スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

18 / 55
支配と調和の分水嶺

 

「どう? 頭はすっきりしたかしら」

「……うん、よく眠った気がする」

 

 マキマが目を覚ますと、しっかりとユカリの腕の中だった。

 しばらくマキマの寝顔を眺めていたのだろうか。すでに起床していた彼女の瞳がすぐそばにある。

 背中に回った腕があたたかい。しばらくぼおっとしていたマキマは、無意識に足を絡めてしまっていたことに気がついて急いで身を起こした。

 

 縋り付くように眠っていた事実に、そして眠る直前にユカリを自身の能力の手にかけてしまったと勘違いしたことも含めて、困惑する。

 そして、自分自身の心の悲鳴を客観視することで、思っていたよりも自身が姫野と佐原に入れ込んでいたことを理解した。

 

 ユカリだけがマキマの友達のはずだった。

 いつの間にかそれが変わっていたのか。

 彼女には分からない。

 ただ、胸に手を当てて考えるといまだにじくじくと血を流しているような見えない傷があるように感じられた。

 痛みを感じたとしても、マキマのダメージは全て別の誰かにすぐ移り変わっていく。いつまで経ってもなくならない痛みにどうすればいいのか、正しいことが分からなかった。

 

 眠気がすっきりとした頭で、しかし考え事がぐるぐるとまわる依然とモヤモヤした気持ちに整理がつけずにいる彼女は、ふと窓の外を見る。

 

 朝だったはずの時間は、すっかりと日が暮れて夜のとばりがカーテンのように降りてきていた。

 

「えっ、仕事…………」

 

 愕然とするマキマにくすくすとユカリが笑う。

 今日は平日だ。当然仕事があった。朝に眺めていた岸辺と姫野、そして早川アキのやりとりは出勤前の早朝の出来事である。

 

 仕事を意図せずすっぽかしたことになったマキマは、これもはじめてのことだからかどうすればいいのか分からないようで慌てはじめる。

 そんな彼女の様子を見て笑っていたユカリは、身を起こしたマキマの乱れた髪をスキマで取り寄せた櫛を使って整えてやっていく。

 

「三日間ほど、有給休暇の申請をしておきました。固定電話から勝手に岸辺さんに通してもらいましたよ。いろいろ怪しまれてしまいましたけど、今のあなたは心と体を休めたほうがいいもの。岸辺さんなら無茶も通ることでしょう」

「当日の休暇申請は迷惑になります……姫野ちゃんとバディになった早川くんの挨拶もあったでしょうに」

「心身の健康のほうが大事に決まっているでしょう。特にあなたは大きな力を持っているから、余計に」

「一番傷ついている姫野ちゃんが出勤しているのに?」

 

 マキマの同心円状の瞳が揺れている。

 まるで自分は姫野以上に傷ついてはならないと自分で戒めるような、強すぎる自責の念。それは間違いなく、化け物そのものである彼女が手にした人間らしさだった。

 

「言ったでしょう。あなたは大きな力を持っているから、余計に休まなければダメですと。少しも考えなかったとは言わせません。ねえ、マキマ」

 

 マキマの両頬を挟んで、ユカリはしっかりと目を合わせて彼女に尋ねる。

 

「すでにいない犯人を憎んだでしょう。自分の手で消し去りたいと思ったでしょう……『この世には無くなれば幸せになれるものが存在する』と、強く思ったでしょう」

 

 マキマの瞳が動揺に揺れた。

 そうやってユカリに問われることを、責められているように感じたかのように。

 

「……ダメなのでしょうか」

 

 と小さな声で呟いた。

 

「考えることに罪なんてありませんわ」

 

 マキマの額にまたひとつキスを落とす。

 くすぐったそうに片目を閉じて受け入れた彼女はユカリを見上げて「昔から考えていました」とぽつりと話しはじめる。

 背筋を伸ばして座っているユカリの腕の中に。抱きつくように縋っているマキマは視線が合わせられなくなったのか、ユカリのお腹に顔を埋めてぐりぐりと甘えた。

 整えたばかりの髪がくしゃくしゃになって、またユカリが櫛をとる。幼子の髪を整えてやるように。

 

