ホグワーツ魔法魔術学校特別体育教師“伏黒甚爾” 作:物体Zさん
魔法省の重鎮であり、闇の帝王に仕える死喰い人のコーバン・ヤックスリーは、主君ヴォルデモートのために魔法省内で暗躍していた。表向きは秩序と規則を重んじる官僚、その実、職員の弱みを握り、恐怖と利得を天秤にかけ、あらゆる手段で闇の陣営へと引きずり込む。昇進、保身、家族、過去の過ち。人の心は驚くほど脆く、魔法省という巨大な建物の内部では、ひび割れは音もなく広がっていった。
その中でも、魔法省上級次官という地位にあるドローレス・アンブリッジは、ヤックスリーにとって極めて重要な駒だった。大臣の次、あるいは次の次にあたる権限を持ち、制度の名の下に現場を縛る力を有する女。彼女の部屋は常に甘ったるい香りに満ち、壁に掛けられた愛らしい装飾が、ここで交わされる会話の毒をより際立たせていた。
「神秘部にある“予言”の件はどうなっている」
ヤックスリーが低い声で問いかける。視線はアンブリッジの手元、カップに注がれる砂糖の山に向けられていた。
「職員に探させていますわ」
アンブリッジは甲高い声で答え、さらに砂糖を落とす。スプーンが触れる音がやけに大きく響いた。
「ただ、貴方も分かっているでしょう?予言は、その本人にしか見つけられませんし、取ることもできませんの」
言葉は柔らかいが、事実は冷酷だった。神秘部の棚に並ぶ予言球は、持つべき者の手にしか応えない。無理に触れれば、狂気か死が待つ。それは魔法省の常識であり、同時に最大の障壁でもあった。
「分かっている」
ヤックスリーは頷いた。指先が机を叩く。一定の間隔で刻まれる音は、焦燥を隠すための癖だった。
「だが帝王が直々に此処へ来るぞ。もう時間がない」
その一言で、室内の空気が変わった。アンブリッジの手が止まり、ミルクティーの表面に小さな波紋が広がる。
「……それは、困りますわね」
彼女は笑みを作ろうとしたが、口角が僅かに引きつった。ヴォルデモートが魔法省に姿を現す。それは勝利の象徴であると同時に、失敗の責任が誰に降りかかるかを意味する。
「失敗は許されない」
ヤックスリーの声は淡々としていた。脅しでも忠告でもない、事実の確認だ。
「分かっていますわ。だからこそ……」
アンブリッジは椅子にもたれ、指を組んだ。ピンク色の装飾の奥で、計算が走る。
「学校、ホグワーツに圧力をかけます。校長は老獪ですが、制度の網で縛ることは可能ですわ。防衛術の授業を止め、こちらの手を送り、生徒と教師を分断する。そうすれば、必要な人材を引きずり出せる」
「ポッターか」
「ええ。あの子は必ず動きます」
ヤックスリーは短く笑った。予言に縛られた少年。その存在こそが、神秘部への鍵だ。
「なら急げ。帝王は待たぬ」
アンブリッジは立ち上がり、カップを置いた。砂糖で濁った液体が、冷めた目を映す。
「秩序のためですわ」
その言葉は、誰のための秩序なのかを語らない。
扉が閉まり、ヤックスリーは一人残された。魔法省の奥深く、光に満ちた廊下の向こうで、闇は静かに準備を整えていた。時間は少ない。だが、歯車は確実に噛み合い始めている。
「ヤックスリー」
アンブリッジの部屋に設置された暖炉が唸り、煤と火花を撒き散らしながら黒衣の女が現れた。歪んだ炎の向こうから姿を現したのは、帝王の忠臣の1人、ベラトリックス・レストレンジである。狂気を孕んだ瞳と、ねじ曲がった情熱をそのまま形にしたような存在感が、部屋の空気を一瞬で塗り替えた。アンブリッジの執務室は、もはや省内の清潔な官僚空間ではなく、死喰い人の往来を前提とした裏の部屋へと変貌している。彼女が完全な裏切り者であることは、もはや隠しようもなかった。
