ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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第七話

 

 

 

 

 ホグワーツの新学期が始まって数日、空気がようやく落ち着いてきた頃だった。季節の変わり目の冷えが大広間の石壁にも染み込み、朝方の空には薄い霧が漂っていた。そんな中、今日はいよいよ他校の連中がやって来る日で、城全体がざわついていた。生徒も教員も、誰もが落ち着きなく空を見上げたり湖を覗いたりしている。

 

 俺はいつものように人混みから離れ、時計塔の上で待つことにした。高所の空気は冷たく澄んでいて、足元を抜ける風には鉄の匂いが混じっている。眼下にはガキ共がうじゃうじゃ集まり、それぞれ好きな場所へ散っていくのが見える。グリフィンドールのあの4人も、大広間前の中庭へ陣取っていた。

 

 やがて空に黒い影が浮かんだ。雲間から巨大な馬車が飛び出すように姿を現した。ボーバトンの連中だ。四体の天馬が曇天を蹴り裂くように飛翔し、陽光を反射してたてがみが白銀に輝く。馬車は小さい癖に、そこから放たれる魔力の圧がやたらデカい。空間拡張の術式か何かで、中身はとんでもなく広くなっているのが一目で分かる。

 

 「まぁ派手な入場だこと」

 

 そう呟いた瞬間、今度は湖の水面が轟音を立てて盛り上がった。水柱の中から巨大な影が浮上し、古びた船の船首が姿を見せた。木が軋み、帆が張られ、ダームストラングの船が威圧的な存在感を放ちながら浮き上がる。湖の冷気が風に乗り、時計塔の上まで湿った生臭い空気が流れてきた。

 

 「フシグロ君、戦いが始まるぞ」

 

 後ろからジジイの声がした。振り返ると、ダンブルドアがいつの間にか隣に立っていた。白い髭を風に揺らし、口にはココアシガレットを咥えている。昼間っからそれを吸う校長もどうかしてる。

 

 「お前も好きだなそれ」

 

 「甘いものは脳に良いんじゃよ」

 

 ジジイは涼しい顔で言いやがる。

 

 俺は腕を組み、眼下の光景を眺めたまま言った。

 

 「三大魔法学校対抗試合、準備は済ませた。生徒の底上げもここ数日の授業でやった。それと例の件も今んとこ異常なしだ。お前が言ってた“嫌な予感”ってやつも、今んとこは空振りに見えるな」

 

 「うむ……だが、あと心配なのは――」

 

 「闇防のアラスターだったか?」

 

 俺が言うと、ジジイは少し顎を撫でた。

 

 「そうじゃ。数日前から連絡が取れんのじゃ。まぁ連絡がつかないこと自体は珍しくないが……時期が時期じゃろう?」

 

 「確かに今は妙な空気だな。ワールドカップの時の“闇の印”もまだ尾を引いてる。だがよ、あのマッドアイって男は簡単にやられるタマじゃねぇだろ。殺し屋界隈でも名前は有名だ。そんな奴がコロッと消えるか?」

 

 「普通ならの」

 

 ジジイはいつもの飄々とした顔をしていたが、その瞳の奥は笑っていなかった。こういうところが腹立つほど勘が鋭いんだよ。

 

 風が強まり、湖の方から冷たい突風が巻き起こった。ボーバトンの天馬が嘶き、ダームストラングの船の帆がバサバサと暴れる。空気全体がどこか落ち着かず、張り詰めたように乾いていた。

 

 「それにしても……」

 

 ジジイが空を見上げながら言った。

 

 「今年の生徒達は例年になく鍛えられておる。フシグロ君のおかげじゃ」

 

 「いや、生き残りたいなら勝手に鍛えるだろ。俺はちょっと手を貸しただけだ」

 

 実際、今年のガキ共は随分と筋肉がつき、目つきも締まった。鍛えれば鍛えるだけ力が伸びる身体だと気づいた連中は、夏休みの間も黙々と走り込みや筋トレを続けていたらしい。特にネビルなんざ、知らん間に怪物みたいな体つきになっていやがる。

 

 「それでもの。頼もしいものじゃ。特に三大魔法学校対抗試合は危険じゃからのぉ」

 

 「どれだけ危険なんだ」

 

