ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第十四話

 

 

 

 

 そんなこんなで俺は無罪になり、シリウスも12年に及ぶ冤罪が晴れて名誉を回復した。

 

 ホグワーツの空気は異様なほど澄んでいた。あの大広間での騒動から3日。重く淀んでいた校舎の空気が、一気に洗われたように軽くなっている。生徒たちは授業を受け、廊下を駆け、食堂で大声を上げて笑っていた。魔法省の役人どもが去った後に訪れた静けさは、まるで戦場の夜明けみたいだった。

 

 スキャバーズ──いや、ピーター・ペティグリューは逃げた。

 逃げるだけの根性がアイツにまだ残ってやがったのは正直驚きだが、それでもシリウスの罪は晴れた。あの場で正体を暴いた時点で勝負はついてた。

 いずれにせよ、アイツがどこへ逃げたって大勢に影響はねぇ。それか、もっと厄介な“何か”に飲み込まれるか──まぁそん時はそん時だな。

 

 魔法省大臣コーネリウス・ファッジは正式な謝罪のために再度ホグワーツへやって来た。ジジイ――ダンブルドアが出した紅茶に口もつけず、額を床につける勢いで頭を下げ、そのまま帰った。プライドの塊のような男があそこまで頭を下げるとは、ジジイが裏で相当な圧をかけたんだろう。

 ドローレス・アンブリッジは上級次官を解任され、ビル管理部に左遷。いわゆる島流しってやつだ。ホグワーツのトイレ掃除でも任されてりゃ上等だな。

 

 そしてシリウスは、ようやくハリーと会った。

 

 その場には俺もいた。ダンブルドアの計らいで、再会の場は校長室に設けられた。暖炉の火が静かに揺れていた。俺は部屋の隅で紅茶を啜りながら、二人の会話を聞いていた。

 

 「……君は、本当にジェームズに似ているな」

 

 シリウスがそう呟いた時、ハリーの肩がわずかに震えた。

 

 「父さんのこと、知っていたんですか」

 

 「ああ、親友だった。君が生まれた時も抱いたことがある。泣き虫だったぞ、君は」

 

 「……覚えてません」

 

 「当たり前さ。でも、君の目はリリーの目だ。まるであの頃が戻ってきたみたいだ」

 

 ハリーは何も言わず、俯いて唇を噛んだ。

 俺はカップを置いた。12年ぶりに親の友人と向き合う――そんな重さは、あの歳のガキには背負いきれない。

 

 シリウスはそっとハリーの肩に手を置いた。

 

 「君のせいじゃない。あの日のことは、私の責任だ」

 

 「違います。悪いのはピーターですよ」

 

 「それでも私は止められたはずだった」

 

 「それでも、あなたは戻ってきた」

 

 暖炉がぱちぱちと音を立てた。

 その音の中で、ハリーが小さく笑った。

 

 「犬の姿、みんな好きみたいですよ」

 

 「あれか……あれは本当に恥ずかしいんだがな」

 

 「ロンの妹も“もふもふしたい”って言ってました」

 

 「ははは……勘弁してくれ……」

 

 その瞬間、ようやく部屋の空気が軽くなった。

 張りつめていた糸が、ゆるやかに解けるのがわかった。

 

 やがてシリウスはリーマスと肩を並べて出ていった。背中が学生時代に戻ったように見えた。十二年分の時間を、ようやく取り戻した顔をしていた。

 俺はダンブルドアの机に肘をつき、ぼそっと呟いた。

 

 「これで終いか」

 

 「いや、まだ始まりじゃよ」

 

 「なんのだ?」

 

 「フシグロ君の授業の再開じゃ」

 

 「また急だな」

 

 「生徒たちが要望書を送ってきておる。三百通を超えた」

 

 「物好きが多いな」

 

 ホグワーツに戻ってから、少しずつ俺の日常が戻っていった。

 朝はランニング、昼は筋トレ、夜はジジイと賭け事。スキャバーズもピーターもいない夜は、驚くほど静かだった。

 

 食堂で飯を食っていると、ネビルがやってきて頭を下げた。

 「先生、また授業やってください!」

 

 隣でハリーも笑って頷いていた。

 

