映画館でポップコーンをつまみながら、明るい画面を眺めている。
画面の中で歌い、踊り、調子に乗って大きな気持ちで若さゆえの可愛らしい過ちをおかす子ライオンの姿がそこにあった。
父の執事たるサイチョウから他の動物たちとミュージカルを繰り広げることで逃げ切り、国の外であるゾウの墓場でハイエナに追いかけられる小さな小さな子ライオンの冒険と危機。
裏で暗躍する王弟と、それに共謀するハイエナたち。
子の危機に自身の身をかえりみずに助けに来た誇り高き王様ライオンの家族愛。
親子の絆。
そして、兄弟であっても争い、支配者が交代し、国に訪れる飢餓と死。
親族でなくとも、行きずりの仲間と真の友達となって笑い、しかしいつまでも罪悪感に囚われ続ける青年ライオン。
青年ライオンの恋と、悩み。そして彼の罪悪感を溶かすようにやってきた王様ライオンの意思。
王様ライオンの形をした雲が青年ライオンを導く姿を見て、マキマは涙を流した。
家族以外のかたちでの絆もその映像の中にはたくさんあった。しかし、マキマが焦がれるのは家族のような関係。
対等な友達を得てなお、彼女の欲は大きく膨らみ、そして終わりが来ない。その自覚を得てなお焦がれ続ける『家族』という悪魔には決してあり得ない絆の形。
それらを明確に描いた動物たちの物語の最後に、決して相入れることのない弟ライオンがハイエナたちによって食い殺される。
今の国を変えよう、ハイエナたちも幸せな国をと彼らを利用するだけ利用して、自身の旗色が悪くなった途端に責任転嫁をしてハイエナを悪く言い出す弟ライオンに、ついに顧みられることのなかったハイエナたちが牙を剥いて襲いかかったのである。
野心だけを優先し、利用したものを見てやらなかった報いがやってくる。
そうして悪い支配者が滅び、正当な王が誕生して次の世代へ絆は繋がっていく。
エンディングを終え、暗転していた館内が明るくなってからマキマはいつもユカリとともに入る喫茶店に移動する。そして二人それぞれいつものように飲み物と軽食を頼んでから映画の感想を語り始めた。
ライオンキングが上映された六月の出来事である。
「寂しかったのかな……」
「どうかしらね、スカーは自分が一番上に立ちたかっただけかもしれないわよ」
「うん、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。分からないな……手に入れたものをちゃんと管理してないのも、なんでだろうって不思議」
「いざ手に入れたら満足しちゃったんじゃないかしら? 心が燃え尽きてしまうこともあるわ。それか、思っていたように上手くいかなくてモチベーションが保てなかったとか」
「政治って難しいもんね。肉食と草食が一緒に住んでる国なら、バランスを取るのも大変そうだし」
「たった一人で上に立つのは難しいものね」
「……うん、人間のほうがそれはよく知ってるんだね」
ユカリの視線がマキマに突き刺さる。
別に責めているわけではない。しかし、マキマが考えていたひとつの手段ではあったために、過ぎたことを酒の肴にするようにネタとして振っているだけだ。
意図を理解しているマキマでなければ普通に嫌われる行為である。妖怪同士であるならばよくあることだが、人間社会ではこの手のコミュニケーションをしてはならない。
「動物の動きがすごくリアルで良かったなあ……アニメ映画もやっぱりすごいね。私はユカリが来るまで、あんまりアニメーションに注目してなかった。人の演技とかの緩急が好きだからかな。でも、あれはあれで名作は生まれるんだなって」
「この作品は特にそうよね。本当の動物を使って撮影できるわけじゃないし……その点、去年のジュラシック・パークはアニマトロニクスを使った撮影がお見事でした。必要最低限の見せ場だけで、あとは見せずに恐怖を煽る映像になっていましたもの」
「そうだね、CGの力もここまで来たか……って驚いたよ」
その後も人の演技はやっぱりいいものだとか、ミュージカル調になっている洋画は明るくて楽しいだとか、他愛もない話を続ける。
そうしてゆっくりと軽食を楽しんでから、帰り道にある店に気まぐれに入って服を見たり、雑貨を見たりしながら帰るのだ。
特別なことはなにも起こらない、休日のありふれた一日はこうして夜を迎える。
「それじゃあ、私は一度戻りますね。ちゃんと一人で眠れるかしら?」
「ユカリは私のことをなんだと思ってるのかな」
「寂しがり屋さん?」
「お互い様でしょう」
「ふふ、そうね。おやすみ、マキマ」
「おやすみなさい」
一人でいるために薄着になったマキマがベッドに沈む。
まわりにわらわらと集まってきた犬たちに囲まれて。普段は近づけさせないベッドの下に集まった犬たちはそれぞれ彼女の寂しさを埋めるように丸くなってマキマを囲み、眠り始める。
ベッドから手を投げ出して近くにいたドーナツの口元を撫ぜると、機嫌良さそうにペロペロとマキマの手を舐める。
