ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾”   作:物体Zさん

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評価、感想、誤字修正ありがとうございます!!

どうぞー!


第十一話

 

 

 

 

 そうして翌日、いつもの4人は授業を終えた後に大広間に向かった。この時間帯なら伏黒甚爾が必ず昼飯をかき込んでいると知っていたからだ。

 

 「先生ー!」

 

 甚爾の手が止まり、ゆっくりと声の方に振り向いた。

 

 「チッ……なんだお前ら」

 

 伏黒甚爾はオムライスを食べていた。大皿に盛られた卵の山の上でソースが照り、湯気が立ち上っている。教員席の隅、周囲の生徒達は本能的に距離を取り、そこだけぽっかりと空白が空いていた。

 

 ハリーはその空白に半ば強引に滑り込み、甚爾の隣に座った。ハーマイオニーは正面、ロンは左隣、ネビルはハーマイオニーの隣だ。

 

 「先生!見せたいものがあるんです!」

 

 「あぁ?見せたいもの?上腕二頭筋だったらブッ飛ばすからな」

 

 「え!まぁそれも見せたいですけど、コレです!」

 

 ハリーはテーブルに忍びの地図を広げた。そして杖を紙に押し当てて唱える。

 

 「我ここに誓う。我よからぬ事をたくらむものなり」

 

 白い羊皮紙の上に黒い線がじわりと滲み出し、塔や廊下、階段や秘密の抜け道が細かな線となって現れた。無数の名前が小さな点になって動き回り、紙の上でホグワーツ全体が蠢き始める。

 

 「……なんだこれ」

 

 甚爾はオムライスの皿を横へ押しやり、肘をついて身を乗り出した。魔力の手応えは薄いのに、紙から校舎の輪郭みたいな気配が逆流してくる。

 

 「ホグワーツの地図です。ここにいる全員の位置と名前が分かるんです」

 

 ハリーが説明する。

 

 「へぇ……」

 

 甚爾は鼻を鳴らした。

 

 「で、それをわざわざ見せにきたってことは、ただ便利なだけのガラクタじゃねぇってことだな」

 

 「はい」

 

 ハーマイオニーが頷く。指先で紙の端を押さえ、息を整えてから続けた。

 

 「昨日、代表選手が発表されたあと、寮でこれを広げたんです。そしたら……」

 

 「先生、ここを見てください」

 

 ネビルが身を乗り出し、太い指で一点を差した。闇の魔術に対する防衛術の教室、その奥の小部屋だ。

 

 「バーテミウス・クラウチ・ジュニア」

 

 ロンが名前を読み上げる。

 

 「アズカバンにいる男の名前だな」

 

 甚爾は低く呟いた。冷えた牢獄の石床、鉄格子の向こうで動かなかった顔がよみがえる。あのときも、微かな薬品の匂いがしていた。

 

 「ムーディ先生の部屋に、この名前がずっと表示されてるんです。昨日の夜も、今朝も」

 

 ハリーが言う。

 

 「それに、ムーディ先生からポリジュース薬の匂いがします。ロンもネビルも同じ匂いだって」

 

 ロンが力強く頷いた。

 

 「秘密の部屋の時に嫌ってほど嗅がされんで、間違いねぇです」

 

 「先生、私達の力じゃどうにもできません。でも、これはおかしいです」

 

 ハーマイオニーの声は落ち着いていたが、紙を押さえる指先には力がこもっていた。

 

 「ふん……」

 

 甚爾は椅子の背にもたれ、天井を一度仰いだ。

 

 「つまりお前らの話をまとめるとだ」

 

 甚爾は指を一本立てた。

 

 「ひとつ、ムーディの部屋に『バーテミウス・クラウチ・ジュニア』って点が居座ってる」

 

 もう一本。

 

 「ふたつ、ムーディからはポリジュースの匂いがする」

 

 さらに一本。

 

 「みっつ、ゴブレットは14のガキを弾くはずなのに、何故かハリーが選ばれた」

 

 ハリーが息を飲み、ロンも背筋を伸ばした。

 

 「……これで“偶然です”は通らねぇよな」

 

 甚爾は口の端を吊り上げた。

 

 「どっかの馬鹿が、お前をこの試合に放り込みたがってるわけだ」

 

