想、評価ありがとうございます!めちゃ励みになりますー!!


第三話

 

 

 

 

 宴が終わった。

 

 たらふくタダ飯を食らい、教員用の部屋に戻った俺は、シャワーを浴び、歯を磨き、固ぇベッドに寝転がった。

 

 部屋は石造りで、全体的に冷える。天井がやけに高いせいで声が少し響くし、窓の外からは夜風の音が微かに流れ込んでくる。暖炉はあるが、火を入れても部屋全体が温まるまでには少し時間がかかるらしい。

 

 「まぁ、初日としては問題ないな」

 

 誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。

 朝から移動しっぱなしで、正直疲労は溜まっている。だが、今のところ“面倒ごと”には巻き込まれていない。それだけで充分だ。

 

 「問題は明日からの“授業”ってやつだ」

 

 体育教師。肩書きは一応それになっている。

 だが、魔法使い相手に体育ってなんだ? 箒で空飛ぶ連中に、準備体操でも教えるのか?

 

 「一体なにをすりゃいいんだ……体育だろ? とりあえず適当にラジオ体操でもやらしとけばいいか?」

 

 頭の中で、魔法使いのガキどもが体育帽もかぶらずにぴょこぴょこと腕を回している姿を想像してみる。……笑える。

 

 だが同時に、あのジジイ――アルバス・ダンブルドアが、それだけで金を払うような甘い相手じゃないことも分かっている。

 

 「でもあのジジイがそれで金を出すとは思えねぇ……」

 

 俺を呼んだ時点で、何かしら“戦える”奴が欲しかったのは確かだ。教師としてじゃなく、兵隊として。

 

 「戦闘、ねぇ……呪霊の中にでも放り込むか?」

 

 呟いた瞬間、自分でも少し笑ってしまった。

 生徒相手にそんな真似ができるはずもない。が――脳裏に浮かんだのは、呪霊に襲われてパニックになる魔法使いのガキども。それを横目に飄々と煙草をふかす自分。

 

 「……まぁ、それはそれで見ものだな」

 

 天井をぼんやり見上げながら、俺は息を吐く。

 

 それにしても、あの城の空気は妙だ。

 

 宴の最中から感じていた、あの薄い“呪いの匂い”が、この部屋の壁にもうっすらと染み込んでいる。

 

 魔法界特有の魔力の波ってやつかもしれねぇが、それにしたって妙に陰気だ。普通の呪霊よりも限りなく薄く、弱い。等級で言えば、雑草みたいなカスだろう。

 

 「呪霊ってより……呪いの残滓か」

 

 呪術師の世界なら、放っておいても勝手に霧散するレベル。だが魔法使いどもがこれをどう感じているかは知らない。そもそも“呪霊”って概念を理解しているのかすら怪しい。

 

 「魔法使いが呪霊を認識できるか分からないな」

 

 薄く漂う残滓に鼻を鳴らしながら、俺は天井を睨む。

 

 もし、奴らが呪霊を“見えない”なら、それはそれで都合がいい。

 もし、奴らが呪霊を“認識できる”なら――話はちょっと面白くなる。

 

 「……どっちでも構わねぇけどな」

 

 どのみち俺は戦える。呪力がねぇからこそ、誰の“領域”にも縛られねぇ。

 戦いになれば、殺すか殺されるか――その一点に集中できる。

 

 「……にしても、あのジジイ」

 

 初対面のときから、あいつは俺の性格を読み切っていた。

 案内役なんか出さず、俺が一人で来ると読んでいた。宴の席でも、一言も余計なことは言わず、ただ笑っていた。

 

 ダンブルドア――あいつ、ただの爺じゃねぇな。

 

 「……まぁいい、とりあえず寝るか」

 

 明日から本格的に始まる“ホグワーツでの生活”とやらに備える意味もある。

 何より、寝不足は戦闘の集中力を削ぐ。

 

 俺は横を向いて目を閉じた。

 

 瞼の裏には、暗い森と霧が映る。

 

 ホグワーツに来る前から、ずっと感じている違和感。

 それが何なのか、まだ正確には掴めない。けれど――鼻の奥と肌が、はっきりと警鐘を鳴らしている。

 

 この城には“いる”。

 

 魔法使いでも呪術師でもない、“何か”が。

 

