ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第四話

 

 

 

 

 4年生から6年生の授業が終わった。

 

 終わった瞬間、心底ため息が出た。

 

 やはり魔法使いは軟弱だ。1年生よりは多少マシだったが、動きの甘さは大差ない。杖を取り上げただけでバランスを崩す奴、組み技をかけた途端に情けなくひっくり返る奴、腹筋一つまともにできない奴……笑えるほどだ。

 

 少し手加減して小突いてやれば、たちまち無様に転がる。

 

 「何するんだ!」

 「キャッ!もっと!」

 「スクイブめ!」

 

 途中でいろいろ言われたが、俺は何一つ気にしなかった。

 最終的に全員、言われたとおり筋トレをやって帰っていった。

 

 それだけで充分だ。

 

 1年生に比べれば、身体は多少できている。

 筋肉の密度も動きの幅も違う。だが、戦いになると話は別だ。

 

 「……2級、いや、3級呪霊にも勝てねぇな」

 

 杖に頼った生活が長すぎる。

 日常のすべてを魔法に頼っていれば、身体は勝手に鈍っていく。

 見ていればわかる。足運びも甘いし、腕の力も弱い。戦う前に潰されるのがオチだ。

 

 「どうかね?ミスター・フシグロ」

 

 不意に声をかけられ、視線を向ける。

 霧の向こうから、例のジジイ――アルバス・ダンブルドアが、まるで散歩にでも来たかのような顔で現れた。

 

 白銀の髭を風になびかせ、杖を軽くついている。

 このジジイ、音も気配もなく歩いてくるから鬱陶しい。

 

 「そのミスターっての、やめてくれ。気持ち悪い」

 

 「ふむ?」

 

 「フシグロでいい」

 

 「……そうか。ではフシグロ、今日はどうだった?」

 

 俺は周囲を見回した。

 トレーニングのあとが残る石畳。足跡と汗の跡、それに転がった水筒と使い捨てのタオルが散らかっている。

 

 「そうだな……どいつもこいつも軟弱だ」

 

 「……そうか」

 

 ダンブルドアはまったく怒った様子もなく、ただ目を細めて笑った。

 俺の言葉を否定も肯定もせず、まるで最初から分かっていたかのような顔だ。

 

 「4年生から6年生ともなると、魔法の腕前は立派じゃろう。だが、君からすれば“戦い”には程遠いか」

 

 「戦いってもんを知らなすぎる。杖一本持たされた程度で強いと思い込んでるやつらばっかりだ」

 

 「……君は戦いをよく知っているようじゃな」

 

 「そりゃ、仕事だったからな」

 

 俺の言葉に、ダンブルドアは「ふむ」とだけ呟いて顎を撫でた。

 このジジイは人の話をいちいち深く掘らない。そこが逆に不気味だ。

 

 「だが、生徒たちの顔は面白かったぞ」

 

 「……は?」

 

 「君の授業を受けた後、皆、顔つきが変わっておった。特に男子は怯え、女子は……楽しそうじゃったな」

 

 思わず眉が動いた。

 

 「……はぁ?」

 

 「グリフィンドールの女子など、頬を赤く染めておった。スリザリンの上級生も、珍しく騒がしかった」

 

 ため息が漏れた。

 授業中も視線は感じていた。うるさいほどだ。

 

 「俺は教師しに来ただけだ。女の相手をしに来たわけじゃねぇ」

 

 「それでも、君がどう見られるかは君の意思では決まらん」

 

 俺は肩をすくめた。

 このジジイは本当にいちいち癪に障る。

 

 「まぁいい。何か用か?」

 

 「いや、ただ見に来ただけじゃ。君の授業が、どういうものになるか気になっての」

 

 「……で、どうだった?」

 

 「良い授業じゃったよ。魔法がないと何もできん子供たちにとって、君の存在は“未知”じゃ。未知は恐怖を生む。そして……時に、憧れも生む」

 

 「……そんなもん知らねぇ」

 

 「知らなくていい。君は、君のやり方を貫けばよい」

 

 そう言って、ダンブルドアは軽く杖をついた。

 その一歩で、ジジイの姿がまるで霧に溶けるように消える。

 やっぱり気味が悪い。

 

