ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十五話

 

 

 

 

 冬休みが終わり、そして年が変わり1993年2月。

 

 結局、俺の部屋を荒らしてあの黒い本を盗んだ奴は見つからなかった。あれだけ徹底的に探したってのに、影も形もねぇ。誰かが魔法かなんかで痕跡を消したのか、それとも最初から()()()()がやったのか。どっちにしろ俺の記録もデータもぐちゃぐちゃにされて、今でも思い出すと殴り飛ばしたくなる。

 

 依然として、校内には“蛇”の気配がある。あの独特の臭い――下水と生ゴミを混ぜたような、ドブ臭い腐臭。何度嗅いでも慣れないし、不快感だけが積み重なっていく。

 

 秘密の部屋の入り口は、嘆きのマートルのトイレで間違いない。マートルと話したダンブルドアによれば、彼女はこのトイレで金色の縦に裂けた瞳を見て死んだという。あの話を聞いた瞬間、俺の背中に冷たい汗が流れた。あの目はバジリスク――蛇の王の特徴だ。

 

 「だが……まだ継承者が見つかんねぇ」

 

 俺はポケットに手を突っ込みながら廊下を歩く。相変わらず城の空気は冷え切っていて、石造りの壁が音を吸い込むように静まり返っていた。

 

 継承者――バジリスクを操れる奴。

 

 普通の生徒ならとっくに尻尾を掴んでる。だがここまで何の手掛かりも出てこないってことは、相当上手く隠れてやがる。

 

 「クソったれが……」

 

 俺は廊下の角を曲がり、嘆きのマートルのトイレの前に立った。生徒達はこの一件以来、夜はもちろん昼間でもこの場所に近寄らなくなっている。静まり返った空間に、蛇口から垂れる水滴の音がやけに響く。

 

 ダンブルドアから聞いた話を思い返す。マートルはあの日、洗面台の前で金色の瞳を見て死んだ。それも――「誰かがトイレに入ってきた直後」だったらしい。

 

 つまり、継承者はこの洗面台を通って秘密の部屋に出入りしている。

 

 「だが、いつ、どうやってだ……?」

 

 俺は洗面台に手を置いて蛇口をひねる。キィと嫌な音を立てて冷水が流れた。そこに刻まれた蛇の装飾を、まじまじと見る。

 

 ――蛇とパーセルタング。

 

 ハリー・ポッターがその力を持っているのは間違いない。だが、今の状況を考えると、あいつが継承者だと考えるのは筋が通らねぇ。蛇が動く時間とあいつの行動は一致していない。あのガキには“何か”が憑いてるような気配があるが、操ってる側じゃない。

 

 俺はトイレの中をもう一度見渡す。扉、壁、床、天井。何度も調べた。これ以上調べることなんてもうないはずなのに、どうしても胸の奥に引っかかるものがある。

 

 「……誰かが、すでに通ったな」

 

 臭いが、少し濃い。夜に比べれば薄いが、それでも蛇が近くを這った痕跡は確かに残っている。

 

 しかも――最近のものだ。

 

 「今朝……いや、下手すりゃ昼前だな」

 

 俺は足元をしゃがんで見た。足跡はない。蛇は水の中か、配管を通ってる。マートルのトイレは構造的に水回りが異様に多い。普通のトイレならこんな設計にはしねぇ。

 

 「この城……下の配管、どうなってやがる」

 

 そう呟いて立ち上がる。ドビーに配管の調査を頼んでから、すでに何日も経っていた。あいつの情報では、蛇は東棟から地下に潜り、配管の中を移動しているらしい。しかも、それを可能にしているのは単なる魔法生物の力じゃない。

 

 ――誰かが、意図的にやっている。

 

 蛇の動きは計算され尽くしていた。巡回を避け、生徒の移動の少ない時間帯を狙っている。

 

 「クソガキがやってるにしちゃ、手際が良すぎんだよ」

 

