ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第八話

 

 

 

 

 ホグワーツが始まった。いつも通り俺は体育の授業に……は行かない。行けるわけがない。今の俺は犯罪者で、指名手配犯で、脱獄犯だ。堂々と中庭で笛を吹いてガキ共を叩き上げるわけにはいかねぇ。まぁ、やろうと思えばできるが、さすがに学校側の面子ってもんがあるらしい。俺が中庭に立った瞬間、その場にいる教師陣も生徒も、色々な意味で静まり返るだろうからな。

 

 今の俺の仕事は一つだけ。ピーター・ペティグリュー──通称スキャバーズ。あの鼠野郎が逃げないように見張ること。ただそれだけ。

 

 単純だが、意外と消耗する。あのチビは生き延びるためなら消え失せることに関しちゃ天才だ。12年もネズミのフリし続けてやがった。逃げ道や小細工に関しては、俺よりよっぽど頭が回る。だからこそ、俺が張り付いておく必要がある。

 

 その拘束と監視の報酬は、教職員報酬と変わらない。月2,500ガリオン。結局、俺は教師をしていようが監視役をしていようが、金の入りは同じって話だ。まぁ、人を見張ってるだけで金が降ってくるんなら悪くねぇ。

 

 ガキ共の学園生活は相変わらずだ。授業、宿題、食堂、談話室。のんきなもんだ。だが昔とはちょっと違う。俺が叩き込んだ筋肉と基礎体力が全員に根を張っているから、連中の動きが軽い。魔法の詠唱に入るまでの判断が速い。杖より先に身体が動く。これは自覚してなくても染みついたもんだ。俺がやったことは無駄じゃなかったらしい。

 

 新任教師のリーマス・ルーピンの授業。あれは、悪くねぇどころか、ちょっと面白い。闇の魔術に対する防衛術、通称「闇防」。去年まで散々クソみたいな教師が続いてきた科目だが、リーマスはまるで違う。

 

 授業に“空気”がある。

 

 生徒が息を呑んで聞き、考え、試す。教科書の読み合わせや呪文の丸暗記じゃなく、生き延びるための術を教えている。

 

 「気配を読むんだ。姿が見えなくても、音と空気の動きで相手の位置は割り出せる」

 「怯えるな。恐怖は呪文を鈍らせる。深呼吸しろ」

 

 ……おいおい、それ俺の授業じゃねぇか。

 

 と最初は思ったが、あいつは俺とは違う。俺は体で殴り教えるが、あいつは言葉で支える。必要な場所で必要なだけ背中を押す。生徒はそれをちゃんと受け取ってる。

 

 そして、もう一つ。

 

 あいつの足元には、いつも黒い犬がいる。

 

 でかい図体に鋭い目。毛並みはよく手入れされて、どこか誇り高い姿をしている。生徒達は“先生の飼っている犬”だと信じて疑ってない。

 

 まさか、そいつがシリウス・ブラック本人だなんて思いもしないだろう。

 

 あいつは授業中は一言も喋らねぇ。ただ静かにリーマスの横に座り、時々生徒達の方へ視線を向ける。その目はまるで、過去に失った時間を撫でるみたいな目をしている。あの目を見て、初めてシリウスのことを“生徒を見守る大人”として見れたやつがいたら、そいつは中々洞察力がある。

 

 まぁ生徒は誰もそこまでは気づいちゃいない。

 

 だが……ただ一人──ロンだけは、檻の中の鼠を見て、うっすらと察している。

 

 あの目は完全に“気づいた顔”だった。

 

 ただ、言葉にしない。確信はしていない。けど、直感はもう答えに触れている。

 

 人間はこういう時、妙に静かになる。

 

 逃げようとする奴と、追い詰める奴。

 

 その狭間で、空気はピリついていく。

 

 俺は時計塔の上から校庭を眺めながら、溜息をついた。

 

 生徒達は成長してる。リーマスは良い仕事をしている。シリウスは生きる理由を取り戻しつつある。

 

 あとは──ピーターを、逃がさないだけだ。

 

 それだけなんだが、それが一番厄介なんだよな。

 

 さて、今日も張り込むか。逃げ道は全て塞いだつもりだが、奴は生き延びることに関してだけは天才だ。だからこそ、捕まえる価値がある。

 

 「今日はどうかね?フシグロ君」

 

 「連日張り込んでるが逃げる気配はねぇな。ビクついてるだけだ」

 

 「ふむ……」

 

 時計塔の上。高い位置から校庭全体が見渡せる。風が頬に刺さるぐらい強い。

 

