ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第二十一話

 

 

 

 

 秘密の部屋は閉ざされた。

 

 ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、そしてネビル・ロングボトムの活躍によって。

 

 ハリー、ハーマイオニー、ネビル、そして伏黒甚爾から肉体を奇跡的に取り戻したロンは、秘密の部屋から脱出して間もなく、校長室へと呼び出された。

 

 「君たちは校内の規則を50以上も破った事を自覚しておるかね?」

 

 生徒たちにそう言い放ったのは、ココアシガレットを口に咥えたアルバス・ダンブルドアであった。

 フォークスが横の止まり木でうとうとと羽を震わせている。

 

 ルシウス・マルフォイの策略によって一時はホグワーツ校長を解任されたダンブルドアだったが、彼がそう簡単に陥れられるはずがない。

 一手も二手も先を読む男であり、しかもあの笑顔の下ではしたたかに動いている。

 

 彼はホグワーツ理事会に日本の駄菓子と高級な日本酒を「土産」として持参した。

 そして「まぁまぁ、落ち着いて話をしよう」と理事たちににこやかに語りかけた結果――翌朝にはホグワーツ校長として返り咲いていた。

 理事のひとりは「酢昆布は裏切らない」と言っていたらしい。

 

 そんなしたたかな老人を前に、4人はぐぅの音も出なかった。

 

 夜間外出は常習。

 スネイプの貯蔵庫に無断侵入し、素材を盗み。

 校長室にも忍び込み、他寮の生徒を襲って毛を強奪。

 さらに夜中にポリジュース薬を服用して教師に変身し、秘密の部屋へ突入――命の危険にさらされた上に、ロックハートを置き去りにしてきた。

 

 列挙されるだけで胃が痛くなるような内容だ。

 

 「若さ故に過ちを犯してしまうことはある。わしもそうじゃった」

 

 ダンブルドアはココアシガレットを指先で回しながら、神妙な顔で宙を見上げた。

 火の気のない煙草から、甘い砂糖の香りが立ちのぼる。

 

 4人の誰もが俯いた。

 叱責を受ける覚悟はしていた。

 だがその次の言葉が、予想の外に優しかった。

 

 「君たちは本来、退学相応のことをしでかした。しかし……そのおかげでホグワーツが救われたのも確かじゃ」

 

 「えっ」

 

 ロンが思わず声を上げた。

 その顔は安堵と驚きが入り混じっている。

 

 「君たちにホグワーツ特別功労賞を授与しよう。まぁ、簡単に言えば無罪放免ってことじゃ!ホッホッホ」

 

 ココアシガレットを咥えたまま、ダンブルドアがにこやかに笑う。

 あまりの軽さに、ハーマイオニーが呆れたように目を瞬かせた。

 

 「よ、よかった……」

 ロンが胸を撫で下ろし、ハリーとネビルも思わず小さく笑った。

 

 だがその笑いを制するように、ダンブルドアは机の引き出しを開けた。

 中から古びた黒い本を取り出し、机の上に置く。

 

 「これは秘密の部屋から回収された物じゃ。何か分かるかね?」

 

 机の上の本は、ところどころ焦げたように黒ずみ、インクが滲んでいた。

 見るだけで背筋が寒くなるような、嫌な気配を放っている。

 

 「……トム・リドルの日記」

 

 ハリーが小さく呟くと、ダンブルドアは深く頷いた。

 

 「そうじゃ」

 

 ダンブルドアは静かに頷いた。

 

 「この日記には“彼”の記憶が転写されておった。ジニー・ウィーズリーが操られたのは、この本がただの記録ではなく、読んだ者の心に語りかける性質を持っていたからじゃ」

 

 ハーマイオニーが息を呑んだ。

 

 「記憶が……人を支配するなんて……」

 

 「極めて高度で、極めて危険な闇の魔法じゃ。しかし、君たちはそれを破った。勇気と判断力でな」

 

 ダンブルドアがそう言い、柔らかく微笑んだとき――校長室の扉が静かに開いた。

 