 俺はトイレの扉を押し開け、廊下に出た。ちょうど昼前。生徒達の声が廊下に遠く響く。警戒心は強くなっているとはいえ、ここ最近は目立った被害も出ていないせいで、少しずつ緩み始めている。

 

 「継承者……本当にガキなのか? いや、違う……違和感がある」

 

 俺の頭の中で、あの黒い本のことがよぎる。部屋を荒らされたあの日から、ずっと続く胸騒ぎ。それが蛇と関係していないはずがない。

 

 「本を盗んだ奴=継承者。そう考えるのが自然だな」

 

 蛇を操る、蛇を隠す、そして痕跡を消す。生徒レベルの魔法じゃねぇ。だが、逆に言えば――だからこそ犯人は姿を見せない。

 

 俺は息を吐き、ポケットからタバコを取り出した。マッチを擦る音が廊下に響き、白い煙が天井にゆらりと上っていく。

 

 「……このまま好きにさせると思うなよ」

 

 目を細め、煙越しにトイレの扉を睨んだ。

 

 まだ見えていない“継承者”の影――必ず引きずり出す。

 

 「蛇も……まとめてブッ殺してやる」

 

 灰皿代わりの携帯灰皿にタバコを押し込み、俺はゆっくりと職員室の方へと歩き出した。静かな廊下に、靴音だけが乾いた音を立てて響いた。

 

 職員室に着くと、薄暗い空間の奥でスネイプが書類を束ねていた。蝋燭の明かりだけが灯るこの部屋は、いつもながら静かで冷え込んでいる。教員の中でもここに常駐してる奴なんてそう多くない。

 

 「よう、スネイプ。継承者は見つかったか?」

 

 俺がドアを開け放って声をかけると、スネイプは視線だけを上げて俺を見た。その鋭い黒い瞳は相変わらず暗く、冷たい。

 

 「スリザリンにはいないな……」

 「は?」

 

 「パーセルタングすらいない。スリザリンだというのに、恥ずかしい限りだ」

 

 鼻で小さく笑いながら、スネイプは羽ペンを置いた。その言い方は自嘲にも聞こえたし、嘲笑にも聞こえた。スリザリンの誇りってやつが彼の中にもあるんだろう。

 

 「そうかい。俺の方も何も見つからねぇ。部屋を荒らした奴が継承者だとは思うんだがな」

 

 俺は壁際にある椅子を引き、腰を下ろす。スネイプは書類を閉じると、長いローブの裾を翻してこちらに向き直った。

 

 「君の部屋を荒らした……それは例の“本”か?」

 「あぁ」

 

 スネイプは眉をひそめる。俺があの本をダンブルドアに渡したあとすぐ盗まれたという話は、すでに全教職員にも共有されている。にもかかわらず、誰一人として犯人の手がかりを掴めていない。

 

 「蛇の臭いは今でも残ってる。継承者は確実に校内にいる」

 「当然だろう。外部から侵入したならとっくに気づく。魔法的な防護は万全だ」

 「なら内部犯か」

 

 スネイプが視線を落とし、低く息を吐いた。

 

 「……スリザリンの生徒ではないとなると、範囲は広がる」

 「だな。まぁ、範囲が広いってことは、逆に言えば“目立たずに動いてる”ってことでもある」

 

 俺は指で机を軽く叩いた。こういうときに限って敵は顔を出さない。見えねぇからこそ余計に腹が立つ。

 

 「スネイプ。パーセルタングが使える奴はこの学校にいないって言ったな?」

 「私の知る限りは、だ。だが君も知っているだろう。パーセルタングは血筋による先天的な能力だ。魔法薬でも習得はできない」

 「つまりスリザリンの末裔か、もしくは……」

 「……例外的なケース、だ」

 

 ハリー・ポッター。

 

 お互い、名前を口にしなくてもその名が頭に浮かんでいるのは分かっていた。

 

 「ハリーを疑ってる奴は多いな」

 「まぁ当然だ。スリザリンの怪物を操れるのはパーセルタングの使い手だけ。生徒の中で該当するのはあの少年だけだ」

 

 俺は深く息を吐いた。

 

