ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

58 / 113
第十七話

 

 

 

 

 そして12月が終わり、何事もなく時は進んでいった。吹きつける寒風はまだ冬の鋭さを残していたが、ホグワーツの空気には以前漂っていた張りつめた緊迫感がようやく薄れ、生徒達の笑い声が石造りの廊下を軽やかに跳ね返すようになり、深い雪に沈んでいた城の輪郭が少しずつ柔らかな色を取り戻していく気配があった。授業へ向かう足取りにも迷いや怯えがなくなり、大広間に漂う湯気と食事の匂いは、ようやくこの学校が本来の呼吸を取り戻したことを物語っていた。

 

 伏黒甚爾は体育教師として再び全力で職務に復帰していた。相変わらず「杖がなくても生き残る方法」を叩き込む授業は苛烈で、朝の冷気を裂いて響く怒号、雪を踏み固めながら疾走する生徒達の吐息、組み手のぶつかり合う衝撃音が、今ではホグワーツの冬の風景と化していた。手足の震え、筋肉痛、泥と雪で汚れたローブ。それでも生徒達の表情には奇妙な達成感が宿り、教室に戻る頃には互いの健闘を讃え合い、どこか誇らしげに胸を張るようにもなっていた。

 

 甚爾が引き締めるその空気の横で、ダンブルドアは以前にも増して飄々としていた。アンブリッジによる混乱が去ったことで肩の荷が下りたのか、魔法省大臣コーネリウス・ファッジを半ば強引に連れ出し、日本のパチンコ店へ案内したこともあった。ワンカップ大関を片手に戸惑う大臣を尻目に、ダンブルドアが台の光をじっと睨みながら「当たる気がするんじゃが」と呟いたという噂は、ホグワーツの教職員の間で密かに語り草になっていた。

 

 シリウス・ブラックもまた、甚爾とダンブルドアの誘いに乗って毎週のように日本へ向かった。ギャンブル、食べ歩き、温泉、山登り。自由を取り戻した彼は少年のような笑顔で新しい文化を吸い込み、帰ってくるとハリーと暮らすための準備を静かに、だが着実に進めていた。古びたブラック家の屋敷を片付け、不要な呪文の痕跡を洗い落とし、家具を買い直し、食器を磨く。その背中には、ただの快楽ではなく、新しい生活を迎えようとする確かな意志があった。

 

 そんな大人達の変化と並行して、ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルの4人は学業に励み続けていた。伏黒甚爾の授業によって鍛え上げられた体躯は確かな強さを生み、冷たい空気が頬に刺さる中でも全力で走り、転び、立ち上がることをやめなかった。ハーマイオニーは筋トレに対して最初は文句を言っていたが、最近では自らフォームを確認する姿が見られ、ロンは伏黒に変身した一件以来、奇妙に精神が強くなったのか、多少の痛みでは眉一つ動かさなくなっていた。ネビルに至っては、トレバーと一緒に甚爾式の自主トレをするのが日課になり、もはや別人のように逞しい。

 

 ハリーはといえば、シリウスと交わした会話を胸に、どこか吹っ切れたような表情を見せる日が増えていた。寮の暖炉の前で魔法史を読みながらも、ふと遠い未来を思い描くように視線を上げることがあり、ロンに「なんだよニヤついて」と肘でつつかれて照れ笑いを返すこともあった。ハリーにとって“家族と暮らす未来”という概念はあまりに遠かったからこそ、そこに手が届き始めている今が、彼の心を静かに温め続けていた。

 

 そうして何の問題もなく日々は過ぎ、暦は5月を迎えた。城の周囲に流れる空気は少しずつ柔らかくなり、湖面には春の光が揺れて、魔法植物学の温室では土の匂いと若葉の気配が入り混じっていた。朝の大広間にはパンとスープの匂いが漂い、フクロウ達が天井スレスレを飛び回りながら手紙を落としていく。そんな日常の只中で、大広間に()()のフクロウ便が届いた。

 

 差出人は不明。封の形も見慣れない。手に取った瞬間、ほんのわずかに紙が震えたように見えて、大広間でそれを受け取ったロンは眉をひそめる。

 

 

 「こっちだ!ハリー!」

 

 ハリーは寮でフィネガンに呼ばれ、大広間へ来てみると、入口近くのテーブルに人だかりができていた。誰かが興奮したように声を上げ、誰かが「やばいぞこれは」と笑い、フクロウが落とした包みを囲んで生徒達が押し合っている。

 

 「開けるなって言ったんだけどさ!フレッドとジョージが開けちゃって」

 

 ロンが半ば呆れながら説明した。

 