 「フシグロ君なら笑って済ませるかもしれんが……普通の生徒には、命を落としてもおかしくない競技じゃ」

 

 ……ジジイ、最初に言えよそれを。

 

 俺が眉をひそめると、ジジイはまた煙を吐きながら空を見た。

 

 「さて、生徒達にはそろそろ集合してもらわんとな」

 

 青空を引き裂くように、ボーバトンの馬車が高度を下げ始め、巨大な影がホグワーツの校庭を覆った。同時に湖の船も岸へ滑り寄る。地上では生徒達が歓声を上げ、興奮と不安が混じったざわめきが渦を巻く。

 

 「……始まるな」

 

 俺は深く息を吸い、湿った空気を肺に満たした。

 

 今年は確実に、ただの学園行事じゃ済まねぇ。

 

 俺とダンブルドアは二校の到着を見届けたあと、時計塔を後にして大広間へ向かった。塔を降りるにつれ、石壁にこだまする喧噪が少しずつ膨らみ、扉の前に立つ頃には生徒どもの熱気が肌にまとわりつくほどになっていた。空気がざわつく時は、決まって何かが始まる前触れだ。俺の身体はそういう変化に妙に敏感だ。

 

 大広間に入ると、すでにほとんどの生徒が席についていて、一様に入口へ視線を向けていた。期待と不安と興奮が混ざった匂いがする。ガキ共の顔を見れば、これから起こる非日常を待ちきれねぇというのが露骨に出ている。鍛えた身体を揺らしながら友人同士でひそひそ話す姿もあれば、緊張で背筋を伸ばし固まっている新入生の姿もある。

 

 俺はいつもの隅の席に腰を下ろし、ダンブルドアは壇上へと上がった。壇上からは大広間全体が見渡せる。百年単位で使い込まれた石床の冷たさ、頭上に浮かぶ夜空を映した天井、蝋燭の炎が生徒の輪郭を揺らす様は、何度見ても異様な魔力の気配を孕んでいる。

 

 しばらくして、ダンブルドアの声が響いた。

 

 「それでは諸君、落ち着いたかな? 今年、ホグワーツは特別な客人を迎える」

 

 その瞬間、重い扉がギィと音を立てて開き、入ってきたのは――フィルチだった。まるで命からがら走ってきたみたいな顔で、髪は乱れ、息は完全に上がっている。

 

 「アイツ……慌てすぎだろ」

 

 俺が呆れた声を漏らすのも当然だ。フィルチは全力疾走した勢いのまま壇上へ突っ込み、えっほえっほという息遣いをそのまま撒き散らしながらダンブルドアに耳打ちしていた。

 

 「はぁ……はぁ……」

 

 言葉になっていない。まるで肺そのものを床に落としそうな勢いだ。

 

 「分かっておるよ、アーガス。下がってよい」

 

 「はぁ、はいぃ〜……」

 

 フィルチはまた大広間の端まで走って行き、そのまま壁にもたれかかっていた。生徒どもはその珍妙な動きにクスクス笑っている。

 

 ダンブルドアは軽く咳払いして言葉を続けた。

 

 「ゴホン。我がホグワーツ校が伝説の大イベント――三大魔法学校対抗試合、トライウィザードトーナメントを主催することは、皆も既に知っていよう」

 

 ジジイの声にはいつもと違う重みがあった。軽口を叩きながら肝心なところは煙に巻く男だが、今は真っ直ぐ前を見据えて語っている。その姿勢に押されるように、生徒達も一斉に姿勢を正した。

 

 「念のために言っておくが、この競技は三校が魔法と()()()()()を競い合うのじゃ。選ばれた代表選手は、自らの足で立ち、自らの力で戦い抜かねばならぬ。弱気な者では務まらん」

 

 大広間の空気が一気に締まる。

 魔法だけじゃなくフィジカル――つまり殴り合う覚悟も必要ってことか。俺の授業で散々肉体を叩き上げた連中がこの言葉を聞けば気合いが入るだろうが、今の新入生には重すぎる内容だ。

 

 俺は視線を来賓席へ向けた。クラウチ・シニアがそこに座っている。顔つきは真面目そのものだが、どこか硬すぎる。表情の奥が見えない男は信用ならねぇ。だが、今のところ変な魔力の揺らぎは感じない。