 ハリーの胸の奥に、冷たい鉛の塊みたいなものが沈んでいく。

 

 「せ、先生……僕、どうしたら」

 

 ハリーが問うと、甚爾はあっさりと言い放った。

 

 「決まってんだろ。生き残れ。それだけだ。この地図、預かるぞ」

 

 「先生に、ですか?」

 

 「あぁ、お前らが抱えてビクビクしてるよりマシだ。これで“ジュニア”の位置を見張る。ジジイにも話を通す」

 

 甚爾は忍びの地図を摘み上げた。中で動く無数の名前と点が作る気配のせいで、掌に妙な重みを感じる。

 

 「ハリー」

 

 「はい」

 

 「お前は泣き言言ってる暇があったら、いつもの3倍鍛えろ。ロン、お前もだ」

 

 「うっ……やっぱそう来ると思った」

 

 「ネビルは……まぁ今まで通りでいい。やりすぎるなよ、床が抜ける」

 

 ネビルが苦笑した。

 

 「グレンジャー」

 

 「はい」

 

 「お前は頭を回せ。誰が得をするか、誰が動きそうか、全部書き出せ。何か気づいたらすぐ持ってこい」

 

 ハーマイオニーは真剣な顔で頷いた。

 

 「……よし。行け。飯の邪魔だ」

 

 甚爾がスプーンを握り直すと、4人は立ち上がった。ハリーは去り際にもう一度だけ振り返る。教員席の隅、皿のオムライスを豪快に口へ運びながらも、甚爾の視線はすでに地図へと落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 俺はオムライスを頬張りながら忍びの地図を見下ろした。皿の縁に残ったソースが揺れ、食堂のざわつきの中で、紙の上の無数の点と線だけが異様な静けさを保っている。

 

 「コイツはすごい代物だな」

 

 低く呟いた声は、オムライスの湯気に紛れて自分の耳にだけ届いた。紙に触れた指先から、魔力を持たない俺にも分かる妙な“圧”が伝わってくる。ホグワーツの魔力そのものを薄く削って塗り込めたような代物だ。

 

 間違いなく準一級クラスの呪具だろう。対象範囲はホグワーツ限定だが、隠し部屋や裏通路に加えて、誰がどこにいるのかまで逐一表示しやがる。しかも心臓の鼓動みたいに点が常に微かに上下して、生きて動いてる“気配”まで感じ取れる。

 

 「やっぱりアラスターは“偽物”か……」

 

 俺は地図の右下、闇の魔術に対する防衛術の教室奥を指で軽く叩いた。そこに小さく滲んでいる名前は——《バーテミウス・クラウチ・ジュニア》。

 

 普通なら有り得ねぇ名前だ。あの腐れアズカバンで見た時は事切れてるのか分からない死人みてぇな面だった。あれが本物だったのか偽物だったのかは知らんが……こうして今も“動いている”点がある以上、生きてるとみていい。

 

 「……で、問題はなんで偽物が“ムーディ”に化けてまでホグワーツに潜ったのかだ」

 

 俺はスプーンを回しながら地図を睨んだ。

 

 ハリーを殺したいならすぐやればいい。城外で攫って殺すなり、毒殺なり、寝てる間に刺すなり、やりようはいくらでもある。だが奴は態々アラスターに変装し、授業までこなし、ポリジュースを飲み続けながら、手間のかかる手段をとっている。

 

 「試合に出す……なにが目的だ?」

 

 ハリーはガキだが、ガキなりに戦える。だが三大魔法学校対抗試合の課題は生半可じゃねぇ。魔法省によると課題は守護のドラゴン、湖底の奪還、迷路……ホグワーツに来てからの出来事を考えても、普通なら死ぬ可能性の方が高い。

 

 「殺したい……のに、殺したがってねぇような……」

 

 俺はスプーンを皿に戻し、しばし考え込んだ。

 

 殺すだけならシンプルにやればいい。それをやらねぇということは、ハリーの命を“使って”何かをやろうとしている。

 

 「やっぱり、どっかで誰かの手が動いてやがるな」

 

 クラウチの単独じゃこんな精密な計画は無理だ。アラスターを誘拐し、姿を奪い、ポリジュースを維持しながら授業をこなし、結界を突破してゴブレットに名前を入れる……ひとつひとつが小細工だが、全部やるには“頭の切れる大人”が必要だ。

