ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第四話

 

 

 

 

 決勝戦はボロ負けだった。あぁそうだ、もちろん賭けのことだ。試合内容の話じゃねぇ。俺が突っ込んだ金の方だ。夏休み前に地道に稼いだ金が全部ぶっ飛んだ。まるで尻の毛まで毟り取られたみてぇな気分だ。思い返せば、スタジアムでの歓声が止まない中で俺だけが地獄に落ちる音を聞いていた。賭けってのは勝つから楽しいのであって、負けたらただの浪費だ。分かってるのにやめられねぇから質が悪い。

 

 ダンブルドアとシリウスは試合が終わるやいなや、さっさと換金に行きやがった。あの老いぼれと犬男は金が増えれば態度が軽くなる。俺の顔を見て笑顔を浮かべやがったが、その笑顔が妙に癪に障ったのは言うまでもねぇ。まぁ金が入ったんなら勝手にやってろ。俺は俺のやり方で腐った気分をなんとかするしかない。

 

 今の俺はキャンプ場の屋台で肉串を食っている。アイルランドチームのファンが出してる屋台だ。優勝したからか妙に気前が良く、タダで肉串を配っていた。金がねぇ俺にはありがたい話だが、その分何か裏があるんじゃねぇかと疑いたくもなる。それでも腹が減れば何でもうまいだろうと噛みついたがーーこれは無理だ。

 

 「チクショウ、固くて食えたもんじゃねぇ」

 

 そう呟きながら歯で無理やり噛み切り、しばらく顎を動かしてみたものの、結局ガムみたいに吐き出した。魔法で焼いてる割に、なんでこんなに固ぇんだ。呪術的なもんでも混ざってんのかと疑いたくなるほどの硬度だ。せっかくのサービスだが、これじゃ喉を通る前に俺の歯がイカれちまう。

 

 しばらくは串を持ったまま火照った空気を吸い、ぼんやりと人の流れを眺めていた。優勝の興奮はまだ消えておらず、緑の旗を振り回すアイルランドのファンがあちこちで騒いでいる。だが、その中に妙な気配が混じっていることに気づいた。ざわつき方の質が違う。浮かれた声ではなく、押し殺したようなざわめき、あるいは堪えきれない震え——これは祭りの音じゃねぇ。

 

 「ん?」

 

 何やら喧騒な雰囲気を感じた。次第にそれは濁った悲鳴と怒号へと変わり、空気が粘つくように重くなっていく。視線を向けた先で火の手が上がった。最初は酔っぱらいが焚き火でも蹴飛ばしたのかと思ったが、炎が膨れ上がる速さも、色も、普通じゃねぇ。漂う焦げ臭さも人の歓声の中に無理矢理混ざり、胸の奥をざらつかせる。

 

 「おいおい……俺以外にも負けてショック受けてる奴がいんのか?」

 

 そんな冗談を言ってみたが、答えが炎に飲まれた人間の悲鳴なら笑えねぇ。いや、そんなわけがねぇ。人々が逃げていく様子は尋常じゃなく、ただの酔っぱらいの喧嘩なんかじゃなかった。隙間から見えたのは——黒いローブに髑髏の仮面を被った集団。杖を掲げ、その先から火を放ちながら、何やらゴニョゴニョと呪文のようなものを唱えて行進していた。

 

 狂気じみた光景だった。周囲の魔力が濁流みてぇに渦巻き、風が巻かれ、テントがなぎ倒されていく。火の匂いと焦げた布の臭気が鼻を刺し、逃げ惑う人間達の叫びが混ざり合う中で、そいつらはゆっくりと歩いていた。楽しんでいるかのようなその足取りに、俺の背中には薄気味悪さよりも苛立ちが先に立った。

 

 「なんだ? アイツら……」

 

 黒いローブ、髑髏の仮面、そして分厚い魔力。魔法界に来てから何度か耳にした“死喰い人”ってやつか。なるほど、確かに悪趣味で下劣な連中だ。人の恐怖を浴びて気持ちよくなるタイプのゴミ野郎。どこの世界にも似たようなもんがいる。