 それがこの先、俺の生活にどう絡んでくるのかは分からない。

 ただ、いずれ間違いなく、俺の“戦場”になる。

 

 「……はぁ、クソめんどくせぇ」

 

 息を吐き、身体を少し沈める。

 

 石造りの部屋は冷えるが、眠れないほどじゃない。むしろこういう環境の方が落ち着く。

 暖かいベッドより、こういう硬い場所の方が戦場の感覚に近いからだ。

 

 薄暗い天井の向こう、夜の城の空気が静かに流れていく。

 

 遠くからフクロウの鳴き声と、風に揺れる木々のざわめきが聞こえた。

 まるで、この場所全体が“静かに息をしている”ようだった。

 

 俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じた

 

 そして翌日。

 

 早朝も早朝、日が昇る前に身体を起こした俺は、手早く身支度を済ませた。冷たい水で顔を洗い、歯を磨き、昨日の大広間からパクっておいたステーキを軽く炙って食う。冷えた肉でも味なんざどうでもいい。腹が満ちればそれで十分だ。

 

 「……さて」

 

 黒いシャツに白いワイドパンツ――いつもと同じ格好だ。ローブなんぞ着る気はさらさらない。あんな布切れ、動きにくくてしょうがない。戦う時にも邪魔だ。

 

 部屋を出ると、廊下にはまだ人の気配がなかった。夜の名残が薄く残る城の中はしんと静まり返っていて、踏みしめる足音がやけに大きく響く。

 

 「……無駄に広いな、この城は」

 

 俺の部屋は東棟の3階にある。そこから職員室までは、階段を何度も登り降りしなきゃならねぇ。教職員どもは「煙突飛行ネットワーク」とかいう魔法の移動手段を使っているらしいが、俺にそんなもんが使える保証はない。

 

 呪具と魔法具は違う。構造も理屈も違う。俺が片方を扱えるからといって、もう片方も扱えるとは限らねぇ。無理をして事故るのは御免だ。

 

 階段を降り、回廊を抜け、また別の階段を上る。途中、動く肖像画が俺を凝視してきたので、睨み返したら慌てて目を逸らしやがった。絵のくせに生意気だ。

 

 職員室の前に着く頃には、窓の外が少しずつ白んでいた。

 

 扉を開けると、中ではすでに数人の教員とアルバス・ダンブルドアが集まっていた。

 

 「フシグロ君、おはよう。朝食は食べたかね?」

 

 あの白髭ジジイがのんびりと声をかけてくる。

 

 「あぁ、昨日のステーキを食った」

 

 「ん?昨日の?」

 

 眉を上げて、すぐに飄々とした笑い顔に戻る。腹の読めないジジイだ。

 

 「では、改めて皆さんに紹介しようかの。こちらは今学期よりホグワーツの体育を担当することになった、トウジ・フシグロじゃ」

 

 その言葉で、部屋にいた教員たちの視線が一斉に俺に向けられた。

 

 ざっと見渡す。まず、ピシッと背筋の伸びた女――ミネルバ・マクゴナガル。副校長で変身術担当だと聞いている。顔つきも服装も、いかにも“規律”と“厳格”を地で行くタイプ。こういう女は苦手だ。

 

 隣には陰気なツラの男――セブルス・スネイプ。魔法薬学の担当だ。全身から湿った空気が漂ってやがる。目が妙に細くて、蛇みたいな印象だ。昨日も俺を胡散臭そうに見ていたが、今日も変わらずその目つきだ。

 

 昨日、俺の隣でビビってた奴もいる。クィリナス・クィレル。ターバンの下に“何か”を隠してるのは明らかだ。挙動がいちいち小動物みたいに落ち着かねぇ。

 

 小柄な男――フィリウス・フリットウィックは呪文学担当。明るい表情で、俺のことを面白がってるような目をしてやがる。好奇心旺盛なタイプだろうな。

 

 ふくよかな女――ポモーナ・スプラウトは薬草学担当。柔らかい空気を纏っていて、この中では一番“普通”そうな印象を受けた。

 

 そして短髪の女――ロランダ・フーチ。飛行術担当。目つきが鋭く、こいつは多分、真っ向勝負が好きなタイプだ。腕っぷしにはちょっと自信がある顔をしている。

 

