ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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主人公石化の為、三人称で進みます。


第十八話

 

 

 

 

 伏黒甚爾石化――その知らせは、校内を駆け抜けるように一瞬で広まった。

 

 朝の授業が始まる前、生徒たちのざわめきはいつもの日常とはまったく違っていた。ホグワーツの空気は一気に緊張感を帯び、廊下のあちこちで不安げな声が飛び交う。

 

 「フシグロ先生が……石化されたって本当か?」

 「嘘だろ……あの先生が……?」

 「じゃあ、本当に“バジリスク”がいたってことか……」

 

 いつもなら騒がしく喋り合うだけの昼休みのざわめきも、この日ばかりは低く湿った不安の声ばかりだった。

 

 しかし――その空気の中に、安堵の気配もわずかに混じっていた。

 

 “あの伏黒甚爾が石化、地獄のような筋トレ授業が治癒の間無し”

 

 そんな生徒達の浅はかな“安心感”だった。

 

 だが、その中でネビル・ロングボトムだけは違った。

 

 グリフィンドールの談話室から飛び出すように廊下を駆け、ハリー、ロン、ハーマイオニーと共に医務室へ向かう。足音が床を叩き、重い扉が開かれる。

 

 「……先生……!」

 

 そこにいたのは、石化した伏黒甚爾だった。

 

 医務室の奥、白いシーツのかかったベッドに横たわるその姿は、恐ろしくも不思議な迫力を持っていた。

 

 筋肉を隆起させ、右足を振り抜いたような格好。まるで次の瞬間、何かを蹴り飛ばした直後の瞬間がそのまま切り取られたかのような姿勢だ。そしてその顔は――

 

 「笑ってる……」

 

 ハリーの呟きが、医務室の空気を震わせた。

 

 伏黒甚爾は――笑っていた。

 

 口角を僅かに吊り上げ、不敵な笑みを浮かべたまま石となっている。その表情には恐怖も苦悶もなかった。むしろ“勝利”を確信した者の顔。

 

 「石化しながら戦ったようです」

 

 側にいたマクゴナガルが硬い声で言った。

 

 「す、すげぇ!!!!」

 

 ネビルは拳を握りしめた。身体が勝手に震える。恐怖じゃない。純然たる“尊敬”と“憧れ”だった。

 

 ロンとハーマイオニーも、目を見開き、ただ息を呑んでその石像を見つめている。

 

 「この人……化け物だよな……」

 

 ロンが呟く。だがその声には恐怖よりも、どこか感嘆の色が混じっていた。

 

 「伏黒先生は……あのバジリスクと戦ったんだよ」

 

 ハリーが呟く。

 

 その場にいた全員が、その事実を理解した。夜に響いた轟音と、廊下に広がった血痕と腐臭。蛇の怪物と戦い、そして――あの伏黒甚爾は負傷しながらも、確実に一撃を入れていた。

 

 「すごい……本当に……すごい人だ」

 

 ネビルはその場に立ち尽くしながら、胸の内で何度もそう呟いた。

 

 2年生の誰よりも筋力トレーニングに励んできたネビルにとって、伏黒甚爾はまさに“目標”そのものだった。授業のたびに叩き込まれる、理不尽なまでの体力トレーニング。森の中でのサバイバル実習。真冬の朝でも休みのない筋トレ。

 

 その全てを、ネビルは文句を言いながらもやり続けた。

 

 そして今――その“最強の教師”が、自分たちの盾になって怪物と戦った。

 

 「先生……」

 

 ネビルは拳を握り、歯を食いしばった。

 

 「俺、絶対……弱音吐かねぇ」

 

 「ネビル……」

 

 ハーマイオニーが驚いたように名前を呼ぶ。ネビルは燃えるような目をしていた。

 

 「俺、絶対……強くなる。フシグロ先生みたいに」

 

 その声は小さいけれど、確かな決意が宿っていた。

 

 医務室には他の教師たちも集まり始めていた。スネイプは腕を組んでじっと甚爾の石像を睨みつけている。マクゴナガルは唇を引き結び、何かを堪えるような表情。

 

 「……やはり間違いない。あの蛇に、一撃入っている」

 

 スネイプが静かに言った。

 

