スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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添い寝

 

 カアカアとカラスが旋回しながらうるさく鳴いている中、無数の十字架が建てられた墓地に姫野は佇んでいた。

 暗い視線が貫いているのは本人の亡骸が存在しない墓。献花を供えて沈黙している彼女の元に二人の男性が歩み寄ってくる。

 

 その片方は公安の中でも最強と名高い岸辺。そして、もう一人はユカリの待ち望んでいたアキという名前の青年。

 

 いまだユカリは岸辺と会う機会がなかった。正確には避けていると言っても良いが、あのマキマでさえ最後まで支配することのできなかった人物である。自分が会ってもただいつものように「胡散臭い」という理由ひとつで怖い脅しでも受けるんじゃないかと考え、念のため会うのを先延ばしにしていた。

 

 あと一年もすればようやく設立の準備が整うだろう特異課のトップになる男だ。いずれは会わなければならないだろうが、今はただスキマの中から観察をしたまま三人の会話を眺めている。

 

 頭上を旋回しているカラスたちの中の一羽にマキマの「目」が混じっていることを認識しながら、ユカリは同じように見守るのみだ。

 二人でスキマの中から見ても良かったのかもしれない。しかし、今現在事実二人は別々の場所から観察することを選んでいる。

 

 冷たいカラスの視線がマキマの心境の変化を著しく反映しているようだった。

 ある意味で支配の悪魔らしい変化、そしてユカリとしては歓迎できない思考の変化。

 

 岸辺に連れられて来たアキの瞳には、明らかに失望に似た感情があった。それは姫野が右腕を吊っていて、右目を大きな包帯で覆っているからだ。彼は初対面で事情を知らないが故に、悪魔との戦いでこれだけの負傷をした人物だと姫野を認識した。

 

「俺はアキ。よろしく」

 

 挨拶は頭を軽く傾けただけで、後輩として挨拶するには短すぎる言葉だった。

 

「無礼だが少しは使えるように育てた。上手くやれ」

 

 岸辺の言葉にも、アキにも目を向けることなく墓に視線を落としたまま、キミは使えるの? と姫野が尋ね、いきなりの質問に困惑したアキが曖昧な返事をする。その態度が理由だったのだろうか、姫野は「雑魚だったからみんな死んだ」と思ってもいないことを苦しげに吐き出した。

 

 自身のバディがアキで六人目であることを伝えるのは彼女なりの優しさだろうか。怖くなったらすぐ逃げればいい。辞めてしまえばいい。死んでしまう前にと。

 

 厳しく冷たい声で「アキ君は死なないでね」と言いながら、はじめて姫野がアキの顔を見つめる。その言葉の中には、一言だけでは伝えきれない数多の思いが込められているように思える。

 彼女と、少なくとも友と言えるほどに仲を深めていたユカリにはそう聞こえていた。

 

 周囲の墓に溜まったカラスの視線と、スキマの中のユカリの視線が交わされる。

 そろそろいいだろうと、彼らがよく見える位置に細く開いていたスキマを閉じていく中、姫野たちのやりとりに介入せずスキットルの酒を煽っていた岸辺の視線が急に動き、ユカリの姿を捉えた気がした。

 

 

 

「ああ、本当に恐ろしい人ですね。マキマの言ったとおりでした。実力者なのは間違いありません……でも、やはり、最強でいるにはまともな人間ですね」

 

 スキマ空間で言いつつも、ユカリの口角は上がっていた。

 

 岸辺は酒で思考を吹っ飛ばしてネジを緩めることでデビルハンターをしている男だ。だがやはりその感性はまとも寄りである。

 うちの霊夢のような勘が示すままに動いて、道中に出会った人外を異変に関わりがあろうがなかろうがしばき倒して最終的に元凶まで辿り着くようなぶっ飛んだ感性はしていない。どちらかというと論理的に元凶を割り出して突撃していく魔理沙寄りだろうか。

 ただ、まあ、あれはあれで人外に好かれる人間だ。魔理沙がそうであるように。

 

 ユカリは、このときはじめて目にした岸辺を気に入った。ああいう人間は好ましい。幻想たる妖怪を忘れ去らず、戦った結果いつまでも記憶しているタイプの人間だ。人の心と認識に依存する生き物であるユカリにとっては、そんな存在は重宝する。博麗霊夢がある意味で妖怪たちの救世主のようなものであるのと同じように。