 「おやおや、まさか校長に復職したとは……驚きですな。アルバス・ダンブルドア」

 

 ダンブルドアが視線を上げた。

 「ルシウス」

 

 そこに立っていたのは、蛇の頭の装飾が施された杖を携えたルシウス・マルフォイだった。

 その後ろには、古びた枕カバーを身にまとった屋敷しもべ妖精――ドビーの姿がある。

 ドビーは怯えたようにルシウスの足元に控え、決して顔を上げなかった。

 

 ハリーがドビーを見て小さく声を漏らす。

 「マルフォイ家に……仕えていたの?」

 だがドビーは答えず、目だけを動かしてハリーを見た。

 

 ルシウスは無言で4人を押しのけるように進み出て、ダンブルドアの机の前に立った。

 

 「本当に見事な“政治力”ですね、アルバス。まさかあの理事会を再び掌握するとは」

 

 「ホッホッホ……いやいや、少し話を聞いただけじゃよ」

 

 ダンブルドアはココアシガレットを咥え、穏やかに微笑んだ。

 

 「理事たちに話を聞いたらのう――君に“家族を呪う”と脅され、仕方なくわしの解任に賛成したと言っておった」

 

 ルシウスの表情が瞬時に強張る。

 「……何を証拠に」

 

 「証拠?」

 

 ダンブルドアの青い瞳が細められた。

 

 「わしを疑うというのかね?ルシウス」

 

 その瞬間、校長室全体にただならぬ圧が広がった。

 

 空気が震え、重く、鋭くなる。

 

 ハリー、ハーマイオニー、ロン、ネビル――そしてドビーも、それをはっきりと感じ取っていた。

 

 あれは“殺気”だ。

 

 伏黒甚爾の授業で叩き込まれた感覚が、無意識に全員の背筋を正した。

 

 「わしはのう、ルシウス」

 ダンブルドアはゆっくりと立ち上がる。

 「ホグワーツと生徒たちを守るためなら、()()()()()覚悟ができておる。お主はどうじゃ?」

 

 「わ、わた、私は……当然だとも!」

 声が裏返り、ルシウスは杖を握りしめた。

 

 「ふむ……ならば、これに見覚えはあるかね?」

 ダンブルドアは机の上から黒い日記帳を指先でつまみ上げた。

 「これは、とある人物の“学用品”じゃ」

 

 「とある人物……?」

 ルシウスの喉がひくりと動いた。目が泳ぎ、表情は強張る。

 冷や汗がこめかみを伝った。

 

 「ヴォルデモートじゃよ」

 

 その名が出た瞬間、部屋の温度が下がったように感じられた。

 

 「今回奴は、誰かを手先に使い、この本をジニー・ウィーズリーの荷物に紛れ込ませた。少女は操られ、秘密の部屋を開いた……幸いにも被害は()()()で済んだが、これは本来あってはならぬことじゃ」

 

 ダンブルドアの瞳が、鋭く細く光る。

 

 「この先も二度と、生徒の手に呪物が渡らねばよいがのう」

 

 その一言に、ルシウスの肩がびくりと震えた。

 

 ダンブルドアはココアシガレットをそのまま軽く噛み砕く。

 

 パキリという音がやけに大きく響いた。

 

 「裏で糸を引いた者には、厳しい処罰が下るじゃろう」

 

 ルシウスは口をへの字に曲げ、冷や汗を隠すように笑った。

 「……せいぜい祈るとしよう」

 

 そう言ってルシウスはわざとらしく4人の生徒を見渡した。

 「今後、ホグワーツを守るのは彼ら4人というわけですか?」

 

 「言われなくても」

 ハリーが即座に言い返す。

 

 「やるわ!」

 ハーマイオニーが裾を捲り上げ言った。

 

 「ドラコのお父さん、任せてください!」

 ロンが冗談めかして笑う。

 

 「楽勝です!」

 ネビルが拳を握る。

 

