ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾” 作:物体Zさん
ネビル・ロングボトムは帰省先である祖母オーガスタ・ロングボトムの家の居間で、日刊預言者新聞を広げていた。曇り空から差し込む光が紙面を淡く照らし、文字がかすかに揺れる。新聞は湿り気を帯びており、指にわずかなざらつきが残った。ページをめくった瞬間、目に飛び込んできた見出しにネビルは息を呑んだ。
「先生がアズカバンに!?え!?脱獄!?流石だぜ……!」
紙面には囚人服を着た伏黒甚爾の、どこか挑発的な笑みを浮かべた動く写真と、狂気を宿したシリウス・ブラックの写真が並んでいる。記事には「闇の帝王の配下であるシリウス・ブラックと共に脱獄」と強調されていた。
だがネビルは怯まなかった。むしろ胸が熱くなった。
伏黒甚爾は檻に収まる男ではない。むしろ、檻が甚爾に収まるかどうかの問題だ。
ネビル・ロングボトムは熱心なフシグロ信者である。甚爾の授業はネビルにとって魔法の授業ではなかった。生きることを突きつける時間だった。殴られたらどうするか、殺されそうになったらどうするか、守りたいものがあるなら迷うな。答えは常に明確だった。
「強くなる。以上」
それを胸に刻んだネビルは、夏休みを全て鍛錬に費やした。
祖母の家の庭には、ネビルが自分で作り上げたトレーニング器具が並んでいる。鉄パイプで組んだ懸垂台、石と木で作ったダンベル、庭石と板を組んで作ったベンチ。粗雑だが、そこには毎日の汗と意志が染みていた。
ネビルには夢がある。
両親を地獄に堕とした死喰い人――ベラトリックス・レストレンジへの復讐。
「俺はもっと強くなって――あの女を殺す」
その声は低く、静かだった。怒気でも叫びでもない。心の底に沈めた刃のような響きだった。
腕は痛む。指の皮は破れ、マメが潰れ、再び硬くなった。しかしその痛みは、弱かった自分が剝がれ落ちた証であり、誇りだった。
懸垂台に両手を掛け、肩甲骨から引き上げるようにして身体を持ち上げる。腕ではなく、背中で引く。甚爾に叩き込まれた感覚だ。呼吸は荒れ、汗が顎から落ちる。それでもネビルは手を止めなかった。
『限界は心が決める。身体はもっと先に行ける』
甚爾の声は、今も背中を押し続けている。
トレーニングを終えて草の上に倒れ込んだ時、祖母が縁側から声をかけた。
「ネビル」
「……なに?」
「強くなったね」
ネビルは空を見たまま、わずかに笑った。
「まだまだだよ」
「そう言えるのが強さだよ」
祖母は、止めなかった。ネビルの中に揺るぎない“意志”があることを理解していた。
夕方、ネビルは部屋でトランクを開け、荷物を詰め始めた。教科書、ローブ、羽根ペン。その中に、ボロボロになったノートをそっと置いた。
《身体強化訓練メニュー(先生直伝)》
表紙は擦り切れ、ページには汗が染み、文字はかすれている。だが、それはネビルの宝だった。
夜、鏡の前に立ったネビルは、自分の顔を見た。頬は引き締まり、目には迷いがない。かつて怯えていた少年は、もういない。
「俺は、行く」
翌朝、フクロウ便で届いた新聞には続報が載っていた。
『魔法省は両名がホグワーツへ向かう可能性を警戒している』
ネビルは笑った。
「先生、来るんだな」
胸の奥に燃え上がるのは恐怖ではなく、期待だった。
今度は、逃げる側ではなく、立ち向かう側として。
「待ってろよ、先生」
ホグワーツへ続く道は、戦場だ。
だがネビルはもう、弱くない。
荷造りを終えると、祖母が廊下の戸口にもたれてこちらを見ていた。鋭い目はそのままに、口元だけが柔らかい。
「杖は磨いたかい」
