デンジの幸せを見守る会副会長サムライソード   作:ハンマーしゃぶしゃぶ

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第六話 刺客編withハピネス

「で、公安所属のレゼちゃんが生まれたってわけ」

 

「ぎゃあああああ!!舌噛み切り女ぁあああ!!?」

 

数週間後、デンジに紹介された新人デビルハンター。

その名をレゼ。

ボムの武器人間。

 

「ち、違うんだってぇぇデンジくん~~、あ、あのね、ほんとに…私…あの、私…デンジくんが、そのお…好き、で…」

 

「嘘つけえ!チェンソーの心臓にしか興味ねえくせに!デンジーの心臓なんか誰も欲しがってくれねえんだ!」

 

「嘘じゃない!嘘じゃないよ!私…ほんとに任務なんかなかったらデンジーのハートだけ欲しかったもん!」

 

「……え?ホント?」

 

レゼの言葉を鵜呑みにしてケロッと信じるところが実にデンジだったが、「チョロすぎる…」と早川アキが眉間をおさえるのも当たり前だ。

早川アキはあくまでデンジを心配してのことであるが、そんな彼の心を置き去りにしてレゼは即断即決で動いた。

 

「……………ンむっ!」

 

態度で示す!とばかりにレゼはデンジの唇にいきなり濃厚な一発をキメた。

また舌を切られるぅぅぅ、と思ったデンジだが、いつまでたってもデンジの舌は切られることはなく、ただただエロく、スケベに!レゼのベロはデンジのベロを舐め取り絡め取り歯茎をなぞって、デンジのベロを吸い上げ吸い付くのみだった。

粘液が混ざる音が生々しく公安対魔特異課東京本部の執務室に響く。

それを、マキマとカタナとアキとパワーと姫野と荒井とコベニと円と伏と、ビームとプリンシと天使の悪魔と、それからそれから…とにかく4課勢揃いでジ~~ッと見ていた。

 

「わぁお、大胆」

 

姫野がぽつりと言った。

荒井が「破廉恥な…!」と憤りはじめ、コベニがあわあわと慌てだし、パワーは「人間は万年発情期じゃのう」と呆れ、アキは「おい!いい加減終わりにしろ!」とデンジの頭を引っ掴み…。

マキマは、

 

「負けてられないね。私達もする?」

 

とカタナに微笑みかけ、

 

「ちょっと待ってろ。今忙しい」

 

カタナは短くそう返し、「デンジコレクションが増えるぜ…」などとほざきつつ、デンジのキスシーンをカメラに撮影していた。

最近の4課は、このようになかなかカオスな状況になることがままある。

皆、ある意味で慣れっことなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~10分後~~

 

 

「そういうわけだから、今日からレゼちゃんは公安対魔特異4課の仲間になります」

 

そういった経緯があってマキマが宣言する。

ちなみに、デンジはというとすっかりレゼのキスに骨抜きにされて、「俺、レゼ好きぃ」とメロメロになっていて、レゼもレゼで「デンジくん…ほんとに好きって信じたぁ?」とか言い合って互いの額をくっつけていた。いい加減にしろ、とアキが青筋を浮かべているのも当然の所業であった。

と、姫野が手を挙げる。

 

「なに?姫野ちゃん」

 

「レゼちゃんって……ソ連の秘密の部屋出身ですよね?」

 

「正解」

 

姫野は、ずっと前に読んだ新聞だか公安の資料だかで、ソ連で起きた一大スキャンダルを記憶していた。その時の記事に、発見されたモルモットの何名かは顔つきで写真も掲載されていた。

 

「………色々と大丈夫なんですか?」

 

おもに国際関係とか緊張状態とか。そういうのです、と姫野は恐る恐る言うと、マキマはいつものように薄い笑顔を浮かべて答えた。

 

「今回の件では寧ろ窮地に立たされるのはソ連です。先の公安襲撃事件も、この本命エージェントであるレゼちゃんを送り込むのが目的だと判明しています。これらを列挙してお話し合いすれば、頭を下げなくちゃならないのが日本とソ連のどちらかなのは明白だよね?レゼちゃんは、お詫びの証に私達が貰う。それに…もうソ連が実力行使をしようにも、打つ手がない。それくらい、いくらなんでもソ連の書記長さんも分かっているだろうね」

 

ははぁ~、と感心したように姫野が頷く。

と、今度はアキが手を挙げる。

はいアキくん、とマキマが指さした。

 

「レゼの人格は信じて大丈夫なんですか?」

 

「レゼちゃんは、デンジくんと出会ってからは、もうソ連から逃げたがっていた。ソ連に従っていたのは、逃れられないと思っていたから。でも、日本に潜入して、日本の戦力が想定を遥かに上回ると彼女は理解した。これなら、ソ連も手出しできない。亡命しても、あの国は泣き寝入りするしかないの。しかも、レゼちゃんはデンジくんに抱きしめてもらって、ここが自分の居るべき場所だって理解した。だから…レゼちゃんは裏切らないよ」

 

うう~ん、とアキは唸った。いまいちまだ納得しきれていない様子だった。

だって、つまりはマキマが述べた理由は、レゼはデンジに恋してるから大丈夫…というのと同義だ。

そんなあやふやで移ろいやすいものを根拠にして大丈夫なのか。

尊敬するマキマの言葉でも不安が残ってしまうアキだった。

だが、姫野を始め、そして他の女性陣も(パワーを除く)、レゼちゃんのあの様子なら大丈夫か、と妙に納得しているらしい。実際のところ、マキマはレゼの精神と記憶の一部をイジって忠誠を担保しているかもしれない。だが、それはマキマ本人と、支配の鎖を心眼で視ることが出来るカタナにしか確認できないことであった。

