ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾” 作:物体Zさん
俺とジジイはひとしきり日本で遊び倒したあと、ホグワーツではなくロンドンに向かった。
魔法省に出頭するためだ。ウィゼンガモットとかいう裁判所から呼び出しを食らったらしい。形式的なものか、それとも本気で裁くつもりか。どっちでも構わん。どうせロクな連中じゃない。
ロンドンの空は今日もどんより曇っていた。濁った雲が街の上に蓋をして、石畳の道も人の顔もどこか灰色に見える。マグルたちは傘をさして足早に歩き、街角には煙を吐く馬車と自動車が入り乱れていた。湿った風が頬を撫で、古い建物の隙間を抜けるたびに、カビのような匂いが漂う。
「魔法省へはどうやって行くんだ?どっかの壁を通り抜けるのか?」
「まぁそんな感じじゃ。ほれ、あそこの電話ボックスが見えるかね?」
ダンブルドアが杖の先で指した。通りの端に、赤い電話ボックスがぽつんと立っている。ガラスは曇り、表面の塗装も剥げている。どう見ても壊れかけの古道具だ。
「あれが入り口?」
「うむ。マグルにはただの壊れた電話にしか見えんが、魔法省来訪者はここから出入りする」
「狭ぇ上に趣味悪いな」
「表向きの偽装というやつじゃ。君の世界にも似たような結界があるじゃろう?」
「まぁな」
電話ボックスに入ると、鉄と埃の匂いが充満していた。ジジイと二人で並ぶと肩がぶつかるほど狭い。
「ジジイ、狭い」
「まぁそう言うでない。今に動く」
ダンブルドアが受話器を取ると、機械音が鳴った。「来訪者の氏名をどうぞ」という無機質な声。ジジイが名乗ると、床が静かに沈み始めた。だが、すぐに上昇へと切り替わる。感覚が逆さまになるような不思議な浮遊感。どうやらこのエレベーターは、ただの上下移動じゃないらしい。
透明な壁の向こうに、光が流れる。垂直に動いたと思えば、突然横へと滑るように移動し、また斜めに傾く。まるで巨大な迷路の中を抜けるようだった。
光の軌跡の間を抜けながら、無数の階層と通路が見えた。宙に浮かぶ廊下、扉の向こうに覗く書斎、魔法文書を抱えた職員たちが走っている。まるで全体が生きて動いている建物のようだ。
「……派手だな」
「威厳を示すのも仕事のうちじゃ」
「虚勢の間違いだろ」
「ホッホッホ、似たようなものじゃ」
エレベーターが止まり、カチリと音が鳴った。扉が開くと、広大なロビーが目に飛び込んできた。
金色の壁と黒曜石の床。噴水には魔法族や妖精の像が立ち、放たれた水が光を反射して空気中に小さな虹を描く。人々が行き交い、羽ペンの音と足音が混じる。上階には階層ごとに光の橋が張り巡らされ、そこをエレベーターが縦横に行き交っていた。目で追うのも難しい速度だ。
「魔法省……本当に地下にあるのかこれ?」
「表層から下へ降りておるようで、実際は空間が折りたたまれておる。縦も横も斜めも意味をなさぬ構造じゃ。迷ったら一生出られん」
「趣味悪すぎだろ」
「秘密とは、入り口よりも出口を隠すことに意味がある」
「哲学者気取りか?」
「年の功じゃよ」
ジジイは笑いながら、ローブの裾を整えた。その姿は相変わらず堂々としていて、周囲の職員たちが小さく頭を下げていく。彼はここでも顔が利くらしい。さすがホグワーツの校長だ。俺のことはちらっと見てから目を逸らす。……まぁ、見た目が物騒だからな。
「おい、どこへ行くんだ」
「次のエレベーターじゃよ。ウィゼンガモットは地下十階にある」
「まだ降りるのかよ」
「裁く者は、常に深い場所を好む。上に立つために、まず下へ沈むのじゃ」
「言ってること滅茶苦茶だぞ」
「道理とは得てしてそういうものじゃ」
