「403番。壮大な夢を語る男。彼方の星を目指す人間は好ましい――私のもとで力を振るうのなら、尚更のこと」
「44番。……いけ好かない。道化師らしく、せめて私を楽しませてから速やかに散ってほしいね」
「師匠? 確か……“刻印師”って呼ばれてると聞いたよ」
訪れる頻度の高い弟子が、ハンター試験に向かったことでしばらく姿を見せない。
久方ぶりに静寂を取り戻した工房では、オカルトと科学の境界を曖昧にしたような空気が漂っていた。
壁際には、魔法陣の描かれた布や最新鋭の実験器具が並ぶ。
血の滲んだ試料、乾ききらない薬液、無機質な機械。
超常と理論が無理やり共存しているようなその空間で、主であるカヤは椅子にもたれ、思案に沈んでいた。
コカトリスの解体と解析──それは予想を超える難物だった。
最大の障壁は、血液に含まれる強烈な毒性。触れるものすべてを、ゆっくりと石へと変えてしまう。
戦闘の際は打撃主体で挑み、フラガラックの貫通痕も焼き付いて塞がっていたため、血の異常には気づけなかった。
異変に気づいたのは、解体を始めてからだ。
刃物が立て続けに刃こぼれを起こし、金属音を残して砕け落ちたとき、ようやく事態の本質を悟った。
生前、オーラに付与されていた石化ほどの即効性はない。
だが死後の血でさえ、触れたものをじわじわと蝕み、やがて完全に硬化させる。
その遅さが逆に厄介だった。部分的な石化が素材の結合を脆くし、破片が剥離しては壊れる。
刃を新調するたびに、研究のテンポが乱される。
最終的に、石製の道具を用意し、ルーンによる強化を施すことでようやく作業は完遂した。
だが、解析の結果は芳しくない。
「……分からない、ということが分かっただけでも成果、ですか」
小さく息を吐き、カヤは独りごちた。
肉は異様なほどオーラとの親和性が高く、観測用の波を吸い取ってしまう。
皮膚や鱗、骨もまた常軌を逸した強度を持ち、あらゆる測定値が規格外だった。
そして何より特異なのは──死してなお石化をもたらす血液。
オーラの痕跡をまったく感じないのに、確かに超常の現象を起こしている。
原因は依然として掴めない。
性質の“結果”だけが見え、その根源に辿り着けない。
応用できれば、作品にも研究にも革新をもたらすはずだったが……それは夢に終わった。
「まぁ、素材として使う分には問題なさそうですね」
苦笑混じりに呟き、手元の記録を閉じる。
法則刻印──文字を媒介に、対象へ特性や法則を付与する能力。
今まさに解析に使っていた装置も、それによって生まれた産物だった。
専門ではない能力でここまで解析できたのも、地道な積み重ねの成果。
未知の性質を観測できたという事実。それだけでも、十分に意味がある。
「記録だけまとめて……よし、気持ちを切り替えましょう」
書きかけの紙を揃えて脇に寄せ、ペンを置く。
法則刻印は万能に見えるが、決して欠点がないわけではない。
付与できる“容量”は素材によって変わり、生命由来の物質の方が大きい。
念能力が生命エネルギーを基礎としている以上、当然といえば当然の理屈だ。
しかし、生体素材は金属に比べて脆く、摩耗も早い。
それを補うために強度上昇を刻めば、今度は容量の利点を潰してしまう。
刻んだ文字を通してのみ効果を発揮する以上、崩れればその瞬間に機能を失う。
カヤはペンを弄びながら、静かに思索を巡らせた。
──そういう意味では、コカトリスの素材は悪くない。
生体由来でありながら強度が高く、オーラへの親和性も申し分ない。
「皮の鞣しだけ業者に頼みましょう。……さて、今日は注文の処理でもしますか」
整頓されているのに、どこか雑然とした研究室をあとにして、作業部屋へと移動する。
広い机には刻印用の道具が整然と並び、金属や革の試作品、加工待ちの素材が積まれていた。
混沌の中に確かな秩序がある──そんな空間だ。
紙をめくる音が響き、手が止まる。
「ノストラードファミリーの注文、ですか。占いの商売を始めたのは……確か、私の商売と同じ頃でしたね」
近年、急速に勢力を拡大しているマフィア。
占いを看板に掲げるその名を目にして、カヤはふと、時の流れを感じた。
原作の記憶はすでに朧げだ。
この世界に来て二十年以上。前世の影は、服の趣味にわずかに残る程度。
それも今では、利便性と機能性を優先したスーツばかりだ。
「分かりやすい時報はありましたっけ……とりあえず、注文を片付けましょう」
今回は、定型の注文書通り。
強化された銃と、防護用のアクセサリー。
慣れた手つきで文字を刻む。
“周”を纏わせた彫刻刀が金属をバターのように削り、滑らかに超常を刻み込んでいく。
銃には、
火薬の燃焼と弾頭の運動エネルギーを増幅し、反動を抑えて、発射の安定を保つ。
直接的な威力増加には
費用対効果の面で、銃器には不向きだ。
続いてアクセサリー。
ペンダント型の護符には、
受けた傷による死の進行を停滞させ、治療を間に合わせる。
効果は強力だが使い捨て。価格も高めに設定してあるが、“滅多なことでは死なない”保険として人気が高い。
何度も繰り返してきた作業を、カヤは淡々とこなしていく。
手が動くたび、ルーンの光が一瞬だけ浮かび、すぐに沈む。
「ふぅ……随分と早く終わりましたね」
集中のために止めていた息を吐き、椅子の背にもたれる。
静寂が戻ると、頭の片隅に“空いた時間”が顔を出す。
「今から研究というのも……トレーニングにしましょうか」
片付けを終えたカヤは、手袋を外し、立ち上がる。
規則正しく並んだルーンの光が背後で瞬き、彼女の影をゆっくりと伸ばした。
感想をいただけるととても嬉しいです。
今回は全体的に説明調が強かったと思います。
カヤの日常の一幕といった感じです。
結構難産でした。
工房は、
実験、制作、来客、運動、保存と長期加工といった感じ。あと一つか二つ生活用の部屋がある。