ズシンと巨体が崩れ落ちる。
腹に空いた傷口から臓物が漏れ出し、軽トラックほどもありそうな毛虫が横たわった。
「ポチタァ、今日の悪魔は結構強かったな!」
「ワン!」
毛を刈った部分を足蹴にしてチェンソーを構えたデンジが笑う。デンジに抱えられてチェンソーの悪魔も話を振られて元気よく返事をした。
「悪魔の駆除終わりました。毛虫の悪魔は毛ェ触ると毒だから気ィつけてくださいね〜」
「よくやったデンジ、こいつはデカいからな。そうだな……60万で引き取ってやる」
「っしゃ!」
ガッツポーズを決めて毛虫の悪魔から飛び降りたデンジは血で足を滑らせつつ、「おっとと」とバランスをとる。
悪魔を殺したらあとは彼を飼っているヤクザが後始末をする時間だ。お役御免となったデンジはそのまま帰路に就く。
「あんな大物滅多にいねーから、今月はこれで食っていかなくちゃダメだな。でも不思議だよなぁ……手品みてーにどんどん金が消えちまう。ポチタ、今月も食えるのは食パンと格安で手に入るパンの耳くらいだぜ」
「キュウン……」
「お前も俺も、すげー頑張ってるけど生きるって大変だな」
「クン」
「でも俺ァ、ポチタと一緒ならどんな生活でもやっていける気がするぜ。どんだけ身体が痩せてても、ポチタと一緒なら心ってやつは死なねーからな。お前もそうだろ?」
「ワン!」
「でも欲言うなら、俺たちの生活の中に女ァほしいよな。綺麗な女の人に頑張ったねって褒められたらきっと他のことなんてどうでもよくなるぐらい気持ちいいぜ」
「クウン〜」
「残りの金なんて気にせずに美味いモンいっぱい食って、雨漏りしねー家でゆっくり寝れて、毎日風呂入ってくせーくせー言われずにすみてぇし、世の中の普通の暮らしってやつはなんでも揃っててすげぇよなあ……俺たちにゃ縁のねー話だけどよ」
夢の話をしながら彼らは空を見上げる。
時刻は19時頃。空はすっかりと夜のカーテンがかかり、月が顔を覗かせていた。
「俺たちにとって、普通ってやつはあの月とか星みてーに手が届かないところにあるんだろうな。一生かかっても借金がなくなる気しねーし、普通の暮らしなんて夢のまた夢だ」
片手を天に伸ばす。
手の中で見える月を握ってみるが、デンジの手の中はカラだ。
しゃがんですぐ隣で歩いているポチタを撫でた彼はアンニュイな顔で微笑む。
「でも、夢くらいデッカく見て〜よな」
「ワンワン!」
「悪魔ぶっ殺して頑張ってりゃ、もっとマシな生活できんのかね」
「ワフ……クウン」
「無茶すんなって? ま、そうだよな。死んだら意味ねーし。俺たちはできる範囲で金稼いで借金返しながら生きるしかねぇもんな」
二人きりの帰り道。
夢を語り合う夜道。
トタンで構成された二人だけの家に帰って、デンジとポチタは寄り添いながら眠りにつく。
ぐうぐうと腹の虫が悲しく鳴いて主張するが、もう彼らは食パンを分け合って食べたあとだ。それ以上のものを食べる余裕など、彼らの家計にはない。
痩せ我慢をして無理矢理眠りに落ち、体力を温存する術を学んだ彼らは仕事の時間以外はほとんど寝ているか、残飯を探して彷徨い歩くだけ。
限界の見える生活の中、誰にも気にかけられることがなく、二人だけの世界でずっと生きてきて、これからもそうなると彼らは信じていた。
死ぬまで二人で支え合って生きていくしかないのだと。
夏の夜の星空に一筋の流れ星が横切って行った。
「デンジ」
「んあ……?」
深夜、ノックと自身の雇い主の声で起きたデンジは体を起こしてポチタを抱える。
「デンジ」
「んだよ、仕事かぁ?」
寝ぼけた頭であくびをしながら、デンジは頭を掻いてだるそうな足取りで家の入り口に向かう。そしてドアを開けようとして、一度止まった。
