暗い劇場の中、スクリーンには二人の女性の首が転がっていく姿が映し出されている。
バランスを崩し、転んでもつれるように階段から落下し、首が転がり、明らかに死んだとしか思えないような光景。しかし、生首が二つとも口々に喋りだす。自分たちの車はどこ? と。
永遠の美しさを手に入れる代わりに、怪我は治らないし死んだら体は死んだまま起き上がる。心は死なないまま体が朽ちていく。そんな永遠を望んで手に入れた悲惨な、けれど愉快なコメディ調で描いた結末をスクリーンは映し出していた。
「キミは……永遠の美しさについて、どう思う?」
「そうですね、たとえ副作用がついていても薬の効果は本物でした。劇中の女たちはとてももったいないことをしたと思います。愚かとしか言えないでしょう」
エンドロールが流れるなか、隣の席に話しかけたマキマは顎に手を添えて考え込んでいる。隣の席に座るユカリもまた、彼女の質問に答えながら背もたれに深く座った。
「これで何回目の上映だっけ」
「『永遠に美しく……』を見るのはこれで四回目です」
うんざりしたようにマキマが溜め息を吐いた。
そう、二人がこの映画を見るのは実に四回目である。それも日数を開けて、面白いから何度も見ているというわけではなく、この日ずっとスクリーンに映し出されているものだ。
エンディング中に喋り出したのもそのせいだった。
暗い中、お互いの顔すら見づらいシチュエーション。いつもの映画館ではなく、ユカリからの誘いで人が神隠しに遭うという古い映画館にやってきたマキマは無表情ながら疲れた様子を見せている。
突然現れた手紙によりユカリの誘いに乗った朝から、四回映画視聴を終えた今までずっと同じストーリーを延々と見せられていたのだ。さすがのマキマも疲労する。
「悪魔の仕業なのは分かっているけど、めんどくさいなあ。また、悪魔が徒党を組んで襲ってきてる。そんなに私って脅威に見えるのかな。キミはどう思う?」
マキマの声色にはわずかに、うんざりとした様子がうかがえる。
恐怖はなく、ただひたすらに本人が不快に思っているらしき反応だ。それを見て、ユカリは彼女に肩を寄せ、隣席だというのにさらに密着してマキマの肩に頭を乗せた。
「永遠に二人きりというのもおもしろいじゃないですか。前にしたみたいに、全身をお互いに触れ合って、確かめて、誰も来ないこの場所で映画を見ながら気持ちの良いことをする。そういうのも素敵でしょう?」
ユカリがマキマの手に自身のそれを絡める。
「そうだね」
絡め取られた手をぐいっと引っ張り、マキマはユカリを抱きしめる。
そして、彼女の耳を軽く唇で挟んでから囁いた。
「まがいものが、
ユカリの体がビクンと震える。
あまりにも低い、あまりにも冷えたその囁きに。
「なにを、言って……」
すぐに体を離そうとしたユカリは、しかし自身の体が少しも動かないことに気づいて必死に抵抗する。しかし指を絡め、彼女の背中に手を添えたままのマキマによって叶わない。
マキマの唇に挟まれたユカリの耳が、歯を立てられて噛みちぎられるまで数秒とかからなかった。
そして突然ドンッと突き飛ばされてユカリが劇場内で倒れ込む。
五回目の上映が始まるスクリーンを背にしたマキマは、口元を血に濡らしながら姿勢良く立ち、這いつくばった彼女を見下ろしていた。
ゆっくりとマキマが八雲紫の姿をした誰かを指さす。
「わんわん」
ジャラララと鎖が伸びて、一瞬で脳天を貫かれた女は目を見開いた。そして、だらりと舌を出して全力で犬のような振る舞いをはじめる。まるでそうであるのが当然のように。
「わ、ワフッ! ワオワオッ! ワン!」
スクリーンに亀裂が走る。
まるでガラスでできたドームが割れて崩れるように、スクリーンにできた亀裂からものすごい断末魔が響いたと思えば、ようやく古い映画館に本来の静かさが戻ってきたのだった。
「ユカリ、遅いよ。おもしろがって見てたでしょう」
「あら、そんなことないわよ。お化粧に時間をとられてしまって」
おどけるユカリにマキマは眉を顰める。
表情に出るほど機嫌が最悪な状態らしい。そんな様子を、珍しいものを見るような目でユカリは眺めている。
「ユカリ、あなたはお化粧なんてしていないじゃないですか。そのままでも可愛いからって」
「そういうマキマは、私からの呼び出しだからって随分と綺麗にお化粧をして出てきたのね? 可愛らしくて健気で素敵」
「相手、偽物だったけどね」
「そうですね。呼び出しはお手紙でしたものね。私なら直接呼びに行きますわ」
「そうだよね、なんで最初は気づかなかったんだろう」
