ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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モチベが爆上がり!しました。皆様ありがとうございます!




伏黒甚爾と炎のゴブレット
第一話


 

 

 

 

 「で、ジジイ。個別の話ってのはなんだ?」

 

 校長室には俺とダンブルドアだけ。さっきまで教職員全員で来学期の準備について話していたが、解散の直前にジジイが俺の腕を引っ張って「別件じゃ」と言い出した。今は2人で机の上に並べた駄菓子をつまみながら向かい合っている。窓の外から差しこむ初夏の光が赤い羽根の不死鳥を照らし、ゆっくりと動く影が壁に揺れていた。

 

 「実はの……夏休みの間にクィディッチワールドカップが開催されるのじゃ」

 

 「へぇ……クィディッチの……ということは」

 

 「そうじゃ、莫大な金が動く」

 

 ジジイの瞳が一瞬だけ若い頃に戻ったみたいに光った。こいつは何百年生きていても金が絡むと表情が変わる。まるで学生のように胸を弾ませるのが見ていて滑稽でもあるし、同時に少しだけ羨ましくもある。

 

 「ギャンブルってわけだな」

 

 「もちろんじゃ。世界中の魔法使いが集まる。それだけ賭ける者も増える。わしとフシグロ君で行けば……いや、間違いなく儲かる」

 

 「フ……根拠は?」

 

 「長年の勘じゃ」

 

 「またそれかよ」

 

 ジジイの勘は当たる時は当たる。外す時は派手に外す。俺は何度も巻き込まれたが、そのたびに腹立てながらも楽しんでいる自分がいる。ギャンブルなんてそんなもんだろう。

 

 「まぁ……行くけどよ。で、いつ発つ?」

 

 「7月末じゃな。会場はイギリスではなくアイルランドの森の中に作られた特設スタジアムじゃ。広大な結界で隠されておるからマグルには見えん」

 

 ジジイは紅茶に砂糖を入れかけてやめた。俺の方をちらりと見て、指先を軽く弾きながら話を続けた。

 

 「ところでフシグロ君。あの《ピーター・ペティグリュー》の件じゃが……」

 

 「スキャバーズか。あのネズミ野郎のことなら忘れた」

 

 「本当に忘れたのかの?」

 

 「忘れたって言ってるだろ」

 

 俺は駄菓子のラムネをつまんで噛み砕いた。口の中で弾ける甘さが不自然に広がる。正直、あの裏切り野郎が逃げたところでどうでもいい話だ。生きてようが死んでようが、俺の知ったことじゃない。

 

 「アイツは逃げた。逃げるだけの根性がまだ残ってたってのが驚きだな。まぁ、どうせどこかで勝手に野垂れ死ぬだろうよ」

 

 「フシグロ君……それでもの、奴は《ヴォルデモートの眷属》じゃ。戻りおる可能性は否定できん」

 

 「戻ってこようがどうでもいい。来たら殺すだけだ」

 

 静電気みたいな空気が一瞬だけ室内に生まれ、不死鳥フォークスが低く鳴いた。ジジイはその気配を察したのか、口元に微かな笑いを浮かべて言った。

 

 「やれやれ……相変わらず物騒よの。まあ、そうじゃろうと思ったが」

 

 「お前が気にするな。アイツがどこでのたれようが、俺達には関係ねぇ。シリウスの冤罪は晴れたんだ。それで十分だ」

 

 「……そうじゃな。それについては同意する」

 

 ジジイは深く頷いた。その頷きには、勝利の安堵ではなく、仲間をひとり救えたという静かな温かさがあった。俺はふと目を逸らして天井を見上げる。木の梁に積もる僅かな埃が窓光に浮かんでいた。

 

 「で、話は戻るがの。クィディッチワールドカップにはシリウスも来る」

 

 「ほう……自由になって早々、遊ぶ気満々ってわけか」

 

 ま、自由になる前から遊びまくってたが。

 

 「遊びも大事じゃ。あやつは長い年月を奪われておったからの」

 

 少し真面目な声音だった。ジジイがシリウスのことを心底気遣っているのは前から知っている。だからこそ、俺もあの犬には随分と肩入れしていた。

 

 「で、フシグロ君」

 

 「なんだよ」

 

 「ワールドカップ期間中の《宿》じゃがの……」

 

 「嫌な予感しかしねぇな」

 

 ジジイはふふんと鼻で笑った。

 

 「わしの知り合いの魔女が貸してくれるという古いコテージがある。なかなか趣深い場所でのぉ……ただ」

 

