ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第六話

 

 

 

 

 

 10月22日、ハロウィンが近づいたホグワーツ魔法魔術学校の中庭には、そこかしこに浮遊するカボチャが揺れていた。

 

 「……鬱陶しいな」

 

 こんなもんで浮かれてる魔法使いの神経が理解できねぇ。

 今日は一年生の授業がある日だ。初日の筋トレ地獄から一か月と少し。ほんの少しだが、あいつらも成長した……はずだ。

 

 「そこに並べ」

 

 俺の声に、一年坊どもは反射的に整列する。

 

 「はい!!」

 

 声がきれいに揃った。初日とは雲泥の差だ。軍隊の新兵みてぇで笑える。別にそんな訓練をした覚えはねぇんだがな。

 

 「今日は筋トレじゃなく、実践をやる。この木枠を鍛えた身体と最適な動きで壊してみろ。まずは俺が手本を見せる」

 

 木枠の前に立ち、一歩踏み込む。石畳が抉れ、空気が裂ける音とともに掌底を叩き込んだ。

 

 バキィッ。

 

 木枠は粉々になって吹っ飛んだ。破片が空中を舞い、生徒たちの目が見開かれる。

 

 「こうだ」

 

 「いや、こうだってじゃないですよ! 流石にそれは無理じゃないですか!?」

 

 やっぱり文句を言うのはこいつ、ロンだ。

 

 「ロン、僕やるよ」

 

 先に一歩を踏み出したのはハリー・ポッターだった。

 

 「マジかよハリー……」

 

 「私もよ!」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーが続く。

 

 「ハ、ハーマイオニーも!?」

 

 その後ろから、やたら声を張る奴がいた。

 

 「僕もだ!!!」

 

 ドラコ・マルフォイ。

 

 「マルフォイ!?」

 

 おいおい、全員やる気かよ。

 

 「おいロン、“純血”の気合いの入り方が違うぞ? お前も負けてられねぇな」

 

 「なっ……誰が負けるかよ!」

 

 ロンも仕方なさそうに列に加わる。

 

 ハリーが木枠の前に立ち、拳を握る。呼吸を整えているのが分かる。以前なら腰が引けてたが、今は違う。目が“やる”目になっている。

 

 「はぁっ!」

 

 拳が木枠に叩き込まれる。バキンと軋む音。壊れはしないが、確かに力は通っている。

 

 「次」

 

 ロンは肩に力が入りすぎていて踏み込みも雑だった。拳が木枠に当たった瞬間、顔を歪めて飛び跳ねる。

 

 「いってぇぇぇ!」

 

 「力みすぎだ。肩で殴るな」

 

 「うるせぇな……!」

 

 笑いが起こり、少し場の空気が緩んだ。

 

 ハーマイオニーは慎重な踏み込みと軽い掌打。音は小さいが姿勢がいい。

 

 「悪くねぇ。踏み込みが素直だ」

 

 「え……あ、ありがとうございます!」

 

 顔を真っ赤にして俯く。褒められると伸びるタイプだな。

 

 マルフォイが杖を握ろうとした瞬間、俺は冷たい声で言った。

 

 「杖は置け」

 

 「えっ!? でも……」

 

 「今日は素手の授業だ。お坊ちゃん」

 

 青ざめた顔で杖を置き、ぎこちなく構えるマルフォイ。恐る恐る踏み込み、弱々しい拳が木枠に当たった。木枠がほんの少し揺れる。

 

 「よくやったな、坊ちゃん」

 

 「ぼ、僕は坊ちゃんじゃない!」

 

 笑い声が上がり、緊張がさらに解けた。

 

 だが俺の目には違うものが見えている。

 

 一か月前、こいつらは踏み込みすら満足にできなかった。杖にすがることしか知らず、自分の身体を使って何かを壊すなんて考えたこともなかった。

 

 今は違う。木枠に向かって踏み込んでいる。恐怖や戸惑いはあっても、逃げてはいない。

 

