「くかぁ〜」
「…………」
マキマの所有している部屋のうち、ひとつをデンジとポチタに貸し出してやると、二人はすぐに安心したように抱き合って眠りについた。
その背景で、ユカリとマキマは向き合って話し合いを行なっていた。
主に頭を抱えているのはユカリのほうだけだが。
「……つまり、上手に自作自演をして保護しましたというわけね」
「うん。でも、ちゃんと二人の安全配慮には最大限に気をつけたつもりだよ。花粉の悪魔には念入りに支配をかけておいたし」
ユカリは正直なところ、マキマを叱りづらい。
マキマのやりかたは幻想郷の強者たちと比べてもかなり良心的なほうだ。本人が真面目であるためだろう。無駄な犠牲が出ないようにしているのもポイントだ。
デンジたちの同意を取って救い出しているのもあり、その扱いは公平かつ、彼らにとって救世主に他ならないほどに丁寧。
マッチポンプであることを知らなければ、マキマの保護作戦は完璧の一言である。マッチポンプであることを知っているからこそもやもやしたものを感じるのであって、そうでなければ彼女のやっていることはいたって善良。
そもそも、もっと
八雲紫はその中の一人でもあり、なおかつ同じ賢者の立場にある後戸の神はもっと「やらかし」が大きい。アレの二童子システムも大概人の心がないので。
文字通り、神なので人の心など初めからあるわけがないのだが。
よって、八雲紫の下す沙汰としてはマキマの様子見を選ぶしかない。
さすがにデンジやポチタのために世界中を敵にまわすような「行くところまでいく」ことになりそうなら止める必要があるが、今の彼女は支配の悪魔という種族であるならば至極真っ当である。むしろ支配の悪魔のわりに真っ白すぎるほどにまっすぐな愛を二人に向けていると言えるだろう。
愛もひとつの支配の形であるとはいえ、今の状態は許容範囲内。人類の敵認定をされて狙われるほどではない。
結局のところ、八雲紫もマキマの生死を気にしているから彼女の行いが逸脱しないよう気をつけているだけで、人外としての「悪魔らしい」活動に否定的なわけではない。
彼女を責めるならば、八雲紫は自分自身さえ責めなければならなくなる。それほど彼女自身にも「やらかし」の身に覚えは山ほどあった。バレれば霊夢や、鬼の癖に真面目でお堅い華仙あたりにチクチク嫌味を言われながらしばかれることになるかもしれない物事がゴロゴロと。
「……まあ、いいでしょう。拾ってきたからには、ちゃんと真っ当に育ててあげないといけないわね」
「……! やった! うん、私頑張るね」
なんの相談もせずに実行したからだろうか、罪悪感のようなものを覚えて悪いことをしたあとの子供のように上目遣いでユカリを見ていたマキマも、ユカリが妥協を口にするとパアッと表情を明るくして喜んだ。
花がほころぶような純粋な笑顔を真正面から見てしまったユカリは、顔の半分以上を扇子で隠してゆっくりとまばたきをする。そうすることで平静なフリをしてやり過ごし、反省を促す大人としての振る舞いを徹底していた。
そうでなければ「死ぬほど可愛い上目遣い」にノックアウトされてしまうので。
「まずは『普通』の生活を教えること。それから……健康診断、かしらね」
ユカリの脳裏には、原作で血を吐くデンジの姿が思い描かれている。だが、マキマはそんなことを知る由はない。
「そっか、劣悪な環境で過ごしていたから健康に問題がないかも心配だね。もう夜だから、病院の予約は明日の朝イチになっちゃうかな……保護についてもいろいろと役所を通さないといけないから、それなりに忙しくなりそう」
「病院に連れて行くのは私がやりますよ。マキマは保護責任者としていろいろとすることがあるでしょうし、そちらを早く終わらせてしまいなさい。それはそれとして、私からは岸辺にも連絡をしておきますわね」
「うん、書類上のアレコレは任せてほしい。病院のことはよろしくね。本当は私も行きたいんだけど……お役所関係のことって、どうしても時間がかかっちゃうからなぁ」
悩ましげにマキマが呟く。
スムーズに進んだとしても何時間も待たされ、無駄に時間がかかることが分かっているため、憂鬱そうだ。しかし、責任者として名乗り出たマキマ自身がやらねばならないことでもある。
これ幸いとばかりにユカリが病院に連れて行くことを肯定した彼女に、ユカリは内心ホッとする。
マキマがなんでもかんでもデンジのことを知ろうとする選択を取らなくて良かった。でなければ、デンジの心臓の病について知った彼女がどういう行動に出るか不明だからだ。
ポチタとともに保護されたデンジの未来は不透明である。
それは原作と逸脱したからでもあり、ユカリにも彼の未来がどうなるか予測がつきづらくなってしまったことをさす。
