デンジの幸せを見守る会副会長サムライソード 作:ハンマーしゃぶしゃぶ
本来、マキマと出会うはずだった廃工場の一件は、カタナが迅速にゾンビを殲滅したことと、その後、カタナが直ぐ様デンジを抱えて廃工場から去ったことで少し事情が変わる。
マキマとはまだ出会っておらず、そしてデンジは何とか一命を取り留めたが、いまだ目覚めない。
たとえ無事に怪我を治したとしても、もう以前のように飛んだり跳ねたりは難しい体になってしまうだろう。
元々、母親譲りで心臓が弱かったデンジは、心臓付近への重傷を負ったことでより心臓の状態を悪化させた。
病院のベッドには、今も酸素吸入器をつけて眠りこけるデンジが横たわっていて、ポチタが泣きそうな表情でずっとデンジに寄り添って添い寝している。
そんなデンジを立ったまま見つめるカタナの表情は、感情をみせぬ鉄仮面だった。
デンジを担ぎ込んだ夜に、ポチタと語り合った未来の絵空事が虚しく思えた。
ピッ、ピッ、と心電図の音が静かな病室に規則正しく響いている。
夕暮れの日差しが、静かな病室に差し込んで部屋をオレンジに染めている。
微動だにしないカタナの長い影。
影が、少しずつ形を変えた。
影が一回り大きくなる。
額が裂けるようにしてカタナが生え、髪がドロリと溶けるようにして蠢き軍帽のような意匠の頭部へと変じる。
手の肉と皮膚を斬り裂いて、刀がずりゅりと生えた。
ポチタが、ぱちりと目を開いてつぶらな黒目で異形の大男を見上げる。
「やはり一人残らず殺しておくべきだった。……少しな、調べたんだ。ジジイがやった悪魔契約は、やっぱオヤジは知ってたし、俺がコツコツ増やしてた派閥も、み~んな始末されてたわ。そんでよぉ…俺がデンジを可愛がってるのが気に食わねぇって、そう言ってたって組のモンが言ってたよ。毒親ってのはああいうのを言うのかねぇ…ハァ~~~~~…ったくよお」
「ワン」
「ああ、これまでだな。……
「ワゥ」
ポチタが吠えて応えた。
オレンジの陽光が射す窓から、柔らかな風が吹き込みカーテンを優しく揺らす。
病室に影を落とす大男の姿は、もうどこにもなかった。
「あっ、若おかえりなさい!その姿ってことは、また敵や悪魔を殺ってきたんすね!今日もお務めご苦労さまでっす!!!」
「若ぁー!今日も凛々しいっすね!!」
「若、ちっす!!」
「ッしゃすっ!若ァ!」
「おぅ、来たか息子よぉ」
「「「「「―――あえっ?」」」」」
屋敷本宅の、組長一派。
そのもの達の首が、ごろん、と地に落ちた。
「あれほど刀の悪魔の力で尽くしてやったのによぉ…それでもジジイがゾンビ野郎になっちまうなら、もうテメェらも死んでたほうがいい…。殺しても別の誰かが、何かがデンジを襲うってンなら…お前らを殺しても殺さなくても同じだもんな。…………なら、斬った方がスッキリするってもんだ」
牙を剥き出しにし、眼窩も眼球も無い目を弧に曲げて、高まった体内の熱を口から排気し、サムライソードは凶刃を振るった。
「っっ!!ひ、ひぃーーーーー!!!?」
「わ、わ、わわわ、若が、若頭がっ」
「オヤジを殺した!親殺し…!!」
「や、やっぱ若は悪魔になってたんだ!こいつ、魔人だぜ!!!」
ヤクザ屋敷は地獄絵図と化す。
血の雨が降り、肉片がケヤキ材の床に敷き詰められ、積り、飛び散った内臓の欠片が壁を彩った。
「魔人。魔人か。クククク……魔人じゃあないな、俺は。俺を呼ぶなら、魔刃と呼んでくれ」
その日、長らくその地に居着いていたドブネズミ達が、その街から消えた。
「わぁ、派手にやったね」
