ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十話

 

 

 

 

 「のう……フシグロ君、ちょっと子供達野蛮過ぎんかのぉ?」

 

 「そうか?お前に言われた通り【杖がなくても生き残れる方法】をみっちり教えただけだぞ」

 

 「う〜む……」

 

 俺とジジイ――アルバス・ダンブルドアは観客席に座り、グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合を眺めていた。目の前の光景は、いつものクィディッチの試合とはちょっと、いや……かなり違う。

 

 グリフィンドールのビーター(打ち手)がブラッジャーを片腕で受け止め、そのままリバーススイングでスリザリンの選手にカウンターをぶち込む。スリザリンのキーパーは箒にしがみつきながら、筋肉の力技でゴールポストの支柱に激突する寸前で体勢を立て直した。

 

 観客席からは悲鳴と歓声が入り混じったどよめきが沸き上がる。

 

 「いいねぇ、根性がある」

 

 「クィディッチはのぉ……もう少し、こう……華麗なスポーツであった気がするのじゃが……」

 

 「俺に頼んだのお前だろ」

 

 「む……確かに……」

 

 ダンブルドアは顎髭をいじりながら苦笑した。

 

 俺がホグワーツに来てから約1年半。最初の頃は、この学校の生徒どもは箒に乗って飛んで、ちょこちょこブラッジャーを避けるだけで「ハードな競技」と言い張っていた。

 

 だが今のこいつらは違う。俺が教えてやったのは()()()()()()()()()使()()()だ。杖をなくしても戦える筋力と瞬発力。全身のバネの使い方。そして「殺す気で殴る」覚悟。

 

 それらを叩き込んでやった結果が、今目の前で繰り広げられているこの“戦場”みたいなクィディッチだ。

 

 「おおっとぉぉぉぉ!?ブラッジャーを受け止めたぁ!?いやこれは……投げたッ!?いや、投げ返したぁぁぁぁぁ!!!」

 

 実況の声が響く。観客席が湧き上がる。

 

 グリフィンドールの双子のガキ――あれはフレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーだったな。あいつらは去年から俺の授業で鍛えられた筋力と技術を存分に活かしていた。

 

 箒にまたがってるとは思えないほどバランス感覚が洗練され、体の軸が全くブレない。飛行中にブラッジャーを捕まえ、そのまま逆方向にフルスイングで打ち返すなんて芸当は、去年の連中には絶対無理だった。

 

 「やっぱり()()()()って大事だよな」

 

 「君の“基礎”はちょっと特殊すぎる気がするがのぉ……」

 

 ジジイがため息をつく。

 

 「俺は頼まれたことをやっただけだ。お前が“クィディッチの事故率を下げたい”って言ったから、しっかり訓練させただけだろうが」

 

 「まさか事故率が下がるどころか()()()()()()()()()とは思わなんだのぉ……」

 

 ジジイがぼそっと呟いた。

 

 ……まぁ、それは俺も若干思ってたけどな。

 

 生半可な運動じゃ事故は防げねぇ。相手の攻撃を止められねぇなら、自分が叩き潰すまでだ。それだけの話だ。

 

 「スリザリンのキャプテン、動きが固いな」

 

 「ほぉ、フリント君のことか?」

 

 「そうだ。力任せなのは悪くねぇが、背中が甘い。あれじゃ双子のカウンターのいい餌食だ」

 

 俺が指摘した瞬間――

 

 ブラッジャーがうなりを上げてスリザリンのキャプテン、マーカス・フリントの背中に炸裂した。

 

 「ぐっ……!」

 

 激しい衝撃に彼は一瞬バランスを崩し、危うく落下しかけたが、咄嗟に腹筋と背筋で体勢を戻す。

 

 「おぉ、根性はあるな」

 

 「フシグロ君……あれは根性ではなく、()()ではないかの?」

 

 「一緒だろ」

 

 そんな会話をしている間にも試合は激しさを増していく。

 

 今度はスリザリンのシーカー――ドラコ・マルフォイが高速でグリフィンドールのシーカー、ハリー・ポッターを追い詰めていた。

 

 「マルフォイのやつ、箒の性能で勝とうって腹だな」

 

 「彼の持っている箒は最新型じゃからのぉ」

 