 俺の隣にはいつの間にかダンブルドアのジジイが立っていた。こいつはこの風の強さでも全く平気な顔してる。たぶん魔法でどうとでもしてるんだろうが、単純に図太いだけかもしれねぇ。

 

 「ピーターは相変わらず檻の隅で震えておるのか?」

 

 「震えてるっつーか、もう魂抜けてるな。ネビルの作った檻が効いてる。あの金属、噛んでも歯が折れるだけだ」

 

 「ほほう、ネビル・ロングボトムは面白い器じゃな」

 

 「アイツは根性だけなら相当だろ。あとは追い込み次第だ」

 

 入学当初あいつは勝手に落ち込んで、勝手に立ち上がった。俺は別に励ましてねぇ。ただ淡々と現実とやるべきことを突きつけただけだ。だが、あのガキは逃げなかった。それが全てだ。

 

 「しかしフシグロ君、ずいぶんと生徒との距離が縮まったものだの」

 

 「は?俺がガキ共に優しいとか言いてぇのか?」

 

 「優しいとは言っとらん。だが、信頼はされておる」

 

 「……勝手に信頼されてるだけだ。俺は指導しただけ」

 

 「そういうのを世間では“信頼されている”と言うのじゃよ」

 

 はいはい、と心の中で吐き捨てた。ジジイはこういうところでいちいち人の内側を突いてくる。面倒な性格してる。

 

 風を切る音が耳元で鳴る。校庭には学生達が見える。遠目で分かる。体幹の使い方、歩幅、呼吸の深さ。俺がしばらく授業してねぇのに、まだ鍛えた動きの癖が残ってる。筋肉は裏切らねぇ。努力もな。

 

 「しかし、逃げる気配がないのは気になるの」

 

 ジジイが空を見上げる。

 

 「追い詰められた獣ってのは、逃げる隙を伺う。だがあいつは……完全に折れてるな」

 

 「折れた獣は、時に一番厄介じゃ。油断はできんぞ。【窮鼠猫を噛む】という諺があるくらいじゃからの」

 

 「あぁ分かってる」

 

 俺はポケットから一本の煙草を取り出した。火は点けねぇ。吸う気もねぇ。ただ癖だ。考える時に指先で何か触れたくなる。ダンブルドアのココアシガレットと同じだな、結局。

 

 「それにしても、リーマスの授業は好評のようじゃな」

 

 ジジイがそう言うと、遠くから子供たちの笑い声が聞こえてきた。防衛術の授業中らしい。

 

 「リーマスは教えるのが上手ぇ。それに、横に犬(シリウス)がいるからな。緊張感はいつでもある」

 

 「ふむ……あやつは良い教師じゃ。人柄も優しい。生徒は伸びるじゃろうな」

 

 「優しすぎる方が問題だ。現実はもっと冷てぇ。甘けりゃ死ぬ」

 

 「じゃが、生きるための“光”も必要じゃ。おぬしは“闇”の訓練を与えた。リーマスは“支え”を与えとる」

 

 「勝手にバランス取るな。俺は教える気なんてねぇ。ただ殴って鍛えただけだ」

 

 「それでいいのじゃ。結果が出ておる」

 

 ジジイはそう言って笑う。ほんとこいつは何考えてるかわからねぇ。いや、考えてること多すぎて掴めないだけか。

 

 「しかしフシグロ君。アンブリッジが動いておる」

 

 「……あのピンククソババアか」

 

 「魔法省でおぬしの“社会的抹殺”を叫んでおったそうじゃ。妖精から聞いた」

 

 妖精……ドビーか。あいつは余計な情報まで仕入れる癖があるが、役には立つ。

 

 「けど、ホグワーツは安全だろ?」

 

 「いや。魔法省はホグワーツへ干渉しようとしておる。ディメンターも、動かされるじゃろう」

 

 俺は舌打ちした。

 

 ディメンター。

 

 あのアズカバンのクズ共。生気を吸い取り、過去の最悪の記憶を無理やり引きずり出す、忌々しい幽鬼。かなりの数を叩き潰したが、まだいやがったか。

 

 「シリウスは大丈夫か?」

 

 「大丈夫じゃ。あやつはもう“過去”に呑まれん。わしとおぬしで旅をしたのが効いたんじゃろうな」

 

 そうかよ。まぁ、あいつは強ぇよ。

 

 俺は空を見た。曇ってる。風が強い。嫌な空気の前ぶれってやつだ。

 

 「……ピーターが動くのは“その時”か」

 

 「ほぼ間違いないじゃろう」

 

