ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十一話

 

 

 

 

 11月、冷たい風が吹きはじめたホグワーツ。2年生たちは次の授業――闇の魔術に対する防衛術の教室へと向かっていた。

 

 「いやぁこの前のロックハート先生の授業大変だったけどよ、今回は流石に大丈夫だよな?」

 

 廊下を歩きながらロンが呟く。その顔にはほんのりとした不安と諦めが混ざっている。

 

 ロンが言う“この前の授業”とは、ギルデロイ・ロックハートが行った授業のことだった。授業は本人による長ったらしい自慢話と本の宣伝から始まり、教室の全員が眠くなりかけた頃――なぜかピクシーを教室に放つという理解不能な展開へと突入した。

 

 結果、ピクシーは暴れまわり、教室中が阿鼻叫喚となったが、ロックハートは笑いながら早々に奥の部屋に逃げ込み、授業を放棄した。

 

 ……その後、暴れるピクシーたちは生徒たち自身で対処することになった。

 

 だが伏黒甚爾の授業で鍛えられた2年生の前では、ピクシー程度の魔法生物は脅威でも何でもなかった。

 

 「正直かなり見損なったかも」

 

 ハーマイオニーが小さく呟く。彼女は以前、ロックハートの冒険譚に胸をときめかせていたが、あの日以来すっかり興が冷めていた。

 

 「最初から気づけよな」

 

 ロンが呆れた声で返す。

 

 そんな話をしながら2年生たちが教室に入ると、そこにはいつもと違う光景が広がっていた。

 

 「これ……決闘台か?」

 

 シェーマスが先に気づき声を上げた。

 

 教室の中央には縦長の台がどんと構えられており、その周りには観戦するためのスペースが設けられている。明らかにいつもの授業とは違う雰囲気だった。

 

 そして――そこには教師が3人いた。

 

 「皆さん!よく来ました!今日は特別授業ですよ!」

 

 ギルデロイ・ロックハートが華やかな声で台の上に立ち、両手を大きく広げた。紫色のローブが揺れる。

 

 「私の粋な計らいで、決闘クラブを復活させました!今日はその記念すべき1日目です!皆さんには呪文を学びながら、実際の決闘を経験してもらいますよー!」

 

 まるで見世物か何かのように両手を広げ、白い歯を見せて笑うロックハート。その後ろにはスネイプと伏黒甚爾が並んでいた。

 

 スネイプはいつものように険しい表情で腕を組み、ロックハートを睨むように見つめている。一方の伏黒甚爾はというと、完全に「めんどくせぇ」という顔でため息をついていた。

 

 「……決闘クラブねぇ」

 

 ロンがぼそっと呟く。

 

 「ロックハート先生が計画したんでしょ……」

 

 ハーマイオニーが小声で返す。

 

 「おいおい、ロックハート先生の決闘クラブとか……なんか嫌な予感しかしねぇんだけど」

 

 シェーマスが肩をすくめると、ディーンが「俺も」と頷いた。

 

 ハリーはそんな中、台の上のスネイプと伏黒甚爾の様子を見ていた。スネイプは静かに、しかし明確に苛立っている。そして甚爾はスネイプ以上にやる気がなさそうだ。

 

 ロックハートが張り切って説明を続ける。

 

 「決闘の基本はですね、まず礼儀正しく挨拶をしてから――」

 

 「そんなもん実戦じゃ待ってくれねぇんだよ」

 

 台の上から低い声が響いた。甚爾だった。ロックハートの横で腕を組み、鬱陶しそうに片目を閉じる。

 

 「攻撃は先手必勝、相手に呪文を言わせる暇すら与えるな。いいかガキ共、綺麗事なんか実戦じゃ通用しねぇ」

 

 「フシグロ先生、ちょっと!それではロマンが……」

 

 「ねぇよ」

 

 ロックハートの言葉を一蹴する甚爾。スネイプの口元がわずかに歪んだ。笑ったのかもしれない。

 

 「……ではまずは、私とセブルス先生でお手本を見せましょう!」

 

 ロックハートが得意げに言い、杖を構える。

 

