ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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沢山の評価、感想ありがとうございます!!


第二話

 

 

 

 

 クィディッチワールドカップ。1473年から始まり、今回で422回目を迎えるらしいが、そんな歴史の重さよりも俺にとって重要なのは()()()()()()の方だった。世界各国から選ばれた代表選手が空を飛び、ボールを追い回す競技。その裏では国家規模で金が動き、魔法省やら有力家系やらがこぞって大金を張り込み、勝てば莫大な額が跳ね返ってくる。つまり俺にとっては、呪霊退治よりよほど分かりやすい実入りの場というわけだ。

 

 試合会場は、たった1年で魔法使いどもが作り上げたという10万人収容の特設スタジアムだった。天井はなく、巨大壁、そして柱が幾本も空へ伸び、魔力の幕が風を遮り、音を反射させ、外界から完全に隔絶された空間を作り出していた。俺から見てもとんでもねぇ構造物だ。こういうところだけは魔法使いは生意気なほど器用だと言える。まぁ、肝心の戦闘の方は俺の方が上だが。

 

 俺とダンブルドア、そしてシリウスと、そのシリウスに引っ付いてきたハリーは、ジジイが顔パスで取った上層階の席に座っていた。空に近い位置から見下ろすフィールドは草地の緑が鮮やかに輝き、風が起きるたびに波のような模様を描き、魔法で整えられた空気は無駄に澄んでいて、まるで自然の方が会場に合わせて気を使っているようだった。

 

 「ジジイ、今日はどっちに賭けた?」

 

 隣で足を組んでいるダンブルドアに訊いた。ジジイはこういう場だとやたらと楽しそうな顔をする。ホグワーツの校長という仮面を完全に脱ぎ捨て、ただのギャンブル狂爺になるのだ。

 

 「わしは日本じゃ。トヨハシ・テングが勝つと感じるのじゃよ」

 

 「また羽虫か?」

 

 「そうじゃ、今朝わしの髭に止まっておった」

 

 「相変わらずだな……」

 

 ダンブルドアの占いは羽虫任せだが、これが妙に当たる。だからこそ侮れない。だが俺は乗らない。あくまで自分で判断する。それがギャンブルってもんだ。

 

 「シリウスは?」

 

 「私はイギリスに賭けた。オフェンス陣の連携は今年が一番滑らかだ。フィジカルも悪くない」

 

 シリウスは細身に見えるが、戦闘も飛行も強いから説得力はある。ハリーはというと、興奮した様子でフィールドを覗き込んでいた。箒を持つ者にとってワールドカップは夢の舞台だろう。

 

 「トウジ、どっちにつけるんだ?」

 

 「……まだ決めてねぇよ」

 

 俺は腕を組み、スタジアム中央に視線を落とした。選手が出てくる扉が開かれ、ざわめきが一段階跳ね上がる。観客たちの息が集まって一つの渦を巻き、魔力の膜が震え、足元の床までもがかすかに震動するほどだった。魔法使いの歓声は、呪力を帯びる分だけ重く、湿っていて、全身の骨に直接響いてくる。戦闘の前に感じるあの圧とどこか似ていた。

 

 先に姿を見せたのはトヨハシ・テングだった。空色のローブを翻し、選手たちは長柄の箒を肩に担いで歩き、観客席からは桜の花びらを模した魔法光が舞い上がった。身体の線は細いが、動きは鋭く、肩から腰、腰から足にかけての連動が綺麗だ。鍛え方が違う。呪術的な身体強化ではなく《技》の積み重ねを感じた。

 

 続いて現れたのはイギリス代表。重厚な黒と金のローブを纏い、筋力と体格にものを言わせるタイプが多い。特にシーカーの動きは軽快で、地を蹴ってからの踏み込み、跳躍、視線の鋭さは一種の肉食獣のようだった。

 

 どちらも悪くない。だが――俺の天与呪縛が、ほんの一瞬、風の動きと選手たちの呼吸と歩幅の微妙なズレを拾った気がした。こういう直感は外れたことがない。ギャンブルで勝てるかはともかく、生き残るための嗅覚は俺の唯一の武器だ。