わずかに怒りを見せていた状態から、今度は落ち込むマキマを面白がってユカリが笑う。最悪な妖怪仕草だったが、それについては特にマキマは不快感を覚えていないようだ。ユカリの性格がそれほど良いものではないということを、彼女は一年半ほどでよく理解しているからだろう。
「永遠の悪魔は殺しましたが、その偽物はどうするんですか? 今まで、たくさんの現場で気配を確認していた悪魔ですよね、それ」
瓜二つの顔が犬のように振る舞っているのをユカリは嫌そうな顔で見る。マキマにそういう趣味でもあるのかしらとついつい考えてしまうほどだ。
ユカリの普段は絶対に見せないような顔の醜態を悪魔が見せ、マキマは愛おしそうにその顎を撫でている。好きな人を犬にしたい願望とかあるのだろうかと疑う程度にはちょっと異様だった。
相手が対等な存在であれど心の内では独占欲やささやかな征服欲が湧くこともある。それが人一倍強いのだろうマキマは、ここぞとばかりに同じ顔の悪魔を愛でることで逃げ場のない欲を一気に発散しているようにも見えた。
久しぶりに支配の悪魔らしい振る舞いを見てユカリは笑う。仲良くなった故の振る舞いも好ましいが、それはそれとしてファンとしてはこの恐ろしい支配の悪魔の振る舞いを見るのも喜ばしいことである。
そんなユカリの心情を知らず、マキマは血に濡れた唇で悪魔の頬にキスを落とし、ユカリの質問に答える。
「うん、そうだよ。噂からすると、多分これは『神隠しの悪魔』だね。本当は最初に会ったときから、ユカリと匂いが違ったから分かってたんだけど、本当にそっくりだし、なにがしたいのか知りたかったから泳がせてたんだ。さすがに同じ映画四回は辛かったけど」
「むしろよく四回目まで待ちましたね」
「逃すわけにもいかないから、確実に捕獲できるようにしようと思って」
言いながらマキマは神隠しの悪魔の首に自分の力で作り出したチェーンネックレスを取り付けた。
「支配してみて分かったけど、この人の姿は本体じゃないね。ユカリのスキマと似た感じのことをできるみたいだから、そこからこの体を出してるみたい。本体はチョウチンアンコウみたいになっていて、これは擬似餌だ」
「へえ、擬似餌なんですか。ということは、本当にこれを使ってあなたを神隠ししようとしていたわけですね。そんなことできるわけないのに」
マキマがなんの躊躇いもなく神隠しの悪魔のスカートを捲った。
一瞬ギョッとしたユカリは、その意図をすぐに察して覗き込む。
神隠しの悪魔はユカリと同じようにロングスカート姿だったが、その下は背骨から尾てい骨にかけて筋のような肉が盛り上がっており、真下に向かって肉の触手のようなものが伸びていた。触手は床の中へと溶け込むように消えていて、わずかにスキマのような亀裂が見えている。
チョウチンアンコウの提灯の部分が人型の擬似餌に刺さっているような見た目だ。服を着せてカモフラージュをしているから目立たないだけで、裾の短いスカートだと悪魔とバレバレになるだろう。
見た目は似ているが、匂いも仕草も思考も違うので、よくもこれで八雲紫の真似をしようとしたなとマキマが呆れ果てるほどだった。
「でも、マキマの支配が効いているということは擬似餌に脳があるということよね」
「そうだね。本体は相当大きそうだけど、脳みそは小さいみたい」
散々な言われようである。
「でも、ユカリのスキマと似たようなことができるのは本当みたいだし、これをユカリの契約悪魔ってことにして公安に協力させてみるのはどう?」
「いいですよ。私の力に理由がついてくるのなら人間として動くこともしやすいでしょうし。その子の能力はどんなものかしら。支配の専門家として、教えてくださらない?」
「そうだね……」
マキマは座席のひとつに指をさす。
「神隠し」
すると座席は隙間のような亀裂の中に飲み込まれて消失した。
「人が突然いなくなる不安、恐怖。物がなくなる不安、そういったものを栄養にしている悪魔みたいだね。だから、多くの悪魔が人間を犠牲にするだけ、『突然いなくなる』人も増えて副次的に神隠しの悪魔も強化される……範囲が広いからこそ、コバンザメみたいにいろんな悪魔のおこぼれをもらって成長したんだと思う」
「チョウチンアンコウなのに?」
「チョウチンアンコウなのに」
「だからこの子ができるのは、『同意のない神隠し』だね。無機物なら絶対にスキマ空間に送ることができるけど、生き物相手だと不意打ちの状態でしか効果がない。神隠しに遭うって分かっていて神隠しされる人間はいないから」