 

 そう考えるほど、背中に妙な冷気が張り付くような感覚が残った。

 

 「ま、動きがねぇなら()()問題はねぇ」

 

 俺は皿の最後の一口を掬って口に放り込んだ。オムライスの温もりが舌の上で溶けるが、思考は妙に冷えたまま動き続けている。

 

 地図、偽物のアラスター、クラウチ・ジュニア、そしてハリーが選ばれた件。全部繋がっちまってる。無関係な点がこれほど自然に線になるわけがねぇ。

 

 「ハリーを使って……何かを“呼び出す”つもりか?」

 

 そう呟いた途端、喉の奥で小さく笑ってしまった。

 

 「ま、考えても仕方ねぇ。どうせそのうち尻尾を出す」

 

 俺は立ち上がり、皿を屋敷しもべ妖精に渡すと教員席を離れた。椅子が軋む。背後でハーマイオニー達が何かを話している声が聞こえたが、今はそれどころじゃねぇ。

 

 地図を懐に入れると、薄い羊皮紙とは思えない重さが胸元に沈んだ。まるでホグワーツそのものの心臓部を預かったような感覚だ。

 

 「ジジイに早速報告しに行くか」

 

 階段を上るたびに、地図の中で動く点のひとつ——クラウチ・ジュニアの位置が頭に浮かぶ。今もあの部屋でうろついてやがる。

 

 「……逃がすかよ」

 

 俺は廊下に差し込む薄い陽光を踏みつけながら、校長室へと歩いて行った。胸の奥では、得体の知れない炎みたいなものがゆっくりと燃え上がりつつあった。

 

 

 そうして校長室の扉を開けた瞬間、あの部屋特有の乾いた木の匂いと、焚きしめられた香草の煙が鼻腔に薄く絡みついた。静寂を切り裂くように不死鳥フォークスが小さく鳴き、翼を震わせる。俺はそれに軽く目だけを向け、いつもの机に陣取るジジイ――ダンブルドアの前へと歩いた。奴は紅茶の湯気越しにこちらを見上げ、手元のスルメイカを摘んでいる最中だった。

 

 「ジジイ」

 

 「あぁ、フシグロ君。来てくれると思っておったよ」

 

 相変わらず落ち着き払った声だ。机の上には分厚い書物と地図の束、そして年季の皺が深く刻まれた皿。戦場に立つ準備をしている老人の机というより、趣味に没頭する隠居のようだが、その瞳の底に沈む光だけは油断ならねぇ。

 

 「ガキ共がよ……中々いい物を持ってやがった」

 

 俺は持ってきた忍びの地図を机に広げた。古びた羊皮紙はざらつきがあり、触れるたびに微かな粉が指先に残る。広げた途端、フォークスが一声鳴き、その尾羽が揺れる風が紙をふわりと浮かせた。

 

 「ほほぉ……これは久方ぶりに見るのぉ。【忍びの地図】じゃな」

 

 「ジジイ、知ってんのかこれ」

 

 「知っとるとも。ハリーの父ジェームズ、シリウス、リーマス、そして……ピーター。4人が作り上げた悪戯の結晶じゃよ。学生時代から天才肌の連中でのぉ」

 

 そう呟くと、ジジイは細い指で地図の端を撫でる。その仕草には懐かしさと僅かな痛みが滲んでいた。ガキの頃のハリーの父親に思いを馳せているのかもしれん。ただ、俺にはどうでもいい話だ。

 

 「まぁ昔話はいい。地図を見ろ。闇防の個室だ」

 

 俺が指で示すと、ダンブルドアは静かに顎を引き、片眼鏡の奥の瞳に薄い光を宿した。そこには間違いなく“アラスター・ムーディ”本人とは別の名前が映っている。

 

 「……ふむ。やはりか」

 

 ジジイが低く呟く。

 

 「ガキ共も気づいていた。“ポリジュースの匂いがする”ってよ。俺も同感だ。アズカバンの牢であのクラウチ・ジュニアが漂わせてた匂いと同じだ」

 

 「うむ……あの独特の薬品の匂い。間違いないじゃろう」

 

 「だが動きがねぇ。ハリーを殺す気ならさっさとやればいい。わざわざムーディに化けて授業する必要もねぇ。そうだろ?」

 

