ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾” 作:物体Zさん
ロックハート以外の3人は、まず広間の床に倒れているジニー・ウィーズリーに気づいた。
「ジニー!?」
ハリー(ダンブルドアの姿)が素早く身を低くして視線を走らせる。
「なんでここに?」
ハーマイオニー(マクゴナガルの姿)が息を呑む。
「助けるぞ!」
ネビル(フィルチの姿)が短く叫んだ。
伏黒甚爾とトム・リドルの戦いはまさに災害だった。広間の中央で拳と闇の呪文がぶつかり合い、爆風と石片が渦巻いている。ときおり飛んでくる呪文の余波や砕けた蛇像の破片を3人は杖で防ぎながら、その嵐の中をすり抜けた。
「くそっ、こんなの……訓練でもなかったわ!」
ハーマイオニーが歯を食いしばる。
「僕、心臓止まりそうだ……」
ハリーは小声で漏らしながらも、ジニーの姿を見失わない。
3人は砕けた蛇像の影から身を滑らせるようにして、ついにジニーのもとに辿り着いた。
彼女は意識を失い、青白い顔で冷たい石床の上に横たわっている。その腕の傍らには、黒い本――まるで生き物のように脈打つ日記帳が転がっていた。
「おい、その本……」
ネビルが眉をひそめる。
黒い本からは、空気が歪むような嫌な“気配”が漂っていた。そこにあるだけで、背中に氷を押し当てられたような悪寒が走る。
「この本……!ジニーが日記を書いていた本よ!」
ハーマイオニーが叫んだ。
「トム・マールヴォロ・リドルって……書いてある」
ハリーが震える声で表紙を読み上げる。
「例のあの人の名前よ……!」
あの忌まわしい名に、3人の顔が強張る。
その瞬間、伏黒甚爾とリドルの戦いが一際激しくなった。リドルの闇の魔法が蛇のように走り、床を薙ぎ、石を砕き、空気を震わせる。
「邪魔だ!」
ネビルがジニーを抱き上げながら、足元の本を思い切り蹴飛ばした。
黒い本は勢いよく空中を舞い、スリザリン像の片隅に激突してからぱらりと床に落ちた。
「ナイスよ!ネビル!」
ハーマイオニーが息を吐く。
黒い本が離れたことで、ジニーの身体から重苦しい空気が少しだけ薄れた。
「ジニー、息はある」
ネビルが確認し、3人はすぐに移動を開始する。
戦いの中心から離れ、水場のそば――広間の隅へ。
「ここなら……多少は安全だ」
ハリーが辺りを見渡すと、水場に浮かぶ巨大なバジリスクの死骸が目に飛び込んできた。
「……っ!」
「バジリスク……!」
ハーマイオニーが顔を引き攣らせ、思わず後ずさる。
巨大な蛇の胴体は水に浮かび、潰れた顔から黒ずんだ血がじわりと広がっていた。陥没した頭部からは泡混じりの毒液が流れ、濁った水面をジリジリと溶かしている。
「死んでる?」
ハリーが息を潜めるように呟いた。
「……多分」
ハーマイオニーが震える声で答えた。
バジリスクは完全に沈黙していた。破壊された顔は伏黒甚爾が石化される直前に放った一撃――あの一撃が致命傷になったことは明らかだった。
「……先生、やっぱりやってる」
ハリーが呟く。
3人はジニーを慎重に床へ横たえ、ローブをかける。
「ネビル、上へ運べるか?」
「任せろ」
ネビルが短く答え、ジニーを再び抱き上げた。
「俺がジニーを外に出す。お前らはここに残れ。……先生が何とかしてくれる」
「気をつけて」
ハーマイオニーが言い、ネビルは頷き通路の方へと駆け出した。
残ったハリーとハーマイオニー、そしてロックハートは戦いの渦を見つめた。
リドルは宙に浮かぶように立ち、黒い魔力を渦巻かせている。
伏黒甚爾は膂力そのものを武器に、呪文を砕き、踏み込むたびに床を陥没させていた。
闇と肉体――相反する力が激突するたび、空気が裂ける音が響く。
「……やっぱり、あの先生は怪物よ」
ハーマイオニーがぽつりと呟く。
「僕たちの先生だ」
ハリーが杖を強く握りしめた。
激しい戦いの中、水場に浮かぶバジリスクの死骸が静かに揺れた。まるで――これが“終わり”を告げる前触れのように。
