ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾” 作:物体Zさん
「クルーシオ!!」
鋭く裂けるような声と同時に、ピーターの杖先から放たれた見えざる呪いは、夜気を引き裂いて一直線にハリーへと突き刺さった。
「ガッ!!」
ハリーの喉から、獣じみた呻き声が漏れる。身体の内側を直接掴み潰されるような激痛が一瞬で全身に拡がり、指先から爪先まで、神経という神経が逆流する熱に焼かれていく。避けるという選択肢は初めから無かった。磔の呪文は視界に映る光でも軌道でもなく、対象という「存在」そのものに直接作用する呪いであり、知覚した時にはすでに肉体の内側で完成している。
「……今だ……!」
ピーターの腕に抱かれた悍ましい赤子が、かすれた嗄声で囁いた。人の声でありながら人の温度を持たない、粘性を帯びたその声に、墓地の空気そのものが軋む。
ピーターは瞬時に次の動作へと移る。杖を翻すと同時に、ハリーの身体が不自然に宙へと引き上げられ、抵抗する間もなく背後の死神の石像へと磔にされた。四肢が見えない力で石へ縫い止められ、胸郭が強制的に開かれた姿勢のまま固定される。呼吸するたびに、肋骨の内側で苦痛が軋み、吐く息は白く濁って夜に溶けた。
ピーターはそのまま赤子を抱えた腕を振り上げ、死神の像の前に据えられた大釜へと向かう。濁った液体が満たされた釜の内側からは、腐臭とも薬草ともつかぬ重たい匂いが立ち昇り、湿度を帯びた湯気が墓地の冷気と混ざり合って不快な膜をつくっていた。
「父親の骨、知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん」
歯の根を鳴らしながら詠唱するピーターの声に応じるように、死神の像の足元の土が蠢き、白く乾いた骨が一本、地中から引きずり出される。トム・リドル・シニアの骨片は、空中で不吉に軋みながら大釜へと落ち、鈍い音と共に濁った液体を跳ね上げた。
「下僕の肉、喜んで差し出されん。下僕はご主人様を蘇らせん」
次の瞬間、ピーターは錆びついたナイフを逆手に握り、自身の前腕へと躊躇なく突き立てた。肉が裂け、骨に刃が触れる感触が、湿った音と共に墓地に響く。血飛沫が宙を舞い、切り落とされた腕が重たく大釜へと沈んだ。ピーターの顔は苦痛に歪み、歯を食いしばったまま、喉奥から血混じりの喘ぎを漏らす。しかし詠唱だけは途切れない。
「敵の血、力ずくで奪われん。汝は敵を蘇らせん」
ふらつく身体でハリーへと近づき、刃が無遠慮に腕へと突き立てられた。皮膚が裂け、筋肉が抉られ、温かな血が勢いよく溢れ出し、そのまま大釜へと注がれる。血の匂いが一気に濃くなり、湿った空気の中で鉄の臭気が支配的になる。
父の骨、下僕の肉、敵の血。三つの供物が揃った瞬間、大釜の中身は激しく沸騰し、闇色の泡が噴き上がった。赤子でしかなかった歪な肉体は、濃密な闇の繭に包まれ、雷鳴のような轟音と共に内側から膨張していく。
それは呪胎のようでもあったと、後に伏黒甚爾は語る。人間の負の感情と呪いが積層し、呪霊として誕生する直前の歪な胎動。特級が生まれる前兆に似た、世界そのものが拒絶反応を起こす感覚。
闇の繭が軋み、破れ、骨格が組み上がり、筋肉が絡み付き、皮膚が張り付いていく。闇が人の形へと収束したその先に、復活を遂げた闇の帝王、ヴォルデモートの姿が現れた。
「……」
その一部始終を、墓石の影から伏黒甚爾は無言のまま見下ろしていた。湿った土の匂い、血と薬液の混ざった重たい空気、膨張する闇の魔力の圧。すべてを肌で捉えながら、彼はただ静かに、最適な刺し込む瞬間だけを計算していた。