 「もう少し休ませろ。今は教員休暇中だ」

 

 「え?そんな制度あるんですか」

 

 「作ったのはジジイだ。勝手にだ」

 

 笑い声が弾けた。

 

 その夜、また校長室に呼ばれた。

 暖炉の炎が赤くゆらめく中、ジジイが言った。

 

 「フシグロ君、シリウスはロンドンへ戻った。家の整理をするそうじゃ」

 

 「ほう」

 

 「そして君は正式にホグワーツ体育教師へ復職じゃ」

 

 「早すぎねぇか」

 

 「ホグワーツの子らは待っとる。フシグロ君の授業を望んでおる」

 

 ジジイは穏やかに笑った。

 「まったく、どいつもこいつも物好きだな……」

 

 俺は紅茶のカップを置き、椅子に深く腰を下ろした。

 戦いも脱獄も終わった。だが、まだ何かが続いていく気がした。

 

 夜は静かだった。暖炉の火がかすかに爆ぜ、窓の外では雪が舞い始めていた。

 

 

 というわけで、授業の日がやってきた。

 

 復帰1発目の相手は3年生。あのガキ共だ。

 グリフィンドールのハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル。スリザリンのドラコに加え、レイブンクローとハッフルパフの連中もいる。全員が既に俺の授業を2年間受けてきた猛者だ。冬の朝、訓練場に立ち込める空気は張り詰めていた。

 

 「お前ら、整列」

 

 「はい!」

 

 声が重なる。息が白く散り、音が凍る。誰も文句を言わない。視線の先にはいつも通りの俺、ただそれだけで全員の背筋が伸びる。

 

 「久しぶりだな。初回だ、今日は容赦しねぇぞ」

 

 「はい!!」

 

 反応が早い。身体が戦いを覚えている証拠だ。杖を持っている者は1人もいない。俺の授業で杖を使ったら、それは降参の合図だからだ。

 

 「まずは動的ストレッチ。腕立て100、スクワット200。終わった奴から走れ。外壁10周だ」

 

 全員が黙って動き出す。雪の混じった風が頬を切り、手のひらが赤く染まる。吐く息が白く、リズムを刻むように音が響く。

 ドラコが息を吐きながら叫んだ。

 

 「先生! また授業ができて嬉しいです!」

 

 「よう、“純血”。見ねぇ間に体が締まったな。良くやった」

 

 「ぐっ……嬉しい!!」

 

 腕立ての途中で顔を真っ赤にして笑う。あの誇り高いスリザリン坊ちゃんが、今は泥にまみれて歯を食いしばってる。随分成長したもんだ。

 

 外壁を10周走り終える頃には、全員の頬が紅潮し、息が荒くなっていた。足跡が雪に刻まれ、地面はぐしゃぐしゃだ。

 

 「よし、次は組み手だ。ペアを組め。手加減すんな。殴られたら殴り返せ」

 

 「はいっ!」

 

 列が散って、自然とペアができていく。ハリーとドラコ、ロンとネビル、ハーマイオニーはハッフルパフの女子と向き合った。冬の風が吹き抜け、雪がわずかに舞う。

 

 「始め!」

 

 号令と同時に、ハリーが踏み込んだ。雪が弾け、拳が空を切る。ドラコが素早く身を翻し、右足で低く払う。ハリーは地面を蹴って体勢を立て直し、逆に回し蹴りを放つ。鈍い音が響き、雪煙が上がる。

 「いいぞ、反応が速ぇ! 足の回転も悪くねぇ!」

 

 ドラコは口の端を上げ、すぐさま突進。腹に入れた肘をハリーが受け止め、腕を掴んで投げ返す。背中が地面を叩き、粉雪が舞った。

 

 「おおっ!」

 観戦していた生徒たちが息を呑む。

 

 「次、ロンとネビル、いけ!」

 

 「了解っ!」

 

 ネビルの拳は重い。だがロンの回避も鋭くなっている。二人の足音が続き、雪が飛び散る。ネビルの拳が頬を掠めた瞬間、ロンが低く滑り込み、足払いで倒した。転倒の衝撃が響き、泥が跳ねた。

 「力任せにするな、重心を意識しろ! 動きの始まりは腰だ!」

 