「デンジ」
いつもなら、仕事なら仕事の時間だと告げるヤクザの頭の声は平坦だ。
寝ぼけた頭でもどこか違和感を覚えた彼はドアノブを手にしたまま、背中を流れる冷や汗を自覚した。
「ポチタ、どう思う?」
鼻をひくつかせたポチタが低い声で唸る。
ポチタがこうした反応をするときはひとつしかない。
「せっかく雨漏り直したのによぉ……どうすりゃいいんだよ」
悪魔だ。
デンジは入口ではなく、反対側の壁を崩して外に出る。
そうして回り込んで確認をすると、そこには自分を雇っているはずのヤクザの親玉が首を項垂らせて静かに立っている。
しかし明らかに様子がおかしい。
デンジの足音に反応したのか、ヤクザの顔が真後ろを向く。
首の可動範囲を無視した動きにデンジは驚いて目を見開いた。
「デンジ、俺らは簡単に構成員を増やして稼ぐ方法を見つけた。お前らはもう用済みだ」
ボトリ。
ヤクザの首がボールのように落ちる。そこから弾けて黄色い粉が舞った。
「ポチタ、あれぜってーヤバいから吸い込むな」
「クンッ!」
黄色い粉が舞う範囲から逃れるようにデンジが走り、様子を窺う。
いつのまにか周囲からは構成員たちもわらわらと集まってきていて、すっかりデンジたちは家ごと包囲される形になっていたことを知った。
構成員たちだけではなく、近所の普通の住民も混ざっている。パッと見で分かる範囲だと、デンジを馬鹿にした街の住民や、いつも残飯をあさりに行く店の店長などだった。
皆一様に目が死んでいて、幽鬼かゾンビのように歩いて包囲を縮めてきている。
逃げようにも、あまりにも数が多すぎて包囲網を突破する頃には他の人間からの攻撃も同時に受けそうだ。壁となっている包囲網の一部をポチタで斬り殺して逃げることもできるが、それは最終手段である。
なぜなら、先ほどの黄色い粉が斬り殺した際にも発生した場合、自分に降りかかる可能性が高いからだ。
「んだ、こいつら……」
「増える、増える、増える、ワタシたちは増えるために足が必要だ。この街の住民は全て、ワタシが増えるための足になってもらう」
「……悪魔か」
高い位置から聞こえてきた声に顔を上げたデンジはそれを見た。
樹木だと思っていたそれの表面に顔が浮かんでおり、根は臓物。枝と葉から繋がった実の中にはヤクザの首がズラリと並んでいる。いや、この場にいる者全ての首が樹木に果実のように実っていた。
「ワタシは花粉の悪魔。ワタシは増えるために人間の首をワタシの実と挿げ替えて、自分の足で遠くまで歩いて遠くで挿げ替えた果実を地面に落とし、根を下ろして分身を増やす。手始めにこの街はワタシが全て埋め尽くしてやるのだ」
「ご丁寧に説明ど〜も」
「デビルハンターと、その契約悪魔よ。お前を最後まで残していたのは手駒を増やしてからお前たちを確実に殺すためだ。ワタシの種となって分身を増やすための足になれ」
「じーさんもとんでもねーモンに手を出しやがって……」
「ああ、あの爺さんは馬鹿だったなあ。ワタシの力を使って言うことをきく構成員を無限に増やせると話したら、な〜んにも考えずにすぐに契約したんだ。言うことをきく構成員と言っても、全てワタシの分身なのになぁ!」
ケラケラと笑いながら、徐々に人間たちを使って包囲網を縮めていく。
花粉の悪魔という名前からして、恐らくさっきの黄色い粉が花粉なのだろう。あれに触れたり吸い込んだりしたら、まず間違いなく今包囲しているものたちの仲間入りである。
デンジはポチタの尻尾を引っ張ってチェンソーのエンジンをかけ、あたりをじっと見渡した。隙のある場所はない。包囲の壁は厚く、とてもではないが、ポチタの刃渡りで切り裂いて穴を開けて逃げ切れるようなものではない。