 「……やれやれ」

 

 スネイプは一歩前に出ると、無言で杖を構えた。その目には明らかに「早く終わらせたい」という意思がにじんでいる。

 

 「では……始め!」

 

 ロックハートの声と同時に、スネイプの杖先から鋭い光が走った。

 

 次の瞬間、ロックハートは派手に吹き飛ばされ、教室の端の壁にドガァンと叩きつけられた。

 

 「ぎゃああああああっ!?」

 

 「……はぁ」

 

 甚爾は深くため息をついた。

 

 生徒たちは唖然とし、やがて笑いをこらえきれずにざわめき出す。ロンは腹を抱え、シェーマスとディーンも笑いを堪えきれていない。

 

 「……ったく、見せる必要もねぇくらい分かりやすいな」

 

 甚爾は呟き、スネイプは淡々とロックハートのもとへ歩いていった。

 

 「……起きろ」

 

 「わ、私は大丈夫です!わざとですよ!ええ、もちろん!」

 

 ロックハートは派手に起き上がり、無理やり笑顔を作っていた。

 

 ――こうして、2年生たちの決闘クラブ初日が幕を開けた。

 

 生徒たちの中には期待と不安が入り混じった視線が浮かび、ハリーは自然と背筋を伸ばした。今度は見ているだけじゃ済まされない。次は、自分たちの番だ。

 

 「ゴホンッ!あっはっは!皆さんこれが決闘です!いやぁ流石ですねスネイプ先生!容赦がない!でもまぁまだまだですね!」

 

 自分が派手に吹き飛ばされたことなど微塵も気にしていない様子で、ロックハートは胸を張り、まるで勝者のような口ぶりで言い放った。ローブの裾をひるがえしながら、台の上を大袈裟な足取りで歩く姿は、もはや痛々しいほどだ。

 

 「マジかよあの先生……」

 「俺は笑いそうになっちまった」

 「笑ってただろ」

 「スネイプ先生なんか可哀想」

 

 談話室でもない教室の一角で、生徒たちのひそひそ声が響く。2年生たちは全員、先ほどの光景を目の当たりにした。ロックハートの実力が完全に“無”であることを再確認した瞬間だった。

 

 それでもロックハートは顔に一片の恥じらいもなく、むしろ堂々と観衆を煽っている。

 

 「では皆さんも気になっているんじゃないですか?スネイプ先生とフシグロ先生の決闘!」

 

 その言葉に、生徒たちのざわめきが一気に高まった。

 

 「え!?まさか先生同士!?」

 「いやいやいや、やばいだろそれ!」

 「絶対フシグロ先生勝つだろ!」

 「スネイプ先生だって強いはずだぞ!?」

 

 様々な声が飛び交うが、そのどれにも恐怖よりも好奇心が勝っている。なにせ体育の授業で散々ボコボコに鍛えられている彼らにとって、伏黒甚爾が“ただ者ではない”ことは痛いほどわかっているからだ。

 

 「……」

 

 伏黒甚爾は腕を組んだままロックハートの方を見ず、無言でスネイプを見ていた。スネイプもまた静かな眼差しで甚爾を見返す。ロックハートのような軽薄な空気は、ここには一切ない。

 

 「……ほぉ」

 

 スネイプがわずかに目を細めた。

 

 「おもしろい。少しは楽しめる相手かもしれんな」

 

 「さぁな」

 

 甚爾は肩をすくめながら片手をポケットに突っ込み、もう片方の手だけを軽く前に出す。その姿勢は杖など一切使わず、いつもの無造作な構えだ。

 

 「それでは皆さん!夢の対決です!スネイプ先生VSフシグロ先生!先に呪文を当てた方が勝ちとしましょう!」

 

 ロックハートが勝手に審判を買って出る。スネイプが小さくため息をついたのを、生徒の数人は見逃さなかった。

 

 「……始め!」

 

 ロックハートの掛け声が響いた瞬間、空気が一変した。

 

 スネイプが杖を鋭く振るい、黒いローブをはためかせながら呪文を放つ。紫色の光が稲妻のように一直線に走った。

 