女の勘、とでもいうのだろうか…と早川アキはそれ以上異論は唱えなかった。

 

「あの…レゼは誰とバディを組ませるんです?」

 

メガネを掛けた偉丈夫、円が尋ねる。

今もデンジとレゼは手を握り合ったりして二人の世界を形成していて、そんなお花畑の二人を、円も他の者達も「大丈夫かこいつら…」という目で眺めるしかできない。一緒にしちゃダメだろ、という思いも皆一様に持っていた。

 

「あんな感じなので……デンジくんとだけは組ませてあげられないかな」

 

「え、ええええ!!?な、なんでですか??!!」

 

「な、なんでっすかマキマさん!!」

 

マキマの言葉に反応して、デンジとレゼが二人きりワールドを解除してマキマの机に猛烈に手を叩いて抗議。

しかし、マキマも周りのメンツも、当然…といった様子である。

 

「うーん…本当はね?私だって二人を組ませてあげたいよ。でも…二人とも…我慢できる?」

 

二人きりで仕事に出かけて、仕事をおろそかにせずに、おっぱじめる事無く業務をこなせるか。それが問題だった。

 

「う…」

 

「えーー!?ヤッちゃダメなのお!?でも、にーちゃんとマキマさんは――」

 

レゼが言葉につまりデンジは反論しようとした。だが…。

 

「私とカタナはちゃんと自制してるよ。もう付き合って結構経つし、いつまでも浮ついていません」

 

「嘘じゃ!マキマは嘘をついておるぞ!ワシは見た!この前備品室で――」

 

「パワーちゃん?」

 

金色の瞳が、多重円の瞳が、瞳孔を絞ってパワーを見つめる。

ひっ、と短い悲鳴をあげてパワーはデンジの後ろに隠れて消えた。

ごほん、とマキマは咳払い。

 

「とにかく、若くてそんなに好きあってる二人が、二人きりで仕事には集中できないでしょ。だから、二人のバディは認められません」

 

「「そんなぁ~~~」」

 

こうして、デンジのバディは今まで通りにパワー。

そして、レゼのバディにはビームが割り当てられた。

 

「それともう一人、レゼちゃんと同じく武器人間が―――」

 

「…あの…おーい?皆さん?先輩がた?あの…新人のバルエム・ブリッチといいます。…ねえ?ちょっと聞いてます?…あの、おーい?聞いてますかぁぁ――

 

マキマの紹介も、レゼに比べると彼のものは実にテキトーだったのもあったが、バルエムの自己紹介はわーぎゃー騒ぐ4課先輩達の耳と心には届いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諸外国が動き出す。

これは、追い詰められた各国にとって、ほぼ最後の勝負であった。

切り札を持っているアメリカ以外にとっては、この勝負に負けることはゲームから完全に降りることを意味する。

 

「今や、日本は…魔女の元に4人のウェポンズを保有している。概念を食らう化物チェンソーマン。全てを焼き払うフレイムマン。人間爆撃機ボムガール。そして、事象すら切断するサムライソード。他にも、未確認だが2人のウェポンズを手に入れているという」

 

「一人勝ちだな。これでは世界の均衡などあってないも同然だ」

 

「これでは、条約など形骸ではないか!」

 

「そもそも、ソ連の失態が我々にも貧乏くじを引かせているのではないか?」

 

「ボムの一件は落ち度ではない。サムライソードが規格外だっただけだよ。それを言うなら…あなたの国の助勢だったフレイムマン…彼の働きも物足りなかったがね」

 

「なんだと?…我が国のウェポンズを貸与してやったのに、みすみす魔女の手に落としておいてよく言う」

 

各国有力者による秘密会談では、誰もが頭を悩ませながら駆け引きという名の押し付けあいを演じていた。

 

「やめろ」

 

鼻の高い金髪の男が言った。

 

「我らは、今は少なくとも同志……そうよね?仲間内で争えば魔女が笑うだけ」

 

老婆が言った。

 

「やるしかあるまい。少なくとも…チェンソーの心臓だけでも魔女の手から奪わねば」

 

そう言ったのは、顎が重なるふくよかな壮年の男だった。

 

「銃の悪魔の起動は、最終手段だ。我々とて、なるべく穏便に事を解決したい」

 

その場の誰もが、深い深い溜息をつきつつ頷いた。

 

「支配の悪魔をこれ以上のさばらせたら……世界は、ヤツの支配に落ちる。魔女狩りを行うぞ、諸君」

 

その日、列強各国は決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マキマ家と早川家は江の島に来ていた。

江ノ電に揺られている最中、パワーはずっと「江の島にはワシの別荘があるんじゃ」とか言い続けており、2分に一件ずつパワーの江の島別荘は増えていったが、デンジにスルーされている。

ビームは「チェンソー様!見て!海見えてきた!海泳ごう海!」と言ってはデンジにスルーされている。

それよりもデンジはレゼの相手をしていて忙しいのだ。デンジとレゼは、胸から飛び出たポチタを抱っこしてずっと2人でイチャコラしていた。

 

「きゃー!かわいい~~~、これがポチタちゃん?うわー、デンジくんに聞いてたけど予想以上だねぇ。ふふふ…よろしくね、ポチタちゃん」

 

「ワン!」

 

「どおだポチタ!俺のカノジョだぜ、カノジョ~~~!へへへ、うわーーー、うわーーーーー!まだ信じらんねえよ、俺。俺にカノジョできるなんてさぁ~」

 

「カノジョで終わらないかもよ?」

 

「はえ?」

 

「ワウ?」

 