 「……ふっ」

 ルシウスの口元に一瞬だけ不敵な笑みが浮かんだ。

 

 そのとき、ハリーのローブの裾を小さく引く感触があった。

 見ると、ドビーが怯えた顔でハリーを見上げている。

 そして、そっと目だけを動かして、机の上の日記帳を指した。

 

 (――本は、ルシウス・マルフォイが紛れ込ませた)

 

 その無言の合図にハリーの瞳が鋭くなる。

 次の瞬間、彼の中で何かが閃いた。

 

 フォークスが翼を広げ、静かに金の羽を一枚落とした。

 校長室の空気は張りつめたまま、次の幕を迎えようとしていた。

 

 「では……」

 

 ルシウス・マルフォイがダンブルドアの青い瞳をまっすぐに見た。

 老魔法使いは何も言わず、静かに頷いた。

 

 「来い、ドビー。家に帰るぞ!」

 「ひぃ……」

 

 怯えた声を漏らしたドビーが前に出た瞬間、ルシウスの足が閃いた。

 無慈悲な前蹴りが小さな身体を打ち据え、ドビーは床に叩きつけられる。

 

 それはマルフォイ家では“日常”の光景だった。

 屋敷しもべ妖精に対する扱いに、慈悲など存在しない。

 

 ルシウスは何事もなかったかのようにローブを翻し、校長室の扉を開ける。

 ドビーはふらつきながらも立ち上がり、主の背中を追った。

 

 その姿を見届けるハリーたち。

 空気は重く、静かに軋んでいた。

 

 ハリーは俯いていた顔を上げ、ダンブルドアを見た。

 「ダンブルドア先生、その本を……お借りしてもいいですか?」

 

 「うむ、よいぞ」

 ココアシガレットを咥えたまま、ダンブルドアは小さく頷いた。

 

 「ありがとうございます!みんなはここで待ってて!」

 

 そう言い残すと、ハリーは靴を脱ぎ、片方の靴下を脱いで黒い日記帳に挟み込む。

 そして再び靴を履き、廊下へと駆け出した。

 

 ルシウスとドビーはちょうど校長室の廊下を曲がろうとしていた。

 「マルフォイさん!マルフォイさーん!」

 

 呼び止められたルシウスが眉をひそめる。

 「……なんだね、ポッター君」

 

 ハリーは駆け寄り、黒い本を差し出した。

 「お返しするものがあります」

 

 ルシウスはそれを一瞥し、口角を歪めた。

 「ほう……これを?一体何だね?」

 

 「ダイアゴン横丁の本屋で――ジニーの荷物に紛れ込ませましたね?」

 ハリーの声ははっきりとしていた。

 

 ルシウスの目が細くなる。

 「言いがかりだな……」

 

 そう言って彼は本を受け取り、雑にドビーへと押し付けた。

 「証拠があるなら見せてもらおう」

 

 ハリーは一歩も引かずに顔を傾けながら言い返した。

 「ダンブルドアを疑うんですかぁ???」

 

 ルシウスの唇が吊り上がる。

 「フン……小僧が口の利き方を覚えたか。行くぞ、ドビー!」

 

 踵を返して歩き出すルシウス。

 だが、背後で聞こえた声に足を止めた。

 

 「ご主人が……私に服をくれた!」

 

 振り返ったルシウスの目に、信じられぬ光景が映る。

 ドビーが黒い本を開き、中から片方の靴下を取り出していたのだ。

 

 「な……何を……?」

 

 ドビーの小さな手が震えていた。

 しかしその声は、はっきりと響く。

 

 「ドビーは――自由です!!」

 

 ルシウスの顔が見る間に怒りで赤く染まった。

 「貴様ァ!! 召使いを奪ったな!!」

 

 杖を抜き放ち、ハリーへと向ける。しかしハリーもすぐに杖を抜き構える。

 「アバダ――」

 

 「ハリー・ポッターに手を出すな!!!!!」

 

 雷鳴のような声と共に、ハリーの前に出たドビーが手を翳した。その掌から光が爆ぜ、激しい奔流がルシウスを包み込む。

 