「魔法省に来るなと言っただろう。お前は帝王のお側に控えていろ」
ヤックスリーはアンブリッジの机に歩み寄り、ため息混じりに腰を下ろした。暖炉の残り火が、彼の顔に不気味な影を落とす。
「うるさいね。あたいに指図するんじゃないよ」
ベラトリックスは吐き捨てるように言い、机の上に置かれていたカップを掴んだ。
「うぇ!なんだいこのミルクティーは……甘ったるい」
次の瞬間、彼女は一口含んだ液体をその場で吐き出し、カップごと壁に叩きつけた。陶器が砕け、白い飛沫と紅茶色の染みが壁を汚す。甘い香りと破壊の音が、室内に不釣り合いな余韻を残した。
「おい……」
ヤックスリーが呆れたように声を漏らすが、それ以上は何も言わない。ベラトリックスを制する言葉など、ここには意味を持たない。
「帝王の様子は?」
話題を切り替えるように、ヤックスリーが低く尋ねた。
「変な奴に何かを教わってる」
ベラトリックスは肩をすくめ、苛立ちを隠そうともせず言った。
「呪力がどうとか、聞いたこともない言葉をね。不気味な奴さ。額に縫い目があって、ヘラヘラしてる。だけど……」
一瞬、彼女の表情が引き締まる。
「以前より、帝王は力を増してる。あたいでも分かるくらいにね」
「そうか」
ヤックスリーは短く答え、思考を巡らせた。つい先日、報告のために帝王の元を訪れた際、確かに側に見知らぬ人物がいた。イギリス魔法界の人間ではない。訛りもなく、所属も不明。ブラウンの髪をオールバックに撫で付け、男とも女とも断じがたい整った顔立ち。その額には、縫い合わされたような異様な痕が刻まれていた。
「あの者は……どこの人間だ?」
「さあね。国も血筋も分からない。ただ、帝王は興味を示してる」
ベラトリックスは唇を歪め、どこか楽しげに笑った。
「力を与えるって言ってるよ。魔法とは違う力をね」
ヤックスリーの脳裏に、アンブリッジとの会話がよぎる。神秘部、予言、時間切れ。そこに未知の力が絡むとなれば、事態はさらに複雑になる。
「制御できるのか?」
「帝王は誰よりも強い。制御できない力なんて、最初から掴まないさ」
その言葉には絶対的な信頼と、狂信に近い確信が滲んでいた。
「だが、異物は厄介だ」
ヤックスリーは独り言のように呟く。
「厄介だからこそ、使い道があるんだろ?」
ベラトリックスはくつくつと喉を鳴らし、笑った。
「あたいは戦えればそれでいい。帝王が強くなるなら、何だって歓迎さ」
沈黙が落ちる。壁に染み付いたミルクティーの跡が、甘さと腐臭を混ぜたような匂いを放っていた。
「魔法省は動く」
ヤックスリーが言った。
「ホグワーツもな」
ベラトリックスは目を細め、獲物を前にした猛獣のような笑みを浮かべた。
「いいね……子供達の悲鳴は、いつ聞いても最高だ」
その言葉に、誰も咎める者はいない。
暖炉の火が再び揺らめき、部屋の影が歪む。魔法省という秩序の象徴の奥深くで、闇は確実に形を持ち始めていた。
「というわけでロン、今からお前に呪術を教えてやる」
そう切り出した俺は、壁際に立たせていたロンから視線を外し、隣に立つ金髪の女へと顎をしゃくった。ホグワーツの一室に似つかわしくない軽装、場違いなほど伸びやかな気配。呪術界でも指折りの特級術師、九十九由基だ。
「と言っても俺が教えるわけじゃねぇ。俺は呪術の家系に生まれてはいるが、色々あって呪術は使えない。知識はあるが、実技は門外漢だ。教えるなら“使える”奴がやるのが一番だろ。ほら、頼む」