デンジとポチタが首を傾げる。レゼが、そっとデンジに耳打ちした。

 

「だってさ…今回の旅行で………するんでしょ~?」

 

「っっ!!!」

 

「でも…私…あえて持ってきてないんだよね」

 

デンジはごくりと唾を飲み込み、何を?と振り絞るように聞いた。

 

「…ゴ・ム」

 

茶目っ気たっぷりの、小悪魔のような、イタズラ好きな天使のような微笑み。レゼの白い頬が、真っ赤に染まって瞳は潤んでいた。

デンジの視界がホワイトアウトするぐらいの衝撃。

その言葉を聞いただけで、思わず前かがみになってしまう程の爆弾発言。

 

「エロ女!!!」

 

「エロい女…きらい?」

 

「好きィ!!!」

 

レゼは「んふふ~~~!」と照れ笑いしつつポチタをデンジから奪い取り撫で回し、照れ隠しにポチタの口にお菓子を詰め込み、ポチタは思わずむせていた。

姫野は、昼間っからビール缶片手に、アキのちょんまげをずっと猫パンチしていた。

マキマはカタナにお手製の弁当を披露し、手ずから箸で食べさせては、彼の感想を聞いて柔らかく微笑んだ。

そしてカタナはというと、マキマの弁当を食べ「うおォン」と唸りながら腹いっぱい食う。と同時に、幸せオーラダダ漏れの弟分とポチタとレゼを、懐に隠し持つカメラでの撮影に忙しい。「デンジ、こっち向いて!レゼちゃんいい角度だよ!チェンソー、てめぇは二人の間にお座り!」とか言い出して、マキマを呆れさせるという一幕すらあった。

団欒であった。

紛れもなく、牧歌的団欒の空気が満ちていた。

 

デンジはレゼが見立てたオシャレな服を着ていて、レゼも可愛らしい服でおめかししている。

カタナも私服であり、マキマは清楚風ワンピースでコーデしていた。

姫野はかっこいい系の服でまとめていて、アキのピアスは姫野 ――彼女が勝手に取り替えた―― とお揃いのものだった。

パワーもレゼの見立てで小洒落た服装だったが、まるで躾のなっていないガキのように椅子に膝立ちし窓の方を向いて「おお!デンジ見ろ!海が綺麗じゃ!あの海は全部ワシの私有地じゃからな!ワシに頼み込めば泳がせてやらんこともないが?」とかほざいており、彼女の横には半裸のサメ魔人が同じポーズで窓から外を眺めて「キャキャッ!海ィ~!チェンソー様と海~~!」とはしゃぎ、デンジとレゼに叱られていた。まるで大きな子供二人を抱える若夫婦が如きである。

 

目的地までもう少しだ。

そうしたら、予約をとってある宿に向かい、そして、夕方までは海を楽しみ、それから各々の部屋へ別れ、食事を堪能し、温泉を堪能し、皆でピンポンでもやって、そうしたらいよいよ夜のランデブー。

一応、部屋は4部屋とってあるが、マキマの予測ではパワーとビームは、デンジ・レゼ部屋に突撃するだろうし、アキと姫野も、どうせ一晩中飲み明かしてそういう関係になれるとは思えなかったが、マキマはカタナと心ゆくまで楽しむつもり満々である。

この2泊3日は、さぞ楽しい旅行となるだろう。

マキマはこの旅行を楽しみにしていた。

そしてデンジも、レゼも。

ポチタもカタナも。

姫野にパワーにビームもだ。

アキでさえ楽しみにしていた。

だから、落差というやつは一番心に堪える。

 

「皆、旅行は一旦中止です」

 

マキマは、昔のような氷のマスクのような薄笑いで、宿についた瞬間にそう言った。

 

「「「「「え゛え゛~~~~~!?」」」」」

 

皆がぶーたれた。

デンジは激しく抗弁し、「嫌だ嫌だ嫌だぁーーー!俺は旅行するぅ~~~!この宿に泊まるーーーー!!」と駄々をこねまくった。パワーも勿論便乗して駄々をこねた。最初は「マキマと一緒に旅行なんてイヤじゃあ…」と言っていたくせに相変わらず変わり身のはやい女である。

 

「留守番組だけでは対処できない事が起きました」

 

マキマは表情のない顔でまた言った。

BooBoo!というブーイングがあがった。

デンジなどは、四つん這いになってこの世の終わりのような顔で「あんまりだぁ~~~~」と嘆いて、レゼに慰められている。

だって当然だろう。

デンジとレゼにとって、この江の島旅行は大事な大事な、初めての夜になるはずだった。

年若い、いろいろな意味で色んな事に適齢期の青春の二人。

 

「デンジくん、ここは我慢しよ?またチャンスあるって」

 

デンジを慰めつつも、私だってしたかったもん、と拗ねたように言うレゼを見て、デンジのハートは余計にレゼに撃ち抜かれパトスが余計に燃え上がる。

 

「レゼかわいーーーー!!!」

 

「えへへ、デンジくんこそ~~~~♡」

 

二人は頬を擦り寄せてハグしあう。いい加減、このノリにも慣れたが辟易してもいるアキやパワーは、ちょっと冷めた目でバカップルを眺める。

そんな騒動を横目に見つつ、マキマはカタナに小さな声で言った。

 

「レゼちゃんは、カタナが早期に抑えた。街の被害はなかった。騒動はなかった。報道はなかった」

 

しかし起きた。

マキマは底冷えするような氷の目をしながらそう言った。

カタナは静かに頷いて、やはり残念そうに無念そうに呟く。

 