 「けど、飛行技術じゃポッターの方が上だな」

 

 そう口にした瞬間――ハリーが箒の角度を変え、風を切る音を残してマルフォイの死角に潜り込み、ゴールポストすれすれで急旋回する。

 

 「くっ……!」

 

 マルフォイは追いきれずにコースアウトしそうになったが、スリザリンのチームメイトが必死にブラッジャーを打って援護に入る。

 

 俺の目は自然とその攻防に集中していた。

 

 こいつらは確かにまだ子供だ。だが、戦い方は確実に1年前とは別物になっている。

 

 「これは……面白くなってきたな」

 

 「うむ、見応えがあるのぉ。……というか、これはもはやスポーツではなく戦争じゃの」

 

 「クィディッチなんざ元々危険なスポーツなんだろ?少しくらい荒っぽい方が面白ぇじゃねぇか」

 

 「君が言うと説得力がありすぎるのじゃ」

 

 そんなジジイのぼやきを聞き流しつつ、俺は試合を見続けた。

 

 双子の打ち返したブラッジャーがマルフォイのすぐ横を通り抜ける。観客席から悲鳴と拍手が同時に上がる。

 

 上空では、二人のシーカーが激しいデッドヒートを繰り広げていた。スニッチを追うスピード、反応、そして勝負勘――どれも高いレベルで噛み合っている。

 

 「……いいな」

 

 俺は無意識にそう呟いた。

 

 杖も呪文も使わず、自分の身体と技術だけで相手とぶつかる。

 

 それが、何よりも好きだった。

 

 この瞬間だけは、戦いの世界と、競技の世界が重なる。

 

 「……ジジイ」

 

 「なんじゃ」

 

 「次は教員同士でクィディッチやらねぇか?」

 

 「やめておこう、学校が壊れる」

 

 俺の提案は即答で却下された。

 

 ま、いい。

 今はただ、この血の匂いが混ざったような試合を楽しめばいい。

 

 「……さぁ、ポッター。見せてみろよ」

 

 俺は観客席から、空を駆けるあの黒髪の少年をじっと見つめていた。

 

 ――まるで、狩りの獲物を狙う時のように。

 

 

 

 

 「ところでダンブルドア、例の件だが」

 

 「うむ……進捗はどうじゃ」

 

 俺はクィディッチの試合が終わった観客席からそのままジジイ――アルバス・ダンブルドアと一緒に校長室へ戻っていた。

 

 廊下ではまだ歓声と喧噪が残っていたが、この静かな部屋の中ではまるで別世界のように空気が重く冷たい。

 

 「ホグワーツ内部で“蛇”が動いてる。それもデカいのがな」

 

 「ふむ……やはりそうか」

 

 俺の声を聞いても、ジジイの顔色は変わらなかった。いつものように顎髭を撫でながら、深く考え込むあの顔だ。

 

 「屋敷しもべ妖精に調べさせた。ホグワーツ内の配管をウロウロしてやがった。そしてその臭いが集中してるのが“嘆きのマートル”のいる女子トイレ、洗面台だ」

 

 「……マートル。50年前、秘密の部屋が初めて開かれたときに亡くなった女の子じゃな」

 

 ダンブルドアの瞳に一瞬、光が宿ったように見えた。普段は温厚なジジイの目が、このときばかりは鋭い。俺は椅子の背もたれに身体を預け、足を組んでジジイの反応を見ていた。

 

 「やっぱり“秘密の部屋”ってやつは実在するんだな」

 

 「少なくとも、まったくの作り話ではないことは確かじゃ」

 

 ジジイの口調はいつになく重い。こういうときのこの男は、ただの「おとぼけジジイ」じゃなく、“ホグワーツの長”の顔になる。

 

 俺はポケットから取り出した煙草に火をつけようとして、ジジイにじっと見られた。

 

 「……ここで吸うのはやめてくれんかの」

 

 「チッいいじゃねーか、パチンコ屋で散々嗅いでるだろ」

 

 仕方なく煙草を戻した。

 

 「ゴホンッ……で、フシグロ君。蛇といったな。普通の蛇ではないのじゃろ?」

 