 「つまり……この男は、あの怪物を一人で叩き伏せたということですか」

 

 ルシウス・マルフォイの声が背後から響く。スネイプが振り向くと、ルシウスが不快そうに顔を歪めて立っていた。

 

 「化け物を倒したのが、魔法すら持たぬ“体育教師”だと?滑稽な話だ」

 

 「滑稽ですって?」

 

 マクゴナガルが冷たい声で言い返す。

 

 「彼がいなければ、今ごろホグワーツはバジリスクの餌場になっていたでしょうね」

 

 「……ふん」

 

 ルシウスはそれ以上何も言わなかった。

 

 マダム・ポンフリーが石像の横に立ち、淡々と治療準備を進める。

 

 「バジリスクの石化は通常の魔法では解けません。マンドレイクの回復薬が完成するまでは……彼もこのままです」

 

 「いつ完成するの?」

 

 ロンが不安げに尋ねる。

 

 「あと1ヶ月はかかるでしょうね」

 

 ハリーたちの顔に緊張が走った。

 

 1ヶ月――その間、伏黒甚爾はいない。

 

 「あの先生がいないホグワーツって……逆に怖くね?」

 

 ロンの言葉に誰も反論しなかった。

 

 「でも……」

 

 ネビルが真っ直ぐに石化した甚爾を見据える。

 

 「先生は負けてない。俺たちに、戦う方法を教えてくれた」

 

 ハリーとハーマイオニー、ロンが頷く。

 

 彼らはまだ、あの怪物の正体も、継承者が誰なのかも知らない。だが――その夜、伏黒甚爾が残した“爪痕”は、確かに彼らに勇気を残していた。

 

 医務室の静寂の中、不敵な笑みを浮かべたまま横たわる石像の姿が――彼らの心に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 そうして伏黒甚爾と、そして一応ミセス・ノリスのお見舞いを終えた4人は、足取りも重く談話室へ戻ってきた。

 

 暖炉の火が赤々と燃える部屋に腰を下ろすと、ロンが深いため息をつきながら口を開いた。

 

 「というかよ、ポリジュース薬どうする?まだ保管してるんだよな?」

 

 「ええ……」

 

 ハーマイオニーが少し眉を下げる。

 

 「なんだか使うタイミングを逃したわよね」

 

 ロンは頭をがしがし掻きながら続けた。

 

 「結局、継承者は分からずじまい。けど……バジリスク?はフシグロ先生が多分倒した。で、ハリー、例の声は聞こえる?」

 

 「実は昨日から弱くなってるんだ」

 

 ハリーは腕を組んだまま暖炉を見つめた。

 

 「前までは『殺せ』とか『追放だ』とか言ってたんだけど、今は……『痛い』『死ぬぅ…』って感じなんだ」

 

 ロンがビクッと肩をすくめた。

 「ちょ、やめろよ!マジで怖いからそういうの!」

 

 「でもそれって……」

 ハーマイオニーが真剣な表情になり、暖炉の前に身を乗り出した。

 「つまりバジリスクがもう満足に動けない、もしくは死にかけてるってことじゃない?声が弱まってるのは、その証拠かもしれないわ」

 

 「先生が、あの蛇にとどめを刺したってことか」

 

 ネビルが拳を握った。脳裏には、医務室のベッドの上で笑みを浮かべ石化していた伏黒甚爾の姿が鮮明に焼き付いている。

 

 「……すげぇよ」

 ロンがぼそりと呟く。

 「あの化け物に勝って……笑って石になるとか、普通じゃねぇよな」

 

 「フシグロ先生がいなかったら、今ごろみんな石にされてたかも」

 ハリーの言葉に、全員が小さく頷いた。

 

 しばらく沈黙が流れる。暖炉の薪がはぜる音だけが響いた。

 

 「……なあ」

 沈黙を破ったのはロンだった。

 「俺、ちょっと思ったんだけどさ、継承者って……スリザリンに本当にいるのか?」

 

 「え?」

 ハーマイオニーとハリーが同時に顔を上げた。

 

 「だってさ、先生達は絶対スリザリンを徹底的に調べてるはずだろ?スネイプもスリザリン出身だし、あいつが手ぇ抜くわけねーじゃん」

 

