ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第七話

 

 

 

 

 ホグワーツ特急がホグズミード駅にゆっくりと停まった。白い蒸気が霧のように漂い、汽笛の余韻が夜空に溶けていく。生徒たちは荷物を抱えながらホームへ降り立ち、再会の声や新学期の期待がそこかしこで弾んだ。

 

 新入生はハグリッドの案内で湖へ向かう。黒い湖は月を溶かしたように揺れ、ボートに灯された小さなランプが点々と水面を照らした。静かに揺れるその風景は、例年と変わらぬ伝統だった。

 

 在校生は馬車に乗り込み、ホグワーツへと移動していく。彼らは知らない。あの馬車を引くものを「見える者」がいることも、城へ向かう道の上に“死と隣り合ったもの”が並走していることも。

 

 だが、そのどこにも伏黒甚爾の姿はなかった。

 

 列車の屋根。その上に、ぬるりと影が一つ現れた。黒い髪を風に揺らし、甚爾は静かにホームを見下ろしていた。

 

 「あの鼠、ロンにすぐ捕まりやがったな。逃げる癖して、逃げるのが下手だ」

 

 口にする声は淡々としていた。嘲りでも驚きでもない。ただ観察の結果を述べているだけだ。

 

 ただし、その真実は別にある。

 

 ロン・ウィーズリーは気づいていない。彼の身体は既に“輪郭”が変わっていた。反応速度、重心移動、指先の力の入り方。日常に溶けすぎて本人も理解していないまま、魂の芯が太くなっている。

 

 スキャバーズは逃げようとした。しかし、逃げた瞬間に“掴まる動線”へと自ら入っていた。ロンがそれを無意識に読んでいた。

 

 「いいことだ。強くなってる。理由は知らんがな」

 

 甚爾はそれ以上考えなかった。意味付けなど不要だ。強さとはただ“そこにある”かどうか。それだけで充分。

 

 「……さて。俺も行くか」

 

 靴裏が屋根を離れる音はなかった。影が縮み、霧の中に溶け、次の瞬間には列車の上から姿が消えていた。

 

 そしてホグワーツの大広間。組み分けの儀が終わり、新入生の席に灯りが揺れる中、ダンブルドアが壇上へと進んだ。

 

 「新入生諸君。よく来てくれた。ホグワーツへようこそ」

 

 普段と変わらぬ柔らかな声。しかし誰もが、その先に来る言葉をもう予感していた。新聞でも噂でも、すでに“それ”は広まっている。

 

 「だが、まずは話さねばならぬことがある。今年、アズカバンより2名の囚人が脱獄した」

 

 ざわめきが生まれ、押し殺された声が席の端々で漏れる。

 

 「一人はシリウス・ブラック。ヴォルデモートに従ったとされる男じゃ」

 

 多くの生徒が息を呑んだ。闇の象徴として語られてきた名前が、また世界に影を落とすかもしれない恐怖。

 

 だが、次の言葉こそがこの場を決定的に凍らせた。

 

 「そして、もう一人は……フシグロ先生じゃ」

 

 大広間が静まり返った。

 

 音が消える、とはこういうことか。蝋燭の炎さえ揺れ方を忘れたように見えた。

 

 「落ち着きなさい。フシグロ先生は確かに()()()()()危険な存在ではある。だが、皆もわかっておる筈じゃ、彼はホグワーツの教師じゃ。わしは彼を信頼しておる。よって、その立場は変わらん」

 

 「だ、だけど……!」どこかの生徒が言いかけた声は震えていた。

 

 「新聞は“物語”を作るものじゃ。真実をすべて映すとは限らん。わしらが見るべきは、事実と行動じゃ」

 

 大人びた静けさ。だが、生徒たちの胸には不安がまだ渦巻いている。それも当然だ。彼らはまだ知らない。伏黒甚爾という存在が“恐怖”でも“英雄”でもなく、ただ――“生き残る力”そのものだということを。

 

 そのとき。

 

 大広間の梁の上。視線の届かぬ暗がりに、ひとつの影が立っていた。影の端が揺れているが、気配は完全に消えている。

 

 伏黒甚爾は、何も言わずに生徒たちを見下ろしていた。

 

 声も出さず、姿も見せず、ただそこにいる。

 

 (……鼠はここに来る。逃げれば、必ず穴へ戻る)

 

 確信は揺るがなかった。狩りはまだ始まっていない。ただ網が静かに閉じ始めただけだ。

 

 宴は続く。新入生は祝福を受け、在校生は笑い、教師たちは席に戻る。

 