 「あぁ。あれは普通の蛇じゃねぇ。気配が違う。でかいだけじゃなくて、空気が張り詰めるような感じだ。殺気……とはまたちょっと違うがな。とにかく()()だ」

 

 俺は配管の中を移動していたあの得体の知れない気配を思い出す。長年呪霊や化け物どもとやり合ってきた俺の感覚が「ヤベェ」と言っている。間違いなく、ただの魔法生物じゃねぇ。

 

 「それと……」

 

 「なんじゃ?」

 

 「蛇の臭いに混ざって……()()()()()もあった」

 

 ジジイの眉が僅かに動いた。

 

 「つまり……この事件に関与している“継承者”とやらが、すでに動いている可能性が高いってことだ」

 

 「……そうじゃの」

 

 ジジイは机に肘をつき、指先で顎を支える。

 

 「50年前、秘密の部屋が開かれたとき、亡くなったのはマートルだけじゃが、恐怖によって多くの生徒がホグワーツを去った。あの事件は学校全体に深い爪痕を残した……」

 

 「で、今度はそいつがまた開かれた、ってわけだ」

 

 「そう考えるのが自然じゃろう」

 

 「犯人の目星は?」

 

 「いや……まだない。だが、“継承者”は間違いなくホグワーツにいる」

 

 「……生徒の中、か」

 

 俺の口調が自然と低くなる。

 

 「この学校、妙に生徒の数が多いんだよな。広い城にガキがごちゃごちゃ……探すのは骨が折れるぜ」

 

 「君にしか感じ取れぬ気配もあるじゃろう?」

 

 「まぁな」

 

 俺は目を細めた。蛇の臭い。配管の奥から漂ってきた、あの独特の生臭さ。腐った下水のような臭いに混ざった、爬虫類特有の湿った空気。あれは忘れようにも忘れられねぇ。

 

 「嘆きのマートルのトイレを見張っておくか?」

 

 「うむ、それも一つの手じゃ。ただ……」

 

 「ただ?」

 

 「何者がこの“蛇”を動かしておるのか、それが分からねば意味がない。単なる怪物退治ではないのじゃよ」

 

 「……あぁ、そうだな」

 

 ジジイの目が一瞬だけ鋭さを増す。その視線を受けて、俺の胸の奥で妙な感覚が沸き上がった。

 

 俺は戦うことには慣れている。だが、“見えない敵”を追いかけるのは別の話だ。

 

 「ちなみにお前は何か知ってるんじゃねぇのか?」

 

 「さぁのぉ……ワシもすべてを知っておるわけではない」

 

 「信用できるかよ」

 

 「君の不信感はいつもまっすぐでよいのぉ」

 

 こいつ、こういう時にだけ飄々とした顔をするんだよな……。

 

 「とにかく、この件は長期戦になる可能性がある。蛇はおそらく()()()()()か、それに準ずる何かじゃ」

 

 「バジリスク、か……聞いたことはあるな。目が合えば死ぬ化け物だろ?」

 

 「うむ。伝説ではな。だが実在するかどうか、確証はない。もっとも……ワシらの経験上、“伝説”はたいてい現実の方が酷い」

 

 「……それは同感だな」

 

 俺は、呪霊の世界で散々見てきた。人が「まさか」と笑うような存在の方が、実際は一番タチが悪い。

 

 「マートルのトイレは危険区域に指定するか?」

 

 「いや、まだそれは避けたい。無闇に騒ぎを広げると、継承者が身を潜めてしまう可能性がある」

 

 「つまり囮か……」

 

 「君なら適任じゃろ?」

 

 「おい、ジジイ」

 

 「ははは、冗談じゃよ」

 

 本気で言ってんじゃねぇだろうな……?