 「それは……そうね」

 ハーマイオニーが腕を組んで考える。

 

 ロンは勢いづいて続けた。

 「それで何も見つからなかったってことは――継承者はスリザリンじゃないんじゃねーか?」

 

 その言葉にネビルの眉が跳ね上がる。

 「……別の寮にいるってことか?」

 

 「そう考える方が自然だろ。スリザリンなら真っ先に疑われる。だったら、もっとずっと前に捕まってるはずだ」

 

 ハーマイオニーが唇を噛みしめた。

 「……でも、スリザリンの継承者じゃないとバジリスクは操れないのよ」

 

 「継承者=スリザリンの生徒じゃないって可能性もある」

 ハリーが静かに言った。

 

 「え?」

 「スリザリンの継承者って、血筋の話だろ?だったら“スリザリンの寮にいる必要”なんてないんじゃないか?他の寮にスリザリンの末裔がいるって可能性も……ある」

 

 ロンとネビルが目を丸くする。ハーマイオニーははっと息を呑んだ。

 

 「……それ、あり得るわ」

 

 4人の頭の中で、これまでの出来事が線で繋がっていく。

 

 「もしそうなら、先生達がいくらスリザリンを調べても見つからないはずだよな」

 「つまり……継承者は、スリザリン以外の寮にいる」

 「……誰だ」

 

 ネビルが唸るように呟く。

 

 「グリフィンドールか、ハッフルパフか、レイブンクロー……」

 

 ハーマイオニーは目を閉じて思考を巡らせた。

 

 「レイブンクローは知識欲が強い生徒が多い。もし継承者がそこなら、密かに資料を集めて動くのは容易いわ。でも、ハッフルパフも油断できない。あそこは目立たない生徒が多い分、潜伏には向いてる」

 

 「グリフィンドールもありえるな……」

 ロンがぼそりと言った。

 「だって、まさか自分の寮にいるなんて普通考えねぇだろ」

 

 4人の背筋にぞくりとした寒気が走った。

 

 「……つまり、まだ俺たちの身近に継承者がいる可能性があるってことか」

 

 ハリーの言葉に全員が黙り込む。

 

 「……もう一度調べ直す必要があるわね」

 ハーマイオニーの声が低く響いた。

 「ポリジュース薬は、やっぱり使おう。最初の計画とは違うやり方で、もっと広く調べるの」

 

 「スリザリンだけじゃなく、他の寮もってことか」

 

 「そう」

 

 ロンが大きく息を吐き出した。

 「はぁ……とんでもねぇ話になってきたな」

 

 「でも、やるしかない」

 ネビルが強く言い切る。

 「先生はいない。俺たちがやらなきゃいけないんだ」

 

 4人の目が、自然と燃える暖炉の炎に向かう。

 

 「スリザリン以外の継承者」

 「先生達も気づいてない可能性」

 「そして――蛇の声が弱っている今が、唯一のチャンス」

 

 ハリーは立ち上がった。

 「……動こう」

 

 ハーマイオニー、ロン、ネビルが立ち上がる。

 

 伏黒甚爾が不敵な笑みを残して石化した今――

 その空白を埋めるように、4人は静かに決意を固めた。

 

 そうして4人は動き始めた。

 

 まず、ポリジュース薬で改めて“変身”する対象者の選定を行った。

 

 1人目、スネイプ。スリザリン寮に継承者はいないと踏んでいたが、それでも何らかの情報はあるはずだと睨んだ。毛はすでに採取済み――ただし、それはスネイプのものではなくとある人物のものだったが、本人たちはまだ気づいていない。この変身役はロン・ウィーズリー。

 

 2人目、マクゴナガル。グリフィンドール寮の生徒の様子を探るためだ。毛は変身術の教室で拾ったもので、ハーマイオニーが変身する。

 

 3人目、アーガス・フィルチ。夜間を自由に歩き回れる管理人であれば、不審がられずに行動できる可能性がある。情報が取れるかは分からないが、ネビル・ロングボトムがこの役を担った。

 

