空になったジョッキの数がどんどん増えていく。
逃げ遅れた客の人々はその異様な光景に言葉を失っていた。
「あら、もうなくなっちゃったわね」
「追加お願いします」
「いいけどさァ、お前らデビルハンターなんだよな?」
酒の魔人が怯える人間の一人を酒へと変換する。
指先ひとつから全身に至るまで、抵抗虚しく液体へと変わってしまうその事象は恐ろしいものだった……人間にとっては。
「お客サマを救うのがお前らのお役目なンじゃね〜の〜ォ?」
客を救うために飲み比べに応じて、飲み比べに応じているから客が酒へと変えられて犠牲になる。そのことを言及するあたり、酒の魔人は対応にやってきた二人のデビルハンターよりも遥かに理性的に見えた。
脳が酒に侵されているはずの魔人がまともに見えるくらい、その二人の酒量が化け物じみているとも言えるが。
はじめのうちはデビルハンターが助けに来たと思っていた客たちも、どんどんと人が酒になっていく様子を見せられ、なおかつその酒がなんの躊躇いもなく消費されていく現状におかしくなる者が続出していた。
今ではもう、正気の人間は少ない。
「もちろんですわ。そのために頑張っているんじゃないですか。おかしなことを言う魔人ですわね」
「あなたを無力化する一番の近道は能力を封じることです。完膚なきまでに敗北すればあなたは自身の能力に飲み殺されることもあり得る。そうなれば大人しくなるより他はできないことでしょう」
「嫌ですわマキマ。それって本能が言っていることでしょう? マキマ個人としてはどう思うの?」
趣向を変え、ビールではなく日本酒に変えられた人間酒をお猪口でぐびっと飲んだマキマが一瞬空白を置いて頬に手を当てて微笑む。
「お酒を気兼ねなくいっぱい飲みた〜い」
まるで高揚した客のようにお猪口を掲げ、彼女の普段の雰囲気とは方向性の違う言動だったが、それはどこかわざとらしかった。
「あははは! だそうですわ……マキマ、もう少し大袈裟に笑ってごらんなさいな」
「鏡の前でもっと自然に笑う練習はしてるんだけどね。お酒が入ってるなら少しは陽気になれるかと思ってたんだけど、やっぱりお酒は私を支配できないみたい」
「ああ、そういう理屈であなたお酒に強いのね……」
異常だ。
客の一人が気が狂いそうになりながらその光景を見つめる。
人間が酒に変えられていることも、それを平然と飲んでいる女たちも、自分の肉体の総量よりもよほど多い酒量が、一度も手洗いに行かずに消費され続けることも。なにもかもが異常だ。
「あ、頭が……………………へ、へへ、やっぱ美女はトイレなんか行かないんだなぁ……えへへへへ……」
そして、とうとう頭がおかしくなった最後の客の真横に魔人が立った。
「狂ってやがるな。お前らまともじゃねェよオ」
最後の客が酒に変換される。
大量のジョッキとグラス、お猪口となにもかもをチャンポンしながらも涼しい顔をしている美女二人に魔人は赤ら顔でドン引きしていた。
「こりゃ勝負がつかないかもな……アレ?」
ため息を吐きながら魔人が席に座ると、不思議そうにあたりを見回した。
ユカリとマキマは店長が用意したつまみを食べていたが、魔人は最初から最後まで自前の草のようなものを舐めとるだけでつまみには一切手を出していなかった。
店長が発狂し、店の奥でブリッジしながら歌い出したあたりからユカリとマキマは酒を飲むことだけに集中していたが、その間もこの酒の魔人はときおり草をひと舐めして飲み続けるのを繰り返していた。
しかし、その肴にしていた赤い草がテーブルの上から消失している。
「あなたがお酒を消化できている秘密はこれね?」
「あっ、お前それ俺ンだぞオ!?」
慌てる魔人が指差して叫んだ。
ユカリの手にはヒラヒラと揺れる赤い草。
そして、その草に鼻を近づけてくん、と嗅ぐ。
「アルコールを分解する効能のある薬草とかかしらね。おもしろいからちょっと舐めてみましょう」
ユカリが可愛らしい舌をベッと出して赤い草にちょんとつける。
ダメだダメだと騒いでいた酒の魔人はその様子を見て口の端をつりあげた。大袈裟にダメだと言っていたのはわざとだったのだろう。
「ギャハハ! 引っかかった! 引っかかった! そりゃ人間を消化するための薬草だぜェ!? ちょうど足りねエと思ってたんだ。赤毛の女との勝負のためにテメエも服着た酒になりやがれ!」
酒の魔人がユカリを指さす。
しかし、ユカリはペロペロと舐め続けても一向に酒にはならなかった。
「ア……? ンだよ。人間が舐めると一瞬で消化されるはずなのに……まさかテメエ悪魔かア!?」