 空気がねじれ、轟音が廊下を駆け抜けた。ルシウスの身体が宙に浮かび、後方の壁へ叩きつけられる。

 

 「ぐっ……!」

 

 石壁にめり込んだルシウスは、ローブを翻しながら這い上がると、怒りに満ちた目でドビーとハリーを睨んだ。しかし次の瞬間、彼はそのまま踵を返し、何も言わず去っていった。

 

 廊下に静寂が戻る。

 

 ドビーは小さく息をつき、震える手で胸を押さえた。

 

 「ドビーは……本当に……自由になったのですね……」

 

 ハリーは微笑んだ。

 「そうだよ、ドビー。もう君は誰のものでもない」

 

 不死鳥の羽のように柔らかな笑みが、ドビーの顔に広がった。

 

 「ハリー・ポッター様……ありがとうございます。ドビーは、あなたのような人に出会えたことを……一生忘れません」

 

 そう言って深く一礼し、光の粒になって消えるように姿を消した。

 

 残されたハリーは、その光の余韻を見上げながら小さく呟く。

 「自由か……いい言葉だな」

 

 廊下の奥、ほんのりとフォークスの羽音が響いた。

 ホグワーツの空気が、ようやく春のように穏やかに戻り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目が覚めたかね?」

 

 聞きたくもない声が耳に入った。ダンブルドアのジジイだ。寝起きに聞く声じゃねぇ。頭が痛くなる。

 

 「あぁ」

 

 そう答えると、ジジイは隣の椅子に腰掛け、いつもの穏やかな顔でこっちを見ていた。相変わらず飄々とした顔だ。ここがどこか見渡すと、見慣れた白いシーツ、薬草の匂い——医務室だった。どうやら無事生きて戻ったらしい。

 

 「では落ち着いて聞いてくれるかの?」

 

 「なんだよ。説教か?あぁそうだそうだ。継承者はジニー・ウィーズリーだったぞ。まぁ呪物で操られてたっぽいが、黒幕はトム・リドルで間違いねぇ。バジリスクはなんとか殺したと思うが……事件はもう終わってんだろ」

 

 言いながらも、喉の奥がひどく乾いていた。石化明けってのは、どうにも体の中まで砂漠になる。

 

 「終わったとも。()の戦いで全て片付いた。バジリスクは死に、トム・リドルの記録も消えた」

 

 そう言ってジジイは眼鏡の奥の目を細めた。まるで何かを見透かすように。

 

 「フシグロ君、事件は全て解決した。それと——」

 

 「それと?」

 

 ジジイはわざと間を置いた。嫌な予感しかしねぇ。

 

 「事件が解決して1ヶ月が経っておる」

 

 「な……ん……だと」

 

 思わず声が裏返った。心臓が一拍遅れて跳ねる。冗談じゃねぇ。俺が1ヶ月、無駄にした?

 

 頭の中にいくつかの「大事な予定」が浮かぶ。というか、今の時期はもう5月の終わり……いやもう6月の半ばじゃねぇか。G1のオークス、日本ダービー……あの馬券全部逃したってのか。

 

 「おいおい待てジジイ、まさか」

 

 「おぬしは石化しとったからの、全部わし一人で行ったぞい。ホッホッホ」

 

 「クソが」

 

 ベッドの上で拳を握る。殴る相手がいないのが悔しい。

 

 「それと、ちなみに君が寝ておる間に、ロックハート先生が勇敢にも“自力で地上に戻ろうとした”そうじゃ」

 

 「……は?」

 

 「秘密の部屋の縦穴を登る途中で落ちたそうじゃ。両足を骨折し、頭も強打して今も医務室の反対側で寝とる」

 

 「ハハハ、英雄の末路ってやつだな。相変わらず笑わせてくれるぜ」

 

 笑いながらも、目の前のジジイが少しだけ口角を上げたのを見逃さなかった。

 