 「だがな……あのガキじゃねぇ」

 

 スネイプが視線を上げる。まるで「根拠は?」と目で言っていた。

 

 「怪物が動いてる時間と、ガキの動きが一致してねぇ。それにな……あいつ、そういう顔してねぇんだよ」

 「“顔”?」

 「俺の勘だ」

 

 スネイプはふっと笑ったように見えた。鼻で笑ったのか、呆れたのか、そのどちらでもあるような表情だった。

 

 「君の“勘”は……確かに馬鹿にはできないな。賢者の石の騒動も的中していた」

 「俺はそういうのに敏感なんだよ」

 

 スネイプは席を立ち、棚からポットを取り出し、俺の前にカップを置いた。珍しく紅茶だった。

 

 「飲め」

 「気が利くな」

 

 香りが立ち上る。スネイプは紅茶なんか淹れるタイプじゃないと思ってたが、案外こういう一面もあるらしい。

 

 「……蛇の動きには法則性がある」

 

 スネイプの声が低く響く。

 

 「時間帯は夜間と早朝。人が少ない時間を選んでいる。だが移動経路はランダムではない。北棟から東棟を回り、地下を通り、また東棟に戻っている」

 「東棟、嘆きのマートルのトイレ、だな」

 「あぁ」

 

 すでにお互いの考えはそこに収束している。問題は――いつ、誰がそこに“通っている”のか。

 

 「継承者は生徒だと限らねぇ。教員でも出入りはできる」

 「そうだな」

 

 スネイプは黒い瞳を細めた。

 

 「もし教員だったら……厄介だな」

 「まぁ、俺がぶっ飛ばすだけだがな」

 

 そう言ってニヤリと笑うと、スネイプは小さく首を振った。

 

 「君はそう言うと思った」

 

 そのやりとりの最中、部屋の外で生徒の声が響いた。授業の合間の時間らしい。校舎の空気が少しずつ慌ただしくなっていく。

 

 「スネイプ、しばらく東棟を重点的に張る。何かあれば知らせろ」

 「承知した」

 

 俺は椅子から立ち上がり、カップを置いて職員室を出た。

 

 蛇の気配は、間違いなく強くなっている。

 

 「……そろそろ、尻尾を出せ」

 

 俺はポケットに手を突っ込みながら廊下を歩いた。石畳の上をブーツの音がコツコツと響き、冷えた空気が頬を刺す。

 

 継承者はまだ姿を見せねぇ。だが、俺はもう嗅ぎつけている。もうすぐ……追い詰められる側に回るのは、奴だ。

 

 俺はそのまま中庭に向かった。

 

 しかし途中、廊下の石畳に――動く“列”が見えた。

 

 「あ?……蜘蛛か?」

 

 足元を這うのは、小さくて簡単に踏み潰せそうな蜘蛛たち。だが1匹じゃない。何十匹も、列を作って横切ってやがる。まるで蟻みてぇな統率の取れた動きで、一直線に同じ方向を目指していた。

 

 蜘蛛たちは外――禁じられた森の方向へと進んでいる。廊下の壁に沿って黒い筋のようにうごめく長い列。その出発点は、東棟だった。

 

 「蛇の次は蜘蛛か? 一体なんなんだこの学校は……」

 

 怪物の気配があって以来、夜の校内は妙な静けさを纏っていたが……昼間に蜘蛛の“行進”なんて不気味なもんを見るのは初めてだ。蜘蛛は本来、明るい時間にこんなふうに群れねぇ。バラバラに巣に籠るか、単独行動するのが普通だ。それが列をなして“外”へ――まるで何かから逃げてるみたいだ。

 

 そんな時――

 

 「あ!先生ー!」

 

 ガキ共の声が背後から響いた。振り返れば案の定、いつもの顔ぶれ――ハリー、ロン、ハーマイオニー、そして筋肉がさらに盛られたネビルが駆け寄ってくる。

 

 ロンが蜘蛛の列に気づいた瞬間、顔色を変えた。

 