「残念、妖怪ですわ」
たたらを踏んで魔人が後ずさり、椅子とテーブルがガタンと倒れる。
動揺のあまりにキョロキョロと辺りを見回した魔人は近くに座っていたマキマと目が合う。ジョッキを傾けながら彼を見上げている同心円状の瞳が、無感情なままに魔人の全てを見通すかのように細められた。
「あなた、怖がったわね?」
「ヒッ」
いつの間にか近くに来たのか。
魔人の肩から覗き込むように八雲紫が囁いた。
「恐怖こそが力になる。それは悪魔も、妖怪も同じよ。同じであるが故に、恐怖したほうが敗北するのが道理ですわ。あなたに足りないのは……相手を上手に見極める目玉」
背後から捕まえるように抱きすくめられた魔人は恐怖のあまりに彼女を振り払おうとする。しかし、一度手を離れても無数の亀裂から腕が現れて彼の頭を、首を、肩を、胴を、足を拘束していく。
「
テーブルに空のジョッキを置いたマキマも立ち上がり、拘束された魔人の前に立つ。
「ユカリ、『支配』する?」
「せっかく優位に立っているのです。『契約』にしませんか?」
「いいよ、どんな契約にする?」
「そうねえ……」
悩む素振りを見せたが、最初から要求することは決まっていたのだろう。八雲紫は笑いながら魔人に囁いた。
「契約内容は、こうよ。『あなたの身の安全を保証しましょう。その代わり、その対価として私たちが要求した際にはありとあらゆるお酒を提供しなさい。また、公安のデビルハンターに協力をしなさい。契約したデビルハンターには対価として悪魔の死体を要求し、それを食べることで酒のストックを常に用意しておくこと。それ以外の対価を要求した場合、あなたは私たちよりもよほど恐ろしい、お酒好きの便利な酒蔵として暮らすことになるでしょう』……なんてどうかしら」
「いいね」
「おいおいおいふっかけすぎじゃアねェか!?」
「あなたは私たちに恐怖心を抱きました。今あなたに命じればあなたは酒の魔人という身で酒へと変貌し、消費される立場にあります。命の保証をするだけ優しいと思いますが」
マキマが酒の魔人をじっと見つめて語気を強める。
「契約すると、言いなさい」
「契約……すル……」
うつろな顔で答えた魔人から、満足そうな顔をしたマキマが離れる。
同時に、ユカリによる無数の腕の拘束も外れる。しかし、ちゃっかりと魔人の手は後ろに回され、可愛らしいリボンでの拘束はされていた。
「それじゃあ、逮捕っと」
「全部飲んでから行こうか」
「いいわね」
最後の客から変換された酒がまだ残っていたため、二人はまた席に座る。
拘束されたままの酒の魔人は、なにも口にはしなかったが明らかに「正気か!?」という顔をしていた。
「それと、店長はどうする?」
「もう心神喪失状態でしょう? 念入りに記憶を奪ってから放置でいいんじゃないかしら」
「保護はしてあげないんだ」
「あなたもそのつもりだったでしょう。目撃者が全員消える予定でいたから、私はスキマを使ったのよ」
「うーん……公安としてはあんまり良くないけど……仕方ないかな」
困った顔をしてユカリの提案を肯定するマキマ。
そのほうが合理的判断に基づいて最良だ。支配の悪魔としての本能もそう判断していた。不穏分子になり得る存在は徹底的に対策しておいたほうがいいのだと。
ブリッジしたまま天井をぼおっと見つめる店長に近づいて視線を合わせ、マキマが哀れみを込めて命令する。
「命令です。今日見たことは全て口にしてはいけません。誰かに伝えることを許しません」
「……あ、い……………………」
それからはあっという間だった。
変換された酒を全て飲みきり、あるいはユカリなどは幻想郷の萃香の元にこっそりお土産としてスキマ経由で貴重なものだと念を押してから渡し、二人は魔人を拘束したまま外に出る。
「あ、出てきたぁ! どうらった〜?」
「姫野さん……お仕事中だと言ったはずですが」
「佐原ちゃんが運転できるから大丈夫大丈夫〜! 二人だけ飲んで私らだけなんにも飲み食いせずに待機だなんて酷すぎるもんねえ……」
明らかに飲んでいた姫野を見てマキマが困った顔をする。
指摘しても誤魔化すどころか缶ビール片手にひらひら手を振ってくる始末。完全に自分たちを仲間外れにされて拗ねていた。
近くにいる佐原に視線を向けると、彼女は彼女でさっと背中になにかを隠す。
「佐原さん、それは?」
「こ、こここっ、これはっ、くっ、串焼きの悪魔に渡されて……」
「そう、串焼きなんだ。それは別にいっかな」
「ゆ、許された……!」