「やっぱ起きるもんは起きるなあ。行けると思ったのにな…江の島。もっと俺が細かいとこまで全部覚えてたら、虱潰しに〝芽〟を潰せるんだがな」

 

「そればっかりは仕方ないよ。これからしばらくは色んな国の刺客が、私を殺しに来る。しばらくはそれの対処に公安対魔特異課は総力戦を想定します」

 

パワーが異議を唱えてながらピョンピョン跳ねる。

 

「異議ありじゃあ!狙われとるのはマキマなんじゃろ!だったらマキマだけ帰ればいいのじゃあ~~!ワシらを巻き込むなーー!」

 

「賛成賛成賛成!マキマ様だけ帰ればいい!チェンソー様と海行く!俺海行く!」

 

イェイイェイ、と小躍りしつつビームも言った。

マキマは冷たい顔で二人の魔人を見やった。

 

「メインターゲットは私。二番目はデンジくん。そして三番目は武器人間達。四番目に狙われているのは、4課全員。それでもパワーちゃんとビームは海で遊ぶ?二人だけでいいなら、どうぞ」

 

格好の標的だね、と言ってくすりと笑うマキマは、最近は随分と優しい視線と柔らかな表情が多くなっていたのに、()()()のような酷薄さを醸し出していた。

パワーとビームは、青い顔になって「帰ります…」と俯いた。

そんなパワーを見かねてか、デンジとアキが彼女の肩を両サイド軽く叩きながら、「また来ようぜ」とか「一旦中止ってことは、再開の目処があるってことだぞ」とか言って慰める光景は、まるで「兄妹みたい」とレゼは思って、そしてそんなほのぼのとした人間関係を持つデンジを見て、もっとデンジが好きになっていく。

兎にも角にも、仲良しこよしの団欒の時間はここで終わるのだ。

 

「んじゃあ……帰るぞ、みんな」

 

そう言ったカタナは、いつの間にかもうサムライソードの姿と変じていて、そして空間をスパッと斬り裂くと、世界中の色を混ぜたようなドス黒い暗黒空間がそこには広がっていた。

それは、まるで血と暴力を約束された戦場へ誘うトンネルの入口のようだった。

 

「うぇ~~~~…俺、この空間苦手なんだよなぁ」

 

デンジが、吐きそうだ、とでも言いたげな顔で言う。

 

「私もカタナ義兄さんと戦った時に、この空間に引きずり込まれたけど、たしかにちょっと酔いそうになるよね」

 

と、笑顔でレゼ。

 

「そうなのぉ?じゃあ酒飲んだみたいな感じになるのかにゃ~?たのしみ~♪」

 

「姫野先輩…吐かないでくださいよ?」

 

ずっと酔っ払っている姫野を心配そうに見つめながらアキは顔をしかめた。

 

「いいからさっさと入れ。もうすぐ裂け目、消えちまうぞ~」

 

サムライソードに言われて、皆、渋々といった様子でぞろぞろ裂け目に飛び込んでいくと、もう江の島の駅には4課の姿は一人も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京本部直上に突然ワープしてきた4課を、屋上で出迎えたのは岸辺とバルエムだった。

岸辺までが動くということは、それだけやはり大事なのだ…と、その時点で4課全員の気が引き締まる。

 

「おかえり」

 

岸辺は一見、無気力な挨拶をしつつ、さり気なくマキマの顔を、仕草を、しっかりじっくりと観察していた。

どこからどう見ても、毒気が抜けている。

拍子抜けだった。

数週間前に会ったときも、あまりに無害な空気を纏っていて、あまりに無害な目をしていて、新しい段階の高度な演技を身に着けたのか?と思って、「さらに厄介になりやがった」と思ったものだった。

だが、いい加減に岸辺も思い始めていた。

「こいつ…マジで、どうかなっちまったらしい」と。

そして、今、岸辺はあらためて確信した。

マキマの横に控えている、武器人間……から、つい今しがた人間へと戻った男をまじまじと観察し、そしてマキマの彼への態度もつぶさに視る。

 

(さり気ないボディタッチ、肩へ2回。頬に1回。ネクタイを直すの1回…)

 

鈴木カタナを見つめるマキマの視線は、常に絶対零度だった視線のレーザービームが解凍されてドロドロの液状にまで溶けている。つまりは熱視線。ラブ。好き好きオーラ丸出し。

岸辺はなんでマキマから急速に毒気が抜けたのかの理由を察すると同時に、理性の隅ではそれを未だに飲み込むことができずに、相反する感情と考察がせめぎ合った結果、(何も見たくねえ。何も考えたくねえ)という感じになって一瞬精神が宇宙へ飛び去った。宇宙には猫とハロウィンがいた気がしたが多分気のせいだろう。

 

「岸辺さん」

 

岸辺は、男に声を掛けられてハッとなって、意識をこの世に戻した。

声をかけてきたのは、マキマが不気味なまでに変わった原因と思しき男、鈴木カタナ。

 

「お会いできて光栄です。4課の鈴木カタナです。お噂はかねがね」

 

「…ああ。なんだ、お前さん……随分と、普通だな」

 

自己紹介に握手という初対面。

余りにも普通。

少し普通じゃないのは、額の端から生える刃物の切っ先のようなツノと、頬の切疵。

それ以外は実に真っ当な男だった。

 

(いや…一つ、決定的に普通じゃないな……こいつは)

 

余りにも強い。

手を握った瞬間に岸辺は理解していた。

クァンシと初めて会った時にも感じたし、マキマと初めて会った時にも感じた感覚。

強者との邂逅時のみに起きる、肌がチリチリとひりつく空気。

眼前の男からは、それを何倍にも濃厚にしたものを感じた。

 