 全員の印象を頭の中でざっと並べる。魔法使いってやつは、見た目や立ち振る舞いでだいたい性格が出る。戦場でもそうだ。構えを見れば、その人間がどう動くか分かるように。

 

 「フシグロは少々特殊での、魔法を使えん。じゃがスクイブでもマグルでもない」

 

 ダンブルドアの言葉に、スネイプが最初に反応した。

 

 「……ほぉ、そんな者がホグワーツの教師など務まるのですかな」

 

 低い声。あからさまに見下すような目。わかりやすい男だ。

 

 「ふむ、確かにそう思うのも無理もない」

 

 ダンブルドアは否定もせず、軽く頷く。飄々としていて腹の底が見えない。

 

 俺は何も言わなかった。ただ視線だけを一度、スネイプに向けた。

 

 ――一瞬、空気が止まる。

 

 スネイプがわずかに眉をひそめた。視線の圧ってやつは、戦場じゃ言葉より速く通じるもんだ。

 

 「とにかく、彼はこの学校にとって重要な存在じゃ。理由は……いずれ分かる」

 

 ジジイがそう言いながら軽く手を叩いた。

 その場の空気は自然と流れを戻し、他の教師たちが雑談を再開する。

 

 俺は壁にもたれ、彼らを黙って観察した。

 

 規律を重んじる副校長。

 腹に何か抱え込んでる陰気な薬学教師。

 挙動の怪しい小心者。

 好奇心旺盛な小男。

 温厚そうな薬草ババァ。

 喧嘩っ早そうな飛行術女。

 

 戦う相手じゃないとはいえ、こういう情報は覚えておいて損はねぇ。

 

 魔法使いの教師どもは、俺を得体の知れない存在として見ている。

 それでいい。

 

 俺は“教師”なんて肩書きに興味はない。

 この城の中で、俺は俺のやり方で動くだけだ。

 

 「……さて、面倒な連中と一緒に働くことになるわけだ」

 

 小さく呟いた声は、誰にも聞こえていなかった。

 

 窓の外からは朝日が差し込み始めている。

 

 そして遂に俺の授業の時間がやってきた。

 

 朝の中庭は冷え込みが強く、石畳に立つだけで足の裏から冷気が伝わってくる。吐いた息は白く、空気は澄んでいてやけに静かだ。俺は授業開始の数分前に到着し、すでに最低限の準備を済ませていた。

 

 教員用の倉庫からロープと木剣、的代わりの木枠をいくつか引っ張り出してきて、石畳の上に雑に並べる。正直、これだけあれば十分だ。

 

 ダンブルドアには事前に授業内容について一応確認を取っていた。

 

 「杖じゃ解決できない事を教えてくれ」

 

 あのジジイはそれだけ言って、いつもの薄笑いを浮かべていた。つまり――ステゴロだ。

 

 俺がこの城に雇われた理由もそこにある。魔法じゃどうにもならない状況を、俺は力と技で捻じ伏せる。それが俺の仕事であり、こいつらにとっての“体育”だというわけだ。

 

 少し待つと、遠くから甲高い声と足音が近づいてきた。生徒たちの登場だ。

 

 今日の対象は1年生、4年生、6年生の三学年。割とハードなスケジュールだが、殺しの仕事よりはずっとマシだ。血を見ずに済むだけ気が楽ってもんだ。

 

 最初にやってきたのは1年生の集団だった。

 

 黒いローブを揺らしながら、ゾロゾロと列をなして中庭に入ってくる。杖を握っている奴、手持ち無沙汰に袖をいじっている奴、無駄に喋りながらはしゃいでいる奴。魔法使いのガキってのは総じて落ち着きがない。

 

 「……まぁ、こんなもんか」

 

 集団の中には、見覚えのある顔もある。ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだ。列車の中で見たガキどもが、ローブ姿で並んでいる。

 

 こいつらは俺のことを覚えているのか、ちらりとこちらに目を向け、少しだけ顔を引き締めた。昨日の俺の雰囲気が、それなりに印象に残ってるんだろう。

 

 「俺はフシグロ。お前らに体育を教える。よし、そこに並べ」

 

 声を上げると、1年生たちは少しざわめきながらも列を作った。軍隊みたいな整列を期待する気はねぇ。とりあえず話を聞ける位置に並べばそれでいい。

 