「この世には、無くなったほうが人間にとって幸せになれるものが多すぎます。死、戦争、飢餓、そして……支配も。上に立とうという利己心や野心があるからこそ、人は争い、奪い合い、飢えて、幸せを手にできず死んでいくのです」

 

 自分自身さえも無くしたほうがいいものにカウントして、マキマは続ける。

 

「欲望には際限がありません。あなたに会う以前の支配の悪魔(わたし)には政府による教育で人の役にたち、幸せにするという使命こそあれど欲望はほとんど存在していませんでした。それこそ、理性で縛られている私にはめちゃくちゃなやりかたをする地獄のヒーロー……チェンソーマンに憧れていたくらいで、それ以外のなにかを持っていなかったんです」

 

 たびたびマキマの口にするチェンソーマンについて、ユカリは詳しくを聞いたことはない。しかし、作品内でのことならば知っている。それこそ、そのめちゃくちゃな内に存在する可愛らしいポチタの人格のことも。しかし、それを知らない他者にとっては、確かに彼の考えなど理解できないだろう。

 助けを求める誰かさえも殺してしまうチェンソーマンが、それこそ誰かに抱きしめてほしかったなどと考えもつかない。

 

 憧れは理解とは最も遠い感情である。

 

「社会に縛られた私なりにたくさん考えました。彼のヒーローに憧れてはいても、あのやりかたを真似ることなどできません。私なりに、人々を救う方法を模索し続けてきました。そこで考えたのが、チェンソーマンの概念を喰らって消失させてしまう能力を利用することでした。

 

 私が、彼と協力できれば。

 もしくは、彼を支配できればそれも可能だと思ったんです。

 

 もちろん、私ごときが地獄のヒーローを支配できるなどと思い上がったことは考えられませんでしたし、きっと叶わないでしょう。どれだけ思い込もうとしても彼を下等などとは考えられませんから」

 

 ユカリの腕の中で考えを全てぶちまけていくマキマに、ユカリはそっと目を伏せる。根本的な理想や思想は、そう簡単に変えられるわけではない。

 ユカリだって、幻想郷の在り方が間違っていると言われたならそれを受け入れることはできないからだ。彼女の思いを決して強く否定してはいけない。

 

 手段が問題だとはいえ、マキマが人類のことを想っていることは真実なのだから。ちゃんと(さと)さなければならないのだ。

 

 犬たちは壁ひとつ隔てた部屋にいるため、寝室にはこの世でただ二人きり。

 一見して甘い時間を過ごしているようでいて、ユカリは今……世界の支配と調和の境界線に立たされている。

 

 ここでなにか選択肢をひとつでも間違えればマキマは止められない。

 世界の分岐点は、分水嶺は、マキマの結末は今この時、八雲紫にかかっていた。

 

 世界を都合よく変えることなど、そう簡単にはできない。

 それをしようとするならば、世界を変える責任を取らなければならない。重い、重い責任を。

 

 だが、ユカリはその責任から逃れるつもりなど毛頭なかった。

 そもそも、世界に降り立つことを決めたときからそのつもりであったからこそ、上から覆い被さって、自身の腹に抱きついたマキマを抱きしめる。

 

「マキマ、よく聞いてください」

「……うん、ユカリの言うことなら」

「あなたは今、世界の全てを支配してコントロールして、人にとって不利益なものを全て排除すれば人類は幸せになれると考えていますね?」

「うん、その通り」

「そうすれば、夢のような理想の世界ができると思っているんですね」

「うん」

 

 抱きしめたまま、ぎゅっと力を込める。縮こまったマキマが少しだけ身じろぎをして、顔を上げたのを感じてユカリは少し体を離し、お互いがお互いの目を見て話せるように座り直させた。ベッドの上に向かい合った二人は中心で手を絡めて見つめ合う。

 