 その全ての上に、見えない刃が降りていた。

 

 ホグワーツはまだ気づかない。

 ここから――城は獣の通る森になる。

 

 「あぁそれとそれと、新しい先生がホグワーツにやってきてくれた。闇の魔術に対する防衛術を担当してくださる。リーマス・ルーピン先生じゃ、それとペットである犬のパッドフット君じゃ」

 

 ダンブルドアが飄々とした声で告げると、教職員席の端に座っていた痩せた男が静かに立ち上がった。少しくたびれたローブ、目元の影は深く、しかし微笑みは柔らかい。生徒達はざわりとざわつき、小声で噂を交わした。だが、誰もその足元に気を向けない。

 

 テーブルの下。そこには黒々とした毛並みを持つ大きな犬が眠っていた。大きく、堂々とした体躯。賢い目。犬というより、獣という方が相応しい存在感だった。

 

 「へぇ……本当に馴染んじまってるとはな」

 

 ホグワーツ大広間の高い梁の上、暗がりに溶けるように身を潜めていた伏黒甚爾が低く呟いた。紛れもなく、あの黒犬はシリウス・ブラック。アニメーガスで(動物もどき)ある彼は、堂々と姿を晒しながらも、誰にも正体を悟られていなかった。

 

 「スネイプは嫌そうな顔だな」

 

 スネイプは席に座ったまま、表情を全く動かさない。しかしその目はルーピンに突き刺さっている。あれは敵意と憎悪と、そして警戒。12年前に捻じれた因縁が、今も冷たく息をしているのだ。

 

 ルーピンはその視線に気づいているはずだが、微塵も反応を見せない。ただ、静かに息を整え、礼節だけを守って席に戻る。大広間にはルーピンの持つどこか陰りのある穏やかさと、シリウスの存在を抱えた緊張が溶け込んでいた。

 

 「……シリウス、上手くやってるじゃねぇか」

 

 梁の上で甚爾は目を細めた。そもそもこの“着任”も、ダンブルドアの手綱さばきによるものだ。闇の魔術に対する防衛術は、毎年呪われたように担当者が変わる。クィレル、ロックハート。その中で、ルーピンがここに立つという事実は、“シリウスを守る盾”であり、“真実を取り戻すための足場”だった。

 

 大広間では食事が並び始め、生徒達は各々談笑を始める。新入生は緊張と高揚に頬を赤らめ、上級生は夏休みの出来事を話し合う。余所行きの平和が、大広間にだけはまだ許されていた。

 

 その平和の中に、ほんの僅かに異物が混じっていることに気づく者は少ない。

 

 黒い犬は眠っているように見えた。だが、耳は常にわずかに動き、周囲の気配を拾っていた。獣ではなく、男としての本能で。

 

 ルーピンは食卓に手を伸ばし、控えめにパンを裂いた。指先は細く、疲労が滲む。だがその顔には、生徒の前に立つ者としての責任が宿っている。彼は弱くはない。ただ、優しいだけだ。

 

 「……さて」

 

 梁の上で甚爾は身を翻した。気配は薄く、存在は空気に溶ける。

 

 「こっからが“本番”だ。鼠を追い詰める」

 

 姿は闇に消えた。

 

 大広間では誰も、伏黒甚爾が頭上にいたことに気づかない。

 

 ただ静かに、新たな学期が始まる。

 

 

 始業式が終わり、生徒達はそれぞれの寮へと戻って行った。夏の名残がまだ残る夜の空気はむしろ熱が篭り、談話室の暖炉は火が落とされているにも関わらず、そこに集まる生徒達の熱気で少し蒸すようだった。

 

 グリフィンドール談話室では、例の4人――ハリー・ポッター、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャー、そしてネビル・ロングボトムがソファや椅子に思い思いの体勢で腰を落ち着けていた。

 

 「やっぱりフシグロ先生は来なかったね。アズカバンを脱獄したから、そのまま復帰してくるのかと思ったけど……」

 

 ハリーは大広間からこっそり持ち帰ったビーフジャーキーを噛みながら言った。夏の間、ダドリーと共に筋トレを行った彼は、以前よりも身体の反応が鋭くなっていた。こうしたタンパク源の確保に妙な熱意を持っているのも、その影響だろう。

 

 「そもそもなんで捕まったんだ?」

 

 ロンが言った。テーブルの上には頑丈な鉄製の小さな檻。その中にはスキャバーズがいる。ロン自身が違和感を覚えているため、夏休み中にネビルにお願いして作ってもらった特注品だ。檻の中のスキャバーズは怯えたように身体を小さく丸めている。