 「彼のことは憎めんよ。頭部強打で記憶を失ったせいか、今では生徒に『おじさん』と呼ばれても笑顔で手を振るほど穏やかじゃ」

 

 「……完全に壊れてんな。まあ静かでいい」

 

 少し身体を起こす。筋肉が固まってやがるが、もう大丈夫だ。天与呪縛の肉体があれば、多少の石化の後遺症くらいどうにでもなる。

 

 「ジニー・ウィーズリーは?」

 

 「元気じゃよ。完全に回復しておる。授業にも戻り、今はネビル君とよく一緒におるそうじゃ」

 

 「ほぉ……強ぇな、あのガキ」

 

 「そう見えるかね?」

 

 「見えるさ。呪いに操られた後で立ち直れる奴なんざそういねぇ。普通なら心が折れて終わりだ」

 

 ジジイは静かに頷いた。

 その目は、俺を褒めるわけでも、哀れむわけでもなく、ただ観察していた。

 

 「生徒たちの間では、君が“バジリスクを蹴りで倒した英雄”と呼ばれておる」

 

 「やめろ。そういう話が一番嫌いだ」

 

 「ほっほっほ、まあよいではないか。事実、君の授業を受けていた子たちは、以前よりも強く、慎重になった。特にネビル・ロングボトム君は、筋肉を誇示するのが日課になっておる」

 

 「それは止めろ。影響受けすぎだ」

 

 「ふむ……彼は言っておった。“フシグロ先生は呪文が使えなくても誰より強い”と」

 

 何も返せなかった。

 言葉が浮かばねぇ時点で、何かを突かれたんだろう。

 

 「ま、ガキどもが無事ならそれでいい」

 

 「そうかね?」

 

 「そうだ。俺は教師じゃねぇ、ただの外部指導員だ。守る義務なんざない。ただ、目の前の死にそうな奴は助けただけだ」

 

 「それを“教師”と呼ぶのじゃよ」

 

 「ハッ、耳障りな言葉だな」

 

 天井を見上げた。高い窓の外には、春の陽が差し込んでいる。

 気づけば季節はもう夏目前だ。

 

 「ホグワーツは、また平和になったのか?」

 

 「一応はのう。だが平和とは常に一時的なものじゃ。君もそれをよく知っておろう?」

 

 「……あぁ」

 

 戦いってのは、終わりゃしねぇ。敵が死んでも、次が来る。

 人がいる限り、争いは続く。それが俺の知ってる世界の理屈だ。

 

 「そういえば、スネイプはどうしてる?」

 

 「珍しく真面目に授業をしておる。生徒が“先生が優しくなった”と噂しておったよ」

 

 「それ、気味悪いな」

 

 「同感じゃ」

 

 笑いがこぼれた。医務室で笑うなんて、俺らしくもねぇ。

 

 「さて、そろそろ退院の許可を出してもよいかの?」

 

 「とっくに出せ。寝てるのは性に合わねぇ」

 

 「無理をするでないぞ。石化の後は体内の流れが鈍る」

 

 「大丈夫だ。すぐに授業復帰する」

 

 「全く……君は少しは休むという概念を知った方がよい」

 

 「ジジイ、お前こそだ。校長に戻って早々働きすぎなんじゃねぇか?」

 

 「ほっほっほ、年寄りは動いておらねば死んでしまうのじゃ」

 

 「なら墓掘りの練習でもしてろ」

 

 「君は口が悪いのぉ」

 

 ダンブルドアが呆れたように首を振る。その顔を見て、なぜか少しだけ安心した。

 まだこの爺が笑っているうちは、世界は壊れちゃいねぇ。

 

 俺は立ち上がった。

 体の芯が温まる。もう石の感触なんざ残っちゃいねぇ。

 

 「フシグロ君」

 

 「なんだ」

 

 「これからも、生徒たちを頼むぞ」

 

 「頼むって言葉は好きじゃねぇ。勝手にやるだけだ」

 

 ダンブルドアが満足そうに頷いた。

 

