「個室にしたから、ここならちゃんとお話ができると思います」
案内されてきたのはこじんまりとしているが個室もあり、しかし常連客が大半を占めるような店であるようだった。案内された個室でジャケットを脱ぎ、席に座ったマキマに続いてユカリも席に着く。
「あら、いい雰囲気のお店。騒がしすぎず、静かすぎず……地元で愛されているようなお店ね。あなたのお気に入り? お酒も美味しそうでいいわね。ありがとうございます、マキマ」
「お金はあるの?」
「代わりにひとつ、必ず質問にお答えいたしますわ」
「ないんだね。注文はこっちでさせてもらうから。とりあえず生二つで頼んでおいていいかな」
「たまには発泡酒もいいですね。マキマに任せます」
ニッコリと笑みを浮かべ、自身の財布がないことを伝えてもマキマは眉ひとつ動かさずに店員を呼ぶ。
この時代の金銭がないわけではなかったが、ユカリは彼女がなにも知らないことをいいことにそのことを伏せて答えた。もちろん90年代に合わせ金銭を用意しているが、本当に使用できるかどうかの確証がなかったので。
時代の移り変わりによって絵柄も変化し、硬貨さえ変化することがあるため、完璧に覚えているとは言えない。人前での失敗はなるべくしたくないのだ。
初対面で友達になりたい相手に
「それで、質問に必ずひとつ答えてくれるんだっけ……それしか答えないわけではない? ああ、これはその『絶対』の質問には含みません」
「そんなに構えなくても大丈夫ですよ。私が、卑怯な揚げ足を取るような妖怪に見えて?」
「見える」
「誤解されてしまうだなんて悲しいことです」
本当に悲しい気持ちになっているが、八雲紫は往々にして誤解されるものなのでこのような対応にも慣れきっている。涼しい顔で受け流すことが余計に誤解を深めるきっかけになっていることにユカリ自身も自覚はあるが、そういう性分なのでこの先もずっと改められることはない。
「まずは、そうだね……どうして私を知っていたのかな?」
「ご注文の品お持ちしました」
「ありがとうございます」
マキマの質問は直前で当たり障りのないものに変更されたらしい。個室に店員が来た気配を察知したからだろう。生ビールがそれぞれの前に置かれ、マキマがメニュー表を手にしたまま店員に注文をしていく。
「温玉乗せシーザーサラダ、あんこうの唐揚げに、太刀魚のアヒージョ。それから……」
「意外と食べるんですね。私は白魚といくらの羽釜ご飯を」
「注文はこっちに任せるって言ってなかったっけ」
「一品くらい食べたいものを言ってもいいでしょう」
「どうされますか?」
「彼女が言ったものも追加して大丈夫です」
無事にユカリが望んだメニューが注文に追加される。通らなかったらそれはそれで、スキマを使って勝手に他所から料理を持ってくるだけなのだが、悪魔騒ぎになりかねないためそれを避けることができて良かったと言える。
一通り注文が済んで店員が下がると、マキマがジョッキを手にする。
「乾杯?」
「乾杯。一口いただいてから話に戻りましょう」
二人でビールを口につけ、しばし沈黙。
「私があなたのことを知っていたのは、見ていたからです。人間に味方している悪魔に興味があったものですから。久しぶりに外に出て悪魔社会になっているものですから驚きました」
「悪魔社会に……? どういう意味でしょう。悪魔はかなり昔から人々の恐怖を根源にして存在していたと記憶していますが」
「大昔は悪魔ではなく妖怪と呼ばれる種が闊歩していたんです。もう4桁くらいは昔の話ですから、知らなくても無理はありません」
真っ赤な嘘である。
自身が悪魔ではなく妖怪であることの説明をするためにでっちあげた歴史だ。八雲紫は違う世界からやって来ている故に恐らくこの世界ではただ一人の妖怪だろう。同じように人々の恐怖や認識を根源とする種であるため、妖怪が去って、代わりに発生し、根付いたものが悪魔と呼ばれるようになった……と、そういう説明をすることにしたのだ。「異世界からやって来ました」よりよほど自然に受け入れられるだろうと考えての答えだった。