 4人目、アルバス・ダンブルドア。校長室へは透明マントを使って潜入し、椅子に付いていた毛を採取していた。校長室の開け方は、以前伏黒甚爾が何度も出入りしていたのを目撃して覚えていた。ハリー・ポッターがこの役を引き受けた。

 

 こうして4人は継承者を見つけるための深夜の潜入作戦を開始することになった。

 

 真夜中、嘆きのマートルのトイレに集まり、薬の調合を行う。トイレの中には例の洗面台、そして透き通るような声で浮遊するマートルがいた。

 

 「あなたたち……また悪巧みねー?」

 

 マートルが浮かび上がりながら、にやりと笑って4人に声をかける。

 

 「フシグロ先生がいない今、動けるのは僕たちだけだ。何としてでも継承者を見つけて、秘密の部屋を閉じなきゃいけない」

 

 「フシグロって……へぇ!あの人いなくなったのぉ!?よくこのトイレ調べてたわよ〜寂しいわね」

 

 ロンが思わず眉をひそめた。

 「え、そうなの?」

 

 マートルはつまらなそうにくるりと回りながら言う。

 「そうよ!彼には私は見えないから、1人でブツクサ言いながら必死に調べてたわ。それに洗面台が秘密の部屋の入り口って突き止めてたわねぇ」

 

 「マジかよ!!」

 

 マートルの証言に、4人は一斉に仰け反った。

 

 「なら此処が秘密の部屋の入り口?」

 「そうそう!パーセルタングで開くのよっふふん!そういえば50年前に私が死んだ時もそうだったな……変な声が聞こえて……気づいたら死んでたの」

 

 マートルは意味深に言い残し、壁をすり抜けて消えていった。

 

 「とりあえず……飲む?」

 「う、うん……」

 「そうね」

 

 4人は緊張した面持ちでグラスを手に取り、それぞれのグラスに採取した毛を入れてポリジュース薬を完成させた。

 

 湯気がふつふつと立ち上り、鼻をつくような薬草と金属が混ざったような強烈な匂いが漂う。

 

 「うぇ!」

 「まず!」

 「おぇ」

 「うう……」

 

 4人はグラスを傾けてポリジュース薬を飲み干した。

 

 全身が焼けるような熱を帯び、骨が軋む音が鳴り響く。皮膚が泡立ち、髪が変色し、身体の形がぐにゃりと歪む。誰もが何度飲んでも慣れることのない地獄の数十秒だ。

 

 だが――ロンだけが、様子がおかしかった。

 

 「ロン!スネイプじゃないぞ!」

 「え!マジで!」

 

 ロンが慌てて近くの割れた鏡に顔を映す。

 

 そこにいたのは――漆黒の髪、整った顔立ち、筋肉質な身体。

 

 「フシグロ先生じゃん!!!!」

 

 ロンは言葉を詰まらせ、口をぱくぱくさせた。

 

 「な、なんで!? 俺、スネイプの毛を入れたはずなのにっ!」

 

 「ロン……もしかして、それ……」

 ハーマイオニーが顔を引きつらせながら呟く。

 

 「フシグロ先生の毛……だったんじゃない?」

 

 「う、うそだろ……!!」

 

 ロンの声が裏返る。

 見た目は完全に伏黒甚爾。低く響く声に、いつものロンの調子がまったく合っていない。

 

 「ビクビクしてる先生、初めて見た」

 ネビルが小声で笑いを堪える。

 

 「笑うなよっ!」

 ロン――いや、見た目が甚爾のロンが、ぎこちなく肩を怒らせて言い返す。

 

 

 

 

 そうしてマートルの言葉を信じ、4人は洗面台の前に立った。

 

 夜のトイレは不気味なほど静まり返り、水の滴る音がやけに大きく響く。洗面台の中央には蛇のシルエットが刻まれた蛇口。――伏黒甚爾が以前ここまで辿り着いていた場所だ。

 

 蛇口に刻まれた蛇の意匠へと、ハリーが静かに顔を寄せた。

 

 「……開け」

 

 ハリーがパーセルタングを呟くと、蛇口がゆっくりと回転し、床がゴウンゴウンと重い音を立てて沈んでいく。洗面台の真下に、螺旋状の暗い穴が口を開けた。

 

