デンジの幸せを見守る会副会長サムライソード   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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第四話 飲み屋泥酔事件からのテロリスト襲撃事件

銃の悪魔の肉片を食べた魚の悪魔、退治。

森野ホテルに出現した永遠の悪魔、退治。

それらの出来事は粛々と起きたし、とくに鈴木カタナは介入しなかった。自分がしゃしゃり出ずとも、デンジとポチタだけで解決出来ると知っていたし、その方がデンジの成長に繋がると思うからこそ介入を我慢したが、それはそれは辛いものがあった。カタナはデンジに甘い。ずぅぅっとウズウズしてて、気を抜くとダッシュで駆けつけてしまいそうになっていた。

しかし、鈴木カタナことサムライソードが異常な力をつけて、早い段階からデンジのために動き回った影響は少なからずあって、カタナが直接介入せずとも状況は変化していた。

例えば、デンジが危機的状況に陥ると、ポチタが〝交代〟して、ボディアーマーを着込んだような皮膚で一回り大柄になり腕が四本に増えるようになったとか。

他にも、マキマがデンジを誘惑しなくなり、彼に指を噛む力だとか、豊満な胸肉の重さと柔らかさを彼に教えず、それはいつの日か出会うレゼの役目となる事とか。

そして最たるものは、デンジからチェンソーマンを引き剥がす計画が、多少緩やかなものに変わって、しかも無理なら無理でいい、というレベルにまで落ち着いたことだ。

それに…、とマキマは思う。

 

(デンジくんは、チェンソーマンに言うことをきかせられる。そして、カタナはデンジくんに言うことを聞かせられる)

 

だからこのままカタナを籠絡すれば、力関係的にチェンソーマンに協力を仰ぐことが可能。

マキマの考えた理屈はそういうことだった。

それら一連の変化の理由の中には、マキマがチェンソーマンに対して抱く、〝変化してしまったが故〟の不満への溜飲が下がったのもある。

なぜ溜飲が下がったのか。それは、永遠の悪魔との戦闘で、僅かながら本来の姿のチェンソーマンが顕現し、その圧倒的なハチャメチャさを見せつけてくれたからだ。マキマは、「ああ、やはりチェンソーマンは変わっていない」と安心出来た。それが大きかった。

もっとも、最大の理由は彼女が()()()()()()()()()()()からなのは明白だったが、それはマキマ自身がまだ認識出来ていない変化であり、見つけられていない理由だ。

そんな無意識の変化は、しかしマキマの深層心理に響いていて、彼女の表層意識にもやもやとした不確かなストレスを与えてくる。

今まで、マキマは強いストレスというものを感じたことはなかった。

どんな激務でも、困難な状況でも、強いストレスなど感じぬマキマは、くだらぬお偉いさんに会わなきゃいけない状況だとか、好みの食べ物がない状況だとかには、軽度のストレスを感じる程度には人に近しい感性を持つが、悪魔としての人外の精神力は高い抗ストレス性能を誇るのだ。

それなのに、今、マキマは強いストレスを抱えている。それも原因不明のストレスだ。

そのストレスは、カタナと数時間会えぬ状況になって湧き上がってきた、謎のストレスであった。

 

(飲み会、か。…………彼もそこに来る)

 

だからか、いつもは興味もなくただ事務的に、4課のリーダーだから…、効率の良い人心掌握に必要だから、という義務感のみで時折駆けつける飲み会に対するスタンスも今回は少し違った。

 

(深い意味はない。ないけど……―――)

 

ほんの気まぐれだ、と使ったこともないリップを唇に塗ってみた。

化粧などせずとも、まさに人の範疇を越えた美貌が約束されている。

だからマキマは地上に現れてから化粧などしたこともない。なぜなら、既に劣化することのない最上の美貌を持っているからだ。

これらの化粧道具も、家にある化粧台も、全ては「人の世で、人間の女として暮らすならこういうのを持っていたほうがいいだろう」という思想のもと買っただけ。つまりは〝人間ごっこ〟と言える。