 

 なんて思っていると——

 

 火の玉がこちらに飛んできた。

 

 「は?」

 

 呆れ声が口をついて出た。その火の玉は俺と屋台とのちょうど中間を狙って飛来してきたが、正直遅い。呪文の痕跡も雑で、飛翔の軌道も読めちまうほど単調だ。こんなもんに当たってやる筋合いはねぇし、避ける気すら失せるレベルだ。とりあえず身体を逸らし、つまらなそうに横へ歩くだけで炎は俺をかすりもしなかった。火の玉は後方の地面に当たって爆ぜ、乾いた砂と焦げた木片が散ったが、俺の足元に届く前に力を失い煙を上げた。

 

 「……舐めやがって」

 

 俺の中で、賭けに負けた鬱憤とはまた違う種類の苛立ちが静かに点火された。

 

 いつもの俺だったら、こんな面倒事は関わらずにさっさといなくなる。火の粉を被る義理もねぇし、魔法界の揉め事に首を突っ込んだところで金になるわけでもない。だが今日は違う。朝から負けっぱなしで、尻の毛まで毟られた気分のまま硬ぇ肉串を噛まされ、そこに火の玉ときた。むしゃくしゃが腹の底に沈殿して、ちょっとした刺激があれば弾け飛ぶ寸前だった。火の手が上がった瞬間に逃げりゃよかったが、もう逃げる気も失せていた。

 

 とりあえず足元に落ちてる石ころを拾った。まるでただの暇つぶしみたいに見えるだろうが、俺にとっては十分すぎる武器だ。指先で軽く弾くだけで空気が震え、破裂するような音が生まれた。石ころは弾丸のような速度で飛び、黒ずくめの集団の先頭にいる奴の鼻先に突き刺さった。

 

 反応すらできずに仮面ごと顔が吹き飛んだ。髑髏の仮面が砕け、白い骨片が空中を舞い、血と肉の飛沫が炎に照らされて黒く光った。周囲の悲鳴がさらに一段階跳ね上がる。

 

 「雑魚だな」

 

 俺が呟くと、死喰い人達が一斉にこちらを向いた。黒いローブが揺れ、杖が上がる。数本の杖先から光がほとばしり、閃光が飛んできた。紫色の稲妻のような軌跡が空を切り裂き、火花を散らしながら俺の胸元を狙ってくる。

 

 半身をずらして避ける。肩越しに閃光が抜け、後ろの屋台の布を焼き裂いた。焦げた布の匂い、弾けた木板の破片、逃げ惑う人間の足音が混ざり合い、耳がざらつくような騒音になって押し寄せてくる。

 

 俺は視線を巡らせ、周囲に転がる物の中から使えそうな武器を探す。杖の対処の基本はリーチを殺すこと。武器が長けりゃ長いほど、相手の腕ごとへし折れる。

 

 テントを支える木の棒が目に入った。長さは俺の肩幅より少し長いくらい、太さも十分。魔法で強化されていたのか、火が触れても焦げていない。いい棒だ。

 

 俺は地面からひっこ抜き、そのまま地を蹴った。空気が俺の背後に吸い込まれたように割れ、足元の砂利が跳ねる。死喰い人達との距離が瞬きの間に詰まり、視界が揺れたと思った瞬間にはもう黒いローブの懐に入り込んでいた。

 

 木の棒を振り上げた。棒が空気を裂き、重い風切り音が響く。振り下ろした瞬間、ぶつかった感触は柔らかさではなく硬さ——骨の手応えだ。棒が死喰い人の腕を根元から砕き、骨片が皮膚を突き破って飛んだ。悲鳴を上げる暇もなく、そいつの体は捻じれ、地面に転がりながら痙攣した。

 

 残りの死喰い人が俺に杖を向ける。数が多い。だがその動きは甘すぎた。杖を構える腕の角度、踏み込みの浅さ、息の乱れ。全部が素人に毛が生えたようなもんだ。

 