 しかし――甚爾の姿は、もうそこにはいなかった。

 

 「えっ!?」「消えた!?」

 

 生徒たちの驚きが一斉に上がる。

 

 甚爾はすでにスネイプの死角――背後にいた。杖を使う間もなく、音もなく踏み込んでいた。

 

 「“一瞬”だと……」

 

 スネイプが小さく呟いた瞬間、再び杖を振るい、背後へと防御の呪文を放つ。しかしその軌跡は空を切った。甚爾はさらに一歩踏み込み、足先で床を叩き割るような踏み込み音を響かせる。

 

 「ドンッ!」

 

 台の床に蜘蛛の巣状の亀裂が走り、観客の生徒たちが息を呑んだ。

 

 スネイプはその踏み込みの圧に反応し、即座に防御呪文を展開する。半透明の防御壁が杖先から伸びた。

 

 「……反応はいいな」

 

 甚爾はわずかに口角を上げると、その防御壁のすぐ前でピタリと止まる。そして――軽く指先で防御壁を弾いた。

 

 「……っ」

 

 パリンッと乾いた音を立て、スネイプの防御壁に亀裂が走った。ほんのわずかな衝撃で防御が砕けかけたことに、スネイプの眉がピクリと動く。

 

 「なっ……何今の……」「防御が……割れた……?」「魔法じゃなくて……素手で!?」

 

 生徒たちのざわめきが一気に広がる。

 

 だが、スネイプは笑った。ほんの僅かに、だが確かに。

 

 「……なるほど。やはりただの体育教師ではないようだな」

 

 その瞬間、スネイプの杖が一閃した。素早く、鋭く、連続で呪文が放たれる。紫、青、緑――三色の光が矢のように飛び交う。

 

 「おおおおおっ!!」

 

 生徒たちの歓声と悲鳴が入り混じる。

 

 だが甚爾はその場から一歩も動かない。ただ最小限の身体の捻りと屈伸で全てを避けきっていく。その様子はまるで弾丸の雨の中を歩いているかのようだった。

 

 「当たらねぇ……」

 

 ロンの呟きが静まり返った教室に響いた。

 

 甚爾は軽く息を吐き、踏み込む。たった一歩。その一歩が轟音を伴い、台を大きく揺らした。

 

 スネイプが防御姿勢を取る。しかしその直前――彼の首筋に冷たい風が走った。

 

 「……」

 

 甚爾の指先が、スネイプの喉元すれすれに添えられていた。

 

 「勝負ありだな」

 

 「……あぁ」

 

 スネイプは杖を下ろし、静かに頷いた。

 

 「うおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 生徒たちが一斉に歓声を上げる。ロンが飛び上がり、シェーマスとディーンが拳を突き上げ、ハーマイオニーが呆れたような、しかし興奮した顔をしていた。

 

 「ま、当然だな」

 

 甚爾は肩を回しながらため息を吐いた。スネイプはローブの乱れを直し、ロックハートを一瞥した。

 

 「……見たか、これが“実戦”だ」

 

 スネイプの冷たい声に、生徒たちは誰一人笑わなかった。ただ圧倒され、目を見開いていた。

 

 ロックハートだけが、拍手をしながら場違いなほど明るい声で叫んだ。

 

 「いやぁ〜素晴らしい戦いでしたね〜〜!今のはちょっと私も本気を出してたら危なかったかも!」

 

 教室中から一斉にため息が漏れた。

 

 「それでは〜今度は皆さんの番ですよ?ではでは……ハリー・ポッター君とドラコ・マルフォイ君!やってみましょう!」

 

 ロックハートの張り切った声が教室に響いた。壇上に立たされた2人――ハリーとマルフォイの視線がぶつかる。緊張が空気をピリリと引き締め、生徒達のざわめきが一瞬で消えた。

 

 「ハリー!ぶちのめせー!」

 「マルフォイなんてやっちまえー!」

 

 グリフィンドール側からはハリーに向けた応援の声が飛ぶ。ロンは両手を口に当て大声で叫び、シェーマスとディーンが拳を突き上げていた。

 

 一方、スリザリン側は違う雰囲気だ。

 