いつもは仕事でも一緒で、仕事が終わっても一緒にいる鈴木カタナ。

しかし今は、マキマが霞が関のお偉いさんに呼ばれて、しかもちょっとした強力な悪魔が出現したことから、マキマはカタナと別行動を余儀なくされて、そんなカタナと飲み会で合流することになっている。

数時間ぶりに彼に再会できると思うと、自然とリップに手が伸びていた。

 

深い意味はない。

 

もう一度マキマは誰にでもなく言い訳し、そしてコートを引っ掴んで迎えの車に飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マキマが飲み屋の扉を開けると、そこはすっかり場が温まっている。

姫野がベロンベロンに酔っていて、他の面々も相応に酔っ払っていた。

デンジも、「にーちゃんと呑んだことあったし!」と、酔っ払う前の、正気がある時の姫野が慌てて止めた時には、時すでに遅し。「未成年が飲むなコラぁー!」と叫ぶ姫野は、デンジに酒を注ぎながら己も痛飲していて酔っていたもんだから、もはや全員酔っ払いとして完成していた。

それぞれが、それぞれに我関せずだったり囃し立てたり諌めたりと忙しく、大層賑やかだ。

マキマの視線が、自然と意中の人を探す。

 

「マキマさん、ここにどうぞ」

 

「本物のマキマさん、初めて見た…」

 

「マキマさん!」

 

「マキマさんと一緒に飲めるなんて、ホント嬉しいですよ」

 

「んブチュ~~~~っ♡ンぁ……ンン…これ、ヤバぁ……マキマさんが堕ちるの、分かるぅ♡」

 

「ふ…、俺にキスで勝てると思ったか?キス魔め。俺はソープ百人斬りだぜえ?ゲロを出させる隙も与えん!」

 

「っ!!あっっ!!!ばか!隠せ隠せ!あの噂本当だったらヤバいぞ!」

 

マキマは苛ついていた。氷のような表情で場を睥睨していた。

なぜか濃厚にキスをぶちかましている男女が、非常に気に食わなかった。

つまりは、カタナと姫野である。

IQ134を誇る伏という男が、比較的浅いほろ酔い状態だったせいか慌ててメニュー表を掲げ、カタナと姫野の交わる唇を隠すというお粗末な隠蔽工作を図るも、それは遅きに失した。

 

「……何してるの?」

 

姫野と唇を触れ合わせていて、つい今しがたそれを終了してVサインをして勝ち誇り「わはははは」と笑うカタナを見て、マキマは無表情に言う。

マキマは、早川アキに勧められた座布団に座ることもせず、入ってきたままの姿勢で佇むのみ。

 

「あ。え~~と……そのぉ…」

 

東山コベニがしどろもどろになりつつ、「実は、酔ってキス魔になった姫野先輩が…」と事情を説明した。

実に簡単な事情で、そしてマキマにとって大いにストレスを感じるものであった。

無表情の中に、マキマの眼輪筋の震えが微かに混じった。

ただ一人、伏だけが口を押さえて青い顔で「あわわわ」と恐怖する。他の連中は、ガハッハッハ、と酔っている。

 

「ううう…ホテルで頑張ったのは俺なのによーー…キスして貰えるはずだったのにぃ~~…なのに、なのに、すげー!さすがにーちゃん!襲ってきたキス魔をキスだけで返り討ちにしたぜーー!いつかはよー、俺もよおー、あんなテク身につけて女にモテモテんなるぜぇ~!」

 

「…たしかに、参考になるかもしれない…!鈴木さん、ちょっとベロの動き見せてくれません!?メモしておこう!」

 

へべれけデンジと荒井がボルテージをあげる中、姫野は腰砕けになってふにゃふにゃになっていて、そしてカタナはふんぞり返って酒をあおっていた。

それら一連の光景が、マキマにとって全てストレスだ。

不愉快だった。

 

()()です」

 

抑揚のない声で、マキマは言った。

 

