ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十一話

 

 

 

 

 10月某日の夜、生徒たちは寝静まり静かとなったホグワーツ。昼間は笑い声と羽音と本の紙をめくる音で満ちている校内も、夜になると一気に静寂に包まれる。石造りの廊下は冷え、月明かりが細い窓から差し込んで細長い影を作っていた。

 

 闇の魔術に対する防衛術の教室奥、そのさらに奥にある小さな個室がリーマス・ルーピンの部屋だった。白い灯りはほとんど落とされ、蝋燭の火だけが机上を照らしている。蝋燭は半分ほど溶けており、灯芯が静かに揺れていた。

 

 暖炉では小さな火が燃えており、木がジリ、と鳴る。火は弱いが、部屋にある程度の暖かさを保っていた。

 

 その暖炉の前に、黒い犬が丸まっていた。ふかふかした毛並みではなく、引き締まった筋肉を覆う黒い毛皮。瞳だけが妙に人間的だった。

 

 リーマスは椅子に腰をかけ、膝の上に開いた本を閉じた。

 

 「シリウス、生徒達は君をとても気に入ってるみたいだ」

 

 黒い犬がゆっくりと頭をもたげる。

 

 「正直、悪くはないな。撫でられるのは嫌いだったが、今はそれ程悪い気分じゃない」

 

 犬の姿のまま低い声が響く。そう、人の言葉だ。だがこの部屋には二人しかいないからこそのものだ。

 

 「賑やかなのは、いいものだよ。アズカバンでは……」

 

 リーマスは途中で言葉を切った。語る必要のないことだった。

 

 シリウスは暖炉の火を見つめたまま動かない。

 

 「俺は……生きてるって実感がなかった。あそこでは、自分の体温も心拍も、息すら他人事だった」

 

 「……よく戻って来たよ、シリウス」

 

 リーマスの声は静かだった。淡々としているようで、底に強い響きがあった。

 

 「だが、まだ終わっていない。ピーターがいる限り、俺は解放されない」

 

 「そうだな」

 

 リーマスは火の揺らめきをじっと見つめる。蝋燭の影が彼の頬に細い陰を落としている。

 

 「ピーターはこれまでずっと逃げ続けた。恐怖に縋り、嘘にしがみつき、最後には自分自身すら手放した。あれはもう“個”ではない。残っているのは、逃避の形だけだ」

 

 シリウスは低く息を吐いた。

 

 「奴は死にたくはない。捕まりたくもない。認めたくもない。だから逃げる」

 

 「だがもう逃げ場はない」

 

 「……伏黒がいるからか」

 

 リーマスはわずかに微笑んだ。その笑みはどこか呆れ、どこか敬意を含んでいた。

 

 「彼は、手段を選ばない。目的がはっきりしているからな。逃がさないと決めたなら、必ずそうする」

 

 シリウスの黒い耳がピクリと動く。

 

 「お前、あいつのやり方に心配してるのか?」

 

 「……少しだけ」

 

 リーマスは膝の上に残していた紅茶に口をつける。温度はとっくにぬるくなっていた。

 

 「甚爾は優しいわけではない。だが残酷というわけでもない。ただ、“筋”が通らないものを許さないだけだ」

 

 「俺達とは、違う種類の生き方だな」

 

 「そうだ。私達は“関係”で動く。仲間だから、友だから、失いたくないから。だが、彼は……生きるためにだけ動く」

 

 火がはぜた。ぱち、と小さな音。

 

 「だからこそ、ピーターには逃げ場がない。甘さも、情けも、後回しにされる」

 

 どこか遠くで、城の床板が鳴る音がした。夜のホグワーツは生きているように音を立てる。

 

 シリウスはゆっくりと言った。

 

 「それでも、俺は奴を止めたい。俺自身の手で」

 

 「分かっている」

 

 短い返事だったが、言葉は深かった。

 

 「シリウス」

 

 「なんだ」

 

 「君は、もう“罪”に囚われなくていい」

 

 暖炉の火が、ひときわ大きく揺れた。

 

 シリウスは目を閉じた。長い沈黙が落ちる。風が窓を小さく叩いた。

 

 そして、ゆっくり目を開けると、その瞳にはかすかな光があった。

 

 「ありがとう、リーマス」

 

 それだけだった。

 

 だがそれで十分だった。

 

 部屋には再び静けさが戻る。火の音だけが呼吸を続けていた。

 