「昨日、やった。動きは悪くない」
「転ぶなよ。転んだら、すぐに立ちな」
「分かってる」
祖母は頷き、古い箪笥から小さな包みを取り出してネビルに渡した。包みの中には、革の手袋と、布で巻かれた護符がひとつ。
「あなたの父さんが若い頃に使ってた手袋さ。指先はもう擦り切れてるけど、気持ちは残ってる」
「ありがとな。使う」
手袋をはめると、掌の皮と革の間で汗がじんわりと滲み、指の節が落ち着く。握った拳は軽く、しかし沈むように重かった。
「先生に、胸張って会いな」
「会う。並んで立つ」
ネビルは窓を開け、朝の空気を吸い込んだ。湿った土と夏の名残りが混ざる匂い。遠くでフクロウが鳴き、庭の草が風に揺れる。彼はトランクを閉め、ノートの位置をもう一度確かめ、杖をローブの内ポケットに差し込んだ。
訓練場に背を向ける前、彼は懸垂台に指先だけを掛けて一度だけ身体を引いた。背中が鳴り、肩が開く。限界を一つ、また跨ぐ感覚を思い出す。
「やれる」
駅に向かう支度を整え、玄関に立つ。祖母は帽子の角度を直し、ローブの裾の皺を払ってやる。昔なら緊張で震えていた指先は、今は静かだ。
「ロングボトムは、逃げない」
「逃げない」
短い返事で十分だった。二人にとって必要な合図はそれだけだ。扉を開けると、曇り空の下で舗道が濡れ、車輪の跡が帯のように伸びていた。ネビルは一歩踏み出す。靴底が石を掴み、体重が前に落ちる。歩幅は小さくない。前に出ている。
道すがら、彼は新聞の一節をもう一度思い出す。ホグワーツへ向かう可能性。可能性ではない、必然だ。あの人は、戦いがある場所に現れる。そこで、誰よりも先に殴り、誰よりも最後に立っている。
「先生」
誰に聞かせるでもない声で、ネビルは呼んだ。声は空に溶け、胸の奥に反響した。反響は恐れを削り、余計な言い訳を削り、残った芯だけを浮かび上がらせる。
俺は行く。
俺はやる。
俺は止まらない。
トランクの取っ手が掌に食い込み、肩にかけた鞄の紐が骨に触れる。痛みは雑音ではない。前に進んでいる証拠だ。ネビルは顔を上げ、濡れた街路をまっすぐに歩いた。そして、角を曲がっても振り返らなかった。そうして――しばらくして、彼はホグワーツへ続くいつもの道へと足を運んでいく。
そうして俺とジジイ、シリウスはキングズ・クロス駅の人気のない路地に姿現しでやってきた。早朝の駅構内は薄く湿っていて、霧が石畳を這うように漂っている。往来の馬鹿どもは知らん顔で雑踏を成し、魔法使いとマグルの流合いの空気が、じっとりと肌に貼り付いてきた。
「うむ……では、フシグロ君。鼠の監視を頼んだぞ」
ジジイがいつもの穏やかな声で言う。白髭が湿気でふわりと揺れた。
「わしはシリウスと共にホグワーツへ飛ぶ」
「分かった」
俺はシリウスの方を向いた。目の下に影が残ってはいるが、アズカバン時代の干涸らびた骸のような顔はもうない。痩せた線は鋭さに変わり、皮膚には生きている色が戻っていた。
「シリウス、焦るなよ」
「……あぁ」
シリウスはタバコの火を靴底で踏み消し、短く息を吐いた。
「削る、だな?」
「そうだ」
俺は頷いた。追い詰めるでも、仕留めるでもない。ただ“逃げ場を潰す”。その結果奴は勝手に自滅する。鼠ってのはそういう生き物だ。
そうしてダンブルドアとシリウスは姿現しで消えて行った。残った霧が一瞬渦を巻き、それから静かにほどけた。
「さて、俺も行くか」
ポケットの中の煙草に指をかけるが、火はつけない。匂いは痕跡になる。俺は歩き出した。
鼠――ピーター・ペティグリューの監視だ。
作戦はこうだ。