「今見た光景を忘れて、酒を飲み続けろ。…酔いつぶれなさい」

 

マキマが強い言霊を紡いだ瞬間、デンジもその他の4課も、そして店中のその他の客達も、全員が機械的に酒をグビグビと水でも飲むように、ドコスカ飲みだした。

ただ一人、カタナだけはマキマの支配を咄嗟に斬り払って捌き、対応してみせたものの目を点にして驚愕し、突然のこの惨状を見回す。

 

「な、なにしてんだマキマ!?」

 

まさかチェンソーを取り込んだデンジにまで、たった一言で支配を及ばすとは、相当に強い意思が込められたものだったらしい。

店員までが取り憑かれたように酒を飲みだし、各員が勝手に酒を注いでは飲み干していく。

急性アルコール中毒を起こす者も出るかもしれない。

事態は深刻とは言えないが、少したちの悪過ぎる冗談だった。

 

「泥棒」

 

カタナの問いかけには答えず、マキマは姫野を見つめて呟いた。自然と、思わず漏れた小さな呟きだった。

姫野を見るマキマの瞳は、焦点が絞られ、悪魔特有の波紋模様の多重円が強く輝き、金色の瞳は危険な光を宿していた。

マキマが、機械的に酒を飲む眼帯の女、姫野に向かって指を指し、彼女にのみ〝支配の重ねがけ〟を実行。

 

「ほんとに何してんだ、おまえ」

 

姫野の脳に突き刺さりかけた〝鎖〟を、カタナの刃が弾いた。

周囲では、皆が機械人形のように酒をあおり続け、そして一人、また一人と限界を迎えてぶっ倒れていく。

カタナに睨まれ、マキマは金色の瞳で彼の銀色の瞳を見つめ返す。

マキマは妖しい笑みを浮かべて言う。

 

「さぁ?私もよく分からない。悪魔はね……衝動的なんだ」

 

「ええ…?それにしてもいきなり過ぎないか?」

 

「君に抱かれてから、ずっと一緒だった。なのに、初めて…6時間も別行動したんだよ」

 

「いや、え…?ああ?あ~~~~、ま、まぁ、確かにそうかも?同居してるし、仕事も現場一緒だったし…確かにずっと一緒にいたな」

 

「その6時間ぶりに会ったら、私のモノが泥棒に唇を汚されていた。こんな不愉快…他にあるかな」

 

「はあ?………はああ~~~~~?―――んむ!?」

 

「は…ンぅ…」

 

カタナの口を、マキマの唇が覆って、リップを塗りたくるように啄む。

鼻にかかった吐息が熱くなっていた。

それは、キスではない。

マーキングであった。

周囲の者達が、ひたすら狂った人形のように酒を呑んでは倒れていく異様な中で、マキマは男に所有権の印を刻んでいく。

カタナの服を剥ぐように脱がせ、ネクタイを分捕り、そのネクタイでカタナの手首を縛って、彼に馬乗りになる。

剥き出しになった胸板に、マキマは印を刻みまくり、自身もワイシャツのボタンを外していった。

 

「マキマ、おまえ…やっぱ危険な女だぜ。こいつぁやっぱ、分からせないといけないな」

 

「分からせてごらんよ。…ン……ンむ………ん、ぅ………これは、命令…です。……は、ン……他の女は……見るな」

 

「言っとくが、姫野先輩に俺からアタックしたわけじゃないぞ。それに……おまえから目を離す気はない。お前みたいなヤバい女…手放したら何するかわからないからな」

 

一生俺がおまえを分からせ続けてやる、と言い放ったカタナに、マキマは蠱惑的に微笑む。

大人な美女でクールで表情豊かに見えて心は微動だにしない無感動鉄仮面のくせに、こうも情熱的に蕩けた表情を見せられては、男という存在は皆滾るだろう。

マキマは、この男を支配したかった。それは、悪魔としての本能であり、そして女としての本能だった。

マキマは、この男に支配されたいと願った。それは悪魔として破滅願望であり、そして女としての本懐だった。

これまでのマキマとの同棲経験上からカタナは知っていた。周到な準備と、入念な言霊の強化が行われていない、こういった刹那的で気まぐれで、そして発動から短時間以内の〝支配〟は、マキマの心をへし折る…或いはマキマを失神させれば、今回発動分の支配は覆せる。