 「……好き勝手言いやがって」

 

 俺は頭を掻きながら、石畳に散らばった汗と足跡をぼんやりと見下ろした。

 4年生も6年生も、最初は好き勝手なことを言っていた。

 「スクイブめ」とか「教師のくせに魔法も使えないのか」とか。

 

 だが最後には全員、俺の言ったとおりに筋トレをしていた。

 理由なんざ単純だ。

 俺が本気で睨めば、それだけで空気が変わる。

 

 「杖に頼ってる連中なんざ、何もできねぇんだよ」

 

 小さく呟いて、肩を鳴らした。

 

 授業一つでこの調子だ。

 この先、もっと面倒なことも起きるだろう。

 

 「……ま、給料さえ出りゃいい」

 

 空を見上げると、夕焼けが城の塔を赤く染めていた。

 1日が終わっただけのはずなのに、やけに長く感じる。

 

 「ったく、教師ってのも疲れる仕事だな」

 

 次の授業のことを考えながら、俺はゆっくりと歩き出した。

 

 城に戻った俺は、とりあえず他の授業を見て回ることにした。

 

 ホグワーツの構造はすでに頭に叩き込んである。廊下の曲がり角、階段の癖、裏道や抜け道、教室の配置――暗殺稼業で嫌というほどやってきた仕事の延長みたいなもんだ。迷うわけがない。時間割も完璧に把握済みだ。

 

 「闇の魔術に対する防衛術……おもしろそうだな」

 

 独りごちて、俺は静かに目的の教室へと向かった。

 

 教室の前まで来ると、扉の向こうから杖の音と浮ついた声が聞こえる。5年生の授業らしい。上級生にもなってこの空気の軽さ……どうせ大した授業じゃねぇだろう。

 

 俺は音も気配もなく、ぬらりと扉を開けて教室に入り込んだ。

 こういう潜り込みは得意だ。暗殺でも潜入でも、俺の強みは“存在を消す”ことだからな。

 

 教壇の前では、クィリナス・クィレルが落ち着きのない声で授業をしていた。

 杖を持つ指先がかすかに震えていて、額には汗が滲んでいる。

 

 「……本日ハ、対抗呪文ノ基礎ヲ――」

 

 声は弱く、頼りない。

 生徒の何人かが鼻で笑っているのが聞こえた。上級生ともなれば教師の力量をすぐ嗅ぎ取る。舐めた空気が教室に充満している。

 

 俺は空いている後ろの席に腰を下ろした。

 

 その瞬間、隣に座っていた女生徒がびくりと肩を震わせ、口を開きかけた。

 

 俺は人差し指を口元に立てる。

 

 「シー」

 

 「は……はいぃ……」

 

 女生徒は顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で返事をした。

 まるで生き物が捕食者を前にしたみたいな反応だ。

 

 他の女子もこっちをチラチラ見ている。男の生徒は、露骨に俺との距離を取った。

 

 ――やっぱり目立つ。

 

 黒いシャツと白いパンツ姿の俺は、この制服だらけの空間ではどうしたって浮く。だが気配を殺せば、そこに“いるのに気づかれない”というのは、昔からの得意分野だ。

 

 「では……デハ、実戦デ……」

 

 クィレルが震える声で言うと、生徒たちは杖を取り出した。

 教室中央に小さな決闘用スペースが空けられる。

 

 「誰か……前ニ」

 

 教壇の声には威厳がない。

 生徒たちは互いの顔を伺い、ようやく一人、グリフィンドールの男子が立ち上がった。

 

 「教授、俺がやります」

 

 自信家らしい顔つきだった。杖を手にして、堂々と中央へ出る。

 

 「エクス……ペリアームス……」

 

 クィレルが杖を軽く振る。

 杖先から出た呪文が机の端を少し揺らす――威力もスピードも弱い。魔法の形すらぼやけている。

 

 「……なにあれ」

 

 隣の女生徒が小声でつぶやいた。

 

 「よし……では……君、実践してみたまえ」

 

 「はい!」

 

 男子が杖を高く掲げた。声にはやたらと張りがある。

 

 「エクスペリアームス!」

 