 

 「新聞にはホグワーツで同僚の殺害と生徒への暴力、そして“殺し屋”だったことが書かれてたわ」

 

 ハーマイオニーは腕を組みながら言った。夏の間、彼女は甚爾の「実践的身体訓練」の資料を読み込み、さらに自分でも組み直して全身を鍛えていた。その成果は、捲れた袖から覗く二の腕の引き締まった形に現れている。

 

 「ハッ、先生が暴力?あれは授業だろ。それに同僚の殺害って……確かに賢者の石の時にクィレル先生は死んだが、あれはクィレル先生が悪霊に取り憑かれてたからだろ」

 

 ネビルはソファの肘掛けを使い、逆立ちに近い体勢で腕立て伏せをしていた。夏の間に鍛え抜いた身体は既に明確な変化を見せている。シャツは胸と背中で引っ張られ、縫い目がわずかに悲鳴を上げていた。

 

 「でも、新聞の書き方は偏ってるわね。フシグロ先生を“脅威”として印象づけようとしてる。断定的な言葉が多すぎる」

 

 ハーマイオニーは眉間を押さえながら言った。情報の偏差、操作、意図――彼女はそれを理解できる年齢になっていた。

 

 「先生は戻ってくるのかな……?」

 

 ハリーが呟いた。声は小さく、胸の奥にひっかかる何かを探るような響きだった。

 

 その時、ガタン、と小さな音がした。スキャバーズが檻の中で跳ねたのだ。

 

 ロンが顔をしかめてスキャバーズを覗き込み、首を傾げた。

 

 「なぁ……やっぱり変だよ。スキャバーズ、夏の間ずっと具合悪そうだったし……なんか、こう……生き物っぽくないっていうか……」

 

 「生き物だけどね」

 

 ハリーが軽く突っ込む。

 

 「そうなんだけどさ。でも……気配、みたいなものが……」

 

 ロンは言葉をうまく掴めずに迷った。だが確かな“違和感”を持っていた。

 

 「ロン、あなたそういうの前より分かるようになってない?」

 

 ハーマイオニーが言うと、ロンは目を瞬かせた。

 

 「え?そうか?」

 

 ネビルは腕立て伏せの姿勢のまま、横目でロンを見た。

 

 「体幹と呼吸が変わったせいだろ。身体が整うと、余計な雑音が減る。視界が開ける。それで“変なもの”が分かるようになんだよ」

 

 「ネビル、なんでそんなこと分かるんだよ」

 

 「先生に教わったからだ」

 

 その言葉には迷いも誇張もなかった。

 

 スキャバーズは小刻みに震えている。その震えは寒さではない。恐怖だった。

 

 談話室に満ちる空気の中で、明確に“何かが始まろうとしている”静かなざわめきが生まれていた。

 

 誰も知らなかった。

 

 梁の上、炎の影に溶ける場所に、伏黒甚爾が静かに座っていることを。

 

 彼は静かに、下の4人を見下ろしていた。その目は獣のそれではない。ただ正確に、必要な瞬間を待つ者の眼光。

 

 (……ロンのガキ、やっぱり輪郭が変わってきてやがるな。魂が少しだけ締まってる)

 

 甚爾はゆっくりと息を吐いた。

 

 (鼠は追い詰めた時が一番壊れやすい。焦らず、今は見ていろ)

 

 スキャバーズは檻の中で、ただ震えていた。

 

 逃げられない。逃げ道はすでに全て塞がれ始めている。

 

 闇はまだ静かだった。

 

 嵐は、ここからだった。

 

 「で……シリウス・ブラックの方はどうなんだろ?」

 

 ロンは檻の中で震えるスキャバーズを見ながら言った。檻はネビルが夏休みに自作した鉄製のもの。補強された枠は異様なほど頑丈で、普通のネズミなら齧って逃げることもできない。

 

 「ハリー……」

 

 ハーマイオニーは心配そうにハリーの顔を覗く。暖炉の火がゆらりと揺れ、談話室に柔らかな影を落としていた。ハリーはソファに背を預けたまま、視線を少し落として考えていた。大広間から持ち帰ったビーフジャーキーはすでに食べ終えており、皿にはわずかな塩が残るだけだった。

 

 「シリウス・ブラックは僕を狙ってるかもしれない……ってアーサーさんが言ってた」

 

 「えっ、父さんが?」

 

 ロンが勢いよく顔を上げる。耳がわずかに赤くなっている。

 

 「うん。濡れ鍋に寄ったときに言われたんだ。『シリウスは例のあの人のために動いている。あの人が復活できなかった理由を、ハリー、お前のせいだと考えている』って。だから……僕を殺そうとしてるって」