 「ドラコ!お前なら勝てる!」

 「負けたら親父さん怒るぞ〜!」

 

 応援と煽りが入り混じったような声。ドラコのこめかみがピクリと動く。

 

 スネイプが壇上へ近づき、ドラコの肩に静かに手を置いた。

 

 「油断するな。これは見世物じゃない」

 

 「はい……!」

 

 マルフォイは唇を引き結び、杖を握り直した。

 

 対するハリーは背後から響く仲間の声に小さく頷き、杖を構える。少し息を整えると、険しい目でマルフォイを見据えた。

 

 伏黒甚爾は壇上の端に立ち、腕を組んだまま二人の立ち位置をじっと見つめていた。その目は戦場を見ている。体育教師ではなく、“戦闘屋”の眼差しだ。

 

 「では決闘開始です!始め!」

 

 ロックハートの声が響いた瞬間、マルフォイが先に動いた。

 

 「エクスペリアームス!」

 

 赤い光がハリーへと走る。

 

 「プロテゴ!」

 

 ハリーの防御呪文が発動し、鋭い光が弾かれた。火花が飛び、床に焦げ跡が広がる。

 

 「おおおおおっ!!」

 

 観客席の生徒達が一斉に歓声を上げた。

 

 「よっしゃハリーいけ!」

 「負けるなマルフォイ!」

 

 声が飛び交う中、二人は次々と呪文を撃ち合う。光の軌跡が空中を交差し、台の上に火花が散った。

 

 だが――その攻防の中で、マルフォイの口元が不気味に吊り上がった。

 

 「サーペンソーティア!」

 

 その瞬間、杖の先から黒い煙が噴き出し、長い蛇がズルリと壇上に落ちた。蛇は鎌首をもたげ、ハリーのほうにスッと顔を向ける。

 

 「うわっ!」

 「蛇だ!」「なんでそんな魔法出すんだよ!」

 

 生徒たちが一斉に後ずさった。

 

 「ドラコ……」

 

 スネイプが小さく目を細めた。

 

 ロックハートは……といえば、完全に腰が引けていた。

 

 蛇は低くうなりながら、ゆっくりと壇上を這い進み、観客席の方へと視線を移した。尖った舌がチロチロと空気を舐める。

 

 「おい……ヤバくね?」

 

 ロンが身構える。その横でネビルは腕を組み、わずかに前に出ようとした――が。

 

 「……」

 

 ハリーが一歩前に出た。

 

 次の瞬間だった。

 

 「シィイイイィィ……」

 

 ハリーの口から、不思議な音が漏れた。蛇の鳴き声に酷似した、耳慣れない言語。

 

 蛇はピタリと動きを止め、頭をスッと下げた。

 

 「な、なんだ今の……」

 「話してる……?蛇と……?」

 「え、ちょっとハリー……」

 

 教室がざわめき始めた。

 

 蛇は今度は観客の方向ではなく、静かに壇上にとどまり、まるでハリーの命令を待っているかのようにじっとしている。

 

 ロンとハーマイオニーは目を見開いてハリーを見た。

 

 「おい……今の……」

 

 「……パーセルタング」

 

 低く呟いたのはスネイプだった。スリザリンの生徒達の間にも、ただならぬ空気が流れ始める。

 

 「蛇と……話してる……」「そんな……」

 「パーセルマウス……まさか……」

 

 ハリー自身は何が起きたのか理解していなかった。ただ、気づけば蛇が自分の言葉に従っている。

 

 伏黒甚爾はそんな壇上の空気を黙って見ていた。感情のない瞳で、蛇とハリーと観客席の三つの軸を観察している。

 

 「へぇ……面白ぇな」

 

 誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

 

 蛇は牙を見せることもなく、壇上の端にとぐろを巻き、動かなくなった。

 

 「……もういい、戻れ」

 

 ハリーが再びあの不思議な言語で囁くと、蛇は煙のように霧散して消えた。

 

 「……」

 

 静寂が落ちた。

 

 「い、今のは……」

 「ハリーが……蛇に命令を……」

 「怖……」

 