 「いいか。戦いってのは力だけじゃねぇ。身体の使い方一つで勝敗が決まる。杖に頼ってるだけじゃいずれ痛い目を見る」

 

 生徒たちの視線が一斉に俺に向く。

 

 「お前らの敵は、いつも杖を持ってるとは限らねぇ。呪文が使えねぇ状況ってのもある。そういう時、どうする?」

 

 しんと静まり返った。誰も軽口を叩かない。

 

 俺は掌で木枠の破片を弾き飛ばす。乾いた音が響き、夜風が吹き抜ける。

 

 「その時、生き残れるかどうかは今この時間で決まる」

 

 ハリーが小さく息を呑み、ロンは目をそらし、ハーマイオニーは真剣な顔で頷き、マルフォイでさえ唇を引き結んでいた。

 

 「よし、もう一度だ。今度は壊せ。逃げるな。迷うな」

 

 「はい!!!」

 

 声が響く。

 

 「はっ、いいじゃねぇか“純血”のガキ。さっきよりも踏み込みと力の入り方が良くなってる。ほらここ見ろ、ヒビが入ってる」

 

 マルフォイの拳が当たった木枠の表面に、確かに細いヒビが走っていた。最初の一撃ではびくともしなかったのに、今度はちゃんと“効いて”いる。踏み込みと腕の連動が、さっきよりも一段階良くなっていた。

 

 「くっ……! なんか悔しいが嬉しい!」

 

 マルフォイが拳を見つめながら顔を赤くする。照れなのか誇りなのか、その中間みてぇな顔をしてやがる。

 

 「それでいい。ガキのうちは、そういう感覚を積み重ねるのが一番早ぇんだよ。筋肉は裏切らねぇ」

 

 俺は腕を組んで木枠を睨んだままのマルフォイに顎で合図を送る。

 

 「もう一発いけ。折るまで殴れ」

 

 「……やってやる!」

 

 さっきまで青ざめてた坊ちゃんが、今度は歯を食いしばって前に踏み出した。

 

 掌の握りも甘くない。腰も下がっていない。

 

 ドゴッ!

 

 拳が木枠にめり込み、さっきよりも大きなヒビが走った。生徒たちの間から「おお……!」と声が漏れる。

 

 「やった……!」

 

 マルフォイが勝ち誇ったように拳を見つめた。俺は鼻で笑いながら言ってやる。

 

 「坊ちゃん、ちょっとは戦える身体になってきたじゃねぇか」

 

 「坊ちゃん言うな!」

 

 こいつ、ちょろいな。

 

 生徒たちの空気が少し変わった。戦う前の不安や迷いが少し薄れ、今はただ“壊す”という一点に集中している。こういうのは口で教えるよりずっと早ぇ。

 

 「次、ハリー」

 

 「うん!」

 

 ハリーも踏み込む。力はまだ弱いが、拳を当てる感覚は掴めてきている。

 

 「よし……いいな、今のは悪くねぇ」

 

 ハーマイオニーも続き、ロンも鼻息荒く突っ込んでいく。こいつら全員、最初より確実に動きが変わってる。

 

 ただの木枠一つでも、自分の力で何かを壊したって感覚はデカい。

 

 「いいか、これはただの訓練じゃねぇ。生き残るための動きだ。お前らがこれからどこで何に出くわすかなんて、俺にも分からねぇ。ただな……杖に頼るだけの奴は、戦いの世界じゃすぐに死ぬ」

 

 俺の言葉に、全員の目が一瞬だけ鋭くなった。

 

 「お前らが死にたくねぇなら、身体を鍛えろ。動ける身体を持て。それが戦いの最低条件だ」

 

 拳を握る音がいくつも響く。

 

 こいつら、まだまだ雑魚だが……この空気、この目は悪くねぇ。こういう顔を見せるようになったってだけで、一か月分の筋トレは無駄じゃなかったな。

 

 「よし、残りの木枠全部壊せ。全員折るまで帰さん」

 

 「はいっ!!!」

 

 中庭に一斉に声が響く。

 