「アバダケダブラ!!!」
リドルが杖を振りかざし、緑色の閃光が奔った。死の呪文――【アバダケダブラ】。命を無条件に奪う一撃が、真っ直ぐに伏黒甚爾を貫こうとしていた。
その瞬間、甚爾は放たれる“前”の気配を察知した。
耳ではなく、目でもなく――皮膚と神経の奥底、狩人の勘で察した。
「――遅ぇ」
足元に転がっていた石片を拾い上げると、無駄な動作ひとつなく指先から投げ放った。
握っただけで砕けるであろう石が、空を裂く音と共に射出される。
石は緑の閃光を中心から切り裂き、凄まじい速度でリドルの胴を貫いた。
「グフッ――!」
リドルの身体がのけぞり、黒い液体のような魔力が霧散する。
その間に甚爾は大きく踏み込み、床を砕きながら跳躍した。
緑の閃光の裂け目をすり抜け、拳を握りしめ――音もなく、殺意だけを置き去りにしてリドルに迫る。
「こいつ……ッ!!」
リドルの瞳に焦りが滲む。アバダケタブラを正面から“打ち消す”など、本来ありえない。防げる盾も存在しない、避けるしかないはずの呪文。それを投擲一発で突破してくるなど、想定外もいいところだった。
リドルが咄嗟に次の呪文を詠唱しようとした瞬間――
「うおおおおおッ!!!」
甚爾の拳が振り抜かれた。
その一撃は風圧で蛇像の一部を砕きながらリドルに叩きつけられる。
「グボォッ!!」
リドルの身体が宙に弾け、床を転がった。
衝撃波で床の水が跳ね、バジリスクの死骸がゆらりと揺れる。
「……いまの、見た?」
ハリー(ダンブルドアの姿)が呆然と呟いた。
「うん、見た……というか……あれ、人間技じゃない」
ハーマイオニー(マクゴナガルの姿)が引き攣った声で答える。
ロックハートは腰を抜かし、震えながら這いずるようにして石像の陰に逃げていた。
「ヒッ……な、なんなんだあれは……!」
甚爾は倒れたリドルに詰め寄る。
リドルはすぐに立ち上がり、杖を突き出した。その瞳は怒りと焦燥で歪んでいる。
「君は……いったい何なんだッ!!」
「うるせぇよ」
甚爾の声は静かで、逆にそれが戦場を冷やりとさせた。
再び衝撃波のような踏み込み。リドルは咄嗟に結界を展開するが、甚爾の膂力はそれを正面から砕く。
「ありえない……魔法も使えないのに……」
「関係ねぇな」
甚爾の拳がリドルの胸元に直撃し、リドルの身体が蛇像の壁面に叩きつけられた。
「ぐあああああああああッ!!」
石壁が大きくひび割れ、魔力の靄が吹き飛ぶ。
「……すげぇ……」
ハリーが呟いた。
この時の甚爾は石化も何も恐れる必要がない。今の彼は“ロン”の肉体を借りている状態、バジリスクは既に死んだ。バジリスクの石化の影響を受けない。純粋に、ただひたすらリドルに集中できる。
リドルは大きく後退しながら杖を構える。
「君は異常だ……だが、肉体には限界があるはずだ。魔法なしでどこまで耐えられるか……試してやるよ」
リドルが詠唱を重ねる。
紫と黒の魔力が混ざり合い、蛇のような魔法陣が足元から浮かび上がった。
「……来いよ」
甚爾は肩を鳴らし、拳を握る。
魔法と膂力。対極にある二つが、今まさに衝突しようとしていた。
床に溜まった水が震え、蛇像の陰に潜んでいたロックハートが悲鳴を上げた。
「無理だッ!あんなの、勝てるわけない!!!」
「ロックハート、黙って」
ハーマイオニーが冷たく言い放つ。
「僕たちの先生が――勝つ」
「僕たちの先生!?」
ハリーの視線は真っ直ぐ、リドルと甚爾の戦場を見据えていた。
次の瞬間、甚爾が踏み込み、リドルの大呪文とぶつかる――広間全体が震え、蛇像が一斉に崩れ落ちた。
リドルの大呪文が蛇の形となって甚爾へと襲いかかる。闇の奔流は広間全体を震わせ、バジリスクの死体が揺れ、水面が波打った。
しかし――伏黒甚爾は一歩も退かない。
踏み込みと同時に地面が陥没し、石片が舞い上がる。甚爾はそれを一つ、二つと指で弾き、蛇の形をした魔力の核を次々と粉砕した。
「ありえない……僕の呪文が……!」
リドルの顔が一瞬だけ歪む。