再び乗り込んだエレベーターは先ほどよりも暗く、天井には青い魔法陣が浮かんでいる。乗り込むたびに内部の構造が違うのが面白い。金属の床が滑らかに動き出し、今度は真下へ。速度が上がり、腹がふわりと浮く。光の柱が次々と過ぎていく。
「フシグロ君、緊張しておるか?」
「してねぇ」
「裁判というのは初めてじゃろう?」
「喧嘩みたいなもんだろ。勝つか負けるか、それだけだ」
「ふむ……君らしい」
エレベーターが止まった。金属音が静かに響き、扉が横へ滑るように開いた。冷気が吹き込む。空気が重く、どこか湿っている。魔法省の下層――司法区画だ。
「さぁ、フシグロ君。ここからが本番じゃ」
「ジジイ、お前……やけに楽しそうだな」
「わしはいつだって好奇心で動いておるのじゃよ」
「呆れた野郎だ」
「ほっほっほ、君も同類じゃろう」
「……否定はしねぇ」
金属の床を踏みしめながら歩き出す。
奥へと続く廊下の向こうに、巨大な扉が見えた。そこが、俺を裁く場所――ウィゼンガモット。
扉を開けようとすると、ジジイが手を伸ばして俺を止めた。
「恐らく……色々追及されると思うが、馬鹿正直に話すと痛い目を見る。わしが代わりに証言するゆえ、フシグロ君は静かにの」
「そうかい」
ダンブルドアの声には、妙に軽い響きがあった。けれどその目だけは笑っていない。まるでこれから始まる面倒ごとを、全部見通しているような目だった。俺は短く息を吐いて顎を引くと、重い扉の取っ手を掴んだ。
金属の軋む音が響く。厚い扉が開かれると、冷たい空気が頬を撫でた。
そこはまるで洞窟の中に作られた円形の議場のようだった。高い天井には青白い光の魔法灯が浮かび、石壁に刻まれた紋章が光を反射して薄く揺らめく。中央には椅子が一つだけ置かれ、その周囲を取り囲むように円形の階段状の席が並んでいる。すでに何十人もの魔法族が腰を下ろし、視線をこちらへ向けていた。紫の法服、尖った帽子、顔の見えない者までいる。
「……あそこに座るんじゃよ」
ダンブルドアの声に促され、俺は中央の椅子に向かった。
鉄でできた椅子には鎖が巻かれており、足元から重い音を立てて動いた。まるで生きているように勝手に締まり、手首と足首を固定する。冷たく硬い感触が肌を刺した。
「拘束までご丁寧にってか」
「形式じゃよ。安心せい」
「誰が安心できるか」
ジジイはそのまま傍の席に座る。俺の斜め後ろに位置するあたり、きっと“証人”席ってやつなんだろう。
「コホンッ!」
甲高い咳払いの音が響いた。見ると壇上の中央に、ピンク色の服を着た女が立っていた。猫のブローチに、やけに小さな口元。だがその笑みは氷より冷たく、目だけがいやに爬虫類じみて光っている。
「伏黒甚爾、時間通りに出廷。では、これより裁判を始めます!」
その声の調子に、議場の空気が一段と張り詰めた。あれがドローレス・アンブリッジ。魔法省の魔法大臣上級次官だとか。つまり、魔法省大臣の次に偉い立場。俺の嫌いな奴ってことだ。
「あなたは無許可の魔法具で空を飛び、マグルに姿を見せ、更にはホグワーツの同僚であるクィリナス・クィレルの殺害に関与した。間違いないですか?」
甲高い声が響くたびに、周囲の羽ペンが一斉に走る。記録魔法が空中に光を刻み、俺の言葉を待っている。
「……」
黙ったまま、アンブリッジの顔を見た。笑っている。けれどその笑みは、人を試す時の笑みだ。下手に答えれば、その一言で首を絞められる。ダンブルドアの言葉が脳裏を過ぎる──「静かにの」。
俺は椅子の背に体を預け、何も言わなかった。
「どうしました? 言葉が出ませんか?」
アンブリッジの声が甘くねっとりと絡む。まるで獲物をからかう猫みたいだ。