 「はい!」

 

 息が切れる。汗が凍る。誰も止まらない。杖に頼らず、ただ自分の肉体だけで立ち回る。

 

 日差しが雲の切れ間から差し込み、訓練場の雪が淡く光った。皆の頬が赤く染まり、呼吸が白く立ち上る。

 

 「そこまで!」

 

 俺の声に動きが止まる。全員が整列し、肩で息をしていた。制服は泥と雪で汚れているが、誰一人として不満の顔をしていない。

 

 「上出来だ。杖がなくても、立てる奴は強い。杖に頼る魔法使いは、戦場じゃただの獲物だ。お前らは違う。体を動かせる魔法使いは、生き延びる」

 

 「はいっ!!」

 

 声が訓練場に反響した。冬の空気が震えた。

 その響きの中に、2年前の初回授業ではなかった“確信”が混ざっていた。

 

 「今日はここまでだ。片付けろ。次回は雪上サバイバルだ。凍死したくなきゃ走り込め」

 

 「了解です!」

 

 笑いと歓声が入り混じる。泥だらけのまま走っていく背中を見送りながら、俺は煙草を取り出した。火をつけると、冷気の中で細い煙が昇っていった。

 

 空は青く澄み、鐘の音が遠くで鳴った。

 吐く息の白と煙が一緒に揺れて、冬の陽光に溶けていった。

 

 授業は、確かに戻ってきた。

 

 ガキ共が片付けを終えて城へ戻っていくのを見届けると、俺もゆっくりと訓練場を後にした。

 夕陽が雪を橙に染め、地面に残る足跡が長い影を落としていた。冷たい風が頬をかすめ、指先の感覚を奪っていく。

 

 「まぁ、悪くねぇな」

 

 独り言のように呟く。

 

 授業ができなかった間に多少は鈍ってるかと思ったが、どいつもこいつも筋肉の動きが生きていた。呼吸のリズムも、構えの癖も、ちゃんと体に染み付いている。俺のいない間も、こっそり鍛えていたんだろう。

 

 特にロン。

 

 あのガキは確実に変わっていた。踏み込みの深さ、反応の速さ、全てが2年前とは別物だった。ポリジュース薬で一度俺に変身した影響か、あるいはその時に“何か”を掴んだのか。どちらでもいいが、あいつの中にはもう臆病さはなかった。魔法使いの顔じゃなく、戦士の顔をしていた。

 

 城の扉を開けると、温かい空気が肌にまとわりついた。

 

 外とはまるで別世界のように暖かく、廊下を歩く生徒の笑い声が遠くから響く。ホグワーツの石壁は古びているのに、不思議と安心感がある。血と汗と、少しの酒の匂いが染み付いた俺の職場だ。

 

 職員室の扉を押すと、薬草と古紙とインクの混じった匂いが鼻を刺した。

 

 中にはスネイプとリーマスがいた。リーマスの足元にいたはずの黒い犬――シリウスの姿は、もうない。かわりに、湯気の立つカップが2つ。

 

 「フシグロ、ひとまずは復帰おめでとうと言っておく」

 

 スネイプが言った。低く、陰気で、いつも通りの声。だがどこか柔らかい。

 

 「まぁ、ずっとホグワーツにはいたけどな」

 

 俺が肩をすくめると、スネイプの目がわずかに細まる。あいつの言葉は一見皮肉に聞こえるが、根っこにあるのは評価だ。昔からそうだ。人を甘やかさねぇ。だから俺とは気が合う。

 

 「噂に聞くフシグロ先生の授業を、僕も見させてもらったよ」

 

 そう言ったのはリーマスだった。穏やかな声だが、目の奥に困惑が滲んでいる。

 

 「す、すごいね。まさか生徒に杖を持たせないとは思わなかった」

 

 「杖なんざ、戦場じゃ飾りだ。使えない場所の方が多い」

 

 「うん……それは、わかるけど……あれは、ちょっと」

 

 リーマスは苦笑しながら言葉を探している。

 俺は椅子に腰を下ろし、紅茶を一口。温かい液体が冷えた喉に落ちていく。

 

 「普段杖しか握ってねぇ奴ほど、体を動かすことに怯える。だが、死にかけた時に頼れるのは自分の体だけだ」

 