由基は一瞬だけ目を細め、次の瞬間には大仰に肩を竦めた。
「連絡もらって面白そうだと思って来てみれば、呪術を教えろ、ですって?」
腰に手を当て、俺を睨みつける。
「ねぇ、私はこう見えても特級術師なの。暇じゃないのよ?学生に基礎から教える趣味は本来ないの」
「呪力からの脱却がどうのこうの言って、俺の協力が欲しいって言ってたのはどこの誰だ」
俺が淡々と返すと、由基は一拍遅れて視線を逸らし、軽く舌打ちをした。
「……まぁ、確かに。魔法使いに呪術が混ざった例なんて、研究対象としては滅多にないわね」
そう言いながら、由基はロンの正面に立ち、距離を詰めた。ロンは反射的に半歩下がる。
「それじゃ少年。まずは大事な質問。どんな女がタイプ?」
「えっ?」
ロンの声が裏返る。
「じゅ、呪術の話じゃないんですか!?なんでいきなりタイプの話に……!?」
「落ち着きなさい。これも立派な呪術の話よ」
由基は楽しそうに言い切った。
「呪力っていうのはね、感情と切り離せない。恐怖、怒り、焦燥、執着、欲望……特に思春期の男子は、溜め込みやすくて扱いやすい」
「扱いやすいって言い方やめろ」
俺が横から口を挟むと、由基は悪びれもせず笑った。
「事実でしょ。で、君」
再びロンへ視線を戻す。
「最近、変な感覚ない?力が余ってる感じとか、拳が勝手に熱くなるとか、殴れる気がして仕方ない瞬間とか」
ロンはしばらく黙り込み、やがて自分の手を見つめながら、ゆっくりと握ったり開いたりを繰り返した。
「……あります。殴ったらヤバいって分かってるのに、体の奥から衝動が湧いてくる感じがして」
「はい、合格」
由基が即座に指を鳴らす。
「それが呪力。魔力とは違う、負の感情が沈殿して生まれるエネルギー。普通は無意識に漏れて終わるけど、君の場合は肉体がそれを掴み始めてる」
ロンの喉が鳴る。
「じゃ、じゃあ俺……危ないんですか?」
「放っておけばね」
由基はあっさり言った。
「暴走するか、歪んだ形で外に出る。彼が言ってた魔法薬学で出来上がったアレみたいに」
「うわ……」
ロンが青ざめる。
「でも安心しなさい」
由基の声音が僅かに変わった。
「教えるわ。呪力の扱い方。少なくとも、自分を壊さないための最低限は」
俺はそのやり取りを黙って見ていた。この女に任せるのは正直言って賭けだ。だが、俺が半端な知識で口出しするより、遥かに安全で確実なのも事実だった。
「じゃあ基礎からいくわよ」
由基はロンの前に立ち、床を軽く指差す。
「立って。背筋を伸ばして、呼吸を整える」
ロンは言われるがまま姿勢を正す。
「魔法みたいに杖も呪文もいらない。意識するのは一つだけ。自分の中にある嫌な感情」
「嫌な……感情?」
「そう。悔しかったこと、怒ったこと、恥ずかしかったこと。全部」
ロンの拳が、無意識に強く握り締められた。
「それを否定しない。押し殺さない。ただ、そこにあると認める」
由基の声は、不思議なほど静かで通っていた。
「認めた上で、外に漏らさない。内側で形を作る」
空気が僅かに重くなる。俺には分かる。ロンの周囲に、確かに呪力が集まり始めているのが。
「いい感じよ」
由基が小さく頷いた。
「やっぱり面白いわ、君」
ロンは額に汗を浮かべ、必死に集中していた。
「……正直、怖いです」
「怖くていい」
由基は即答する。
「呪術は、怖さと一緒に進むものだから」
俺は小さく息を吐いた。
「無理すんなよ、ロン」
「は、はい……」
このガキはもう後戻りできないところまで来ている。魔法だけの世界には、戻れない。だが、それでいい。知らずに壊れるより、知った上で踏みとどまる方が、まだ救いがある。