 俺が机に手をつくと、木がわずかに軋んだ。フォークスが小さく羽根を鳴らす。校長室の空気は静謐だが、どこか張り詰めている。

 

 「確かにの。わしもそれを考えておった。ジュニアは単独で動く器量を持ち合わせておらん。おそらく……誰かの命令を受けておる」

 

 「で、その“誰か”ってのが……」

 

 「ヴォルデモートじゃろうな」

 

 その名が出た瞬間、空気が冷えた。フォークスが低く鳴き、炎のような羽根がわずかに揺れる。校長室の天井に漂う光球がかすかに明滅し、室内に影を落とした。

 

 「やっぱり生きてやがるか」

 

 あのガキ共が1年の時、クィレルの後頭部に寄生して暗躍していた化物。クィレルは俺が殺した。だがあの時、ヴォルデモート本体がどう逃げたかは分からなかった。信号機の灯りのように弱々しく揺らぎながらも、確かに存在を残していたあの気配。俺の背筋を一度だけ撫でた不快な風。あれが完全に消えた気はしなかった。

 

 「フシグロ君。ヴォルデモートは肉体を持たずとも残滓のような形で彷徨っておる可能性がある。そこにクラウチ・ジュニアの忠誠心が絡めば……このような計画を立てるのも不思議ではない」

 

 「ジジイ。ならハリーを狙ってる理由はひとつだ」

 

 「うむ、予言の子じゃからな」

 

 予言ねぇ……

 

 フォークスが鋭く鳴き、室内の温度が一瞬だけ上がったように感じた。火の鳥は嘘に敏感だ。ジジイの言葉が真実であることを告げている。

 

 「だがよ……まだ腑に落ちねぇ。“試合に出させる”って合理的じゃねぇ。殺したいだけなら、もっと簡単なやり方はいくらでもある」

 

 「それこそがの、ヴォルデモートの思惑じゃよ」

 

 ジジイは紅茶を一口飲み、深い溜息を吐いた。その視線は地図ではなく遥かな過去か未来に向いていた。

 

 「ハリーを“どこかへ連れて行く”。そのための条件……それが対抗試合の“縛り”の中に隠されておるのじゃろう」

 

 「つまり……ハリーが試合に出ざるを得ない状況を作る必要があったってか」

 

 「そうじゃ。契約は絶対。選ばれた者は試合に挑まねばならぬ。これほど強固な拘束力はない」

 

 俺は舌打ちしそうになるのを堪えた。ゴブレットは呪具。その契約は呪いに等しい。ハリーは逃げ場を完全に塞がれたわけだ。

 

 「動きが無いのが逆に気味悪ぃな」

 

 「うむ……フシグロ君。前も言った通り今はまだ泳がせるのじゃ。そなたにも近々動いてもらうことになるじゃろう」

 

 ジジイの瞳の奥底に、一瞬だけ鋭い刃の光が走る。

 ホグワーツに忍び込んだ獣の気配、それを追う役が誰なのか――わざわざ言われるまでもなかった。

 

 「……あぁ、分かってるよ。ジジイ」

 

 その瞬間、不死鳥の羽根が揺れ、かすかな火の粉が宙に散った。

 嵐の前の沈黙が、校長室を満たしていた。

 

 「で、ジジイ。俺は競馬に行きたいんだが」

 

 「……それは分かるがのぉ、今の状況で遊びに行くのは流石にダメじゃろう」

 

 「これは“遊び”じゃねぇ。“ビジネス”だろ」

 

 「う〜ん、多分違うと思うぞい」

 

 ジジイは穏やかに笑っているようで、しかし瞳だけは明らかに「止める気満々」だった。俺は机の端に片手を置き、身を屈めてジジイの目を真っ直ぐ見た。

 

 「ジジイ、俺はな……依頼がある時は全力で働く。だが依頼がない時は全力で趣味に生きる。そういう人生設計なんだよ。分かるか?」

 

 「分かるが……今は依頼の真っ最中じゃぞ。クラウチ・ジュニアの狙い、ヴォルデモートの影、そしてハリーの身にも危険が迫っとる」

 

 「とはいえ、クラウチ・ジュニアはまだ動く気配がねぇ。地図にも張り付いてるだけだ。だったら今のうちに競馬で運試し、悪くねぇだろ」

 