 杖先から呪文が飛び、教壇の前の机を派手に吹き飛ばした。

 5年生ともなればそれなりに威力はある。だが――俺から見ればまだまだ甘い。隙だらけの一撃だった。

 

 「……へぇ」

 

 俺の鼻で笑う音が、教室に妙に響いた。

 

 男子が振り返り、睨んでくる。怒ってるというより、怯えを必死に隠してる顔だ。

 

 「なに笑ってるんだ、お前!」

 

 「別に」

 

 俺が短く返すと、男子の顔が真っ赤に染まる。

 

 「お前……体育の先生だろ!」

 

 「そうだが?」

 

 俺は椅子に座ったまま、片手であくびをしながら言った。

 

 男子の手がわずかに震え、杖先が泳いだ。

 俺はゆっくりと立ち上がり、何の気負いもなく一歩踏み出す。

 

 そのたった一歩で、男子の顔色が変わった。

 五感を極限まで研ぎ澄ませてきた俺の“圧”は、魔力なんかよりよほど分かりやすく伝わる。

 

 「授業の邪魔をする気はねぇ。続けろ」

 

 それだけ言って、窓際の壁にもたれた。

 

 ――この程度の授業、興味はない。

 

 だが、生徒たちの視線はもうクィレルには戻らなかった。

 全員が、俺の存在を意識していた。

 

 男子の喉がごくりと鳴る音が、はっきりと聞こえた。

 女子たちは興奮を隠そうともせず、顔を赤らめている。

 

 「……やば、近くで見たらもっとかっこいい……」

 「見ないで……見ないで……いや、見て……!」

 

 小声が教室のあちこちで弾ける。

 男子は一様に距離を取り、女子は息を呑む――この反応、俺にとっちゃ日常だ。

 

 「勝手にやってろ」

 

 小さく吐き捨てて、俺は教壇に視線を戻した。

 

 そのあとも授業は続いたが、主役は完全にクィレルではなかった。

 俺がそこにいるというだけで、空気が塗り替えられていた。

 

 教師ですら支配できない空気を、ただ“立ってる”だけで支配する――そういう生き方をしてきた結果だ。

 

 

 「じゅ、授業を終わります……!今日教えた教科書53ページの項目をし、しっかり覚えてきてく、下さい!」

 

 ……おいおい、まだ授業時間の半分も経ってねぇぞ。

 

 クィレルの声が情けなく震えている。俺が壁にもたれて立ってるだけで、こいつは授業を切り上げやがった。生徒どももソワソワしながら俺を横目で見てる。いや……これは間違いなく俺のせいだな。

 

 生徒たちがバタバタと立ち上がり、教室を出ていく。その動きには統一感なんて欠片もない。緊張と興奮が混ざった空気。男どもは俺の顔を見るたびに目を逸らし、女子は逆にチラチラと何度も振り返っていく。

 

 「……やっぱ、妙な空気になっちまったな」

 

 俺は軽く息を吐いた。

 

 「フ、フシグロ先生……授業のじゃ……邪魔はやめていただきたい」

 

 クィレルが声を震わせながらこっちを見ている。杖を握る手が、情けねぇくらい小刻みに震えている。

 

 「……そうだな、すまなかった」

 

 素直に頭を下げる気はねぇが、口だけは謝っておいてやる。

 

 こいつがビビるのも無理はない。さっきの授業は酷すぎた。基礎呪文の実演なんざ、俺からすれば赤子の遊びにしか見えなかった。

 

 杖を振って呪文を唱える――その仕草そのものは確かに整ってる。呪文の精度も年齢相応には出てるんだろう。だが、肝心の“力”が伴ってねぇ。

 

 呪術の世界じゃ、術式を発動するまでの“間”に命が何百回も吹き飛ぶ。呪文の最中に口を開けたままなんて、戦場じゃ死んでるのと同じだ。

 

 魔法ってのは、こう……もっと根源的な“術”かと思ってたが……

 

 「案外、ゆるいもんなんだな」

 

 俺は内心で呟いた。

 

 呪術師と魔法使い。似てる部分もある。力の源は“見えない力”で、媒介を使って外に出すっていう仕組みは、方向性こそ違えど近い。

 