 木の棒を横薙ぎに振る。棒が風を巻き込み、目の前の男の肋骨にめり込んだ。視界の端で胸が陥没し、骨が肺を貫く鈍い音が響く。そいつの身体がふわりと浮き、血を吐きながら反対側に叩きつけられた。

 

 背後から不意打ちの呪文。木の棒を背中越しに当てて弾く。棒の表面が青白く光り、呪文の衝撃が腕を震わせた。皮膚が焼けるように熱くなるが、この程度の火傷はどうでもいい。棒を回転させて背後に叩きつけると、そこにいた男の肩が音を立てて潰れ、悲鳴が腹の底を震わせた。

 

 さらに三人が同時に呪文を撃ってくる。俺は地を蹴り、前へ滑るように飛び込む。閃光が頭上を掠め、後ろのテントを派手に爆破した。布が燃え、煙が噴き上がる中で俺は棒を逆手に構え、最も近い男の膝に向かって突きを放つ。

 

 膝が逆方向に折れた。骨と靭帯が潰れる湿った破裂音が響き、その正体を悟った瞬間に相手は絶叫した。倒れ込む前に顎へ横一閃を叩き込み、下顎が跳ね飛んだ。血飛沫が俺の頬を温かく濡らす。

 

 「弱ぇな……本当に人殺してんのかよ、お前ら」

 

 挑発するように言いながら、足元に転がる死喰い人の杖を踏み折る。折れた杖から火花が散り、魔力の残滓が空中で消えた。

 

 その瞬間、空気の流れが急激に変わった。背後の木々がざわめき、風が渦を巻く。死喰い人達の中で一際濃い魔力を持った奴が前に出てきたらしい。焚き火の光がそいつの仮面に映り、歪んだ影が地面に伸びる。

 

 「おい……やっとマシな獲物が出てきたか?」

 

 俺は棒を握り直し、口の端を吊り上げた。

 

 むしゃくしゃは、まだ晴れていない。

 

 踏み出した足が地を押し割ろうとしたその瞬間、前に出てきていた奴が喉を震わせて声を絞り出した。さっきまで俺に杖を向けていた死喰い人の一人だ。

 

 「ま、待て伏黒甚爾……私だ」

 

 「……あ?」

 

 そいつは両手を震わせながら仮面をずらし、顔の上半分を露出させた。焚き火に照らされた金髪、怯えた目、脂の浮いた表情——間違いようがない。

 

 「へぇ……ルシウス・マルフォイ。お前、死喰い人だったのか」

 

 「こ、ここは見逃してくれ……!事情がある!」

 

 一瞬、耳を疑った。さっきまで火の玉飛ばしてキャンプ場を吹き飛ばしてた連中が何言ってやがんだ。俺は木の棒を肩に担ぎ、顎を軽く上げてルシウスを見下ろす。

 

 「先に仕掛けたのはお前らだろうが」

 

 「ち、違う……!ただ酔って……馬鹿騒ぎを……!」

 

 「いや知らねぇよ」

 

 口調も声も震えている。後ろにいる他の死喰い人達も俺の一撃で吹き飛ばされた連中の残骸に目を奪われて、完全に腰が抜けていた。仮面の下で脂汗を流しているのが透けて分かる。

 

 酔って馬鹿騒ぎってレベルか?火の手はあがり、人々が逃げ惑い、子供まで危険に晒していた。乱痴気騒ぎで済むわけがねぇだろう。どの国のどんな文化だって、このやり方を“騒ぎ”とは呼ばん。

 

 「ここは見逃し——」

 

 最後まで言わせなかった。ルシウスが懇願しようとしたその瞬間だ。空気が変わった。焚き火が一斉にしぼみ、熱の膜が破けるような寒気が背骨を撫でた。

 

 少し離れた空の上に、巨大な蛇が巻き付いた髑髏が現れた。青黒い煙が凝縮したような質感で、闇そのものが形を持ったみたいに浮かんでいる。蛇の口元がゆらめき、炎に照らされて薄い緑色の光を反射した。

 

 「……あぁ?なんだあれ」

 

