カルト
「デンジくんを囲っているヤクザが悪魔に手を出していたら、殲滅するのも簡単なんだけどな……」
「公安の退魔課とは管轄が違うものね」
「うん、こういうとき組織って面倒くさいなって思っちゃう。もっと自由に動けたら楽なのに」
「思っていても『支配』を使わないあたり、偉いと思うわよ」
「たまに我儘で支配を使いたくなるときもあるけどね。でも、それって独善でしょう」
「そうね、公僕なんだから社会正義を基に動くべきではあるわ」
「怖くて理不尽なことを言う上司はみんな支配しちゃったけどね。だって言ってることが二転三転しすぎてるんだもん。私をいじめたいだけの老人に差し出すリードはないよ」
ここでドッと笑うのが妖怪と悪魔所以である。
あまりにも便利すぎる力を持っている者は案外、その力を使うことに自分なりのルールを敷いている場合が多い。それはあくまで心情的に敷かれたラインであるが故に覆されることもあるが、マキマの場合はなるべく人間として社会に貢献し、人間として社会に溶け込み、人間と同じ手段を用いて人間のためになる平和を築くことがそれにあたる。
八雲紫が無闇に主要人物や妖怪の境界をいじって無理矢理従わせようとしないように、全ての手綱を自分一人で握ろうとしないように、万能にも思える力を持つ生き物はその力をそれなりにセーブして生きている。
強者であればあるほどその傾向は強い。
そして、強者であるからこそ己の能力を忌避する場合もまた存在する。
マキマがこのやりとりを思い出したのは、ある建物の倉庫内に縛って転がされて、己よりも先に捕獲されていたのだろう存在を認識したからだった。
「あれ、ああ? ああ、支配ちゃんだ」
「あなたでしたか……」
ボロい倉庫の中に縛って転がされていたのは死の悪魔である。
期待していた人物と違っていたことに安心するやら、呆れるやらしてマキマの声色は冷たい。
「あれ、なんで支配ちゃんがここにいるの? ここって麻薬配り歩いてるカルト組織だけど……ああ、もしかして取り締まり?」
「違いますが……」
死の悪魔は床に横たわりつつも顔をあげてマキマに次々話しかける。
マキマのほうはというと、心の底から嫌そうな顔をして短い言葉だけを返してさっさと話を切り上げようとしている。姉妹による温度感の差と悲しいすれ違いが発生していた。
「ユカリじゃなかったのならわざと捕まってみる必要はありませんでした。はあ……」
マキマは一人で活動していた際、自身をつけて歩いている人間がいることも把握していた。
その人物を誘導しながら路地裏に入り込んで、話しかけられることにも成功した。
「お前の妹を預かってる。助けてほしかったら大人しく一緒に来るんだな。公安のデビルハンターさん」
マキマは一瞬「妹……?」となったが、彼女の交友関係で捕獲されていると困るのはユカリや姫野だ。もしかしたらどちらかを姉妹だと勘違いをして捕らえているのだろうか。マキマがそう思うのも無理はない。
ハッタリだとしても男からは悪魔の残り香がしていたため、組織犯罪の中に悪魔が介入している可能性が高い。
マキマが男についていくことに決めたのは、退魔課の自分が潜入をして暴れてもある程度は許される存在だと判断したからだった。
正攻法の取り締まりはできないが、被害者として助かるために暴れるのであれば権力を持つ彼女は結構な無茶が通るので。
ついて行った先でわざと無抵抗でいる彼女は乱暴に縄で縛られ、いったんここにいろと倉庫に蹴り入れられ、そして先に捕まっていた死の悪魔と邂逅したのである。それ以外のことをされることがなかったのは幸いと言えた。
死の悪魔は姉なので完全に人間たちの勘違いなのだが、姉妹なのは間違いない。確かに今の死の悪魔は姿がマキマよりもよほど幼い。姉妹を逆に捉えるのも仕方のないことだろう。
腕を縛られたまま、マキマは倉庫内を観察する。
死の悪魔が言った通り麻薬の匂いがしていた。表のビルには要注意組織として見覚えのある名前が掲げられていたし、胡散臭いカルトが麻薬もやっているということだろう。
弱者の心につけ込んで金を搾り取り、薬に沈めるような手段は『支配』の形のひとつではあるものの、真っ当な人間として育てられたマキマには不快に映る。
さてどこから崩してやろうかと彼女が考えていると、死の悪魔が緩慢に口を開いた。
「ユカリって……支配ちゃんのお友達だよね。この前挨拶に来てくれた綺麗な女の人。悪魔でも、人間でもなさそうな不思議な子だった」
死の悪魔のことを無視しようとしていたマキマは、その言葉にバッと自身の姉を見据える。横たわったままの無機質な瞳がマキマを見上げていた。温度のない瞳だ。
