ユカリと手を取ってマキマは身を躍らせた。
スキマ空間の目玉が無数の視線をマキマに送り、わずかな浮遊感のあとに着地する。
そして、着地してすぐ目と鼻の先に鱗のあるなにかを見た瞬間に、スキマ空間から差し出された両手剣を掴んで躊躇いなく刺し殺した。
「天使君に武器を貰っておいてよかったね。まだ十本ほどだけど、いろんな武器があるから今日ここで使って有用性を証明しようか」
マキマの要望に応えてスキマから剣を取り出して渡してやったユカリは、日傘を片手に「そうね」と周囲を確認しながら返答する。
ユカリの日傘も普段使っているものではなく、天使製の武器である。ユカリも使用するだろうと考えたマキマは、その一本だけは種類を指定して天使に作らせていた。
天使が海の生き物の寿命を吸い取ってストックした寿命武器はまだ十本。それぞれ一年使用して作製されたそれを実戦に持ち込むのは初めてだ。
マキマの持つツヴァイヘンダーを含め、天使の能力の有用性をこの機に示せれば彼と公安の雇用契約もスムーズに済む。
「岸辺さんによると恐竜の悪魔でしたね……群体型。いえ、情報から推測するに眷属召喚型でしょうか」
「まずは姫野ちゃんと早川君を探そう。これだけ多いと……心配だ」
マキマが刺し殺したのは小型の恐竜であった。
つい先日公開された映画、ジュラシックパークにも出演していたヴェロキラプトルに姿が似ている。倒れたその手には鋭い鉤爪がついており、すでに誰かを引き裂いたあとのようでその鉤爪は血塗れだった。
二人が現れたのは都心のど真ん中だったが、すでに瓦礫だらけになっている。
遠くから聞こえてくる悲鳴や恐竜の鳴き声。そこらを歩き回る重々しい足音に地響き。大型の悪魔による被害と同等の状況だった。
この状況下において、先に来ているという姫野とアキが無事でいる保証はない。
むしろ人間にとって群れた大型の獣というのは脅威にしかならないだろう。姫野は新たに幽霊の悪魔と契約しているとはいえ、一対複数の戦闘が十全にできるような能力ではない。
アキのほうも武器は公安に保管されている刀を今は使っている。特になんの能力も乗っていない刀一本では、いくら岸辺に鍛えられていようと複数の相手をするには厳しい。
猫や狐も使えるとはいえ、やはり『群れ』を相手にする場合は殺されることはなくとも、膠着状態になっているだろう。それだけ周辺には恐竜が多く闊歩していた。
まわり一面、食いちぎられた人間の死体や血痕、横転した車にガス爆発をしたのか炎上している店。隣のビルがそんな状況でもなぜか営業しているファミリーバーガーと混沌を極めている。
さながらパニックホラーの絵面だ。
「猫、薙ぎ払い」
ニャアアオ
瓦礫の影に隠れつつ、群れとなったラプトルを猫の巨大な手で引っ掻いて一掃する。それだけで一箇所にかたまって死体を貪っていたラプトルたちが一気に消滅して彼女たちの視界がスッキリとした。
「たす……けて……」
塞がれなくなった交差点のど真ん中を歩いていたとき、マキマは助けを求める声に応じて瓦礫のひとつに近づいた。この交差点に残っている大半の人間は食い殺されているか、瓦礫に潰されて死んでいる。しかし、どうやら生き残りがいたらしい。
「公安のデビルハンターです。ご安心ください、悪魔は必ず駆除されます」
マキマが瓦礫に手をかけて力を込める。
うーーんと頑張って押しているが、瓦礫が持ち上がることはなかった。
「……暴力の悪魔の力を使えばいいんじゃないかしら」
「使用用途が少し違うんです」
ユカリが片手で瓦礫を持ち上げ、その隙に体を挟まれていた人間を救出する。
救出された男はどちらかというと、車一台分ほどありそうな重い瓦礫を素手で、しかも片手で持ち上げたユカリを異様なものを見る目で見つめていた。当たり前である。
ユカリはあくまで妖怪である。普通の人間よりずっと肉体面でも強く、逆にマキマは悪魔であるにもかかわらず肉体面では普通の人間とそう大差はない。
「すごい、力持ちだね」
彼女はユカリを見ながら素直に驚きすごいと拍手していた。その反応がまた、以前とは違う胡散臭さを出しているのだが本人に自覚はない。
音に釣られた恐竜がいくらかマキマのもとに集まってくるが、それはしっかりと手にしたツヴァイヘンダーで斬り捨てている。それが余計に胡散臭さを加速させていた。
「救助した人は安全な場所へご案内しますわ。ですが、先にお尋ねしたいことがあるんです」