今のうちに対処しなければ、マキマの〝支配の鎖〟は完成してしまい、一度完成した鎖は、今のレベルのサムライソードなら断ち切れると思われたが、それにしても骨が折れるのだ。

だから何としても、支配が完成する前にレボリューション(暗喩)してやる。そうカタナは思った。

 

(こりゃ頑張らんとな。ホントにアルコール中毒で死人が出るかもしれんし。あー、でも……明日って京都出張じゃん……。俺もマキマも、明日大丈夫かあ?)

 

そうは思っても、そんな思いは一瞬で過ぎ去った。

この飲み屋の皆を救わないと!という使命感もあったし、何より股間を這う熱いモノの前では、明日の出張などは些事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界では、東京公安襲撃事件は起きないのかもしれない。カーテンの隙間から差し込む朝日で、ゆっくり目を開いた鈴木カタナは思った。

代わりに起きたのが、この4課全員酔い潰れ事件。そうだといいな、と希望的観測に浸れればどんなに幸せかと思う。

この酔い潰れ事件だが、公安デビルハンター東京本部を揺るがすちょっとした事件となった。

もともと上層部が不安視していた実験的な危うい部隊が、魔人や武器人間こみで繁華街のど真ん中で、他の客もろともどんちゃん騒ぎを起こし、一般人を巻き込んで全員酔い潰れるという、ある意味前代未聞の事件。

この醜態が、マスメディアにすっぱ抜かれたら、ちょっと大目玉を食らうだろうな、やだなー、と思える程の事件だ。

事件は事件だったが、数ヶ月後には笑い話になる程度のもの。

本来の過酷な運命など起きず、本当に笑い話で終わってくれとカタナは願う。

 

鈴木カタナは、自分の首に絡みつくように眠るマキマの腕を剥がし、ベッドからのそりと起き上がる。向かう先は風呂。

マキマと同棲するようになってからの習慣の朝シャンだ。

この朝シャンをせねば、毎晩、互いの体液粘液でデロデロドロドロベタベタで、とてもじゃないが快適な一日は送れない。

 

(…ヤるたんびに、こうも全身、引っ掻き傷とキスマークだらけじゃなあ)

 

シャワーの熱で曇っていく鏡を見ながら、カタナは左手首の仕込み刀を抜刀すると本性であるサムライソードとなり、そして一瞬で解除。するとあら不思議。全身の皮膚に刻まれていたマキマからのマーキングは綺麗さっぱり消え失せた。

便利な体である。

まさに武器人間、ウエポンズの特徴そのものだが、しかし、カタナが頭をワシャワシャ洗ってるとオデコのツノに手が触れて、「いてっ」と思わず漏らす。刀の切っ先のようなツノは、気をつけないとこうやって指先を斬ってしまう。このツノは魔人の特徴そのものだ。

それに、人間時代の特徴だったモミアゲも、両頬の斬疵痕のような古傷めいた模様が掻き消していて、それらを見ると、ああ自分はもうモミアゲマンではないのだ、という実感が湧き、そして己は武器魔人であり、魔刃なのだ、という実感が強く湧いた。

 

「おはよう」

 

背後からマキマが言ってきて、振り向くと彼女は素っ裸だった。

私もシャワー浴びないと犬達に臭いって思われちゃうから、と彼女はそう言った。

一緒に風呂に入りたっぷりのんびり浸かり、二人は心地よい疲労感を朝から味わい、気怠げに朝食をとる。

新聞をとってきて、そして読み耽りながらも軽い会話を少しして、途中でカタナが騒がしくなってきた犬達に餌をやりにいくのだ。これがルーティンというやつだ。

 