 「うわっ!? 蜘蛛!? きもちわる!!!」

 

 ロンの声が裏返る。こいつ蜘蛛が苦手だったな、そういえば。見ただけで半歩後ずさってる。

 

 「蜘蛛が列を作ってるなんて珍しいわね……」

 

 ハーマイオニーがしゃがみこんで列をじっと観察し始める。まるで標本でも見るかのような真剣な目つきだ。

 

 「お前な……近づいて噛まれても知らねぇぞ」

 「大丈夫よ。見た感じ攻撃性はなさそう。逃げる方向に統一性がある……ねぇ先生、これ“異常”よね?」

 

 「当たり前だ。蜘蛛なんざ昼間っからこんなに大移動しねぇ」

 

 俺は列の端に片膝をつき、指先で床をなぞった。蜘蛛の脚が細かく擦れて黒い線ができている。これだけの数が一方向に動いてるってことは、向こう側に“何か”あるってことだ。

 

 「ん……? おいお前ら、なんか臭くねぇか?」

 

 鼻をひくつかせると、かすかに薬品のような匂いが鼻を突いた。まるで理科準備室の消毒液みたいな――いや、それに混じってあの“ドブ臭い”腐臭もある。

 

 「薬品……?」

 

 ハリーが眉をひそめ、ロンがオロオロと後ろに下がる。

 

 「へ?気のせいですよ」

 

 ロンが慌ててごまかすように言った。

 

 「……怪しいな」

 

 俺は目を細めてハリー達を見た。

 

 「やっぱり秘密の部屋と何か関係が……」

 

 ハーマイオニーが小声で呟いた瞬間、俺は鼻で笑った。

 

 「おいガキ共、またコソコソ隠れて何か調べてんのか?」

 

 その一言で4人の体がピクッと固まる。

 

 「な、なんのことですかね〜? べ、別に秘密の部屋とか継承者とか探してるなんて口が裂けても言えません。あ」

 

 ロンが盛大に自爆した。

 

 「……お前、ホント喋ると墓穴掘るな」

 

 ネビルが呆れ顔で言い、ロンは「うるせぇ!」と顔を真っ赤にする。

 

 俺は額に手を当て、ため息を吐いた。

 

 「お前ら……マジで余計なことしてんな?」

 

 「ち、違います!僕たちは……その……」

 

 ハリーがしどろもどろになっている。ロンは固まっているし、ハーマイオニーだけは目をそらさずに俺を睨んでいた。ネビルは腕を組んで沈黙しているが、黙ってるだけで全部バレてる顔だ。

 

 「継承者探しか……」

 

 俺が低い声で呟くと、全員がビクッとした。

 

 「ま、いい。俺もそのつもりだからな」

 

 「えっ?」

 

 「お前らがどれだけ動いてるか知らねぇが、足を引っ張るなよ」

 

 そう言って蜘蛛の列を跨いだ。

 

 蜘蛛は東棟から外、森へ向かっている。この流れ、今しか追えねぇ。

 

 「――蛇が動いてる」

 

 俺は蜘蛛の行進を追い始めた。

 

 ハリー達は目を合わせて、頷くと慌ててついてきた。

 

 「なぁ先生、まさか今から行く気じゃ……」

 「当たり前だ。チャンスは逃さねぇ。お前ら、置いてくぞ」

 

 俺がそう言って歩調を速めると、4人も慌ててついてくる。

 

 蜘蛛たちが導く“道”の先には――きっと何かヒントがあるはず……

 

 「さぁて、尻尾を掴むとするか」

 

 蜘蛛の列は、冷たい風が吹き抜ける廊下の先へと続いていた。

 

 「え〜!先生!授業はいいんすか!」

 

 後ろからロンの間抜けな声が聞こえた。

 

 「課外授業だ、問題ない」

 

 俺は蜘蛛の列を追いながら言い捨てた。ロンは蜘蛛を避けるようにぴょんぴょん飛び跳ねている。ガキ共の中でもこいつだけは、ほんと蜘蛛が苦手らしい。

 