 クァンシにずっと片想いし続けているのに、彼女が狙っていた女性が岸辺を好きだったという理由で殺しにかかられたりする、ほどよく不憫なところもいい。彼は根っこがまともであるからこそ魅力的なのだ。

 

「さて、マキマのおうちへ行きますか……どうしましょうね、本当に」

 

 カラスの視線から考えるに、マキマは最悪な方向へ情緒が育っているとみて間違いない。

 

 元からマキマは「人間のために」平和を作り出すことを目的としていたくらい、人のためにある悪魔だ。

 

 人間に親しみを持つ悪魔ほど人間の姿に近くなる。それは天使の悪魔も同様。そして、作中最も人間に近いのはマキマ。そして彼女の姉たち。

 戦争は元の姿が夜鷹のようだったが、弱体化する前なら人の姿であった可能性が高いため除外はしない。

 

 最も恐怖されるものたちであるが故に、人間とも密接な関係を持ち、そして寄り添う四人の悪魔たちだ。

 

 いつか人間を優しく抱きしめ、最期までをともに歩んで永遠の安寧を与える。その抱擁はそれはそれは残酷なまでに優しい、人生の終結点の「死」。

 

 生きているうえで必ず必要な食。それを欠かしたとき、ともに苦しみそっと寄り添い、いつだって隣に現れる「飢餓」。

 

 人が個を持つ動物である限り付き纏う闘争の歴史、それそのものに寄り添い互いに必要としあって歩んできた「戦争」。

 

 そして、人間が序列をつける社会性を持つが故に誰もが彼女に手を伸ばすし、彼女を求める。理性の上では嫌いながらも好意を寄せてやまない、人間が二律背反の感情を抱く絶対的な「支配」。

 

 チェンソーマンの概念を消し去る能力を利用し、人類に不利益になるものを排除しようとしているマキマは、確かに人類のために動いている良い悪魔と言える。

 

 ただ、悪魔としての感性が、その徹底した合理性が、人類には間違いなく合わないという点を除けば。

 

 絶対的な君主による洗脳と支配があれば確かに永遠の平穏が訪れるかもしれない。しかしそれは最悪の平穏だ。人が欲望を持つ人である限り、絶対に訪れることのない結末のひとつだ。なにもかもを支配して平穏を築くということは、徹底的な利己心の排除を意味する。それは「個」を消す行為に他ならない。

 

 そして、これは最も重要だが……そうなれば最後、彼女は永遠にひとりぼっちだ。

 

 支配されることが当たり前になった人々から支配への恐怖が消失し、結果的に姉の優しい死の抱擁さえ受けることもできずに概念ごと消滅していくまで。ずっとたった一人で、消えるまでの膨大な時間をひとりぼっちで過ごすことになる。

 

 今のマキマは方向性こそ多少違うが、元の思想に戻りつつある。

 前の思想と現在の思想の違いはひどく些細なものだ。

 

 人間を管理すべき愛玩動物だと考えて良き生活環境を整えてやろうとしていた状態から、大事なものを保護するための過剰に平穏な生活環境を整えようとする状態に変化しただけ。

 

 閉じた箱庭で優しく抱きしめてやるつもりなのだ。まるで子供を塔の中に閉じ込めて、外の世界に出してやらない魔女(はは)のように。

 

 そうなってはならない。

 彼女をそうしてはならない。

 それは友人としての心配だ。

 

 優しく抱きしめられて、人と触れ合うのが好きな癖に、ただ友達と笑うのを夢見ていた子供が自らその道を捨て去ろうとするのをどうして許容できようか。

 

「年季だけはありますからね。それに、私たちが証明していますもの」

 

 小さな箱庭である、幻想郷でさえたった一人の君主が支えているわけではない。そんなこと、できるわけがない。ユカリ自身がそれを証明していた。

 

 八雲紫でさえ幻想郷の管理者ではあるものの、「唯一」ではない。同じ賢者の面々が居て、博麗の巫女が居て、さまざまな協力のもとあの小さな理想の世界は成り立っているのだ。

 

 幻想郷という八雲紫の小さな理想の世界でさえ一人で支えることなどできやしないのである。

 