かつての自分と同じ、なにも考えていないようにも見える無感情な瞳の奥に、ほんの僅かな興味の光があるように見える。
はじめに抱いたのは危機感。ユカリが勝手にこの悪魔と出会っていた事実に、そして次にそれを自身にも話していなかった事実に子供っぽい不満を抱く。
マキマにとって大切な友人になったユカリは、どんな悪魔とも恐らく対等に渡り合える存在である。不意打ちさえ受けなければ彼女はその洞察力を駆使して自身を全ての能力から守ることができるだろうから。
そしてそれは、マキマ以外の強者にとってもユカリが貴重な友人になり得る存在だということでもある。
単純にマキマは怖かった。
なにを考えているか分からない姉に、友達が取られるのではないかと思ったから。
「その子が捕まってると思って確かめに来たの? 驚いた、本当に支配ちゃんに仲の良い友達ができたんだね。少しだけ羨ましいな」
しかし、マキマの抱いた恐れは死の悪魔自身の発言により杞憂となった。
その瞳の中にあるのは興味、いや羨望だ。姉の視線に射抜かれながら、マキマは不思議と気分が上向くのを感じた。
それは明らかな優越感である。今ならこの怖くて得体の知れない姉でさえも『支配』できてしまうと確信できるほどの優越感。
己の気持ち次第でどんなものでも支配できてしまう彼女は、今最高に満たされている。勢いだけでこの世の全ての生き物を手中に収めることさえできてしまいそうなほどの万能感を得て己の姉を見下した。
そこには先ほどまでの恐怖など微塵も残っていない。
ユカリがこの場にいたら間違いなくマキマを叱っていただろうが、彼女の姉妹嫌いは筋金入りである。
万能感を得たところで止まり、本当に支配しないだけでもまだかなり理性的だった。
「ユカリは私の友達です。あなたには友達の姉という立場以外にはなり得ませんから」
「なんでお姉ちゃんって呼んでくれないの?」
「反抗期だからです」
「そっか、支配ちゃんも反抗期なんてものがあったんだね。お姉ちゃん嬉しいな」
「その姉ヅラするのをやめていただけませんか? 不快です。あなたも死の悪魔ならもっと恐ろしく、悍ましく、美しく、理不尽な存在であるべきでしょう。なぜあなたまでそんなに……人に近い姿をしているのですか」
「支配ちゃんは理想が高いね。でも、反抗期って言ってたわりに私の評価がとっても高くて可愛い。私に最強であってほしいんだ?」
「不愉快です。その口を今すぐに閉じてください。最強なのはチェンソーマン以外にはありえません」
明らかな牽制行為をするマキマを、全く意に介さずマイペースに話しかける死の悪魔。マキマからのピリピリとした反応に、はたから見れば胃が痛くなるような緊張感が漂っているのだが、本人たちはこれが通常通りだ。
姉のほうはどうにか仲良くしたいのだろうが、いかんせんマキマが彼女を嫌っている。いや、徹底的に苦手意識を持っていると言うべきだろうか。
反発心を抱いているために、死の悪魔の言葉にいちいち腹が立つのだろう。ムッとしたままマキマは彼女を見下ろしている。
「……ところで、あなたはなぜここに? いくら腑抜けていようと、死の悪魔が人間如きに捕獲されるような恥を晒すとは思いたくないですが」
「薬をいっぱい入れられてオーバードーズしたら死ねるかなって思って」
「……」
死の悪魔の首筋や縛られた腕には、よく見れば無数に注射針の痕跡がついている。自ら受け入れて薬漬けになってみていたらしい。
マキマは素直にドン引きした。
「支配ちゃんはお酒も平気なんだっけ。なら薬も大丈夫なのかな?」
「薬が私を支配できるわけがないじゃないですか」
「麻薬の悪魔が相手だから、薬を入れられたら操られたりするかもしれない。試してみようか。支配ちゃんの大好きな人が、とっても心配してくれるかもしれないよ」
「……お断りします」
いつのまにか死の悪魔の拘束は解かれていて、その手に注射器が握られていた。
それを見てマキマは舌を打つ。死の悪魔本人の気まぐれでマキマをからかいたいだけか、それとも本人の言う通り操られているのか判断がつかない。
薬を打たれて乱れる自分を助けに来るユカリ、というシチュエーションを妄想しなかったわけではないが、マキマは公安のデビルハンターである。そんなご都合エロシチュエーションに浸っていていい立場ではない。
ほんの少しだけ名残惜しいが彼女はすぐさま手首から出した鎖を利用して縄を裂き、死の悪魔の制圧に入った。
能力さえ使わないのであれば死の悪魔も肉体は人間並の強さしかない。鎖で拘束し、注射を取り上げれば「薬で乱れる支配ちゃんも見たかったな」などとのたまう。