 俺が眉をひそめると、ルシウスが裏返った声を出した。

 

 「あ、あれは闇の印!!」

 

 「何故!?今になって……!?」

 

 「や、闇の帝王が……!」

 

 周りの死喰い人達も一斉に叫び、足をもつれさせながら逃げ出そうとした。恐怖で腰を抜かしたまま杖を落とす奴、仮面を取り落として素顔のまま絶叫する奴、足を滑らせて焚き火の中に倒れかける奴。さっきまで俺に呪文を飛ばしてきた連中とは思えないほどの狼狽ぶりだった。

 

 ルシウスは俺から距離を取るように後ずさり、震えた手で杖を握りしめた。恐怖に歯をガチガチ鳴らしながら、呪文を紡ぐ。

 

 「い、今は撤退だ……!」

 

 「ふざけんな、勝手に騒いで勝手に——」

 

 俺が言い切る前に、ルシウスの身体は黒い煙に包まれて崩れるように消えた。後ろにいた残りの死喰い人達も、次々と煙になり、空へ向かって逃げるように消えていく。逃げ足だけは一人前だな。おかげで追う気すら失せる。

 

 焚き火の赤い光が揺れ、燃え落ちたテントの布が風に煽られ、焦げた匂いが鼻を刺してくる。さっきまで誰かの悲鳴が響いていた道は、今は嘘みたいに静かだ。逃げ足の遅いやつはまだ地面に倒れ込んでいて、遠くで魔法省の職員らしき連中が怒号を上げて走っている。

 

 「訳が分からねぇ……」

 

 巨大な髑髏の印はまだ空に浮かび、蛇がうねる影が風に揺れていた。闇の帝王とやらの象徴らしいが、どいつもこいつもあれを見ただけで腰を抜かす理由が分からない。呪力もねぇ癖に、あんな煙みたいなもんに怯えてんじゃねぇよ。

 

 怒号と悲鳴が遠ざかり、代わりに冷えた夜風が汗の乾きかけた肌を撫でる。棒先に残った肉片を振り落としながら、俺は空の髑髏を見た。

 

 「……勝手に騒いで勝手に逃げやがったか」

 

 むしゃくしゃは少し晴れたが、胸の奥に残った苛立ちは消えない。

 どうせこの騒ぎの後始末も俺の仕事じゃねぇ。だが——

 

 あの髑髏、あの蛇。

 どこか引っかかる。

 

 「チッ……厄介なのが出てきやがったな」

 

 とりあえず逃げるか……金にならない面倒ごとはごめんだ。炎と悲鳴の渦の中にこれ以上いたところで、俺の懐が潤うわけでもなし、死喰い人だの闇の印だのという物騒な連中に深入りする理由なんてひとつもない。木の棒を適当に放り投げてスタジアムと反対方向に歩き出そうとした瞬間、背中に知った気配が刺さった。呪力とか魔力とか関係なく、あのジジイ特有の気配だ。

 

 「フシグロ君……嫌な予感がして来てみれば、この惨状はどういうことかね?」

 

 「トウジ……いくら外したからってこれはないだろう」

 

 振り向くと、ダンブルドアのジジイとシリウスが立っていた。暗がりの中でも皮袋がパンパンに膨らんでるのが分かる。換金したガリオンが詰まってるのだろう。こいつらは勝っても負けても絵になるのが腹立つ。

 

 「外してむしゃくしゃしてたのは認めるが、先に暴れてたのはコイツらだ」

 

 「ホッホッホ……分かっているとも」

 

 じゃあ聞くなよ。

 

 シリウスは皮袋を肩にかけながら空を見上げた。俺もつられて視線を上げると、さっきと変わらず緑がかった闇の印が空に貼りついていた。蛇が髑髏を締め上げるように絡みつき、風に揺れながら怪しく脈動している。

 

 「あれは闇の印、先生……」

 

 シリウスの声はさっきまでの浮かれた調子ではなく、ひどく沈んでいた。

 

 「うむ……“本物”じゃな」

 