これは、自分の手に負えない悪魔だ。
直感した。
いつもは手に負えないと判断したならば、民間の他の徒党を組んだデビルハンターや、公安のデビルハンターが来るのを待ち、手を出さない。
しかし向こうから狙われている以上、デンジにその手は使えない。囲まれる前に逃げることができれば隠れてやり過ごすこともできたかもしれないが、ドアの外から声をかけられた時点ですでに囲まれていたのだろう。
「ちょっとくらい夢見させてくれてもいいだろ。なんで最後に見ンのがこんな悪夢なんだよ」
「クウン……」
「種扱いされるンならなあ〜! 美女にされたかったぜ! クソが!!」
ヴヴン
「デンジくんはなぁ! 爆イケ美女の種馬ンなりたかったぜぇ〜!! テメーみてぇなバケモンじゃなくてさぁァ!! 美女ンなって出直してこいよ、ばぁ〜か!!」
突破口があるとするなら、目の前の悪魔本体を殺すこと。
花粉を浴びずに殺すことができれば、もしかしたら手下になったものたちも同時に倒れてくれるかもしれない。
わずかな可能性だ。
だが、デンジたちはそれに賭けるしかなかった。
エンジンをふかして走り出す。
一歩目からデンジの突進は防がれた。
「あダァ!?」
目の前の地面から生えてきた『一時停止』の看板に正面衝突して尻もちをつく。危うく取り落とされそうになったポチタが刃の回転を止めてデンジの手から降りる。
「ワンッ! ワンワンッ!」
「な、なんだ……!?」
カア
カラスの鳴き声がして、デンジが上を見上げる。
満天の星空の中、空間が裂けて誰かが落ちてきて、デンジの視線はその誰かに自然と吸い込まれて行った。
空中で、落ちてきた人影の手の中でなにかが月の光を反射して煌めいた。
次の瞬間、デンジが尻もちをついて隙を晒したことで一斉に襲いかかろうと動いた包囲網たちが全て上半身と下半身に断裂されて崩れ落ちる。黄色い花粉が辺りに飛び散ろうとするが、それらは全て飛散する前に水に濡れたように地面に落ちた。
包囲網を全て斬り伏せた人物がいつのまにかデンジの目の前に立っている。
「な、なんだお前は!? ど、どこから来た!? ワタシの丹精込めて仕込んだ種たちがァ!?」
喚き散らす花粉の悪魔を静かに見つめている人物の後ろ姿しかデンジには見えない。しかし、赤毛を三つ編みにした女だというのはすぐに分かった。
その手には大きな剣を握っていて、剣先に血と脂が付着している。それを雑に振って飛ばした女性は後ろを振り返り、デンジとポチタを視界に入れて微笑んだ。
「女神……?」
地面に座り込んだままデンジが呆然として呟く。
「私は公安のデビルハンターなんだ。ねえ、そこのキミ。民間のデビルハンターだと思うけど、公安でこれの討伐をしても大丈夫だよね。思わず割って入っちゃったけど、ピンチだったみたいだし」
「はぇ……? あ、はい。お願いします……?」
「なら、良かった」
静かに響く甘い声にデンジはこれが夢かと思って頬をつねる。
「いてぇ、夢じゃ……ねぇ……」
ポチタを抱いたまま、彼は目の前の光景をただ見ていることしかできなかった。
女を攻撃しようと悪魔が枝や臓物をムチのようにしならせれば、突然地面から標識が生えてきてそれを直前で防ぐ。
跳躍した女が鎖で縦横無尽に移動して容赦なく悪魔を大きな剣で斬りつけ、枝を落とし、実を落とし、そして幹を斬りつける。
吹き出す血飛沫と臓物。悲鳴。絶叫。断末魔。
飛び散ろうとする花粉は不思議なことに、水に濡れたように全てが落ちていき女に触れることすらできない。
攻撃がひとつとして当たることなく女はとうとう悪魔を真っ二つにして殺し尽くした。
