尻もちをついたままの体勢のデンジは、しゃがんで彼を正面から見つめるマキマから目が離せなかった。彼の頬に手を当てて、覗き込むように微笑む彼女の表情に見惚れているのもあるが、なによりもその胸元に視線が吸い込まれていく。
美女にはじめて額と額で熱を測られるという体験をしたデンジは文字通り浮かれていた。
「デンジくん、今からする質問に素直に答えてもらえますか?」
「ハァイ!」
「いいお返事だね。ありがとう」
だから彼女の言葉に対しても即答である。
デンジとマキマの間におすわりしているポチタはじっとマキマを見上げながらも、そっと静観している。デンジの腹の前にいる彼は、マキマがなにか彼に不利益なことをしたときに一撃で彼女の柔らかそうな腹を裂ける位置に頭のチェンソーをそっと向けていた。
「ポチタくんも、そこまで警戒しなくて大丈夫ですよ。悪いようにはしません。あなたが大事なこの子を、私がどうこうすることはありませんから」
「……クウン」
それでもポチタは頭の刃をおろさない。
デンジから視線を外し、彼と目を合わせたマキマは薄らと頬を染めて嬉しそうに微笑んでからその刃に自らの腹を押しつけた。服越しに食い込んだ尖った刃の部分がシャツを僅かに貫いて、シャツの真ん中に小さな赤いシミが広がっていく。
「ワン!?」
「ちょっ、なにしてるんすか!?」
「私はキミたちに危険なことはしないよ。私がなにかすると思ったのなら、そのチェンソーを回転させて、私のお腹をぐちゃぐちゃにしても構いません。大丈夫、私を信じてください」
「……ワフ」
ユカリがこの場にいたのであればドン引きした光景だろう。なぜならマキマはとんでもなく恍惚とした表情をしながら自らの腹をポチタの刃に押し当てて傷までこさえたのだ。ユカリから見ればセクハラでしかないヤバい光景である。
ただし、それはユカリから見ればである。
デンジたちからして見れば、とんでもない美女が自身の危険があるにもかかわらず、デンジとポチタの信頼関係を認めたうえで説得し、話そうとしてくれている場面にしか思えない行動だった。
彼女もデビルハンターであることは明白。なのに、人間であるデンジが信頼しているからと悪魔のポチタをそのままにしてくれているのだ。問答無用でポチタを排除しにかられても仕方ないのに。
二人のことを真に思って行動している美女でしかない。
「……好き」
デンジの心の声が口からポロッと漏れ出てしまうのも仕方のないことだった。
「クン」
「ありがとう」
そこまでするなら、とポチタは彼女から視線を外さず、けれど当てられていた刃を外すようにゆっくり後退した。
マキマは一瞬残念そうな顔をしたが、それもすぐに取り繕ってデンジに視線を向ける。
「私の名前はマキマ。よろしくね」
「マキマさん……好き……」
「ありがとう。それじゃあ質問だけど……この悪魔は、キミにとってどんな存在?」
「ポチタ? 家族です。お互い、死なないために契約して協力するようになったんすけど、もう俺はポチタがいねぇ生活なんて考えられねぇな。ポチタもそうだろ?」
「ワン!」
「すごく仲がいいんだね。ここまでいい関係を築けている人間と悪魔は、とても珍しいんだ。羨ましいくらい」
「もうマブダチっすからね。家族だけどダチみたいな……」
「うん、いいことだよ」
デンジによるポチタ自慢が続きそうだったので、マキマは心の底から羨ましいと思いつつもいったん話を続ける。
「次の質問ね。キミたちは民間のデビルハンター……だと思ってたけど、キミたちの名前の登録はされてないんだよね。年齢も……成人はしてないよね?」
「俺、今は多分十四歳くらいっすね」
「デビルハンターとしての公的機関への登録が必要なこととかは知ってる?」
「……すみません、知りませんでした。そういうのはよく分かんなくて、そこで死んでるやつらに……デビルハンターとして働けって言われてやってたんです」
「大丈夫、怒らないよ。なにか事情がありそうだ」
マキマはすでに知り得ている情報であってもデンジに少しずつ質問を重ねていく。
それは彼を保護するためにも必要なものだった。保護をするに値する事情をこの場で知ることが必要なのである。
マキマからの質問に、まるで怒られることが当然というようなしゅんとした表情をする彼に優しく声をかけて、マキマはその頬を撫でる。
まるで虐待された子供が、撫でようとした人間の手を見てぎゅっと目を瞑るような自然な反射的謝罪。
それに痛々しさを感じながら、遠くから観察することしかできなかったデンジの顔を、髪を、目を、輪郭を実際に触れ合って「デンジくんの感触ってこんな感じなんだなあ」と確認しながら。
「そこで死んでいる彼らは暴力団の人たちだね。キミは脅かされていたの?」
「借金があったんす。死んだ親父の……そんで、金を用意しなくちゃ死ぬから、ポチタと一緒に悪魔狩って、その死体を買い取ってもらってたんですよ」