 廊下を抜けて外に出ると、冬の冷たい風が頬に当たった。空気が澄んでいて、蜘蛛の行進がくっきりと雪解けの地面の上に黒い筋を描いている。

 

 「おい……止まるな、さっさと歩け」

 

 蜘蛛は迷いなくまっすぐ森の方へ向かっていた。校舎の影から中庭を抜け、小道を進んでいく。その行き先は――ハグリッドの小屋。

 

 蜘蛛たちはまるでそこを避けるように小屋の周りをぐるっと迂回し、森の中へと続いていく。

 

 「なんだ……あの森の中か」

 

 俺が呟いたその時、小屋の前から低い声がした。

 

 「お?なんだお前ら、トウジまで」

 

 見ると、でかい図体のハグリッドが小屋の前で空飛ぶバイクをいじっていた。金属が冷たく光り、彼の手元からは小さな火花が散っている。

 

 「あ!バイク!カッコいいなぁ〜!」

 

 ロンが蜘蛛の恐怖も忘れて目を輝かせて走り寄った。

 

 「僕、1年生になるときにあれに乗ってキングスクロス駅に行ったんだ」

 

 ハリーが懐かしそうに言うと、ロンの顔が羨望に染まる。

 

 「え?マジで? いいなぁ!」

 

 2人がバイクを囲んで大はしゃぎしてるのを見て、ハグリッドは大きな手を腰に当てて「はっはっは」と笑っていた。

 

 「まるで昨日のことみたいだなぁ。ハリーがよ、赤ん坊の時も乗ったんだぞ?」

 「え?そうなの?嬉しいなぁ……」

 

 どこか懐かしむような目だった。

 

 「おい、ハグリッド」

 

 俺は蜘蛛の列を指差した。

 

 「この蜘蛛が見えるか?」

 

 「えぇ? 蜘蛛ぉ?」

 

 ハグリッドがしゃがみこみ、視線を地面へ落とす。

 

 「……あ〜、こいつらは……」

 

 声が僅かに濁った。

 

 「なんか知ってんのか?」

 

 「いやぁ……」

 

 言葉を濁しているのが丸わかりだ。大男の肩がほんの少しだけ強張っている。

 

 「ハグリッド。お前……隠し事してる時、すぐバレるぞ」

 

 「ぬ、ぬぅ……トウジ、鋭いなぁ……」

 

 ハグリッドはでかい手で後頭部を掻いた。

 

 「蜘蛛たちが……こうやって列になって森に逃げてくのは、“何か”がいる時なんだ。ハグリッドは知ってるだろ?」

 

 「……昔も、同じことがあった」

 

 ハグリッドの声が低くなる。さっきまでバイクをいじっていた手が、自然と拳を握っていた。

 

 「50年前も、秘密の部屋が開かれたとき……蜘蛛たちは森へ逃げたんだ。こいつら、天敵が近くにいると群れで逃げる。蛇が大嫌いだからな」

 

 蛇。――やはりそうだ。

 

 「やっぱりか」

 

 俺は鼻を鳴らした。

 

 「おい先生……マジで森に行く気っすか?」

 

 ロンが声を上げる。相変わらず情けない顔だ。蜘蛛を見てビクついてるくせに、今はさらに怯えてる。

 

 「当たり前だろ」

 

 俺は即答した。

 

 「この蜘蛛たちが逃げてる“何か”を突き止めねぇと継承者には辿り着けねぇ」

 

 「でもあの森……」

 

 ロンの言葉に、ネビルが腕を組んで一歩前に出た。

 

 「俺は行く」

 

 その一言でロンの顔が引き攣る。

 

 「お前、マジかよ……」

 

 ハリーとハーマイオニーも、互いに目を合わせ小さく頷いた。

 

 「僕たちも行くよ」

 

 「……お前ら、ほんと学習しねぇな」

 

 ため息が出る。だが、止める気もない。どうせ止めても勝手についてくる。だったら最初から俺の目の届くところにいた方がマシだ。

 