 踏み込み、殴り、砕け、歓声と息遣いが混ざる音。

 

 ハロウィンのカボチャが空で揺れる中、こいつらは確かに“強く”なり始めていた。

 

 それから三十分ほど木枠への打ち込みを続けた頃、息が白く立ち上り始めた。寒さのせいもあるが、こいつらの身体からは確かな熱が滲んでいる。

 

 掌に小さな赤い痕を作っている奴もいれば、肩で息をする奴もいる。だが、全員立っている。途中でサボるやつも泣き言を吐くやつもいなかった。初日とは雲泥の差だ。

 

 「よし、お前ら……いい感じだ」

 

 俺は声を張った。全員の視線が一斉にこちらへと向かう。呼吸が荒いのが遠くからでも分かる。

 

 「この中で一番よくやれてたのは……」

 

 俺は歩きながら木枠の状態を確認する。踏み込みの跡、打ち込みの角度、拳や掌のぶつけ方。雑な打撃と、芯をとらえた打撃では木枠の割れ方がまるで違う。

 

 その中でも、ある一つの木枠に俺の目が止まった。均等に割れ、破片の飛び方も素直だ。力とタイミングが上手く噛み合っている。

 

 「ネビル・ロングボトムだったか? お前だ」

 

 「えっ、ぼ、僕!?」

 

 「いいじゃねぇか。最初はデブだったのに、一か月ちょっとでだいぶいい身体になってる。踏み込みも打ち込みも精度が高ぇ」

 

 「ネビル!?」

 「すごいね!」

 「寮でも頑張ってたもんな!」

 

 周囲から歓声が上がる。いつもオドオドしていたネビルの顔が、一瞬で真っ赤になった。信じられないって顔で俺を見ている。

 

 「べ、別に……みんなも頑張ってるし……」

 

 こいつ、初日の頃は拳を木枠に当てるだけで手を震わせてた。それが今じゃ迷いのない踏み込みを見せている。力も精度も伸びてきている。

 

 「照れてんじゃねぇ。褒められたら素直に喜べ。それと、頑張った分はちゃんと出るってことを身体で覚えとけ」

 

 「は、はいっ!」

 

 ネビルの返事は以前よりずっと力強かった。

 

 「ただしお前ら全員に言っとくが、これは終わりじゃねぇ。まだ基礎の段階だ。これからどんどんキツくなる」

 

 どよめきが起きる。けれど逃げ腰になってる奴はいない。むしろ、少しだけ笑ってやがる。

 

 「ちょっと休め。五分だけだ。座って息を整えろ」

 

 俺が言うと、生徒たちは一斉にその場に腰を下ろした。

 

 冬の空気が冷たい中庭に流れ込み、吐息が白く混ざり合う。手のひらをさすったり、肩を回したり、足を伸ばしたり。

 

 その中で、ネビルの周りには自然と人が集まっていた。拍手したり、肩を叩いたり、称える声が響く。

 

 「すげぇよネビル! あんな木枠、俺折れなかったぜ!」

 「やるじゃん、ちょっと見直したわ!」

 

 ネビルが慌てて手を振る。

 

 「ち、違うんだって! みんなの方が……」

 

 「バカ、素直に喜んどけ」

 

 俺はぼそっと呟いた。

 

 こいつの成長は、俺が思ってたよりずっと速い。筋肉の付き方もフォームも、ちゃんとやってきた証拠が出てる。教えたことを愚直に反復した結果だ。

 

 踏み込みと重心移動、そして殴る瞬間に全身の力を収束させる。魔法の杖なんざなくても、こういう基礎を覚えた奴は強くなる。

 

 「……まぁ、悪くねぇな」

 

 心の中で呟く。

 

 俺は別にこいつらに情があるわけじゃない。ただ、力を持たない奴が力を得ていく過程を見るのは悪い気分じゃない。

 

 「時間だ。立て」

 

 全員が一斉に立ち上がる。少し息が整った顔をしている。

 

 「残りの時間は自由組手をやる」

 

 「組手……!?」

 