不意打ちのみで使用可能と聞いて、ユカリは眉を下げた。
神隠しの悪魔という名前に相応しい能力ではあるが、ユカリのスキマと比べると下位互換もいいところである。
当然、境界の妖怪であるユカリの能力と、神隠しのみに特化した能力では全く違うのではあるが、この悪魔と契約しているように見せかけるならば、マキマと2人きりでないときに能力を使う際に縛りが発生することとなる。それがめんどくさいな……と思った故の表情だった。
「支配済みだし、意識を戻そうか」
「私たちに対しての敵意はそのままでも構いませんよ。生意気なほうが可愛いので。一度負けているのですから意識は変えずとも従えられるでしょう?」
「そう? 分かった」
犬と化していた神隠しの悪魔が四つん這い状態のまま意識を取り戻す。
「……はっ! お前は私のそっくりさん!!」
「うふふふ、私から大事な友達を神隠しにしようとしたのでしょうが、盛大に失敗しちゃいましたね。失敗した挙句にワンちゃんに成りきらされるだなんておかわいそうに。馬鹿なことをしたねぇ」
「うぐぐぐぐっ、お前を食べて能力を強くする計画だったのに……!」
「最初からキミが悪魔だってことは気づいていたよ。逆にキミは気づかなかったの? 私は、ユカリに対して『キミ』とは言わない」
「……! た、たしかにそうですね……!?」
「ねえ、この子。本体に対して脳みそが小さすぎるんではなくて?」
「不安になってきた」
「馬鹿にしないでいただけますか!?」
「神隠しちゃん、きゃんきゃん吠えないで。うるさいよ。無駄吠えをする犬は嫌いだな」
「くぅん……あれ?」
犬にされてはいないが、マキマの飼い犬であることには変わらないらしい。マキマが少し語調を強くしただけで神隠しの悪魔は怯む。そして自分の言動に困惑していた。
「まったく、私と似た能力を持っているうえに、随分ともったいぶって登場したと思えば一瞬で支配される……そんなことでは出オチの悪魔と言われても仕方ありませんよ」
「出オチではありません!! 出オチではありません!!」
「出オチの悪魔って弱そうだね」
「最初にインパクトの強いことをできそうですが、すぐに殺されてしまいそうですね」
「出オチの悪魔じゃないもん!!」
こうして、雪、音、酒、沈溺の際にどこかから監視していた神隠しの悪魔は、もったいぶっていたわりに平和的に、そして実にあっさりと捕獲された。
それは本人が人間を手にかけることはほとんどなく、悪魔被害によって親しい人が突然いなくなる……そんな恐怖のおこぼれでどんどん強くなったために実戦経験が乏しかったせいでもある。
「キミは便利な力を持っているからね。悪魔収容所では待遇を良くしてあげよう。従うならちゃんと餌も水も、寝床も用意して飼ってあげるよ。猫みたいに」
「猫の悪魔は飼い猫になるほうが豊かだって気づいてからは順応が早かったものねえ」
「い、いつか絶対叛逆してやりますから!!」
「悔しいねえ。愚かだねえ……うふふ」
「しつけはしっかりしないとダメそう」
「ひっ!」
神隠しの悪魔を挟み込みながら、二人は実にいい笑顔を浮かべていた。
1992年はこれで終わり。
章タイトル多分変更します。(行き当たりばったりで章タイトルつけてるから中身とズレちゃった)
・マキマ
デンジたちに言うときの二人称は『キミ』
でもユカリには最初から『あなた』
見た目年齢も確認しているが、最終的に下に見ているかどうかで変えている。
うきうきでデートに来たら偽物だったので三回目の映画まではずっと虚無だった。
・ユカリ
永遠の悪魔が関わっていたので結構焦った。東方憑依華ラスボスステージみたいに、結界を割って入ってくるまでちょっとだけ時間がかかった。心配はしてなかったけどそれとこれとは別。
・猫の悪魔
だらだらできて餌ももらえる最高の環境に喜んで公安に協力している。
猫の手や尻尾の召喚は、使った回数分の後払い対価とは別に、最初の一回で払うオプション用対価(マグロや鮭など一尾)を払えば、ちゃんと猫の手の形をした手や尻尾が召喚できる。
オプション対価を払っていないと猫を呼び出してるのに人型の手みたいなのが猫の手として召喚されてくるよく分からない絵面になる。(本人の四肢が人の手なので)
・神隠しの悪魔
ずっとスタンバッてました。あっさり捕獲されて煽られまくって泣いた。
本体はスキマ空間みたいな固有の空間にいる。身体中に人間の髑髏がこぶみたいにくっついてるでかいチョウチンアンコウ。自分を神隠ししてワープ移動しているため、地獄でもなんでもどこにでも行ける便利能力持ち。ペットになった。