 「……たしかに、君の言う通りだ」

 

 リーマスは頷きながらも、複雑そうに眉を寄せた。

 

 「でも、生徒たち、本当に楽しそうだったよ。痛そうでも、笑ってた」

 

 「笑ってるうちはまだ余裕がある証拠だ。限界は、その先だ」

 

 スネイプが口角をわずかに上げた。

 「フシグロの言う通りだ。精神的な鍛錬を伴わない授業など、時間の無駄だ。痛みを知った者だけが“耐える”ことを学ぶ」

 

 「おいおい、珍しく意見が合うじゃねぇか」

 

 「私は常に理に適う方法を評価しているだけだ」

 

 俺とスネイプが皮肉混じりに視線を交わす。

 その横でリーマスが苦笑していた。

 

 「二人とも、よくそんな風に言い切れるね。僕には真似できない」

 

 「リーマス、お前は優しすぎるんだよ」

 

 「そうかもね。でも、君たちみたいな教師がいるのも……悪くない」

 

 リーマスの視線が窓の外に向く。雪がちらちらと舞い、夕暮れの光が差し込んでいた。

 

 俺は煙草を取り出したが、スネイプの睨みでポケットに戻した。

 

 「……まぁ、悪くねぇ一日だったな」

 

 火のぱちぱちという音だけが、職員室に響いていた。

 外では鐘が鳴り、ホグワーツの夜がゆっくりと落ちていく。

 冬の風が窓を叩き、焚き火の熱がそれを押し返す。

 

 俺は自分のデスクに座り、明日以降の授業内容をノートに書き込んでいた。

 

 机の上には、折り目だらけのスケジュール帳と、汗染みのついたトレーニングメモ。ペン先を走らせながら、思考を整理していく。

 

 これをやるのも久々だ。ま、久々といっても数ヶ月ぶりくらいだが。潜伏中は授業どころじゃなかったからな。

 

 1年から4年までは、まだ身体の成長が未発達だ。筋肉も骨格も柔らかい。だから無理な負荷はかけない。成長を止めちまったら本末転倒だ。だが、筋トレをやらせないわけにもいかない。軽い自重トレーニングと持久走、それに簡単な護身の基本動作。あの年代には“動くことを楽しいと思わせる”のが一番だ。

 

 5年以降は話が変わる。身体が仕上がってくる。男も女も筋肉のつき方がはっきりしてくる。ここからは負荷をかけていい。筋繊維を潰して、回復のたびに強くさせる。単純だが確実な方法だ。痛みを知れば、限界の先が見える。

 

 幸い、潜伏していた間に時間は腐るほどあった。筋トレメニューを考え直し、種目ごとに強度を細かく設定した。筋肉痛の周期まで計算してある。完璧だ。

 

 「腹減ったな」

 

 ペンを置き、立ち上がる。

 

 ノートの端に「5年生以降・雪上耐久訓練」と書き足してから、椅子の背に上着を引っかけて部屋を出た。

 廊下を歩くと、魔法のランプが淡く灯っている。雪の夜は音が少ない。靴音だけが石造りの床に反響した。

 

 大広間に入ると、生徒や教職員たちが夕食をとっていた。温かいスープの匂いと笑い声が漂い、天井の魔法の灯が柔らかく輝いている。

 

 俺は空いている席に腰を下ろし、メニューを声に出した。

 

 「もつ鍋、白飯、漬物」

 

 言った途端、テーブルの上に湯気を立てる鍋と白飯が現れる。城の地下にいる屋敷しもべ妖精の仕事だ。あいつらの魔力操作は本当に精密だ。熱気の立ち方まで完璧に再現してやがる。いや、再現というか本物なんだが。

 

 もつの匂いが鼻をくすぐる。唐辛子とにんにく、だしの香り。日本を離れていても、こうして味だけは再現できる。魔法界はこういうとこだけは便利だ。

 

 箸を取って口に運ぶ。濃い出汁が舌に広がる。噛めば脂の甘味が滲み、喉を落ちていく。腹に染みる。

 

 ふと思い出す。

 