 だが決定的に違うのは“速度”と“構え”だ。呪術は生きるか死ぬかの世界で磨かれる。だから研ぎ澄まされていく。魔法は……どうも“学問”として整えられすぎてる。教科書と規則と手順に縛られすぎている。

 

 「杖を構えて、呪文を唱えて、やっと一撃……それでどうやって戦う気だ?」

 

 五感のどこかが軽く疼いた。魔力の波の緩さが肌にまとわりつく。あの生徒が放った“エクスペリアームス”とやらの呪文も、あんなもん避けろと言われても目を閉じて余裕で躱せるレベルだった。

 

 呪霊なら、あんなモーションの長い攻撃を待ってくれるはずもねぇ。俺なら杖を振り上げた時点で腕ごとへし折ってる。

 

 ……いや、ちょっと待て。

 

 逆に言えば、この世界の戦闘ってのは、こういう“儀式的な攻撃”が当たり前ってことになる。だったら――

 

 「慣れちまえば、狩るのは簡単ってことだな」

 

 俺の口元に自然と笑いが浮かんだ。

 敵の“間合い”と“癖”が最初から丸見えな戦場なんざ、呪術師としては楽な部類だ。

 

 「な、何を……笑っておるのですか……?」

 

 クィレルがたどたどしく問いかけてきた。

 

 「いや、なんでもねぇよ」

 

 俺は肩をすくめる。

 

 ……それにしてもこいつ、クィレルとかいうやつ、マジで小動物みたいにビビってるな。昼間、教員席に座った時もそうだった。こいつは俺の顔を見るたびに目を泳がせてる。

 

 単なる気弱な性格ってだけじゃねぇ。もっと根の深い“恐れ”がある。

 

 俺を“怖い”と感じるのはいい。だが、こいつの恐怖の揺れ方は異様だ。たぶん俺そのものを怖がってるというより、俺が何かを“見抜く”んじゃねぇかって怯えてる。

 

 ……フン、まぁいい。深入りする理由もねぇ。

 

 「フシグロ先生、なぜこの授業を見に……?」

 

 「いや、ちょっと見ておきたくてな。俺は杖なんざ使えねぇ。だからこそ、お前らの戦い方を理解しておく必要がある」

 

 「……た、戦い方?」

 

 「俺の授業じゃ杖は使わねぇからな」

 

 クィレルがカタカタと喉を鳴らした。こいつからしたら俺みたいなのは理解不能だろうな。

 

 魔法での攻撃と防御、それが当然の世界に、素手と肉体だけで立ってる人間がいるんだからな。

 

 「……では、これからも見学を?」

 

 「気が向いたらな」

 

 俺は腰を上げた。

 

 教室を出ると、廊下の冷気が肌を撫でた。石造りのこの城は、夜になると熱が逃げて冷える。まるで洞窟の中を歩いてるようだ。

 

 ……しかし、やっぱり気になる。

 

 この学校の空気。魔力が濃いのはわかるが、それだけじゃねぇ。昼間も感じた、あの“濁り”みたいなものが、廊下の隅っこにこびりついている。

 

 呪霊とまではいかねぇが、似たような“何か”がいる気配。

 

 俺が敏感すぎるだけかもしれない。だが、勘は昔から外れたことがない。

 

 「……まぁ、様子見だな」

 

 いま慌てて嗅ぎ回る必要はない。

 この城でしばらく暮らす以上、嫌でも“その正体”はいずれ顔を出す。

 

 クィレルの教室の灯りが背後で消え、廊下の松明だけが俺を照らしていた。

 薄暗い石壁に揺れる影が、妙に馴染む。

 

 俺は無言でそのまま廊下を歩き出した。

 ――この城の“空気”は、やっぱり普通じゃない。

 

 それでも、今のところは、ただ静かに息を潜めているだけのようだった。

 

 とりあえず……

 

 「腹減ったな。飯でも食いにいくか」

 

 5時間の授業を終えた夕方。空はオレンジから紫に移ろい、城の壁を淡く染めていた。石畳に長く伸びた影の中を歩きながら、大広間へと向かう。疲労はあるが、腹が減ってるとどうにも落ち着かない。

 

 扉を押し開けると、温かい空気と料理の匂いが押し寄せた。

 

 「……おぉ」

 