 ジジイの目は笑っていない。普段はバカみたいにホッホッホと笑ってるくせに、嫌なものを見るとこんな冷めた目をする。そこが厄介なんだよ。

 

 「なぜ今になって……」

 

 「それは分からん、じゃが忌々しいものには変わらん」

 

 「消せねぇのか?」

 

 「消そうと思えば消せる。ちょいと試したい呪文があるんじゃが……ええかの?」

 

 「試したい?」

 そんな言葉を聞き慣れてるわけじゃねぇ。いつもはもっと理屈っぽい説明をするくせに、今日はやけに軽い。

 

 ジジイは顎髭を撫でながら、ぽんと手を叩いた。

 

 「フシグロ君、遊戯神というカードゲームを知っておるかね?」

 

 「あぁ、日本で流行ってるやつだろ。カードで戦うやつ。漫画にもなってたな」

 

 「そうじゃそうじゃ。“封印されすぎた者エグゾディア”というカードがあるじゃろう」

 

 「あぁ。手札に8枚揃えると自動的に勝利できるってやつだな。遊戯神の主人公が持ってたやつ」

 

 「さよう。そのエグゾディアの技を真似た呪文じゃ」

 

 「ほぉ」

 

 いやシリウス、“ほぉ”じゃねぇよ。何をするつもりなんだこのジジイ。

 

 「ではいくぞい」

 

 ダンブルドアは懐から杖を抜いた。闇の印を正面に捉え、杖先をゆっくりと持ち上げる。その動きは妙に静かで、周囲の騒ぎが嘘みたいに感じるほどだった。シリウスも息を呑んでいるのが分かる。俺は一歩引きながらも、どんな呪文なのか少しだけ興味が湧いていた。

 

 次の瞬間、ダンブルドアの杖先に炎のような光が灯った。赤でも黄でもなく、もっと重く濃い色だ。血と金属と光を混ぜて煮詰めたような色。それが渦を巻きながら杖先に集まっていく。

 

 「エグゾード・フレイム(聖霊の火)

 

 呟いた声は低く、だが雷鳴のように地面に響いた。杖先から放たれた光は炎でも光線でもない。流星の破片みたいな巨大な火塊が空を切り裂き、まっすぐに闇の印へ向かっていった。軌道を描くたびに空気が裂け、俺の肌にも鉛を押し付けられたような圧が乗る。

 

 火塊が闇の印に直撃した瞬間、世界がひっくり返ったような衝撃が走った。耳鳴りが爆ぜ、視界が一瞬白く塗り潰され、空が悲鳴をあげるみたいに揺れた。闇の印に絡みつく蛇が焼け崩れ、髑髏の輪郭が軋むように歪む。

 

 次の一呼吸で、それは完全に破裂した。

 

 夜空に散った光の欠片は緑でも黒でもなく、ただ静かに消えていった。余韻を残すように風が吹き、焦げた匂いが薄れていく。

 

 「……………消えたな」

 

 シリウスが呟き、俺は思わず息を吐いた。ジジイは何事もなかったように杖をしまい、顎髭を撫でながら満足そうに頷いた。

 

 「うむ、まぁこんなところかの」

 

 「……お前、馬鹿か?」

 

 「ホッホッホ、褒めんでいい」

 

 褒めてねぇよ。

 

 ただの老人がそんな呪文使えるかよ。

 

 そう思ったが言うのも面倒で、俺は肩を竦めて夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンブルドアが放った呪文――【エグゾード・フレイム】。あの一瞬で空の色を変え、世界の輪郭を震わせた凄烈な炎が、蛇の絡む髑髏を一息で呑み込んだ。闇の印は呻き声も上げられず光の渦に弾け飛び、夜空に溶けるように消滅した。残ったのは、僅かに焦げた匂いと、空を切り裂く熱の残滓だけだった。

 

 闇の印を打ち上げた張本人――バーテミウス・クラウチ・ジュニアは、キャンプ場の外れでその光景を見上げていた。仮面越しにも驚愕が伝わるほど目を見開き、肩が震えている。