 

 「……決めた。俺は日本だ」

 

 「ほう、珍しいのぉ」

 

 「別に羽虫真似したわけじゃねぇよ。アイツら、動きがいい」

 

 「トウジがそう言うなら、日本の勝率は上がったな」

 

 シリウスが笑いながら肘で俺の脇腹を軽く突く。ハリーはといえば、ただ屈託なく嬉しそうに、

 

 「すごいよ……本当にワールドカップだ……!」

 

 と呟き、瞳を輝かせていた。空を見上げる者の目ってのは、術式も呪力も関係なく、一種の才能の証だと俺は思う。

 

 スタジアムの中央、金色の球――スニッチが解き放たれ、魔力の反響が空気を震わせた。選手たちが一斉に箒を掴み、床にかすかに力を込めた瞬間、まるで空間が膨張したような圧が押し寄せ、観客席の魔法障壁に光が走る。

 

 「トウジ、始まるぞ!」

 

 「分かってる」

 

 選手たちが一斉に浮かび上がる。何十という身体が空気を切り裂き、風がうねり、魔力の筋が視界を走り、スタジアム全体が巨大な生き物のように脈打ち始めた。

 

 クィディッチワールドカップ。

 勝てば莫大な金。負ければ地獄。

 さて――今年はどっちに転ぶか。

 

 まず両チームのシーカーが動いた。スタジアム中央の魔力障壁が震え、次の瞬間には箒が爆ぜるように加速して上空へ飛び上がり、光の残像を尾に引いて視界から消えかけるほどの速度で散開した。狙いはもちろんスニッチ。だが、ただの探索ではない。序盤の位置取りで優位を取り、相手にプレッシャーをかけ、空間そのものを支配する意図のある動きだとわかった。学生のクィディッチとは、空気の密度が違う。

 

 それとは別に、残った選手たちが一気に散らばっていき、次の瞬間にはボールを巡る争奪戦が始まった。空を切り裂く音が耳に届く。視界の端で魔力の筋が走り、観客席にまで風圧が押し寄せてくる。箒がぶつかる鈍い衝突音、選手の唸り、ゴールポストを揺らす金属音が怒涛のように押し寄せ、スタジアム全体が巨大な獣の咆哮の中に飲み込まれたようだった。

 

 「やはり学生のクィディッチとは違うな」

 

 俺は腕を組んで言った。風の流れひとつとっても、プロのそれは緻密で、魔力の通り道の作り方まで計算されている。

 

 「それはそうじゃ。練習量が桁違いじゃからの」

 

 ダンブルドアが目を細めて言った。ジジイの声は相変わらず呑気だが、目の奥には観察する光がぎらついている。アイツはギャンブルのときだけ頭が冴える。

 

 「……イギリスチームの動きが随分良いな」

 

 シリウスが低く言った。確かに、イギリスの動きは異常なほど良い。強靭な脚の蹴り出しから生まれる速度、無駄のない旋回、重力を裏切るような急降下と急停止。全体の連携が妙に滑らかで、互いの位置を感覚で捉え合っているかのようだ。

 

 「身体付きも筋肉質だな……」

 

 俺は視線を細めた。魔法使いとは思えないレベルで鍛えている。肩から背中にかけての筋肉の張り、足腰の安定感、呼吸のリズム。身体を見ればわかる。こいつら、鍛錬の質が違う。

 

 「うむ、最近のホグワーツ卒業生もおるようじゃ」

 

 ダンブルドアが愉快そうに言った。

 

 「見覚えのある顔がいると思ったらそういうことか……」

 

 俺は舌打ちしそうになった。あの胸板、あの腕の太さ。どう考えても俺の授業を受けてたガキどもの身体じゃねぇか。筋トレの基礎が完全に出来上がっているし、空中での踏ん張り方に俺の教えの癖が出ている。

 

 つまりこういうことだ。

 