 中はすでに生徒たちで賑わっていた。各寮ごとに並ぶ長テーブルには、肉、スープ、パン、果物……甘い匂いと香ばしい匂いが入り混じっている。歓声と笑い声、皿やカトラリーがぶつかる音が交じり合い、妙に活気がある。

 

 俺は空いているテーブルを見つけ、迷わず腰を下ろした。

 

 ――だが、ふと気づく。

 

 「……どうやって飯を頼むんだ?」

 

 目の前には皿もなければメニューもない。厨房の方向も分からない。呪術の世界なら飯なんざ自分で用意するか店に行くかだが、ここは魔法学校だ。

 

 「あ!フシグロ先生!」

 

 聞き覚えのあるガキの声が背中の方から飛んできた。

 

 「あ!おい!ハリー!」

 「えっ!そこ座るの!?」

 

 声の主を振り返ると、ローブを翻しながら三人のガキがこっちに向かってくる。黒髪のメガネのガキ――ハリー・ポッター、赤毛のやかましいガキ――ロン・ウィーズリー、そしてブロンドの髪の女生徒――ハーマイオニー・グレンジャー。

 

 「お前らか……」

 

 「フシグロ先生、ご夕食ですか?」とハリー。

 

 「あぁ……だがどうやって食うか分からなくてな」

 

 「私知ってるわ!」

 

 ハーマイオニーが得意げに手を上げる。

 

 「食べたいものを言えば、テーブルに出てくるの!城の地下で屋敷しもべ妖精たちが作ってるのよ」

 

 「へぇ」

 

 「そうなの!?」「僕知らなかったな」とロンが目を丸くしている。

 

 そんな話を聞きながら、俺は試しに口を開いた。

 

 「……ステーキ」

 

 次の瞬間、俺の目の前に湯気を立てるステーキが現れた。厚みのある肉に香ばしい焼き目、皿の縁にはソースと付け合わせのポテト。

 

 「……マジかよ」

 

 この世界、戦いは甘いが、飯の魔法に関しては異常なほどレベルが高い。

 

 「すごいでしょ?」とハーマイオニー。

 

 「便利すぎるな。甘やかされすぎだ」

 

 「えっ、甘やかされてるのかな……?」とハリーが苦笑いする。

 

 ナイフを入れると、じゅっと音を立てて肉汁が溢れた。鼻腔をくすぐる香りが腹をさらに刺激する。

 

 「……あぁ、悪くねぇ」

 

 肉を一口頬張ると、柔らかさと脂の旨味が口の中に広がる。塩加減も丁度いい。呪術の世界じゃ、こんな上等な飯なんざ滅多にない。

 

 「先生、すごい授業ですけど……疲れませんか?」とハリーが遠慮がちに聞いてきた。

 

 「疲れるさ。でもお前らがあんまりにも軟弱だからな」

 

 「えぇ〜っ」

 

 ロンが大げさにのけぞる。

 

 「でも……ちょっと楽しいよね」とハーマイオニーが呟いた。

 

 「へぇ、楽しいんだな」

 

 俺の口元にわずかに笑いが浮かんだ。

 

 正直、魔法使いのガキどもは甘い。杖を落とした瞬間に戦えなくなるような奴らばっかりだ。でもこうして肉体を少しずついじめれば、動きは確実に変わっていく。あとは根性の問題だ。

 

 「明日も筋トレあるんですか?」とハリー。

 

 「あぁ、逃げられねぇぞ」

 

 「うええええ……」

 

 ロンが情けない声を上げる。

 

 「フシグロ先生の授業、厳しいけど……嫌いじゃないわ」とハーマイオニーが小声で言った。

 

 「そうかい」

 

 俺は肉を頬張りながらぼそりと返す。

 

 女子ってやつは、こういう“危なっかしい男”に妙な興味を持つ傾向がある。そういう目線はよくわかる。ヒモだった頃、腐るほど向けられた視線だからな。

 

 ちらりと周囲を見ると、他の女子生徒もこっちを見ている。視線が妙に熱い。男子どもはというと、視線を逸らしてビビっている。

 

 「……また見られてんな」

 

 呟くと、ハリーたちはぽかんとした顔をした。

 

 「先生、人気ありますよね」

 「そうそう、女子がみんな見てる!」

 「やかましい」

 