「わしが証言しよう」
その瞬間、ダンブルドアの低い声が響いた。
「伏黒君は確かに空を飛んだ。だが、それは緊急時の行動であり、魔法省への報告義務が発生する範囲ではなかった。彼が使用したのはマグルの機械的乗り物であり、魔法具には該当せん。彼自身、魔力を持たぬゆえ、魔法の使用は一切ない」
「しかし、結果としてマグルの目に触れた!」
「むろん、それも確認済みじゃ。わしと日本魔法省、そしてマホウトコロが連携し、目撃者には全て忘却呪文を施しておる。現実には何一つ残っておらん」
「……ふぅん」
アンブリッジは唇を歪めて笑った。
「では、次に──あなたはクィリナス・クィレルの件をどう説明なさるのです? 同僚の殺害。しかも校内で起きた事件。ホグワーツという教育機関の信頼を大きく損なう行為ですわ」
「それもわしが証言しよう」
ダンブルドアはすぐさま口を開いた。
「クィリナス・クィレルは、当時極めて危険な存在に取り憑かれておった。伏黒君が行ったのは“排除”じゃ。殺害ではなく、救済と防衛のための行為と言える」
「救済?人を殺しておいて?」
「死者を嘆くのは生者の務めじゃが、時に死が唯一の救いとなる。フシグロ君が手を下さねば、もっと多くの者が命を落としておったじゃろう」
アンブリッジの顔が引きつる。笑みの形を保ちながらも、瞳の奥で怒りが渦巻くのが見えた。彼女にとってこの法廷は劇場。筋書きも結末も、全て自分が決める舞台だったのだろう。その脚本を、ジジイが平然と塗り替えていくのが気に食わない。
「……随分と、彼を庇われますのね」
「庇う?違うな。事実を述べておるだけじゃ」
「その“事実”を証明する証拠は?」
「証拠など不要じゃよ。君たちが真実を見ようとしない限り、どんな記録も意味を持たん」
「……強情な老人ですこと」
「誉め言葉として受け取っておこう」
ジジイの飄々とした返しに、議場の一角がざわつく。羽ペンの音が速くなる。アンブリッジの頬がわずかに赤く染まり、杖を握る手が震えた。
俺は黙ってそのやり取りを眺めていた。
ダンブルドアが戦っているのはこの場の論理ではない。
“理不尽”そのものだ。
そしてそれは、俺の得意分野でもある
「では伏黒甚爾、こちらの資料が何か説明できますか?」
アンブリッジが杖を軽く振ると、空中に淡い光の幕が展開された。紫がかった魔力の膜が波打ち、やがて無数の映像が浮かび上がる。血と闇の記録——俺の過去だった。
「……ちと面倒じゃのぉ」
隣からダンブルドアの声が聞こえる。溜息のような声色。どうやら本気で庇う気があるらしい。
空間に映し出されたのは、術師を殺した記録の数々だった。依頼人、標的、報酬、そして殺害の瞬間。刃が閃き、呪霊が悲鳴を上げ、術師の肉体が崩れ落ちる。どれも俺がやった仕事に間違いない。術師殺し、伏黒甚爾、いや禪院甚爾。その名で呼ばれてきた仕事の数々だ。
「彼が“殺し屋”だったということはご存知ですか? アルバス・ダンブルドア校長。まさかこのような人物をホグワーツの教育現場に招いたのですか?」
アンブリッジの声が甘ったるく響く。嘲りを含んだ笑みが張りついたまま、目だけが氷のように冷たい。議場の視線が一斉に俺に集まるのが分かる。好奇心、嫌悪、恐怖。そういう目は見慣れている。
「ほっほっほ……それはもちろん、承知の上じゃよ」
ジジイが立ち上がり、手を広げる。議場がざわめく。
「伏黒君は呪術界の裏側で“術師殺し”と呼ばれておった。だが、わしはそれを罪とは思っておらん。むしろ、必要な役割じゃったと考えておる」
「必要……ですって?」
アンブリッジの眉がぴくりと動く。