 

 俺はため息を吐いて立ち上がった。

 

 「とりあえず今夜、あのトイレの周辺を見て回る。何か動きがあれば叩き潰す」

 

 「頼もしいのぉ。……気をつけるんじゃぞ」

 

 「俺がやられると思ってんのか?」

 

 「思っておらん。じゃが、君が本気を出しても“バジリスク”はそう甘くはない。気配を読めても、奴は一瞬で命を奪う。魔法界でバジリスクがどう呼ばれてるか知っておるかね?【魔法使い殺し】じゃよ」

 

 「……上等だ」

 

 俺は扉に手をかけながら笑った。

 

 「バジリスクだろうが何だろうが……ブッ飛ばせばいいだけの話だ」

 

 ジジイは何も言わず、ただ静かに俺の背中を見送った。

 

 廊下に出ると、先ほどの喧噪とは違い、少し冷たい空気が流れていた。

 

 蛇の気配は確かにこの城のどこかにある。

 

 俺はそのまま、闇の廊下へと歩いていった。

 

 とりあえず嘆きのマートルがいるトイレに向かった。

 

 夜の廊下はしんと静まり返っていて、石造りの壁を伝って湿った冷気がじわじわと肌にまとわりつく。生徒達の寝息が聞こえる寮の方とは違い、この辺りは妙に空気が重い。人気がなく、余計な物音ひとつしないのに――それなのに、何かが“潜んでいる”ような感覚だけがやけに鮮明に伝わってくる。

 

 「ここだな」

 

 扉を押し開けると、冷気が一気に吹き出した。女子トイレの中は薄暗く、石の床にはうっすらと水が張っている。足元を冷たい感触が撫でた瞬間、鼻を突くような腐臭が立ち込める。あの嫌なドブ臭さと、生き物の巣に近い湿った臭い――同じだ。

 

 俺には天与呪縛で強化された感覚でゴースト(呪霊)がいることしか分からない。姿を見ることも、声を聞くこともできない。ただ、冷たい空気と気配の“揺らぎ”がそれを教えてくれる。マートルの気配が奥にいた。ゴーストってのは、かつて生きていた魔法族の立体的な痕跡であり、魔法生物区分における霊魂の一種だ。魔法に属する存在だけがゴーストになる。

 

 「ここが噂の……嘆きのマートルのトイレか」

 

 中に入り、洗面台を見上げる。古くて黄ばんだ陶器製の洗面台、ところどころにヒビが入っている。年季が入っているというレベルじゃない。蛇口の部分には蛇のシルエットが刻印されていて、それがまたスリザリンの臭いを強く漂わせている。

 

 「間違いねぇ……此処から蛇は出てる」

 

 蛇口の根元、そして洗面台の隙間から冷たい隙間風が吹いてくる。地下のどこかに繋がっているのは明らかだ。それも、腐臭を伴った濃い空気。まるで“底”があるような感覚。あの臭いは獣の棲み処に近い。

 

 「壊して入るか? いや……ジジイが怒りそうだな」

 

 拳を軽く握りしめる。ぶん殴れば洗面台ごと破壊できる。俺の筋力ならこの程度の石造りなんて紙みてぇなもんだ。ただ、ダンブルドアがそれを喜ぶ姿は絶対に想像できない。後で小言を延々聞かされる羽目になるのは目に見えてる。

 

 「継承者とやらが開けてる方法があるはずだ……」

 

 蛇口を撫でると、冷たい感触と一緒に微かな“魔力”の残滓が指先に触れた。何かしらの仕掛け――それも、俺のような非魔法族には開けられない類いのやつだろう。魔法か、あるいは……特定の“言葉”。

 

 「パーセルタングってやつか」

 

 スリザリンに関係があるなら、蛇語で開ける可能性が高い。そうなると俺じゃどうにもできない。思考を巡らせながら周囲を見回すと、個室の一角から微かな違和感を感じた。空気の流れが不自然だ。

 

 「……あそこだな」

 

 ゆっくりと歩き、個室の扉を開く。そこにあったのは、一冊の黒い本だった。床のタイルに落ちたそれは薄汚れながらも、異様な存在感を放っている。拾い上げると、掌に冷たい感触が走った。

 

 「なんだこれ……呪物か?」

 

 表紙には金の箔押しで名前が刻まれている――トム・マールヴォロ・リドル。聞き覚えのある名だ。

 

 「……ロクなもんじゃねぇな」

 

 直感が言っている。危険な匂いがする。手に取った瞬間、空気が重く張り詰める。俺はすぐに本を閉じ、上着の内ポケットに押し込んだ。こんなもん、ここに放っておけば確実にガキが拾う。余計な犠牲者を出す前に、ダンブルドアのジジイに投げつけた方がいい。

 