 シリウスは犬の姿のまま静かに部屋を出た。足音はまるで影のように軽く、廊下の石床に触れても音を立てない。夜のホグワーツは深い静寂の中にあり、火熾しの残り香だけが空気に溶けている。

 

 向かう先はグリフィンドール寮だった。長い廊下には風が通らない。飾られた肖像画は皆眠っており、額縁の中で人影は毛布をかぶるように静止している。時折、寝返りのきしむ絵具音が小さく響いた。

 

 廊下は闇に包まれ誰もいない。夜間巡回は行われてはいるが、今は別の階層を回っている時間帯だ。タイミングはすでに計算済みだった。

 

 寮の前に着いたところで、シリウスは一旦人間の姿に戻った。骨格が変わり、毛が収まり、黒い影が長身の男の輪郭を形作る。

 

 程よく伸びた黒い髪、整えられた顎髭、無駄を削ぎ落とした筋肉を纏う体つき。かつて貴族の血を引く名家の出であったことを思わせる、仕立ての良い茶色のスーツ。その目だけが、深すぎる闇を宿していた。

 

 「貴婦人、今日も頼む」

 

 シリウスは優しい声で寮の門番である絵画の婦人に声をかけた。声は低く穏やかで、眠りを乱さない温度だった。

 

 「……お入りなさい」

 

 絵画の婦人は少しだけ戸惑い、そのあと静かに微笑んだ。そこには恐怖も疑念もない。ただ、確信があった。目の前の男が、決して生徒に害をなす存在ではないことを。

 

 「ありがとう」

 

 扉は軋みもせず静かに開いた。その瞬間、シリウスの姿は再び黒い犬へと溶けていく。肉体がゆらぎ、影が重なり、息をするように形が戻った。

 

 犬の姿のまま、談話室を抜けた。暖炉の火は落とされていたが、まだ微かな熱が石材に染み込んでいる。ソファには誰もいない。深夜のグリフィンドールは不思議な穏やかさに包まれている。

 

 彼は静かに階段を上り、男子寮の扉へと歩いた。扉は少しだけ開いていた。音もなく、影が影へ溶けるように、中へ侵入した。

 

 スキャバーズの方を見る。

 

 窓辺に伏黒甚爾がいた。腕を組み、背を壁につけ、ただ静かに檻を睨み続ける姿。呼吸は深く、乱れがない。まるでそこに置かれた像のようでありながら、僅かな緊張が空気を張り詰めさせていた。

 

 あれは監視ではない。逃げ道を消す“存在”そのものだ。

 

 しかしシリウスは、まずハリーの寝顔を見た。

 

 ベッドに沈む少年は、穏やかだった。眉間に少し皺が寄り、夢の中でも何かを追っているようだったが、それでも眠りは深い。無垢な寝息が部屋に満ちていた。

 

 黒い犬はそっと近づき、前足で毛布を持ち上げるようにしてかけ直した。

 

 (すまない……すまない……)

 

 贖うべき年月はあまりにも長く、失われた時間は戻らない。それでも、この瞬間に触れることで、シリウスはかすかに呼吸が楽になるのを感じた。

 

 次にロンのベッドへ。そこには乱雑に乱れた寝相と、規則正しい寝息。素直で、真っ直ぐで、どこか脆い少年の気配。

 

 そしてその脇に置かれた檻。

 

 中にはハダカデバネズミのような、痩せて震えるスキャバーズの姿。

 

 シリウスは檻の前に腰を下ろし、真っ直ぐにその小さな生き物を見つめた。

 

 「ウォフ(お前を見ているぞ、ピーター)」

 

 声は低く、静かで、揺らぎがない。怒りでも憎しみでもなく、“決定”の色だった。

 

 「チュゥ……(もう……嫌だ)」

 

 ピーターの声は細く、擦れていた。喉が潰れ、魂が擦り切れた音。

 

 伏黒甚爾は微かに視線を動かしただけだった。

 

 「あぁ、わかってんだよな、ピーター。お前は逃げたい。全部無かったことにしてぇ。誰かに許してもらいてぇ。そういう顔だ」

 

 言葉は発されなかったが、空気がそう語っていた。

 

 シリウスはただ座り続けた。

 

 伏黒甚爾は沈黙のまま睨み続けた

 

 ピーターは逃げたくても逃げられない。

 

 この部屋には、まだ終わらない十数年の清算が眠っていた。

 

 

 

 

 

 まだ日も出ない早朝、俺はガキ共が起きる前に寮を出た。談話室は静かで暖炉は芯だけ赤く燻っている。外に出る前に背後を一度見る。黒い犬が檻の前に座り、じっと中身を睨んでいた。息の音すら揺れねぇ。