 

 ダンブルドアはさらに言葉を重ねた。

 

 「代表に選ばれた生徒は、己の危険に正面から向き合わねばならぬ。死へ繋がる試練もある。じゃが同時に、この試合は魔法界の未来を担う若者達が互いに学び合う機会でもある」

 

 生徒達の瞳が揺れる。怖れと期待とが入り混じる、あの独特の眼だ。戦場で敵を殺す前の兵の目にも似ている。

 俺は腕を組み、静かに息を吐いた。

 

 「……さて、まずは客人を迎えよう。ボーバトン魔法学校の美しいレディー達と校長のマダム・マクシーム!」

 

 ダンブルドアが声を張った瞬間、大広間の扉が再び開き、青い制服に身を包んだ少女達が優雅に入場してきた。生徒達からどよめきが上がる。青いローブの裾が波のように揺れ、細い風が吹き抜けたような華やかさが広がる。

 

 デカい天馬で空から降りてきた連中らしい、堂々とした登場だ。

 

 そして、その後ろから――巨体が天井すれすれまで影を落としながら歩いてくる。

 

 マダム・マクシーム。

 巨人族の血を引く長身の女だ。美しいドレスがその体躯を包んでいるが、歩くだけで床板が微かに震えるほどの存在感だった。

 

 俺は思わず鼻で笑った。

 

 「……なるほど、今年は本当に“戦い”になるかもな」

 

 そうしてボーバトンの入場が終わったあと、ダンブルドアが杖を軽く鳴らし、場の空気を切り替えるように声を響かせた。大広間に満ちていた柔らかいざわめきがひとつ吸い込まれ、空気が乾いて引き締まる。

 

 「そして北の国からはダームストラング校の諸君と、校長イゴール・カルカロフじゃ!」

 

 ジジイが扉を指し示した瞬間、大広間の巨大な扉が――まるで獣が咆哮しながら噛み割ったかのような勢いで開いた。空気が荒く流れ込み、蝋燭の炎が一斉に傾く。

 

 最初に見えたのは、屈強な男どもの影だった。

 

 大杖を肩に担ぎ、あるいは大地を割るように叩きつけながら歩いてくる。杖の先からは鈍い火花が散り、床石の上に響く音は重く深い。鍛えた脚が石床を踏むたびに、微かだが空気そのものが震えるのが分かった。

 

 「ほう……」

 

 ああいう歩き方をする奴らは、過去に何度も実戦を潜った骨のある連中だ。魔力の流れも澄んでやがるし、反応速度も悪くない。闘争を知る身体ってのは、立ち姿ひとつで分かるもんだ。

 

 大広間の生徒どもも圧倒されて口を閉ざしている。

 

 杖の音が大広間の中央へ向かうにつれ、石造りの天井がわずかに反響し、重い鼓動のように響いた。ボーバトンの軽やかな入場とは対照的で、こちらは完全に“戦”の匂いだ。

 

 連中の最後尾。

 その中央を割って歩いてくる2つの人影がある。

 

 ひとりは、マントを大きく翻した細身の男。

 顔色は悪いが、その目だけは蛇のように濁っていて、獲物の匂いを嗅ぎ分ける野生を隠そうともしていない。

 

 イゴール・カルカロフ――宿敵が来たとでも言いたげな佇まいだ。

 男の全身からは変な緊張が漂っていた。怯えてるわけじゃねぇ、かといって威張ってるわけでもない。何かから常に逃げてる奴の空気だ。自分の背後ばかり気にする人間特有の、内臓の隅に冷えた影を飼った感じがある。

 

 そして、その隣。

 ひときわ大きな身体を揺らしながら歩いているのは――ビクトール・クラムだ。

 

 世界最強と謳われるシーカー。筋肉は無駄がなく、魔力の密度も高い。歩きながらも周囲の気流を読むように視線を走らせていて、闘い慣れているのがひしひしと伝わってくる。

 

 「……いい眼してやがる」

 

 俺は思わず呟いた。

 

 眼の奥に濁りがなく、まっすぐだ。戦いの場に立つ時の集中力が常に維持されている。あれだけ身体を仕上げているのに、足音はほとんど鳴らない。バランスの良い筋肉の付き方だ。

 