 「ハグリッド。森の中、何か知ってることがあるなら言え」

 

 「……アラゴグ」

 

 「は?」

 

 「森にいる……蜘蛛の親玉みてぇなやつさ。俺が育てたんだ……50年前にな」

 

 ガキ共が一斉に「えぇ!?」と声を上げた。ロンに至っては半泣き状態だ。

 

 「おいハグリッド、お前そんなの育ててんのかよ」

 

 「いや!今はもう俺の言うことは聞かねぇ!でも悪い奴じゃねぇんだ……たぶんな」

 

 「“たぶん”かよ」

 

 俺は額を押さえた。

 

 「つまり森の奥に、そのアラゴグって奴がいる。蜘蛛たちはそいつの縄張りから出てホグワーツに向かい、そして蛇から逃げてるってことだ」

 

 「……多分な」

 

 「よし」

 

 俺は一歩前に出た。

 

 「行くぞ」

 

 「えっ今!? やっぱやめない!?」

 

 ロンが情けない声を上げる。

 

 「うるせぇ、課外授業だ」

 

 俺がそう言い切ると、ロンは頭を抱えて地面に座り込みそうになったが、結局立ち上がってハリーたちの後を追う。

 

 ハグリッドは眉をひそめながら俺たちを見送った。

 

 「気をつけろよ……森は危ねぇ」

 

 「言われなくても分かってる」

 

 蜘蛛の列は小屋の脇を抜けて、森の暗がりへと続いている。

 

 冬の空気が張り詰め、木々が不気味に揺れた。

 

 蛇と継承者――その影を追う足音が、ゆっくりと禁じられた森へと踏み込んでいった。

 

 森の中は、昼間だというのにまるで夜のような薄暗さだった。

 

 木々は幹が太く、枝葉が絡み合い、空を覆っている。湿った空気が肌にまとわりつき、地面はぬかるみ、落ち葉は踏みしめるたびにぬちゃりと音を立てた。

 

 「やっぱ帰りません?」

 

 ロンが震えた声を漏らした。

 

 「ロン、うるさい」

 

 ハーマイオニーの拳が即座にロンの肩へとめり込み、情けない悲鳴と共に黙る。

 

 蜘蛛の列を辿るうちに森はどんどん深くなり、空気が変わっていくのがわかった。蜘蛛の巣が枝と枝の間に張り巡らされ、視界のあちこちで黒い影が動く。

 

 「フィレンツェさん……いないね」

 

 ハリーが辺りを見渡す。

 

 「ケンタウロスの気配はねぇな。それより――気を張っとけ」

 

 森の奥に入った瞬間、気配の密度が一気に上がった。

 

 「お前ら構えろ。杖を出せ」

 

 「はい!」

 

 4人がすぐに杖を構える。その反応は悪くない。1年の成果がしっかり出ている。

 

 俺は一歩前に出た。

 

 ――ガサ……ガサガサッ……。

 

 森の闇が音を孕む。

 

 「『……誰だ?ハグリッドか?』」

 

 低く濡れたような声。

 

 暗がりから現れたのは巨大な蜘蛛――アクロマンチュラ。そしてその奥から、さらに一回り大きい影がずるずると姿を現した。

 

 「お前がアラゴグか」

 

 「『……人間……ハグリッドではないな……』」

 

 複眼がギラリと光り、蜘蛛たちがざわめく。

 

 「『……蛇……』」

 

 「蛇のことを聞きに来た」

 

 「『蛇……忌まわしき……バジリスク』」

 

 バジリスク……ダンブルドアの読みは合ってたな。

 

 アラゴグがその名を吐き出した瞬間、周囲が一変した。

 

 ――ギシャアアアアアアッ!!