 

 談話室の空気が、ひとつ深く沈んだ。

 

 「そんな……」

 

 ハーマイオニーは口元に手を当てた。彼女は論理で世界を見ようとするが、この話には理屈が通らない。恐怖と執念と、呪いにも似た過去が絡んでいる。

 

 ネビルは静かに息を吐き、腕を組んだ。膨らんだ肩と腕は夏休み中の鍛錬を示している。

 

 「でもよ」

 

 ロンは檻に入ったスキャバーズを見つめながら言った。ネズミは小刻みに震え、そのくせ目だけが妙にギラついている。普通の小動物にはない“濁り”があった。

 

 「フシグロ先生が一緒に脱獄したんだろ? あの人がただ逃げるだけの手伝いするわけねぇよな」

 

 「……うん」

 

 ハリーは小さく頷いた。

 

 「先生は、ただ暴れる人じゃなかった。必要なときに必要なだけ殴るし、必要じゃないときは面倒そうに寝てたけど……でも、ちゃんと『狙い』があった」

 

 「そうよ。あの人はむしろ……計算深い方だわ」

 

 ハーマイオニーも同意する。彼女は授業中、甚爾が生徒の反応を見るときの目を、誰よりも観察していた。あの男は野生だけで動く獣ではない。“戦いの理屈”を身体で理解している人間だった。

 

 ネビルがゆっくりと言った。

 

 「じゃあ……きっと動いてるよ。裏で」

 

 「……うん。先生が何か仕掛けてる」

 

 ハリーの声は小さいが、不思議と揺らぎがなかった。

 

 「僕、思ったんだ。先生は……裏切らない」

 

 それは信頼というより――本能的な確信だった。

 

 その言葉に、ロンもハーマイオニーもネビルも静かに頷いた。

 

 談話室の外では、生徒たちの笑い声や足音が遠く響いている。だが、この場所だけが別の温度を持っていた。

 

 「……でもよ、もしシリウスが本当にハリーを狙ってるなら、どうやって防ぐんだ?」

 

 ロンがそう言うと、ハーマイオニーは顎に手を当てて考え込んだ。

 

 「護衛はきっと増やすはずよ。先生がいないなら、今度は……」

 

 「ルーピン先生か?」

 

 ネビルが言った。ルーピンが大人しい雰囲気の中に、どこか芯の強さを持っているのは皆が感じていた。

 

 「でも……スネイプはものすごく嫌そうだった」

 

 ロンの言葉に三人が苦笑する。

 

 スネイプは人前では滅多に感情を露わにしない。それなのに、ルーピンを見る視線には明らかな敵意があった。

 

 ハリーは静かに目を伏せた。

 

 「とにかく……襲われるなら、戦うしかない」

 

 その言葉は小学生のものではなかった。

 

 ネビルが拳を握りしめる。

 

 「俺たちも強くならねぇとな」

 

 「うん。明日からまた鍛えよう」

 

 ハリーとネビルは自然と視線を交わした。

 

 ロンがぼそっと言う。

 

 「……俺も、か?」

 

 ハーマイオニーはため息をつきながら微笑んだ。

 

 「もちろんよ。ロンも、よ」

 

 「お、おう……!」

 

 ロンは耳まで真っ赤になりながら笑い、再びスキャバーズの檻を抱きしめた。

 

 しかしそのスキャバーズは、暖炉の火でも届かないような冷たい影の中で、ぎょろりと眼を光らせていた。

 

 ――まだ逃げられる。

 

 ――まだ誤魔化せる。

 

 だが、その震えは止まらなかった。

 

 ピーター・ペティグリューは知っていた。

 

 “術師殺し”は、もうすぐそこにいる。

 

 

 

 

 

 

 生徒達が談話室で語らう頃、ホグワーツ最上階の校長室では、暖炉の火が静かに弾けていた。壁に掛けられた無数の肖像画の元校長達が、興味深げにこちらを眺めている。その中央で、ダンブルドア、マクゴナガル、スネイプ、そして新任教師となったリーマス・ルーピンが向かい合っていた。リーマスの足元には、黒い犬――パッドフットがじっと伏せている。

 

 「ダンブルドア先生、これはどういう事なんですか?」

 

 リーマスは声を抑えながら言った。怒りよりも「理解が追いついていない」という表情だった。

 

 ホグワーツに着いたばかりの彼は、駅で黒い犬が自分の足元に駆け寄ってきた瞬間にすべてを悟った。12年ぶりの再会。しかし再会の言葉を交わす暇もなく、すぐに始業式が始まり、そして今に至る。