「あ、はい。なんでしょうか……」
救助された身ではあるものの、二人のことを不審そうな目で見て男は尋ね返す。
「先についていたデビルハンターの男女二人組がいたはずです。どこかで見かけていませんか? 彼女たちと合流しなければならないんです」
「ああ、それならあっちのホームセンターのほうに……」
「おや、結構近いね」
「あら、これはまた……ゾンビ映画じゃないんですから……」
男は、今度はユカリのほうを見て「なに言ってんだこいつ」という顔をした、
「ご協力ありがとうございました。それでは、安全な場所にご案内〜」
「は!? なっ」
男は少し遠くに待機している救助待ちの病院関係者の元までスキマ送りにされ、消えていく。
ひらひらと手を振っていたユカリは気を取り直し、情報のあったホームセンターへと目を向ける。
「外にはラプトルと毒液を吐くディロフォサウルスくらいしかいないけど……」
「そうですね、恐らく本体はティラノサウルスでしょうし……ホームセンターのほうかしら。姫野さんたち、無事だといいけど」
「……急ごう」
「ええ、もちろん。マキマ、心配なら先に行っていいわよ。私は怪我人の救助をしながら行きますから」
「……ごめん、頼むね」
「心配なのは私も同じですもの」
こうしてユカリはスキマを駆使し、救助活動と恐竜駆除を同時進行を。そしてマキマは神隠しを利用してすぐさまホームセンターへと向かった。
◇
「ね、言ったでしょアキくん。呪いの悪魔は一対一なら強いけど、悪魔との戦闘は複数を相手にする場合もあるからコスパ悪すぎだよ〜って」
「ああ、今身をもって思い知ってますよ……寿命がいくらあっても足りねぇ……こんなことで削ってたらあいつまで辿り着く前に、死ぬ」
「でしょ? はあ……しつこい。これだと幽霊使ってもあんまり意味ないもんなあ〜」
「生きて帰ったらさっさと呪いの悪魔とは手を切って他の便利な悪魔と契約しますよ。殲滅力のあるいい悪魔って公安にいませんか」
「私は悪魔収容所の連中把握してるわけじゃないからなぁ〜、そういうのはマキちゃんに
遮蔽物の多いエリアにて、二人の男女が背中合わせになりながら話している。
籠城戦をしている二人の近くの部屋には子供を含めた大勢が避難しており、その防衛を行っているのだ。
ただ、恐竜がほとんど無限のように湧いてくるなか、手数は二人だけ。時間が経つにつれてだんだんと防衛ラインは押され、立ち向かっている二人も肩で息をしており、限界がすぐそこまで来ている。
集中力を切らした瞬間に終わる。その意識だけで刀を握っている早川アキは思っていたよりも早く来てしまった死線に焦りを見せていた。
そして姫野もまた、アキ相手には軽口を叩いているもののその内心はパニックに近い状態になっている。
アキが死んだらどうしよう。
本人には悟られないようにしながら、姫野はどうすればいいのか分からずただ目の前にやってくる恐竜を剣で突き刺して殺す。幽霊の腕はいくらか使えるものの、首を絞めて殺すよりも刺し殺したほうが対処としては早いからだ。
猫の腕を使った薙ぎ払い攻撃も続行しつつ、右目を無くして狭まった視界で周囲を警戒する。
ホームセンターの中に入り込んだ巨大なティラノサウルスは、二人を嘲笑うかのように大口を開いてその中からラプトルやディロフォサウルスを次々吐き出してニヤニヤと笑っている。
アキは恐怖を煽って己の強化をする悪魔を憎らしげに睨みつける。
群れに取り囲まれていなければすぐにでも走り出し、あの恐竜の喉元を刺し貫いてやったというのに。それをする隙はない。故に、無限に湧き続ける小型恐竜たちの対処に追われてジリ貧になっていく。
「マキちゃん……ユカリちゃん……早く……」
「何度も話に聞きますけど、そいつはこの状況がなんとかなるほど強いんですか。二人増えたところであんまり変わらないように思いますけど」
「強いよ、すごく。頼りにしてる……それに、必ず来てくれるから大丈夫だよ。だってマキちゃんもユカリちゃんも……」
ティラノサウルスの頭上に特徴的な目玉が覗くスキマ空間が現れ、その中から飛び出したマキマがティラノサウルスの目玉にツヴァイヘンダーを突き刺し、あたり一面に絶叫が響き渡る。
「友達想いだからさ」
マキマの姿が見えた瞬間、姫野は笑った。
そしてティラノサウルスの頭に乗って目玉を突き刺していたマキマが素早く剣を抜き、飛び降りる。同時に召喚された鎖がティラノの首に巻きつけられ、鎖を引いたマキマによって巨体が地面に引きずり倒される。