ヴォルデモートの瞼が、濡れた革のようにゆっくりと開いた。生まれ直した肉体はまだ熱を持ち、釜の蒸気が肌に貼り付くのに、目だけが氷の底みたいに冷たい。墓地の夜は湿っていた。草は水を含み、土の匂いに血の鉄臭さと薬液の苦味が混ざり、息を吸うたび喉の奥がざらつく。死神の石像の影は揺れもせず、月明かりは薄い膜のように墓標の列へ滑っていった。
ヴォルデモートは一歩踏み出した。黒いローブは濡れた羽根のように重く、裾が地面を撫でて泥を引く。足裏に伝わる冷えが、骨まで届く前に魔力の圧が周囲の空気を押し潰し、墓地の静けさがさらに深く沈む。ピーターはその背後で、片腕の欠けた身体を抱えるようにして震えた。切断面から滲む血は止まりきらず、土へ落ちて暗い染みを増やしていく。
「ワームテール、杖をよこせ」
声は低く、乾いていた。命令というより、事実の宣告に近い。
「ハヒィッ……」
ピーターは膝を擦りむきながら近づき、震える指で杖を差し出した。それは元から主のものだった。握りに触れた瞬間、杖は帰るべき手を思い出したように微かに震え、墓地の空気がひとつ跳ねた。ヴォルデモートはその反動さえ楽しむ素振りもなく、杖を掌に収め、指先で柄の温度を確かめるように撫でた。
「腕を出せ」
「おぉ……ご主人様ぁ……ありがとうございますぅ……」
ピーターは供物として失った右腕の残骸を、見せびらかすように突き出した。媚びた笑みの裏で、痛みと恐怖が歯の間から漏れている。
「違う。もう片方だ」
言葉が落ちた瞬間、ピーターの呼吸が詰まった。顔色が灰になり、唾が喉を滑り落ちる音まで聞こえるほど静まり返る。逃げる道は無い。主の前では、身体の部位さえ所有物だと知っているからこそ、彼は泣きそうな目で左腕を差し出した。
ヴォルデモートはその腕を掴み、闇の印の刻まれた箇所へ杖先を当てた。皮膚の下で何かが蠢き、虫が這うような感触にピーターは肩を跳ねさせる。次の瞬間、魔力が押し寄せ、血管の内側を逆流する熱が腕から胸へ突き上がり、空気が震えて、夜空に黒い煙が巻き上がった。骨の焼ける匂いに似た臭気が混じり、闇の印が空に巨大な影を描く。
返事は遅れて来た。墓標の陰、枯れ木の枝の間、湿った土の裂け目みたいな暗がりから、フードを被った影が次々と降り立つ。仮面の奥で息が荒くなる者、恐怖を噛み殺す者、久しぶりの主の圧に膝を折りかける者。誰もが同じ場所に立ちながら、空気の重さだけは平等ではなく、ヴォルデモートの周囲ほど濃く、肺が押され、鼓動が耳の内側で暴れる。
ヴォルデモートはゆっくりと一周した。視線が触れるだけで、仮面の男たちは背筋を固める。ピーターは主の足元で嗚咽を漏らしながらも、助かったと錯覚している顔をした。だがその錯覚さえ、主にとっては利用価値でしかない。
「よう来た、友よ。13年の歳月が流れたが、それが昨日のようにお前達は現れてくれた。しかし正直なところ、お前達には失望した」
静かな声なのに、言葉が空気を叩いて広がり、墓地の湿気が震えた。死喰い人たちは誰ひとり言い訳を口にできず、ただ仮面の内で唇を噛み、足元の泥が吸い付く感覚だけを確かめていた。
ヴォルデモートは杖先をわずかに持ち上げた。すると死喰い人たちの足元の草が同時に伏せ、風が止まり、湿った夜気が一瞬だけ乾いたように感じられるほど魔力の流れが整い、誰かが咳き込もうとした喉の震えさえ押し殺されて、彼らは自分の肺が自分のものではなくなったみたいに浅い息を繰り返しながら、仮面の内側で汗が垂れる音と、隣の男の心臓が早鐘を打つ微かな振動だけを聞いていた。