 ざわめきが広がる。

 

 「二人一組になれ。今日は打撃だけだ。杖は禁止。逃げんな。守りに入るな。動け」

 

 俺が手を叩くと、生徒たちは半ば興奮しながらペアを作り始めた。

 

 ネビルには自然とハリーが寄っていく。

 

 「ネビル、僕とやろう」

 「う、うん!」

 

 ロンとマルフォイもなぜか睨み合いながらペアを組んでいる。

 

 「僕は強いよ、ウィーズリー」

 「誰に言ってんだマルフォイ!」

 

 ガキ同士の張り合いだが、こういう空気は悪くねぇ。

 

 「いいか、相手を壊すためじゃなく、自分の動きを出すための組手だ。どっちが勝ったとか負けたとか関係ねぇ。身体を動かすことだけ考えろ」

 

 俺は腕を組んで彼らの動きを見守る。

 

 初日の頃ならこんなこと言ってもビビって何もできなかったろう。

 

 今は違う。踏み込みが早くなり、手足の動きに迷いがなくなってる。たとえぎこちなくても、自分の力で前に進もうとする意思がある。

 

 ――それが、一番大事だ。

 

 「始めろ」

 

 号令と同時に、中庭に打撃の音が響き始めた。

 

 鈍い音、擦れる音、時折上がる小さな悲鳴と笑い声。

 

 こいつらはまだ弱い。だが、確かに少しずつ“戦う身体”になっている。

 

 「いいぞ、その調子だ」

 

 俺は静かに呟きながら、全員の踏み込みを観察した。

 

 踏み込みの速度、目線のブレ、呼吸の浅さ。全部まだ甘い。だが、それでいい。俺の仕事は、そいつらを叩き上げることだ。

 

 「さぁ、もっと殴れ。踏み込め。止まるな」

 

 

 腕を組み、俺はハリー・ポッターとネビル・ロングボトムのペアに視線を向けた。

 

 「……押されてんな」

 

 僅かにネビルの方が前に出ている。踏み込みの重さと体の芯の安定がいい。だが、ハリーの動きも悪くねぇ。足さばきが軽く、相手の攻撃を避けるときの身体のバランスが崩れない。

 

 ハリー・ポッター。

 

 このガキは1年生にしてクィディッチの選手に選ばれたと聞いている。クィディッチってのは、箒に乗って空を飛びながらボールをゴールに叩き込む競技らしい。空飛ぶサッカーってとこだな。

 

 マクゴナガルのババアが嬉しそうに喋ってたのを覚えてる。あんなテンションの高い教師、他にいなかった。

 

 「初試合は11月だったか……」

 

 小さく呟く。

 

 あれ、賭け事とかあるのか?あれば競馬代の穴埋めくらいにはなるかもしれねぇ。

 

 そんなくだらねぇことを考えながらも、俺の目はハリーの動きを逃さない。

 

 ネビルの拳が前に伸びる。

 

 ハリーは一歩下がると同時に腰を落とし、拳をギリギリで避けてから体勢を立て直す。回避動作が素直だ。初日に比べりゃ別人みてぇな動きだな。

 

 「いい目をしてるじゃねぇか」

 

 口の中で呟いた。

 

 ネビルは力任せの攻撃が多い。だが悪い動きじゃねぇ。根が真面目な分、俺の言ったことをそのまま実行しているのがよく分かる。踏み込みの重さ、腕のしなり、視線の位置――全部素直だ。

 

 一方のハリーは、反応の良さが目立つ。直感的な動きと柔軟さ。呪術の世界で言えば、バカみてぇに勘のいい術師ってやつだ。こいつは教えた型を守るより、自然と戦いの流れを掴むタイプか。

 

 俺の中に、呪術的な勘が働く。

 

 呪術と魔法は別物だが、“生きた身体”ってのはどの世界でも通じる。俺が教えてるのは杖でも呪文でもねぇ。生き残るための身体の使い方だ。

 

 ハリーはそれをよく飲み込んでいる。

 

 「……いい面構えしてやがる」

 