「普通は普通なりに、頑張って生きてみようと思っています」

 

「…普通と言ったのは取り消す。それだけの腕があれば、どれだけ普通を装っても異常だ。だが、それぐらいじゃないとじゃじゃ馬は乗りこなせない。…しっかりと手綱を握れよ、鈴木カタナ」

 

「はい。手放す気はありませんよ」

 

「ん…ならいい」

 

二人の邂逅は概ねこのような理性的なものだった。

交わした言葉は短いが、二人の男にとって充分に信頼と好感を抱く出会いであった。

岸辺は、毒が抜けたとはいえまだまだ恐ろしい魔女である女へと視線を向け直して言った。

 

「折角の旅行がおじゃんになって気の毒だったな」

 

「仕方ありません。それに、この対価は各国に払ってもらうので」

 

「魔女の尻尾を踏んだか。奴等、どうやら気の毒なことになるな」

 

おどけて岸辺が肩を竦めると、マキマは口と目をほんの僅かに弧にする。

 

「中国からはクァンシ、アメリカからは〝三兄弟〟、ポーランドからは〝ヴィーラ〟、フランスから〝画家〟、インドからアパラジタ姉妹、アフリカから〝ブードゥー〟のハキミ、ふぅ~~~…まだまだいるな」

 

岸辺がつらつらと挙げるリストには、各国の錚々たるデビルハンター達の名があった。

 

(カタナから聞いていたより多い。なるほど。それだけ海外も追い詰められている)

 

「クァンシもやりづらい相手だが……問題は、やはりこいつだ」

 

「ドイツの〝サンタクロース〟」

 

「来ると思うか?」

 

「必ず来ます」

 

「寿命で死んだという噂もあるが?天に召されてる可能性は?」

 

「ありません。必ず来ます」

 

「…そうか」

 

総力戦になるな、と抑揚のない声で岸辺は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちら公安対魔2課、野茂。うちの課総出で、〝画家〟を仕留めました。しかし捕獲には失敗。こいつ、悪魔への命令で自殺を設定してました。すんません』

 

『3課の沢渡です。アパラジタ姉妹に雇われた殺し屋を発見しました。捕獲しますか?丸呑みにしますか?』

 

『京都の退魔課1課の天童です。現在、トルコのアル・アカーと交戦中。やっこさん、随分と強力な悪魔と契約してますわ』

 

『福岡公安の中村です!クァンシを確認!繰り返します!クァンシを、っ!?あがああああ――――』

 

『こちら三船フミコです。もう私が三人もやられちゃってまぁす。応援頼めませんかぁ?』

 

各地の公安から矢継ぎ早に報告が入る。

無論、マキマ独自のスパイ網からもじゃんじゃん情報は入っていた。

多くの刺客を日本全国の公安で足止め、ないし仕留める事に成功しているが、最強最古のデビルハンターと謳われるクァンシは福岡公安をこてんぱんにして強行突破したらしいのは流石の一言だ。

他にも、カタナからの情報でサンタクロースの正体は老人ではなくうら若き美女、と分かっているのに、依然としてサンタクロースは捕捉不能。

アメリカの〝三兄弟〟は、素顔がカタナの証言によって判明しているので、あっさりと正体がばれて射殺され、コベニカーは無事守られた。

大発生している人形達を間引きつつ、マキマは、隣に護衛のように佇むカタナを見上げる。

 

「カタナから聞いてたメンバーがやはり強いね。これが運命なのかな」

 

「運命なんて捻じ伏せるもんだ。じゃないと、マキマのお義姉さん達を説得できん」

 

「〝死〟も〝飢餓〟も〝戦争〟も、運命なんて上等なものじゃないから。…それに、運命だとしても、そのためのチェンソーマンで、そのためのサムライソード。…捻じ伏せてくれるんでしょ?」

 

「まぁな」

 

ニヤッとカタナは笑った。

 

「…じゃ、俺そろそろ行くわ。デンジの幸せをぶっ壊すやつは、たとえサンタクロースでも闇の悪魔でも許せねえからな」

 

「まだ早いんじゃないかな。サンタクロースが仕掛けるのは、デンジくん達がデパートに入ってからでしょ?」

 

こうしている今も、マキマの〝目〟にはデパート方面へ向かうデンジ達の姿が映っている。

 

「でも、相手は闇の悪魔だからな。遅れると地獄行きに乗り遅れるかもしれんしなぁ」

 

「過保護」

 

マキマは、カタナに指をびしっと指して言い切った。

少しカタナの表情が歪んだ。

 

「……そうか?」

 

「そうだよ。…あんまり過保護だと、デンジくんが成長しなくなっちゃうよ?森野ホテルでも、デンジくんの成長のために我慢したんでしょ。それに……カタナの次元刀なら地獄への通路も拓けるし、いざとなったらプリンシの〝召喚〟でも出来るんだから、どうせなら一緒に行こう?」

 

頬をぽりぽりと掻いて、俺って過保護かなぁ、とかなんとか言って自問自答を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人形に追われ、その人形をレゼが爆弾で吹き飛ばし、バルエムが炎で焼き払う。

大量の人形軍団がデパートに流れ込んでいた。

 

「あーーーーーもう!全部爆弾でぶっ飛ばしたい!」

 

レゼが吠えたが、デンジもバルエムも同じ気分だ。

 

「くっそー…一体どんだけいんだよ~」

 

「全力でいくと…市民にも被害がでてマキマさんに迷惑がかかる。こんなちまちまやってたんじゃ、なかなか数が減らないな」

 