 「その“運試し”がの、勝負事になると毎回『腕試し』や『投資』と言い出すのが問題なのじゃが?」

 

 くそ、全部バレてやがる。

 

 俺はため息を吐いて椅子を反転させ、背もたれに腕を置いた。校長室の窓から差し込む薄い光が、机の上のスルメを照らし、独特の光沢を生み出している。妙に腹が減る光景だ。

 

 「ジジイ。俺は競馬を()()()()()だけじゃねぇ。確率と筋肉の動きと馬の心理、全部読むんだ。あれは戦闘と似たようなもんだぞ」

 

 「それはフシグロ君だけの理屈じゃよ」

 

 「だがジジイは当たり続けてるだろ?前に言ってたじゃねぇか「ドバッと出てくる札束がたまらんわい」ってよ」

 

 「……我慢じゃよ」

 

 ジジイは紅茶を一口飲み、カップを置く指先を軽く震わせた。それは焦りというより、呆れに近い反応だった。

 

 「今はの、戦場じゃ。ホグワーツは見えぬ敵に包囲されておるような状態じゃよ。フシグロ君が不在の隙を突いて何かが起きたらどうするのじゃ?」

 

 「俺がいなくてもジジイとスネイプがいるだろ」

 

 「いやダメじゃ」

 

 「即答かよ」

 

 ジジイは顔を上げ、真っ直ぐ俺を見る。その眼差しには老人らしからぬ硬さがあった。

 

 「フシグロ君、そなたがいるだけで“抑止力”になるのじゃ。クラウチ・ジュニアも、その背後にいるかもしれぬヴォルデモートも、そなたの存在を恐れておる」

 

 「はぁ?」

 

 「実際、そなたが近づいた瞬間にムーディの姿をしたジュニアは動きを止めておったろう?あれが証拠じゃ」

 

 そう言われて思い返す。確かに俺が此処へくる前に闇防の前を通った時、妙に静かだった。地図でも奴の移動が一瞬止まっていた。あれは俺を警戒してる反応だったのか。

 

 「つまり……」

 

 「そなたがホグワーツから消えた瞬間、奴は動くじゃろう。そなたという“想定外の壁”を避けて、の」

 

 俺は舌打ちし、背中を伸ばした。窓の外には薄曇りの空が広がり、冬の匂いを含む冷気が僅かに流れ込んでくる。競馬場で吸うはずだった清々しい外気を考えると、妙に腹が立った。

 

 「ジジイ、つまり俺は……競馬すら許されねぇってわけか」

 

 「すまぬのぉ……フシグロ君。しかし今は耐えてくれ。そなたの“戦力としての価値”は計り知れん。わしは生徒も、そなたも、誰も失いたくないのじゃ」

 

 その言葉には偽りがなかった。フォークスがダンブルドアの肩に飛び乗り、優しく鳴いた。老人の横顔はただの教師ではなく、大きな戦いの狭間で孤独に立つ指揮者のそれだった。

 

 「……分かったよ。だが終わったら絶対に行く。次のレースは外さねぇ」

 

 「うむ、その時はわしも一緒に行こうかのぉ。焼肉も頼むぞい」

 

 「図々しいんだよジジイは」

 

 だが、ほんの僅かに口元が緩んだ。重苦しい空気の隙間に、いつものやり取りが戻った瞬間だった。

 

 「さて……そなたがここにいてくれる間に、わしらは準備を進めるぞい。嵐はもう近い」

 

 フォークスの炎色の羽根がひらりと舞い、校長室の空気がわずかに熱を帯びた。

 

 外では雨が降り始めていた。

 嵐の前触れのように静かで、冷たい雨だった。

 

 

 

 

 

 

 少し時が経ち、11月になろうかという頃だった。朝の湖畔には薄い白い靄がたなびき、太陽は低い位置から水面を照らし返し、細かなさざ波に光が走っていた。夏の名残をわずかに含みながらも、肌を撫でる風は確かに秋の冷たさを帯びており、吐く息は薄く白む。そんな澄んだ空気の中、ハリーとネビルはいつものようにトレーニングを続けていた。地面にはふたりが踏みしめた跡が幾重にも残り、その周囲には落ち葉が散らばっている。

 

 「フッ!」

 