 小さく笑ってしまった。

 

 同時にネビルが踏み込み、拳を突き出す。

 

 ハリーはそれを軽くいなすと、足を横にずらしてカウンター気味に肩で押し返した。

 

 「うおっ!?」

 

 ネビルが一歩よろける。ハリーはすかさず前に踏み込んだ。

 

 ……おいおい、1か月でここまで形になるとは思わなかったぞ。

 

 回避の後にすぐ詰める判断ができるってのは、センスがある証拠だ。普通のガキなら避けて終わりだ。

 

 俺は鼻で笑う。

 

 「ガキだからって舐めてたが……やるじゃねぇか」

 

 こういう奴は伸びる。今はただの1年坊主でも、戦いの場数を踏めば変わる。

 

 俺自身、呪術師相手に死ぬほど修羅場を潜ってきた。呪いの感覚、殺気、踏み込み、間合いの読み。全部、身体で覚えた。

 

 「ハリー・ポッター……あのクィディッチってやつだけじゃなく、地上戦でも悪くねぇな」

 

 ハリーが肩で息をしながらも、目だけはしっかり前を向いていた。恐怖はある。だがそれよりも勝ちたいって欲が滲んでいる。

 

 「ネビル! もう1回!」

 

 ハリーの声が中庭に響いた。

 

 ネビルも息を切らしながら頷く。

 

 「うん、来い!」

 

 再び踏み込み合う2人。

 

 最初はただ筋トレを嫌々やってたガキが、今じゃこうして真っすぐぶつかり合ってる。ちょっとは“戦う顔”になってきたな。

 

 後ろではロンとマルフォイがまだ互いの動きに翻弄されながら、ぎゃーぎゃー騒いでいる。あいつらはあいつらで面白ぇから放っておこう。

 

 「よし……その調子だ、もっと踏み込め」

 

 俺は中庭の空気を吸い込んだ。冷たい風の中、拳がぶつかり合う音がやけに響く。

 

 “戦い”ってのは、力の差よりもまず先に、目と足が変わるもんだ。

 

 ハリーも、ネビルも――あの初日から考えりゃ上出来だ。

 

 「まだまだ伸びるな、こいつら……」

 

 そう呟きながら、俺は腕を組み、さらに踏み込む姿勢を見守り続けた。

 

 ……それにしても、クィディッチに賭けられたら一儲けできそうだ。

 

 ハリーが勝つ方に賭けるのは、悪くねぇ選択かもしれねぇな。

 

 

 それから30分ほど組み手を続けさせ、俺は手を叩いて声を張った。

 

 「お前ら、ここで終わりだ。しっかり水分補給して、大広間で鶏肉と牛乳を詰め込んでこい。それと柔軟を忘れるなよ」

 

 「ありがとうございましたー!!」

 

 全員の声が響く。

 

 まるで軍隊だな……。この調子でいけば、いずれこいつら魔法使いじゃなくて兵士になるんじゃねぇか。

 

 ガキ共がぞろぞろと戻っていく中、見慣れた3人組が走ってきた。

 

 「フシグロ先生!」

 「先生ー!」

 「お前らか……というかお前ら、初日からいつも一緒だな。まぁ友情ごっこには興味ねぇが……」

 

 「なんか自然と……なんでだろ?」

 

 ハリーが首をかしげる。

 

 「ハーマイオニーは口うるさいけどな」

 

 ロンが余計なことを言った瞬間、ハーマイオニーの眉がピクリと跳ね上がった。

 

 「ロン!今なんて言ったの!?」

 

 「い、いや、その……!」

 

 「ロン、覚悟しなさい」

 

 「やべっ!」

 

 ロンが逃げ腰になるのを見て、俺は小さく鼻で笑った。

 

 「仲良しだな。……まぁ勝手にやってろ」

 

 「フシグロ先生、今日の授業、すごく楽しかったです!」

 

 ハリーがまっすぐな目で言う。その目には、最初の頃にあった戸惑いや恐れがもうなかった。代わりにあるのは、戦いの場に立つ覚悟と、前に進むための意志だ。

 