死んだ人形達の頭を持ち上げたバルエムが、オイルタンクの給油口からストロー状の口唇を伸ばし器用に血を吸う。レゼとデンジは、仲良く一つの死体頭部を分け合いッコしてごくごく血を補給。

 

「まぁでも…こんな雑魚だけなら、俺達武器人間ズが3人もいりゃあよぉ~~~~無敵じゃねーか!」

 

「デンジくん、あんま調子乗らないこと。こういうパターンって、相手は私達を誘導したい時にする動きだから」

 

「デンジ先輩はもうちょい頭使った方がいいなぁ」

 

「…んだとぉ?火炎放射ヤロー、先輩をバカにしたか今ぁ?」

 

「そんなことしませんよ。デンジ先輩じゃあるまいし」

 

「してる!こいつしてるよ~~~?!先輩ん対する敬意ね~~~~~!」

 

そのやりとりを見て、早川アキは(おまえが言うな…)と心底思っていた。

そうこうしてるうち、刺客の中でも最強格のクァンシが乱入。

岸辺までが突撃してきて場はさらに混乱を極める。

トーリカが呪いの釘を4回打突することに成功し、デンジが浮いて「体がハリツケになってくよオ~~!?」と驚愕し、バルエムとビームが「先輩浮いてる…」「す、すげぇ…」と驚愕したり、レゼだけは「デンジくん!それ、カースだ!カースは一度発動したら止められない…!痛いけど、我慢してて!すぐ蘇生させたげるから!」と心配してくれた。デンジはそれが嬉しかったが、「ええ~?!俺、死ぬの確定!?」と叫んだあと、グエェェー、と死んだ。ちょっとしたお笑い空間が生じていたが、不死人間が多い4課ではよくある光景となりつつある。ちなみにバルエムはデンジの死に様に爆笑し、レゼに鳩尾を殴りぬかれて一回死にかけた。

 

そして、とうとうそれは起きた。

みんな仲良く地獄行きである。

 

「どうして!?どうしてここに…!?」

 

「ぁ あっ ああっ あっ」

 

「ああ~~~~気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」

 

「僕たち終わりだ……ここ………地獄だ…。地獄の…匂いだよ。信じられないけど、何か悪魔の力で…地獄に、堕とされたんだ」

 

クァンシの愛人魔人達も、暴力の悪魔も、天使の悪魔も、悪魔の人格と記憶を有する者達は皆一様に恐れおののく。

あのパワーでさえ、一言も言葉を発せずただ力なく、絶望の顔で項垂れるしかできない。

その異様さを、デンジもアキも感じ取っていた。

 

 

 

 

 

――闇の悪魔

 

 

 

 

降臨。

 

 

 

 

一滴、泥のような、沼のような、腐肉のような闇の雫が、空に広がる無限の扉達の中の一つから降ってきて、地に落ちて闇が広がっていく。

暗い。

どこまでも静寂と闇が広がる。

闇だ。

どこからともなく、カエルの鳴き声だけが静寂にこだました。

ずっと暗闇が続いている。

何も見えない。

無限の闇が広がる宇宙へ、勇ましくも無謀にも挑戦した人類が、宇宙さえ包み込む無限の闇に敗れた恐怖の記憶が、闇の悪魔の道を塗り固め、偉大なる主を出迎える。

見えないのに、しかしそれはしっかりと見えた。

根源的恐怖が、全ての者の魂に根付いていた。

距離感さえ見誤る闇の中に、ポツリと浮かび上がる白い悪魔。

生命が抱える闇への永遠の無理解が、闇の悪魔の全てを謎で包みこんだ。

 

地獄に堕とされたその者達全員の腕を瞬時に切り離し、音と時間を置き去りにして闇の悪魔は彼らを通り過ぎる。

そして、闇の悪魔は従属物へと謁見を許した。

 

「私は人形の悪魔です。契約の通り、チェンソーの心臓を持ってきました。……私にどうか、マキマを殺せる力をください」

 

全てのことは、運命が流れるがまま。

レゼがいてもバルエムがいても、闇の悪魔には敵わない。どうしようもない。

レゼもバルエムも動けないでいたが、ただ一人、デンジだけは立ち上がった。

 

「マキマ、さんを…殺すだとお!?マキマさんは、にーちゃんの奥さんで、俺のねーちゃんになる人だぞコラああ!!しかも…俺んレゼの腕ぇ切りやがって………死ね!!!」

 

心臓の奥で眠るポチタが、カタナとの日々で彼の肉を食って力を取り戻していた影響か。

デンジはしっかりと立ち上がり、そして闇の中でしっかりと白い異形を睨んだ。

 

「デンジ、くん…!」

 

デンジが立つなら、私も。そう言っているかのように、レゼも立つ。

そして、それに合わせてクァンシと玉置が、腕が無いにも関わらず走った。

日下部はもがれた腕から滴る血で魔法陣を描き、石の悪魔の召喚を試みた。

そして闇の悪魔の背後から、彼らに呼応するように蜘蛛の悪魔・プリンシが〝召喚〟の能力によって自らを召喚させ、闇の悪魔を捕食せんと迫った。

敬愛するマキマのために…そしてちょっと気に食わない先輩武器人間であるデンジへの対抗心から、バルエムも歯を食いしばって火を吹き上げた。

荒井と暴力の悪魔は互いの顔を見合わせて頷き、「コベニちゃん、俺達の後ろに」とだけ言って、立ち上がる。

闇の恐怖にも負けずに。

だが、デンジのチェンソーは得体の知れぬ不可視の障壁によって阻まれ、レゼ必殺の爆発は起きもせず、バルエムの炎とともに闇に飲み込まれ、日下部は石の力を反射され、クァンシと玉置、日下部、荒井、暴力の悪魔と蜘蛛の悪魔は瞬時に切り裂かれ、武器人間達は全身を拗られ全ての骨を砕かれた。