サムライソードが、紅く染まり静まり返った屋敷から、超高速の脚力を使うでもなく、次元を斬り裂いてワープするのでもなく、ただただ普通に表玄関をガラガラと開け放って出てきたのは、ここで生まれ育った人間だった時の習性か、それともただのうっかりか。或いは、祖父や父を唾棄して身内を毛嫌いしていたカタナも、彼を構成する魂の3分の1は、祖父や父をこよなく愛する世間知らずのワガママ若頭だから、その部分がこの身内殺しに際して反応し、彼を多少なりともアンニュイにし、センチメンタルな気分に追い込んだのかもしれない。
その結果、ヤクザ一家の為に行ってきた殺人やデビルハントの完了後は余韻に浸ることなどせず瞬時に撤収するようなサムライソードが…カタナが、最後に生家の扉を開けて出たのは、つまりはそういうことなのかもしれない。
らしくもないことをすれば、因果がついてまわる。
その因果が眼の前に立っているわけだった。
引き戸を開け放ったサムライソードの眼の前に、金色の瞳の美人が立っていて、サムライソードはスーツ姿が似合うその女を見下ろしながら、無言で数秒見つめ合っているという、傍目から見ると少しシュールな光景だった。
「東京本部公安対魔特異課4課課長のマキマです」
女は透き通った声で淡々と告げた。
普通なら、悪魔と即断し名乗ることなく直ぐ様攻撃するのが公安対魔特異課の常道だろう。
実際、彼女の背後の男達は手印を組んだり懐に手を入れたりして、悪魔なり武器なりをすぐ取り出せるように警戒態勢に入っている。当然だった。だがマキマは違う。
美貌の顔は薄い笑顔を浮かべていたが、整いすぎた造形も相まって表情さえも作り物に見えて、まるで能面のように無感情ですらあった。
美しい人間だ。
彼女が背後に付き従える、同じようなスーツを来た男二人が、何やらマキマに耳打ちする。
まぁ耳打ちしたところで、超人的五感を持つサムライソードの耳にはバッチリ聞こえているのだが。
「俺は魔人でも悪魔でもないし、理性もあるぞ。まぁ…この状況じゃあ、悪魔じゃないから退治するな、と言っても無理な話だろうがな」
スーツの男二人がギョッとしているだった。
だがマキマは、やはり、といった様子で超然とした態度を崩さずに無表情な薄ら笑いを浮かべながらサムライソードへ言った。
「アナタ、変わった匂いがするね。悪魔でも人でもない匂い。……アナタがこれをやったの?」
「ああ」
臆すことなく、威嚇することなく、淡々とサムライソードも応えた。
「ふーん………フフフ」
マキマは、金色の瞳でサムライソードの顔を覗き込みながら微笑み、言葉を続けた。
「私はこの地域で起きていた、謎の悪魔らしき存在による暴力団殺しや、違法な悪魔退治を追い続けていました。いくら私が調査しても、尻尾すら掴めず、まるで対象は瞬間移動でもしているのかなって思うぐらい。…それらの事件が起き始めてから、このヤクザ一家が急速に勢力を伸ばしていたから、大体の目星は付けていたのに結局私は尻尾を掴めなかった。今日この日までは」
サムライソードは、本能的、根源的認識すら歪んでいて、盲目的で確信的で、いっそ狂気とも言える程の思い込みを基とした修練を数年積み、常軌を逸した悪魔となりつつある。
一流の刀使いは心眼で目に見えぬモノも見るし、周囲数kmの生命も敵意も悪意も害意も殺意も気配を捉えて察知し、目に見えぬ刀捌きで斬る……なんて一流の剣士は出来て当然、とそう思い込んでいるから、出来た。
だから、マキマが放つ無数の
マキマでさえ惚れ惚れするぐらいの、異常な力。
マキマは躍起になってスパイ殺しの悪魔を探していたのだ。
サムライソードは、そんなマキマの探査網を瞬間移動や超速移動、スパイ殺しによって数年も逃れ続けてきたのだから、マキマが彼に注目するのも当然だった。
「そんな折、ゾンビの悪魔の出現まで感知して、それを退治しにきたら先を越されてて…そうしたら近隣でヤクザが殺し合ってるって通報まであったの。フフフ…ちょっとした運命的なものを感じるかな?まさか刀の悪魔だったなんてね…ようやく見つけた。………アナタは、人間を虐殺した魔人として処理されます」