 「今からやるのは、“魔法を使わない”授業だ」

 

 俺の言葉に、あちこちで「え?」という声が上がる。

 

 「魔法の授業じゃないんですか?」

 「杖は使わないんですか?」

 

 あれこれ喚く声が飛んでくる。まぁ当然の反応だろう。

 

 「杖なんざ必要ねぇ。今日教えるのは、“自分の体”で相手を倒す方法だ」

 

 その瞬間、ざわめきが広がる。中には露骨に眉をひそめた奴もいた。

 

 「……なんでそんなの習わなきゃいけないんですか?」

 

 声を上げたのはハリーの隣にいたガキだ。典型的な反抗期の顔をしている。

 

 「いい質問だな」

 

 俺はわざとゆっくりと歩きながら、そいつの前に立つ。

 

 「杖があればなんでもできると思ってる奴は、いざ杖がねぇと何もできなくなる。杖を奪われた瞬間、ただのガキになるんだよ」

 

 言いながら、俺は足元の小石をつま先で弾き飛ばす。石はそのガキの胸元ギリギリを掠めて、後ろの壁にコツンと当たった。ほんの軽い力だったが、ガキの顔が一瞬で強張る。

 

 「――今の一瞬、お前は反応できなかった」

 

 「……っ」

 

 「杖を使う暇なんてねぇ状況は、いくらでもある」

 

 俺は石畳の中央に立ち、両腕を軽く広げた。

 

 「だから教える。身体一つで生き延びるための動きをな」

 

 少しずつ、生徒たちの表情が変わっていく。半信半疑だった目が、ほんのわずかに引き締まり始めていた。

 

 「じゃあ、まずは簡単なところからだ」

 

 俺は一歩下がり、近くにあった木枠を指差した。

 

 「相手の動きを止めるには、力はいらねぇ。タイミングと角度、それだけで十分だ」

 

 俺は木枠に向かって軽く踏み込み、掌底を叩き込む。

 

 ――バキンッ。

 

 乾いた音とともに木枠の一部がひしゃげ、バランスを崩して倒れ込んだ。

 

 生徒たちの顔が一斉に引き攣る。

 

 「これくらいなら、体重が軽いお前らでもできる」

 

 嘘だ。もちろんこんな威力は俺の筋力ありきだ。だが、重要なのは“恐れ”を植え付けることだ。舐めた態度を取られりゃ、授業にならねぇ。

 

 「次。誰か一人、前に出ろ」

 

 沈黙が走る。視線が右往左往する。

 

 「じゃあ――お前」

 

 指差したのは、よりによってハリー・ポッターだった。

 

 「え、えぇっ!?」

 

 予想外だったのか、目を丸くして一歩引く。

 

 「安心しろ。ぶん殴ったりはしねぇよ」

 

 嘘ではない。今日はまだ。

 

 「構えろ」

 

 「こう……ですか?」

 

 ハリーはぎこちなく腕を上げる。素人丸出しのフォームだ。

 

 「違ぇ。腕は下ろすな。力むな」

 

 俺はその手首を軽く掴み、肩の位置と肘の角度を直す。たったそれだけで、空気が少し変わった。

 

 「今のが“構え”だ。戦うってのは、まずここから始まる」

 

 ガキ共の中に緊張が走る。杖を構えるよりも、よほど生々しい“現実”を見せられているからだろう。

 

 「この構えを崩せるか崩せねぇかで、勝負は決まる」

 

 俺はそう言いながら、ハリーの肩を指先で軽く押した。

 

 ――その瞬間、彼の体があっさりと崩れる。

 

 「……っわ!」

 

 尻餅をついたハリーを見て、周りから笑い声が漏れる。

 

 「笑ってんじゃねぇ。お前らもこうなる」

 

 俺は目線だけで全員を睨み、笑い声を一瞬で止めた。

 

 「さぁ、次はお前ら全員の番だ」

 

 ざわめきと小さな悲鳴があちこちから上がる。だが構わず俺は声を張った。

 

 「杖がねぇと何もできねぇ奴は、今日ここで痛い目見るぞ」

 

 静まり返った中庭に、俺の声がよく響いた。

 空気が変わる。

 最初の“遊び感覚”はもう誰の中にも残っていなかった。

 