 

 「な、なんだあれは……!?」

 

 闇の帝王の復活を誇示する象徴――闇の印。その輪郭が崩れ、まるで太陽に焼かれた氷の彫像のように消えていく。ジュニアの呼吸が荒くなる。

 

 「馬鹿な……あの印は……闇の帝王の……!」

 

 クラウチ・ジュニアは動揺で足元がふらつき、這うように後退した。自分が掲げた恐怖の象徴が、まるで紙屑のように掻き消えたのだ。正体不明の光の正体が何であれ、その力は彼の想定の外にあった。

 

 「チッ……ここは退散しよう」

 

 焦りと恐怖を混ぜた呟きと共に、クラウチ・ジュニアは杖を跳ね上げ、空気に溶けるように姿を消した。残されたのは足跡と焦げた草、そして死喰い人の仮面がひとつ転がる音だけだった。

 

 その頃、別の場所では――同じ光景を、まったく別の心境で見上げている者たちがいた。

 

 クィディッチワールドカップの運営を任されている魔法省の重鎮、バーテミウス・クラウチ・シニア。そして彼を護衛する闇祓いたちの一団だ。彼らは闇の印を見つけた直後から、死喰い人を捕らえるべくキャンプ中を必死に走り回っていた。

 

 「死喰い人がいるはずだ!探せ!逃がすな!!」

 

 指揮を執るシニアは焦りを隠せていない。声はうわずり、額には汗が滲む。闇祓いたちは各テントを破る勢いで捜索に走り、姿現しの痕跡を探した。しかし――見つからない。

 

 シニアの足が止まった。胸の奥が冷たい鉤爪で引っかかれるような感覚が走る。

 

 (なぜ……あの魔力の質は……)

 

 闇の印。あれを打ち上げた魔力は、シニアには忘れようにも忘れられない“匂い”を持っていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()――バーテミウス・クラウチ・ジュニア。

 

 あり得ない。自分自身がかけた服従の呪文、自宅に施した結界、どれも破られた形跡がない。しかし“あの魔力”は紛れもなく息子のものだった。

 

 「どうして……なぜだ……!」

 

 魔法省の誰もが焦りと怒りを募らせていたが、当のシニアは別の意味で震えていた。恐怖か、自責か、あるいはそれ以上のものか。胸の奥に沈めていた記憶が黒い泥のように浮き上がり、喉の奥が焼けるように痛む。

 

 だが、どれだけキャンプを探しても、そこには一人の死喰い人も残っていなかった。皆、闇の印が弾けた瞬間に姿現しで逃げ去ったのだ。

 

 やがて翌朝――クィディッチワールドカップでの惨劇と、空に現れた巨大な光の衝突は、瞬く間に魔法界中へ広がった。逃げ惑った観客の証言、死喰い人を見たという叫び、そして“何者かが闇の印を打ち消した”という噂。

 

 その全てをまとめる形で日刊預言者新聞は大見出しを掲げた。

 

 『クィディッチワールドカップ、最悪の閉幕!?

 しかし謎の巨大な光が闇の印を撃ち消す!!』

 

 記事と共に載せられた挿絵には、闇の印を覆い尽くす巨大な炎の柱が描かれていた。魔法界中がその正体を巡って大騒ぎし、各国の魔法省が調査に動き始めていた。

 

 ――しかし、その光の正体が、ホグワーツの老校長が“ちょっと試したくて使った呪文”だと知る者は、ごくわずかだった。




闇の魔法(ダークアーツ)の中で火属性最強の悪霊の火があるのなら、光の魔法の中で最強の火属性魔法があってもいいんじゃないか?ということでオリジナル(?)呪文聖霊の火です。

それと甚爾くんが久々に戦いました。60話まで書いてきた本作ですが戦ったのは僅か数話だけという体たらく。もっとしっかり仕事してもらわないとアカンなということで、ギャンブルに負けた腹いせに名もなき死喰い人に犠牲になっていただきました。ルシウスはしょんべん漏らしてます。
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