表に出れない指名手配犯である俺とシリウスが裏から鼠をあの手この手でバレないようにプレッシャーをかけて削る。焦らせる。寝る場所、逃げ道、安心できる瞬間、その全部を一つずつ潰す。追い詰められた小動物は必ず“動く”。その瞬間を噛みつくように捕まえる。
逃げたところを捕らえ、脅し、全部吐かせる。黒幕の名前も、裏切りの経緯も、シリウスの汚名を全部ひっくり返す材料もだ。
そしてシリウスの罪は晴れて、また堂々と歩けるようになる。
……まぁ別に俺は表に出れなくても構わんし、ピーターを捕まえて真実を吐かせたところで俺の罪が晴れるわけじゃない。
しかし罪が晴れないと“金蔓”が途切れる。ガキに体の使い方を叩き込むだけで200万貰える、こんな美味い稼ぎは他にねぇからな。
ジジイは「手は尽くす」と言った。あの爺は、表では笑顔、裏では何十枚も盤面を敷いて相手を丸ごと囲い込むタイプだ。任せておけばどうとでもなる。
俺はそんなことを考えながら人混みに紛れた。
気配を殺すのは簡単だ。呼吸を浅くし、心拍を落とし、視界の端に自分を置かない。ただそこに“いるだけの影”になれば、誰の意識にも入らない。
「……」
観光客の家族連れが弾む声を上げ、サラリーマンが慌ただしくホームを駆ける。マグルの世界は相変わらず騒がしい。だが、その隙間に魔力の匂いがうっすらと漂っている。魔法使いのガキ共が既に駅に集まり始めているらしい。
俺はするりと9番線と10番線の間の柱へ向かう。先に吸い込まれていくローブ姿の家族を横目に、俺は一切の躊躇なくその石壁に足を踏み込んだ。
空気の膜がひっくり返り、世界の色が滑るように変わる。
蒸気の白い霧と、真紅の車体が目の前に現れた。汽笛が鋭く鳴り、鉄の車輪が低く唸っている。
「……いつ見ても派手だな」
誰にも見られず、音も無く、列車に乗り込む。俺の足音は床に吸い込まれたように掻き消えた。
通路には既にガキ共がひしめいていた。笑い声、喧噪、浮ついた期待。俺には縁のねぇ匂いだ。だが、この中に“鼠”も紛れている。
俺は窓際の座席に腰を下ろし、ただ視線だけを流す。
ピーター・ペティグリュー。獣を演じて小さく潜むクズ。それでも奴の魂の輪郭は隠せねぇ。あの濁った甘い臭いは、いつだって喉の奥に貼り付くみてぇに残る。
「……逃げられると思うなよ」
呟きは汽笛に紛れ、誰にも届かなかった。
列車はゆっくりと動き始めた。
削りは、もう始まっている。
俺は窓を開けて外に出た。蒸気を吐きながら走る列車の側面、そこに指先と足の裏で軽く体重を乗せるだけで十分だった。風は強烈だが、落ちる気配はない。身体が覚えている。足場なんざ、地面に限らねぇ。
そのまま屋根へと飛び移る。鉄板が低く唸り、車体の震えが足裏に伝わる。目を細め、風に髪を揺らしながら前へ進む。
「……さて、鼠はどこだ」
ピーター・ペティグリュー。十二年も“ただの鼠”として生き延びた外道。そいつが寄生しているのはロン・ウィーズリーのポケットの中。ならばあの4人――ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルが揃っている個室だ。
俺は屋根の上をゆっくりと歩く。急ぐ必要はねぇ。焦りは獲物を逃す。
そうして列車中ほどの車両に辿り着き、しゃがみ込んで耳を車体に押し当てた。鉄越しのくぐもった声が、風と振動の中で微かに立ち上がる。
「なぁハリー……なんかスキャバーズが気持ち悪いんだ」
ロンの声だ。
「えっ?気持ち悪い?どういうこと?というか1年生の時にフシグロ先生もそんなこと言ってたよね」
ハリーの声は相変わらず素直だな。
「うーん…なんて言えばいいかわかんねーんだけどさ、鼠じゃないみたいな気配を感じるんだ。人みたいな……」