 日本の呪術界の話を、潜伏中に時雨から聞いた。御三家の五条家――そこに何百年ぶりかの“六眼と無下限呪術”の抱き合わせが生まれたらしい。

 

 確か、もう今は小学生?くらいのはずだ。

 

 「化け物が生まれた」「均衡が崩れた」と呪術界は騒いでたが、どれほどのもんか見てみたい気もする。

 

 「今度の週末、ダンブルドアと競馬行く時にでも寄ってみるか……」

 

 そんなことをぼんやり考えていたら、背後から騒がしい声が飛んできた。

 

 「あっ! 先生ー!!」

 

 「うわっ!クッサ!なにその食い物!」

 

 振り返ると、いつもの4人――ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルのガキ共が皿を持ってこっちに向かってきた。ロンが鼻を抑えてる。

 

 やれやれ、せっかく静かに飯を食おうと思ったのに。

 

 「もつ鍋だ。豚の内臓の鍋だ。ガキには早ぇ」

 

 「内臓!?先生、そんなの食べて平気なんですか!?」

 

 「火通ってるから平気だ。食ってみりゃわかる。滋養強壮にいい」

 

 ロンが鼻をつまみ、ハリーが興味深そうに鍋を覗き込む。ハーマイオニーは若干引き気味、ネビルはなぜか嬉しそうに箸を構えていた。

 

 「ネビル、お前は止めとけ。根性あるのはいいが、こりゃ大人の味だ」

 

 「だ、大丈夫です! 匂いは……強烈ですけど……!」

 

 「ほら見ろ、気合だけじゃ飯は食えねぇ」

 

 俺は笑いながら白飯をかき込んだ。熱気で眼鏡が曇ったハリーが「うおっ」と声を上げ、ロンは興味津々で匂いを嗅いでいる。ハーマイオニーが小声で「文化の違いね……」と呟いた。

 

 「文化って言うな。鍋は戦だ。食えるかどうかは気合だ」

 

 「戦……ですか?」

 

 「そうだ。食って身体を作るのも戦いの一部だ。俺の授業はそこから始まってんだよ」

 

 4人が顔を見合わせる。

 やがて、ハリーが一口すくい上げた。恐る恐る口に運び――眉を上げた。

 

 「……おいしい!」

 

 「だろ。見た目で判断すんなってこった」

 

 笑い声が広がり、湯気の向こうで雪がちらちらと落ちていた。

 大広間の喧騒の中、俺はもつ鍋を啜りながら、明日の授業の段取りを頭の中で組み直していた。

 

 戦いの後の日常。

 

 それもまた、俺の仕事の一部だ。

 

 「で、ハリー。シリウスとはあれからどうなった」

 

 俺は気になったふりをして聞いた。別に詮索好きでもなんでもねぇ。ただ、シリウスとはギャンブルを共にして、ピーターを監視していた仲だ。気にしない方が不自然ってもんだ。

 

 「一緒に暮らさないかって……言われたんです。それに僕の名付け親だって」

 

 「へぇ……そうか」

 

 名付け親って話は前に聞いたことがある。けど“一緒に暮らす”ってのは初耳だった。まあアイツは貴族だ、金も土地もある。食うにも寝るにも困らねぇだろう。俺だって、もう少しマシな生活したくなる時があるくらいだ。

 

 「良かったな」

 

 「はい……」

 

 ハリーが素直に頷いた。言葉少なでも、顔の表情が全部物語っている。ようやく“家族”って呼べる場所ができたんだろう。

 ただ、あのジジイ――ダンブルドアには報告しておかねぇといけねぇな。ハリーがダーズリー家を離れるのは、いくら善意でも一大事だ。ま、あとでいい。

 

 「それで――ロン。お前は去年ポリジュース薬で俺に変身したんだってな」

 

 「へ? あ……ははは〜そうなんすよ。秘密の部屋の事件で……本当はスネイプ先生に変身するつもりだったんですけど、フシグロ先生の毛だったみたいで」

 

 「俺に乗っ取られただろ」

 

 「えっ! なんで知ってるんですか!?」

 

 ハーマイオニーがスプーンを止めて目を丸くした。

 

 「()()()の俺も言ってなかったか? 『俺の肉体は特別製でな、コイツの魂が耐えられなかったんだろう』って」

 