 グリフィンドールの生徒の一部にも、恐れと混乱が広がる。

 

 「……ドラコ」

 

 スネイプが冷たい声でマルフォイを睨んだ。マルフォイは少し気まずそうに肩をすくめた。

 

 「な、何だよ先生……ただの……ちょっとした見せ場だろ?」

 

 「生徒を威嚇するような真似は控えろ」

 

 「は、はい……」

 

 「勝負はここまでだ」

 

 スネイプが告げると、生徒たちは一斉にざわつき出した。ロックハートは事態が把握できずに、妙に明るい声で叫ぶ。

 

 「いやぁ〜!実に!素晴らしい戦いでしたね〜〜!え〜……ハリー君、君には“特別な才能”があるようですな!」

 

 「黙れ」

 

 伏黒甚爾の低い声が飛ぶ。ロックハートがピタリと口をつぐんだ。

 

 「授業はここまでだ。おしゃべりしてる暇があったら……動きと呪文を頭に叩き込んどけ」

 

 その言葉に、生徒たちは誰も逆らわなかった。ハリーを含め、全員の胸に複雑な感情が渦巻いていた。

 

 ……この瞬間を境に、生徒達のハリーを見る目は、少しずつ変わり始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業の付き添いをギルデロイ・ロックハートにスネイプと一緒に半ば強制的にやらされた俺は、授業を終えたハリー・ポッターと話していた。

 

 側にはいつもの奴等、ロン、ハーマイオニー、ネビル。授業直後ということもあり、まだ周囲にはざわめきが残っていた。あの蛇とハリーの一件――教室にいた生徒全員が見た出来事だ。

 

 「ハリー、さっきのはパーセルタングだな?」

 

 俺が言うと、ハリーは少し戸惑ったような顔で頷いた。

 

 「そうみたいです」

 

 「いつからできる」

 

 「え?……ホグワーツに入る前だったかな……」

 

 「え〜!お前そんな前から喋れたのかよ!隠してたのか?」

 

 ロンが信じられないものを見るような目で叫んだ。ハリーは「え、いや……」と口ごもる。

 

 その隣で、ハーマイオニーが一歩前に出てハリーの目をまっすぐ覗き込んだ。

 

 「ハリー、あのね。パーセルタングというのは――蛇語よ」

 

 「蛇語?」

 

 「魔法界ではね、蛇と会話できる能力を持つ人はとても少ないの。しかもほとんどは“スリザリンの継承者”って言われるような血筋の人間なのよ」

 

 「……そうなのか」

 

 「だからみんな、ちょっとびっくりしてるの」

 

 ロンがハーマイオニーの言葉に被せるように言った。

 

 「びっくりっていうか……あれだ。みんな“怖がってる”んだよ」

 

 ロンの口調は正直だった。彼は余計なオブラートなんて巻かないタイプだ。

 

 「俺もさ、ちょっと背筋がゾッとしたもん。だって蛇が“あの声”で大人しくなってんだぞ?」

 

 「……」

 

 ハリーが小さく下を向く。その仕草を見て、ハーマイオニーがすぐに口を開いた。

 

 「でも、ハリーはそんなこと気にしなくていいの!あれは危険な蛇を止めるためにやったことでしょ?ハリーがいなかったら、あの蛇はきっと誰かを噛んでたわ」

 

 「そ、そうよな!」

 

 ロンも慌てて頷いたが、声には少し震えが混ざっていた。

 

 ネビルだけは腕を組んだまま黙って聞いていた。ハリーの目がそっと彼を見た瞬間、ネビルは首をコキリと鳴らした。

 

 「俺はビビってねぇ」

 

 短く放たれたその一言に、ロンが「ネビル……お前……」と呆れ混じりの声を出す。

 

 ネビルは真正面からハリーを見た。

 

 「誰かが何を言おうが、あの蛇を止めたのはお前だ。俺はそういうのは嫌いじゃねぇ」

 

 ハリーは少しだけ目を見開いた。ロンとハーマイオニーも一瞬、言葉を失った。

 

 俺はというと――このガキ、案外筋が通ってるなと内心感心していた。

 