 「さて……1ヶ月分のツケ、授業で取り返すとするか」

 

 そう言って医務室を出た。

 外の空気は、生きてる匂いがした。

 

 廊下を歩き、とりあえず自室に向かった。

 

 途中ですれ違う生徒達が俺に頭を下げ挨拶をしてくる。鬱陶しいが、まぁ悪い気分じゃない。

 

 「フシグロ先生!おかえりなさい!」

 

 「また授業おなしゃす!」

 

 生徒達が一斉に声を上げる。元気なのは結構だが、音量が無駄にデカい。

 

 「うるせぇお前ら、さっさと授業に行け」

 

 言った瞬間、皆が蜘蛛の子を散らすように走っていった。相変わらず単純な奴らだ。

 

 「1ヶ月か……金ねぇな」

 

 ポケットをまさぐるが、何も出てこない。

 

 「タバコもねぇ……」

 

 石化中の寝たきり生活の代償ってやつだな。財布もどこかに消えた。

 

 そうして自室の扉を開ける。中は思ったよりも綺麗だった。

 1ヶ月も放置されていたはずなのに、埃ひとつない。

 

 「ドビーか」

 

 俺がそう呟いた瞬間、空間が揺れた。

 

 「フシグロ様ぁ!!お戻りになられてドビーは感嘆の極みにございますぅ!!」

 

 相変わらず声がでかい。心臓に悪い。

 

 「お、おう……」

 

 テンションの高さに呆れつつも、掃除の出来は見事だった。書類も揃い、床も鏡みてぇに光ってる。

 

 「机の引き出しにあった書類も整理しました!“競馬情報”と“学生指導方針案”を分けましたぁ!」

 

 「……助かる」

 

 「さらに棚の上の“競馬新聞”を年代順に並べ、敗因分析表も作りましたぁ!!」

 

 「お前……やるじゃねぇか」

 

 「お褒めの言葉、光栄にございますぅぅ!!」

 

 ドビーが跳ねて喜んでいる。やかましいが、役に立つ奴だ。

 まさか妖精にデータ整理を頼む日が来るとは思わなかった。

 

 「で、俺が寝てる間に何かあったか」

 

 「ドビーは自由になったのですぅ!!ルシウス・マルフォイ様からぁ!!」

 

 「……お前、あいつのしもべだったのか」

 

 思わず目を細めた。ルシウスの名前を聞くだけで気分が悪くなる。

 あの男のやり口は、かなり汚い。呪術界でもいい立ち回りができるだろうな。

 

 「はいぃ!!ですがもう違いますぅ!!ハリー・ポッター様が救ってくださったのですぅ!!」

 

 「ハリーが……ね」

 

 あのガキがそんなことを。意外と肝が据わってやがる。

 

 「事件の後、ハリー様はルシウス様に本を返されたのですぅ!靴下を挟んで!」

 

 「靴下?」

 

 「それをルシウス様がドビーに投げつけましたぁ!ドビーは服を貰い、自由になったのですぅ!!」

 

 「……成程な」

 

 要領の良い奴だ、あのガキ。頭も回る。

 ルシウスが怒り狂う姿が目に浮かぶ。

 

 「その後、ルシウス様は“アバダケダブラ”を唱えようとしましたが……ドビーが光で吹き飛ばしましたぁ!!」

 

 「え」

 

 ドビーは胸を張って震えていた。嬉しいのか怖いのか分からねぇ。

 

 「ドビーはあの瞬間、初めて誇りを感じましたぁ!」

 

 「そうか」

 

 自由と誇り、ね。俺には縁の薄い言葉だ。

 けど、こいつの顔を見てると少しだけ悪くないと思える。

 

 窓際へ歩き、外を見た。グラウンドの芝が陽に照らされて光っている。

 6月半ば、空気が夏に変わる境目だ。

 

 「で、これからどうすんだ?」

 

 「ドビーは!フシグロ様のお世話をいたしますぅ!!」

 

 「勝手に決めんな」

 

 「ドビーの意思ですぅ!!」

 