ひゅんひゅんと伏せたまま甘えるような声で鳴く犬たちを見つめ、しょうがないなとばかりに順番に全員を撫でると、ようやくマキマはベッドの上で目を瞑る。
だが、こうして隙間を埋められても静かになると考えてしまうのだ。
心のどこかで、未来の悪魔が言った言葉がぐるぐると巡っている。
選択肢。
自身が選ぶ最悪な選択肢とはなにか。
もしなにかあるとするならば、それはデンジとポチタに関することに他ならない。
(特異課ができるのは良くて来年の夏……迎え入れる準備ができてから保護するつもりだったけれど、これが良くない選択肢なのかな)
考え始めてしまえば眠気はどこかへ行ってしまう。
ベッドの上で丸まりながら、細く目を開いて布団の中の暗闇を見つめた。
暗闇の中に自分と同じ瞳がこちらを見据えてきているように見える。
マキマを見つめる『支配の悪魔』としての本能が語りかけてくるのだ。
「……うるさい」
冷たい声でマキマが呟く。
「もしそれで、万が一にでもデンジくんが死んじゃったらどうするのですか。デンジくんとポチタにだって、コンビとしての動きに限界はあります。遠隔で悪魔を使役して彼らを両方失うことになる可能性は排除するべきです」
「私はデンジくんとも仲良くしたいと思っています。それに、デンジくんを見殺しにしたとしたら、ポチタは私を許してはくれないでしょう。許されるはずもありません」
「私たちが消えることで世界がどうなるのかは不透明です。あまり大きな賭けに出るものではありません。それに、ユカリにダメって言われたから」
「なにが言いたいんですか」
「やらない。絶対に」
「私の夢は、ユカリが叶えてくれた。人類の平和は、少しずつ成せばいい」
「それでも、私はもう、そういうことはしないって決めたんです」
「それのどこが悪いんですか。嫌われたくないと願うことに罪はないでしょう。せっかく仲良くなれた人たちからわざわざ離れるような真似はしたくありません」
「それじゃ意味がないんです。ただ、虚しいだけじゃないですか。そんなことをしても、きっと満たされない」
「……命令です、黙ってください。眠れないじゃないですか」
頭を抱えて丸まるマキマは冷や汗を流しながら震える。
本能から来る言葉は命令をすることでようやく聞こえなくなったが、本来の自分がなにを考えているのか、それを自覚してしまったマキマは自己嫌悪に陥りながら目をぎゅっと瞑る。
今の彼女は強く、強く自己否定しているようなもので、それが悪魔としての本能が囁きだすほどの息苦しさを産んでいた。
「ユカリ……」
自分の体を抱きしめてマキマは眠る。
あたたかい季節になったというのに、一人身を震わせながら。
寂しがり屋な支配の悪魔は、自分を安心させてくれる誰かのぬくもりをいつまでも求め続ける。
満たされても、満たされても、埋まることのない。
支配を冠するものの呪いのような寂しさを抱えたまま。
いつまでも、いつまでも、際限なく求め続ける。
人間のような際限のない欲望が悪魔の心を蝕んでいく。
人間と同じように、その欲に終わりが来ることは決してない。
彼女にできるのは、時間をかけながら自らの手で己の中の欲望と折り合いをつけることのみ。それは自分にしかできないことだ。
八雲紫も、そうして長い間生きてきたのだから。
「……眠れない」
ベッドから降りて犬たちの中に混ざり込んで床に横たわる。
彼女の隙間を埋めるように犬たちが集まってきて、腹や腕に頭を乗せて眠り始める。
「後悔をする前に……デンジくんを迎えに行こう。暴力団から上手く隠れて、神隠しして、しばらく私の家で隠してあげればいい。そばにいれば、彼らが死ぬような目になんて、遭わせない……絶対に」
呟いて、マキマは眠りに落ちていく。
八雲紫の知らぬところで、物語は大きく流れを変えようとしていた。
・映画館デート
休みの日にこれ以外にもいろんな映画を見ている。
・マキマ
本能の言う通りにしたルートが原作という想定です。ゾンビの悪魔は1995年の「アウトブレイク」がきっかけで発生したんじゃないかな。
恐らくデンジが死ぬことは想定済みで、ポチタまで瀕死の攻撃を受けてデンジを優先したことは想定外だったんだろうなあと。
そうです、早めにデンジくん確保ルートになります。いろいろ変わる予定。
マキマの意識次第でもちろんユカリを支配可能。ユカリが対策していなければ、支配の力は使う本人の意思次第ですからね。
ユカリは、マキマがもうそんなことできないと確信しているのでプロテクトをしていません。
・ユカリ
マキマが悩んでいることは知っているが、もう自分の心の問題は自分で解決するしかないので静観中。ただ、未来の悪魔についての一件は知らないため、さらに悩みが増えていることは把握していない。
そのうちマキマがデンジを早めに連れてきたとき、ものすごくびっくりする未来が待っている。
神隠しの主犯のユカリじゃなくてマキマが神隠ししてどうするねーん!ってなる。