サムライソードは黙ってマキマの言葉を聞いている。
「アナタの選択肢は二つ。悪魔として私に殺されるか、人として私に飼われるか。飼うなら、ちゃんと餌はあげますよ?」
サムライソードは唇の無い歯茎剥き出しの歯列からベロを出し、そして嗤って、〝餌は自分でとれる。俺には飼い主は必要ない〟とでも言ってやろうと思った。
実際、喉から一声目が出る寸前までいった。
だが、寸前でハッと思って言葉を飲み込む。
彼の思考はこうだ。
いや、待てよ。
ここで反抗するのは可能だ。
しかしいくら自分が先の運命を知っていても、それはボヤけた擦り切れビデオテープの糞映画ぐらいの鮮明さでしかないし、そのアドバンテージも自分がここではっちゃけ過ぎると展開がシッチャカメッチャカになってしまうぞ。
それにマキマは超頭がいい。チェンソーヲタクで、チェンソーマンが関わると普段から他人に興味がないのにより磨きがかかって他人に興味がなくなってチェンソーマン以外どうでもよくなっちゃう奇癖があるが、それ以外は超優秀だ。本格的に敵に回すと厄介…なんてレベルじゃなく、しかもその後の未来を思うと、マキマの支配はあながち巨悪とも言い切れない。第二部を見ろ。あのマッポーアポカリプスを。マキマが手綱を締めていたほうが万倍マシな奇人変人狂人のお祭りフェスティバルじゃないか?公安だってマキマという呪縛がなくなって一気にきな臭くなってきている。
マキマを正面戦闘から殺し続けるのは、正直言えば出来る(と、カタナが勝手に確信している)。マキマから伸びている無数の、薄っすらとした鎖を俺は心眼で認識できていて、マキマの言霊に乗って己へ向かってくる支配の鎖は弾いて捌ける程度の速度と威力だ。だが、…マキマがすでに支配し契約を結んだと思しき、多方面に伸びる無数の鎖は非常に強固で太い。それが視える。今の自分では、この支配の鎖一本を斬るのにも、まだ手こずるだろう。となると、総理大臣と結ばれている契約は断ち切れず、つまり…マキマを殺し尽くす、とは日本国民の皆殺しジェノサイドであり、それをやって日本国民が全滅するまで殺し続けたら、結果的にデンジも死んでしまう。
それにデンジの幸せな人生を考えると、マキマが提供してくる早川家はかなりプラスだ。
しかも今のデンジは薄幸の重傷人で一命は取り留めたとはいえ、予断を許さない。
ポチタとデンジの融合もまだ未遂で、ひょっとしたらポチタがデンジ愛を止められなくなって昏睡しているデンジに我慢できなくなって、ひょっとしたら今頃精神世界で、ひょっとしたら契約交わして武器人間デンジマンが誕生してるかもしれないが、それはポチタのデンジ愛に期待する希望的観測にすぎず、そうなっていない場合、今のデンジは100%人質にされて結局、俺とチェンソーはマキマに逆らえない。
つまりは。
マキマは必要な呪縛だ。マキマという重しがなければ、人類と有象無象の悪魔達は暴走する。
最低の
デンジの幸福のためには、今ここで刀を納めなくてはならない。
この間、実に0.001秒。
「…飼われてやろう、マキマ」
「賢明な判断だね」
「だが、俺は飼われはしても、飼い慣らせない。それは覚えておけ」
「…へぇ。………飼われるって言ったヤツの目ではないね」
「今の俺の目が見えんのか?…自分でいうのも何だが、どこについてんだ?」
「比喩だよ。…じゃあ、目を見せてもらおうかな。変身…解けるんでしょ?」
「イヤだ」
「フフフ…意地っ張りだね。私が言うことに一々反発する気?」
「これがめんどくさい男の意地ってやつよ。素直にアンタの言うことに頷きたくねーんだ。悪ぃな、俺はどうやら永遠に躾のなってない犬になりそうだ」
「そういう駄犬を躾けるのも嫌いじゃないよ」
マキマはどこまで無表情だった。