 「言ってた……でも、あれは先生であって先生じゃないんですよね?」

 

 「いや、俺だ。ただ、俺の毛が抜けた時点での俺だけどな。俺自身は知らん」

 

 「よく分からないわ」

 

 「分からねぇ方がいい。もう二度とするな? ロン……分かったな?」

 

 「わ、分かりました!」

 

 ロンが青ざめた顔で頷く。ハリーとネビルは笑いを堪えてる。まったく、こいつらときたら真面目なのかバカなのか分からねぇ。

 

 「でも先生、あの時ロンが先生に変身してくれなかったら、トム・リドルに勝てなかった」

 

 「結果論だ。俺が石化してなきゃ、バジリスクもトム・リドルも俺が仕留めてた」

 

 「やっぱり先生なら、一撃ですか?」

 

 「当然だ。バジリスクのあのサイズなら首ごと吹っ飛ばしてるし、トムは……楽勝だな」

 

 呪具のことは今は言わないでいい。

 

 「ひぇっ……」

 

 ネビルが肩をすくめ、ロンが「先生、怖ぇ……」と呟いた。

 

 ハーマイオニーは苦笑して、「そんなこと現実的にあり得ないわ」と言いながらも、完全には否定しなかった。もう、この学校の誰も“非常識”を簡単には信じない。俺の存在が、それを壊してしまったんだろう。

 

 「まぁ、あれからお前らも随分マシになった。ハリーは冷静さを覚えたし、ロンは多少なりとも打たれ強くなった。ネビルは……筋肉の方が強くなりすぎたかもな」

 

 「え、そんなに?」

 

 「トレバーよりお前の方が跳ぶようになってんだろ」

 

 「た、確かに……!」

 

 「笑うな、ロン。次はお前の番だ」

 

 「え、俺もですか!?」

 

 「当たり前だ。お前の腹筋はまだ甘ぇ。年明けの授業で地獄を見せてやる」

 

 「うわぁ〜やっぱり先生戻ってこなくて良かったかも……!」

 

 「何か言ったか?」

 

 「い、いえっ!」

 

 食堂に笑いが起こる。

 俺は白飯を口に運びながら、心のどこかで安堵していた。戦いも脱獄も、命のやり取りも終わった。ようやく普通の会話ができる。こいつらが生徒で良かったと、少しだけ思った。

 

 「そういや先生、次の授業って何するんですか?」

 

 ハリーが聞いた。

 

 「さっきも言ったろ、雪上サバイバルだ。寒さで動けなくなる前に動く。杖は没収、食料は現地調達。凍死したくなきゃ筋肉を動かせ」

 

 「……えぇ」

 

 「やっぱり地獄じゃないですか」

 

 「当たり前だ。俺の授業は生き残るためのもんだ。楽しいだけじゃ意味がねぇ」

 

 ハリーが小さく笑い、ネビルが拳を握る。ロンは泣きそうで、ハーマイオニーは呆れ半分、諦め半分の顔だった。

 

 「まぁ、また全員で生きて帰れれば合格だ」

 

 その言葉に4人は少しだけ真面目な顔になり、ゆっくりと頷いた。

 もつ鍋の湯気が上がり、窓の外では雪が静かに降り続けていた。

 

 冬のホグワーツ。

 平和とは、案外こういう静けさの中にあるのかもしれねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伏黒甚爾がホグワーツで復帰初日の授業を終え、大広間でもつ鍋を啜っていたその頃――。

 遠く離れた東欧の荒野を、ひとりの小動物が必死に走っていた。

 

 ハダカデバネズミのようなその姿は、骨が浮き出て皮膚がひび割れ、眼だけが異様に濁っていた。

 それはスキャバーズ――いや、ピーター・ペティグリューである。

 ホグワーツからの逃走劇の末、死に物狂いで魔法省の追跡をかわし、幾夜も食わずに走り続け、ようやくアルバニアの森へと辿り着いたのだった。

 

 息は荒く、喉はひび割れ、尻尾の先は凍傷で黒ずんでいる。

 それでも止まれなかった。止まれば追いつかれる。

 彼の脳裏には、シリウスと伏黒甚爾の姿が焼き付いていた。

 あの二人に見つかったら、二度と命はない。

 