その隙に甚爾が距離を詰めた。声も、息もなく。まるで地面と空気の隙間に溶けるように――そして拳が突き刺さる。
「ッぐあああああああ!!」
リドルの身体が吹き飛び、蛇像に叩きつけられた。石像が砕け、粉塵が舞い上がる。
「……先生……」
水場の奥から戦いを見ていたハリーが息を呑んだ。
「一撃、二撃……どれも決定打に見えるのに……」
ハーマイオニーも呆然と呟く。
リドルは確かに何度も拳を喰らい、壁に叩きつけられ、血のような黒い靄を噴きながら倒れている。だが――何度でも立ち上がってくる。
「なぜ倒れないの……?」
「……多分、本体があの黒い日記帳だからだ」
ハリーが低く呟いた。視線の先には、先ほどネビルが蹴り飛ばした黒い日記帳が、石像の足元にぽつんと落ちていた。
「ジニーの魂を糧に実体化しているリドルは……本が壊れない限り、消えない……?」
ハーマイオニーの言葉にハリーが息を呑む。
「じゃあ……このままじゃ先生が……」
対する伏黒甚爾は何も知らず、ただリドルを叩き潰すことに集中していた。膂力にものを言わせて一撃ごとに壁を砕き、空気を裂く。しかしその間にも――時間は確実に減っている。
ポリジュース薬の効果が切れるまで残り10分。
甚爾自身はそれを知らない。
リドルは不敵に笑いながら立ち上がった。
「君は強いよ……ほんとうに。でも……僕を倒すことはできないっ!」
闇の魔力が再びリドルの周囲に集まり始める。
その時だった――
「ピヨォォォーーーーッ!!!」
広間全体に響き渡る甲高い鳴き声。
「この声……!」
ハリーが顔を上げた。
不死鳥――アルバス・ダンブルドアの不死鳥が、広間の天井の裂け目から舞い降りてきた。羽根の一枚一枚が光を放ち、薄暗い広間に暖かな色を差し込む。
不死鳥は何かを掴んで飛んでいる。それはぼろぼろに見える、古臭い帽子だった。
「組み分け帽子……!」
ハリーは校長室で見た光景を思い出した。
不死鳥は一直線に飛び、ハリーの足元に帽子を落とすと、くるりと旋回して空へと消えた。
「……これが何だってんだ?」
ハリーが眉をひそめながら帽子を拾い上げると、手のひらに“何か”が伝わってきた。不思議な感触――重くも軽くもない、まるで呼びかけられているような圧。
「これ……」
帽子の中に手を入れた瞬間、金属の冷たい感触が指先に触れた。
ハリーが力いっぱい引き抜くと――そこに現れたのは一本の剣だった。
光を受け、銀色の刀身が眩しく輝く。
「それ!!ゴドリック・グリフィンドールの剣よ!!」
ハーマイオニーが叫んだ。
「錆や汚れを受け付けず、自分より強いもの……“自らの力になるもの”だけを吸収する……そう本に書いてあったわ」
ハーマイオニーの視線がバジリスクの死骸に向かう。
その顔は潰れ、毒が今も濁った水に流れ続けている。
「バジリスクをこの剣で突けば……毒の剣になるってこと!?」
「そういうこと……!」
ハリーの目が鋭く光る。
その瞬間、リドルの嘲笑する声が聞こえた。
「拳ごときで、僕を倒せると思うなよ……」
だが、ハリーとハーマイオニーの間にはもう恐れはなかった。
――本を破壊すれば、リドルは消える。
そしてこの剣は、そのためにやってきた。
「先生が……時間を稼いでくれてる!」
「今しかない!」
伏黒甚爾とリドルの戦いの背後で、少年少女たちの決意が静かに燃え上がった。
重苦しい空気の中で、希望の刃が音もなく光を帯び始める。
ダンブルドアハリー・ポッターは水場に浮かぶ巨大なバジリスクの死体に、銀色に輝く剣を突き立てた。
「――ッ!」
肉を裂く鈍い音が響く。
「ブスッ……ブスブスッ!!!」
ハリーはためらうことなく何度も剣を突き刺した。硬い鱗と骨が、剣に吸い込まれるように裂けていく。
「これで……毒の剣になったの?」
息を整えながらハリーが呟く。
「恐らく……そうよ」
ハーマイオニー(マクゴナガルの姿)がうなずいた。
剣に目に見える変化はない。だが空気に漂う濃密な毒気が、剣が確かに“何か”を吸い上げた証拠だった。
「で……どうする?」