 「ただ?」

 

 「《風呂がない》」

 

 「は?」

 

 「近くの温泉に毎回歩いて行く必要があるらしいのじゃ」

 

 「面倒くせぇ宿を押しつけんなよ……」

 

 「はっはっは。フシグロ君なら鍛錬と思って歩けるじゃろ?」

 

 「歩けるけどよ、そういう問題じゃねぇだろ……」

 

 ジジイが茶目っ気たっぷりに笑うのを見て、ため息を吐くしかなかった。だが不思議と腹は立たない。こうして面倒事をぶち込まれるのは慣れているし、その裏でちゃんと“得”を用意してくるのがこいつの流儀でもある。

 

 「まぁいい。行くよ。その代わり、今回は俺が勝つ」

 

 「ほう、宣言したの?」

 

 「当然だろ。去年の負けは今年取り返す」

 

 俺がそう言うと、ジジイは本当に嬉しそうに笑った。まるで子供が遊園地に行くのを楽しみにしているみたいな、皺だらけの顔に似合わない無邪気さだった。

 

 「ではの、フシグロ君。今年の夏は忙しくなるぞい」

 

 「ああ……また金の匂いがする夏だな」

 

 校長室を出た俺は、そのまま石造りの階段を下り、自室へ向かった。ホグワーツは夏休みに入ったばかりで、いつもの喧騒が嘘みたいに静まり返っている。廊下に響くのは俺の足音だけで、壁に飾られた肖像画の連中も今日はやけに静かだ。ガキ共がいないと、こんなにも城は広く冷たく感じるものなのかと、ほんの一瞬だけ不思議な気分になった。

 

 部屋に入ると、荷物をまとめると言っても大した量ではない。服が数着、武器になりそうなものがいくつか、それにジジイとの旅で必要になりそうな細々した道具を布袋に押し込んだ。腹の中には武器庫の呪霊もいる。呪術界にいた頃から持ち歩く癖が抜けていないせいで、いつでも一晩で消えられる程度の身軽さが染みついている。

 

 袋を肩に担ぐと、俺は小さく息を吐いて呼んだ。

 

 「ドビー」

 

 バシュンッという空気を裂く音がして、案の定目の前に現れた。こちらを見上げる瞳が、相変わらずギラギラした犬のような忠誠心で満ちている。

 

 「フシグロ様ぁ!何かご要望ですか!?ドビーはいつでも準備万端でございますぅ!」

 

 「おう、落ち着け。少し頼みてぇことがある」

 

 「なんなりとぉ!!」

 

 全身で興奮を表してくるドビーに、俺は額に手を当てた。アイツは悪い奴じゃないが、とにかく毎回テンションが高すぎる。そのくせ仕事は妙に正確で、褒めればすぐ泣きながら喜ぶあたり、扱いやすいと言えば扱いやすい。

 

 「クィディッチワールドカップが開催されるのは知ってるな?」

 

 「もちろんでございますぅ!世界中の魔法使いたちが注目する大会でしてぇ!」

 

 「なら話が早い。俺はちょっと金を稼ぎたい。まずは代表選手の情報を全部集めてこい」

 

 ドビーの耳がピンと跳ね上がった。

 

 「で、データでございますね!?得意でございますとも!選手の身長体重、最近の怪我歴、過去の成績、夜の好みまで全部調べて参りますぅ!」

 

 「夜の好みはいらねぇよ……。いや、一応聞くかもしれねぇけどよ」

 

 「かしこまりましたぁ!!」

 

 ドビーは胸に手を当て、その細い脚で地面を蹴るように、喜びを爆発させながら姿を消した。バシュンッという音が部屋に残り、その余韻が静かな空気に吸い込まれていく。

 

 「はぁ……相変わらず元気だな」

 

 俺は独り言を漏らした。ドビーは便利だ。競馬新聞を頼めば即座に数十紙を持ってくるし、馬の過去レース映像を魔法で整理してくれたこともある。先週なんか、俺が頼んでもいないのに「フシグロ様がお好きそうな馬の特集でございますぅ!」とか言って分厚いスクラップを作って持ってきたくらいだ。

 

 あの顔を見ると、つい少しだけ褒めてやってしまう。その結果、涙を流して喜び狂ったドビーが俺の部屋を掃除しだして散らかすという悪循環が生まれる。だがまぁ……悪い気はしない。

 