 「やっぱり……ここが入口だったのね」

 マクゴナガルに変身したハーマイオニーが低く呟く。

 

 「すげぇ……」

 フィルチの姿をしたネビルが、目を見張った。

 

 「行こう」

 ダンブルドアに変身したハリーが先頭に立つ。

 

 その時――

 

 「先生方!いやはや、遅れました!」

 

 甲高く間の抜けた声がトイレ中に響いた。

 

 4人が振り向くと、金髪を輝かせたギルデロイ・ロックハートが胸を張って立っていた。

 

 「では!行きましょう……!」

 

 完全に勘違いした顔だ。目の前の4人が“本物”の教師達ではないことなど、微塵も疑っていない。

 

 「ちょ……ギルデロイ先生……」

 マクゴナガルの姿をしたハーマイオニーが、一歩引いた。

 

 「まさか……先生方も同じことを考えておられたとは!やはり我々、同じ教師陣ですな!」

 

 満面の笑みで親指を立てるロックハートに、4人は揃って引きつった顔をした。

 

 「……バカだ……」

 フィルチの姿のネビルが思わずぼそりと漏らした。

 

 「何か言いましたか!?」

 ロックハートがキラキラした笑顔で振り返る。

 

 「いや、なにも」

 マクゴナガルの姿のハーマイオニーが冷や汗を流しながらごまかした。

 

 「さぁ、行きましょう行きましょう!秘密の部屋!バジリスク!ダークな伝説!ギルデロイ・ロックハートの冒険譚に、また新たな章が刻まれる瞬間です!」

 

 ロックハートは勝手に盛り上がりながら洗面台の縁に手をかけた。

 

 「先生……!あの、危険かもしれませんので、先に……」

 ダンブルドアの姿のハリーが苦し紛れに言うが、ロックハートは意気揚々と穴の中を覗き込む。

 

 そして――そのタイミングで異変は起きた。

 

 「……っ、ぐ……」

 

 伏黒甚爾の姿をしたロンが膝をつき、額を押さえた。

 

 「ロン!?」

 マクゴナガルの姿のハーマイオニーが慌てて駆け寄る。

 

 ロンの肩がビクンビクンと痙攣し、歯を食いしばる音がトイレに響く。

 

 「……あ……あ……」

 

 その声は、もはやロンのものではなかった。喉の奥から絞り出すような低く鋭い声が漏れる。

 

 「ロン!?しっかりしろ!」

 ネビルが駆け寄るが――次の瞬間、その手を強くはねのけられた。

 

 「……ここは……どうなってやがる」

 

 声も、目つきも、もうロンではない。

 

 「フ、フシグロ先生っ!?!」

 ハリーが叫ぶ。

 

 「……あ?先生?誰だてめぇ」

 

 ロンの瞳に宿る光は、完全に“伏黒甚爾”そのものになっていた。

 

 ポリジュース薬による変身――しかし、それはあくまで“形”の変化に過ぎない。だが伏黒甚爾は天与呪縛のフィジカルギフテッド。常人の魂では伏黒甚爾の肉体に勝てない。勿論、ロンの魂では伏黒甚爾の肉体を支えきれなかった。身体の記憶と力が逆流し、今、ロンの意識は肉体の奥底に押し込められている。

 

 ギラリと光る眼光が、ロックハートへ向いた。

 

 「おおお〜!!!」

 ロックハートが拍手を打ち鳴らした。

 「さすがフシグロ先生!この頼もしさ!心強い!ぜひ、先陣をお任せしますぞ!」

 

 「……ああ?」

 

 “甚爾”が低く呟いたその声に、3人の背筋が冷たくなる。思わず身体に力が入った。

 

 ギルデロイ・ロックハートはただ一人、何も気づかず、能天気に笑っていた。

 

 「皆さん!我らが最強の体育教師がいるなら何も怖くない!では――参りましょう!」

 

 こうして、秘密の部屋へ向かうはずだった“潜入作戦”は、思いもよらぬ最悪の形で始まることとなった。

 

 「ポリジュース薬は人格までは変わらない筈じゃ……」

 

 ハーマイオニー(マクゴナガルの姿)が静かに呟いた。

 

 「あ〜そういう…………俺の身体は特別でな、コイツの魂が耐えられなかったんだろう」

 