「決まってる……剣で本を刺す!」
「よし!」
二人は顔を見合わせると同時に駆け出した。
蛇像が立ち並ぶ広間を、制服姿の
「……おい……嘘だろ……?」
リドルは戦いの最中、ふと視界の端に映った“それ”に思わず声を漏らした。
「な、なにあれ……ダンブルドアとマクゴナガル……?なぜ!?」
驚愕、いやもはや困惑だった。
いくらなんでも、ダンブルドアとマクゴナガルが制服姿でバジリスクの死骸の横を全力疾走してくる光景など、リドルの想定の斜め上すぎた。
「ふざけるなッ!!」
我に返ったリドルが杖を振り上げる。
「そこに行かせるかァァァァァァァァ!!!」
杖から黒い閃光が弾け、蛇のような闇が地面から立ち上がった。ハリーとハーマイオニーの進路を塞ぐように、蛇の魔力がのたうち回る。
「エクスペリアームスッ!」
制服姿のダンブルドア(ハリー)が、剣を片手に杖を振り抜いた。
「プロテゴッ!!!」
制服姿のマクゴナガル(ハーマイオニー)が防御魔法を重ねる。
二人の呪文がぶつかり合い、光と闇が火花を散らした。
リドルの額に汗がにじむ。
「ダ、ダンブルドアとマクゴナガルが!ど、どういうことなんだ……!!」
リドルの思考が追いつかない。目の前では伏黒甚爾が無言で襲いかかってくるし、視界の奥では校長と副校長がバジリスクの死体を踏み越え、黒い本へ一直線に走ってくる。
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
リドルは狂ったように魔力を放った。
黒い闇がうねり、蛇像が崩れ、水が吹き上がる。だが――
「どこ見てんだよ」
その声が背後から落ちた。
「なっ!?」
伏黒甚爾がすでに背後を取っていた。音もなく踏み込み、リドルの首を掴むと拳を叩き込む。
「グボァァァァァ!!!」
リドルの身体が宙に吹っ飛び、蛇像の柱を砕いて転がった。
「ジジイ!今だっ!!」
甚爾が叫ぶ。
「行くわよ!!」
制服姿のマクゴナガルが叫び返す。
「おう!!」
制服姿のダンブルドアが剣を掲げる。
――光と毒を宿した銀の剣が、リドルの本体へと突き進む。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
リドルが悲鳴を上げる。
「アバダ――!」
呪文を言い終える前に甚爾の膝が腹にめり込み、声が途切れた。
その一瞬の隙を突き、制服姿のダンブルドア(ハリー)が黒い日記帳へと剣を突き立てた。
「――ッ!!!」
甲高い音と共に、本から黒いインクのようなものが噴き出した。
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!!」
リドルの絶叫が広間を震わせた。
ジニーから奪った魂が霧のように空中へと溶け、リドルの体が黒い靄となって崩れ始める。
「この僕が……こんな……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
天井から石片が降り注ぎ、広間全体が軋む。
制服姿のダンブルドアとマクゴナガルが見事にリドルの本体を突き刺した――この絵面は、誰がどう見てもカオスである。
ロックハートは腰を抜かして叫んだ。
「な、なんだこの学校ぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
だが、確かにこの瞬間、戦いは終わりを迎えようとしていた。
リドルの体は崩れ、黒い靄が吹き荒れる。剣にまとわりついた黒いインクも、溶けるように消えていった。
制服姿のダンブルドアとマクゴナガルが剣を構えたまま立ち尽くし、その前で伏黒甚爾がリドルを蹴り飛ばした格好で止まっている。
広間には静寂が訪れ、ただバジリスクの死骸の腐臭と剣の金属音だけが響いていた。
伏黒甚爾が体勢を戻し、剣を手にしているハリーと杖を構えるハーマイオニーを見据えた。制服姿のダンブルドアとマクゴナガルが並んで立っている光景は、戦いの終わった広間に不思議な余韻を残していた。
