スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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ちぇんそ〜こばなし②

 ・犬の散歩

 

「よし、それじゃあ私はティラミスたちのお散歩に行ってくるから」

 

 夏の間、マキマは犬たちの散歩を夜間に行う。

 通常の犬飼いも同じようにコンクリートがあまり暑くならない夜間に散歩をする者が多いが、それはマキマも例外ではなかった。

 

 七匹分のリードを持ち、ランニングをしながら犬の運動と自身の運動を並行するのだ。百均で購入したライトで首輪を光らせながら夜に走るマキマの姿は、彼女を知っている公安関係者が見かけたら二度見するに違いない。

 

「ライトは虹色になっていてね、ほらユカリの名前と同じ色はティラミスがつけてるんだ」

「似合うわねぇ。よしよしよし」

 

 ユカリがしゃがんでティラミスの頭を両手でわしゃわしゃと撫でまわす。ティラミスはなんとなく誇らしげな顔でヘッヘッと嬉しげに息を漏らしながら笑った。耳を掻いてやると目を細める。

 他のハスキーたちもそれぞれ残り六色の色の首輪をつけて玄関前に待機している。

 

「一度に全員きっちり連れて行ってあげてるのが律儀ねぇ」

「だって、みんなを待たせるのは可哀想だからね。残る子はソワソワするし、先に行った子ももう一回行きたがっちゃうし。『ボクまだ行ってませんけど〜?』ってお顔されちゃうともう一回連れて行っちゃうから」

 

 赤く光る首輪のキャンディの前足を振りながらマキマが腹話術のように話す。それをソファで眺めていたユカリは穏やかに微笑んで「マキマって、結構この子たちには甘いわよね」と確かめるように呟く。

 

「可愛いワンちゃんたちを甘やかさないで誰を甘やかすんですか」

「私〜」

 

 ピースしながらユカリが言った。

 

「ユカリはもうちょっと運動するべきだと思うよ。一緒にランニングする? この子たち元気だから二キロくらい走ることになるけど」

「スキマに乗ってていいならついて行くわよ」

「それじゃあ運動にならないじゃないですか」

 

 黄色の首輪のシュークリームが早く行こうとマキマの脇を鼻でぐいぐいつつき、彼女はくすぐったそうに笑う。

 犬たちにわらわら囲まれて愛情を求められている彼女は本当に幸せそうに見えた。

 こうして自身を頼り、愛玩できる存在がいることはマキマに確かな満足感を与えているのだろう。単純に恐怖で従わない存在を求めて愛情に飢えた結果でもあるのかもしれないが。

 

「そういえば、この子たちの名前の由来ってあるのかしら? みんな食べ物の名前だけれど」

「私が好きな食べ物の名前だよ。名前の響きも可愛いからちょうどいいでしょ?」

 

 マキマが指差す。

 虹色の順番に一匹ずつ。

 赤い首輪のキャンディ、橙色のプレッツェル、黄色のシュークリーム、緑色のロールケーキ、青色のビスケット、藍色のドーナツ、紫色のティラミス。

 

 見事に甘いお菓子の名前ばかりだ。プレッツェルはあまじょっぱい名前だが、マキマのネーミングセンスが可愛い系に偏っているのがよく分かる。

 

「ユカリが行かないなら、お留守番よろしくね」

「はいはい、ランニングして帰って来るならお風呂の用意でもしてのんびりしてるわよ」

「ありがとう、それじゃあ行ってくるね」

「行ってらっしゃい」

「行ってきまーす」

 

 わっといっせいに散歩に出て行く集団を見送ってユカリは笑う。

 七匹もの犬を同時に散歩しているのに、なぜかリードは絡んだりしないし、しっかりと排泄物処理のためにちゃんと持ち帰ってくる余裕があるのだ。自身の力に熟練した支配の悪魔だからこそできることかもしれない。

 ハスキーはわりと衝動で動く性格をしているので、犬に若干舐められていると思われるナユタだったら散歩中にした排泄物は放置して帰ってきていることだろう。

 

「さて、お風呂掃除をして私も先に入っちゃおうかしら」

 

 マキマの自宅だが、勝手知ったる友達の家である。勝手に用意をして、勝手になにかをすることにももう慣れていた。

 玄関先には散歩から犬たちが帰って来た時のために足を拭くためのタオルを用意しておいてやり、自分は先に風呂へ入る。

 