 ハリーが紙袋を剥ぐと、中からまるで焦げたように黒光りする柄を持つ一本の箒が姿を現した。

 

 「ファイアボルトよ!世界最速の箒!」

 

 驚きに目を見開くハーマイオニーの声が、大広間のざわめきにかき消されていく。

 

 「す、すごいや……」

 

 ハリーが箒を手に取ると、袋の底にもう一つ小さな包みが落ちた。ネビルが拾って手渡す。

 

 中に入っていたのは、日本で買えるごく普通の御守りだった。赤い布に金の刺繍で交通安全守護と書かれ、鈴が微かに鳴った。

 

 「なんだこれ?」

 

 ハリーは首を傾げたが、誰も意味が分からない。ただ、どこか温かい贈り物であることだけは伝わってきた。

 

 「乗ってみろよ!」

 

 フィネガンの声に押されるように、皆は校庭へと飛び出した。

 

 ハリーが新しい箒に跨った瞬間、空気が震えた。次の瞬間、少年の身体は音もなく宙へと吸い上げられ、冬を越して柔らかさを取り戻した空を、炎が走るような速度で切り裂いていった。

 

 「ふぉおおおおおおお!!」

 

 その歓声と共に、ホグワーツの空に新しい季節の風が吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんやかんやと6月も終わりそうだ。大広間で終業式だ。

 

 去年は夏休み中にアズカバンに収監されて脱獄して……今考えると大してやることは変わってねぇか。ダンブルドアのジジイとシリウスとギャンブルして、ピーターを脅して、最終的にはまた普通に体育の授業をしてた。なんだかんだで今年も騒がしかった。あのネズミ野郎──ピーター・ペティグリューが逃げた時のことなんざ思い出すと、今でも鼻で笑うしかねぇ。

 

 スキャバーズとしての殻を脱ぎ捨てて逃げ出した時、アイツの脚は震えてた。自分の罪が暴かれて、逃げる以外に道がないことをようやく理解したんだろう。それでもあの臆病者にまだあんな根性が残ってたとは驚いた。逃げたところでどうにもならねぇ。あいつには肉体も術も胆力もねぇ。1人で生き延びられるほどこの世界は甘くねぇし、野垂れ死ぬか、もっと厄介な何かに寄生して地獄に落ちるのが関の山だろう。

 

 だがまぁ、逃げてくれたおかげでシリウスの罪は完全に晴れた。あれだけでも俺としては上等な成果だ。

 

 シリウスは今、グリモールドプレイスで必死に大掃除をしているらしい。ハリーと暮らすために呪われた家具を捨てたり、変な絵画をどかしたり、ブラック家代々の呪いみてぇな家を住める形にしようと奮闘中だ。あいつにしては珍しくまじめに働いてる。まぁ、今度酒の席で煽ってやるか。

 

 そんな事を考えながら、俺は大広間の教職員席に腰を下ろした。天井は初夏の空を映し、金の光を含んだ雲がゆっくりと流れていた。生徒達は浮き立った様子で互いに声を掛け合い、皿に積まれた肉やパイにがっつき、フォークが皿に当たる乾いた音と笑い声が混じり合う。ダンブルドアは壇上でいつものようににこにこしながら、手にしたグラスを軽く掲げていた。

 

 「では、そろそろ締めの挨拶といこうかのう」

 

 ジジイが杖でコップを軽く叩くと、その音が大広間の高い天井に跳ね返り、一瞬で全員が静まった。

 

 「今年もまた、多くの学びがあった年じゃった。困難もあった。しかし諸君はそれを乗り越え、成長し、そして強くなった」

 

 ジジイは穏やかな声で続ける。だが途中でさりげなく俺の方を見るから、大広間のあちこちから苦笑まじりのうめき声が上がる。「また筋トレ地獄が来る」「あの階段ダッシュだけは嫌だ」などとひそひそ言っているが、誰も本気で嫌がってはいない。むしろ誇らしげなくらいだ。

 

 「来たる夏、諸君が健やかに過ごし、また秋に笑顔で戻ってくることを願っておる」

 

 そう締め、ダンブルドアはゆっくり席へ戻った。大広間に拍手が広がり、晩餐が再開される。生徒達は期待に満ちた声で夏休みの予定を語り合い、学年末の解放感に満ちていた。

 

 俺は立ち上がり、いつもの4人──ハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビルの方へ向かった。ハリーは肩の力が抜けたような柔らかな顔をしていて、ロンはステーキを頬張りながら手を振り、ハーマイオニーはノートを閉じて俺に会釈し、ネビルは緊張したように背筋を伸ばした。