「わたしが消えた夜、お前達は何をした。誰の名を名乗り、どの家の暖炉の前で、どれだけ早く膝を折った」
死喰い人たちは沈黙した。沈黙の中で、誰かが一歩だけ前へ出る。香油の匂いが薄く漂い、墓地の土臭さと混ざって妙に鼻につく。仮面の下の声は丁寧に震えていた。
「我らは、あなた様を待って……」
言い終える前に、ヴォルデモートの杖が滑る。空気が裂けるような無音の衝撃が走り、男の身体が背中から折れるように地面へ叩きつけられた。土が跳ね、湿った泥が仮面に張り付き、喉から漏れた呻きが夜に吸われる。
「待っていた、か。ならば見せろ。今夜からの忠誠を」
倒れた男の肩越しに、他の影たちが一斉に膝をつき、仮面の額を泥へ押し当てた。墓地の冷えが膝へ染み、恐怖の汗が背中を滑る。墓石の陰では伏黒甚爾が気配を殺し、押し寄せる魔力の圧の癖を測っていた。
「お前もだ、ルシウス」
闇の帝王の声は低く、湿った墓地の空気を押し潰した。仮面の1つが指先で引き剥がされるように消え、露になった白い顔が冷気に晒される。ルシウス・マルフォイは反射で膝をつき、泥がローブの裾に吸い付いた。土は雨を含み、腐った草と血の鉄臭さ、煮えた薬液の甘苦さが混じって鼻の奥にまとわりつく。復活の熱がまだ地面に残っているのに、背筋だけが凍るほど冷たかった。
「消息が、ちらとでもこの耳に入っていれば……」
ヴォルデモートは杖を弄ぶように回し、蛇の瞳で見下ろした。
「しかと入っておったはずだ」
「誓って申し上げます。私は昔のままでございます」
ルシウスはフードを外し、長い金髪を夜気に垂らした。恐怖はある、だがそれを見せる角度を計算している顔だった。彼が本当に怯えたのは別のものだ。主の背後、名も刻まれぬ墓石の陰に、黒い穴のように気配を沈めた男がいるのに気づいた。気づいたのは偶然だった。伏黒甚爾。霧を吸い込むように静かで、筋肉の輪郭だけが薄明かりに切り取られ、口角だけを上げてルシウスを見ていた。視線が絡んだ瞬間、声は聞こえないのに、胸の内側に冷たい刃が滑り込む感覚が走った。余計なことを言えば殺す、という意味が、言葉より先に身体へ染み込む。
墓地の闇は深いのに、そこだけ輪郭が際立っていた。伏黒は背を石に預け、手には何も持たず、呼吸の気配すら薄い。だが肩から指先までの線は、いつでも人を裂ける硬さで張っている。彼がここにいる理由をルシウスは知らない。ただ、あの老人校長が日本へ出入りし、競馬場の土と競艇場の潮の匂いを纏って戻ってくる度、傍らにこの男がいたという噂だけは耳にしたことがある。焼けた肉の煙みたいに淡い記憶が鼻を掠め、今の腐臭と混じって胃をかき回した。
「あなた様がお隠れになり、私が世間に見せていたこの顔こそが仮面だったのです。私は家名と資産と、魔法省の鼻先を使い、あなた様のために地面の下で息を続けておりました、笑う者には笑わせ、疑う者には疑わせ、忠誠を問う者には曖昧に頷き、裏切り者の影を踏み、子の手を引きながらも闇の印の熱を皮膚の奥で消さぬようにして、あなた様の帰還を待ち続けていたのです」
言い終えた瞬間、ルシウスは呼吸を整えるふりをした。湿気で喉が貼りつき、心臓が鎖骨の裏を叩く。それでも彼はヴォルデモートだけを見つめるしかない。背後の墓石の陰が、いつでも距離を詰められることを示していた。
「私もまたおそばに……」
片腕の欠けた男が、媚びた声で進み出た。ピーター・ペティグリュー。血の匂いをまとい、地面に落ちた自分の腕の記憶に縋るように左腕を持ち上げる。