 「じゃあ準備だな」

 

 ジジイが頷く。

 

 風が鳴った。その音は、これから何かが始まる前触れみたいに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 3年生から占い学という授業が始まった。螺旋階段をきしませて最上層の小さな塔に入ると、薄暗い室内に赤いランプが垂れ、香の甘い匂いが漂っている。丸卓にはティーポットとティーカップ、皿、砂時計。カーテンは重く、窓は曇り、外気は完全に遮断され、空気はぬるくまとわりついていた。

 

 教壇の背後のビーズの帷子を揺らして、シビル・トレローニーが姿を見せた。底の深いメガネはランプの火を二重三重に映し、髪はぼさぼさ、帽子は微妙に傾き、袖口のレースは焦げていた。おそらく本当に火を扱うのが下手なのだろう。

 

 「ようこそ子供達!ここは気高い占い学の聖域でございます!さぁ、本日の諸君に“眼力”が備わっているか、わたくしが見て差し上げ――イタタッ」

 

 テーブルの角に小指をぶつけ、ビーズがしゃらりと鳴った。後列のスリザリン数名の肩がピクリと震える。しかし誰も笑わない。笑えば腕立て。それはすでにホグワーツ生全体の共通認識だった。

 

 「ゴホン。わたくしはトレローニー教授。占いとは感じ、読み、掬い取る学でございます。まずはティーカップの底に現れる“しるし”から始めましょう。淹れて、回して、飲みきって、底をご覧なさい。図形と配置が語るのです」

 

 湯気が立ち、室内の霞が濃くなる。グリフィンドールの机では、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルが並んで座っていた。彼らの手付きは無駄がない。背筋は伸び、肘は張らず、茶を注ぐ動きすらなめらかだ。伏黒甚爾の授業で叩き込まれた基礎が、ここでも生きていた。

 

 「飲み干したら、時計回りに3回回して、逆さにして皿に置く。10数える。はい、始め」

 

 それぞれが静かに動作をこなす。ハリーは落ち着いていた。ロンは茶葉の渋みで顔を歪めたがこぼさない。ハーマイオニーはなぜか既に手順を熟知している。ネビルは慎重だが、去年までのように手は震えていなかった。

 

 「そちら、ネビル・ロングボトム。カップを見せてみなさい」

 

 ネビルはこくりと頷き、そっとカップをトレローニーに差し出した。

 

 「ふむ……これは……犬、ですね。それも2匹。小さなものを追っている……追跡、執念、あるいは“過去が形を変え、再び表に出る兆し”と読み取れます」

 

 ロンが茶を吹きそうになり、必死に口を押さえた。

 

 「いやいやいや……なんでネビルのカップに“追われるネズミ”みたいなのが出るんだよ……」

 

 「ロン、それ以上言わない方がいいわ。」

 ハーマイオニーは淡々としていたが、耳だけがわずかに赤い。彼女も察している。ただ合理性で飲み込んでいるだけだ。

 

 ハリーは視線を落としたティーカップの底をじっと見つめていた。彼の底には、ぼんやりした影が一つ。輪郭の崩れた何かが沈んでいる。形は定まっていない。ただ、薄い黒。

 

 その黒は、記憶の闇に似ていた。

 

 「ハリー・ポッター。あなたのカップは……霧の中。まだ形にならない未来。選ぶ道で輪郭が変わる。“決断”が近いという暗示」

 

 教室がわずかにざわついた。だが誰も声を上げたりはしない。静けさが支配していた。

 

 ロンは自分のカップを見た。底には、ねじれた線が一本。力任せに書かれたような、不器用な印。

 

 「これは“迷い”ですね。道はあるのに、踏み出す足が止まっている。けれど、決して悪いしるしではありません。迷っても進める者は、迷わず止まる者より強い」

 

 ロンは少し顔を赤くした。

 

 最後に、ハーマイオニーがカップを戻した。底には、星のような形。

 

 「あなたは……すでに見えていますね。学び、理解し、吸収しようとする者の光。あなたは今、学問が未来を開く段階にいます」

 

 「先生、それ占いじゃなくて観察ですよね?」

 

 「オッホッホッホ!バレました?」

 

 ほんの少し笑いが漏れたが、それでも誰も声に出して笑わなかった。

 笑えば腕立て。反射は強い。

 

 香の甘さが濃くなる。外の風は届かず、塔の中だけ時間が止まったようだった。

 

 だが、全員気づいていた。

 どのカップも、形を変えて“迫り来るもの”を示している。

 

 犬。

 影。

 迷い。

 決断。

 