実際、幻想郷の妖怪たちと悪魔との違いは容姿が人に近いかそうでないかくらいのものしかない。闇の悪魔がいるように、幻想郷にも宵闇の妖怪は存在するのだ。精神性が幼い故に、実力者の間での脅威度はそこまで高くはないが。
そして妖怪についての大体のことを話し、マキマが顎に手を添えて思案する。
「ふうん、妖怪も悪魔と似た生態をしてるんだね……では、あなたはどんな妖怪なのでしょう? 私のことはすでに知っているようですし、教えていただかなければ平等とは言えませんよね」
「私が嘘を言ったり誤魔化すと思っているのでしょうか? まさか、そんなことするはずがございませんわ。私は八雲紫。一人一種族のスキマ妖怪。私の根源は『境界』にあります」
「境界?」
ここで八雲紫の喋りたがりスイッチが入った。
妖怪は基本的に自己顕示欲が高いので、自身のことを知らないものに話すのを好んでいる。稗田のインタビューや天狗の新聞記者にも聞いてもいないことを饒舌に語り、聞かれたことには答えないというのがしょっちゅうあるのだ。
「ええ、境界。ありとあらゆるものに境界は存在します。建築物、人種、国境、種族と言った形のあるものから、山と空、人間の皮膚と外部の空気といった概念としての境目。山と空を隔てる境がなければ山も空も存在しません。全てのものから境界が失われればそれは、それぞれの個を保つことができず、ひとつの大きなものとなります」
大仰に身振りを交えて話しだしたユカリを見つめながら、マキマはジョッキを煽る。早々に泡のリングを残して飲み干されたジョッキがひとつ、テーブルに置かれてメニュー表がまた手に取られた。
「……故に境界はあらゆるものに存在し、あらゆる概念への恐怖を己のものと定義することも可能です。己を失うことへの恐怖。それは死への畏れとほとんど同一のものです」
「かなり強い概念ですね。悪魔の名前で聞いたことがないのが不思議なくらい。店員が来たらもう一杯生ビール頼みますけど、ユカリはどうしますか?」
境界の悪魔は聞いたことがない。そう結論づけながらマキマはユカリを尋ねる。聞けば聞くほど強い概念に思えるが、彼女も聞いたことはないようだ。
もし地獄で聞いたことがあったとしても、殺されて地上に追い出されるまでが異様に早い支配の悪魔は記憶を持ち越せないので当たり前のことだが。
「広い定義であるが故に、特定のものに対する恐怖心としては確立しづらいのでしょう。境目をなくしたら……という恐怖に気づき、怯える人間はほとんどいないと言っていいでしょうから。それでも私が存在するのが、妖怪と悪魔の違いと言えるでしょうか。妖怪は認識も存在確立に影響しますからね。私も飲みます。いっそいくつか同時に頼んでおいたほうがいいかもしれません」
「そっか、妖怪は恐怖だけじゃなくて認知度も関係するんですね。面白いですね。それならチェンソーマンの活躍を広報しても、あなたの知っている時代の基準だと弱体化に繋がらないんでしょうか。ユカリも結構飲むほうなんですか?」
「認知度が広がることにはメリットもデメリットも存在しますね。たとえば……人々の噂で生まれた『口裂け女』や『八尺様』という存在がありますが、日本人のキャラクター化をして愛でる対象にもなって、少し弱体化したりしています。妖怪はお酒が好きなので強いほうですよ。じゃんじゃん頼んじゃいましょ」
「そういうところは一緒なんですね。それなら一気にジョッキ六つくらい頼んじゃおうか」
「あとで洋酒も混ぜてくださいね」
「チャンポンしちゃうんですか?」
「お酒には強いので」
「じゃあ、私も日本酒いっちゃおうかな……同僚とか同じ課の子と飲みに来ても私のペースで乱して酔い潰れちゃうことが多いから、よほど大人数じゃないと気兼ねなく飲めることってあんまりないんだ。介抱しなくちゃいけないから」