恐怖に震えるだけだったパワーや天使の悪魔、クァンシの魔人達も同様だった。気まぐれに切断され、抉られ、蹂躙されていく。

圧倒的という言葉さえも生易しい。

闇の前では、全てのモノみな等しく飲み込まれるだけ。

ポチタは、デンジと〝交代〟し真チェンソーマンになればまだマシな抵抗が出来るだろうが、既に何度も試みているそれは、闇の悪魔が何らかの干渉をしているようで、交代そのものを封印されてしまっていた。

 

(カタナ。…はやく来るんだ…。私達のデンジがやられる前に)

 

さすがのポチタでさえ、暗く染まっていく精神世界で競合相手(ライバル)の名を呼ぶしか出来ない。しかし、今はそれしか出来なくとも、ポチタは確信していた。

同志は必ず来る、と。あの弟バカなデンジジャンキーは絶対来る、と。

 

「プリンシがやられた。…行こう、カタナ」

 

支配下にある悪魔達の目と耳を通して、マキマが異界の状況をバディに告げた。

 

「ああ、焦れた。まったく…これが成長に繋がるかぁ?最初から俺達だけで行きゃあ良かったんじゃないか?森野ホテルとは状況が違い過ぎるだろ…」

 

ぶつくさ言いながら、サムライソードへと変じて刀を一閃し、いつものゲートを出現させ、一人の悪魔と一人の魔刃は地獄への門を潜る。

 

『…マキマ様、カタナ様、来てはいけません』

 

「プリンシ、休んでいなさい。あとは、私とサムライソードがやる」

 

一種のテレパシーで健気にも主に忠告してくる蜘蛛の悪魔を一蹴し、マキマは地獄への道をゆったりと進んでいく。

 

 

 

 

――トン

 

 

 

 

マキマの足音が、軽やかに地獄に響いた。

闇の悪魔の顔が、ぐるん、とマキマへ向く。

闇の悪魔が指をさした。

マキマが指をさした。

マキマの指がひしゃげ、闇の悪魔の胴に並ぶ人間の首達が血を吐いた。どんな傷もすぐに再生してしまうマキマの超常の契約をもってしても、この闇の中では再生が始まらない。

そしてそれと同時に、サムライソードが跳ねた。

刹那より短く。

闇の悪魔と同じように、時を置き去りにするかのような、全力の加速。

 

「俺の女の指ひん曲げた分…弟の嫁さんイジメた分…そして弟を捻じり殺してくれた分の…礼だ!!!!」

 

闇の悪魔の動きがサムライソードの心眼にはっきりと映っていた。

だが、視えたそれは猛烈に早い。物理的に速いのではない。早いのだ。理屈は分からない。だが、サムライソードは刀の心で、心眼で、確かにそれを認知した。

サムライソードの刀が闇の悪魔の障壁を斬り裂き、かの存在へと迫る。その時。

 

――チリーン

 

「鈴だぁ!?てめぇ、いい刀だなぁソレ」

 

サムライソードの必殺の一閃を、鈴の音とともに顕れた闇の悪魔の剣が受け止め、火花を散らす。

 

「――――――」

 

闇の悪魔が唱えた(言った)

サムライソードに迫る、未知の干渉。だがそれもやはりサムライソードは心の目で視た。

 

「刀は、闇を払う御神刀なんだぜえ、闇の悪魔ァ……!」

 

サムライソードの刀身が光り、闇を斬り裂いた。サムライソードとマキマへ迫っていた〝干渉〟が斬り払われて霧散した。

 

闇の悪魔が()()()

サムライソードは、どんどん己を加速させ、闇の悪魔が手を合わせた瞬間。それと完璧に同時に発生する攻撃へと追いすがり、そして斬り払う。

 

闇の悪魔が()()

サムライソードは更に腕を加速させ、光る刀身で闇を裂いた。

 

闇の悪魔が()()()()()()()

サムライソードはもっと加速した。もっともっと加速した。己の皮膚が焼け落ち、肉が裂け、骨が軋みだした。しかし、彼の刀は闇を照らした。

 

闇の悪魔が二つの腕で()()()()()

サムライソードは更に速度を求めた。完全に時を置き去りにし、彼の刃は闇の悪魔の領域にすら斬り込んだ。だが、彼の腕から肉が剥離した。

物理法則を超えた身体反応を成立させる為の熱量を体内で生み出し、捻出し続けるサムライソードは、その灼熱を口から排気し続け、口内すら焼き爛れて歯列が溶けて、ずるり、と幾本もの歯が抜け落ちた。

 

マキマは、サンタクロースの緻密な特別製人形・トーリカへと歩み寄り、そして、それを支配し掌握し、唱えた。

 

「地獄の悪魔よ――」

 

闇の悪魔が四つの腕で、()()()()()()()()()()()()()()

サムライソードの半身が消し飛んだが、残った腕は尚も闇を斬り裂いた。

マキマは唱え続けた。

 

「――わたしのすべてをささげます。なのでどうか――」

 

闇の悪魔が全ての腕で()()()()()()()()()()()()

サムライソードの刀が全て砕け、残っていた腕が幾万の肉片に変わった。サムライソードは残っていた最後の脚で跳躍した。脚は彼自身の力に耐えきれず砕け散り、そして最後に残った頭の刀で、闇の悪魔目掛けて斬り掛かった。

 

「――私達をお帰しください」

 

マキマの呪禁が終わる。

迫るサムライソードの刀を、虚空に浮かぶ闇の悪魔の剣が受け止めた。

 