「ポチタ……星にも月にも手は届かねぇって言ってたけどよ」
悪魔があっさりと討伐され、女が振り返る。
返り血さえもほとんどつけず、デンジと目があって微笑んだ彼女はゆっくりと二人に向かって歩いてきた。
そして、目の前でしゃがみ込む。
「キミたちは怪我とかない?」
思わず縋るように手を伸ばしたデンジに、女が自ら手を絡めてくる。
「流れ星が俺ン手の中に!?」
「流れ星……?」
デンジは硬直した。怪訝そうな顔をした女がなにか考えていたのか、少し沈黙した後に彼の後頭部に手を添えた。そしてどんどん女の顔が近づいて、混乱の中に叩き落とされた彼が「キスされる!?」と思っているうちに、額と額が合わさる。
「熱は……なさそう。感染はしてないみたいだね、良かった」
安心したように女が笑う。
「か、カワイイ……」
「ふふ、ありがとう。私は公安のデビルハンターで、マキマって言うんだ。キミたちは?」
「俺はデンジ! って、言います! それと、こっちはポチタっす……!」
「そう、デンジくんとポチタくんね。二人を助けることができて良かった」
「め、女神……!」
感激したデンジはしばらくそれしか言えなくなっていた。
ユカリが岸辺と会っている間の出来事である。
二人はマキマが、支配済みの花粉の悪魔によるデンジたちの安全を最大限まで配慮したマッチポンプ行為をしていることなど、全くもって知る由もなかった。
・花粉の悪魔
この時期はゾンビがいないので、似たような感染性のある悪魔……と考えて花粉の悪魔に決定。こいつもわりと私怨です。
花粉を吸い込んだり触れたりして、侵食の許容量を超えると頭が千切れて花粉の悪魔の花粉爆弾となった種子が頭の代わりに生えてくる。元の頭は花粉の悪魔の木に実としてぶら下がります。
花粉爆弾と化した人の体は人間の集団がいそうなところまで歩いていって爆発。分身を増やしていくやべー悪魔です。
マキマさんは花粉攻撃は沈溺の悪魔の死体を支配して濡らして無効化してます。
マキマさんが出動するレベルの悪魔だけど本編には決して出ないしそんなに本体は強くない……で候補を絞るのが結構難しい。最初はヒグマの悪魔とかにしようかなとか思ってました。
・デンジ
なにかの第一話みたいな出会いかたをする。
このあとの話でマキマとの問答でなにを答えるかにいろいろかかっているし、紫様だけじゃなくてデンジの影響もマキマのスタンスや成長に関わっている。デンマキできるように頑張れ青年。
・マキマ
花粉の悪魔は支配済み。デンジを襲うのは一番最後にしたうえで、ピンチを演出するため決して殺してはならない。この制約を記憶していてはならない、と支配をかけてから野に解き放っている。
花粉の悪魔の犠牲になっているのはヤクザとデンジを虐げたことのある人物ピンポイントのみ。
本能の言葉を否定したものの、やっぱり演出は大事なので万が一が絶対に起こらないようあらゆる手を尽くしてからマッチポンプをしている。名演出家。
安易に甘い対応をするより裏で怖いことしてるほうがマキマさんらしいなと思ったのでこのルートになりました。
すでにちょっと危惧した通りになってますよ岸辺さん、紫様。
・没ルートPart①
①喋るカラスで先に話をつけにいこうとするが、怪しくて切り捨てられ「あ」ってなるマキマ。
②デンジ保護の話をするためにカラスを使って菓子パンを与え、話をできるようにする。
③無責任なことにはならないように、なるべく早く決着をつけるためにヤクザの監視の目をくぐって人気のないところへカラスで誘導。
④カラスに囲まれつつ神隠しで現れ、話をつけてデンジとポチタを連れて神隠しして家に連れ帰る。