理を刻む者   作:茅薙

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「師匠に勧められて来た。言ってた通り、そう難しい試験じゃなかったね」

「403番。壮大な夢を語る男。彼方の星を目指す人間は好ましい――私のもとで力を振るうのなら、尚更のこと」

「44番。……いけ好かない。道化師らしく、せめて私を楽しませてから速やかに散ってほしいね」

「師匠? 確か……“刻印師”って呼ばれてると聞いたよ」


8話 躓きと注文

 訪れる頻度の高い弟子が、ハンター試験に向かったことでしばらく姿を見せない。

 久方ぶりに静寂を取り戻した工房では、オカルトと科学の境界を曖昧にしたような空気が漂っていた。

 

 壁際には、魔法陣の描かれた布や最新鋭の実験器具が並ぶ。

 血の滲んだ試料、乾ききらない薬液、無機質な機械。

 超常と理論が無理やり共存しているようなその空間で、主であるカヤは椅子にもたれ、思案に沈んでいた。

 

 コカトリスの解体と解析──それは予想を超える難物だった。

 最大の障壁は、血液に含まれる強烈な毒性。触れるものすべてを、ゆっくりと石へと変えてしまう。

 

 戦闘の際は打撃主体で挑み、フラガラックの貫通痕も焼き付いて塞がっていたため、血の異常には気づけなかった。

 異変に気づいたのは、解体を始めてからだ。

 刃物が立て続けに刃こぼれを起こし、金属音を残して砕け落ちたとき、ようやく事態の本質を悟った。

 

 生前、オーラに付与されていた石化ほどの即効性はない。

 だが死後の血でさえ、触れたものをじわじわと蝕み、やがて完全に硬化させる。

 その遅さが逆に厄介だった。部分的な石化が素材の結合を脆くし、破片が剥離しては壊れる。

 刃を新調するたびに、研究のテンポが乱される。

 

 最終的に、石製の道具を用意し、ルーンによる強化を施すことでようやく作業は完遂した。

 

 だが、解析の結果は芳しくない。

 

「……分からない、ということが分かっただけでも成果、ですか」

 

 小さく息を吐き、カヤは独りごちた。

 

 肉は異様なほどオーラとの親和性が高く、観測用の波を吸い取ってしまう。

 皮膚や鱗、骨もまた常軌を逸した強度を持ち、あらゆる測定値が規格外だった。

 そして何より特異なのは──死してなお石化をもたらす血液。

 オーラの痕跡をまったく感じないのに、確かに超常の現象を起こしている。

 

 原因は依然として掴めない。

 性質の“結果”だけが見え、その根源に辿り着けない。

 応用できれば、作品にも研究にも革新をもたらすはずだったが……それは夢に終わった。

 

「まぁ、素材として使う分には問題なさそうですね」

 

 苦笑混じりに呟き、手元の記録を閉じる。

 法則刻印──文字を媒介に、対象へ特性や法則を付与する能力。

 今まさに解析に使っていた装置も、それによって生まれた産物だった。

 専門ではない能力でここまで解析できたのも、地道な積み重ねの成果。

 

 未知の性質を観測できたという事実。それだけでも、十分に意味がある。

 

「記録だけまとめて……よし、気持ちを切り替えましょう」

 

 書きかけの紙を揃えて脇に寄せ、ペンを置く。

 

 法則刻印は万能に見えるが、決して欠点がないわけではない。

 付与できる“容量”は素材によって変わり、生命由来の物質の方が大きい。

 念能力が生命エネルギーを基礎としている以上、当然といえば当然の理屈だ。

 

 しかし、生体素材は金属に比べて脆く、摩耗も早い。

 それを補うために強度上昇を刻めば、今度は容量の利点を潰してしまう。

 刻んだ文字を通してのみ効果を発揮する以上、崩れればその瞬間に機能を失う。

 

 カヤはペンを弄びながら、静かに思索を巡らせた。

 ──そういう意味では、コカトリスの素材は悪くない。

 生体由来でありながら強度が高く、オーラへの親和性も申し分ない。

 

「皮の鞣しだけ業者に頼みましょう。……さて、今日は注文の処理でもしますか」

 

 整頓されているのに、どこか雑然とした研究室をあとにして、作業部屋へと移動する。

 広い机には刻印用の道具が整然と並び、金属や革の試作品、加工待ちの素材が積まれていた。

 混沌の中に確かな秩序がある──そんな空間だ。

 

 紙をめくる音が響き、手が止まる。

 

「ノストラードファミリーの注文、ですか。占いの商売を始めたのは……確か、私の商売と同じ頃でしたね」

 

 近年、急速に勢力を拡大しているマフィア。

 占いを看板に掲げるその名を目にして、カヤはふと、時の流れを感じた。

 

 原作の記憶はすでに朧げだ。

 この世界に来て二十年以上。前世の影は、服の趣味にわずかに残る程度。

 それも今では、利便性と機能性を優先したスーツばかりだ。

 

「分かりやすい時報はありましたっけ……とりあえず、注文を片付けましょう」

 

 今回は、定型の注文書通り。

 強化された銃と、防護用のアクセサリー。

 

 慣れた手つきで文字を刻む。

 “周”を纏わせた彫刻刀が金属をバターのように削り、滑らかに超常を刻み込んでいく。

 

 銃には、(ウールズ)(ナウシズ)(ライゾ)

 火薬の燃焼と弾頭の運動エネルギーを増幅し、反動を抑えて、発射の安定を保つ。

 直接的な威力増加には(スリサズ)もあるが、弾そのものに刻まなければ効果が薄い。

 費用対効果の面で、銃器には不向きだ。

 

 続いてアクセサリー。

 ペンダント型の護符には、(ナウシズ)(エイワズ)(アルジズ)(ベルカナ)

 受けた傷による死の進行を停滞させ、治療を間に合わせる。

 効果は強力だが使い捨て。価格も高めに設定してあるが、“滅多なことでは死なない”保険として人気が高い。

 

 何度も繰り返してきた作業を、カヤは淡々とこなしていく。

 手が動くたび、ルーンの光が一瞬だけ浮かび、すぐに沈む。

 

「ふぅ……随分と早く終わりましたね」

 

 集中のために止めていた息を吐き、椅子の背にもたれる。

 静寂が戻ると、頭の片隅に“空いた時間”が顔を出す。

 

「今から研究というのも……トレーニングにしましょうか」

 

 片付けを終えたカヤは、手袋を外し、立ち上がる。

 規則正しく並んだルーンの光が背後で瞬き、彼女の影をゆっくりと伸ばした。




感想をいただけるととても嬉しいです。

今回は全体的に説明調が強かったと思います。
カヤの日常の一幕といった感じです。
結構難産でした。

工房は、
実験、制作、来客、運動、保存と長期加工といった感じ。あと一つか二つ生活用の部屋がある。
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