マキマの口からチェンソーマンの単語が出たために一瞬言葉を止めたが、それも本当に少しの出来事だ。彼女の質問に答え、ユカリはテーブルの大きさを眺めてから頷く。どれだけ頼んでもユカリの懐は痛まないのでマキマが頼みたいのなら頼めばいいと思っているのだ。他人が出した金で飲むお酒は極上なので。
「お待たせしました。こちら注文した……」
ビールやワイン、日本酒などとともに食事を楽しみ、次々と空いていくグラスを片付けてもらいながら二人は会話を続ける。
「あんこうの唐揚げって美味しいですわね。こっちの太刀魚も素敵。私の住むところには海がないもので、海産物を食べる機会があんまりないんです」
「お刺身盛りでも頼みましょうか?」
「ぜひ」
「すみません、店員さん」
テーブルの上が食事で溢れかえり、その場に他者がいたならこの二人の美女のどこにそれほどの量の食べ物と飲み物が消えていっているんだろうと疑問を抱くほどに楽しんだ二人は二時間後には最後のデザートを頼んでいた。
「私はアイスで締めるわね。バニラの」
「じゃあ私は杏仁豆腐にしようかな」
最終的に空いたジョッキの数は店員が引くほどである。
デザートの注文を終え、テーブルの上がすっかり片付けられた頃にマキマが話しかける。
「全然酔ってないね。妖怪がお酒に強いのは本当なんだ」
「意図的に酔うこともできますけれど、今はあなたとしっかりとおしゃべりしたい気分だったので」
「嬉しいな。そんなに私とお友達になりたかったんだ?」
「ええ、もちろん。食べている間に映画の話もたくさんできましたし」
マキマは「もしかして口説いてるつもり?」と緩く笑みを浮かべて首を傾げてみせている。かなりあざとい仕草だったが、ユカリも同じように「だったらどうします?」と微笑んで返す。
「どうもしないかな。ユカリはB級映画も好きみたいだから、ちょっと趣味が合わないし」
「明らかなB級映画もいいものですよ。お酒を飲みながら笑って見られますし。ツッコミどころを誰かと共有しながらお話しできたら楽しいものです」
「そういうものでしょうか。映画館だと話しながらの視聴はできないから、やっぱり見てもいいことはないと思いますが」
「そういうものよ。見た後の感想戦でボロクソに貶しながら話すのもきっと楽しいわよ」
「趣味悪くない?」
「性格が悪いと言わないだけ優しいわね」
「あ、遠慮して言わなかったのに」
だんだんと口数が増えていく。
この辺りで到着したデザートをそれぞれ手をつけた。
「あなたもいろんな人間の人生を覗き見しているでしょう? 人間の人生も映画のようですわ。面白みのない単調な人生もあれば、激動で見ていて楽しい人生もある。差はあれども懸命に生きてもがいている人間の姿は愛おしいものですよ。たまに、私たちと対等に遠慮なく接してくるすごい人間にも出会えるので人間観察はやめられません」
「映画の話をしていたはずなんだけど」
「映画と人間の人生を見ることは、どちらも私にとってはお気に入りの娯楽なんです。好きなものの共通点を語ることは感想のひとつでしょう」
「それについてはよく分からないな。人間の人生って見ていても十本に一本の傑作どころじゃないし、千に一つくらいかな」
「だからこそ、予想のできない行動をとる人間を見つけると面白いですよ」
「そういうものかなあ」
「そういうものですわ」
先に食器を置いたのはユカリのほうだった。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま、うん。おいしかったね」
「ですわね。いいお店を紹介してくださってありがとうございます」
「喜んでもらえたならよかった」
「ところで、どうですか? 私とお友達になってくれませんか、マキマ。お返事を聞かせてくださいな」
「うーん、どうしようかな……」
思わせぶりに悩む彼女を眺めながらユカリはテーブルに頬杖をつく。
「私といて楽しくありませんでしたか?」
