スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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狐・コーヒー・生姜焼き

 八雲紫とマキマの邂逅から数日前のことである。

 

「コン」

「お呼びしましたか、(ゆかり)様」

 

 瞬時に現れた九尾の狐……(らん)を見て八雲紫は笑みを浮かべる。指先を狐の形にしたままの彼女はそれを藍に向け、「朝ごはんのリクエストがあるの」とねだるように見上げた。

 

「はあ、分かりました。なにをお作りしましょう?」

「外の世界から持って来てるお肉があるでしょう? あれで生姜焼きと豚汁。それに熱々のコーヒーを飲みたいわね。ドリッパーでちゃんと淹れたやつ」

「朝からよく食べますね……? 今日の呼び出しかたもなんか変でしたし、もしかしてまたなにか面白い書物でも読まれましたか?」

 

 藍の視線が紫の部屋の中を滑る。

 いつでもふかふかな状態の布団の脇には、タワーのように積み上げられた漫画本が置かれている。少し前には鬼を退治するとかいう耳を疑うような偉業の話も読んでいたし、呪いに関する話も読んでいるようだったがまた本が増えているらしい。端的に漫画の影響か? と母親じみた質問をする藍に紫ははぐらかすように笑ってスキマに本を収納していく。

 

「菫子ちゃんがね、今のアニメ映画もすごいから十年後はもっとすごいのかもなんて面白いことを言っていたものだから、ちょっと見てきたのよ。面白かったからちゃんと見てみたくてね、買ってきちゃったの」

「はあ……最近はずっと眠っていませんでしたっけ?」

「あら、そうだったかしら」

 

 疑わしいようなものを見る目で藍が紫を見つめるが、紫本人はどこ吹く風とばかりに微笑むだけである。

 

「本がどこから漂流してきたかはともかく、朝ごはんの注文は分かりました。お作りしますので少々お待ちください」

「はあい、楽しみにしてるわ」

 

 先ほどまで寝ていた八雲紫は己の金の髪を持ち上げてくるくると巻き取る。朝食ができるまでに布団に投げ出されて乱れた髪を整え、支度を始めなければならないだろう。

 紫の背後に無数の亀裂が現れ、その全てから手が伸びてくると八雲紫の髪に(くし)を通したり、リボンを用意する。己の手ももちろん二本混じっているが、その大半は式神によるものだ。

 八雲紫の意思により、何本もの手で綺麗に櫛が通された髪は緩く一本の三つ編みにされると肩に流される。

 亀裂から伸びてきた手の持った水入り容器で顔を洗い、くあっとあくびをして一冊だけ残された本の背表紙を撫でた。11の文字がある本である。

 

 八雲紫は柄にもなくセンチメンタルな気持ちになっていた。

 

「未来の娯楽は随分と特殊ねえ」

 

 強大な力を持つ者ほど、その根底に存在する願い、目的はささやかなものであることを彼女も身を以って知っている。物語の中のお気に入り……支配の悪魔も、チェンソーの悪魔もそうだった。

 

 対等な関係を築ける人がほしい。抱きしめてもらいたい。

 ささやかなその願いは強者であればあるほど叶えづらいのも真実である。

 

 地底の心を閉ざした妖怪には友達がいないだなんて揶揄されたが、八雲紫にも対等な友人はもちろん存在する。それは問答無用で死に誘う力を持っていた幽々子でもあるし、妖怪に恐れられる妖怪である鬼の萃香でもある。

 

 今代の博麗の巫女は輪をかけて、どんな妖怪に対しても平等で、対等で、遠慮がない。だからこそ、博麗霊夢は本人が望んでいなくとも妖怪達にやたらと好かれているのだ。強者であればこそ対等で自分達を恐れず真っ向から迎えうつ霊夢を気にいってしまう。無理もないことである。

 

 物語の中の支配の悪魔もチェンソーの悪魔もそういう強者だ。

 特にマキマのほうは幽々子も萃香とも出会わず、博麗の巫女もそばにいない自分がああなっていたのではないかと考えるほどの孤独を抱えている。第二部を見る限り、彼女の精神はその見た目に似合わず幼い。4桁の年齢を超える紫にとっては物語の内容に苦しむ気持ちとともに、彼女と話してみたかったなという願望を持っていた。

 

「紫様、お待たせいたしました。お召し上がりください」

「ありがとう、藍。下がっていいわよ。ああそうだ、私はご飯を食べたらまたしばらく寝ますから……幻想郷のことはよろしく頼みましたよ」

「いつもの長期睡眠ですか? かしこまりました」

 

 ほかほかと机上で美味しそうな匂いを漂わせる生姜焼きに箸をつける。

 隣の豚汁も、あたたかいコーヒーも美味しそうだ。いい夢が見られるだろう。確実に。

 

「ねえ、藍。90年代のお洋服ってなにがいいかしら?」

「はい? ……私は外の世界には出ないのでなんとも」

「ああ、そうだったわね」

「しょっちゅう外の世界に出ている紫様とは違うんですよ。ご自分で考えたらどうですか」

「そうね、好きに用意しましょう」

「というか、これから寝るのに服装を気にする必要あります?」

「気分よ」

「気分ですか、なら仕方ないですね」

 

 話が終わり、藍に下がっていいことを伝えると、来たときと同じように彼女はすぐにいなくなった。今頃(ちぇん)とともにあちらも朝ごはんの時間にしているのだろう。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食事を終えた紫がスキマを利用してキッチンに食器を下げると、さっそく彼女はスキマから取り出した本を全て床に並べて準備を始める。

 

「二次元と三次元の境界、虚と実の境界……」

 

 あらゆる境界を弄くり回し、月へ侵攻した際に匹敵するほどの集中力で紫は思い描いていたことを実行する。

 

「90年代の映画といったらなにかしらね……ああ、ホームアローンをまた劇場で見たいかも」

 

 外の世界であれば昔の映画を見ることは簡単にできるが、劇場で見るとなれば再上映でもしない限りは叶わぬ願いである。それを再び劇場で見ることができるとあって、彼女の心は躍っていた。

 

「邪魔せずに映画友達くらいになれたらいいわね。あの頃は私も一人で映画を見ていたし、誰かと感想を共有してみたかったのを覚えているわ」

 

 わくわくとしながら、漫画本の上に出現したスキマに八雲紫が潜り込む。

 

「ああでも……ちょっとだけ介入してみるのもいいわね。虚と実をいじっているから、原作に変化はありませんし……なにより」

 

 ピタリと閉ざされた部屋の中。八雲紫がスキマを閉じて誰もいなくなる。

 八雲藍は紫が長期睡眠に入るとき、部屋の中を見ることを許されていない。その場から己の主人が出かけていることを知らないのだ。

 

「なにより、タイタニックをその目で見られないままだなんて……もったいないもの」




次回はちゃんと二人の交流です。キャラクターだと思ってるなら対等ではないのでは……?と指摘する人はいない。そのうち真実になるので大丈夫。

第一部は1996年以内に終わり、第二部は1997年のはずなのでマキマさんはタイタニックを見ることはできなかったでしょう。あれほどの歴史的映画は見てほしいよね。
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