「なぁ」

 

「ん?」

 

「ティラミス達の餌……もう買い置き無い」

 

あ、という顔をしたマキマ。

 

「玄関の横に先週買ったの、まだなかった?」

 

「………………………無い。こいつら良く食うから」

 

「今日から京都に出張だったね。……ペットシッターに電話いれとかないと」

 

独りで暮らしていた頃には、こういううっかりミスはなかったマキマだが、最近は多くなってきているような気がする、と彼女は思った。

突然現れたチェンソーマンや、チェンソーマンを汚すデンジや、支配を跳ね除けるカタナとの出会いや対応に追われているせいだろうか…と彼女は自己分析したが、その分析にも自分自身、満足できていない。

 

「ガツガツワンちゃんの成犬用でいいんだっけ?」

 

「うん。あれなら全年齢対応だから」

 

 

 

 

 

 

そして、互いにスーツに着替え、ペットシッターに電話をいれてガツガツワンちゃん成犬用を買ってきてもらうよう頼み、そして送迎車に乗り込む。

弁当を買い、マキマが運転手兼付き人のように扱う坊主頭の中堅公安デビルハンターに持ってもらい、新幹線で一路、京都へ。

流れる景色を楽しむ。

取り留めのない会話。

マキマとカタナに気を使って、坊主頭職員は割と寡黙だったが、高嶺の花のマキマがまるで普通の、年相応の、いやそれよりも幼く見えてしまうようなまるで恋を初めて知った少女のような表情をたまに見せるから、それに見惚れて、マキマの可憐な表情を楽しむと同時に突然現れた新人が公安のマドンナを横合いから掻っ攫っていったという事実に嫉妬を隠せない。

だけど彼はこうも思っていた。「明らかにただもんじゃない雰囲気だし、なんか噂によるといきなり強い悪魔何匹も殺してるらしいし、きっとマキマさんと昔から付き合ってたんだろうな」と。

だから、心を無にして弁当を彼らに配ったし、彼らの邪魔にならぬよう空気に徹していた。

 

「京都に何時に着くんだっけ」

 

「あと30分ですね」

 

「じゃあ駅弁食べちゃおう」

 

「…1時に会食がありますよ?」

 

「ちゃんとそれまでにお腹を空かせますよ。…ね?カタナ」

 

「んあ?…ああ、そうだな」

 

「…京都の偉い人達に会いたくないなあ。みんな恐いんだもん。ご飯は穏やかな気持ちで食べたいのに…。ねえ、カタナもそう思わない?」

 

「ああ、全く同意だ。モノを食べる時はね……誰にも邪魔されず自由で…なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

 

そのセリフを呟く時のカタナは、なんというか作画が濃い。ちょっと劇画な人になっていた。

 

「概ね同意だけど、独りよりアナタと食べる方がいいかな」

 

「支配のグルメは、俺の昼飯の流儀とは合わないようだな」

 

「合わせてもらうよ。だってカタナは私のものだから」

 

こいつらいい加減にしろよ。坊主頭の公安職員は思った。

三人パーティーで、そのうち二人が恋人同士というのはある種の拷問であった。

 

「…それにしても、昨日のお酒……美味しかったな」

 

マキマが頬を薄っすら染め、懐かしむように呟いたが、その声色は妙に色っぽい。

彼女が思い出していたのは、己が発動した支配の力を霧散させようとする彼が自分を徹底的に抱き潰した狂おしい程の熱が吹き乱れた一夜、のことである。

 

 

 

その時だ。

ジィーーーー、というほんの小さなジッパーの音。

誰かが慎重に、こっそりと、カバンを開く音。

それらがひっそりと、だが確かにカタナの耳に届いた。無論、マキマの耳にも届いていた。

 

「あーー、やっぱこうなるか」

 

「そうみたいだね」

 

「?」

 

カタナの言葉にマキマは頷き、坊主頭職員は「何の話です?」と首を傾げた。

 

「こういう事」

 