 

 「うむ。このような事態の始まりは、まずフシグロ先生が魔法省ウィゼンガモットによって拘束され、アズカバンへと収監されたことにある。じゃが……知っておる通り、彼は無実じゃ」

 

 ダンブルドアは穏やかに言う。隣でマクゴナガルが頷く。

 

 「それは理解しています。しかし――」

 

 リーマスの声が続く前に、スネイプが低く息を吐いた。

 

 「問題はブラックだ。校長、私には到底納得できん。なぜこの男を、この城に入れたのです?」

 

 「ウォフッ」

 

 黒犬が低く鳴いた。シリウス・ブラック、その本来の姿。リーマスはその頭にそっと手を置いた。シリウスは声を出せない代わりに、牙を見せず、ただ目だけで「静かにしてろよ」と告げるようにリーマスを見上げる。

 

 「シリウスは無実じゃ」

 

 ダンブルドアは断言した。

 スネイプの眉が静かに吊り上がる。

 

 「証拠はあるのですか?」

 

 「証拠を得るために、今、動いておるのじゃ」

 

 その言葉に、部屋の空気がわずかに重くなる。

 

 「フシグロ先生ですね……」

 

 マクゴナガルが小さく呟く。

 

 「そうじゃ。彼に《鼠》を追わせておる」

 

 スネイプは深い溜息を吐いた。

 

 「鼠?……まさか、ウィーズリー家の飼っているあの……薄汚れたネズミが?」

 

 「そうじゃ。奴こそ、ピーター・ペティグリュー」

 

 リーマスはその名を聞いた瞬間、顔色が変わった。胸の奥に、古い記憶と痛みが一気に溢れ出す。

 

 「ピーターが……生きていた……?」

 

 「生きておるどころか、今も友を裏切った事実を隠しながら、ぬくぬくと過ごしておる。シリウスは無実。咎を受けるべきはピーターじゃ」

 

 ダンブルドアは静かに語る。

 

 スネイプは腕を組んだまま、眼光だけでダンブルドアを見る。

 

 「……フシグロが動いているなら、遅かれ早かれ捕まるでしょう。あの男は“逃げる”という概念を相手に許さない」

 

 その言葉には、皮肉ではなく、純粋な事実の重みがあった。マクゴナガルが小さく息を呑む。

 

 「セブルス……あなたがフシグロ先生を評価しているとは思いませんでした」

 

 「私は“結果”を見る主義だ。あの男は生徒達をいじめ抜いたが、それは全て“生き残らせるため”だ。甘い教育は子供を殺す」

 

 スネイプは淡々とした声で言う。そこには確かな信頼が滲んでいた。

 

 だが次の瞬間、スネイプの視線はパッドフットへと鋭く向けられる。

 

 「だがブラック。貴様は別だ。……私はまだ、お前の言葉を信用せん」

 

 黒犬はその視線を真正面から受け止めた。唸り声を上げることも、牙を剥くこともなく、ただ静かに見返す。

 

 その瞳には、12年分の寒さと、燃え残った炎が宿っていた。

 

 リーマスがそっと膝をつき、黒い毛に手を置いた。

 

 「セブルス、シリウスは――」

 

 「ルーピン。お前が何を言いたいかは分かっている。だが私は、もう二度と“信頼”だけで命を投げる気はない」

 

 その声には苦い記憶が刻まれていた。あの夜の後悔と憎悪と、癒えなかった傷。そして失ったもの。

 

 ダンブルドアがゆっくりと席を立った。

 

 「いずれ真実は明らかになる。フシグロ君が“鼠”を追い込めばな」

 

 薪が爆ぜた。音は鋭いのに、どこか湿っていた。

 

 「その時が来るまで、ブラックはルーピンの傍につかせる。学内は安全じゃ。“必要以上に”問題が起こらぬようにな」

 

 スネイプは目を細めた。

 

 「……“必要以上に”、ですか」

 

 「うむ。必要な事は起こるじゃろう。あの男が動いておるのじゃからな」

 

 全員の脳裏に、ひとりの男の姿が浮かぶ。

 

 静かに、しかし確実に《死》を運ぶ男。

 

 伏黒甚爾。

 

 そして今まさに、ホグワーツのどこかで――

 “削り”は始まっている。




アンブリッジが人気!あのおばさんを冷静に描写してしまったせいで羂◯索扱いされてて草。あんな素体価値ゼロ、利用価値もゼロの女性を乗っ取るわけ…ないですよ。
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