 《俺の授業のせいでイギリスが強くなってる》

 

 ……最悪だ。

 

 「トウジ、賭け金……大丈夫なのか?」

 

 シリウスが横目で俺を見てきた。鼻の奥がツンとした。嫌な予感しかしない。

 

 日本代表・トヨハシテングも悪くない。動きは鋭いし、戦術も綺麗だ。だが――イギリスの今の連携は異常だ。あれは個人技の強さだけじゃねぇ。チーム全体の意識がひとつの生き物みたいに繋がっている。

 

 「……賭ける方を間違えたかもしれねぇ……!!」

 

 胃の奥がひっくり返るような感覚があった。スニッチを追うイギリスのシーカーの滑空が視界を横切り、その後ろを追う日本のシーカーの動きがわずかに遅い。たった一瞬の差。だが、それが命取りになる。

 

 ボールを巡る攻防では、イギリスのブラッジャーが暴れ回っており、重量級の打撃が日本の選手を次々に追い払っていた。至近距離で箒の柄が叩きつけられる重低音が響き、魔力光が散り、衝撃波が俺たちの席まで届く。空気がひゅうっと引き裂かれる音に混じって、悲鳴と歓声が交錯する。

 

 「トウカイテイオーの時を思い出すのぉ……」

 

 ダンブルドアが笑っている。楽しそうで腹が立つ。

 

 「やめろ……縁起でもねぇ……」

 

 俺は歯を食いしばった。あの時の負けはデカかった。身体に染み付く敗北の感覚が蘇る。

 

 日本の選手たちは技術で戦っている。だが、イギリスは肉体で押し潰しにきている。俺の授業に似ている。つまり――

 

 《イギリスのスタイルは、俺の型だ》

 

 完全に俺のせいじゃねぇか……!!

 

 上空でスニッチが横切った。光の粒が尾を引き、二人のシーカーが同時に追いかける。会場全体が沸き、地面の振動が足裏から伝わる。

 

 今さら賭けを変えることはできねぇ。賭けは賭けだ。

 

 「……クソッ、まだわかんねぇ……!」

 

 俺は拳を握り、空を見上げた。

 

 勝て、日本。いや、勝ってくれ。

 俺の財布のためにも。

 

 

 「おや、見たことある顔がいると思えば……あんたらかい」

 

 隣の席から妙に艶のある声が飛んできた。こんな大事な局面で誰だ、と眉をひそめて顔を向けると、和服を着た金髪のババアが足を組んで座っていた。和服に金髪という時点で嫌な予感しかしない。

 

 「ホッホ……これはこれはマホウトコロの校長先生……ツクモ殿」

 

 ダンブルドアが気づいて軽く会釈した。ジジイの口調がいつも以上に丁寧なのは、この女が公式の場ではそれなりの地位にいるからだろう。俺はゆっくりと視線を動かし、その顔を見た瞬間、胃の奥がひっくり返るような感覚になった。

 

 「……九十九?」

 

 俺が呟くと、女は扇子を口元に当てながらゆっくり微笑んだ。

 

 「ええ、九十九よ。あんた、うちの娘と勘違いしてるんじゃないかい? あの子も金髪だからねぇ。似てるってよく言われるのさ」

 

 そうだ。ようやく繋がった。

 

 俺の前に突然現れて絡んできた。そうだ。思い出した。呪力の脱却がどうとか、術式不要の戦闘論がどうとか、妙に面倒くさい理屈を振り回しながら突然俺の前に現れ、挙げ句の果てに「どんな女性が好みかな?」なんて抜かしてきた女だ。あの金髪の女――このババアの娘か。妙に馴れ馴れしく、好意なのか観察なのか分からん距離感で詰め寄ってきた原因はこれか。親子揃って面倒くさそうだ。

 

 「……そういうことなら納得だ」

 

 「ふふん。あの子、気に入った相手にはすぐ絡むからねぇ。悪気はないんだけどさ」

 

 悪気はなくても迷惑極まりない。俺は心の中で舌打ちした。

 