カタナは、膝下に立てかけてあった日本刀を瞬時に引き抜き、それと同時に前後から銃声が響く。その刹那、前後に刃が煌めいた。

 

「え!?」

 

坊主職員がわけも分からず驚きふためくのを尻目に、カタナの日本刀が銃弾を弾いて、そして、マキマが伸ばした不可視の鎖が、前後の4人を貫くとそれ以上銃声が響くことはなかった。

支配(制圧)完了。

 

「カタナが言ってたとおりになっちゃったね」

 

「マキマが仕込んだわけじゃないってことか?」

 

「…私の予定では、ソ連がこそこそ動き回ってるからそれに乗っかって剪定がてら…って思ってたけど、前にも言った通りその方針は捨てていたよ。そこまでして、デンジくんからチェンソーマンを引っ剥がす理由がもうないからね。アナタを制御し籠絡すれば、そのままデンジくんもチェンソーマンも思うがままだし…先週、ポチタちゃんとも会わせてくれたし。……こういう手段は取る意味ないかな?」

 

ちなみに、ポチタとようやく出会えたマキマは、ポチタの腹に顔を埋めてそのまま十数分停止し、ポチタとデンジ、果てはアキとパワーまでをも困惑させ、そしてその様子はカタナがばっちし写真におさめている。

 

「ま、そうだよな。……んじゃあ、マキマはこのまま京都に向かうか?」

 

「ううん。京都に行っても、呪殺したあとトンボ返りするぐらいしかできないし……一緒に帰るよ。ソ連の手足をもう少しもいでおきたいから」

 

「そりゃ心強い。対魔特異課は有能揃いだ。助けておけば、後々役立つ。急いで帰ろう」

 

「急がなくても、仕込みはしてあるし大丈夫じゃないかな?それに本当に優秀なら、この襲撃程度で死なないと思うけど」

 

「求めるハードルが高ぇなあ」

 

言いつつ、カタナはマキマから借り受けていた日本刀を投げ返し、そして左手首の仕込み刀を抜刀。

 

「じゃあ、あとよろしくハシモトくん」

 

「え、え、あ…えぇぇ?あの、俺だけ京都行っても、あのッ!マキマさん!?鈴木ィ!マキマさん連れてかないで!?」

 

そして、空間を斬り裂くと、そのままマキマとカタナは亜空間へと飛び込んで消えた。

 

(うーん……何度見ても、便利な能力だね。プリンシの空間移動の上位互換)

 

淡々と、ただ冷静に、自分の未来の手駒(予定)の戦力と規格外な能力を評するマキマ。

しかし、クールなつもりで彼女の瞳は、カタナに肩を抱かれながら、うっとりとどこか蕩けたように熱を帯びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練馬にて激闘が行われていた。

銃を調達した反政府勢力が、バルエムと名乗る武器人間と沢渡というテロリストを旗頭に襲ってきたのだ。

だが、公安対魔特異課1課、2課、3課、4課を襲撃したテロリスト達は、まるでその動きがバレバレだったかのように直ぐ様逆包囲されて、銃撃とデビルハンター達の契約悪魔達によって攻撃されていた。

これによって、特異課4課から出た人間の死者は0。軽傷者3。重傷者3。他課の死傷者数は未だ集計中。

武器人間は1回死亡1回蘇生1回重傷、魔人はバディを盾としつつ敵武器人間と戦闘中。

東練馬区におけるテロリスト側の死者、24名。

 

「おぉーーーい!沢渡ィ!!聞いてないぞ、こんな、こんなの!完全に罠だろ、これぇ!」

 

「黙って火を吹いてろ、バルエム!この包囲網を突破しないと……っ、クソ…!ヘビ、尻尾!」

 

頭を燃料タンク、両腕を噴射口へと変えた武器人間、バルエムがそこら中に転がる死体から血を飲み漁り、炎をばらまく。

ショートパンツとパーカー姿のなかなかに美しい女テロリストの沢渡は、ヘビの悪魔を巧みに操って何とか包囲攻撃を凌いでいた。

だが、凌いでいただけだ。

武器人間バルエムはデンジとパワーと、そして沢渡は早川アキと姫野のコンビによって拮抗した戦いを演じていた。

 