 荷物を肩に担ぎ直して部屋の鍵を閉めると、廊下の向こうから吹き込む風が夏の匂いを運んできた。湖畔の冷気と、遠くの森の湿気が混ざった、あの独特の風だ。もうすぐ俺とジジイとシリウスのギャンブル遠征が始まる。

 

 「さて……夏休みだな」

 

 呟いた声が石壁に反響して軽く揺れる。ガキ共のいないホグワーツは静かすぎるが、その静けさの中には、あいつらの成長がちゃんと残っている。筋トレで泣きながら限界を越えたこと、組み手で腕をへし折りそうになったこと、冬の湖畔で走りながら全員で死にかけたこと。全部が積み重なって、あいつらは前より強くなった。

 

 「よし、稼ぐぞ」

 

 肩の袋を軽く持ち直し、俺はホグワーツの玄関ホールへ向けて歩き出した。石の床にブーツが響くたび、少しずつ夏への準備が整っていくような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1ヶ月ほどダーズリー家で過ごしたハリー・ポッターは、ついにその家を離れ、シリウス・ブラックの家――グリモールド・プレイス12番地へと足を運んでいた。古びた煉瓦造りの家はマグルには知覚されないよう魔法で隠されており、周囲の住宅街の影に溶け込んだその建物に、ハリーは胸の奥が熱くなるような不思議な安心感を覚えながら足を踏み入れた。

 

 「ハリー」

 

 「シリウス!」

 

 玄関を入ったところで顔を見合わせた2人は、久しぶりというほどではないが、数ヶ月ぶりの再会に自然と笑みをこぼして抱き合った。ハリーにとって父の親友であるシリウスと過ごす時間は、血の繋がり以上に心を許せる家族の時間でもあった。

 

 その夜、食卓にはシリウスが張り切って用意した料理が並んだ。肉の焼ける香りとハーブの匂いが混ざり合い、屋敷の古く重い空気を押しのけるように温かい空気が満ちていく。

 

 「ハリー、また身体が大きくなったか?」

 

 シリウスはワインをグラスに注ぎながら言った。

 

 ハリーはフォークを口に運びつつ、無自覚な顔で首を傾げる。

 

 「そうかな?」

 

 「間違いないさ。肩幅が前より広がっている」

 

 シリウスは誇らしげに頷いた。

 

 ハリーは伏黒甚爾が体育教師として赴任した年から、夏休みは必ず自主トレに励むようになった。甚爾の授業を受けた生徒は全員、例外なく筋力と体力を鍛え上げる。彼らは自衛のための肉体を与えられ、杖がなくても走り抜け、生き抜く手段を叩き込まれていった。

 

 ハリーの腕や胸板の厚みは、まさにその成果を物語っていた。13歳とは思えない身体つきで、同年代のマグルの少年たちと比べれば明らかに鍛え抜かれている。

 

 「うむ、背も伸びたんじゃないか?」

 

 シリウスが笑いながら言うと、ハリーも照れくさそうに笑った。

 

 「まぁ、色々やってるからね。ダンブルドア先生の魔法の授業もあるし、フシグロ先生の訓練は……その、かなりきついから」

 

 「だろうな」

 

 シリウスは苦笑した。甚爾の訓練内容を、彼はシリウス自身の体験として知っている。十二指腸がひっくり返るようなランニング、吐くまで続く筋トレ、戦闘経験のない者には理解しがたい実戦さながらの組み手。あれを毎日受けていれば、確かに体つきが変わる。

 

 「実はな、ハリー。数日後にダンブルドア先生とフシグロに会いにいく」

 

 シリウスはグラスを置き、少し声のトーンを落として言った。

 

 「え!そうなの?僕も行っていいの?」

 

 ハリーの顔がぱっと明るくなる。

 

 「もちろんさ。むしろ……お前にも見せたいものがある」

 

 「見せたいもの?」

 

 「クィディッチワールドカップだ」

 

 シリウスは嬉しそうに笑った。その笑みは、少年時代の彼そのものだった。彼自身クィディッチ好きで、友人たちと競い合った学生時代の血が今でも宿っている。

 

 「世界中の魔法使いが集まる。ものすごいぞ。あの熱気、歓声、空を裂くような飛行……お前にも経験してほしい。父さん(ジェームズ)も好きだったからな」

 

 「……父さんも」

 

 ハリーの胸の奥が熱くなる。父親のジェームズがクィディッチを愛したことはよく聞いていたが、実際にその空気の中に自分が立つとなれば、どこか夢のようにも思えた。

 

 シリウスは続けた。

 