 

 森中に響く不快な音。

 

 「……おい」

 

 「先生、ヤバいんじゃ……」

 

 ロンが震えた声を出した瞬間、周囲の蜘蛛の群れが一斉に動いた。木々の上、地面、影――全方位から這い出してくる。

 

 「『我が子らは空腹だ』」

 

 複眼が闇に浮かぶ。

 

 「お前ら――プロテゴを張れ!!」

 

 俺が怒鳴ると同時に、4人が杖を構えた。

 

 「プロテゴ!」

 

 半透明の盾がバシュンと音を立てて展開され、蜘蛛の牙がぶつかると火花を散らした。数は……軽く百を超える。

 

 「うわああああああ!!!」

 

 ロンの情けない悲鳴を背に、俺は深く息を吸い込んだ。

 

 「……地面が柔らかくてちょうどいい」

 

 俺は足に力を込め、そのまま地面を――踏み抜いた。

 

 ――ドゴォッ!!!

 

 重い音と共に地面が抉れ、周囲の土と岩が大きく跳ね上がる。大地にヒビが走り、蜘蛛の巣が一斉に崩れる。

 

 宙に舞い上がった石礫を俺は指先で弾いた。

 

 ピシッ! ピシッ! ピシィィン!!

 

 一発、二発、三発……無数の石礫が矢のような速度で蜘蛛の群れへと突き刺さっていく。

 

 「ギィィッ!」「キシャアアッ!!」

 

 悲鳴と共に黒い巨体が吹き飛んだ。脚がもげ、頭が砕け、複眼が弾ける。

 

 「う、うわ……」

 

 ロンが怯えた声を漏らす。

 

 「見てねぇで盾を維持しろ!!」

 

 俺は怒鳴りながら、宙に残った最後の石礫を両手の指でまとめて弾く。

 

 連撃。

 

 弾丸のように放たれた石が連続で蜘蛛を打ち抜き、十数匹が一瞬で地面に叩きつけられた。

 

 「は、速っ……!」

 

 ネビルが息を呑む。

 

 「これが……甚爾先生……」

 

 ハーマイオニーが呟いた。

 

 蜘蛛の群れは一瞬で数を半減させられたにも関わらず、それでも襲いかかってくる。

 

 「この数……やる気満々だな」

 

 俺は地面に足をめり込ませ、土を踏みしめた。蜘蛛たちは盾を打ち破ろうと次々に飛びかかるが――

 

 「ロン!怯むな!」「はいぃぃ!!」

 

 「ネビル、右を抜かせるな!」

 

 「了解!」

 

 「ハーマイオニー、魔法の弾を絞れ、広範囲は俺がやる!」

 

 「わかったわ!」

 

 4人の連携も悪くねぇ。俺の弾いた石礫で道ができ、その隙間からガキ共の魔法が蜘蛛を吹き飛ばす。

 

 「『ハグリッドでは……ない……ならば……喰う』」

 

 アラゴグが呻いた瞬間、さらに数十匹が闇の奥から湧き出してきた。

 

 「やれやれ……ちょっと力入れるか」

 

 俺は右足をもう一度、深く地に叩き込んだ。

 

 ——ドゴォォォンッ!!

 

 地面が波打つように爆ぜ、地割れが広がる。蜘蛛たちはその衝撃で跳ね上がり、空中に浮いた。

 

 「……これで終いだ」

 

 俺は両手の指を広げ、次の瞬間、空中の石礫すべてを弾き飛ばした。

 

 ——ピシィィィン!!!

 

 まるで機関銃のような連射音。

 

 「ギャアアアアッ!!」「ギシィィィッ!」

 

 無数の蜘蛛が一斉に撃ち抜かれ、闇の中に崩れ落ちた。

 

 「うわぁ……」

 

 ロンが情けない声で座り込みそうになる。

 

 「立て。終わってねぇぞ」

 

 森の奥で、アラゴグの複眼がギラリと光った。群れは壊滅したが、親玉はまだ健在だ。

 

 「お前ら、そのままプロテゴ維持」

 

 「はい!」

 

 俺は一歩前に出た。

 

 「次はお前だ――アラゴグ」

 

 闇の中で、アラゴグが低く唸り声を上げた。森が静まり返り、風さえ止まる。

 

 ――今度は親玉との正面衝突だ。

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