水場にはバジリスクの死体が浮かび、黒いインクのような液体が薄く漂っている。トム・リドルの影はすでに霧散し、秘密の部屋には静寂だけが残っていた。
「ジジイ……これはどういうことだ?」
甚爾が低い声で問いかけた。
「え?ジジイ?あ、あの……僕ハリーです!」
制服姿のダンブルドア(ハリー)が慌てて両手を振った。
「ハリー?……確かに気配があのガキと同じだ。ポリジュースってやつか?」
「そうです!先生!」
ハリーが緊張しながら答えると、甚爾は鼻を鳴らした。
「いやはや!皆さん!よくやりました!フシグロ先生!やはりお強い!」
場違いなテンションで、ギルデロイ・ロックハートが白い歯を光らせて拍手している。
「あ?ロックハートは本人か」
「もちろんですとも!私こそが……」
「黙れ」
甚爾の一言でロックハートは凍りついた。
数分前まで死闘が繰り広げられたとは思えないほど、場の空気は奇妙に落ち着いていた。ポリジュース薬が切れるまで、もう残りわずか。
「ふぅ……とりあえず終わったな」
甚爾が低く息を吐く。周囲を見回せば、あれほどの破壊と混乱を生んだ戦いの跡が広がっている。蛇像は崩れ、水場には巨大な蛇の死骸、壁には爆裂と魔法の痕。
「ネビルは大丈夫かしら……?」
ハーマイオニーが口にする。
「ネビルなら大丈夫だよ。ジニーを上に運んだ。僕たちはこっちでやることをやった」
ハリーが答える。その表情には疲労と、それ以上に「終わった」という安堵があった。
「……にしても」
甚爾が一歩踏み出し、肩を鳴らした。
「子供の魂じゃ、俺の肉体には耐えられなかったみてぇだな……だが変な術式と違って効果が切れれば戻れるみたいだ。良かったなガキ、これが降霊術式で呪力に関係するものだったらもしかすると永遠に“俺”になってたかもわからねぇ」
その言葉通り、ロンの身体に“甚爾”が宿っている時間はもう限界に近かった。
「え?先生?」
「……来るぞ」
甚爾の輪郭が歪む。身体を覆っていた力が、音もなく剥がれていくようだった。
そして――
「うおおおおおおおあああああああああああ!!!!」
ロン・ウィーズリーの身体が大きくのけぞり、数秒の痙攣の後――
「……はっ!……い、痛ってぇ!!なに!?なにがあった!?」
ロン本来の魂が肉体を取り戻した。
制服が少し乱れ、床に尻もちをついたロンは、混乱しながら辺りを見回した。
「ロン!」
「えっ皆さん!?」
ハリーとハーマイオニーが駆け寄る。ロックハートは今更気づいた。
「え……俺、なんでこんなとこに……いや……あれ?」
ロンは周囲を見渡し、バジリスクの死骸を見つけた瞬間、目を剥いた。
「な、な、な、な、なんで俺、こんな化け物の前にいんの!?!?」
「あとで説明するから落ち着け!」
ハリーが制止するが、ロンの目はまだ白黒している。
「ポリジュース……切れたみたいね……良かった」
ハーマイオニーが静かに呟いた。マクゴナガルの姿はすでになく、制服姿のハーマイオニーがそこに立っていた。ハリーも同様にダンブルドアから元の姿に戻っている。
時間はもう残っていなかった。
「よし、帰ろう!」
ハリーが剣を拾い上げる。
「は?帰るって……なんなんだよ!?俺、全然知らねぇぞ!?え!?俺確かトイレでフシグロ先生になっちゃって……」
ロンが混乱のまま叫ぶが、今は説明している時間も余裕もない。
「ロン、話は上でゆっくりする。ジニーも無事だからさ」
ハーマイオニーが優しく言うと、ロンはハッとした顔になった。
「えっ?ジニー?……分かんないけど無事なのか」
「うん、ネビルが連れて行った。きっと医務室にいる」
その言葉にロンの表情が少しだけ落ち着いた。
「さぁ、さっさとこんなじめじめしたとこから出よう」
ハリーが光を灯し、崩れた蛇像の通路を指差す。
「ま、待てよぉぉ……俺ホントに何も覚えてねぇんだけどぉぉぉ」
ロンの情けない声が響く中、3人とロックハートは秘密の部屋を後にした。