「なるほどね、じゃあもうその借金はチャラだね」
「……ホントだ。あいつら全員死んだから俺らもう借金全部パアですね!?」
唖然としながら、徐々に喜びを噛み締めて明るい顔をするデンジの表情を全て余す所なく眺めてマキマは微笑む。
「無許可のデビルハンターは本来、法律的によくないんだけど……キミたちは事情が事情だから、私がちゃんと説明を通してあげるね。親もいないんだよね?」
「そうです。親父は借金残して死んだし、母親は……もっと昔に病気で死んでるんで」
「じゃあ、ひとまず……私がキミたちの身元引受人になってあげる。キミたちが良ければ、私と一緒に来てほしいんだけど、どうかな?」
「マキマさんと一緒に……?」
「うん、ちゃんとした生活ができるように私が保証してあげるよ。まずは私の家に行って、少し生活をするのに慣れてもらうけど」
「マキマさんの家に……?」
「うん、ポチタくんと一緒に。どうかな?」
「マキマさんと生活……?」
「しばらくはね。落ち着いてから、デビルハンターとして登録して活動するかどうかは改めて考えてもらってもいいよ。行きたいなら、学校も行かせてあげられる。ポチタくんはお留守番しなくちゃいけなくなるけど」
「そんなの……そんなん……」
デンジの視線はマキマの胸に向いているし、マキマはマキマでデンジを撫で回しながら楽しんでいる。ポチタは静観しているが、やはりユカリが見たらうわっと思うやり取りだった。
「最高じゃあ……ないすか」
周囲に死体と血が散乱している悲惨な現場の中心で、デンジは自分の両頬を手で覆って呟く。彼の頬は喜びで紅潮して、子供らしい笑顔を浮かべながらマキマを見上げている。
彼の頭を撫でながら、マキマはその様子を見てうっとりと笑った。
「お、オレ、俺……普通の生活をするのが……夢だったんです。ポチタと一緒に。ほん、本当に? ホントにいいんすか!?」
「うん、キミたちがよければおいでよ。美味しいご飯を食べて、お風呂に毎日入って、一緒に寝て、一緒に仕事もできたらいいよね」
「うわ……うわぁ……そんなこと、ホントにあっていいんですか!? ポチタ! やったなぁ! 夢みてぇな生活、できるぜ!?」
「ワウッ、ワフ!」
喜び彼の腕の中に飛び込むポチタをデンジが受け止める。抱きしめ合いながら、目に涙まで浮かべて「ヤッター!」と叫ぶ彼らを穏やかに見守っていたマキマは、頃合いを見て立ち上がる。
「行こうか、私たちの家に」
「女神……!」
そして手を差し伸べる。
ポチタをおろしたデンジが立ち上がり、その手を迷いなく取る。そしてマキマに恐る恐る近づいていく。彼女の顔を見上げれば、キョトンとしながらももう片方の手を広げていた。
そして、感極まってデンジはマキマに抱きついた。
「……え」
マキマが片方の手を広げて許容していると判断したからだろう。
手を取ったまま、涙を浮かべてマキマの胸の中に飛び込んだ少年がほんの少しその感触を楽しみつつも顔を埋める。
一瞬驚いていたマキマもようやく現実に理解が追いついたのか、広げた腕をそっと彼の背中に添えてゆっくりと撫でた。
「あ、すみませ……嬉しくて……」
「………………ううん、構わないよ。それじゃあ、一緒に行こうか」
離れたデンジに、名残惜しそうに手を伸ばしかけてマキマは彼らから顔を隠すように後ろを向いた。
そしてその場でパチンと指を鳴らして空間に亀裂を作る。
神隠しを呼ぶよりも、今は演出にこったやりかたで彼らに格好つけるほうを選ぶようだった。
「私を信じて、ついてきて」
振り返らずにマキマが亀裂に足を踏み入れる。
デンジとポチタはお互いに顔を見合わせてから、ゆっくりとそのあとを追った。
後に残されたのはデンジの生活していた場所の周辺に散らばる悪魔と、大勢のヤクザの死体。
公安の後処理部隊がここに辿り着くまでにこれを見た者がいたのなら、こう思っただろう。
大人しく飼われていたデンジがとうとうヤクザに牙を向いた。
そんなことつゆ知らず、空間に空いたスキマが閉じる。
ヤクザが全滅し、デンジとポチタが消えたという状況だけを残して。
漫画的にはここまでで多分第一話かなって感じ。
デンジの誕生日だけでも判明しないかなあ……。一部の誕生日の件はマキマさんによる思考操作派なので、誕生日は確定していないと考えています。
・マキマ
計画通りになった女。
ポチタに対して斬られて喜ぶドマゾを発揮している。ドン引きだよ。
半分同居人みたいになってる美女がもう一人いることは言い忘れた。
・デンジ
ちょ〜ツラのいい女が最高の提案をしてくる。これが夢?
原作二話目くらいの独白は内心でめちゃくちゃしてる。マキマさん好き好き大好き。
・ポチタ
マキマが悪魔なことは(目を見て戦争の姉妹だなと)察しているし、自分のこともよく知っているようなので警戒していたけど、デンジと自分の夢を叶えてくれそうなのでとりあえず信用はしてみることにした。様子見する予定。