ヴォルデモートが1歩近づくと、魔力の圧が空気を重くし、ピーターはそれだけで蹲った。膝が土に沈み、唇が震える。
「恐怖ゆえだ。忠誠ではない。だがこの数ヶ月、お前だけは役に立った」
杖先が軽く振られる。切断面がじゅるりと濡れた音を立て、銀色の流体が骨に絡み、筋が編まれ、肉が盛り上がり、皮膚が閉じる。再生は美しくない。生き物の内側が外へ押し出され、血の温度が夜へ湯気を吐く。ピーターは息を詰め、次の瞬間には新しい右腕を抱えて泣き笑いした。
「感謝します、ご主人様……!」
禿げた頭を泥へ擦りつけ、唾と涙で土を光らせる。その姿を見て、死喰い人たちの呼吸が皆浅くなる。忠誠の証が、褒美ではなく首輪だと理解したからだ。
そして闇の印が夜空に渦を巻き、降り立つ者たちの足音が湿った土を叩くたび、霧は小さく震えた。仮面の下で息を呑む音、ローブの擦れる布の音、杖先から漏れる火花の匂い。誰もが主を見ているはずなのに、視線の端が墓石の陰へ一瞬だけ逃げる、ルシウスはどう立ち回ろうか必死に考えていた。
その時、死神の石像の腕に縛られていた少年の身体が、ぎしりと軋んだ。ハリー・ポッター。拘束の呪が皮膚を締め上げ、血が末端へ行かない青白さが腕に滲んでいたが、彼は歯を食いしばり、魔力を筋肉へ流し込む感覚を思い出す。
(魔力を筋肉に流せ……!一気に爆発させろ……!)
胸郭が膨らみ、肩が震え、足首の筋が跳ねる。解ける予兆は音ではなく、熱の偏りとして来た。次の瞬間、魔力が内側から爆ぜ、縄のような拘束が弾け、少年は石像から転がり落ちた。
地面に転がり、落ちていた杖を拾いヴォルデモートに向けた。
「
赤い閃光が直線のように走る。空気を裂く音、焼けた金属の匂い、杖を握る掌の汗。ハリーは構えのまま踏み込み、反動が肩へ返るのを堪えた。
ヴォルデモートは眉ひとつ動かさず、杖を一度だけ翻した。光は霧散し、火花にもならず消え、墓地の湿気だけが揺れた。
「おぉ、ハリー。両親に似て、なかなかやる」
声は穏やかで、だからこそ怖い。闇の帝王はゆっくりと杖先を下げ、周囲の死喰い人を黙らせたまま、少年へ向けて歩き出す。
「どうだ。決闘でもしようじゃないか」
ヴォルデモートは湿った土を踏みしめながら、軽やかな足運びでハリーへと距離を詰めた。墓地の夜気は冷え切り、霧は人の呼気と死の匂いを孕んで低く漂い、黒いローブの裾が掠れるたびに土と苔の腐臭が微かに立つ。その蛇のような瞳は慰撫するように細められ、まるで古い教え子を導く教師の顔をしていた。
「決闘の仕方は教わったか?ダンブルドアも言っていただろう、礼儀正しくな。ほら、まずはお辞儀だ」
ヴォルデモートはゆるやかに上体を折り、嘲るように笑った。仮面の死喰い人たちの間に、息を飲む気配が波のように走る。
「ハリー、お辞儀だ」
「うるさい!!!」
叫びと同時に、ハリーの胸の奥で魔力が跳ね上がった。恐怖と怒りと、抑え込んだ叫びが混じり合い、腕の筋肉が硬く収縮する。無言呪文が放たれ、空気が圧され、霧が刃物で切り裂かれたように歪む。しかしそれは、ヴォルデモートが僅かに手首を返しただけで霧散した。
「おっと、ダメじゃないかハリー」
「いち、に、の、さん、だ」
まるで授業の号令のような口調に、ハリーの奥歯が軋む。2人は同時に杖を構えた。空気が張り詰め、湿度を孕んだ夜風が皮膚にまとわりつく。
「
「
緑と赤の光が正面衝突し、杖同士が閃光で結ばれた。2人の周囲に薄い膜のような魔力のドームが生まれ、地面の砂利が細かく跳ね、墓石の表面を震わせる。力が拮抗し、ハリーの肩に重い反動がのしかかり、膝が僅かに沈んだ。