「あチャチャチャチャ!!燃えてる!!パワー、火ぃ血で消してくれ!」

 

「おお!デンジが燃えておる!燃えたチェンソーのほうが強そうじゃ!そのまま突っ込めデンジ!」

 

いつものように喚きながらも、なかなか様になってきた連携で、バルエムの火炎放射相手に近接戦闘にまで持ち込む。

 

「ええ~?消してくんないのお?薄情者お!くそぉ…まアいいや…!近づけばよォ~~~~こういう武器は弱いってそうばが決まってンだよなぁああ゛あ゛あ゛あ゛ヂャヂャヂャヂャヂャヂャッ!!!??」

 

「ゼロ距離火炎ブッパされておるう!うぬ~~、血がもったいないが、消し炭になったらさすがのデンジでもヤバいかもしれんからのう……ほれ、血のシャワー!」

 

パワーの手首から赤い血飛沫が相棒に降り注ぎ鎮火。

おかげで全身炭化して人間状の炭になるのは防げたが…

 

「あ、貧血…」

 

ふら~~っとパワーは倒れた。

 

「あっ、パワー!て、てめぇーーーよくもパワーを!」

 

「はあああ!?俺じゃないだろ!その女が勝手に貧血になってんだろおおがっ!!」

 

燃えながら、或いは切り裂かれながら、不死身の武器人間同士の、真正の怪物同士の殺し合いは周囲のデビルハンター達の目にも恐ろしく映る。

そして、いよいよ追い詰められたテロリスト達は、腹部に仕込んでいた爆弾による爆破特攻を仕掛け始めて、包囲網の一角がにわかに崩れた。

 

「しまった…!アキくん、そっち!」

 

「姫野先輩、ゴーストを!」

 

「くっそ…ダメっ、こいつさっきからヘビにビビってて!!」

 

「っ!刀を使います!」

 

「ダメっ、絶対ダメッ!!」

 

ヘビのデカい尻尾がのたうち回り、さらに数人のデビルハンターが吹っ飛んで、包囲網に穴がこじ開けられ、沢渡は「バルエム、走れ!」と叫んだ。

バルエムが、チェンソーマンの脚を焼き払って、頭を蹴って一気に跳躍。

そして、沢渡の背後に降り立って直ぐ様彼女を抱えて再び跳躍。

 

(よぉし、逃げれる!!)

 

バルエムがそう思った瞬間、そいつはビルの隙間からぬるりと現れる。

それは、コートを着た大柄な人影だった。

ツバが刀となっている軍帽、たくましい肢体、靡くコート、そして両手の皮膚を突き破って生える二振りの刀。

 

「…!公安の、もう一人の武器人間か!だが相手なんてしてらんねえな…!どけ!!!」

 

全力の炎を問答無用で浴びせかける。

だが、バルエムは信じらない光景を見た。

炎が、まるで綺麗に切り分けられたかのように、パックリと割れて左右に散って消え失せた。

「は?」という、少々間の抜けた声が思わず漏れた。

バルエムの脚が止まり、抱えていた沢渡を放り出し、そしてジッと大柄な影を見る。

 

「…っ!俺の炎を防ぎやがった…!」

 

「サムライソードだ。弟分のチェンソーマンが世話ンなったみてーだな」

 

京都への出張に付いていったはずの兄貴分が現れて、デンジはハッピーな犬のように、尻尾の代わりに手を振ってワンワン吠えた。

 

「にーちゃん!出張いいのかよお!ギャハハハハ、火炎放射ヤロー!にーちゃんが来たからにはよぉ~~~~、これでもうテメーは終わりだぜええ?!」

 

「鈴木!増援はありがたいな…!そいつらを捕縛できるか!?」

 