「楽しかったですよ。そうだね、それじゃあこうしていいかな。仮友達ってことでどうですか?」
「あら、『仮』なんですか?」
「まだあなたが人間の味方かどうか分からないから。悪魔は人に近いほど人に親しい存在だって分かるけど、妖怪はどうかな」
「なるほど、信用問題ですか。なら、しばらくあなたとともに行動するのはどうですか? 現場のお仕事に同行したり、こっそり書類を手伝ったり、愚痴だって聞きますよ。スキマに隠れた私を見つけることはまず普通の人間にはできませんから、役に立ちますわ」
「どうしてそこまで私と仲良くなりたいのか……分からないのがちょっと気持ち悪いなあ……」
「ああ、どうして私はこうも誤解されるのかしら……とっても泣いてしまいそう」
そうやって泣いたふりしたりするところだと思いますよ、と指摘する式神や大笑いする鬼や亡霊の友人はこの場にいない。
「最近はよく一人で現場に出されてるし、ついてくるなら好きにしてください。もう少し実績を積めば一つ、特異課を新設する許しを得ることができるようになるんです。今は三課までしかありませんが、四課を新設したらユカリもどうですか? 私の作る部隊には魔人や悪魔も勧誘する予定でいるんです」
「あら、なんだかんだ言いつつ好感触……嬉しいですね。前向きに検討させていただきます」
八雲紫は本当に嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、今日はここで解散? それとも私の家までついてくる?」
「近くを見て回るのでいったん解散にしましょうか。マキマにはこれを渡しておきましょう」
スキマに手を突っ込んだユカリは、目の前にいるにもかかわらずマキマのすぐそばにスキマを開けてそこから彼女の普段つけているリボンを一本、手渡した。
「これは?」
「私が逃げるのではないかと思われると困りますもの。目印のようなものです。それを身につけていてくださったら、寝ているとき以外は呼べばいつでも会いに行ってさしあげますわ」
「真っ赤なリボン。そのスキマってやつについてるのと一緒でしょうか」
「ええ、私の髪を結んでいるものでもあります」
「つけてみてもいい?」
「どうぞ」
マキマは、言うが早いかその場で自身の三つ編みの先端にリボンを結ぶ。現在のユカリと同じように。
「お揃いだね」
「そうですわね」
三つ編みにリボンを結んだマキマが肩に流してユカリに見せる。ユカリもまた、自身の髪を三つ編みした部分を前に流してマキマに見せた。
「よろしくね、仮友達さん」
「よろしくお願いしますわね、友達候補さん」
こうして、スキマ妖怪と支配の悪魔の初対面の夜は平和に過ぎて行ったのである。
一次創作書くときよりもさぁ! 二次創作書くときのほうが調べ物が多いんだけどぉ!!!
B級映画なんですが、「きさらぎ駅」が2も含めてあまりにも名作なんでぜひ全人類に見てほしい。アマプラで見れます。ホラーだけど笑えて、シナリオ構成は天才かよと思うほどの完成度。特に2。唯一無二の特異性があって発想の勝利って感じの映画で大好き。声が小さくて全然聞こえないのだけが難点。
作者本人が名作映画とかにはあんまり詳しくないんでちょ〜調べ物してるんですが、この時代にすでにドラえもんの映画あるのを見てこの時代か〜ってなってました。
B級映画を見る会みたいなのをDiscordで友人と開いているのでそういうのばっかり詳しくなります。B級映画好きでも耐えられない虚無みたいな作品もたまに罵倒と一緒に評判を聞いて逆に見たくなったりします。
近畿地方も白石監督のコワすぎを先に知っていたので、ホラーいつもよりもめっちゃ頑張ってる! と思いながらラスト付近でいよ! 白石節! となって内心手を叩いて笑ってました。幽霊は車で轢くもの。ただ監督がシナリオに合っているかどうかはちょっと……微妙だったんじゃないかなって。白石節はもっと合う作品があるよ……きっと……。