 俺はスプーンを手にスープをすくった。

 

 魔法で出てくる料理の味は、意外と繊細だ。出汁の風味まできっちりしてる。多分妖精どもが真面目に作ってるんだろう。呪術の世界でこんな味を再現しようと思ったら、何人か呪霊を解体しなきゃならねぇ。

 

 「先生って……魔法使えないんですよね?」とハリー。

 

 「使えねぇ」

 

 「じゃあ、どうやって強いんですか?」

 

 その目は純粋そのものだった。俺の世界じゃ、そんな目で人を見る奴なんていなかった。

 

 「身体一つで全部ぶん殴るだけだ」

 

 「……かっこいい」

 

 「え?」とハリーとロンが同時に声を上げる。

 

 「いや、ちょっと……危ない感じが……いい」

 

 ハーマイオニーが顔を赤くし、視線を逸らした。

 

 ……またこれか。

 

 女子の反応は分かりやすい。怖いと惹かれる、そのくせ踏み込む勇気はない。まるで獣を見ているみたいな目だ。

 

 「そんなもん、使える武器が杖しかねぇなら、逆に弱点も丸見えになる。だから俺はそこを潰す。それだけだ」

 

 「杖を……潰す……」

 

 ハリーは難しい顔をしていた。今までそんな発想、きっとしたこともなかったんだろう。

 

 「……俺の授業で覚えることは一つだけだ」

 

 俺はフォークを置き、テーブルを指で軽く叩いた。

 

 「杖がなくても、生き残れる身体を作れ」

 

 その瞬間、ハリーの目が少しだけ強くなった。ロンはドン引きしていたが、ハーマイオニーは逆に何かを期待するような表情をしている。

 

 飯を食い終わると、周囲の視線がまだこっちに集まっているのに気づいた。

 

 ……ほんと落ち着かねぇな。

 

 立ち上がると、数人の女子があわてて視線を逸らす。男子はビクッと肩をすくめた。

 

 「じゃあな。お前ら、明日もちゃんと身体動かせよ」

 

 「は、はいっ!」

 「うわぁ……やっぱ怖ぇ……」

 「……ちょっと楽しみかも」

 

 それぞれがバラバラの反応を返すのが面白かった。

 

 夕暮れが完全に夜へと変わり、天井に映る夜空の星が一段と明るくなる。

 

 俺は肩を鳴らしながら、ゆっくりと席を後にした。

 

 ――杖しか知らねぇガキ共が、俺のやり方でどこまで変わるか。

 

 それは少しだけ、楽しみでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの3人は、夕食を終えるとそのままグリフィンドール寮へ戻った。

 

 暖炉の火が灯る談話室は、夜の空気とは違って柔らかく暖かい。古い木の床がきしむ音が小さく響き、壁に掛けられたタペストリーが風に揺れていた。石造りの城の中にあって、この部屋だけは妙に“人の生活”の匂いがする。

 

 3人はソファに腰を下ろし、疲れた身体を預けた。燃える薪の匂いと、火がはぜる乾いた音が、騒がしい大広間とは対照的な静けさを作っていた。

 

 「初日からこんなハードだとは思わなかったな……」

 

 ロンがぼやくように言った。背もたれにずるずると沈み込み、顔をしかめている。両腕をだらんと垂らし、肩で息をしているあたり、今日の筋トレが相当きいているらしい。

 

 「そうだね」

 

 ハリーも苦笑しながら答える。彼の額にはうっすらと汗が残っており、黒い髪が少し乱れている。

 

 「本当にびっくりしたわ。あんなに体を動かす授業があるなんて」

 

 ハーマイオニーは制服の上着を脱いで膝にかけ、背筋を伸ばしたまま暖炉の火を見つめていた。彼女の呼吸も少し荒く、額には薄い汗が光っている。

 

 「フシグロ先生……日本人よね?」

 

 ふと、ハーマイオニーが口を開いた。

 

 「日本?」

 

 ロンが顔を上げる。

 

 「えぇ。本で読んだの。日本には“マホウトコロ”っていう魔法学校があるのよ。制服がすごく素敵なんですって」

 「日本にも学校があるんだ!」

 

 ハリーが素直な驚きの声をあげた。

 