 「アルバス・ダンブルドアに、禪院甚爾。それに……シリウス・ブラックとハリー・ポッターまで揃ってるとはね。まったく、どれだけ騒ぎを呼び込む気なんだい、あんたら」

 

 扇子を畳み、九十九は俺たちを順々に見渡した。目元に宿る光は穏やかだが、その奥には魔法省の役人とは違う種類のしたたかさがあった。日本の呪術界の面倒くささを知る俺には、彼女の存在は妙にしっくりきた。

 

 「で、まさか賭けてるわけじゃないだろうね?」

 

 「もちろんじゃとも。日本では世話になっております」

 

 ダンブルドアはまるで学生のように満面の笑みを浮かべた。ジジイは本当に日本に馴染んでいる。競馬も、焼肉も、ラーメンも、そしてギャンブルも。

 

 九十九はため息をひとつ吐き、扇子で自分の額をぱたぱたと扇いだ。

 

 「納めるものをちゃんと納めてくれれば文句はないよ。まったく、あんた達が起こした騒動でウチと日本の魔法省は大忙しだったんだからね。オブリビエイトの連発、役人の徹夜続き。あとで税金がどうのこうのって書類が山ほど届いたんだから」

 

 「ホッホッホ……偶には良い運動じゃろうて」

 

 ジジイが涼しい顔で言う。九十九は呆れたように肩を竦めたが、その口元にはわずかな笑みがあった。

 

 俺は腕を組みながら九十九に尋ねた。

 

 「で、あんたは日本代表の後押しってわけか」

 

 「当然さね。日本が勝てば国益になる。観光、魔法産業、若い魔法使いの士気……全部上がる。だから負けられないんだよ」

 

 その言葉には冗談めいた軽さはなかった。マホウトコロの校長としての責務が滲んでいた。

 

 「俺は日本に賭けてる。負ける気はねぇよ」

 

 「その自信、嫌いじゃないよ。うちの娘が執心になるわけだ」

 

 やめてくれ。背筋がひやりとした。

 

 その時、スタジアム全体の空気が変わった。風が急に止み、観客のざわめきが一点に集中する。スニッチが上空の閃光とともに現れ、両チームのシーカーが同時に軌道を変え、空を裂くように加速した。雷鳴のような歓声が一斉に上がり、観客席が震える。

 

 「さぁ、禪院甚爾。あんたの賭けの腕前……見せてもらおうかね」

 

 九十九が前のめりになり、扇子を握りしめる。

 

 俺は息を飲んだ。

 

 《負けられねぇ。絶対だ。》

 

 日本のプライドのためでも、九十九の圧のためでもない。

 ――俺の財布の中身のためだ。

 

 俺は試合に視線を戻した。上空では風が渦を巻き、魔力の尾を引く箒の光跡が何本も交差し、視界に焼き付くようだった。選手同士がぶつかった衝撃で鈍い音が響き、遠く離れた客席まで震えが伝わってくる。ゴールが揺れ、歓声と悲鳴が入り混じった波が何度も押し寄せ、それがこの巨大スタジアム全体を脈動させている。

 

 「イギリス優勢じゃのぉ……やはりフシグロ君が賭けると……」

 

 「負ける」

 

 シリウスがダンブルドアの言葉に静かに返した。その静けさときたら、もはや確信犯の表情だ。

 

 あー、そうだよ。俺が賭けると負けるんだよ。分かってたよ、今回もこうなるってよ。だがこうも綺麗に裏目を引くと笑えてくる。

 

 現に、明らかに日本チームは押されていた。イギリスの動きは鋭い。身体が締まっていて筋肉の動きが箒越しでも見える。チーム連携も完璧だ。パスが一度も途切れず、ボールが風と一緒に滑るように動く。あれは鍛えてる。ホグワーツ卒業生が混じってるなんて話も聞いたが、まあ納得だ。

 

 「はぁ……やっぱりツイてないねぇ……禪院甚爾」

 

 隣で九十九のババアがため息混じりに言いやがった。

 