 トイレを出る前にもう一度洗面台を振り返る。蛇口の奥から、冷たい風と共に何かが這いずるような音が響いた。まるで、何者かが俺の存在を察して奥に潜ったかのようだった。

 

 「……面倒なことになってきやがったな」

 

 俺は舌打ちし、トイレの扉を開いて廊下に出た。ホグワーツは静まり返っている。だが確実に――何かが、動き出している。

 

 そのまま俺はまた校長室に戻った。

 

 不死鳥の像を小突き、螺旋階段を上っていく途中、ポケットに入れた本から妙な冷たさがじわじわと伝わってくる。紙のくせに体温を奪ってくるような感触だ。普通の代物じゃねぇ。鼻の奥にあの腐った匂いまで残っていやがる。

 

 扉を開けると、ジジイ――ダンブルドアはいつもの机の前に座っていた。隣にはマクゴナガルとスネイプもいる。何か書類仕事をしていたようだが、俺が入ると全員の視線がこちらに向いた。

 

 「早速何か見つけたか?」

 

 ダンブルドアの声はいつもと同じ調子だが、目だけは鋭い。俺は軽く肩をすくめ、ポケットから例の黒い本を取り出してテーブルに置いた。

 

 「トイレでこれを見つけた。触った感じ……かなりの呪物だ」

 

 薄暗い室内の光が本の表紙に反射する。刻印された名前――トム・マールヴォロ・リドルの文字が妙に浮かび上がったように見えた。スネイプが僅かに眉をひそめ、マクゴナガルも息を呑む。

 

 「これは……」

 

 ダンブルドアが本に手を伸ばす。指先がほんの一瞬止まった。さすがのジジイも、ただの本じゃないと気づいたらしい。指先で表紙を撫で、刻まれた文字を見た瞬間、その目がほんの僅かに細まった。

 

 「トム・マールヴォロ・リドル……聞き覚えがあるが詳しくは知らねぇ、知ってるか?」

 

 俺がそう言うと、ジジイはゆっくりと頷いた。

 

 「うむ……50年前、ホグワーツの生徒じゃった男じゃ」

 

 「へぇ……」

 

 俺は腕を組んで鼻を鳴らした。50年前――ちょうど秘密の部屋が開かれたとされる時期と同じだ。偶然じゃねぇだろ。

 

 ジジイの目がわずかに陰を落とす。その表情から察するに、この“トム”という奴は並のガキじゃなかったらしい。

 

 「……またの名を」

 

 そこまで言って、ジジイは言葉を切った。

 

 「なんだよ、勿体ぶるな」

 

 「ヴォルデモートじゃ」

 

 「……は?」

 

 俺の口から低い声が漏れた。

 思わず本を睨みつける。あの腐った臭いと気味の悪い冷たさ……どうりでロクなもんじゃねぇ。よりによってまた“あの名前”か。

 

 「50年前、トム・マールヴォロ・リドルはホグワーツの生徒でありながら、後に“例のあの人”――ヴォルデモートとなった。これはその少年時代に残した何かじゃろう」

 

 「少年時代の遺物、ねぇ……随分と気味の悪ぃもん残してやがる」

 

 俺は鼻で笑った。こういう“過去の残滓”が一番タチが悪い。死んでなくても呪いは残るし、死んでたらなおのこと厄介だ。

 

 スネイプが本に視線を向けたまま、低く呟いた。

 「この呪気……ただの記録ではない可能性が高い」

 

 「つまり“何か”が生きてるってわけか」

 

 俺の言葉に、ジジイが頷く。

 

 「おそらくのぅ。これはただの書き物ではなく、闇の魔法によって創られた“器”じゃ」

 

 「……放っとくと危ねぇな」

 

 俺は拳を鳴らす。燃やすなり、粉々にするなりすればいい。だが、ダンブルドアは静かに首を横に振った。

 

 「壊すのは簡単じゃが……情報もまた消えてしまう。これは“今”動いている蛇と、継承者を見つける鍵になるかもしれん」

 

 「面倒な展開きやがった……」

 

 俺は深くため息をついた。ジジイの言うことは理解できる。だが俺は、こういう“じわじわ進行するタイプの厄介事”が一番嫌いだ。

 