 「ダンブルドア先生もな、毎回ワールドカップの会場で楽しんでいる。フシグロは……まぁ、あいつは純粋に金を賭けたいんだろうが」

 

 ハリーは吹き出しそうになった。

 

 「そうだよね、先生なら絶対そうするよ」

 

 「まったく……あいつは毎回どれだけ稼ごうとしてるんだか。だが――」

 

 シリウスの表情がすっと真剣になる。

 

 「お前は一緒に来い。守るべきものが増える世界で、ただ守られるだけじゃなく、自分の足で立つ強さを持ってほしい」

 

 その言葉は決して重いものではなく、むしろ温かい響きをもってハリーの胸に落ちた。

 

 「……うん。行くよ、シリウス。一緒に行きたい」

 

 「よし。じゃあ数日後に出発だ。荷物より先に気持ちの準備をしておけよ」

 

 シリウスが笑い、ハリーも笑った。

 

 こうして、ハリーの新たな夏が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 一方、ウィーズリー家にはハーマイオニーとネビルが訪れていた。

 

 その日は朝から空がよく晴れていて、田舎道の向こうに建つ傾いた家――隠れ穴の煙突からは、いつも通り薄い煙がゆらゆらと立ちのぼっていた。鶏の鳴き声と鍋がぶつかる音が遠くから聞こえ、夏草の匂いと土の湿り気が混じった空気の中を、二人を乗せた魔法界のタクシーがゆっくりと降りてくる。足元の砂利を踏みしめながら玄関へ近づくと、ドアが勢いよく開いた。

 

 「よく来た、ハーマイオニー! ネビル!」

 

 ロンではなくアーサー・ウィーズリーが二人を出迎えていた。少しよれたローブの裾を踏みそうになりながらも、彼は心底嬉しそうな笑顔を浮かべて玄関先に飛び出してきた。その目尻には細かな皺が刻まれていて、忙しい仕事の合間にも家族とこうして迎え入れる時間を何より楽しみにしているのが伝わってくる。

 

 ハーマイオニーとネビルは、夏休み残りの一ヶ月間をこのウィーズリー家で過ごすことになっていた。暖炉の前にはすでに二人の荷物が並べられており、その横にはマグルの服をきちんと着こなしたハーマイオニーの両親が立っている。初めての時ほどの緊張はないが、それでも娘を友人の家に預けるという責任感が二人の表情に滲んでいた。

 

 「うちの子をお願いします」

 

 荷物を抱えたハーマイオニーの隣で、歯科医をしている父と母が揃って頭を下げた。マグルではあるが、ハーマイオニーがホグワーツに通うようになってから、彼らは魔法界と少しずつ関わりを持つようになった。アーサーとは特に相性が良く、アーサーは魔法界のことを興奮気味に語り、夫婦はマグルの機械や道具の仕組みを丁寧に説明し合う、妙に楽しげな関係ができあがっていた。

 

 「いいんですよ! 何人増えたって関係ありませんから!」

 

 アーサーの妻、モリー・ウィーズリーがエプロン姿で現れ、豪快に笑いながら言った。彼女の背後からは、キッチンで煮込まれているスープの匂いと、焼きたてのパンの温かい香りがふわりと流れてくる。モリーにとって家族の数が増えることは、ただテーブルに並ぶ皿が増えるだけの話で、それ以上でも以下でもなかった。

 

 「二人ともー!」

 

 階段の上から聞こえてきたのはロンの声だった。寝癖で髪が四方八方に跳ね上がり、パジャマの上から適当に羽織ったローブの襟は片方だけ折れ曲がっている。今起きたばかりなのは誰が見ても明らかで、彼はまだ半分眠たそうな目をこすりながら駆け下りてきた。

 

 「よ、よお……来たんだな!」

 

 ロンがぎこちなく手を振ると、ハーマイオニーは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに眉をひそめる。

 

 「ロン、まだ寝てたの? 今日は私たちが来る日だって言っておいたわよね」

 

 「起きたよ!今、ちゃんと起きた!」

 

 ネビルはそんな二人のやり取りを見て、少し緊張が和らいだように笑った。隠れ穴の空気は、ホグワーツとも自分の家とも違う。雑多でにぎやかで、どこを見ても生活の気配が溢れている。散らかった本、魔法道具、子供達の写真、少し焦げた鍋。全てが、彼にとってはまぶしいほど「家族」の匂いを放っていた。

 

 「ネビルもいらっしゃい。部屋はロンと同じ塔の上よ。荷物は後でフレッドとジョージに運ばせるから、そのままでいいわ」

 