「いやどう見ても鼠じゃねぇか」
ネビルの声。成長してやがるな、あのガキ。
「そうよロン、変なこと言わないで」
ハーマイオニー。正論と正気を武器にするタイプだが、こういう時に限って正しいのは“狂ってる”方だ。
「……へぇ」
俺は口の端を上げた。
ロンのガキ、気配に気づけるとは中々やるじゃねぇか。生温い家庭育ちでも、薄暗い影に触れれば鈍いガキでも目が開く。ある意味で、あいつは“選ばれた側”に片足突っ込んでるってわけだ。
俺は身体を伏せたまま、さらに耳を澄ませる。
「だってさ……スキャバーズ、最近震えてんだ。それに……俺を見る時の目が、なんか変なんだよ」
「鼠に“目が変”って言うのも変だろ」
「ネビル、真面目に聞いてくれよ!」
「いや、ネビルは正しいと思うけどね……」
ハーマイオニーは困っている。けど気づけない。魔力が強い奴ほど“魂の臭い”は逆に嗅げなくなる。理屈に縛られるんだ。
「……ビビってんだよ、あの鼠は」
俺は風に流れる声の隙間に呟いた。もちろん聞こえない。
俺が動いていることを、鼠はもう気づいている。動き、匂い、空気のざわめき。それを半動物化した奴は敏感に察知する。だから震えてる。
「さて……」
俺は屋根から這うようにして端まで移動した。そのまま指を窓縁にかけ、上半身をゆっくりと降ろす。誰にも気づかれない高さと角度。
車内が見えた。
ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル。全員座っている。ロンの手の中には、例のドブ鼠。そいつが小刻みに震えていやがる。
あれは“恐怖”だ。生き物が捕食者を知った時の震え。
俺に気づいてる。
「へっ……いい顔してんじゃねぇか、ピーター」
あの目。濁った黒目の奥に、腐った“人の魂”が沈んでいやがる。隠しきれねぇんだよ。獣は獣らしく生きりゃいいのに、人間を引きずればこうなる。
俺は静かに囁く。
「逃げんなよ」
それだけで十分だった。
スキャバーズはひと際大きく震え、ロンの腕をよじ登りポケットへ潜り込んだ。
「うわっ!?逃げた!?」
「ほらロン!言ったじゃない!」
「な、なんでだよ!?」
車内は少しだけ騒然となった。
俺は屋根の上に戻り、風を受けながら目を細めた。
逃げ道は分かってる。列車後方の連結部。狭くて薄暗い場所ほど“鼠”は選ぶ。
「追い詰めるのは、まだ先だ」
焦る必要はない。獲物はもう“俺の存在”を理解した。理解すれば、走る。走れば、隙が生まれる。
削りは、一撃じゃねぇ。じわじわだ。
俺は立ち上がり、列車の屋根を歩いた。蒸気と風と鉄の匂いが混じり、車輪の轟きが骨に響く。
「なぁピーター」
遠く、金属の響きに紛れるような声で言う。
「お前の地獄は、まだ始まってねぇよ」
スキャバーズ――いや、ピーター・ペティグリューは震えていた。薄汚れた鼠の体は細く痩せ、毛は抜け、尻尾は乾いた土のようにひび割れている。それでも生き延びていたのは、ただひとつの理由があったからだった。恐怖だ。生きたいという醜悪な執念が、十二年という歳月を鼠という器の中に押し込め続けてきた。
事が始まったのは、ウィーズリー家がエジプト旅行を終え帰ってきたあの夏だ。日刊預言者新聞の見出しは、大きく黒い字で世界中に響くように書かれていた。
《アズカバン脱獄!シリウス・ブラック、未曾有の大脱走!》
ピーターの小さな
(シ、シリウスが……脱獄した……!?)
視界が揺れる。そこらの安物の猫の鳴き声が雷に聞こえ、時計の秒針の音すら耳に突き刺さる。自分は終わりだと、直感した。
(も、もし……もしボクの正体に気づかれたら……!)