 「……まぁ、掃除くらいなら許す」

 

 言った瞬間、ドビーは床に伏して感激していた。大袈裟な奴だ。

 

 机の引き出しを開ける。競馬新聞が綺麗に束ねられ、香草の匂いが漂う。

 整理整頓の才能は本物だ。

 

 「ドビー、水をくれ」

 

 「ただいまお持ちしますぅぅ!!」

 

 パチン、と音を立てて消える。部屋に静けさが戻った。

 

 ベッドに腰を下ろし、深く息をつく。ようやく自分の時間が戻った気がした。

 この1ヶ月、俺の世界は石の中で止まってた。だが、外はちゃんと動いてたらしい。

 

 再びパチンと音がして、ドビーが戻る。銀のカップに水を満たしていた。

 

 「フシグロ様ぁ!お水をどうぞ!」

 

 受け取って一口飲む。冷たくて、やけにうまい。

 喉に流れ込む感覚が、今の俺に一番現実を思い出させた。

 

 「ありがとな」

 

 「ひぃぃ!!も、もったいないお言葉ですぅ!!」

 

 大袈裟に震えてるが、まぁ放っとこう。

 

 窓の外では、生徒達の笑い声が聞こえる。

 その音に、ようやく平和ってもんの実感が少しだけ湧いた。

 

 「……まぁ、悪くねぇ」

 

 俺はカップを机に置いた。冷たい水滴が木の表面を滑り落ちていく。

 

 「はぁ……もう二度と石化なんざごめんだな」

 

 そう呟いた声に、ドビーが小さく頷いた。

 

 「ドビーが全力でお守りいたしますぅ!」

 

 「……頼むから静かにしてくれ」

 

 それでも口の端が少しだけ緩んでいた。

 

 

 そうして終業式の日がやってきた。

 

 6月30日。今日をもって学期が終わり、7月1日から8月31日まで、長い長い夏休みが始まる。

 

 俺は大広間のいつもの隅、教職員席の一番端に腰を下ろしていた。壇上ではダンブルドアが相変わらず饒舌に喋り続けている。何を言っているかは半分も聞いていないが、まぁ、毎年似たような話だ。努力がどうとか、友情がどうとか。そういうのは生徒達が聞けばいい。

 

 食堂中にざわめきが漂い、空気は浮ついていた。夏を前にした子どもらの顔は、誰もが開放感で満ちている。教師というのは、この季節になるとやけに年を感じる職業だ。

 

 「フシグロ先生、夏休みはどうされるので?」

 

 隣の席から小柄な声が聞こえた。フリットウィックだ。相変わらず落ち着いた口調で話しかけてくる。

 

 「あ?」

 

 「いえね、皆さん旅行の話ばかりしているものですから。先生方もそれぞれ帰省されるとか……」

 

 夏休み、か。

 去年はダンブルドアのジジイと一緒に日本へ行った。競馬、パチンコ、競艇、そして夜通しの酒。どれも教育者らしからぬ行動ばかりだったが、あのジジイに関しては“らしさ”なんて最初から無い。

 

 「去年と同じだ」

 

 「いや去年が分からんです」

 

 「知らねぇほうがいい」

 

 そう答えると、フリットウィックは肩を竦めて小さく笑った。

 

 「やはりミステリアスですね、フシグロ先生は」

 

 「ただの面倒くさがりだ」

 

 そう言いながら、壇上のダンブルドアを一瞥する。

 あのジジイの顔を見ていると、ろくでもない誘いを思い出す。どうせ今年もどこかで「フシグロ君、また日本に行かんかね」とか言い出すに決まっている。

 

 壇上の話が一段落すると、生徒達の拍手が起きた。終業式が終わる合図だ。

 

 ダンブルドアがにこやかに手を広げる。

 

 「では皆、よい夏を!」

 

 拍手と歓声が大広間を満たす。生徒達が一斉に立ち上がり、机や椅子を押しのけて出ていく。廊下にまで溢れるその声の波を、俺は黙って見ていた。

 