だが、そう見えて実は金色の瞳の奥、多重に広がる波紋の瞳孔の奥を歪め、弧にして微笑んでいた。
マキマは、この短いやりとりで理解したことが幾つかあった。
(彼は…私の支配を受け付けない)
だからマキマは人間が好きだった。
偶に出てくるのだ。こういう頑強な精神の者が。
もっともこの眼前の男が純粋に人間かと問われれば、マキマの嗅覚をもってしても「ちょっとよく分からない匂い」と評するしかなく、魔人、武器人間、悪魔、人間、どれにもカテゴライズできなさそうだったが、兎にも角にも強者であるとは理解できる。そういう者に、徐々に力の差を理解させ、意地をへし折っていくのはマキマは好きだった。
そういうヤツを完全に支配下に収めた時、支配の悪魔は得も言われぬ快感を得る。
少しずつ理解し、解析し、理解を深める度に支配は強まる。
いつかは彼という存在を掌握する。
もちろん、殺して死体にしてから記憶を改竄し好意を植え付け、より従順な犬にしてもいい。
だが、その手段を用いるには、彼は少々強過ぎる…という認識はマキマにもあって、正面戦闘では
マキマにとって、遭遇前からこれほど興味を惹かれ、いざ相対してみれば想定以上に強力な者に会ったのは、チェンソーマン以来かもしれなかった。もちろん、マキマの中では未だに眼前の男はチェンソーマンに遠く及ばないのだが。
「…まぁいいでしょう。とりあえずは、今日から君は私の犬です。あなたの人間の姿は、このヤクザ一家の若頭さんでいいんだよね?まずは君の履歴を洗ってから、それからマズイ経歴は洗浄してから公安に―――」
「いや、折角だ。アンタの権力で、ちょちょっと俺の戸籍を変えてくれ。若頭は、ここで死んだってことにする」
「…?なんでかな?」
「俺ぁ親殺ししてっからな」
「親を手に掛けたから、親と同じ名前を名乗るのは不実であると?」
「まぁそういう解釈でも構わんぜ。俺が祖父と父親を斬ったのは、ケジメだ。俺はもう奴らの家族じゃない。だから、ヤクザの若頭だった俺はもう終わり……アンタとの出会いは奇貨でもある。これ幸いと、新しい船出といきたくてね」
「
「俺を絆す切っ掛けになるかもしれん。まぁ俺に目をかけてもバチは当たらんだろう」
「自分で言うんだ…………ふふ、ふふふ」
それはマキマにとって不思議な感覚のする会話だった。
目下への強権的会話ではない。
保護対象へ言い聞かせるような会話でもない。
敵対者への威圧的会話でもない。
自分を、支配の力で他者を利用することでしか戦えぬ、生き抜けぬ、恐ろしくも非力で寄生者である、と侮蔑してくるような、そういう色を滲ませる会話でもない。
真っ直ぐだった。
これは、同じ目線の会話だった。
軽口を言い合っているかのような、そんな錯覚すら抱く会話。
昔、ひどく憧れた、そんな――
「――じゃあ、晴れてアンタの犬になった俺はこれからどうすりゃいい?アンタの後をついて回ればいいか?」
「…とりあえずは、そうだね。ゾンビの件とヤクザの件の処理も必要になるし、君の新しい戸籍を用意しないとだから」
「お、一点加点」
「…なにが?」
「俺からアンタへの好感度だ。戸籍、用意してくれんだな。ありがとうよ。……好感度、頑張って稼げよ、飼い主」
「……楽しみだよ。いつか君が、私に腹を見せて、撫でて、って寝転がるのが」
「おっさんが腹見せて寝転がってるの見るの、好きなの?うわぁ…」
そういう意味じゃないんだけどな、とマキマは首を傾げて言った。
その顔は無表情だったが、不思議と少し、より女らしいものに見えた。
デンジとポチタに、最後に挨拶をしたかったがそうもいかなかった。
ずっとマキマが監視しているからだ。
仮初とはいえ、マキマの犬になった今、彼女のスパイ小動物群を全部斬り殺すのは義理に反する。