 ただ一言にもまとめられる。

 

 “逃げ場はなくなる”

 

 それを理解していないのは、トレローニーだけだった。

 

 占い学の授業を終え、3年生達は螺旋階段を降りていた。塔の内部はランプの熱と香草の匂いが充満していたが、階段を抜けて外に出ると、一気に冷えた空気が頬を打った。9月のホグワーツは夏の余韻をわずかに残しつつも、早くも秋の気配を纏っていた。空は高く、雲は薄い。光は柔らかいが、風だけが季節の移り変わりを告げていた。

 

 「というかハーマイオニー?いつの間に授業に来てた?最初絶対いなかっただろ」

 

 ロンが階段の手すりを握りつつ、振り返るように言った。

 

 「私は最初からいたわよ?」

 

 ハーマイオニーは何でもないように答えた。だが、その声にはわずかに呼吸の揺らぎが含まれていた。ほんの少しだけ。

 

 「いやいやいや、俺は見たぞ。席ひとつ空いてたんだって」

 

 「ロン、あなたはティーポットの蓋も見落とすじゃない」

 

 「なんでそこでそれ出すんだよ!あれは湯気で見づらかっただけで!」

 

 「そうね。あなたの視界は湯気に負ける程度ということよ」

 

 「ぐっ……!」

 

 ハリーは笑いを堪えるために唇を噛んだ。ネビルは既に肩を震わせている。

 

 「まぁ……ハーマイオニーは時々そういうのあるよな」

 

 ハリーが言うと、

 

 「ある」

 

 ネビルも即答した。

 

 ハーマイオニーはむっとしたが、その表情の奥にはどこか照れも混じっていた。彼女の無理な時間割――つまり“時間逆行呪文”の片鱗は、まだ誰も知らない。ただ、こうした“ズレ”だけが、静かに生活の中に滲み出ていた。

 

 塔を出ると、柔らかな草の匂いが風に乗って漂ってきた。中庭の芝生はまだ鮮やかな緑を保っており、森の方角では木々がゆっくりと色を変え始めていた。小さな葉が時折ひらりと落ちる。夏の終わりと秋の入り口が曖昧に重なっていた。

 

 「そういえばロン、カップの底ちゃんと見えたか?」

 

 ハリーが歩きながら言った。

 

 「……見えたけどよ、なんか……こう……人みたいな影?いや、人だったもの?って感じだったんだよ」

 

 「人だったもの……」

 

 ハーマイオニーがゆっくり繰り返した。

 

 ロンは無意識に胸の前で腕を組んだ。それは防御姿勢。伏黒甚爾の授業で自然に身についた、危険を無意識に感知したときの反射の形だ。

 

 「ネビルのは?」

 

 「犬が2匹、何かを追ってる……そんな感じ」

 

 「犬が……2匹」

 

 ハリーの足が半歩だけ止まりかけた。

 

 シリウス。

 

 そして、もう一匹。

 

 だがそれを口にするのは早すぎた。

 

 「トレローニー教授の言ってることは……全部が全部嘘じゃないのよ」

 

 ハーマイオニーは目を伏せた。

 

 「フシグロ先生なら言うぞ」

 

 ネビルが声色を低くして言った。

 

 『見えねぇって言うなら、殴られて見えるようになれ』

 

 「絶対言う」

 

 4人の声が揃った。

 

 その瞬間だった。

 

 空気が、一瞬だけ沈んだ。

 

 音が吸い込まれるように消えた。

 風が止まり、梢の揺れも収まる。

 鳥の鳴き声すら遠ざかった。

 

 「……なんか、おかしくない?」

 

 ハーマイオニーが立ち止まった。

 

 ハリーも同じ方向へ視線を向ける。

 

 遠く、森の向こう。

 湖の上空に、薄く黒い“影”が漂っていた。

 

 煙ではない。

 霧でもない。

 そこにあるのは、気配だ。

 

 心の奥を冷やすような、いや、吸い取るような感触。

 

 「……あれ、なんかやだな」

 

 ロンの声は低く落ちた。

 

 「大丈夫だ。あれはまだ遠いよ。ハグリッドが待ってるから行こう」

 

 ハリーは呼吸を整えながら言った。

 

 4人は再び歩き始める。足音が土を踏むリズムに戻る。しかし、その背中を“影”が追うように、ゆっくりと形を増していった。

 

 まだ誰も知らない。それが ディメンター の影であることを。

 

 まだ誰も知らない。この夏が、ホグワーツの空気を変える季節になることを。

 

 ただ風だけが、それを知っていた。

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