だが次の瞬間、乾いた破裂音が墓地に響いた。銃声に酷似した、短く鋭い音。
ヴォルデモートの頭部が内側から弾け、脳髄と血が霧に混じって散った。黒い血が雨のように降り注ぎ、地面に粘ついた染みを広げる。闇の帝王の身体は緊張を失い、そのまま糸の切れた人形のように前へ倒れ込んだ。
死喰い人たちは誰一人、事態を理解できずに硬直した。決闘の最中、主が突然倒れた。ただそれだけの現実が、思考の先に追いつかない。
「はーいお疲れ。解散解散」
墓地に男の声が淡々と響く。伏黒甚爾だった。黒いハンドガンの銃口からは硝煙が細く立ち上り、油と火薬の匂いが夜気を裂く。黒いシャツに白いワイドパンツ、いつもの出立ちのまま、彼は死体へと歩み寄った。
「フシグロ先生!?どうしてここに!?」
血の滴る腕を押さえながら、ハリーが叫ぶ。
「仕事でな」
甚爾はそれだけ答えると、倒れたヴォルデモートの頭部に銃口を向けた。
パン、パン。頭部に2発。
続けて胸元へ。パン、パン。心臓の位置を正確に貫く2発。
骨を砕く鈍い衝撃音と、肉が弾ける湿った反響が墓地に重なった。
「ふ、伏黒甚爾……!」
ルシウスが震える声で呟く。クィディッチワールドカップの夜、仲間を鏖殺された記憶が脳裏を焼いた。
「よう、ルシウス。ワールドカップぶりだな」
「……あ、あぁ」
「死にたくねぇなら、さっさと行きやがれ」
甚爾の低い声に、死喰い人たちは一斉に闇の煙へと変じ、空へ散っていった。残されたのは、ハリー、ピーター、伏黒甚爾、そして今は骸と化したヴォルデモートのみ。
「ピーター、生きてたとはな」
「ヒィッ……!」
乾いた銃声が一発。ピーターの額に穴が穿たれ、身体が仰向けに崩れ落ちた。
「ハリー、帰るぞ」
「えっ……あ、はい!」
手を掴み、優勝杯の方へと歩き出した瞬間、甚爾の背筋に微かな悪寒が走った。死体の方から、わずかな熱と魔力のうねりが伝わる。
「あぁ?」
振り返ると、ヴォルデモートの身体がピクリと痙攣した。明らかな生体反応。
「完全に殺したはずだが……反射じゃねぇなこれ」
「先生……!」
ハリーが額の稲妻の傷を押さえ、悲鳴を上げる。内部から焼き切られるような激痛が走り、魔力と何か別の冷たい意志が傷口を通じて共鳴していた。
殺したはずのヴォルデモートの身体が、濡れた土の上でビクビクと痙攣し始めた。脳は弾け飛び、胸も撃ち抜いた。硝煙と腐臭と血の鉄臭さが混ざって喉の奥に貼りつき、霧は冷たく、肌の毛穴から熱を奪っていく。それでも、あの蛇みたいな目がまだどこかで開いている気配がする。死体の反射にしちゃ動きが妙に意志的で、指先が土を掻くたびに湿った砂利が擦れて小さく鳴り、そこへ魔力の圧がじわりと乗って空気が重くなるのが分かる。俺は銃口を下げず呼吸だけ整えながら、追加の損壊、回収、撤退、ガキの生存、順番を間違えりゃ全員巻き込まれると頭の中で並べ替えた。
「おいハリー、傷が痛むか」
「はい……頭が、割れそうです……」
ハリーは額を押さえ、指の隙間から汗と血が滲んでいた。腕の傷口から落ちる滴は土に黒い点を増やすだけだが、額の痛みは別物だ。魔力の流れが皮膚の下で乱れて、冷えた空気がそこだけ熱を帯びて渦巻いているのが分かる。
脈が速くなるほど痛みが跳ね返ってくるから、原因は外傷じゃなく内側の繋がりだ。
ヴォルデモートから呪力の匂いはしねぇ。反転術式って線も一瞬よぎったが、そもそもこいつは呪術師じゃないし、仮に何か似たもんがあっても頭を潰して立ち上がる理屈は薄い。気色が悪いって感想だけが一番正確だ。
「一回退散だ。掴め」