マキマは死の悪魔を引っ叩くか少し迷って、やめた。相手にするだけ無駄だと思ったらしい。その代わり、あまり話しかけられてもイライラするだけなので鎖で締め落として気絶をさせた。どっちもどっちである。
「神隠し、電話は通じそう?」
「はぁい、携帯電話ならここにあるわよ。ちゃんと通じると思います。家にかけますか? それとも退魔課本部?」
神隠しのスキマ空間から渡された携帯電話を手にしてマキマは電話をかける。先に公安からだ。
ようやくレンタルではなく、四月に売られるようになった携帯電話を購入したのはつい先日のことである。それまでは公安でレンタル契約した携帯電話をグループごとに配布して利用していたが、やはりこうした個人で事件に巻き込まれた際にはすぐに電話ができるというだけで有用である。
マキマは警察のほうでターゲットにしていたカルト組織が悪魔を利用していることを理由に、処理の管轄を公安に移してそのまま活動を開始する。
そして次に家にいるだろうユカリに電話をかけておくことにした。いなくても神隠しに伝言を頼むだけである。
「強者こそ己の能力を忌避する……というのは、なぜなんでしょうね」
家の電話にかけたがユカリは出なかった。
神隠しに伝言を頼んで帰し、マキマは気を失っている死の悪魔を抱いて倉庫から出る。
それ以降は、ゆっくりと上の階へ歩みを進めながら鎖や神隠し、猫や酒、様々な悪魔の力を使いながら手を触れることもなく制圧していくだけだった。
その制圧スピードは早く、無感情にも見えるその瞳の奥には僅かな苛立ちと怒りを宿して、あどけない顔でよだれを垂らしながら眠る姉を抱いて歩く。
「不愉快です、なにもかも」
麻薬の悪魔は数秒も経たずに殺された。
悪魔によって薬漬けにされたカルトの信者や幹部も全て無力化され、無数のパトカーの音が近づいてくる。
その音を聞きながら、マキマは最上階で足を組んで姿勢良く公安の仲間が到着するのを待っていた。
「あら、これはまた派手に暴れたわね」
そうしていると、背後から声が聞こえて振り返る。
「ユカリ、やっと来てくれたんですね」
「お待たせしました」
ユカリはマキマの腕の中にいる死の悪魔を見て驚いたような顔をしたあと、彼女から事情を聞いて死の悪魔を預かった。
戸籍もろもろなにもせずに学校へ通っているだろう死の悪魔が被害者としてこの場にいると、いろいろと手続きが面倒なことになる。故にユカリが先に連れて帰って現場対応にはマキマが残ることにしたのだった。
「ユカリ、あとで『シーお姉ちゃん』のことで話があります」
「あら……それは怖いわね。帰ってくるのを待っているわ」
マキマからもらった扇子で口元を覆い、「恥ずかしいならお姉ちゃんなんて言わなければいいじゃない」と笑ったユカリがスキマの中に消える。
後に残されたのは、耳まで真っ赤に染まってお姉ちゃん呼びをさっそく後悔しているマキマだけだった。
またもやギリギリだったので誤字脱字その他ありましたら申し訳ありません。
誤字報告、評価、ブックマーク感謝致します。
・死の悪魔
チャレンジ中だった。
どエッチな目にはあってないけど、薬でぽやぽやするどエッチな顔はした。
・マキマ
お姉ちゃんのことは嫌いだけど、それはそれとしてぽっと出の悪魔や人間にいいようにされているのを見るのは解釈違いで発狂しそうだった。姉妹に感じている感情もなかなか重いし拗らせている。シーちゃんに対してだけわざと、ずっと敬語で話していた。可愛いね。
この姉妹の殺伐としてんのにズレてる会話ずっと聴いていたい。
本当はマキマさんがお注射されるどエッチシチュエーションが見たくてこのテーマにしたはずだったんですけど理性が勝ちました。
・ユカリ
チェンソーマンに対する感情と似たようなのを姉に抱いてるマキマを知って、めんどくさ可愛い〜!ってなってる。
・麻薬の悪魔
カルト宗教も猛威を奮っていた時代なので絶対カルトの悪魔と麻薬の悪魔はいると思う。ただまあ、ジャンプで描写できるような存在ではないよねとも思う。存在がセンシティブすぎる。
……と思ってたのに性病の悪魔と二部のもろもろを見て宇宙狼と化しました。
イェーイ藤本タツキ天才天才天才天才!だいてんさーい!!!!!
よく編集OKが出てるなとずっと思ってる。
予言のナユタを履修したくて短編集買って呼んだ結果、シカクで胸を射抜かれました。あまりにも天才的に可愛すぎる女の子。性癖に突き刺さりすぎてもはや抜けない。アマプラでアニメのほうも見ましたがめちゃめちゃ良かったです。