 クラムの姿を見た瞬間、大広間の一角――特にグリフィンドールの机がざわめいた。

 

 当然だ、ロンの奴は連日崇拝してるんじゃないかってぐらいクラムの事を騒ぎ立ててたんだからな。

 

 普段なら騒ぎ立てるロンが、今は声も出せずに口を開けたままクラムを見ている。あれだけ鍛えた腕も、今は机の上で固まっていた。

 

 ダームストラングの生徒達が整然と並ぶと、大広間の空気に更なる圧が加わった。周囲の気流が重くなり、魔力の層が厚くなる。魔法使いの“戦の矢面”が揃うとこういう感覚になる。背中に粘つくような熱気がまとわりつく。

 

 ダンブルドアが口を開いた。

 

 「諸君、遠路はるばるようこそ。我々は君達を歓迎する」

 

 ジジイの声は普段よりも低かった。言葉の裏に、三校が相まみえるという緊張と、それを楽しむ彼なりの高揚が見え隠れしている。壇上から漂う魔力もいつもより濃い。やっぱりこの男は底が見えん。

 

 ダームストラング一行が席につき、ようやく大広間のざわめきが戻り始めた。

 

 空気がゆっくり解けていく。だが誰もが理解していた。

 今日からホグワーツは、ただの学校じゃなくなる。

 

 「……さて、いよいよ本番ってわけだ」

 

 俺は椅子に深く腰を沈め、大広間を眺めた。

 ボーバトンの華やかさと、ダームストラングの荒々しさ。

 それらを一つの空間に詰め込んだ今のホグワーツは、完全に“異種格闘技場”だった。

 

 ここに集まった三校の生徒達が、互いに敵か味方か分からぬまま、魔法と肉体をぶつけ合う。そして俺は、その戦場の真っ只中で、また面倒事に首を突っ込む羽目になる。

 

 「……ボーナスでるか?これ」

 

 吐き出した言葉とは裏腹に、胸の奥では血が静かに騒いでいた。

 

 

 そうして三校がようやく揃った。

 

 ボーバトンの女どもは青い制服をひらつかせながら整然と腰を下ろし、ダームストラングの男連中は大広間の空気をさらに重たくするような面構えで、肩幅を見せつけるようにどっかり座っている。席に着いただけで周囲の温度が変わった気がした。魔力の“質”が校ごとに大きく違うのが一目で分かる。

 

 壇上に立つダンブルドアが両腕を広げた。

 「改めて、ボーバトンとダームストラングの生徒達を歓迎しよう……さて、ここからは我が校の自慢の料理をお出しする」

 

 指を鳴らすと同時に、長机の上に一気に光が走り、料理が湧き出るように現れた。肉の焼ける匂い、香草の香り、パンの温かい湯気……地下の厨房で屋敷しもべ妖精どもが張り切って作った力作だ。

 

 とはいえ、数年前のホグワーツの料理と比べると見違えるほどバランスが良い。揚げ物とパンばかりだった頃とは違い、肉も野菜も品目が豊富で、脂肪分も必要以上に多くない。

 

 「ま、俺が文句を言い続けた成果だな」

 

 誰に聞かせるでもなく口にして、ステーキを噛み切る。

 肉は表面がカリッと焼かれているが、中は柔らかく、筋の走り方を見るに丁寧な下処理がされていた。妖精どもに料理指導をした甲斐があるってもんだ。

 

 「宴の後は三大魔法学校対抗試合の詳細を発表するぞい!」

 

 ダンブルドアが陽気な声で言い残し、壇上を離れた。

 大広間は学生どもの歓声と机の上の食器のこすれ合う音で満ちていく。

 

 俺は肉をもう一切れ齧りながら、各校の様子を改めて見渡した。

 

 まずボーバトン。

 女子ばかりの学校だが、ただの飾りじゃねぇ。魔力の質を見るに、身体の扱い方が丁寧で、浮ついたところがない。訓練を積んだ魔女特有の重心の低さがある。とはいえ、荒事となると男ほど瞬発的な体力は期待できねぇ。真剣勝負になる三大魔法学校対抗試合じゃどう戦うつもりだ。

 