もちろん、デンジの幸福がそれで最大限叶うという状況ならそれもやるし、マキマの方から不義理をしたなら公然と反旗を翻すつもりでいる。祖父や父にしたように。
恩には恩を。裏切りには裏切りを。
それが、彼、カタナの信条でもある。
もっとも、そんな信条とかも全部〝デンジの幸福〟という目的の前では些事となるわけだが。
デンジの幸福のためなら、カタナは自分のルールも平然と捻じ曲げてしまう男でもあった。
(俺が暴れた結果か…俺の悪魔の匂いが、弱体化したチェンソーの匂いを掻き消せたのか。それに、町中の小鳥とかネズミとか片っ端から全部斬り殺してたのも効果があったらしい)
自分がマキマに捕捉されたのは不幸だったが、不幸中の幸いで、デンジとポチタにはマキマの魔手は伸びていない。
だったら、自分が、本来の運命におけるデンジポジションとなって色々な敵に立ち向かうのもやぶさかではない、と思うカタナだった。
そう思っていたのに。
「公安対魔特異課4課に配属になりました、鈴木カタナです。今日からお願いします、マキマさん」
ビシッと行儀よく礼をするスーツでキメたガタイの良い男。ヤクザで鍛えた仁義礼が役に立っている。
と…、
「入ってきていいよ、デンジくん」
「は?」
「新人のデンジでーす!よろしくおねがいするぜ!イェーーイ、にーちゃんにーちゃん!来ちゃったぜーー!!」
マキマに促されて入室してきた、両手でVサインするおバカっぽい金髪頭の若造は、どっからどう見ても彼の最愛の舎弟だった。
鈴木カタナという戸籍を得たカタナは、いつもは比較的冷静な顔を大きく歪めてあんぐりと口を開いて眉を大きく曲げて、「ハァ!?」と脂汗を滲ませデンジに食って掛かった。
「ど、どういう、…ハァ?えぇ?な、なんで、おま………おま………おまえ、なんで?なんでぇ?」
「いや、俺さぁ~~~、あの後、キトクになっちまってさぁ」
「んなにぃ!?あ、あ、あああ、あのヤブ医者ぁ…!」
「そしたら、夢の中にポチタが出てきてさ……」
「にゃにぃぃ!?チェ、チェンソーのヤロー、やりやがったのかぁ!?ま、まさか…じゃあ、デンジ、おまえ…」
「そしたら、俺の心臓が元気になってて、ポチタになってて……俺、ポチタに生命貰っちまって…………でも、生き返ったとこで、にーちゃんがいねーのに気付いてさ」
「…む、むぅ、いや…それは…ちょっと事情があって」
「ポチタに聞いたら、どこ行ったか匂いで分かるって言ってさ。んで、追いかけてきたら…」
ぬぅぅ、と唸りながらカタナはマキマを見る。
マキマの表情はいつもの通りに張り付いた微笑面だが、金色のぐるぐるお目々をジーーっと問い詰めるように覗き込むと、マキマは「違うよ」とポツリと言った。
「私だってびっくりしたんだから。まさか、急にこのデビルハンターの東京本部にやってきた子が、君の弟くんだったなんて」
「う、うそくせーーーーー…!マキマが言うと、途端に全部嘘くさくなンだよなぁぁ!?」
「ひどいこと言うね。私を何だと思ってるのかな」
「嘘つきヲタク女」
「ひどいね」
ぬぬぬ、と相変わらず唸るカタナ。
色々と頭がこんがらがっている。
いや、カタナ自身、ポチタがデンジに心臓の交換を持ちかける可能性は考えてはいた。
いたのだが、まさかそんな予想がドンピシャで的中するとは思わないではないか。
しかも色々と、デンジの証言 ――ポチタに聞いた、とはどういうことだ?―― にはしっかりじっくり聞き返して根掘り葉掘り問いたいところだし、それに懸念というか、自分を追っかけてきたデンジがよりにもよってマキマと最初にコンタクトしてしまったのはマズイ。
マキマの厄介ヲタク魂に火が付いたのでは?とカタナは危惧する。
「まぁとにかく……カタナくんもデンジくんも、この公安で働くことになったんだから一緒に仲良くやろうね」