 一時間と少しあと、帰宅したマキマから犬を受け取り手足をタオルで拭いてやるのはユカリがやり、その間にマキマは風呂に入るのだ。

 

 こうして、ユカリのいるマキマの生活が当たり前になっていくのである。

 もう彼女のいない生活は考えられなくなってしまうほどに。

 

 

 

 ・温泉旅行

 

「私、ユカリがいてくれて本当に良かった。大好き」

 

 いぐさの香りが鼻をくすぐる。

 畳に敷かれた布団の上で、ユカリを引き倒したマキマがその胸に甘えながら手指を絡めていた。

 布団に押し倒されているユカリのほうは困ったように笑みを浮かべたまま、されるがままに甘えるマキマの背中に手を回して撫でてやっている。

 

「あらそう、どうも便利に使ってくれちゃって私はタクシーではないのだけど」

 

 仲睦まじい、ちょっと危ない戯れ合いをしているわけではない。

 マキマの提案で、スキマワープを用いて有名温泉地に一日宿泊することとなった感謝のやりとりである。

 

「犬たちのことは大好きだけど、こうして遠くに何日も泊まることはできないから……いつもは諦めているんです。ユカリと一緒ならどんな温泉地でも日帰りや一日の宿泊で帰ることができるから、あの子たちをホテルに預ける必要もなくてすごく助かるんだ」

「ペットがいるとねぇ、その辺りの問題はあるわよね。海外旅行とか」

「次は海外にも行ってみたいな」

「私は移動手段だけを頼りにされているのかしら? 少し悲しいわね」

「違います。ユカリと一緒の旅行だから楽しい」

「そう? それならいいのだけれど」

 

 布団の上に散らばったユカリの髪をマキマがすくいあげる。

 押し倒された状態のまま、結構な時間が経っていてユカリはもう寝ちゃおうかしらと考えていた。このままマキマの腕を引いて仰向けになった自分の腕の中に閉じ込めて布団に引き摺り込んでしまおうかと。

 

 わざとじゃれているマキマ相手にそんな悪戯心を抱きつつも、ユカリは首を傾ける。

 

「まだ温泉に行っていないじゃない。寝る前に一緒に入りましょう」

「そうだね」

 

 顔の横にあるマキマの手に擦り寄り、身を起こす。

 ユカリを見下ろしていた顔がすぐそばにまできて、今度こそユカリは不意を打ってマキマを抱きしめた。突然布団から体を起こしたユカリが自分を抱きしめてきたのでマキマは一瞬体を硬直させてから、ゆっくりと緊張をといて身を預ける。肩に乗ったマキマの頭を撫でて、その三つ編みをゆっくりとほどく。

 パサリとほどかれた赤毛の三つ編みが、緩くウェーブを残したままおろされてユカリの長い金髪と重なり合った。

 

「ほら、早く行きましょう」

「……あともう少しだけ、こうしてていい?」

「……しょうがない子ねぇ。あまえんぼうなんだから」

「普段は……みんなの、頼れるマキマさんでいたいから……」

「頑張ってるマキマにご褒美ね」

「本当は、いけないって分かってるんだけど……ユカリに依存しすぎちゃってて、私の心が支配されてるみたい。変な感じ」

「私もどっぷりあなたに依存してるわよ。お互い様……お互いに支配し合っているのなら、それは対等って言うのよ。ご安心なさい」

「うん」

 

 お互いの吐息が混ざり合うほど近くに感じるぬくもりを、しばらく堪能していたマキマはやがて満足したように顔を上げた。それを頃合いと見てユカリも温泉に入りに行くための準備をはじめる。

 タオルを用意して、バスローブや旅館の用意した簡易の浴衣。それから下着に、髪を湯につけないためのゴムと髪留め。普段使用しているケア用品やシャンプーリンスを小さなカゴに入れて、そして手を繋いで雑談をしながら移動するのだ。

 一緒に風呂に入ることなどはじめてのことでもないが、こうして露天風呂のある格式高い温泉旅館でともに入るというだけでなんだか特別感がある。

 そこそこお値段が高く、近くで悪魔騒ぎがあったあとなので本日の宿泊客はユカリたちだけだ。二人きりでのびのびと温泉を独占できるということで二人はワクワクもしていた。

 