 ネビルの拳が鋭く前へ伸びる。肩から腕、拳の軌道が無駄なく一直線を描き、筋肉の走行がシャツ越しにも分かる。風を切る音が短く鳴り、拳がハリーの頬の端をかすめそうになる。

 

 「ハッ!」

 

 ハリーは即座に反応し、片手で拳を払いのけると同時に左足で地面を強く蹴り込んだ。反動を利用した上半身の回転がカウンターとなり、拳がネビルの胸筋に向かって鋭く撃ち込まれる。だがネビルは一歩も引かない。岩のように硬い胸板が衝撃を受け止め、僅かに空気を吐きながらも姿勢を崩さなかった。

 

 「……っ!」

 

 ネビルはそのまま両手でハリーの腕を掴む。握力が指先を締め上げ、瞬時に重心を後ろへ引き込みながら体を沈める。腰が深く回転し、ハリーの足がふわりと浮く。

 

 次の瞬間、地面へ叩き付けられる鈍い音が乾いた朝の空気を震わせた。

 

 「グハッ!」

 

 落ち葉が舞い上がり、土の匂いが鼻をかすめる。だがハリーは受け身を取り、衝撃をいくつかの方向へ散らすように体を捻っていた。

 

 「俺の勝ちだな」

 

 ネビルが鼻を鳴らしながら言う。額に滲んだ汗は蒸気となって立ち上り、冷たい空気に触れてすぐに散っていく。

 

 「イテテテ……いやぁネビル、やっぱ強いな。フシグロ先生の授業を1番こなしてるだけあるよ」

 

 ハリーは苦笑しながら立ち上がる。背中にまだ鈍い痛みは残っていたが、身体の中心に走る緊張感は心地よかった。

 

 「最初の課題はなんなんだろうね」

 

 「さぁな。だけど、何が来ても問題ないように仕上げてあるだろ?」

 

 「うん」

 

 ふたりは水筒の水を飲み、冷たい朝の空気と混ざり合うような息をゆっくりと吐いた。湖面から吹き上がってくる湿った風が汗に触れ、肌を冷やす。

 

 その時だった。

 

 「おーい!ハリー!」

 

 草を踏むリズムが近づき、ロンの豪快な声が響いた。振り向くと、ロンが赤毛を揺らしながら普通に歩いてくる。後ろにはハーマイオニーとジニーが続いており、3人とも朝の光の中に影を伸ばしていた。

 

 「最初の課題、分かったぜ!」

 

 ロンが息を弾ませながら言う。肩幅の広い体を揺らし、筋肉の動きがシャツ越しに分かる。

 

 「え!マジ?」

 

 ハリーの表情が一気に緊張と期待で変わった。

 

 「兄貴から連絡があったんだ。ホグワーツにドラゴンを送ったって」

 

 湖畔に吹く風が一瞬止まったような気配がした。

 

 「……ドラゴン?」

 

 ハーマイオニーが目を丸くし、ジニーが小さく息を呑む。ネビルは眉をひそめ、拳をぎゅっと握った。

 

 ロンは少しだけ得意げに鼻を鳴らす。

 

 「チャーリーだよ。あのチャーリーがさ、ドラゴンの搬入に立ち会ったらしくて……まぁ兄貴はドラゴン大好きだから興奮してたけどな」

 

 ハリーはしばし言葉を失った。背中を走る緊張がじわじわと胸に集まり、心臓が静かに脈打つ。

 

 「……じゃあ、本当に危険なやつなんだ」

 

 「らしいな。種類までは教えてくれなかったけど、複数頭だってよ」

 

 ネビルは深く息を吸い込み、ゆっくり吐いた。大きな肩が上下し、背筋の筋肉が不気味なほど滑らかに盛り上がる。

 

 「……面白ぇじゃねぇか」

 

 ハリーは小さく笑った。恐怖よりも、挑む者の心に火が灯ったような気配があった。

 

 「絶対、勝てよ」

 

 「うん」

 

 4人とジニーは朝の光の中で頷き合った。湖面には太陽が反射し、揺れる光が彼らの影を長く引き伸ばしていた。遠くで鳴く鳥の声が、少し冷たい季節の訪れを告げていた。




対抗試合のスケジュールがぶっちゃけ分かりません。映画では1年を通してやってた気がします。なので本作もそうなると思います。
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