 「そうか、なら次はもっとキツくしてやる。立てねぇくらいにな」

 

 「えぇっ!? もう十分キツいよ!」

 

 「甘ったれんな。お前らはまだまだ弱ぇんだよ」

 

 俺がそう言うと、ハリーは苦笑しながらも拳を握りしめた。

 

 「……でも、やってやる」

 

 「フシグロ先生、あたしたち、強くなれるかな」

 

 ハーマイオニーの声は少し震えていた。怖さじゃない。何かを掴みたいっていう、真っ直ぐな感情が混ざっていた。

 

 「なるさ。俺の言う通りにやってりゃな」

 

 「……はい!」

 

 3人の返事がそろう。

 

 夕方の空が中庭を染め始め、冷たい風が吹き抜けた。授業で汗をかいたガキ共には少し寒いくらいだが、その分、空気は澄んでいる。

 

 「おい、ロン。さっさと口うるさいのになんとかしてこい」

 

 「ひ、ひでぇ……」

 

 「なにか言った!?」

 

 「な、なんでもねぇですハーマイオニーさん!」

 

 この調子で、あと何ヶ月経てばこいつらは一人前の戦い方を覚えるんだろうな。

 

 俺の教え方は、魔法学校の授業としては異質だ。杖も呪文も教えない。あるのは踏み込みと殴り方、殺意を持った時の身体の使い方だけだ。

 

 だが、こいつらの目つきは確実に変わっている。1か月前とは別人だ。

 

 「お前ら、帰って飯食って、風呂入って、さっさと寝ろ。筋肉は寝てる間に育つ」

 

 「「「はーい!!!」」」

 

 3人が声を揃えて返事をする。

 

 「明日はもっと殴り合いだ。覚悟しとけ」

 

 「えぇっ!?」

 「いいじゃない!私たち強くなってるし!」

 「ハーマイオニー、なんか楽しそうに言うなよ……」

 

 ロンが項垂れ、ハーマイオニーがニヤリと笑い、ハリーが呆れ笑いながらもついていく。

 

 俺はその後ろ姿を見送りながら、ポケットの中のタバコを指先で弾いた。

 

 ――1年坊主。

 

 まだまだ非力で頼りねぇガキ共だ。だが、それでも戦い方を覚え始めた奴は強くなる。

 

 呪術の世界でもそうだった。武器も呪力もなくても、踏み込みと呼吸と目線を鍛えた奴は、最低限“生き延びる”ことができる。

 

 「クソガキ共が……ちょっとだけ骨が出てきたじゃねぇか」

 

 小さく呟いて、煙を吐き出す。

 

 カボチャが浮かぶ空の下、中庭には誰もいなくなった。

 

 だが、踏み込みと打撃の跡は石畳にしっかりと刻まれていた。

 

 「……悪くねぇ」

 

 俺は短く笑い、夜の城へと歩き出した。

 

 城へ戻った俺は、腹は減ってねぇが食堂に行くにはまだ早い時間だと思い、自室に戻ろうとした。

 

 ――だが、その足が途中で止まる。

 

 「禁書棚でも漁ってみるか……そういやまだ見てなかったな」

 

 図書室の本は、この1ヶ月でかなり読み漁った。魔法理論、呪文体系、魔法史、魔法薬学の基礎……まぁ俺には魔法なんざ使えねぇから、あくまで頭の中に入れておくだけだ。

 それでも、知らないよりはずっといい。相手の武器を知らないまま戦場に立つほど馬鹿じゃねぇ。

 

 そして――禁書棚。

 教師と一部の上級生しか立ち入れない、特別な区画。

 そこに“面白ぇもん”があると耳にした。

 

 俺はそのまま踵を返し、図書室へと足を向けた。

 

 廊下は夕方特有の静けさが漂っている。食堂や寮へと生徒たちが移動している時間帯で、人気がない。床石の冷たさと、古城特有の湿った空気が足の裏にじっとりと絡みついてきた。