悪魔でも人間でもない君達は公安に尽くさねば処分されるからね、とにこやかに言うマキマに、デンジは えぇ~? とヒキながら言い、そしてカタナはマキマへの好感度を一点下げていた。
ちなみに、本当にこの件に関してはマキマはただの偶然でチェンソーの武器人間と化したデンジと出会ってしまい、デンジに軽く詰問すると、デンジは素直にカタナとの関係や彼を追っかけてきたことを告げたのだ。
マキマもその時は本当にびっくりしたし、それに、カタナを切っ掛けにこうなったのだと感じて、そこにより強く運命というものを感じたとかなんとか。
とにかく、マキマはこの件では無罪だったが、普段の行いが悪いとしか言えない。
カタナは、デンジの心を壊してポチタとの契約を破壊しようとするマキマの悪辣な策略から、デンジを守護らねば、と強く思った。マキマは無実であった。
「デンジくん。彼が君の同僚になる早川アキくん。デンジくんより三年先輩。今日は早川くんについて行って」
「えぇ~?俺、マキマさんと一緒に仕事すんじゃないんすか?それかぁ…マキマさんがダメならにーちゃんがいいンすけど」
マキマに紹介されて現れた三人目…早川アキが、ジロリとデンジを見た。
ちなみにこの早川アキ、カタナが「嘘くさいんだよな」とか「嘘つきヲタク女」と言った時に、軽くピキッっている。思わず胸ぐら掴んで、糞新人の舐めた態度を正そうとしかけたが、言われた当人のマキマが、いつもからは考えられぬくらい柔らかな態度だったのを見て、「まさか…マキマさんは、この男とこういう軽口を言い合う関係なのか…?」と思い動けなかったのだという。
「そんなわけないだろ。お前とマキマさんとでは格が違うし、鈴木も新人なんだから勝手のわからない新人同士を組ませるわけがない。見回りいくぞ」
「えー!?ヤダー!マキマさぁーーん!あっ!くそ!にーちゃんも新人だから誰かと組むんだろ!?ってこたぁマキマさんと!?くそずっけぇーぞ、にーちゃん!ずるいずるいずるいずるいずるいずる―――」
デンジの声が遠くなっていった。
残されたのは、カタナとマキマの二人だ。
デンジはカタナにずるいと言ったが、カタナからすればデンジがずるい。カタナは、早川アキと見回りに行きたかった。こんな女と二人きりで任務など、常に尻を撫で回されながらお茶くみをする新人OLのような最悪の気分だ。
願わくば、どうか別の誰かをまたまたこの部屋に招き入れろマキマ、とカタナは願った。そいつとコンビ組ませろ、とカタナは祈った。
だが現実は非常である。
マキマの、イカれたメンバー紹介はとっくに終わっていて、これ以上の新人紹介は打ち止めだった。
え~?お前と仕事すんのお?とカタナは表情で雄弁に語っている。
「嘘つき女ぁ」
「だから違うんだけどな。……………お仕事に行こうか。そこでちょっとお話しよう」
仏頂面で、カタナはマキマに引きずられて初仕事へと出発するのだった。
「でぇ?デンジからチェンソーの心臓を抜き取ろうってわけかい、マキマさん」
霞が関に出向くマキマを送迎する役目を仰せつかったカタナは助手席のマキマに言うと、
「うーん…」
マキマからはそのような反応が返ってきた。
マキマらしからぬ、何とも煮えきらぬ生返事というそれはカタナにとって予想外だった。
てっきりカタナは色々詰問されるだろうと思ったのだ。だって、マキマがチェンソーマンの崇拝者なのを知っているのは、この時点では殆どいない。というより、この世界の者で、それを知ることになるのは岸辺とコベニぐらいであり、しかもずっと先のことだ。現時点で知っている者など、彼女の姉である悪魔四騎士達、死、飢餓、戦争くらいなものではなかろうか。ちなみに全く関係ない話だが悪魔六騎士といえば、ワニの悪魔、惑星の悪魔、プレス機の悪魔、忍者の悪魔、阿修羅の悪魔、砂金の悪魔である。この事をカタナから伝えられたマキマはひどく困惑したという。