「帰りの運転はお願いね。現場は他の人が後始末するけど、魔人の護送のために護送車を待つ必要があるからもう少しここにいよう。魔人は私たちが見てるから、もう少し食べてきてもいいよ」
「や、やった!」
「うぇ〜い」
タバコまで吸い始めた姫野を見て呆れ果てながら、マキマは魔人を座らせてユカリの隣に立つ。
「ねえユカリ。さっき魔人のこと抱きしめてたけど」
「あれは拘束していたのよ。なあに、寂しがり屋のマキマは羨ましくなっちゃったのかしら」
「うん」
「ふ、ふうん、そうですか。いいですよ? さあ、おいでなさい」
素直に頷いたマキマに動揺しつつ、ユカリはぎゅっと抱きしめる。
背中を撫でて、お互いにくっついたあとはゆっくりと離れて当たり前のように後処理の真面目な話をし始めた。
その様子を間近で見せつけられていた魔人はしゅるしゅると蛇舌を伸ばしたりしまったりしながら「やっぱ正気じゃねエやこの美女ども」と内心で愚痴る。迂闊に口に出して圧をかけられたらたまったものではないので決して言いはしないが、表情は明らかに他所でやれよと物語っていた。
やがて後始末の人員がやってきて魔人は悪魔収容所へ。
そして現場で仕事をしたとしてマキマが報告をあげていく。
「マキマさん、お客さんたちは……」
「私たちが来たときにはすでに消失していました」
まっすぐとした瞳で答える。
こうして、酒の魔人による酒類の被害や行方不明者発生の事件は終息したのであった。
……表向きには決して語られない、いくつかの秘密を残して。
◇
「ねえマキマ。あの店の近くで悪魔の気配がしていたけど、あれは良かったの?」
「残り香はあったけど、場所の特定ができなかったんだよね。雪と音の悪魔のときにもした残り香だった。きっとそのうち出会うことになるんだと思う」
「そう、なら今は放置でいいかしら」
「うん、なにが目的かも分からないからね。それよりユカリ、悪魔収容所の面会書類の書きかただけ教えておこうか」
「いらないわよ。私が行くときはスキマで行くもの。そのほうがこっそり密造酒を受け取れるでしょう?」
「ユカリは私を悪い子だって言ったけど、ユカリも悪い子だよね」
「タダ酒できる悪魔を囲えたんだから便利に使うに決まってるじゃない! しかも他の妖怪連中に知られてない。鬼に知られたら一日であの悪魔は気がおかしくなるくらいお酒を出させられることになるのよ? 私は優しいほうだと思いますわ」
「それもそうだね。お酒受け取ったときは宅飲みしようか」
「決まりね!」
・「お酒を気兼ねなくいっぱい飲みた〜い」
マキマキしてるところはちょっと書きたかった。(SNSネタ)
・あなたに足りないのは〜構文
萃夢想の対戦勝利台詞。第一話の「撃つ、斬る、衝く、放つ、殺す……何を取っても私には効きません」も萃夢想から。
・蛇含草、あるいはとろかし草
落語。そばの大食いや餅の大食いなどの話。「そば清」が有名。
以前人間を丸々ひと飲みした蛇が草を舐めて一瞬で腹を平らにするのを目撃した男が草を持ち帰り、到底無理だと思っていた賞金付きの大食いを引き受けて勝負した際、一時の休憩を申し出て人払いをし、消化の薬だと思って草を舐める。
あまりに静かになったので他の人が様子を見に行くと、服を着たそば、あるいは餅だけがその場に残されていた。草は消化の薬ではなく、人間を溶かす薬だったのだ。という内容のもの。
・酒の魔人
契約対価は倒した悪魔や魔人の死体を提供すること。
契約で得られる力は酒類による身体強化。回避能力の向上。バフ効果+いわゆる酔拳ができるようにすること。もしくはカビの悪魔のように相手に使用する場合に「強制酩酊状態」にさせること。どちらかを選択可能。
なお、強制酩酊状態は物理的な肉体のある存在に限る。概念系の悪魔には効果がない。肉体がなければ「酔う」という概念が発生しないからである。
あと、副次効果でお酒にちょっとだけ強くなれる、らしい。
魔人の身だけど悪魔として契約して力を貸すこともちゃんとできる。元は結構強い悪魔なので。
・姫野
知らないほうがいいことを知らされなかった。
拗ねて酒盛りしてたので缶ビール四本空けてる。
・佐原
さすがにお腹空いてその辺の串焼き屋でご飯を買ってきた。ちゃんと見張り自体はしていた。買い物は交代でしたからセーフ。
・???
酒の魔人による消失や、雪と音の悪魔による遭難と殺害は、一般人目線だと「神隠し」だと言われることもあるらしい。
原作の、異様に早いテンポ感の中にシリアスとシュールギャグを混在させてぶっ込んでいくを文章で再現するのって難易度高くないですか? ちゃんとできてる???