 だから、世界中全ての平穏と支配を成し遂げることなど到底できはしない。

 マキマは悪魔としての感性で最短の道を征こうとするだろう。その先に滅びしかないとは知らずに。

 

 賢いようで、大人なようで彼女は子供なのだ。

 わがままを言うのは結構だが、失敗して学ぶよりも先に滅びが待っているような冒険をするのを、とてもじゃないが静観することはできない。

 

 八雲紫は悩んでいる。

 どうするべきかを。

 

「やはり子育て経験のある神綺を訪ねに魔界に行ってみるべきかしら。でも、今のあの子をそのまま放っておくわけにもいきませんし……」

 

 為政者としての意見は八雲紫自身もある程度は答えられるだろう。しかし、統治という点では神霊廟の面々を訪ねるのも良いだろうか。それとも、面霊気をしっかり育てているお寺に相談するべきか。

 

 しかし、どいつもこいつもユカリのことは胡散臭い幻想郷の賢者だと思っている。イメージが崩れて不気味に思われていなければユカリ自身も面子を保てないのでなんとも言えない。人間の味方をする勢力に彼女は少なくとも少しは恐れられていなければならないのだ。

 人間の味方をすると決めた永遠亭の八意永琳に恐怖を抱かせるために、幽々子と共謀してわざわざ第二次月面戦争を仕掛けた裏で月の酒を盗んできたように。

 

 あるいは、素直に幽々子に相談するか。

 

「……そんなに心配なら幻想郷に攫って来ればいいじゃないとか言いそうね」

 

 もう神隠ししちゃおうかしら。

 嘆息しながらユカリはスキマ空間でぐるぐると悩みながら浮遊し、真っ逆さまに別のスキマを通じて落下する。

 

 悩んでいても始まらない。

 

「いらっしゃい、ユカリ。ちょっと遅かったね」

「いろいろ考えていたんです」

 

 スキマから落下した場所はマキマの家だ。

 もはや見慣れた間取りに、ユカリの気配を感じ取ったのかどこからともなく集まってくる大量のハスキーたちがわっと彼女に群がった。

 

「はいはい、こんにちは。お邪魔していますわ」

「あっ、ティラミス、シュークリーム! もう、みんな順番通りにしなさい」

 

 一瞬で犬たちに埋もれたユカリはわちゃわちゃとする彼らをしっかり撫でながら笑う。べろべろに舐められてひどい有様だったが、マキマの家に来るときは犬と戯れるのもセットになっているのでもはや慣れている。ただ、撫でるだけに留めておかないとあとが怖いのでユカリはされるがままになるだけだ。

 

 なぜなら。

 

「キミたち、今すぐどきなさい。最初にユカリに抱きしめてもらうのは私です」

 

 マキマがこうなるからである。

 

 一応ユカリは覚悟を決めて真面目な話と問答をしに来たのだが、佐原が亡くなって以来ますます依存傾向が強くなったマキマの望みはできるだけ叶えてやりたいとユカリは考えていた。

 

 それだけ彼女の心が傷ついたということだから。

 

 悪魔らしい感性と、人間に育てられて形成された人格を同時に有する支配の悪魔(マキマ)は本能と理性の間で揺れている。

 

 だが、彼女の成そうとしている平穏は独善の果ての終着点だ。

 今はただ、はじめて得た感情に振り回されているだけ。なら、年季だけはある自分がそれとの付き合いかたを教えてやるだけだ。

 

「いらっしゃい、マキマ。大変なときにいなくてごめんなさい」

 

 犬たちがすっかりどいて、ユカリが腕を広げるとマキマがそっとその中に収まる。目を閉じて、スウと深呼吸する彼女の背を撫でながらユカリはゆったりと彼女を抱きしめた。

 

「本当にそうだよ。すごく……大変だった。姫野ちゃんが泣いてるのも上手く慰めてあげることができなくて……どうすればいいか分からなくて……でもユカリがいないから、どうにもできなくて……本当に、大変だった」

「ちょっとずつ学んでいけばいいんですよ。人付き合いとはそういうものですから」

「そうかな?」

「そうよ。あなたはただ、大人の姿になるまで機会がなかっただけ。不器用な慰めでも、きっと姫野さんは感じ取ってくれていたと思うわよ。彼女は人付き合いについてはマキマよりも先輩でしょうし」