 「……まぁな」

 

 俺は腰に手を当てながら軽く息を吐いた。

 

 「蛇と喋れるなんざ珍しいが、それがイコール悪ってわけじゃねぇ」

 

 「……先生」

 

 ハリーが少しだけ顔を上げる。

 

 「俺は昔、呪術界ってとこにいた。そこで“持ってる奴”も“持ってない奴”も散々見てきたがな、どっちもロクなもんじゃなかった。……けどな、一番クソだったのは“勝手に価値を決める奴ら”だ」

 

 「価値……?」

 

 「“誰が優れてる”“誰が危険”“誰が継承者”とか、そういうくだらねぇ話をする連中のことだよ」

 

 その言葉にロンもハーマイオニーも、少し目を丸くした。俺がこういう話をするのは珍しいと思ってるんだろう。

 

 「俺はガキの頃、呪術の家系に産まれたが、術式がねぇってだけでゴミみてぇに扱われてた。呪霊の巣に放り込まれたこともある」

 

 「……!」

 

 ハリーたちが息を飲んだのが分かった。

 

 「魔法だろうが呪術だろうが、大体どこも同じだな。優れてるとか継承とかいう言葉で勝手に選別して、持たざる奴を踏みにじる。蛇と喋れるくらいで騒ぐ奴は、そういう“側”にいる人間だ」

 

 ロンとハーマイオニーが黙った。ネビルはふっと鼻で笑い、ハリーは拳を握りしめていた。

 

 「……でも、皆が怖がってるのも、事実です」

 

 ハーマイオニーがぽつりと呟く。

 

 「怖がってる奴らは、勝手に怖がらせとけ」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 「どうせ蛇を操れるからって直接何かできるわけでもねぇ。お前が自分で“それをどう使うか”だけだ」

 

 ハリーは少し息を吸い込み、真っ直ぐに俺を見上げた。

 

 「……わかりました」

 

 その目は先ほどまでの戸惑いではなく、何かを決意した目だった。

 

 ロンが頭をかきながら「ハリーが悪いわけじゃねぇしな!」と声を上げ、ハーマイオニーも小さく頷く。ネビルは腕を組んだまま「その調子だ」とでも言いたげに顎を上げた。

 

 「おい、もう気にすんな。そんなもんより飯だ飯」

 

 俺は踵を返し、寮の方向を指差した。

 

 「お前ら、ぐだぐだ考えて腹減らしてもしょうがねぇだろ。晩飯でもかっ込んでろ」

 

 「……先生、ありがとうございます」

 

 ハリーの声は小さく、だが確かだった。

 

 俺は振り返らずに片手を上げてひらひらと振った。

 

 ――蛇がどうとか、継承者がどうとか、正直どうでもいい。

 俺が嫌いなのは、そういうもので他人を測ろうとする奴らだ。

 

 「……くだらねぇ」

 

 小さく呟いて、大広間の方へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 だがしかし……

 

 ハリー・ポッターがパーセルタングか。

 

 俺は歩きながら前を歩くガキ――ハリーの背中をじっと見た。

 

 あのガキと初めて出会った時から感じている“もう一つ”の気味の悪い気配。それは今もなお奴から滲み出ている。ほんの微かだが、確かに俺の天与呪縛による感覚に引っかかっている。普通のガキじゃねぇ。

 

 だが――今校内を彷徨っている“あの怪物”を、ハリー・ポッターが操っているとは到底思えなかった。そんな器じゃない。あのガキは強いわけでも、腹の底に黒いもんを抱えてるタイプでもない。ただ――何かを背負ってる。それだけだ。

 

 「パーセルタングか……」

 

 誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 パーセルタング――蛇語。スリザリンの継承者が使えるとされる“特別な力”。この魔法界では、そういうものに過敏に反応するバカが多い。強い力を持つ奴は崇められ、持たざる者は蔑まれる。まるで呪術界と同じだ。クソみてぇな構造はどこでも変わらねぇ。

 

 嘆きのマートルのトイレの洗面台。あの蛇の刻印。あそこが本当に秘密の部屋の入り口であるなら、あのガキのパーセルタングで開ける可能性は高い。

 