「あっ、鈴木くん!よっしゃ勝った!」

 

アキも姫野も増援を喜び、そしてこの時点で半ば勝利を確信する。

居酒屋でのキス蕩け事件など、もはや記憶にない姫野。マキマ曰く〝忌まわしい事件〟を覚えているのは、もはやマキマとカタナだけだ。

飲み屋泥酔事件は、ちゃんと皆覚えているので安心して欲しい。

 

「公安の追加注文か。…だがどうせなぁ~~、チェンソーだの刀だの、槍だの剣だのってはなぁ…俺みたいな飛び道具持ちには敵わんのさ!!」

 

さっき炎を防いだのは何だ。別の仲間のデビルハンターの支援か。見極めてやる、という意気込みで、バルエムは再び火炎放射。しかも今度は左右両腕で、より激しくより熱い炎だ。

 

「いつもの2倍の炎で威力は倍。さらに腕が2本で火力は4倍だ~~~!!!」

 

 

――キィィィン

 

 

一瞬、音が響いた。

炎が燃料を吸い上げ激しくごおごおと燃え盛る音の中でも、一点、斬り裂くような音だった。

再び炎が二つに割れ、そして散って消えた。

 

「んな!?炎を…斬った、とでも…!?」

(しかも、ヤバい…動きが全く視えない!いつ…いつ、斬った!?いつあいつは、腕の刀を振るったんだ!?)

 

「沢渡…!手を貸せ!!」

 

バルエムは再び腕を構え、今度は周囲から火攻めして火の海で囲んで焼き殺してやると意気込む。

そのうえで、火に意識をとられたサムライソードを沢渡のヘビで丸呑みしてもいい。

チェンソーマンの心臓ほどの価値はないが、サムライソードもまた武器人間。こいつを無力化し、その心臓を手に入れれば、任務は完全失敗とも言えない。

 

「ヘビ、丸呑み」

 

沢渡が悪魔を発動し、合わせてバルエムが腕を構えた瞬間。

 

 

 

「よし、連携して――あ?」

 

――ばくんっ

 

 

 

沢渡のヘビが、相棒であったはずのバルエムを丸呑みに、ごくりと飲み干した。

 

「……なんだよ、こっからが斬り甲斐あるとこだったのに」

 

「格下をいたぶって遊ぶのも楽しいけど、折角京都出張をキャンセル出来たんだから……時間は効率よく使おうよ、カタナ」

 

カタナの背後からひょこっと姿を現したのはマキマだ。

鎖によって沢渡を完全に掌握し、既に彼女はマキマの傀儡も同然となっている。

 

「……俺はものすごく、効率よく火炎放射野郎を殺そうとしてましたァー!」

 

「嘘つき。遊ぼうとしてた。……遊ばなければ、この後買い物にいく時間もあるしガツガツワンちゃん成犬用も買えるし――」

 

夜の時間ももっと増える、という言葉を言いそうになって、マキマはそれを寸前で飲み込む。

なんだか、自分がそういう事しか考えていない、えらい低俗で下半身でしか物を考えていない低レベルな女に思えて、()()()()()と思えたからだ。

マキマの白い頬に、僅かに朱がさしていた。

 

「…まぁそうだな。火炎放射野郎は少しはマシに思えたが…所詮、つまらぬモノを斬ってしまうってのには変わりねえ」

 

サクサクいこうか、とカタナは走り出し、そして姿を一陣の風の如く消した。

瞬間移動ではない。

それは、縮地、あるいは瞬歩。

刀使いならば、剣士ならば出来て当然の歩法であった。

しかもその走行を維持しつつ、周囲数kmの敵を心眼で的確に見極め通り魔的に斬り殺しつつダッシュしまくるのである。

手が付けられない斬り裂き魔と化していた。

 

「…うん、勝てる気がしない」

 

東京中のテロリストを、サムライソードが一人で斬り殺していくというあんまりな行為に、マキマは清々しささえ感じ、そして胸を高鳴らせていた。

 

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