 「当たり前でしょ。世界中に魔法使いはいるんだから、魔法学校もあって当然よ」

 

 ハーマイオニーは得意げに言う。いつもの知識を披露するときの癖だ。

 

 ロンはといえば、顔をしかめて肩をぐるぐる回していた。

 

 「でもよ、筋トレだぜ?魔法学校で筋トレっておかしくないか?」

 

 「おかしくないと思う」

 

 ハリーが真剣な顔で答えた。

 

 「だって、杖がなくても戦えるようにするって……先生、そう言ってたし」

 

 「杖がなくても……」

 

 ロンは眉をしかめる。

 

 「いやいやいや、そんなの無理だろ。魔法使いは杖がなきゃ何もできねぇって!」

 

 「でも、フシグロ先生は強いわ」

 

 ハーマイオニーがぼそりと言った。

 

 その言葉に2人は顔を見合わせた。

 

 「初めて見た時、ちょっと……怖かった」

 

 「俺も!」とロンが勢いよくうなずく。「あの目……あれは先生の目じゃねぇ!殺し屋の目だ!」

 

 「ロン、それはちょっと失礼じゃない?」とハーマイオニーが眉をひそめる。

 

 「だってよ、あれ見たら分かるだろ。なんか……俺たちとは全然違う空気してるんだよ!」

 

 「……分かる」

 

 ロンが言うより少し静かな声で、ハリーが呟いた。

 

 「みんながあの人を見て怖がってるの、ちょっと分かる気がする」

 

 「でも女子の中には……ちょっと浮かれてる子もいたわよ」

 

 ハーマイオニーが少し呆れたように言った。

 

 「え、まじで?」

 

 「だって見てたでしょ、夕食の時も。みんなこそこそ先生のこと見てたし」

 

 ロンが目を丸くする。

 

 「女子ってよくわかんねぇな……怖い顔してるのに惚れるのか?」

 

 「惚れるって……」

 

 ハーマイオニーはため息をついた。

 

 「危ない感じの男の人に惹かれる子、いるのよ。まぁ……フシグロ先生は“ただの怖い人”じゃないもの。あの動き方、普通じゃなかった」

 

 「動き方?」

 

 「えぇ。あの人、筋肉だけじゃない。何かをずっと見てる。まるで……空気の向こう側を」

 

 ハリーはその言葉を聞いて、昼間の筋トレの光景を思い出した。

 

 あのとき、フシグロが見たのはただの生徒じゃなかった。あの視線は、まるで戦場に立ってる人間そのものだった。

 

 「……あの先生、たぶん本物だよ」

 

 「何が本物なんだよ」

 

 ロンが苦い顔をする。

 

 「僕たちとは違う世界の人間だってことさ」

 

 「ハリー……」

 

 ハーマイオニーがわずかに目を細めた。

 

 「でも、先生が怖いだけの人なら……ダンブルドア先生が雇うはずないわ」

 

 「それもそうだな……」

 

 ロンがため息をつきながら背もたれに沈み込んだ。

 

 暖炉の火がぱちりと音を立てた。

 

 「でもさ、明日の授業もあるんだろ?」

 

 「あるよ。あの先生、授業サボるなんてしなさそうだもん」

 

 「うげぇ……明日も筋トレかよ」

 

 ロンが情けない声を出すと、ハリーとハーマイオニーが笑った。

 

 「ほら、もう寝よう。疲れてるでしょ?」

 

 ハーマイオニーが立ち上がり、2人もそれに続いた。

 

 寮の階段を上がる途中で、ハリーはふと立ち止まる。

 

 脳裏に浮かぶのは、夕方の大広間で見たフシグロの姿。

 

 無造作に椅子に座り、誰よりも静かで、誰よりも目立っていた。

 

 ――杖がなくても、生き残れる身体を作れ。

 

 彼の言葉が耳の奥に残っていた。

 

 「……やっぱり、あの人は普通じゃないのかも」

 

 その呟きは誰にも聞こえなかった。

 

 やがてハリーは再び階段を上り、部屋の明かりが静かに消えた。

 

 こうしてホグワーツの夜は、少しばかりざわめきを残したまま、更けていった。




ホグワーツ野菜出てくる?
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