「ええ。呪術というのは、魔法界の我々には未知の領域じゃ。術師たちはしばしば人の理を超えた存在となり、他者の命を顧みず呪いを操る。そうした存在を討つ者がおらねば、秩序は守れん。伏黒君はそれを請け負っていた。金で動く傭兵であると同時に、危険を断つ実務者じゃ」
「つまりあなたは、殺人を容認すると?」
「時と場合による。少なくとも、殺しがすべて悪とは限らん」
「……教育者としての発言とは思えませんね」
「教育とは理想を語るだけのものではない。現実を知らぬ教育は、絵空事に過ぎん」
ダンブルドアの言葉に、議場の一部が沈黙した。アンブリッジは微笑を貼りつけたまま杖を軽く振り、別の映像を呼び出す。
そこに映っていたのは、夜の神社、血に濡れた石畳、倒れた術師の死体。その横に立つ俺の姿。
「伏黒甚爾、あなたはこの日、呪術師連盟の1級呪術師・禍野喜助を殺害していますね。彼は未成年の術師を養成していた教育者でした」
「教育者ねぇ。自分の弟子を呪物の実験台に使ってた奴だ。殺したって言うより、処分しただけだ」
いい金になった。なんて言えねぇ。
「処分、ですって?」
「悪霊を祓うための“祓い屋”がいるだろ。あれと同じだよ」
アンブリッジは眉を吊り上げ、喉を鳴らした。議場中に微かな緊張が走る。
「それを正当化だと?」
「正当化もクソもねぇ。あの世界じゃ強い奴が正義だ。弱い奴は殺される。それだけの話だ」
「無法を誇るとは、呆れて言葉も出ませんね」
「お前らだって似たようなもんだろ。魔法省の都合で誰かを消すことだってある。俺と何が違う」
その言葉にアンブリッジの口角が一瞬だけ引き攣った。効いたらしい。だが彼女はすぐに笑みを戻した。
「……あなたのような者が教師を名乗るなど、ホグワーツの恥ですわ」
「そうかもな」
「反省の色もないのですね」
「反省なんかしねぇよ。やることやって生きてきた。それだけだ」
その瞬間、空気が変わった。アンブリッジがわずかに身を引いた。周囲の魔法族が息を呑む音が響く。ダンブルドアが静かに立ち上がった。
「もう十分じゃろう」
「ダンブルドア、まだ訊問は——」
「これ以上、無意味じゃ。彼がどんな過去を持とうと、ホグワーツでの行いがすべてを物語っておる。彼は誰も傷つけておらん。むしろ守った」
「守った? 何を根拠に?」
「“結果”じゃ。彼がいなければ、あの学校はとうに崩れておった」
ダンブルドアの声が響いた瞬間、議場全体が静まり返る。
その沈黙の中、俺はただ椅子に腰を預け、天井を見上げた。
光の反射が揺れ、鉄の鎖が微かに鳴る。
俺の過去は、こうして晒されるたびにどんどん軽くなっていく気がした。
重さなんてとっくに手放している。
残るのは、ただの生き方だけだ。
「しかし、伏黒甚爾のやったことは覆せませんわ」
アンブリッジがガマガエルのような顔でニヤリと笑い、声を張った。その笑みは、勝ち誇りを隠しもしない。俺はただ椅子に座ったまま、無表情でそれを見上げる。
「どうするというのかね?」
隣のダンブルドアが静かに言葉を挟んだ。穏やかに聞こえる声だが、内側に鉄のような硬さがある。
「アズカバン!」
アンブリッジの口から放たれたその言葉が、議場全体に反響した。空気が一気に張り詰め、羽ペンの音すら止まる。冷気のような沈黙が広がった。
アズカバン。
聞いたことがある。北海の孤島に建つ監獄。ディメンターが看守を務める魔法界最悪の場所。囚人の大半が精神を壊して二度と戻らない地獄。
「ほっほっほ……穏やかではないのぉ」
ジジイが笑った。だがその笑いは冗談めいていながらも、明らかに場を読んでいる。視線を一瞬だけ俺に向ける。そのわずかな動作で、何かを伝えてきた。