「今日はここまでね」
由基が手を叩いた。
「続きはまた今度。特級術師は忙しいの」
「おい」
俺が睨むと、由基は楽しそうに笑った。
「ちゃんと来るわよ。その代わり、面白いもの見せなさい。魔法と呪術の境界に立つ少年」
ロンはまだ状況を飲み込めていない顔で、ただ小さく頷いた。
嵐の前触れだ。そんな予感だけが、俺の胸に重く残っていた。
ロンを寮に帰して、部屋に残ったのは俺と九十九由基だけになった。扉が閉まる音がやけに重く響き、さっきまで残っていた少年の気配が嘘みたいに薄れる。窓の外では夜風が城壁を舐め、ホグワーツ特有の静けさが部屋に満ちていた。
「ふふ、面白いわね」
由基はベッドの縁に腰を掛け、足を組み替えながら言った。
「世界を旅して回ってるけど、ああやって魔力と呪力を同時に抱えて、それを無意識に使い分けてる存在は本当に稀よ。私は見たことない。呪力から完全に脱却してるあなたも含めてね」
「ま、そうだろうな」
俺は椅子に腰を下ろし、ポケットからタバコを取り出した。ライターを弾き、火を点けて深く吸い込む。肺に煙が落ちる感覚が、ようやく一息つかせてくれる。
「ここ禁煙じゃないの?」
「俺の部屋はいいんだよ」
煙を吐きながらそう返すと、由基は肩を竦めて小さく笑った。
「へぇ……で、聞いてもいい?」
少しだけ声色が変わる。
「さっきのロンって子、どうして
どうしてか、だと。
俺は一瞬だけ目を伏せた。思い当たる原因は一つしかねぇ。偶然にしちゃ出来すぎてるし、必然にしては出来の悪い事故だ。
「魔法界にはな、他人に変身できる便利な薬がある」
タバコを灰皿に押し付け、煙を細く吐く。
「ポリジュース薬ってやつだ。変身対象のDNAを混ぜて飲めば、その相手に化けられる。顔も声も、古傷の位置から白髪の本数まで全部再現する。で、ロンはそれを使って俺に変身した」
俺は立ち上がり、机の引き出しを開けた。中から小さなボトルを取り出し、由基の前に置く。中身は濁った色の液体だ。
「これがポリジュース薬だ。少し前にスネイプに作らせた。俺が飲んだらどうなるのか、興味本位でな。まだ飲んじゃいねぇ」
由基はボトルを手に取り、光に透かすように眺めた。
「魔法族が、呪術由来の天与呪縛の肉体に変身した……と。それで?」
「俺に肉体を乗っ取られた」
淡々と言ったが、内容は洒落にならねぇ。
「正確に言えば、俺自身じゃない。ハーマイオ……ロンの友達が言うには、俺の髪の毛を材料にしたらしい。その髪の毛が抜け落ちた時点の“俺”が、向こうの肉体を掴んだ」
由基の眉が僅かに動く。
「ロンの魂は、俺の肉体に耐えきれなかった。俺の天与呪縛ってのはそういうもんだ。魔力で出来た器じゃ、最初から無理があったんだろ」
言葉を切り、再びタバコを吸う。
「結果、魂が一度壊れた。死んだ、と言ってもいい。で、ポリジュースの効果が切れた瞬間に戻された。肉体も魂もな」
部屋に沈黙が落ちる。
「呪術に触れ、そして一度死んだ……ってことね」
由基が静かに言った。
「なるほど。魂が再構築される過程で、呪力の回路が刻まれた。しかも魔力を扱う前提の身体に。それに
「だから今のあいつは歪だ」
俺はそう結論付けた。
「魔法使いとしても、呪術師としても中途半端。だが、両方を扱える可能性がある。危ねぇ橋だがな」
由基は楽しそうに口角を上げた。
「危険だけど、嫌いじゃないわ。可能性の塊だもの」
「俺はあんまり嬉しくねぇ」
正直な感想だ。
「ガキが背負うには重すぎる。だが、もう戻れねぇところまで来てるのも事実だ」