 「……それとフシグロ君」

 

 「なんだよ」

 

 「この本を見つけたのが“あのトイレ”というのも、偶然ではあるまい」

 

 ジジイの視線が鋭くなる。俺もすぐに察した。あの洗面台。蛇の刻印。あの腐臭。

 

 「蛇の巣穴、か」

 

 「うむ。いよいよ核心に近づいておるようじゃな。この本はフシグロ君が持っておいてくれ」

 

 「ったく……オレはただ体育の教師をやりに来ただけなんだがな」

 

 思わずぼやきが漏れる。けれどもう腹は括っていた。

 ――これは、放っておける話じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、クィディッチの試合を終えたハリーは談話室に戻っていた。

 

 夜の帳が降り、窓の外には深い森の黒い影が沈んでいる。暖炉の炎がパチパチと音を立て、赤い光がソファや壁に揺らめく。試合直後の熱気がまだ残っているのか、談話室は普段よりもにぎやかだった。

 

 ハリーは暖炉の前に腰を下ろし、試合の疲れを癒すように背もたれに体を預ける。周りにはハーマイオニーとロン、ネビル、シェーマス、ディーンが集まっていた。それぞれがチョコレートカエルやバタービールキャンディを口にしながら、今日の試合の話で盛り上がっている。

 

 「うーん……」

 

 ハリーがぼそりと唸るように声を漏らすと、ロンがチョコレートの包みをいじりながら顔を覗き込んだ。

 

 「どうしたハリー?ブラッジャーで頭でも打ったか?でもスニッチをキャッチして大活躍だったけどな」

 

 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 

 ハリーは少し声を落とした。談話室のざわめきが遠のいていくように感じられる。

 

 「最近……変な声が聞こえるんだ」

 

 「声?」

 

 ハーマイオニーが本を閉じて顔を上げた。ロンの冗談っぽい表情もすぐに消える。

 

 「うん。少し前にフィルチさんの猫が石になったときにも聞こえたんだ。『殺せ……殺せ……』とか『追放せよ……』とかさ」

 

 ロンが肩をびくりと震わせた。ディーンとシェーマスも目を見合わせ、笑いが一瞬で消える。

 

 「こわ!」

 

 「確か壁には血で文字が書かれてたって……」

 

 ハーマイオニーが言うと、ロンがすぐに続けた。

 

 「“秘密の部屋は開かれたり、継承者の敵よ、気をつけよ”だっけ?すぐに掃除されちゃって俺は見てないんだけどさ」

 

 その言葉に談話室の空気が少し冷えた。

 

 「その声……どこから聞こえたの?」

 

 「天井の方……廊下の奥の方から。まるで、生き物が這い回ってるみたいな声だった」

 

 ハリーの声は低く静かだったが、その内容には寒気があった。

 

 「ハリーだけに聞こえたの?」

 

 ハーマイオニーが尋ねると、ハリーはゆっくりと頷いた。

 

 「ロンにもハーマイオニーにもその時は何も聞こえてなかった。僕だけだった」

 

 「……なんか、やばいな」

 

 ロンが唾を飲み込む。暖炉の火の音だけがやけに大きく響いていた。

 

 「“秘密の部屋”と関係あるのかも……」

 

 ハーマイオニーが小さく呟いた。ロンはさらに青ざめ、シェーマスとディーンも黙り込む。

 

 「ふん」

 

 談話室の空気を断ち切るように低い声が響いた。ネビルだった。彼は暖炉のそばで腕を組み、堂々と立っている。首をコキリと鳴らし、静かに言った。

 

 「ビビってもしょうがねぇだろ。何かいるんなら、ぶっ飛ばしゃいいだけだ」

 

 「……ネビル……」

 

 ロンが呆れたような、それでいて少し安心したような声を漏らした。

 

 「ほんとあんた、こういう時だけ強いのよね」

 

 ハーマイオニーがため息混じりに言い、シェーマスとディーンが小さく笑った。

 

 だが、ハリーの胸の奥にはあの這いずるような“声”がこびりついて離れない。

 

 あれは偶然でも幻聴でもない。

 “何か”が、確実に動いている。

 

 談話室の暖炉が大きく揺れた。まるで、その予感を裏づけるかのように。

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