 

 「(じゃあな)」

 

 「(任せろ)」

 

 声もいらねぇ。視線と空気だけで会話は足りる。そういう関係だ。

 

 グリフィンドール寮を出て、廊下を素早く抜ける。絵画の住人はまだ眠っているが、こっちに気づく奴はいる。だが、俺の顔を見ても誰も騒ぎ立てたりはしない。見て見ぬふりというやつだ。それが賢い。

 

 大広間までの道は静かだった。ホグワーツは夜明け前が一番落ち着く。廊下の冷えた石、空気の湿り、天井に残る夜気。俺はこういう時間が嫌いじゃない。

 

 大広間に入ると灯りは半分だけ点いていた。調理担当の妖精達が忙しなく動いてる気配がする。俺はいつもの席に座った。生徒がいない長机は妙に広い。

 

 「和食。鮭、白飯、味噌汁、卵焼き、海苔、漬物。それとほうじ茶」

 

 言い終える前に、料理は滑らかに形を成すようにテーブルに並んだ。魔法は便利だ。便利すぎて腹が立つ時もあるが、飯に関しては文句はない。

 

 まず白飯。粒が立ってる。ふっくらしているのに噛めば少し張りがあって、舌に甘みが残る。湯気の香りだけで腹が動く。

 

 味噌汁は出汁が深い。昆布と鰹がしっかり生きていて、湯気と一緒に鼻に抜ける香りが心臓の奥をほぐす。具は豆腐と葱。余計なものがない。

 

 鮭は皮がこんがりとして香ばしい。箸で割るとじんわり脂がにじむ。塩は強すぎず、米が進む。

 

 卵焼きは甘さ控えめで、噛んだ時に出汁がじゅっと舌に広がる。これを米の上でひと呼吸置くだけで、口の中が幸せになる。

 

 漬物はしそと塩の香り。海苔は炙ってある。ほうじ茶は香ばしくて、全ての味を喉の奥に沈めてくれる。

 

 こういう飯は静かに食うのが一番だ。

 

 箸を置き、湯呑みを傾ける。温かい。

 

 「……あぁ、悪くねぇ」

 

 大広間は俺と妖精だけだが、声に出す。妖精がこっちをチラリと見るが何も言わない。いつものことだ。

 

 スキャバーズは限界だ。昨日の夜の時点で魂が揺らいでた。もう少しだ。全部吐かせられる。

 

 ただ、それにはタイミングがいる。生徒達の前でやるのが一番だ。情報は広がれば勝手に形を持つ。俺が何をしたか、シリウスが何をしたか、ピーターが何をしたか。それらは事実として叩きつける必要がある。

 

 食い終わると、皿は自動で片付いていった。立ち上がり、校長室へ向かう。動く階段が軋む音が響き、石造りの壁に反響する。塔の最上には、いつもと変わらない空気がある。

 

 扉を開ける前に、向こうから声がした。

 

 「おはよう、フシグロ君」

 

 ダンブルドアは暖炉の前で椅子に腰をかけ、コーヒーのようなものを啜っていた。ローブの袖口から覗く手はしわだらけだが、指先は魔術師特有の鋭さを残している。

 

 「ピーターの方はどうじゃ?」

 

 「限界だな。昨日の夜で心が折れた。今はもう“逃げたい”も“抗いたい”も残ってねぇ。ただの残骸だ」

 

 「うむ……シリウスの“圧”も効いておるのう」

 

 「アイツ、犬の姿の方が容赦ねぇよ。夜中ずっと睨んでるからな」

 

 「おぬしもじゃろ?」

 

 ダンブルドアは苦笑した。

 

 「さて……問題はピーターよりも、魔法省側じゃな」

 

 「あぁ、コーネリウス・ファッジはまだ俺をどう扱うか迷ってる。だが問題はそう単純じゃねぇ」

 

 俺は紅茶に目を落とす。

 

 「……アンブリッジだ」

 

 「あの嬢は……執念深い」

 

 「俺“個人”に恨みがあるわけじゃねぇ。だが“秩序”だの“正しさ”だの、自分の中のルールで世界を測るタイプだ。そういう奴は一番面倒だ」

 

 ダンブルドアは頷いた。ゆっくりと、深く。

 

 「ディメンターを配置したのも彼女じゃからのぉ」

 