 更衣室で一糸纏わぬ姿になって、先に体を洗いに行く。

 お互いに髪が長いのでそれなりに時間をかけて洗い、髪をアップにする際には一人でやるよりも綺麗にできるからとお互いに髪を結んでやって、背中もお互いに流しあってときおりじゃれ合う。

 ユカリのほうは地霊異変以来裸の付き合いをする機会が多く慣れきっているが、マキマはいまだに慣れないらしい。何度か一緒に入っているものの、こうしてお互いに流し合いをしていてもほんのりと緊張している。

 それがなんだか可愛らしくて、ユカリは体を洗ってかけ湯をしたあと、温泉の中にマキマを引き摺り込んで自身の膝の上に彼女を乗せて抱きしめた。

 

「あったかくて気持ちがいいわねぇ」

「……うん」

 

 温泉に入るために髪をまとめ、さらされたマキマのうなじにユカリが顎を乗せて目を細める。

 はじめは僅かな遠慮と抵抗があったマキマも、すっかり諦めたのかされるがままになってユカリに体重を預けてくる。

 ほんのりと色づいた肌が照れを感じさせて、ユカリにはたまらなく可愛らしく思えた。

 幽々子はこういうとき、肩を組んで一緒に湯に浮かべた日本酒を飲むのだが、旅館ではさすがにそうもいかない。

 二人しかいないために実質貸し切りのようなものではあるが、そのようなことをするならば必ず関係者の許可が必要になるのだ。

 

「マキマ」

「……ん、なに? ユカリ」

 

 抱きしめられたまま動かないからだろうか、惚けたように黙っていたマキマが遅れて返事をする。

 

「お互いを深く知って触れ合うのは気持ちがいいものだから、もっともっと知りましょうね」

「うん」

「どう? あなたは今、満たされてる?」

「……おいしいお酒があれば、完璧かな」

 

 ユカリの笑いがこぼれる。

 マキマも随分とわがまになったものだった。しかし、人の心から生まれて人の形をしているものならば、欲が満たされてもまた、もっともっとと欲望は際限なく生まれてくるものである。人の心から生まれた生き物である二人にとってもそれは同じこと。

 満たされてもまだ先を求める心は最もリラックスしていて自然な状態とも言える。人間はなにを埋めても永遠に満たされることがない。ならば、お互いに満たし合って、少しでも心の埋められる箇所を増やして行くしかない。

 

「私も同感よ。お湯からあがったら、あったかいお酒でも飲みましょうか」

「近くにあったよね、私卓球もしてみたいな」

「いいわよ、いろんなことをしましょう。ティラミスたちのことはいつでも様子を見に行けますし。のびのび楽しんでしまいましょう」

 

 マキマの柔らかい体を抱き留めたまま、ユカリは笑う。

 

「今度は二人きりだけじゃなくて、他のみんなとも来れたらいいわね」

「いいね。賑やかなのもきっと楽しいんだろうな」

「ええ、きっと」

「……佐原ちゃんも、一緒に行ければ良かったなあ」

「……今度は、後悔のないようにしましょうね」

「……うん」

 

 佐原が亡くなってすぐのことである。マキマは四人で同じように遊べなかったことを心から悔いている。自身が思っているよりも、ずっとずっと深く傷ついて。

 

 穏やかな暑い夜。熱い温泉を堪能して、はじめての卓球を楽しみ、そして熱燗を飲み交わしてひとつの布団で寄り添うように眠る。

 

 心の休養をするにはピッタリのスケジュールだった。

 




・マキマの飼い犬
ティラミスとシュークリーム以外名前が判明していなかった……はずなので他の子は捏造です。お茶犬シリーズのスイーツ犬から名前を取って来ています。可愛いから。

・散歩
現在は特に、夏場は夜しか散歩できないですよね。光る首輪は昔あったかどうか微妙ですが、マキマは犬の安全のために自分もちゃんと光らせているとおもいます。犬のこと大事にしているでしょうし。

・温泉
女同士だとあんまり肉体的なことについては話さないけどじゃれあいはそこそこする。よほど仲良くないと隣に座るくらいしかないけれど。
幽々子はぷかぷか仰向けで浮いて妖夢にそれってダメなのでは!?と怒られる。

・時系列
1993年本編とそんなに変わらない。夏の間の話。
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