「ま、待て! 殺すな! オレの力は便利だろう。殺さないでいてくれるなら契約をしても……」
ティラノサウルスが叫ぶが、マキマはその頭を足蹴にして飛び上がり、軽やかに回転してティラノサウルスの太い首へと刃を振るう。
一瞬の静寂のあと、ティラノサウルスの首は見事に両断されて地面に転がっていた。
悲鳴をあげる間もなく絶命した恐竜の悪魔の断面からおびただしい量の臓物が溢れ出て床一面に広がる。
その死体の上でマキマはぐじゅぐじゅと肉を踏みつけながら、表情を変えずに呟いた。
「餌代がかかりそうなのは、無しかな」
その光景を冷や汗を流しながら眺めていたアキが「すげえ」と思わず口にする。しかし、恐竜の悪魔本体が死んだのにもかかわらず、周囲の小型恐竜たちが消えない。
襲いかかってくるラプトルを斬り裂き、あとは全て殲滅するだけ……限りのない、終わりの見えなかった戦いにようやく希望が見えてきたことで疲労していた二人は奮い立つ。
ティラノの死体を足蹴にしたマキマがツヴァイヘンダーを構えて再び跳躍……する前に、なにかに気づいたように停止する。
それを見て姫野は察した。
「アキくん、いったんこっちおいで!」
「は!? なんですか、まだ小型が……」
幽霊の腕でアキを引き寄せ、姫野が抱き止めた瞬間――小型恐竜たちがいっせいに地面から、そして空中から突然発生した道路標識に貫かれて絶命する。
ホームセンターの中に場違いな様々な道路標識が現れたことで、またもやアキは混乱したように目を見開いた。
恐竜たちの臓物の海と化したホームセンターに、ゆっくりと大きなスキマが開き、その中から日傘をさした女性……ユカリが降りてくる。
「靴代って経費にできるのかしら」
「できるよ。安心していい」
血と臓物の海の中であまりにも場違いな話をし始めた二人に、アキを抱き留めていた姫野は緊張が抜けたように笑った。
「やほ、二人とも助かったよ。複数戦闘はさすがに苦手でさあ」
「姫野ちゃん、無事でよかった。早川君も、よく頑張ったね」
「は、はい……危ないところをありがとうございました」
悪魔の力を用いているとはいえ、あまりにもかけ離れた実力差にさすがのアキも敬意を示す。姫野が「私はなかなか認めてくれなかったくせに〜」と拗ねて唇を尖らすが、それには容赦なく「あんたが現場でまで酒飲んでるからだろ」とアキから辛辣な言葉が投げられた。
「姫野ちゃん、現場で正体なくすほどお酒飲むのは……」
「そこまで行ってないから大丈夫だって! 岸辺先生の真似〜」
「……なら、仕方ないかな」
岸辺を思い浮かべてアキは微妙な顔をした。
「ところでユカリ」
「なあに? マキマ」
「道路標識、どこから持ってきたのかは分かるよね」
「ええ、もちろん」
「武器にして汚しちゃったし、折れたり曲がったりもしてるから、事後書類が三倍くらいになる覚悟はしておいたほうがいいよ」
「えっ!? そ、そんな……事後報告はやっておいてくださるんじゃ」
「あれはユカリがやっちゃったことだから、自分で報告書作らないとね」
ユカリは顔を覆ってしまった。
せっかく格好よく救助に駆けつけた二人がこの調子でいるからか、アキはさっきまで抱いていた尊敬の念を返してほしいと微妙な顔で二人を見つめる。
こうして、死傷者多数の被害を出した『恐竜の悪魔』は退治され、数ヶ月後。年が変わる頃に特異課が設立することとなる。
そのメンバーの中にはもちろん、姫野と早川アキの名前があるのだった。
仕上げるのギリギリだったから誤字脱字多いかも……。
いつもご報告ありがとうございます。
・ツヴァイヘンダー
趣味。マキマさんに使ってほしい。
・没ネタ
恐竜神父ネタでも入れて、恐竜の悪魔の心臓を手に入れて恐竜に変身できるミッションスクール教師でもぶち込もうかと思ったんですが、恐竜神父を改めて見ようと思ったらアマプラで無料じゃなくなってたのでやめました。
レンタルでお金を出すのはちょっと……。
あと第三勢力出してどないすんねんってなりますし。
私は正気に戻った!
・没ネタ2
ティラノの姿をした恐竜の悪魔の前で停止し、ひたすらやり過ごそうとしている一般人たち。一人がバクッと食われて「クソッ!動いてるものしか見えてないんじゃねーのかよ!!」って逃げ出すシーン。
アキ姫が籠城して時間が経っていることにした以上差し込む場所が消えた。