 

 「よぉガキ共、また生き残れたな。と言っても今年は大してお前らは無茶してねぇか」

 

 俺が言うと、ハリーが苦笑しながら返した。

 

 「先生の授業のおかげですよ」

 

 「だな!でもオレ、階段ダッシュはもうちょっと減らしてほしいかな……」

 

 ロンが泣きそうな顔で言うと、ハーマイオニーが肘でつついた。

 

 「文句言うなら最初から走る時に喋らないの。息切れするのはあなたのせいでしょ」

 

 ネビルは胸を張り、嬉しそうに言った。

 

 「でも俺、今年は全然くじけなかったです!トレバーも一緒に頑張りました!」

 

 「おう、よくやった」

 

 トレバーはよく分からんが。

 

 俺は4人の顔を順に見渡した。こいつらはこの1年で本当に強くなった。殴られようが転ぼうが泣き出さなくなったし、敵を前にした時の目つきも変わった。杖の有無に関係なく生き延びる覚悟が少しずつ備わってきている。

 

 「夏は好きに休め。ただし──」

 

 4人が一斉に身構える。

 

 「秋に戻ってきた瞬間、地獄の続きだ。覚悟しとけ」

 

 「「「「えぇぇ……」」」」

 

 情けねぇ声を上げながらも、4人ともどこか嬉しそうに笑った。それが分かってるから、俺もつい笑いそうになる。

 

 ガキってのは、強くなる余地があるだけで救いだ。俺が教える意味もそこにある。

 

 こうして今年のホグワーツも無事に終わった。

 夏休み?そんなもん俺には関係ねぇ。

 帰ったらまたジジイと日本に行って、競馬だのギャンブルだの、いつも通りだ。

 

 どうせ来年も騒がしくなる。

 

 その騒がしさが、案外嫌いじゃねぇ自分に気づきながら──俺は4人の頭を軽く叩き、大広間を後にした。

 

 大広間から出た足で、そのまま俺は校長室に向かった。終業式が終わって浮かれたガキ共が、宿題の量がどうの、夏休みに何するとか好き勝手喋りながら寮へ散っていく気配を背中に感じながら、ひんやりした石畳の廊下を歩く。外は遅い夕方の光で少し赤く、高い窓から差し込む陽が床に細長い帯を作っていて、その上を靴底が擦れるたびに、ホグワーツが「やっと1年終わった」とでも言いたげにきしんでいるように思えた。

 

 校長室に行くのは夏休みの予定を聞くためだ。ジジイといれば金が生まれるからな。ま、失うこともあるが、それも含めてギャンブルってやつだ。日本に行って競馬、競艇、時々パチンコ、合間に焼肉とラーメンと温泉。去年もなんだかんだで忙しかった。今年も似たようなもんになるだろうが、その前に大人の事情ってやつを確認しておく必要がある。

 

 校長室前の不死鳥の像の前に立ち、軽く小突いてやる。重い石の台座がゆっくり回転し、螺旋階段が姿を現した。足を踏み出すと、石段は外気より少し冷たく、靴底越しにじんわりと冷気が伝わってくる。階段を上がるたび、城の内部に溜まっていた静けさが少しずつ濃くなっていくのが分かる。

 

 扉をノックし、開けて中に入ると、校長室には既に教職員が集まっていた。壁一面の本棚には古びた背表紙がぎっしり並び、棚の上には意味ありげな魔道具がいくつも転がっている。窓から差し込む光がそれらを照らし、埃の粒が空中でゆっくりと渦を巻いていた。

 

 マクゴナガルがきっちりした背筋で椅子に座り、口を真一文字に結んでいる。

 

 スネイプは相変わらず壁際に立って腕を組み、黒いローブが床すれすれまで垂れていた。

 

 リーマスはカップを両手で包み込むように持ちながら、どこか遠くを見るような目をしている。

 

 フリットウィックとスプラウトは小声で何か話していたが、俺が入った瞬間に会話を止めた。珍しくポンフリーまでいる。顔ぶれを見ただけで「これは遊びの相談じゃねぇな」と分かる。

 

 「おう、なんだ。職員会議か?」

 

 俺がそう言うと、部屋の空気がわずかに締まった。全員の視線が一瞬こちらに向き、すぐにダンブルドアに集まる。部屋の奥、机の向こう側に座ったジジイは、いつもの飄々とした笑みではなく、少しだけ真面目な顔をしていた。机に肘をつき、組んだ両手に顎を乗せたまま、青い目だけが愉快そうに笑っている。

 