「ツメクサの灯を追っても、そこには思い描いたようなポラーノの広場はありません。理想を盲目に追っても、かえってがっかりすることになるということです。だからといって、たった一人で社会を変えることも叶いません」

「……宮沢賢治のポラーノの広場ですね。分かっています。だから、チェンソーマンとの協同組合を作りたかったんです。腐り切った組織を新しく、理想を作るための組織にするつもりでした」

「そうですね、もっと身近にたとえましょうか。私の理想の世界……幻想郷はとても狭い箱庭のような場所ですわ」

 

 ユカリが窓を指さしてマキマがそちらを見る。

 大きなスキマがスクリーンのように開いて、その中には幻想郷を上空から捉えた景色が広がっていた。どんどん遠ざかり、幻想郷が点のようになり、そして日本の形が海に浮かんでいる。そこまで来ると、もう幻想郷は見ることさえ叶わない。

 

「あの小さな箱庭でさえ、わたし一人で作り上げたわけではありません。様々な人妖の協力を得てです」

 

 スキマに映し出される景色は再び幻想郷のものになり、そこにあらゆる顔が映し出される。その中には、以前ユカリに見せられた博麗の巫女の姿もあった。

 宅飲み映画鑑賞会のあとに、二人きりで鑑賞した映像と、その中に写っていた面々も次々と映されていく。

 

「そして私も管理者とは言われておりますが、私だけが管理をしているわけでもありません。あの世界でも争いごとはあります。意見の統一などもってのほかです。妖怪は闘争の生き物ですから、意見がぶつかり合えばルールの範囲で決闘をしますし、いつだって他の妖怪たちを出し抜こうと虎視眈々と狙ってもいます」

 

 今度はマキマも見たことのない幻想郷の強者たちの姿が映し出される。

 

「なにもかも上手くいきませんし、失敗したなと思うことだってあります。そして私でも命の危機に陥ることがあります。稀にですけどね」

 

 映されたのは鎖を纏った青い怨霊。

 八雲紫の身体を乗っ取って、いや、幻想郷の妖怪たちの身体を次々取り憑いて乗っ取り、魔力を根こそぎ奪って殺しかけた天敵の姿だ。

 

「それでも、思い通りになりはしない美しき残酷な幻想郷を、私は愛しています」

 

 八雲紫が説いているのは、たとえ狭い世界でさえたった一人で管理できるものではないということ。全世界を掌握して理想の世界をつくればいいと考えるマキマに対して、そんなに大きなものを一人でどうにかできるものではないと伝えるものだった。

 

 マキマにとって八雲紫とは、すでに理想の世界を実現した存在である。

 道の途中である自分とは違い、夢を現に変えてみせた存在。故に学ぶべきところも多く、手本とするべきだと考えていた。だからこそ、マキマはユカリを下等とは判断し得ない。

 自身の目指す道を先に歩んだ者として、友人ながら尊敬さえ向けている。

 

 論理的な説得をされて、理解した。しかし、心が納得するかといったらまた別だ。感情を表現することを覚えたマキマは、明らかに不満そうな顔をしていた。

 

 それは尊敬していた存在が、「私はあなたが思っているよりもちっぽけな存在よ」と自ら言い出したことに納得がいかなかったからである。要するに、理想と現実のズレを認識して不快感を覚えたのだ。

 マキマは変わらない。どれだけ成長しようが、根本の性質はなにひとつ変わらない。故に……理想の八雲紫像を否定されて不満を覚えたのだ。チェンソーマンへと感じたものと、全く同じように。

 

 難儀な性格をしている。

 八雲紫はそれを察して内心で喜んだ。

 自身のせいでマキマがあまり変わりすぎてしまったら、それはそれで彼女も容易に解釈違いを起こすと自分で分かっていたからだ。

 お互いに向けている感情は、お互いが思っているよりもずっとずっと大きい。

 

「……思考実験をしてみましょう。たとえば、死の概念が消失したとして……そうね。ロストワードと定義しましょうか。そうしたらどうなるかとか」

「その思考実験になんの意味があるのですか」

「……」

 