カタナは、外界からの観測者、という未来の悪魔もびっくりのカンニング行為でそれを知っているわけで、マキマはそんな指摘をされれば驚くか、それとも不愉快を意思表示すると思っていた。
彼としては、別にここでマキマの尾を踏んで決裂してもいいと思っていた。
もともと彼がマキマの軍門に降ったのはデンジのためだ。
そのデンジを虐め抜き、ポチタの心臓を横取りしようというなら、
(マキマを殺すだけだ……なぁにたった1億ちょい回殺せばいいだけだ。もうデンジがスターター引きゃ蘇る武器人間になったのなら、遠慮なく斬れる)
そうするだけだった。
彼は、デンジの幸福にマキマの死が必要なら、日本国民全員を虐殺するぐらいする。
そういう覚悟が滲んでマキマの嗅覚に届いていたのかもしれない。
だから彼女も、そうそう居丈高だったり強硬的な態度も行動もしていない。
「…なんで君が知っているのかな、って聞いていい?」
「地獄じゃ有名な話だったからな。俺は地獄の記憶を持ってるんだ…昔、未来の悪魔を締め上げて色々聞き出したことがある」
大嘘だった。
「君が?刀の悪魔ごときの、君が?記憶を保持したまま地上に来たの?高位悪魔でもなかなか大変なのに」
「今、刀を馬鹿にしたか?…斬っていいか?」
「ふふ…冗談だよ。でも、そっか。……だから色々知っているのか、カタナくんは」
「まぁな。でも、記憶はぶれぶれだ。ぼんやり覚えてるだけだ」
「あ、そこ右曲がって」
はいよ、と応えてハンドルをきる。
「それで、なんだっけ」
「心臓だ。デンジの心臓。……抜き取ってチェンソーマンを手に入れようって魂胆かい?」
「…そうだよ、って言ったらどうする?」
「え?斬り殺すだけだが」
「私を殺しても無駄なんだけどなぁ」
「内閣総理大臣との契約なんて、俺には意味ないな。だって、たった1億何千回斬り殺せばいいだけだろ?俺が秒間何回、刀を振れると思ってるんだ?」
「何回なの?」
「わからん。測ったことねぇし」
「…」
マキマは押し黙った。
なんというか、鈴木カタナは時に煙に巻くような会話をするし、かと思ったら平然と嘘と思われる言葉を吐くし、そうかと思えば理路整然とした会話のキャッチボールをする。急にヘンテコな、マキマでさえ聞いたこともない悪魔六騎士の話をし始めたりもする。
加えて、不可解なほど物知りだが、それはまぁ今のところ一応は納得のいく説明がなされている。
マキマがチェンソーマンの崇拝者であるのを知っているのは彼曰く地獄での記憶、というし、マキマが日本国民の生命を己のストックとしている首相との契約も、岸辺など、一部の公安などは知っていること。
カタナの、ヤクザ時代の神出鬼没ぶりや周到な立ち回りを考えれば、マキマのことを調査してその事実に辿り着くのは、一応は不可能ではない。
「魔人って、適当だし嘘もよくつくものなのかな…」
そう言ったマキマの脳裏には、虚言癖の血の魔人の姿がぼやぁっと浮かんで、ガハハ、と笑っていた。
「そういや、俺って魔人なのかな。武器人間なのかな。どっちだと思う、マキマさん」
「武器魔人ってことでどう?……そこの信号、左」
「武器魔人かぁ~。悪かぁねぇ響きだな。…うん、なかなかカッコイイ」
で…デンジの心臓は?とカタナがまた問うた。
マキマは短く溜息をついた。
「デンジくんの心臓はとらないよ」
「信じていいんだな?」
マキマの言外には、〝今はまだ〟とでも付け加えられている。明らかにカタナにはそう聞こえたが、マキマもカタナも、今がまだその時ではないと互いに理解していた。
カタナを倒すには手札が足りない。
マキマを倒すには修練が足りない。
カタナの銀色の多重円の瞳と、マキマの金色の多重円の瞳が、互いを横目で見合って視線を交えた。
「もちろん」
「好感度アップだぜ、マキマさん」
二人は薄く笑いあった。