 「もう禪院じゃねぇ、伏黒だ」

 

 「結婚した女置いてギャンブルしてる男が何言ってんだい」

 

 「えぇ!?先生結婚してたんですか!?」

 

 「私も初耳だな」

 

 ハリーとシリウスが同時に驚きやがる。うるせぇ。試合に集中しろ。……って、俺が言うのもなんだが。

 

 「うるせぇ、今は試合に集中しやがれ」

 

 そう吐き捨てた俺だが、正直言うと心の中は穏やかじゃない。イギリスの攻めは苛烈を極めており、クアッフルがゴールの枠をかすめる度、俺の胃の奥がひりつく。日本チームは防戦一方、どう見ても押されてる。俺が賭けた側は毎度これだ。呪いかなんかか?いや、呪力ゼロの俺に呪いは効きづらいはずだが。

 

 風吹き乱れる中、イギリスのシーカーが一瞬何かを見つけたように急降下した。その箒の先端が空気を裂き、スタンドの前列に座る観客の髪を揺らすほどの風圧が走る。あれがプロの動きってやつだ。学生の試合とは次元が違う。

 

 だが日本のシーカーも負けてなかった。イギリスを追うように急速に高度を下げ、箒を限界まで傾けて加速する。スタジアム全体が息を飲んだのが分かるほど、空気が静まった。

 

 ……だが、その勝負は一瞬で終わりを迎えた。

 

 金色の閃光――スニッチではない。イギリス側チェイサーがクアッフルを日本のゴールに叩き込んだ反射だ。

 

 得点がイギリスに入る。

 

 歓声。怒号。悲鳴。何重にも重なり、鼓膜を突き刺す。

 

 「おいおい……マジかよ」

 

 俺の独り言をかき消すように、ダンブルドアが肩を竦めた。

 

 「まあまあ、まだ勝負はこれからじゃよ」

 

 そう言うが、どう見てもイギリス有利は変わらん。点差が開き始めれば、シーカーがスニッチを取ったところで逆転できる幅じゃなくなる。賭け師としては最悪の展開だ。

 

 だが、その時だった。

 

 日本のチェイサーの動きが急に変わった。まるで何か吹っ切れたように、箒の軌道が荒々しく、しかし迷いがない。ボールを奪い返す時の衝突音が先ほどまでと全く違う。重い。硬い。覚悟を決めた音だ。

 

 「おっ……?」

 

 思わず前のめりになった俺の胸に、わずかだが熱が生まれた。負け続けている賭けの中でも、こういう瞬間は嫌いじゃねぇ。逆境の底から殴り返す時の、あの一撃目の音がたまらない。

 

 日本側の連携が急に冴え始め、イギリスの守備の間をすり抜けるようにクアッフルが動く。観客席のざわめきも変わった。期待と驚きが混ざった、あの独特の空気。

 

 そして――クアッフルがイギリス側ゴールの枠を破るように飛び込み、リングの奥で鈍い音を立てて止まった。

 

 得点、日本。

 

 スタジアムが揺れた。

 

 「おお、やっと入ったか……!」

 

 シリウスが安堵混じりの声を漏らす。

 

 「うむ……まだ流れは掴めるかもしれんのぉ」

 

 ジジイの声も、どこか弾んでいた。

 

 俺は腕を組んだまま、唇の端を吊り上げていた。

 

 まだ負けてる。点差は大きい。だが、空気が変わったのは確かだ。

 

 賭け師ってのは、こういう“流れ”を嗅ぎ取れるときがある。今がその瞬間だった。

 

 「……いいじゃねぇか、日本。やっと反撃の時間かよ」

 

 なんてことを考えていたら、上空で金色の閃光が弾けた。視界の端に一瞬、陽光の欠片のような輝きが走り、それを追うようにイギリスのシーカーが箒の先を伸ばした。次の瞬間、スタジアム全体が揺れた。耳の奥まで突き刺さるような歓声と怒号が混ざり合い、まるで巨大な獣が咆哮したみてぇな音が膨れ上がる。