――ピシッ

 

闇の剣に一筋の亀裂が入り、そして砕けた。

闇の剣が折れ、闇の悪魔の無貌の眼窩を、サムライソードの刀が刺し貫いていた。

 

「―――――!!!!」

 

闇の悪魔が仰け反り、紫色の血を吹き出す。

同時に、サムライソードを闇の悪魔の腕全てが捕らえ、掴み寄せ、抱擁する。

 

「ごハッ…!!!」

 

サムライソードの口から、溶けた内臓が血と共に吐き出された。

それは闇の悪魔からの祝福であり賛辞であり褒美である。

己にこうまで迫った挑戦者への惜しみない称賛である。

闇の悪魔が、サムライソードをジッと見て、貌のない骨の顔で笑った気がした。

サムライソードの体表から闇が流れ込む。闇に染まっていき、そして、闇に溶けて消えていく。

そして―――

 

 

 

 

 

 

 

皆が、地獄から現世へと帰還していた。

デパートの屋上からは、夕暮れに染まる空が視えた。

四肢を失い、闇に侵食された皮肉と胴体下部は光の元に晒されると同時に消え失せ、筋肉が剥き出しになり、所々は骨も剥き出しで、頭部も頭蓋骨が見え隠れしているし、脊髄さえ露出して垂れ下がっていたが、サムライソードはそれでもまだ生きている。

マキマは、闇の悪魔と邂逅し、初めて理解した。

サムライソードが次々に破壊されていくの見て、彼を失いたくないと強く思った。

彼を壊していく闇の悪魔に、強い憤りと、〝彼を壊していいのは私だけ〟という執着を感じ、それを抱いた時、あの絶対的超越者に対しても強い対抗意識を抱いた。

今までチェンソーマンに抱いてきた、執着ともベクトルの異なるこの執着こそが、〝愛〟なのだとマキマは知った。理解した。

マキマが駆け寄り、彼を優しく抱き寄せた。

 

「…初めてみた。死にそうだね」

 

「ゴふ………ぁあ……ちょっと…ヤバい」

 

「私に向かってきた攻撃も、全部バカみたいに撃ち落とすから闇の悪魔に狙われたんだよ。…バカだね。………今の君なら支配できそう」

 

「して、み゛、る…か?」

 

マキマは細い顎に指をあて、うーん、と考える。

 

「やめておく」

 

「なん゛で、だ」

 

「…あなたは、支配しないでも……ずっと私の隣にいるから」

 

「ああ…その、とお、り…」

 

マキマは、闇の悪魔に砕かれた指を咥え、そして噛みちぎり、より多くの血を己の口に含んでからサムライソードの口へと流し込んだ。

サムライソードの変身トリガーである左手首は、闇の悪魔によって完全に粉砕され消失していた。

マキマの支配の力は、死体すら操り、生前と同じような仮初の生命すら与えられる。

それを利用して、新鮮な肉体の手足をサムライソードへと癒着させていく。しかし、これには繊細な掌握と行使が必須だ。

それらを、マキマは腕を無くし、或いは体中を切断された者達にすら並列で行っていく。

 

(…闇の悪魔の意識が、地獄に来る前からサムライソードに向いていたせいかな。思ったより、皆の怪我が軽い。まだ…ビームもプリンシも、クァンシの魔人達も全員生きている)

 

圧倒的に場を支配し、死につつあった者達の生命すら支配し操作する。

だがそのマキマの支配の庭に、場違いではた迷惑な客が乱入してきた。

 

「はじめまして、マキマ」

 

「こんにちは、サンタクロース」

 

闇の肉片を取り込み、異形の魔へと変じたサンタクロースその人である。

 

「…悪いけど、今は邪魔をしないでくれるかな?彼を治すのに忙しいの」

 

サンタクロースは笑いながら言った。

 

「マキマ、あなたの夢はここで終わり」

 

少し前のマキマなら、ただでさえ難敵であるサンタクロースが、闇の悪魔の肉片を取り込んだことに〝少しまずい〟という自意識を持たずにはいられなかったろう。

しかし、今は違った。

特等席(眼の前)で見たのだ。

確かに見た。

荒唐無稽な、惚れ惚れするような、今まで見たことのない…まるでアクション映画。

そんなバカなことあるわけないと思うのに、圧倒的なアクションで納得させられてしまう、歪で不出来な三流の映画。

だがマキマはその映画の演者に、ただただ見惚れた。

決して勝てぬ、根源的恐怖の名を冠する絶対なる超越者に、ただの刀が真正面から競って、そして一太刀いれたのだ。

あの闇の悪魔の片目を貫いた。

だから今のマキマは、闇を畏れない。闇さえも、彼と一緒なら対抗できる。立ち向かえる。そう確信していた。

だから。

 

()()()()()()()。私達の邪魔を、するな」

 

「無駄です。私にはもうあな、た、の………ち、力、ちから、なんて……………あ、れ?なん、で……………わた、し……超えた、は、ず…………――――はい、あなた達の邪魔をしません」

 

サンタクロースは、マキマに恭しく頭を垂れた。

今更、闇の悪魔の肉の一欠片を食らった程度の、少しばかり人を逸脱しただけの人形遣いなど、もはや敵ではないとマキマは心底思えるのだ。

マキマはもう誰にも負けないだろう。根源的恐怖にすら真正面から立ち向かえる意思を、彼女の金色の瞳は宿してしまったのだから。

 

(あなたと一緒なら…私は、どこにでも行ける。何でも出来る)

 

マキマは、腕の中にいる彼を、優しく、しかし力いっぱいに抱きしめていた。

 




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