 次にダームストラング。

 こっちは逆に男しかいない。見りゃ分かるが鍛えている。筋肉のつき方、人と話す時の立ち位置、魔力の流れ……総じて“戦い慣れ”している。特にあのビクトール・クラム、あいつは別格だ。

 単純な身体能力だけじゃなく、視線の鋭さが常人じゃない。飛行術だけでなく、地上戦でもそこらの闇祓いより強いんじゃねぇかと思えるほどだ。

 

 俺がそんなことを考えながらステーキを飲み込んだ時、ふと視線がグリフィンドールの席に吸い寄せられた。

 

 ロンの馬鹿が、目を輝かせて「クラムだクラム!!」とはしゃいでいた。

 

 まるで恋でもしてるみたいな表情で、ハーマイオニーが呆れ顔で額を押さえている。ネビルは黙ってパンを食っているが、首筋に浮かぶ太い血管と肩幅を見ると、夏休み中にやり込んだ鍛錬の成果がよく分かる。

 

 あの4人だけでも今年は戦力として相当期待できる。もっとも、戦うわけじゃねぇが……いや、場合によっちゃ“戦う羽目になる”こともあるかもな。

 

 そんなことを思っていたところ、隣から声がかかった。

 

 「フシグロ先生、あなたから見て二校はどうですかな?」

 

 フリットウィックだ。ちょこんと椅子に腰掛けて、フォークを両手で器用に扱いながらこちらを見上げている。

 

 小さいが、腕は立つ。魔法の才能も桁外れだ。俺が唯一魔法勝負じゃ勝てねぇ可能性があるのは、実はこの小男じゃねぇかと時々思う。ま、俺は魔法なんて使えねぇが。

 

 「どうって……まぁ強ぇ奴は強ぇな」

 

 そう言いながら、自然と視線はダームストラングに向かう。

 肉厚の肩、余計な力みのない歩き方、魔力の重さ……全体の質としてはホグワーツより“上”だ。

 

 だが。

 

 「ただ、やり方が偏ってる」

 

 「偏っている、ですか?」

 

 「あぁ。あいつらは“攻める”か“壊す”かしか頭にねぇ。守りの魔法を鍛えてる奴が少ねぇ。戦場なら生き残れねぇタイプだ」

 

 実際、ああいう奴らは硬いだけで脆い。

 

 攻撃力は一級品だが、不意打ちや足場の悪い戦いに弱い。魔法生物相手だと死ぬパターンだ。その点、ホグワーツの生徒は俺が毎日鍛えてるから総合力は悪くねぇ。

 

 フリットウィックは目を細めて言った。

 

 「なら、勝てますかな?」

 

 生徒が料理の皿を置く音、笑い声、遠くでガラスが割れかける音……大広間は賑やかだが、俺はその喧騒から少し切り離されたような感覚で答えた。

 

 「勝つ負けるじゃねぇ。勝たせるんだよ、俺らがな」

 

 フリットウィックは小さく頷いた。

 大広間の喧騒の中で、そのひとつの頷きだけが妙に重く響いた。

 

 暫く宴を満喫し、ガキ共と教員どもが皿を平らげ、甘い匂いまで空気に溶け出してきた頃、壇上へダンブルドアがゆったりと歩み出た。白い長髭が揺れ、その背後にはクラウチ・シニアが控えている。どうやらいよいよ試合の詳細を発表するらしい。

 

 裏手から、ハグリッドが巨大な何かを抱えて現れた。金属音を立てながら壇上にどっかり置かれたそれは、派手な装飾に包まれた大きな木箱……いや、仏壇か何かにしか見えねぇ。

 

 「おぉ!あれが炎のゴブレットですぞ!」

 

 隣でフリットウィックが興奮して声を上ずらせている。

 小さい体を揺らしながら鼻息を荒くして、まるで新しい魔法玩具を手にしたガキだ。こういう時のコイツは本当に分かりやすい。

 

 「へぇ……なるほどな」

 

 確かに木箱の奥から魔力を感じた。古びてるが妙に濃い魔力だ。魂を選別したり、契約を強制したり、そういう“縛り”の気配がある。呪いじみた歪みも混じっていて、おそらく下手な奴が触れば丸ごと飲み込まれるだろう。

 

 ダンブルドアが杖で音を立てた。

 

 「皆の者、静粛に」

 