 

 イギリスのシーカーが、スニッチを取った。

 

 その動きはほとんど芸術だった。背筋を弓なりに反らし、反動で体を前に叩きつけるように伸ばした左手の指先が、逃れようとしたスニッチの羽根を押さえ込んだ。その瞬間、空気が裂けた。魔力の尾がほとばしり、周囲の選手達が風圧でふらつき、観客席にも破れた布のような風が押し寄せた。それが一気に緊張を断ち切り、試合は——終わった。

 

 「負けてしまったのぉ……」

 

 ダンブルドアの老人声が、やけに静かに聞こえた。周囲の大騒ぎとの落差で、逆に胸へ刺さってくる。

 

 「クソ……」

 

 俺も吐き捨てるように言った。歯の裏側が軋むほど悔しさを噛みしめた。点差は一気に開き、逆転の見込みなしとして試合終了。ああ、また負けかよ。賭け方を変えようと、流れを読もうと、期待を抱こうと関係ねぇ。最終的にこうなるなら、もはや呪われてるレベルだ。

 

 「禪院甚爾……あんたは国の裏切り者だね」

 

 隣の席で九十九のババアがため息混じりに言いやがった。こっちは落ち込んでんのに、追い討ちかけんな。

 

 「ホグワーツの教師になって体育を教えて……そのせいで日本が負けた」

 

 「おい俺のせいかよ」

 

 怒鳴り返したら、周囲の何人かがこっちを見た。知らねぇよ。負けたのは俺のせいじゃねぇ。……いや、賭けの神様的には俺のせいかもしれねぇが。

 

 「そうじゃぞ九十九殿、これはフシグロ君のせいではない」

 

 ダンブルドアがやわらかく笑いながら庇った。だが、案の定余計な一言を続ける。

 

 「フシグロ君が賭けた方が負けただけじゃ」

 

 「いやジジイそれフォローになってねぇから」

 

 思わず突っ込んだらシリウスが吹き出した。

 

 「ハハッ……まぁ、トウジならそうなると思ってたさ」

 

 「うるせぇ、お前は勝ってんだからいいだろうが」

 

 シリウスはしれっと勝ってやがる。珍しくダンブルドアは負けた。ハリーはというと賭けていなかったが、俺の肩を見て苦笑いしている。ああ、クソ、全員余裕そうでムカつく。

 

 「まあまあフシグロ君、次があるじゃろ」

 

 ジジイが肩を叩く。確かにワールドカップはまだ終わりじゃない。試合は続く。だが俺の財布は続かねぇ。

 

 「……チッ、次こそは勝つ。絶対だ」

 

 そう呟いた俺の声は誰にも届いていなかった。スタジアム全体がまだ熱の渦に呑まれていたからだ。勝者の歓喜と敗者の怒号。魔法花火の弾ける匂い。箒の魔力で焦げた空気の感触。全部が混ざって、巨大な渦巻きになって頭の中を乱す。

 

 イギリスチームが観客の声援に応えて箒を掲げる。日本チームは悔しそうに肩を落としながら退場口へ向かう。汗と砂埃が混ざって光る背中が痛々しい。プロの世界で負けるというのは、こういう事だ。

 

 「ほら、行くぞいゼンイン……いやフシグロ君」

 

 ダンブルドアが立ち上がりかけて俺を促す。名前を言い直したのが妙に鼻につく。

 

 「勝手に落ち込んでんじゃないよ。賭けなんてそんなもんさね」

 

 そう言いながら九十九は扇子で顔を扇いだ。腹立つが、その通りでもある。

 

 俺は深く息を吐いた。胸の奥のざらつきは消えねぇが、負け試合の後なんてこんなもんだ。

 

 そうして俺のクィディッチワールドカップ初日は終わった。




マホウトコロ校長のおばさんを呪術廻戦九十九さんの母親にしました。といっても殆ど出てこないのであんまり気にしないでいいです。というか九十九さん何歳なん?


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