 

 図書室の奥――柵で囲われた禁書棚が姿を現す。

 

 入口には重厚な鍵。

 魔力感知式の錠前がぶら下がっている。

 

 「鍵付きか……」

 

 だが問題ねぇ。

 俺には魔力も呪力もねぇ。

 魔法の感知式は、俺みたいな存在を“そもそも認識できない”。

 

 鍵を掴んで軽く捻る。

 

 カチリ、と拍子抜けするほど簡単に開いた。

 

 「……ザルだな」

 

 禁書棚の中に一歩足を踏み入れる。

 

 湿った紙と革の匂い。それに混じって、空気にわずかな圧が走る。

 魔力の気配だ。

 

 「本は生きてるらしいが、俺には魔力の気配しか感じねぇ」

 

 薄く漂う気配が肌に当たる。風がないのに空気だけがゆっくりと波打つような、独特の揺らぎ。

 魔法使いなら、この段階で“威圧”みたいなもんを感じるらしいが、俺にとってはただの空気の違和感だ。

 

 棚の列を適当に歩き、一冊を引き抜く。

 黒い革装丁。古い文字が焼き込まれているが、俺には読めない。……が、ページを開くと勝手に日本語で浮かび上がった。

 

 翻訳魔法か?呪術にはこういう便利なもんはねぇな。この本自体が呪具みてぇなもんか。

 

 書かれていたのは、魂と魔法の干渉に関する記述。

 肉体との乖離、分離、再結合――人間の本質そのものに踏み込んでる内容だった。

 

 「魂、か……」

 

 呪術の世界でも、魂の領域は一番ヤベぇ場所だ。

 術師でもそう簡単には踏み込まねぇ。いや、踏み込んだ奴は大抵ロクな死に方をしねぇ。術式に魂を操るものがあると聞いたことがある。確か……【無為転変】だったか?

 

 この本の内容も、どことなくそれに似ていた。

 「肉体と魂の結びつきを弱める術式」「魂に直接干渉する魔法」「他者の魂を入れ替える可能性」……ろくでもねぇ話ばかりだ。

 

 「魔法ってのも、結局やることは同じかよ」

 

 呪術と魔法は“根っこ”が違う。

 だが魂って領域に踏み込んだ瞬間、どっちも似たような匂いになる。

 不気味な、血と死の臭いだ。

 

 ページを捲っていると、ふと外で扉が軋んだ。

 

 ギィ……

 

 「……誰か来たな」

 

 俺は音を立てずに棚の上部へ跳び移る。

 梁の影に身を潜め、気配を殺した。

 

 「……この気配、クィレルか」

 

 周囲を確認しながら、一人の男が禁書棚の中に入ってくる。

 

 クィリナス・クィレル。

 闇の魔術に対する防衛術担当の教師。俺の隣の席でガクガク震えてる、あの神経質な男だ。

 

 「何をしにきた……まぁ、教師なら誰でも入れるが」

 

 奴はブツブツと独り言を呟きながら棚を物色している。

 まるで何かを探しているようだ。目の奥がギラついてやがる。

 

 やがて――奴の手が一冊の本に伸びた。

 

 【賢者の石】と表紙に記されている。

 

 「賢者の石……か」

 

 その名を聞いたことがある。

 ほんの少し前、呪術界でも話題になった代物だ。

 肉体を不滅のものとし、永劫の命を得る――まるで絵空事のような代物だが、噂が呪術界にまで届いているということは、ただの神話じゃねぇ。

 

 だが、なぜこいつがそれを……?