 この瞬間、魔法学校の体育は、ただの授業じゃなく“生き残るための訓練”に変わった。

 

 「いいか?どんな状況にも“最適解”の動きってのがある」

 

 俺は生徒たちを見回しながら、ゆっくりと歩いた。

 

 「だがな、同時に“やっちゃいけねぇ動き”もある。無駄に力んだり、腰を落とさずに突っ込んだり……そういうのは真っ先に死ぬ」

 

 空気がピリッと引き締まる。杖を使わないという状況に慣れていないガキどもは、明らかに戸惑っていた。

 

 「だからまず、“どんな状況でも動ける身体”を作る。……つまり筋トレだ」

 

 「筋トレ……?」

 

 何人かのガキが小声で繰り返した。

 

 俺は昨日、ベッドに寝転がりながら組んだ筋トレメニューを思い出す。

 未発達なガキの身体でも無理なくできて、成長を阻害しない負荷の軽いトレーニング。

 殺し屋として培った実戦の経験から逆算した基礎の基礎。禪院家のバカ共みたいに呪霊がたむろする部屋になんか突っ込まねぇよ。

 

 「この場で今すぐできるもんだけを教える。いいからやってみろ」

 

 俺は地面にしゃがみ込み、プランクとスクワット、簡易的な自重トレのフォームを一つずつ実演してみせた。特別な道具は必要ない。動ける身体は、こういう反復でしか作れない。

 

 「……こんなことして意味あるのか?」

 

 後ろの方から、妙に鼻につく声が飛んできた。

 

 俺は顔を上げ、声の主を探す。すぐに分かった。金髪のガキが、顎を突き出すようにこちらを見上げていた。ローブの袖を翻し、妙に偉そうな態度を取っている。

 

 「あぁ?」

 

 その瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。

 

 「なんだテメェは、名前は?」

 

 「……はい?僕はドラコ・マルフォイだ!純血だぞ!」

 

 金髪のガキ――ドラコ・マルフォイは鼻を鳴らして胸を張った。

 “純血”って言葉を出すあたり、いかにも貴族気取りのガキだ。

 

 「純血?知らねぇよそんなもん」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 「いいから黙ってやってろ」

 

 「な!?は!?僕が……こんなこと……っ!」

 

 マルフォイが顔を真っ赤にして喚く。その声に、周囲のガキどもがクスクスと笑った。だが俺は一切笑わなかった。

 

 「おい」

 

 その一言で、全員の笑いがピタリと止まる。

 

 「いいか、ここじゃ血筋も杖も関係ねぇ。魔法が使えなくなったら、お前らなんてただの人間だ」

 

 俺はマルフォイの目を真っ直ぐに見据えた。

 

 「お前がどこの家だろうが、どんな血を引いてようが……動けなきゃ“死ぬ”」

 

 マルフォイの肩が一瞬、ぴくりと震える。

 

 「さぁ、やれ」

 

 俺が指を鳴らすと、全員の視線が自然とマルフォイに集まった。本人は歯ぎしりしながらも渋々列に戻り、俺が見せたフォームを真似し始める。

 

 「腕が震えてるぞ、“純血”」

 

 「くっ……!」

 

 他のガキどもも次々と同じフォームを取り始めた。最初はバラバラだったが、俺が横を歩きながら姿勢を修正していくと、少しずつ形になっていく。

 

 「腰をもっと落とせ」

 「肩の力を抜け」

 「背中を真っ直ぐに」

 

 命令口調で淡々と指示を飛ばす。体育ってのは甘やかすもんじゃねぇ。

 

 やがて、中庭に「はぁ、はぁ」という息遣いと足音だけが響くようになった。

 

 1年生の身体にはちょっとキツい負荷だろう。だが倒れるやつはいない。意地でもやり切ろうとしている。最初は遊び半分だった空気が、完全に“訓練”のそれに変わっていた。

 

 「そうだ……そのままキープしろ」

 

 「無理……もう無理……」

 

 「無理じゃねぇ。頭を使え。筋肉に頼るな。呼吸と姿勢で耐えろ」

 

 俺の声が響くたび、ガキどもは歯を食いしばってフォームを維持する。

 

 これでいい。

 

 強い力は魔法なんかじゃねぇ。身体の芯から絞り出すもんだ。

 

 「時間だ。立て」

 