 「フシグロ君、来学期の予定について少々話がある」

 

 「なんだ? なんかあんのか?」

 

 俺が椅子に腰を落とすと、ジジイはゆっくりと頷いた。その仕草はやけに芝居がかっているが、こいつの場合、本当に何か面倒な話を持っている時ほどこういう動きをする。

 

 「うむ、来学期に三大魔法学校対抗試合をホグワーツで開催することになった」

 

 部屋の空気が一瞬だけ凍った。マクゴナガルが眉をぴくりと動かし、ポモーナが小さく息を呑む。リーマスはカップを持つ手を止め、スネイプは目を細めた。フリットウィックは椅子の上で身を乗り出し、ポンフリーは「やっぱりね」とでも言いたげに目を閉じる。

 

 「三大魔法学校対抗試合……200年振りの開催ですね」

 

 マクゴナガルがため息混じりに呟いた。声色には懐かしさよりも、明確な警戒が混じっている。

 

 「今回はかなりの安全策が取られていると聞いてます。年齢制限も設けられるとか」

 

 フリットウィックがフォローを入れるが、その声にもどこか不安が滲んでいた。さっきまで穏やかだった校長室の空気が、じわじわと張り詰めたものに変わっていく。

 

 「ほう……面白そうじゃねぇか」

 

 俺は思ったままに言った。危険な匂いがする行事ってのは嫌いじゃない。というか、俺の仕事はそういう“危ねぇ場”でガキ共を生かして帰すことだ。

 

 「フシグロ先生、これは遊びではありません」

 

 マクゴナガルがきつい目を向けてくる。

 

 「分かってるさ。死人が出るような大会をやるって話だろ?だったら尚更、俺の出番ってわけだ」

 

 俺が肩をすくめると、スネイプがわずかに口元を歪めた。

 

 「少なくとも、フシグロの授業を受けている生徒達は、他校の者よりは長く生き残れるでしょうな」

 

 褒めてんのかよく分からない皮肉とも評価とも取れる言い方だが、こいつがわざわざ口を挟むってことは、それなりに買ってはいるんだろう。リーマスは苦笑いを浮かべていた。

 

 「で、具体的に俺は何をやらされんだ?」

 

 ジジイに視線を向けると、あいつは少しだけ身を乗り出した。

 

 「1つは、ホグワーツ生全体の底上げじゃ。三大魔法学校から選ばれた代表だけでなく、この城にいる全ての生徒が“巻き込まれる可能性”を考えねばならん。もう1つは──」

 

 ジジイの目が鋭くなる。

 

 「大会期間中、ホグワーツの“外”から何が入り込んでくるか分からんということじゃ。表向きの競技以外に、別の思惑を持った連中が動く可能性が高い」

 

 「つまり、敵は他校のガキ共だけじゃねぇってことか」

 

 「そういうことじゃ」

 

 短いやり取りの間に、頭の中で仕事の量をざっと見積もる。生徒の体力づくり、危機察知の訓練、対人・対魔法生物・対呪具への対応、夜間の見回り……面倒だが、やりがいはある。何より、命を賭けた場でしか見えねぇ強さもある。

 

 「医務室の体制も強化しなければなりませんね」

 

 ポンフリーがきっぱりと言った。

 

 「骨折や打撲は構いませんが、命に関わる怪我はごめんです。あなたの授業だけでも手一杯なのですよ、フシグロ先生」

 

 「そりゃ悪かったな。だが、怪我する方が悪い」

 

 そう返すと、ポンフリーは「まったく」と呆れた顔をしながらも、本気で怒ってはいないようだった。こいつももう、俺のやり方には慣れてきたらしい。

 

 「夏の間に準備を進める必要があるのう」

 

 ジジイがまとめるように言った。

 

 「フシグロ君、今年の夏も例の場所には行くが、その合間にこちらの仕事も頼むぞい。大会用の訓練メニュー、警備の配置、想定される最悪の事態に対する備え……君の経験が必要じゃ」

 

 「ま、どうせ暇じゃねぇしな。ジジイが馬券代出すなら、付き合ってやるよ」

 

 そう言うと、スネイプが鼻で笑い、リーマスは肩をすくめて笑った。マクゴナガルはこめかみを押さえながらも、どこか諦めたように頷く。

 

 こうして、来学期に向けた面倒事が1つ増えた。

 

 だが、危ない橋ほど渡り甲斐がある。

 

 そういうもんだろ。




アズカバンの囚人編完。かなり難しかった。

次話から炎のゴブレット編始まります。
モチベーション爆上げの為、評価、感想、ここすき、なんでもお待ちしております!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。