 制服姿の伏黒甚爾が、低く冷ややかな声で言った。その口調、声音、眼光――全てが“ロン・ウィーズリー”ではなく、“伏黒甚爾”そのものだった。

 

 「ロ……先生? な、何を言って……」

 ダンブルドアの姿をしたハリーが、恐る恐る声をかける。

 

 「ジジイは黙ってろ」

 

 「はい」

 

 制服姿のダンブルドア――中身はハリー――がビシッと背筋を伸ばし、素直に黙った。普段なら誰も逆らえない校長の姿でしゅんとする姿は、なかなかに滑稽だった。

 

 「ん、この穴の先に……何かいやがるな」

 

 伏黒甚爾は鼻を鳴らし、目の前の闇に向かって小さく笑った。その笑みに、ハーマイオニーとネビルが同時に背筋を震わせる。

 

 「ちょ、先生……!まさか……!」

 

 「行く」

 

 その言葉と同時に、伏黒甚爾の身体が宙を舞った。

 

 ロックハートが何も分からず「おお〜!」と拍手をしようとした瞬間、制服姿の伏黒甚爾は、まるで吸い込まれるように螺旋の暗闇の中へ飛び込んでいった。伏黒甚爾はいまや強者の気配にのみ向かう殺戮兵器と化したのだ。

 

 「ちょ、先生っ!!!」

 「ロン……じゃない、けどっ!」

 

 残された3人と、能天気なロックハートが、ぽかんとその場に取り残される。

 

 「ポリジュース薬の効果が切れるのは……約1時間……!」

 「ポ、ポリ?」

 

 ハーマイオニーが青ざめた顔で呟く。ロックハートはまだ気づいていない。

 

 つまり、ロンの魂が押し込まれたまま、伏黒甚爾の“肉体”が自由に動き回る猶予はあと1時間。

 

 それは同時に――今、あの下の闇には、“伏黒甚爾”そのものがいる、ということを意味していた。

 

 「おい……行くぞ!!!」

 

 制服姿のフィルチ――中身はネビル――が叫んだ。

 

 「ネビル!?本気なの!?」

 「当たり前だろ。先生――いや、あれはもう先生って呼んでいいのか分からねぇけどよ……放っとけねぇ」

 

 ネビルの腕がギュッと固く握られる。無駄な震えはない。伏黒甚爾に鍛えられたネビルは、もう“昔のネビル”ではなかった。姿はフィルチだが。

 

 「俺たちも行くぞ!!」

 

 「えっ、いやいやいやいや!!ちょっと待ってくださいよぉ!私はてっきり、先生方が危険を除去したあとに、華やかに現れて『さすが私だ!』っていう予定だったのにっ!」

 

 ロックハートが顔を青くして後ずさる。

 

 「黙れ」

 

 ネビルとハーマイオニー、そしてハリーの声が、ピッタリ揃った。

 

 「ひぃっ!?」

 

 能天気にやって来たロックハートは、あっさりと3人に押し出される形で穴の前に立たされた。

 

 「お前も行くんだよ……英雄先生」

 ネビルが低く言う。

 

 「えぇ〜!?!?」

 

 「伏黒先生があのまま何かにぶち当たったら、たぶん城が崩れるわ」

 ハーマイオニーの声が震える。

 

 「……放っておけるわけ、ないよな」

 ダンブルドア姿のハリーが頷く。

 

 暗い穴の中から、湿った空気と腐臭が流れ出していた。まるで、彼らを呑み込もうとするように。

 

 「行くぞ……!」

 

 フィルチ姿のネビルが真っ先に穴に飛び込んだ。

 

 「ちょっ、待って!!」

 ロックハートが悲鳴を上げるが、ハーマイオニーがその背中を押し、2人目として落ちる。

 

 「うわああああ!!!」

 

 ダンブルドア姿のハリーも後に続き、暗闇へと身を投げた。

 

 4人の姿が闇に飲まれていく。

 

 ポリジュース薬の効果が切れるまで、残り――50分余り。

 

 その先に待ち受けているものが何であれ、今この瞬間、最も危険なのは“敵”ではなく――伏黒甚爾、その人だった。

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