由基は立ち上がり、俺の前に立った。
「だから教えるのよ。壊れないために。壊すためじゃなくてね」
その言葉に、俺は小さく鼻で笑った。
「相変わらず理想論だな」
「理想がなきゃ、研究も進まないでしょ?」
由基は肩を竦める。
夜はまだ深い。ロンの運命も、魔法界と呪術界の境界も、これから否応なく動き出す。
面倒な話だ。だが、目を逸らす気はなかった。
「よし、じゃあ金をよこせ」
俺は椅子から立ち上がり、灰皿にタバコを押し付けてから九十九由基を見下ろして言った。近くで見ると改めて分かるが、こいつ背が高い。180は確実に超えてる。女にしては、じゃなくて単純にデカい。体の線も無駄がなく、術師として鍛え抜かれた肉体だと一目で分かる。
「私を呼んだのはあなたでしょう?」
由基は眉一つ動かさず、腕を組んで言い返した。
「特級術師を使うには高くつくわよ。命の値段って知ってる?」
「おいおい」
俺は鼻で笑った。
「俺に協力して欲しいって言い出したのはお前が先だろ。呪力からの脱却がどうとか、術式に縛られない戦闘論がどうとか」
こいつと最初に会ったのは1年ちょっと前だ。日本で、競艇場のスタンドだった。俺が舟券を睨みながら煙草を吸ってたら、横に座ってきて、いきなりそんな話を始めやがった。普通なら即追い払うところだが、妙に話が合ったのを覚えてる。その時は断ったが。
「あなたが断ったんじゃない」
「そりゃそうだ。胡散臭かったからな」
正直に言うと、今でも胡散臭い。だが、ロンの件が起きて考えが変わった。魔力と呪力が交じった歪な状態を正しく扱える奴は限られている。その中で、こいつは最適解だった。
「それで今になって呼び出して、金をよこせ?」
由基が肩を竦める。
「随分と勝手じゃない」
「勝手なのはお互い様だ」
俺は机に腰を預けた。
「ロンの件は厄介だ。放っておけば壊れる。だが、扱いを間違えなければ武器にもなる。俺はガキを壊す趣味はねぇが、可能性を潰すのも好きじゃない」
由基は一瞬だけ真顔になった。
「珍しいわね。
「俺だって一応教師だ。形だけでもな」
短く言い切る。嘘ではない。情が無いわけじゃないが、それを前面に出すほど青くもない。
「で、金の話だ」
俺は指を鳴らした。
「お前が本気で面倒を見るなら、相応の報酬は払う。ただし、俺の財布事情は知ってるだろ」
由基は俺の顔をじっと見た後、ふっと笑った。
「ギャンブルで全部溶かしたって話?」
「うるせぇ」
図星だから余計に腹が立つ。
「まぁいいわ」
由基は腕を解いた。
「今回は特別。金は後払いでいい。その代わり条件がある」
「条件?」
嫌な予感しかしねぇ。
「私の研究に協力してもらう。あなた自身がね」
「断る」
即答した。
「呪力の脱却がどうとか、俺は興味ねぇ」
「即答ね。でも聞きなさい」
由基は一歩近づいた。距離が近い。圧がある。
「ロンだけじゃない。あなたも観察対象として最高よ。呪力ゼロで、あの身体。術式に縛られない存在。世界に数えるほどもいない。いや殆どいない」
「だから何だ」
「だから、あなたが生きてる間に得られるデータは全部欲しい」
言い方が気に入らねぇ。まるで実験動物だ。
「安心して。解剖はしないわ」
「それが一番信用ならねぇ」
俺は溜息を吐いた。
「……ロンの件が片付くまでだ。それ以上は関わらねぇ」
由基は少し考え、やがて頷いた。
「いいわ。それで手を打ちましょう」
「交渉成立だな」
「ええ」
由基はニヤリと笑った。
「それじゃあ、授業の始まりね。
チッ……面倒事がまた一つ増えた。だが、不思議と悪い気はしない。