 森の奥、枯れ木と苔に覆われた古びた小屋があった。

 

 ピーターはふらつく足で扉を叩き、崩れ落ちるように中へと転がり込む。

 

 「や、闇の帝王……あなた様の忠実なる下僕、ただいま、き、帰還しました……!」

 

 人間の姿に戻ったピーターの衣服はボロボロで、かつてのスーツの面影はない。完璧に禿げ上がった頭に泥が張り付き、口の端からは血が滲んでいた。彼は震える手で杖を取り出そうとしたが、持っていない事に気づいた。

 

 部屋の奥には、一人の女が立っていた。薄汚れたマントに身を包み、両手で何かを抱いている。その腕の中には、赤子ほどの大きさの――だが赤子ではない、異様な存在があった。肌は灰色がかり、目は赤く濁っている。

 

 「《ワームテール……ぬけぬけと逃げてきたのか?あの小僧を殺しもせずに》」

 

 声は女の口からではなかった。

 

 女の腕に抱かれた“それ”が喋っていた。人間とも思えぬ冷たい響き。聞く者の神経を削り取るような声だった。

 

 ピーターは地面に額をこすりつけた。

 

 「ひぃっ……申し訳ございませんっ!! フシグロとシリウス、そして……ダンブルドアに邪魔をされて……!」

 

 「《フシグロ……》」

 

 その名を聞いた瞬間、赤子のような生物がわずかに身を震わせた。

 

 「《あの忌々しい“スクイブ”の教師だな。肉体も魂も凡夫のくせに、異様な力を持つ。奴の存在は危険だ》」

 

 ピーターは顔を上げられず、床に向かってかすれ声を絞り出した。

 「そ、それが……あの男、魔力を持たぬのに信じられないほど強く……蛇を、あのバジリスクをも一撃で……!」

 

 「《下がれ。貴様の口からあの名を聞くだけで不快になる。だが――よい。俺様の計画を早める必要があるようだ》」

 

 女が腕を少し持ち上げると、抱かれていた存在の目が爛々と輝いた。

 

 「《俺様が復活するためには、小僧――ハリー・ポッターの血が要る。あの血は、俺様の“敗北”の象徴であり、同時に鍵だ》」

 

 「か、鍵……でございますか……?」

 

 「《そうだ。あの血が、俺様をこの惨めな姿から解き放つ》」

 

 ピーターはおぞましい気配に全身を震わせながらも、必死に言葉を続けた。

 

 「で、では、私は何を……?」

 

 「《お前を俺様の配下とする。真の肉体を持たぬ今、俺様は直接動けぬ。お前が俺様の代わりに動け》」

 

 「は、はい! なんなりと!」

 

 「《まずは、肉体を――》」

 

 低く響く声と同時に、女の体がびくりと震えた。

 

 その腹の中から、煙のような黒い影が伸び、ピーターの首筋にまとわりつく。

 

 冷たい感触が皮膚を這い、骨に染み込んでくる。

 

 ピーターは悲鳴を上げた。

 

 「ひ、ひぁぁぁっ!!」

 

 「《恐れるな……これは“印”だ。お前が俺様に繋がる証》」

 

 ピーターの左腕に黒い焼印のような紋章が浮かび上がった。

 その形は蛇と骸骨が絡み合う――闇の印。

 焦げた匂いが立ち込め、皮膚が焼ける音が部屋に響いた。

 

 「《これで貴様は、俺様の眷属。逃げれば焼け死ぬ。忠誠を誓えば、生き延びられる》」

 

 ピーターは泣きながら何度も床に頭を打ちつけた。

 

 「は、はいっ!! ヴォルデモート様っ!! 私は、私はもう二度と裏切りませんっ!!」

 

 「《当然だ。お前に次の役割を与える。まずは……》」

 

 ピーターの震える手が杖を握る。

 女の腕の中で、ヴォルデモートの赤い瞳が爛々と光を放った。

 

 「《動け、ワームテール。時は来た》」

 

 その瞬間、風が吹き荒れ、蝋燭の炎が一斉に消えた。

 

 部屋の中には、赤子の笑い声とも泣き声ともつかぬ不気味な響きだけが残った。

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