 モリーがそう言って、ネビルに手を伸ばした。彼は一瞬どぎまぎしたが、すぐに笑顔を返して頷いた。

 

 ハーマイオニーは玄関先で両親と抱き合い、しっかりとした声で言った。

 

 「心配しないで、お母さん、お父さん。ここなら大丈夫だわ」

 

 「分かってるよ。あなたの友達のことも、ウィーズリーさん達のことも信頼している。ただ……」

 

 父親が言葉を濁すと、母親が代わりに微笑んだ。

 

 「楽しんでらっしゃい。夏休みなんですもの」

 

 そうして見送られた二人は、ウィーズリー家の中へと足を踏み入れた。狭い廊下にはぎっしりと写真立てが並び、動く写真の中でロンの兄弟達が走り回り、ふざけ合っている。階段の手すりには編みかけのマフラーが引っかかり、玄関の隅には誰かが忘れていった古いクィディッチのボールが転がっていた。

 

 キッチンからはモリーの呼ぶ声と、鍋をかき回す音が聞こえてくる。窓の外ではノーム退治をしていたフレッドとジョージがこちらに気づき、悪戯っぽく手を振ってきた。ハーマイオニーとネビルは顔を見合わせ、小さく息を吸い込む。この夏が、ただの休暇ではなく、自分たちが強くなるための時間にもなると、まだはっきりとは言葉にできないまま、どこかで感じ取っていた。

 

 そして隠れ穴の夏の日々が、静かに幕を開けた。

 

 「というかネビル、またデカくなったか?どんだけデカくなんだ?」

 

 ロンがソファから半身を起こしながら言うと、部屋の入り口に立ったネビルは、以前より一段と分厚くなった肩をすくめた。半袖から伸びる腕は縄のような筋肉が浮き上がり、首周りの筋も太くなっている。シャツ越しでも分かる胸板の厚みが、ほんの数年前まで鉢植えを抱えるのが精一杯だった少年と同一人物だとは信じがたかった。

 

 「俺はもっと強くならなきゃいけねぇ……」

 

 ネビルは低い声でそう答えた。言葉の端々に荒っぽさが混じっているが、その奥には焦りにも似た真剣さが滲んでいた。強くならなければ、守れないものがある。ホグワーツでの騒動を通して、彼だけが痛感した事実だった。

 

 「すごい気合い!」

 

 ジニーが目を丸くしてネビルの腕をつつく。指先に伝わる固さに、彼女は思わず顔をしかめた。

 

 「これ……本当に同い年の腕?」

 

 「フシグロ先生の地獄メニューを夏も続けてりゃ、こうなるだろ」

 

 ネビルが鼻で笑うと、ロンは苦笑しつつも内心は燃えたぎっていた。彼自身も、秘密の部屋の事件でポリジュース薬を飲み、伏黒甚爾に変身したあの日からずっと身体の調子が良い。誰にも言っていないが、魔法の扱いは以前より格段に洗練され、反応速度も上がり、肉弾戦も実はかなりの水準に達している。一度《死》に触れたことで、魔力と呪力の核心をほんの少しだけ覗き込んでしまったのだ。

 

 「私たちも負けてられないわね」

 

 ハーマイオニーがきゅっと眉を上げ、シャツの裾を捲りながら言った。その手首には、こっそり自主トレを続けてきた証として、以前より引き締まった筋肉が浮いている。勉強だけでなく鍛錬にも手を抜かないのが、彼女らしいところだった。

 

 「へへっ、じゃあ決まりだな」

 

 ネビルは腕をぐるぐると回し、肩の関節を鳴らした。骨と筋肉が擦れ合う鈍い音が、部屋の中に小さく響く。

 

 「よーし!皆んなでトレーニングだな!」

 

 ロンが勢いよく立ち上がると、隣の部屋からフレッドとジョージが顔を出した。

 

 「今、皆んなでトレーニングって聞こえたぞ」

 

 「いやぁ素晴らしい言葉だ、なぁフレッド?」

 

 「だな、ジョージ。筋肉は裏切らないって、フシグロ先生も言ってたしな」

 

 「言ってたわねぇ“筋肉はお前を見捨てねぇが、サボったお前は筋肉に見捨てられる”って」

 

 ジニーが真似をすると、部屋に笑いが起こった。

 