「……そっか。そうだと、いいな」

 

 マキマを抱きしめながらユカリはさっと立ち上がり、すぐに横抱きに体勢を変える。それから犬たちの間をかき分けてされるがままのマキマをベッドまで連れて行った。

 

 彼女をそっとベッドに横たえて自分も隣に入る。

 

「あなた、ほとんど寝ていないでしょう。悪魔だからって睡眠は必要なんだから、寝ちゃいなさいな」

「寝てる間にユカリ、帰ったりしない?」

「しないわよ。ちゃんと添い寝しててあげるから、今はちゃんとゆっくりお休みなさい」

「抱いていてもらってもいい?」

「もちろん」

「それ、なら……寝よう、かな……。ユカリには、相談、したいことが……あったんだけど……あと、で……話、聞いてくれる……?」

「もちろん。私も話したいことがたくさんあるから、納得できるまで話しましょう」

「本当に本当に、帰っちゃったりしない?」

「しませんよ。一緒に寝ますわ」

「契約、しなさい……今日一日、ずっと一緒にいるって……」

 

 普段ならただの戯れとして片付けて契約はしない。

 そもそも、たとえマキマであっても軽率に悪魔と契約をするようなことはない。

 

 それでも、ユカリは微笑んで言った。

 

「いいわよ。今日一日はずっとマキマと一緒にいる」

 

 その途端、眠たげだったマキマの目が見開かれてユカリを見た。

 

「安心しなさい、支配の力は効いてません。私の意思よ」

「……そっか」

 

 小指を絡める。

 契約にしては小さな小さな約束。

 

 だが、マキマにとっては大きなものだった。

 一瞬、ユカリが自分に支配されてしまったのではないかと不安を抱くほどに。

 

「大丈夫。あなたはもう、私を下に見ることなんてできませんわ」

 

 交友を始めた頃、ユカリは自身の境界をいじって決して支配されないように防衛線を張っていた。しかし、もうそれはしていない。

 

 マキマに下等だと見られた途端、支配される恐れがあると知っているというのに、もうそんなことをしなくても彼女には自分を支配することができないと知っているのだ。それは侮りというよりは、心配性なユカリにとってのこれ以上ないほどの信頼だった。

 

「おやすみ、マキマ」

「おやすみ、ユカリ」

 

 抱きしめたマキマの額にそっと唇を落としてユカリ自身も目をそっと閉じていく。

 くすぐったそうにはにかんだマキマはそのまま、安心したようにすうすうと眠りに落ちた。




・アキ
この二週間後、初任務でバディストーリーズの話になる。このときは孤独の魔人に貫かれても大切な人はもういないので誰も死ななかった。

元から呪いの悪魔と契約済みだったので寿命が二十年くらい減っている状態。後に公安の悪魔たちと契約し直すので呪いの悪魔とは手を切る予定。

(公安関係ないキャラも呪いの悪魔と契約をしているので、野良状態で恨みのある人のところに現れては契約してたのかなという解釈)

・岸辺
気づいていた。なかなか会いにこないマキマの友人とかいう女の存在は胡散臭いなんてもんじゃないので警戒中。マキマの変化には一応驚いてはいる。要観察。

・姫野
幽霊は恐怖されないと相手を見ることができない。なので姫野の目を与えた。幽霊の中にいるあの子も自分と同じ景色が見られるように。

・霊夢
紺珠伝レガシーノーミスクリアが正史とか正気か? と思ったもんね。少女らしいところは漫画見るとまあまああるけど、間違いなくまともじゃない。

・犬たち
お菓子の名前がついていることは分かっているんだけどあれ結局何匹飼ってるんだ……? ちゃんと数えられてるから怪しい。十はさすがにいないと思うんだけど。
あとハスキーは変顔、変な行動することでも有名なのでデンジくんのこともうちの子みたいで可愛いなとか思ってたのかなと思うなど。

・マキマの相談事
一瞬男の概念消したほうが良くない? と思想が傾きかけたが、デンジくん観察日記をつけて一応それだけは思い直した。でも友達に有害そうなものは全部排除する方向性で考えが傾いている。

・ゆかマキ
わりといつも添い寝している。冬になるとユカリのほうが積極的に触れ合おうとする。寒いのが苦手なので。

額へのキスは「友愛」の意味。
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