 「……ガキども、元気だな」

 

 「いいことじゃないですか。命あっての学びです」

 

 フリットウィックが言う。確かにそうだ。去年のこの時期には、ホグワーツ中に恐怖が漂っていた。今こうして笑えることが、どれだけ貴重か。

 

 「ま、静かになるのは悪くねぇな」

 

 「フシグロ先生は静寂派ですか?」

 

 「うるさいガキの声を毎日聞いてると、耳が腐る」

 

 「ふふ、教師向きの発言ではありませんな」

 

 軽口を交わしつつ、俺は椅子から立ち上がった。

 見渡すと、スネイプが出口付近で腕を組み、最後まで残った生徒達を睨んでいる。あいつもあいつでブレねぇ。

 

 「さて、そろそろ帰るか」

 

 「お疲れ様です、フシグロ先生」

 

 「おう」

 

 大広間を出ると、石造りの廊下を抜ける風が心地よかった。6月の終わり、夏の匂いが鼻をくすぐる。

 ホグワーツは古い石の塊みてぇな建物だが、季節の移り変わりだけは妙に鮮やかに感じる。

 

 階段を降りる途中で、数人の生徒とすれ違った。彼らは荷物を抱え、家に帰る準備をしている。

 

 「先生!来学期もお願いします!」

 

 「怪我すんなよ」

 

 短く返すと、生徒達は嬉しそうに笑って走っていった。

 こういう瞬間だけ、教師ってのも悪くないと思える。

 

 寮の廊下を抜け、自室の前に着く。扉を開けると、いつものようにドビーが待っていた。

 

 「フシグロ様ぁ!!お帰りなさいませぇ!!」

 

 「……お前、いつもいるな」

 

 「ドビーはフシグロ様の召使いですぅぅ!!」

 

 「勝手に決めんな」

 

 そう言いながら机に腰を下ろし、椅子を傾ける。

 ドビーが机の上に水差しを置き、嬉しそうに尻尾のような耳を揺らしていた。

 

 「夏休み、どうされるのですかぁぁ!?」

 

 「さぁな。たぶんまたジジイに引っ張られる」

 

 「ジジイ……ダンブルドア様ですかぁぁ!!?」

 

 「他にいねぇだろ」

 

 ため息をつく。どうせまた、魔法省の役人か、怪しい魔法生物の調査とか言い出すんだ。去年は競馬だったが、今年は何が待っているのか。嫌な予感しかしない。

 

 「フシグロ様がいない間、ドビーは部屋を守りますぅぅ!!」

 

 「守らなくていい。誰も盗らねぇよ、こんなもん」

 

 「いえっ!!フシグロ様の競馬新聞はドビーの宝ですぅぅ!!」

 

 「気持ち悪ぃこと言うな」

 

 水を一口飲み、外を見る。

 空はすっかり夏の色をしていた。湖面に光が反射し、カエルの鳴き声が微かに聞こえる。戦いも恐怖も遠くなり、代わりに日常が戻ってきた。

 

 「……平和ってのは、こういうことか」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 静かで、退屈で、少しだけ温い。だが悪くない。

 

 「ドビー、俺がいない間、ちゃんと休めよ」

 

 「ひぃぃ!!ドビーは働くのが喜びですぅぅ!!」

 

 「……勝手にしろ」

 

 肩を竦めながら笑った。

 その瞬間、部屋の外から風が吹き込み、机の上の書類が一枚だけ舞い上がる。

 手を伸ばして掴むと、それは“学生指導方針案”の一番上だった。

 

 “心を鍛え、体を鍛え、生き残る力を学べ。”

 

 自分で書いたはずのその一文に、少しだけ苦笑が漏れる。

 

 「……ま、言うだけならタダだな」

 

 そう言って椅子の背にもたれ、ゆっくりと目を閉じた。

 長い一年が終わった。次に目を開ける頃には、また面倒な夏が始まる。




秘密の部屋編完

正直エピローグが1番難しい。
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