「穏やかではありませんのは、あなたが庇うからです。これは懲罰ではなく処置。教育機関に殺人者が居座るなど前代未聞。魔法省としても見過ごすわけには参りません」
「アンブリッジ嬢、君の理屈は分かるがのぉ」
「理屈ではなく“法”です」
「法とは時に、人の手で作られる“呪い”にもなる。わしらはその重さを測り誤ってはならんのじゃ」
「詭弁ですわ。あなたの言葉はいつもそう。聞こえはいいが、何一つ実を結ばない」
アンブリッジの声が鋭くなる。杖の先から微かな火花が散った。感情が高ぶっている証拠だ。
「伏黒甚爾は、術師殺しとして数々の血を流してきた。呪いも、裏社会も、そのどれもが彼の影を恐れていた。そんな男を“教師”に据えたあなたこそ、罪深い」
「彼がどんな道を歩もうと、それは過去の話じゃ。わしは“今”の彼を見ておる」
「今?」
「そうじゃ。彼はホグワーツの生徒を守り、何人もの命を救った。わしはそれを見た。彼が己の過去を背負ったまま、生きようとしておる姿を、確かに見たのじゃ」
「感情論など法廷では通用しません」
「ほっほっほ……ならば尋ねよう。法とは何じゃ? 己の正義を押しつけるための棒か、それとも理解を交わすための言葉か?」
ジジイの問いに、議場が静まる。
アンブリッジは返さない。ただ口元を歪めて、笑みだけを残す。
「どちらにせよ、結論は変わりませんわ。伏黒甚爾はアズカバンに収監されます。これは裁きです。あなたがどれだけ庇おうとも、決定事項ですの」
「君が決めることではなかろう」
「ウィゼンガモットの多数決により、すでに決議済みです。票は圧倒的でしたわ」
アンブリッジが杖を一振りすると、議場の上空に浮かぶ魔法陣が光を放ち、票の数が映し出された。肯定票七十二、否定票三。
そのうち一つは多分ダンブルドアのだろう。残り二つは……知らん。
「見ての通り。決まりですわ」
「……ほっほっほ、圧倒的じゃのぉ」
「笑っていられるのも今のうちです」
「その口ぶりじゃと、わしが困るような話になりそうじゃの」
「困るのは貴方ではなく、この男です」
アンブリッジが俺を指差した。杖の先端がゆらりと揺れる。
「伏黒甚爾。貴方はこれよりアズカバンへ送られます。滞在期間は未定。だが“前例”を鑑みるに、二度と外には出られないと思いなさい」
「脅しか?」
俺の声が低く響いた。アンブリッジの笑みがわずかに引きつる。
「いいえ、現実ですわ。貴方のような者は、いずれにせよ世界の外に置かれるべきなのです」
「なるほど、よく言う。あんたらの世界じゃ、“外”ってのは都合よく作れるんだな」
「何を言っているのかしら?」
「簡単だ。あんたらが気に入らねぇものは全部、外に追い出すってことだ」
アンブリッジの目が細くなった。まるで蛇が音もなく舌を伸ばす直前のような動きだった。
「強がりを言っていられるのも今のうちですわ」
「まぁ、やれるもんならやってみな」
議場に緊張が走る。杖を構える者もいる。ダンブルドアが一歩前に出て、静かに手を上げた。
「やめぬか。彼は暴れんよ」
「保証できますの?」
「保証などいらん。彼は言葉より先に行動する男じゃ。つまり、何もせん時が一番恐ろしい」
「……相変わらずですね、校長」
「ほっほっほ、それは誉め言葉として受け取っておこう」
アンブリッジが杖を掲げる。光の鎖が空中に現れ、俺の両腕に巻きつく。
重い金属音。魔力で締まる拘束具。だが俺にとっては大したことじゃない。こんなもん、力を入れれば簡単に千切れる。
ただ、今はやめておく。
ジジイが俺をちらりと見た。何かを企んでいる顔だった。
「では、これにて閉廷!」
アンブリッジが叫び、杖を振り下ろす。光の幕が弾け、議場に冷たい風が流れ込む。
鎖のきしむ音と、羽ペンの止まる音だけが響いていた。