水面にはバジリスクの死骸と、粉々になったトム・リドルの残滓――インクがじわりと広がっていく。
長かった戦いはようやく幕を下ろし、重たい空気を残したまま、彼らは上層へと歩みを進めていった。
落ちてきた穴の場所に着いた。
「よし、じゃあ登ろうか」
「そうね」
「なんか訳もわからずここいるけど登るか〜」
ハリー、ハーマイオニー、ロンの三人は互いに顔を見合わせ、笑った。戦いの緊張が抜け、少しだけ肩の力が抜けている。
ローブの裾を捲り上げ、泥にまみれた上着を脱ぎ、動きやすい姿に整える。岩肌は濡れて滑りやすく、登るには到底向かない直線の壁面。だが三人の目には迷いがなかった。
「えっ、皆さん本気ですか? こんな穴登れませんよ?」
ロックハートが顔を引きつらせた。
「え? 先生大人なのにできないんですか?」
ハリーが振り返る。
「いやいや、大人とか関係ないでしょう!?」
「英雄がそんな弱音吐くのね」
ハーマイオニーの冷たい一言にロックハートは沈黙した。
彼らは伏黒甚爾の授業で鍛えられている。懸垂、垂直走、壁登り。魔法に頼らず生き残るための訓練を日々こなしてきた。
「このくらい、フシグロ先生なら目をつぶってでも登るわ」
「いや、目つぶっては登りたくねーけどな」
ロンが苦笑する。
「じゃあ僕たちは先に行くんで、先生は〜……ここで待っててください。助け呼んできますから」
ハリーが優しく言う。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 置いていく気ですか!?」
ロックハートは慌てて壁に手をかけるが、すぐに滑って尻もちをついた。
「ひぃぃぃ!やっぱり無理ぃ!」
「ロックハート先生……少し黙っててください」
ハーマイオニーの声に、ロックハートは小さくうなだれた。
「行くぞ」
ハリーが腕を伸ばし、岩壁に指をかける。指先は裂け、痛みが走る。それでも目は真っ直ぐだ。
「行ける?」
「当たり前だろ。俺は伏黒先生の弟子だ」
ロンが無駄に胸を張った。
筋肉が動き、靴底が岩を掴む。腕と脚を交互に使い、呼吸を合わせて登る。
“常に上を見ろ。止まるな。落ちる時は笑え。”
伏黒甚爾の言葉が頭の中をよぎった。
「ハリー、次の出っ張り右足!」
ロンが下から声を上げる。
「分かってる!」
「私は左側を行くわ!」
ハーマイオニーは軽やかに側面の窪みに身体を預け、器用に登っていく。
汗が滴り、息が荒くなる。だが止まらない。三人の動きは静かで、確実だった。
下ではロックハートが膝を抱えながら空を仰いでいる。
「どうか……どうか私を忘れないでぇぇぇぇ……!」
「うるさい!!」
上から三人の声が揃って飛んだ。
やがて、天井の光が近づいてくる。
「もう少しだ!」
ハリーが叫び、最後の力を込めて腕を引いた。
手が縁にかかり、上半身を持ち上げる。地上の空気が胸に流れ込む。
「ロン! ハーマイオニー! 掴め!」
ハリーが腕を伸ばす。ロンの手を掴み、一気に引き上げた。
続いてハーマイオニーも這い上がり、三人はようやく嘆きのマートルのトイレに戻ってきた。
「……戻ってきた」
ハーマイオニーが深く息をつく。
ロンはその場に倒れ込み、両手を広げた。
「二度とやりたくねぇ……」
「でも、やったじゃない」
ハーマイオニーが笑うと、ロンは照れ臭そうに頬をかいた。
「先生は……?」
ハリーが下を覗くと、ロックハートはまだ下で手を振っていた。
「助けてぇぇぇぇぇ!!!」
「ロープ、作る?」
「いや、あとでスネイプ先生にでも頼もう」
「同感」
三人は顔を見合わせて笑った。泥と汗と血の匂いに包まれながらも、その笑顔は晴れやかだった。
「行こう。ジニーとネビルが待ってる」
ハリーが言い、三人は扉の方へ向かった。
地上の光が差し込み、冷たい空気が頬を撫でる。ホグワーツの静かな朝が戻ってきていた。
その背後でロックハートの声が響く。
「ま、待ってぇぇぇぇぇ!!! 本気で置いていく気ですかぁぁぁぁぁ!?」
――戦いの後のホグワーツに、ようやく笑い声が戻っていた。