 「だろうな。俺とシリウスが動いた時に、“正当性”が自分にあるようにしたいんだ。世論を味方につけて、こっちが悪者になる土台を作ろうとしてる」

 

 「フシグロ君は……どう思う?」

 

 「あいつは“邪魔”だ。……だが今はまだなにもしねぇ。ただ、いずれ確実にぶつかるだろうな」

 

 「ふむ……では今は“備える”段階じゃな」

 

 「そうだ」

 

 俺は背もたれに体重を預けた。

 

 「ピーターが証言すりゃ情勢は変わる。シリウスは濡れ衣だと正式に証明できる。だがそれは魔法省に喧嘩を売るのと同義だ」

 

 「ホッホ、わしは構わんよ」

 

 このジジイは、こういう時本当に迷いがねぇ。

 

 「わしはホグワーツの校長である前に、理を曲げぬ者じゃ。真実は真実として通す。それだけじゃ」

 

 「……そうかよ」

 

 暖炉の火がぱち、と鳴った。

 

 長い冬に入る前、嵐の前に空気が張り詰める瞬間。そんな匂いがした。

 

 「で、ジジイは俺の方の“罪”をどう清算するつもりだ?ピーターを脅して全部白状させたところで俺の罪は晴れねぇ」

 

 「うむ……そこが一番悩んでおるところじゃ、最も難しい。生徒達はフシグロ君の無罪を信じておる。世間の噂を鵜呑みにせずにの」

 

 「まぁ俺としては別に逃げても構わないんだがな、金はまた殺しでもなんでもして稼げばいいし」

 

 「それはわしが困るのぉ〜ホッホッホ」

 

 ダンブルドアが紅茶をズズッと啜りながら笑った。ジジイの笑い方はいつも不愉快だ。だがそれだけで腹の内が読めるほど単純でもない。奴は常に一手先二手先を考えてる。賭け事の匂いがする。

 

 「フシグロ君が生徒達に与えた影響は大きい、だからそこを利用するとしようかの」

 

 「どうする?」

 

 「ホッホッホ……」

 

 ジジイは杖先で空中に小さな円を描いて、俺の表情をじっと見た。言葉を濁すのは奴の常套手段だ。だが今回は妙に真面目に見える。多分、相当に手がかかる手の内なんだろう。

 

 俺は蒲焼さん太郎を噛み砕きながら考えた。復職だか何だか知らねぇが、俺は本当に別に教壇に戻らなくても構わん。金さえ入ればいい。しかし金を稼ぐのに比べて、毎月の2,500ガリオンという安定収入は悪くない。食い物もキャッシュも、ジジイの言う「面倒くさい秘策」で手に入るならお付き合いしてやるか、という気分だ。

 

 「具体案は?」

 

 「ホッホ……まずは在校生と卒業生による“吠えメール”と嘆願書の嵐じゃ。魔法省とアンブリッジ嬢のメーリングリストに一斉送信、物量で圧倒する。加えてホグワーツ理事会に手土産を配り、ルシウスには個別に話をつける。あの男は金と面子に弱い、そこを突けば理事会での扱いも柔らかくなる」

 

 ダンブルドアが言う。俺は蒲焼さん太郎を噛みながら顔をあげる。

 

 「どういうことだ」

 

 「在校生と卒業生の連携じゃ。フシグロ君の授業を受けた者達に、魔法省と理事会へ嘆願を送らせるのだ。メールをじゃぶじゃぶ、咆哮の如く送らせる。『フシグロ先生を戻してください!』と」

 

 「吠えメールってわけか。子供がやるならともかく、卒業生がやるってのは凄ぇな」

 

 「うむ。しかもただの嘆願ではない。具体的な証言、成果、進路の変化、守護霊の習得率の向上、怪我の減少、学力の維持――フシグロ君の“授業”がホグワーツに与えた多角的な功績を並べ立てさせるのじゃ。感情だけじゃなくデータと物語を混ぜるのだ」

 

 「面倒だな。どうやってそんなの集めるんだ?」

 

 「教員や寮監を通して、口伝えで構わぬ。卒業生には私が直接手紙を出す。あとは諸君にも口を利いてもらおう。フシグロ君、君の“教え子”たちに少し働きかけてくれんか?」

 

 「俺が言えば『トウジ先生サイコー!』とか言って終わりだろ」

 

 「ホッホッホ、それでよい。熱意ある声が必要なのじゃ」

 