俺はハリーの手首を掴んで引いた。骨は細いが筋肉の張りは前より増えている。授業で叩き込んだ基礎が今も手首の反発で分かる。墓石の列を横切り、優勝杯を置いた場所へ戻る動線をなぞる間にも背中に刺さる視線が濃くなった。
次の瞬間、霧の向こうで湿った衣擦れがして、次いで関節が鳴るような音がして、さらに遅れて息を吸う音が聞こえた――死体がする呼吸じゃない、肺が働く湿った吸気音で、それが近づくほど空気が冷たさを失って粘つく。
振り返るまでもなく、ヴォルデモートは立ち上がっていた。崩れた頭部の穴からドス黒い血が糸を引き、胸の穴もまだ湯気みたいに温い臭いを吐くのに、ローブの裾が風を切って揺れている。あれは
「伏黒甚爾……!」
白い杖がこちらへ向く。魔力が集まる圧が湿った空気を押し潰し、鼓膜の奥がきしむ。俺の皮膚が先に危険を拾って、背筋が勝手に硬くなる。詠唱が来る。だが、遅い。
「じゃあな、蛇野郎」
俺はハリーの手を握ったまま優勝杯に触れた。指先が冷たい金属に沈んだ瞬間、腹の底がひっくり返り、視界がねじれ、霧も墓石も音も匂いも一枚の布みたいに引き剥がされる。耳の奥だけが空っぽになり、骨の内側を誰かに掴まれて引っ張られる感覚が走り、次の瞬間、背中に熱い照明と人の体温がぶつかり、草の青臭さと汗と甘い菓子の匂いが一気に鼻腔を満たした。
「うおおおおお!」
「帰ってきたああ!」
「ハリー!」
「あれ、フシグロ先生も!?」
歓声と軽快な音楽が渦になって頭を殴る。迷宮のスタート地点だ。さっきまでの静かな死の湿気が嘘みてぇに、空気が乾いて明るい。俺は反射でハリーを自分の影に寄せ、観客席の端から飛んでくる魔力の波と視線の数を数え、狙撃の位置と退路を同時に確保した。安全に見える場所ほど、油断した瞬間に血を抜かれる。
「諸君、鎮まれい!ハリー・ポッターが優勝杯を持ち帰った!彼が優勝じゃ!」
ダンブルドアの声が魔法で増幅され、腹に響く。あのジジイは笑っているくせに目だけは冷たいままだ。日本へ何度も飛んで、競馬場の砂を踏み、競艇場の水しぶきを浴び、焼肉の煙を吸い込んで、勝つ賭けにしか乗らねぇと俺に言ってたときと同じ顔だ。そこへ途中参加したシリウスの気配も今は尖っていて、観客席から跳び出す寸前の獣みたいに息を詰めている。
係員が駆け寄り、治療班の杖が光り、誰かがハリーの腕を見て悲鳴みてぇな声を上げた。
俺は触らせねぇ位置に身体をずらし、ハリーの肩を支えたまま額の痛みの波を見た。あいつが墓地で動いた瞬間と同じタイミングで、稲妻の傷が脈打ってる。魂の欠片だの何だの、ジジイが言葉で飾る前に、現象として理解できる――あれはまだ繋がっている、だから死んだはずの身体が起きた。
ハリーがふらつき、俺の掌に小さく体重が乗った。俺は舌の奥で闇の残り香を噛み潰し、次の一手だけを決める。まずガキを守る。次にジジイへ合図。最後に、あの蛇がどこまで戻るか確かめて、叩く。
「甚爾!ハリー!」
人垣を割ってシリウスが飛び込んできた。目の下の隈が濃く、だが杖を握る手は震えていない。俺は頷くだけで十分だと返し、ダンブルドアと視線を交わす。あの老獪は小さく顎を引いて合図した。日本で焼肉を追加注文するときみたいに、余計な言葉は要らねぇって顔だった。
実際分霊箱がある状態で頭パーンしたらどうなるんでしょうね?生き返るのか、それともまた魂状態になるのか。ポッター家襲撃の際は体ごと消えてたみたいなんで魂状態になるのは分かるんですけど、外傷で倒れた場合どうなんだろ?今回は復活してもらいました。あ、ヴォルデモートは天内じゃないですよ?w