 大広間の喧騒が一瞬で消えた。

 鍛えられた軍隊みてぇな統率だな、と内心で鼻を鳴らす。ガキ共もこのジジイに対しては逆らえないらしい。

 

 「一言、言っておこう。“永遠の栄光”(エターナル・グローリー)……それを対抗試合の優勝者は手にする。三つの課題を戦い抜いた者だけがな」

 

 その声は大広間全体に重く沈み込んだ。

 ジジイの声は柔らかいが、言葉の裏にある“覚悟を強要する圧”は本物だ。三大魔法学校対抗試合の危険さを知ってる奴の声だな。

 

 「よいか?三つの途轍もなく危険な課題じゃ。それを配慮し、新ルールが設定された。その説明は魔法省国際魔法協力部のバーテミウス・クラウチ氏にお願いしよう」

 

 ダンブルドアが横に退くと、クラウチ・シニアが壇上に進み出た。

 相変わらずの真っ直ぐな背筋、無駄のない動き。けど……雰囲気がどこか変だ。前に見た時より声音が固いというか、余裕が欠片もねぇ。

 

 俺がクラウチを観察していると、ふいに背後の空気が揺れた。

 

 教員入り口から、誰かが入ってくる。

 

 魔力……いや、もっと生の“気配”が重い。

 戦士特有の湿った気配、空気を押しのけるような“圧”。そして雨の匂いに混ざって、薬品じみた刺激臭が漂う。

 

 俺は振り向かなかった。

 

 振り向くまでもなく、こいつが誰か分かる。

 

 天井の魔法がザワついた。

 

 さっきまで穏やかな夜空を映し出していた大広間の天井が、突風でも吹いたように雲をかき乱し、稲妻が走る。あれはただの演出じゃねぇ。天井を覆う古い魔法が“敵意か異物”に反応して荒ぶっている。

 

 つまり入ってきた奴は――

 

 俺の横に立った男の匂いが濃くなる。

 

 雨水の匂い。

 薬品の匂い。

 古い傷跡にこびりついた血と獣の匂い。

 そして、戦場で何度も死線を越えた奴だけが纏う“殺気を押し隠した静けさ”。

 

 こいつは紛れもなく――

 

 「……随分遅かったじゃねぇか、マッドアイ」

 

 俺がぼそりと呟くと、男は低い声で笑った。

 

 「……貴様がフシグロか。噂通り鼻が良いな」

 

 アラスター“マッドアイ”ムーディ。

 

 闇祓いとして名を馳せ、殺し屋の世界でも噂が流れてくるくらいの男だ。

 

 片目のマジックアイが俺の横顔をギョロリと向き、もう片方の生身の眼が周囲の生徒を舐めるように観察する。その視線は、戦う相手の急所を瞬時に見抜く獣の目だ。

 

 「お前が来るかどうか、ジジイが少し心配してたぞ」

 

 「心配?あの耄碌が?笑わせる」

 

 アラスターは杖の柄をコツコツと床に当てた。そのたびに大広間の魔法がピクリと反応し、天井の雷光が一瞬明るくなる。

 

 やっぱりこいつの存在そのものがホグワーツの魔法に“危険”として認識されているらしい。

 

 クラウチ・シニアの説明が淡々と続いていたが、アラスターの登場で多くの生徒がこちらに意識を向きかけている。そりゃそうだ。あれほど“ただ者じゃねぇ”気配を放つ教員は他にいない。

 

 「……しかし妙だな」

 

 俺はアラスターを見上げずに言った。

 

 「お前、もっと荒っぽく入ってくる奴だと思った。ドアぶち破って、敵を威嚇するみてぇなよ」

 

 雨と薬品の匂い……

 

 傷の匂いも、闇祓い特有の血の香りもどこか違う。

 

 アラスターは一瞬だけ沈黙した。

 

 そして低く、聞き取りづらい声で言った。

 

 「……フシグロ。お前も色々と嗅ぎすぎだ」

 

 その声の奥に、説明のできねぇ違和感があった。

 言葉の端が妙に固い。

 蛇が皮を被って喋っているような、そんな違和感。

 

 俺はステーキナイフをそっと握り直した。

 

 何かがおかしい。

 

 闇の印の夜から続く“嫌な匂い”が、また近づいてきている。

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