 

 「……?」

 

 妙な違和感が背筋を走った。

 

 クィレルの気配が、二つある。

 

 メインの気配は本人のもの。

 だが、もうひとつ――より弱いが、どろりと濁った“何か”が、奴の内側に巣くっている。

 

 「……気持ち悪ぃ」

 

 呪霊に近い。いや、それに似た、もっと質の悪い何か。

 空気の温度がわずかに下がって、鼻の奥に湿った血の臭いが刺さった。

 

 クィレルは何事もない顔でその本を抱え、さらに棚の奥へと進んでいく。

 魔力に反応する棚の“威圧”も、奴は慣れたように受け流していた。

 

 「……なるほどな」

 

 クィレルは何かを知っている。

 そして、それを探している。

 

 俺は息を潜めたまま、奴の背後の気配をじっと観察した。

 二重に揺れる魔力。人間のものと……別の“何か”のもの。

 

 「教師のフリしてるだけじゃねぇな、お前」

 

 残ったのは、魔力の余韻と、うすら寒い気配だけ。

 

 「……面白ぇもん、嗅ぎつけちまったな。クィレル……お前、何を企んでやがる」

 

 そうして奴は一頻り読んだ後本を棚に戻し、懐から杖を取り出した。

 

 低く、抑えた声で呪文を唱えると、あの本が置かれていた場所から“気配”がふっと消えた。空気に漂っていた魔力の揺らぎも、湿った血の臭いも、まるで最初から何もなかったみてぇに消え失せる。

 

 「……便利なもんだな、魔法ってやつは」

 

 呪術じゃこうはいかねぇ。

 術を使えば、必ず“残穢”が残る。呪力の痕跡、血の臭い、空気の歪み。

 そしてそれは――五感が鋭い奴にはごまかせねぇ。

 

 俺にとっちゃ残穢は“目に見えない”が、確かにそこにあるものだ。

 匂い、温度、湿度の変化……まるで足跡や息づかいを追うみたいな感覚。

 

 だが今――それが跡形もなく消えた。

 

 「へぇ……徹底してやがるな」

 

 クィレルの気配が禁書棚の外に消えたのを確認してから、俺も棚から飛び降りた。足音を殺し、扉の隙間から奴の背を見送る。

 

 暗い廊下の奥へと消えていく細い影。

 その後ろに、やはり薄く、もう一つの気配が纏わりついている。

 俺の鼻と耳が、それを確かに捉えていた。

 

 「……あいつ、やっぱり普通じゃねぇ」

 

 クィレルが禁書棚から完全に離れたのを確認して、俺も扉を押し開けた。

 

 古びた蝶番がギィと鳴る。

 閉じられた柵の向こうには、何事もなかったように本棚が静まり返っていた。

 

 「これは……ダンブルドアに報告した方がいいのか?」

 

 呟きながら廊下を歩く。

 

 単純な調べ物かもしれねぇ。教師ならこの場所に来ること自体は不自然じゃない。

 だが――“賢者の石”と二重の気配。あれはただの好奇心って顔じゃなかった。

 

 「いや、下手に騒いでも面倒か」

 

 俺は頭の中で素早く可能性を並べた。

 もしあのジジイ――ダンブルドアに報告したとしても、奴は俺に詳細を話すことはねぇだろう。

 それに、俺は別に魔法使いの“内輪の揉め事”に首を突っ込みたいわけでもない。

 

 「調べ物してただけ、って線もあるしな……」

 

 だが、俺の勘は昔からよく当たる。

 血の匂いを嗅ぎ分けて、命のやり取りを生き抜いてきた感覚だ。

 

 「……まぁいい。今は泳がせとくか」

 

 この手のネタは、慌てて掴みにいくよりも――向こうから勝手に膨らんでくれるもんだ。

 

 俺はポケットに手を突っ込み、足早に廊下を抜けた。

 薄暗い石造りの回廊に、俺の靴音だけが響く。

 

 「教師のフリしたクィレル……それと、もう一つの“気配”……」

 

 城の外では冷たい風が吹き抜け、古い窓ガラスを震わせていた。

 俺の中で、じわりと小さな警戒心だけが膨らんでいく。

 

 だが――今はまだ、それを追う気にはなれなかった。

 

 「……腹、減ったな」

 

 ため息混じりに呟き、俺は大広間の方へと向かって歩き出した。

 

 どうせいずれ、向こうから何か仕掛けてくる。

 この手の奴は、そういう風に転がるのが世の常だ。

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