 俺は肩をすくめる。どうせ嘘八百の社交辞令より、生徒の生の声の方が効く。ガキが本気で叫べば案外政府の偉い連中もビビる。人の心理というのは単純だ。騒ぎが大きければ大きいほど、火に油が注がれる。

 

 「で、ルシウスはどうするんだ?あいつが理事の一角だろ。黙らせる手がかりはあるのか?」

 

 「そこで第二の手じゃ」

 

 ダンブルドアの眼が瞬く。酒好きの老人がこれから賭けに出る顔だ。

 

 「ルシウスには圧力をかける。穏やかに、しかし断固として。彼は名誉と影響力に敏感じゃ。小さな揺さぶりがあれば保身を優先する。子飼いの議会や同僚に疑念を抱かせるように、情報を小出しにしてやるのだ」

 

 「脅しってことか?」

 

 「事実を提示する。『フシグロ君の復帰が生徒達の統率を助け、学校の秩序に寄与する』という体裁での圧力だ。だが違うかったらいかん。脅しではなく“選択肢の提示”じゃ。要するに――彼にとって不都合な選択肢を増やすのじゃよ」

 

 俺は小さく笑った。ルシウスみたいなタイプは自分が袋小路に追い込まれるのを嫌う。そこを突くのは簡単だ。

 

 「それと理事達には手土産を配る。金を直接は出さん、品で勝負するのがわしの流儀じゃ。酢昆布、駄菓子、日本酒――小さな贈り物で心をほぐし、意見を柔らかくする。『まあまあ、この件は穏便に』と思わせるのが狙いじゃ」

 

 「日本の駄菓子で理事が動くのかよ」

 

 「人の好みは侮れぬ。お土産は礼儀であり、感情の潤滑油よ。あとはルシウスの懐柔か、少しの圧力である」

 

 俺は煙草をくわえ、灰を落とす。ダンブルドアの手段は派手だが緻密だ。賭博の読み筋みたいなものが見える。

 

 「アンブリッジはどうなる?あの女が厄介なんだ。魔法省の中で幅を利かせてるぞ」

 

 「アンブリッジ嬢には別の方法を用いる。彼女は内部で地位を固めようとするタイプじゃ。そこで、魔法省内部に小さなひびを入れるのだ。吠えメールと嘆願の嵐が来れば、彼女の支持基盤に疑念が生じる。上司の顔色が変われば、彼女の行動は制約される」

 

 「つまり外からの圧力で内部を揺さぶると」

 

 「そうじゃ。さらに、アンブリッジの行動には露出度が高すぎる点がある。過剰な強硬策は同僚の反感を買う。そこに『学校の混乱を招いた』というレッテルを貼るのだ。公的な場での小さな失敗、対応のまずさを摘発してやれば、彼女の支持は脆くなる」

 

 俺は考える。要するに大作戦は三本柱だ。生徒・卒業生の声で外圧を作る。理事会の分断と懐柔で内部を操作する。アンブリッジの信用を削ることで魔法省の動きを鈍らせる。

 

 「やることはデカいな。時間もかかるだろ。俺は待ってりゃいいのか?」

 

 「いや、諸君の働きが肝要じゃ。フシグロ君、古くからの付き合いがあるなら、あれこれ頼んでみるといい」

 

 「面倒だが分かった。要はアンブリッジを()()んだな」

 

 ダンブルドアは満足げに頷いた。

 

 「ホッホッホ、そうじゃ。その上でわしがルシウスに会い、理事に手土産を配る。魔法省には小さな“ノイズ”を送り込み、アンブリッジの支持基盤に微かな亀裂を入れる。手順は粗いが効果は確かじゃ」

 

 俺は煙草に火を点け、ゆっくり吐き出す煙を夜に溶かした。復職だか何だか、オレ自身はさほど気にしてない。だが金と面白さが絡めば話は別だ。ダンブルドアの策は賭けに似ている。勝てば安定した金と自由、負ければ面倒なことが増えるだけだ。

 

 「分かった。協力する。だが一つ条件がある」

 

 「何じゃ?」

 

 「3,000ガリオン」

 

 ダンブルドアは小さく吹き出したあと、瞳を細めて言った。

 

 「ホッホッホ……ただまぁよかろう。だが、無茶はせぬようにな」

 

 計画は既に動き出している。俺は心のどこかで、これがとんでもない騒ぎになることを楽しんでいる自分に気づいていた。そしてその騒ぎの中で、俺の罪がどのように扱われるのか――それはまだ、ジジイの手の内にあるらしい。




今更なんですがハリーが全く息してない。あの子は元気です。
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