 その日、ウィーズリー家では、アーサーとモリー以外の全員が庭に出て筋トレをすることになった。家の裏に広がる少し傾いた草地には、夏の陽射しが斜めから差し込み、遠くの丘の向こうで雲がゆっくりと流れている。鶏小屋の脇に転がった石や、使われていない樽、古いほうきまでが、そのまま即席のトレーニング器具になった。

 

 「じゃあまずは、腕立て伏せだな。フシグロ先生のメニューだと、ウォームアップで“そこそこ限界まで”ってやつだ」

 

 ネビルが地面に手をつきながら言う。大きくなった体が地面に影を落とし、その背中の筋肉が動くたびにシャツが引き攣れて皺を刻んだ。

 

 「限界ってどれくらいだ?」

 

 ロンが不安そうに聞くと、ネビルはニヤリと笑った。

 

 「倒れるまでだ」

 

 「それ、ウォームアップって言わないだろ!」

 

 情けない声を上げながらも、ロンはネビルの隣に並んだ。ハーマイオニーとジニーも少し離れたところで構え、フレッドとジョージは面白がってその後ろに陣取る。

 

 「じゃあ、いっせーのーで……」

 

 ネビルの合図で、一斉に身体が上下し始めた。腕が曲がるたび、土の匂いが鼻腔を刺し、掌に押し返される地面のざらつきが皮膚を通して伝わる。最初の数回は軽い。だが回数を重ねるごとに、腕に乳酸が溜まり、肩が灼けるように熱くなっていく。

 

 「じゅ、15……16……」

 

 ロンの声が震え、肘がわずかに内側に入りかけたところで、ネビルが叱咤した。

 

 「ロン、肘が逃げてんぞ! そんなフォームじゃフシグロ先生に殴られる!」

 

 「ひぃぃ……分かってるよ!」

 

 ハーマイオニーは歯を食いしばりながらも、着実に回数をこなしていた。額には汗がにじみ、頬に貼りついた髪が動くたびに揺れるが、その目は集中して真っ直ぐ地面を見据えている。

 

 「すごいわね、ハーマイオニー。こんなの普段からやってたの?」

 

 隣でジニーが息を切らしながら問いかけると、ハーマイオニーは短く答えた。

 

 「フシグロ先生に“頭の良い奴ほどまず身体を鍛えろ”って言われたのよ」

 

 「名言だ……」

 

 フレッドとジョージが同時に呟き、そのまま調子に乗って片手腕立てに挑戦し始めたが、数回でバランスを崩して転がった。

 

 腕立ての次はスクワット、その次は舟を漕ぐような腹筋、庭の端から端までのダッシュと、ネビルが覚えている限りのメニューが続いた。彼の動きは重さを感じさせない。地面を蹴る足は力強く、上半身はぶれず、息の整え方も板についている。夏休みの間も欠かさず鍛錬を続けてきた証拠だった。

 

 ロンは何度も膝に手をつきそうになりながら、ネビルの背中を睨むように追いかけた。

 

 (負けてたまるかよ……!)

 

 秘密の部屋で、一度は“死んだ”あの日。伏黒甚爾の肉体に飲み込まれたあの感覚を、ロンは忘れていなかった。あの時、自分がどれほど無力だったか、骨の髄まで思い知らされたからこそ、こうして荒い息を吐きながらも足を止めない。

 

 日が傾き始める頃には、全員の身体から汗が滴り落ちていた。シャツは背中に貼り付き、息を吸うたびに肺が焼けるように痛む。それでもネビルは最後まで姿勢を崩さず、締めのストレッチまできっちりやり終えた。

 

 「……ふぅ。今日はこんなもんだな」

 

 地面に腰を下ろしたネビルは、額の汗を腕で拭いながら言った。

 

 「こんなもんって……死ぬかと思った……」

 

 ロンが仰向けに倒れ込み、空を見上げる。視界の端で、オレンジ色に染まり始めた雲がゆっくり流れていた。

 

 「でも……悪くないわね」

 

 ハーマイオニーが息を整えながら起き上がる。ジニーも両膝に手をつきつつも、どこか満足げな笑みを浮かべていた。

 

 ウィーズリー家の庭には、彼らの荒い呼吸と、遠くで鳴く鳥の声だけが響いていた。夏の夕暮れの中、4人の影は以前より少し大きく、そして頼もしく伸びていた。




炎のゴブレット編スタート。

私は原作よりもどっちかっていうと映画の方が観てる回数が多いんですが、炎のゴブレットのワクワク感マジでヤバくないですか?主人公勢が私服で魔法界うろついてポートキー使ってワールドカップ観に行くのがたまらんわい。
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