ピーターは震えた。12年前の夜が、脳裏に蘇る。血と悲鳴と裏切り。シリウス、リーマス、そしてジェームズとリリー。全てを売り払ったあの瞬間。
その罪は、まだ終わっていない。
――終わらせないために、彼は生きていた。
彼は“逃げ続けるために”12年を鼠として生き延びてきたのだ。
ロン・ウィーズリーのポケットの中は、暖かく安全で、家族のような温もりがあった。ウィーズリー家の優しさは、彼を「ただの飼い鼠」として守り続けた。誰も疑わなかった。誰も気にも留めなかった。それがどれほど幸運で、どれほど甘美だったか、ピーターは誰より理解している。
しかし、その安全はもう崩れかけている。
シリウスが脱獄したと知った日から、ピーターは怯えていた。夜中に目を覚まし、暗闇の中で息を殺し、窓に映る影を見て震えた。食事も喉を通らず、毛は抜け落ち、体はますます弱った。
だが、それだけでは終わらなかった。
《伏黒甚爾、アズカバンより脱獄》
その報道が追い打ちだった。
ピーターは凍りついた。
(あ……あの男……!)
あの男のことは知っている。いや、知ってしまった。魔法など持たず、杖も持たず、ただ肉体と刃だけで魔法使いを殺せる男。噂話だと思っていた。現実だとは思っていなかった。
だが、現実だった。
最初に会ったのはロンがホグワーツに入学する年のホグワーツ特急だった。伏黒甚爾だけがピーターの気配に気づいていた。ただの鼠じゃないことに気づいていた。
あの男が、シリウスと共にアズカバンを破り、今は――自分を狩りに来ている。
ピーターは逃げ場を失っていた。
そして今、列車の中。ホグワーツ特急の個室。ロンの腕に抱えられたまま、ピーターは震えていた。
「なぁハリー……なんかスキャバーズが気持ち悪いんだ」
ロンの声が聞こえる。息が詰まる。
「えっ?気持ち悪い?どういうこと?」
その問いが恐ろしい。正体に気づかれている、とは言わない。ただ、何か“おかしい”という直感。人間の勘というものは侮れない。
「いやどう見ても鼠じゃねぇか」
ネビルの呑気な声。救いではあるが、刃にもなり得る。
「そうよロン、変なこと言わないで」
ハーマイオニーは理屈で世界を測る。だからこそ、真実には届かない。だが――彼女が真実に触れた時、それは一瞬で全てを引っくり返すだろう。
(い、いやだ……逃げたい……逃げなきゃ……!)
ピーターは爪を震わせ、ロンのローブを掴む。だが逃げられない。ここで動けば怪しまれる。
――その時だった。
何かが、頭上を通り過ぎた。
音はほとんどない。ただ、存在だけが濃く重く、魂に影を落とす。
ピーターは理解した。
伏黒甚爾が、すぐ頭上にいる。
(な、ななななな――!?)
鼠の体が跳ね、背骨が逆立つような感覚。逃げろ、逃げろ、逃げろと本能が叫ぶ。理性などとうに焼け崩れ、獣の悲鳴が魂を突き刺す。
ピーターはロンの腕から飛び降り、床を走り出した。
「うわっ!?逃げた!?」
「ロン、しっかり持ってなさいよ!」
「な、なんでだよ!?待てスキャバーズ!」
騒ぎは一瞬にして広がる。
だがピーターには聞こえない。彼はただ走る。ただ逃げる。
逃げなければ死ぬ。
死はすぐそこにいる。
列車の内部を、影が滑る。
天井の上を、足音もなく歩く男。
ピーターは知っている。
あれは、死神の歩き方だ。
(いやだ……いやだ……ボクは……生きる……生きたい……!!)
車輪が軋む。
列車は霧の中へと進んでいく。
逃げ場など、どこにもなかった。
アズカバンの囚人編かなり展開が難しい!クィレルとかトムみたいな明確なボスがいないんですよね!
ちなみにピーターは終始ビビり散らかしてもらおうと思ってます。