 一斉にガキどもが崩れ落ちるように姿勢を解いた。中には膝をついて肩で息をしてる奴もいる。

 

 「ふぅ……はぁ……」

 

 その顔には、不満よりも“驚き”が浮かんでいた。自分がここまで動けるとは思っていなかったんだろう。

 

 「これが第一歩だ」

 

 俺は腕を組み、生徒たちを見下ろした。

 

 「杖を振るより先に、足を踏み出せ。口で呪文を唱えるより先に、身体を動かせ。――それが生き残る奴と死ぬ奴の違いだ」

 

 その言葉に、誰も反論しなかった。

 金髪のマルフォイでさえ、悔しそうに唇を噛んだまま黙っている。

 

 「……よし、次はペア組んで“組み技”の基礎だ」

 

 「えっ!?」「組む!?」

 

 またざわめきが上がるが、もう誰も「意味あるのか」とは言わなかった。

 

 杖のない“戦い”が、少しずつこの城のガキどもの中に刻まれ始めていた。

 

 それから暫くして、ようやく1年生の授業が終わった。

 

 どいつもこいつも体力がねぇ。軟弱だ。日本の呪術師のガキの方がよっぽど戦いを知っている。呼吸は乱れ、足はガクガク、筋肉は限界って顔してる奴ばかりだ。まだ始まったばかりの基礎トレーニングだってのにこの有様。

 

 「よし、お前ら今日はここまでだ」

 

 俺は全員を見渡して声を張った。

 

 「城に帰って大広間で鶏肉と牛乳をたらふく腹に詰めこんで次の授業にいけ。ゲロは吐くなよ」

 

 「はい!!!」

 

 声はバラバラだが、全員一応返事はした。疲労困憊で足元はフラついているくせに、目だけは少しだけ変わっていた。最初はふざけ半分だったが、今は“授業”としてちゃんと受け止めてやがる。

 

 中には地面に手をついて肩で息をしている奴もいた。ローブの袖が泥で汚れ、額に汗が滲んでいる。いい傾向だ。戦いの基本はこういう泥臭いもんだ。

 

 その中から一人、ひょこっと俺の前に出てきたガキがいる。

 

 「……あ!あの!フシグロ先生!」

 

 黒髪のメガネ。昨日列車で同じ個室にいたガキだ。ハリー・ポッター。

 

 「なんだ」

 

 「またお願いします!」

 

 目を輝かせてそう言いやがる。

 

 俺は鼻で笑った。

 

 「おめぇが死ななきゃな」

 

 「は、はい!」

 

 息を切らしながらも、ハリーは笑っていた。妙に真っ直ぐなガキだ。

 

 その後ろから、赤毛とブロンドの二人――ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャーも駆け寄ってきて、三人並んで城へと戻っていく。

 

 ロンは「もう動けねぇ」と情けない顔をしていたが、ハーマイオニーは何か考え込むように黙っていた。多分、俺の言った「杖がなきゃただの人間」って言葉が引っかかってるんだろう。妙に顔を赤らめてたが…気のせいだな。

 

 「これで200万……」

 

 俺はポケットに手を突っ込み、煙草の代わりに指先を軽く鳴らした。

 

 ガキに筋トレ教えるだけで金が貰える。笑いがこみ上げる。

 

 競馬……イギリスにもある。ロンドンでも郊外でも競馬場はあるはずだ。

 

 「ふっ……200万あれば一気に増やせるな」

 

 日本で散々やった“資金運用”が役立つ日が来たってわけだ。

 

 中庭にはもう誰も残っていない。残っているのは足跡と、子供たちの声の余韻、そして地面に落ちた汗と泥。

 

 静かになった空間の中で、俺は空を仰いだ。

 

 ホグワーツの城は相変わらず陰気な気配を漂わせている。だが今の俺にとってはそんなことどうでもいい。

 

 「……次は4年と6年か」

 

 呪力を感じないこの世界で、俺はただ“教える”だけの立場に立っている。奇妙な感覚だった。

 

 かつては呪術師を殺し、呪霊を狩り、金のために戦い続けてきた俺が――今はガキどもにスクワットとプランクを教えている。

 

 「人生、何があるか分かんねぇもんだな」

 

 肩を鳴らしながら、俺は再び地面を整えた。

 