 「……利用する価値はある」

 

 足元を見ながらぼそりと呟いた。

 

 とはいえ、今の段階で無闇にハリーに踏み込むつもりはない。あのガキを操ってる訳じゃないってことは、今日の決闘クラブでよく分かった。蛇を操れはしたが、それは“意思”というより“反射”に近い。本人も気づかず、自然とやってのけた感じだ。

 

 意識してやったもんじゃねぇ。なら――真の継承者は別にいる。

 

 俺はポケットに手を突っ込みながら渡り廊下を歩いた。昼下がりのホグワーツはいつも通りだ。ガキ共の笑い声と、どこからともなく漂うバタータルトの甘ったるい匂い。こんな呑気な空気の中で“蛇”が動いているなんて、誰も気づきもしねぇ。

 

 「まぁ、ガキ共には関係ねぇ話だ」

 

 そう呟いて、目を細めた。

 

 “あの怪物”は、確実に配管を伝って動いている。そして、そのルートが女子トイレ――嘆きのマートルのいる場所――へと繋がっている。ダンブルドアとの話でも、それはほぼ確実といっていい。

 

 もし本当にそこが入り口なら、蛇語を話せる奴が開けたと考えるのが自然だ。

 

 「パーセルタングを使える奴は、ハリーだけじゃねぇ」

 

 この世界にそんな才能を持つ奴が1人だけ、なんて話はあり得ない。俺の知る呪術界でも、特別な術式や天与呪縛を持つ人間は一人二人じゃなかった。珍しい才能は集まるし、血筋にまつわる力も複数ある。それは魔法界でも同じだろう。

 

 「そいつを見つけりゃ……話は早ぇ」

 

 俺は足を止め、校庭の方へ視線を向けた。

 

 継承者。蛇。秘密の部屋。50年前にも同じ事件が起きた。ダンブルドアは“何も分からなかった”と言っていたが、それは当時の“探し方”が甘かっただけだ。

 

 俺のやり方は違う。俺は綺麗事を並べて調べるような真似はしない。必要とあれば怪しい奴を殴ってでも吐かせる。こっちの方が早いし確実だ。

 

 「……となりゃ、もう一回、洗面台の下を調べる必要があるな」

 

 目を細めながら呟く。あの蛇の刻印。あれはただの装飾じゃない。きっとあの蛇語で“開く”仕掛けになってる。

 

 問題は、誰がそれを使ったのか、だ。

 

 ハリーは“違う”。じゃあ、誰だ?

 

 「スリザリンの継承者……」

 

 思い返せば、今年はあのマルフォイのガキもやけに調子に乗っている。本人じゃなくても、あの家が何かしら関係している可能性はある。あの家は代々スリザリン寄りの家系だからな。

 

 「……ただ、あのガキが本物の継承者ってのも、なんか違ぇな」

 

 俺は廊下を抜け、中庭へ足を踏み入れた。冷たい風が頬を撫でる。空には鈍い灰色の雲が広がっている。

 

 この空の下、どこかに“本当の蛇遣い”がいる。

 

 「……面倒なことになりそうだ」

 

 肩を軽く回して背を鳴らす。俺のやるべきことは、蛇を操れる奴を“見つける”こと。そして、秘密の部屋の入り口を突き止めること。そのためなら、俺はどんな手段でも使う。

 

 呪術界で散々やってきたやり方だ。

 

 「今度は魔法界で使わせてもらうぜ」

 

 その呟きは、冷たい風にかき消された。

 

 そして俺は、次に踏み込むべき場所――嘆きのマートルのトイレ――を思い浮かべながら、ポケットの中の煙草を指先で転がした。

 

 「……とりあえず、ひと休みしてからだな」

 

 俺は歩き出した。秘密の部屋の入り口と蛇語の使い手、その両方を暴き出すために。

 

 ――この件は、いずれ表沙汰になる。

 だが、俺のやり方なら、それよりも早く“黒幕”に辿り着けるはずだ。

 

 「覚悟しとけよ……継承者さんよ」

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