 とうとう己の感情を制御しきれなくなってきたマキマを見てユカリは考える。

 そして提案した。

 

「マキマ。私たちの決闘のルールは教えましたよね」

「そうですね。はじめて聞いたときはなんて変なルールだろうと思いました。わざわざ人間が勝てるようにしたルールだなんて」

「でも、あなたもスペルカードを考えたりはしたでしょう?」

「……」

 

 弾幕ごっこの花火を思わせる美しい光景に、彼女が言葉を失っていたのは事実だ。そして子供が憧れの作品を真似するように、こっそり自分の能力を応用するならどうするとか、考えていることも知っていた。

 秘密にしていたことがバレた子供のように目を逸らした彼女に笑いかける。

 

「私の話をこれ以上聞く気がないというのなら、敗北の味を刻んで強制的に話を聞いてもらうだけです。幻想郷流のやりかたでね」

「スペルカードは二枚しか作ってません」

「それなら、カードは二枚。時間制限はカード一枚につき六十秒。それぞれ順番に展開して、被弾数が少ないほうが言うことを聞くってことでどうかしら」

「私の残機は減りませんが」

「当たったかどうかなんて見ていれば分かりますわ。誤魔化すことなんてできないと思っていなさい」

 

 ムキになっているのか、マキマはかなりユカリに突っかかってくるが、八雲紫にとってそんな態度を取ってくる人妖なんて腐るほどいるわけで、慣れきっていることだ。むしろ生暖かい目で見守っている。

 

「飛行手段はあるかしら」

「考えていることはありますが、今のところはないですね」

「なら、私も地面スレスレを移動することにしましょう。人気のない場所に移動するからいらっしゃい」

「分かりました」

 

 スキマを開いて中に入り込む。手を差し伸ばせば、素直にマキマは彼女の手を取った。

 

「見つからない秘密の場所で美しい花火を見せ合いっこしましょう」

「幻想郷に連れて行ってくださるんですか?」

「……いいえ、それはまだ早いわね。落ち込まないで、いつか連れて行ってあげますから」

「落ち込んでなんかいません。約束ですよ」

「ええ、約束」

 

 マキマが世界を移動した場合、どうなるのか皆目見当がつかない。故にまだ、八雲紫はこの世界の行方のために彼女を神隠しするわけにはいかなかった。

 

「支配している悪魔の力の行使も構いませんよね」

「もちろん、それもあなたの能力のうちだもの」

 

 指を絡めて約束し、二人でスキマで繋がった場所に出る。

 あまりにも穏やかに、しかし確実な、『マキマ』という存在にとってのはじめての『友達との喧嘩』がこうしてはじまった。

 

 ……友達同士の喧嘩の裏で、こっそりと世界の命運がかかっているのは幻想郷だといつものことである。なにひとつ、おかしなことではなかった。




・ポラーノの広場
料理店と落下の悪魔とか、夜鷹の星と夜鷹の姿をした戦争とか、宮沢賢治作品にもちょいちょい元ネタっぽいものがあるのでマキマさんのモチーフのひとつにポラーノの広場もあるかな〜と思って例え話に採用。

・弾幕ごっこの理念
妖怪が異変を起こしやすくする
人間が異変を解決しやすくする
完全な実力主義を否定する
美しきと思念に勝る物は無し

・ユカリとマキマの弾幕ごっこ
絶対どっかで喧嘩してほしいなと思っていたので。
ただし大胆なダイジェストする可能性はある。

・見つからない場所
真夜中にどこかの海岸に移動した。
岸辺さんに弾幕ごっこの存在がバレたら強制終了を喰らう。

・ドシリアス
マキマさんをテーマにしてると避けて通れなくて……。
デンパワコンビの偉大さに分からせされてる。

大きい変化がある以上一部ラストどうしようかな〜が課題だったんですけど、最近とてもいい着地法を思いついたのでハピエンが確定しました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。