 今度の4年と6年は、1年よりも体格がしっかりしているはずだ。少しくらいなら手荒にやっても問題ないだろう。

 

 「……遊びじゃねぇっての、教えてやるよ」

 

 そう呟き、俺はゆっくりと立ち上がった。

 

 今日一日、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋から中庭を見下ろしている影があった。

 

 その人物はクィリナス・クィレル。

 闇の魔術に対する防衛術を担当する教師である。

 

 細い指先でカーテンの端をつまみ、わずかに開けた隙間から外を覗き込む。

 視線の先には、中庭の中央に立つ伏黒甚爾の姿があった。

 

 「……何者なんだ、あの男は……!」

 

 かすれた声が喉の奥から漏れる。

 

 1年生の授業が終わった直後、中庭にはまだ土煙と汗の匂いが残っている。

 生徒たちが必死に体を動かしていた痕跡が、石畳の上にはっきりと刻まれていた。

 あの異様な訓練光景を、彼は職員室の窓越しにずっと見ていたのだ。

 

 「……まるで……軍隊の訓練のようじゃないか」

 

 杖を一切使わせない。

 魔法も呪文もない。

 ただ己の肉体だけを使い、黙々と鍛え続けるあの光景は、この城では異端中の異端だった。

 

 彼の手のひらには薄い汗が滲んでいる。

 教員であるはずの彼が、生徒たちの訓練風景を見てここまで緊張しているのは、伏黒甚爾という男が発する“何か”が理由だった。

 

 ――あれはただの人間じゃない。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 あの男は、職員室で初めて姿を見せたときから、すでに空気を変えていた。

 笑い声や世間話に包まれていた職員室の空気が、一瞬で張り詰めたのだ。

 

 クィレルは、その場で背筋に氷を流し込まれたような感覚を味わった。

 ほんの一瞥――ただ一瞥されただけで、呼吸が浅くなり、喉が締め上げられるような錯覚に陥った。

 

 「どうして……ホグワーツなんかに……」

 

 唇が勝手に震える。

 震えを抑えようと拳を握るが、手のひらに爪が食い込んでも震えは止まらなかった。

 

 そして――彼の頭の奥。ターバンの下に潜む“主”が、静かに蠢いた。

 

 「……クィレル……」

 

 ひどく冷たい声が、脳に直接響く。

 皮膚の裏側を冷たい指先でなぞられるような不快な感覚が、背骨を這い上がってきた。

 

 「主よ……」

 

 「何を怯えている」

 

 「……あれは、普通ではありません」

 

 クィレルは喉を震わせながら答える。

 

 「生徒たちを圧倒的な力で黙らせた……ただの体育教師じゃありません……!私を睨んだときの、あの感覚……」

 

 言葉が喉で詰まり、息が荒くなる。

 背中を伝う汗が、冷たい空気で肌に貼りついた。

 

 「……あの男の中には……何も“魔力”がない……なのに……」

 

 魔力の流れも、呪文の気配もなかった。

 だが、それでも圧倒的な“存在感”があった。

 魔法使いである自分が本能的に怯えるほどの、獣じみた圧。

 

 「まるで……獲物を前にした“捕食者”のようだった……」

 

 ターバンの下で、主が小さく笑った。

 「面白い……」

 

 「……主?」

 

 「恐怖は……同時に……可能性でもある。あれは利用できる」

 

 その一言で、クィレルの背筋がゾクリとした。

 

 自分は今、“あの男”を恐れている。

 心の奥底から。

 

 だが、主はそれを愉しんでいる。

 この不気味な存在は、恐怖を栄養にして力を増す。

 

 「……主のご意志とあらば……」

 

 呟いた声は震えていたが、その目は恐怖と同じくらいの“焦燥”に満ちていた。

 あの男がこの城にいる限り、自分の計画に支障が出る。

 主の復活を果たすためには、警戒しなければならない。

 

 だが――同時に、主は興味を抱いている。

 

 クィレルは再びカーテンを閉じ、深く息を吐いた。

 

 「……あれが、伏黒甚爾……」

 

 胸の奥で鼓動がまだ速い。

 あの男がこの城にいるというだけで、空気が変わる。

 

 この先、何かが動き出す――そんな確信めいた予感が、彼の心に不気味に巣食っていた。

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