理を刻む者   作:茅薙

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2話 工房と師弟

 その場所は、日常の喧騒から切り離されたように、いつも静かだった。

 古びた建物の影と、生活の排泄物たるゴミ箱が並ぶ路地裏のさらに奥。そこにあるはずの工房は、通りを行く者の認識を器用にすり抜けていた。

 

 通りすがりの一般人はもちろん、未熟な念能力者でさえ、そこをただの錆びた物置か、壁の染みに見まがう。高度な認識阻害が、輪郭も気配も沈めてしまうのだ。存在は風景のノイズに埋もれ、記憶にも残らない。

 

 資格ある者だけが辿り着ける、ひっそりとした秘密の場所。

 その静けさは外の喧騒を遮る壁であり、内側の者には濃密な仕事場でもあった。

 

 工房──その奥の研究室で、彼女は今日も実験に没頭している。

 重厚な木の作業台には、血に浸されて赤黒く染まった分厚い布。そこに描かれた術式は魔法陣めいて複雑で、線刻の溝に暗い光が溜まっていた。中心には不透明な青の液体で満たされたガラス瓶。液体の底で、人間の眼球がひとつ、星のように冷たく瞬いている。

 

 彼女は白衣の袖をまくり、術式の布に掌を当てる。指先からオーラが微かに脈打ち、線刻を伝って瓶の中へ──眼球がわずかに震え、光の粒が浮上しては消えた。

 

 器物を強化、または能力を付与して売る。そうして裏社会で地位を築いた彼女が、次にテーマとしたのは生体への干渉だ。だが、新しい領域には相応の失敗がつきまとう。

 

 最近の失敗作が、脳裏を過る。

 仮称「侵律の血(ノーブルブラッド)」。

 輸血によって対象の肉体をオーラの器へ最適化する計画。一時の成功はあったが、最適化は脳にまで及び、対象は高度な知能を失った。残ったのは本能だけ──強化された肉塊。

「失敗。『適応』と『退行』の境界を見誤った」

 

 そして、仮称「刻印術式(スティグマ)」。

 自己能力由来の文字と、神字*1を組み合わせ、刺青として刻む。狙いは、個々の念容量(メモリ)に頼らず能力を走らせること。究極的には、非念能力者にも“擬似的な発”を。

 結果、非念能力者は施術時点で精孔が開き、邪道の念能力覚醒*2に陥る。

 念能力者への施術は一定の成果こそ出たが、刻むに値する強力かつ有効な能力を選び抜く難度が壁になった。

「成功寄りの失敗。この程度なら道具でいい」

 

 眼球への干渉を止め、彼女は瓶をそっと台の隅に寄せる。暗い部屋の片隅で、フラスコの群れが冷たい光を返した。次の実験を待っている。

 

 来客用の部屋から、声。

 

「師匠ー! 師匠ー!」

 

「うるさい!今行きますから」

 

 聞き慣れた声だ。彼女は白衣を脱ぎ、声の方へ向かった。

 

「で、何の用です。……それと師匠と呼ぶのはやめてください」

 

「師匠は師匠でしょう?」

 

 返事になっていない答えを寄越したのは、思わず(かしづ)きたくなるほどのカリスマをまとった少女。整った顔に自信の笑み。世界の中心に自分があると、疑いなく信じている目だ。

 

「念に覚醒させたのも、念の基礎を教えたのもカヤさんなのに?」

 

 彼女──ティアナは、青田買いの網に引っかかった狂人だった。覚醒を促す道具を渡すと、(いち)日《にち》足らずで念に目覚め*3、目覚めた瞬間に発まで完成させた特質系。

 

「ほとんど教えずに習得したでしょう。学ぶなら心源流に行った方がいい」

 

 覚醒後は心源流に押し付ける──それが最も才能を活かす道だと、カヤは踏んでいる。だが今回は同じ特質系ということもあって軽く手ほどきした結果、こうして付きまとわれる羽目になった。自業自得である。

 

「あそこは堅苦しいから嫌です」

 

「武術の基礎なんて、そんなものです」

 

 彼女の発は「自分勝手な救世主(スプリーム・キングダム)」。カリスマで万物を支配する能力──“自分が頂点”という精神性がそのまま形になっている。

 

「それで、用件。武器がほしいんです。私の期待に応えるやつ」

 

 要求は、この工房では平凡だ。

 

「いくつか持ってきます」

 

 カヤが倉庫へ向かう。部屋を見回すティアナ。

 ソファやテーブルは品のいい実用品で揃えられている。だが棚には、オカルトめいた装飾品に混じってオーラのこもった品も見える。能力の産物を置いても不自然にならないように、かといって威圧しすぎないように──配慮の行き届いたバランスだ。

 

 程なくして、いくつかの武器を抱えてカヤが戻る。

 

「基本は注文生産なので、試作品がいくつか」

 

 まず、持ち手の膨らんだ杖。

 

星の杖(オルガノン)*4。円の範囲内の任意座標に圧力を発生させます。基本は圧力による斬撃。仕込み杖ですから、剣にもなる。戦闘中の円は難しいですが、あなたの能力ならどうとでもなるでしょう」

 

「征服すればいいしね」

 

 次は、剣のような穂先を持つ槍。

 

「二つ目はロンギヌス*5。傷つけた対象からオーラを奪い、溜め込む。自己治癒や火力増強に回せます」

 

「微妙」

 

 続いて、黄金の天秤。

 

「武器じゃない」

 

「文句は後で。聖杯。対価──基本はオーラ──を捧げ、釣り合いで奇跡が起きる。扱いやすくした、その場限りの制約と誓約です。武器としては、“オーラを注いで現象を起こす杖”として扱えばいいでしょう」

 

「けっこういいね。全部、自分が捧げる必要がある?」

 

「天秤に捧げるのは誰でもいいです。皿の傾きが対価の重さ。釣り合うように、奇跡の規模も変わります」

 

 最後の剣は、やや渋りながら。

 

「クラレント*6。使用者のカリスマに応じて性能が伸びます。相応の剣の技量も与えてくれる」

 

「それでいいじゃない。なんで最初に出さないの?」

 

「相性が良すぎるので、渡したくありませんでした。……言っておきますが、“一撃の鋭さ”は補正されても、立ち回りは別です。鍛錬は必要だ」

 

「迷う余地はなかったね。いくら?」

 

「試作品なので。性能は出ますが、この値ですね」

 

 紙が机に置かれる。額は当然のように莫大。

 

「現金は面倒。振り込みでいい?」

 

「いいでしょう。羽振りがいいですね。賞金首狩りですか」

 

「臣下探しのついでに、お金も稼げるし」

 

「ほどほどにしておいた方がいいですよ」

 

 自称“王”の少女は満足げに去り、カヤは実験室へ戻った。

*1
オーラを機械的に操作する文字──複雑な念の補助に使われるが、未熟の証と見なされがち

*2
原作でゴンとキルアが行った方法。才能が乏しければ、突然開いた精孔から漏れるオーラを制御できず死亡

*3
すでに覚醒寸前。原作にある“天才は無意識に念を扱う”状態の手前

*4
ワールドトリガーのブラックトリガー

*5
FGOのパーシヴァルの槍

*6
Fateのモードレッドの剣の歪む前




感想をいただけるととても嬉しいです。

天真爛漫暴君系女子ティアナさんです。
渡したくなかったのはよりウザくなるから。
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