瞬時に無数の予測を立ててから、八雲紫という妖怪は最も無難な選択をする。
デンジ本人の選択にもよるが、すなわち。
ユカリの選ぶ選択は――マキマにはデンジの心臓の病については黙っているということ。
「ユカリ、私はとっても忙しくなってしまいます。一緒に行けなくてとても残念なのですが、デンジくんのこと、よろしくね」
「分かっています。ちゃんと健康診断の内容は彼にも確認しておくから、あなたは書類と戦ってきてちょうだい」
「うん……面倒臭いけど、私頑張るね」
マキマは、ユカリが自分に嘘をつくはずがないと思ってそう言い、デンジのことを託した。そのことにチクリと胸を痛めつつ、ユカリはデンジ一人を連れて病院へと向かったのである。
なお、さすがに病院に悪魔は連れて行けないのでポチタはいったんお留守番である。
無事、二人とともに朝食を食べるなどをして夢のような生活に浮かれているデンジは、二人の美女に囲まれて心の底から幸せそうだった。
だからこそ、予約をしたにもかかわらず長時間待たされても病院でなんとか我慢をしながら健康診断を受けることができたのである。
「病院では静かにしないといけません。たくさんのつらい人たちがいますから、大きな声を出したり、走り回ったりしてはいけないんです。その代わり、あなたには絵本を渡してあげますから、ゆっくりとこれを読みながら順番待ちをしましょう。分からない字があったら教えてあげます。いい子に待つことができたら、健康診断が終わったあとにご褒美として私が抱きしめてさしあげましょうね」
「マジっすか!? が、頑張ります……! 俺ァいい子でいられるぜ!!」
「ええ、頑張ってね」
デンジの視線が己の胸に向いていることは分かっているが、ユカリは笑って流した。デンジにはこの手が一番効果的だと知っているので。
そして彼に小学生向けの、ほとんどがひらがなで構成されている学習絵本を渡す。予約をしているとはいえ、長時間待たされることになるのは分かりきったことなので、その時間で楽しめるものを……とユカリが事前に購入したものである。
彼は環境が揃っていなかっただけで、普通の生活に憧れている。勉強への意欲はわりとあるほうなので、楽しく学べるものならば喜んで学習していくのでまずは絵本からだ。
原作からして教育番組を自主的に見ることもしているので、勉強への意欲が普通の子供よりも強いのは明らかだ。普通の子供は勉強するということが普通になりすぎてだんだんと勉強が嫌いになっていくものだが、逆にデンジは勉強ができない環境に長くいたからこそ学ぶことに好感を持っている。
学習を促すには今が好機である。
そもそも、借金返済のために数を数えることに関しては最初からわりとできているほうだ。彼は国語的なことよりも数学的なことが得意なタイプだろう。それならばユカリとも相性が良い。
たまに分からない字があったときはユカリに尋ねてくるデンジに、丁寧に教えてやりながら待ち時間を過ごす。そして、様々な検査を受けるデンジを励ましてあやしてやりながらユカリはマキマの様子を覗き見る。
病院内は清潔だ。
病院内にマキマの目はない。
神隠しにも、万が一マキマが知りたがったときには当たり障りのないことしか伝えないように命令してあるが、ユカリ側からは自前の力でマキマを覗き見ることができる。
マキマは岸辺に見守られながらしっかりと書類に追われていた。
神隠しも手伝わされているようで、デンジの戸籍関連から保護責任者としてのアレコレやらと忙しそうである。まるでこちらを監視する気がない。
それだけユカリを信頼しているのだろう。
「保護者のかたもいらっしゃってください」
「はあい」
だからこそ、ユカリに全て任せる選択をしたのだろう。
「デンジ君の心臓は病を抱えています。劣悪な環境で生活していたこともあるでしょう。治療で伸ばすことは可能ですが、そのままですと余命はおよそ――」
だからこそ、デンジとユカリに告げられた事実をマキマが即座に知ることはない。
病院の検査が全て終わり、デンジの体についての説明も全て聞き届け、二人は病院の中のロビーで座ったままでいた。
とっくに会計は終わっているが、病院の外に出ればマキマの目があるかもしれない。今のうちに、ユカリはデンジに聞いておかなければならなかった。
故に、自動販売機で飲み物を買って渡し、彼の心の整理がつくのを待っているのだ。
「実感ねぇや……」
「……そうでしょうね」
彼の余命はなにもしなければ一年。
治療をしていけば数年延びる可能性もあるが、この時代の医療にも限界は存在する。デンジの生活環境が良くなかったことも寿命が縮んでいる要因だが、やはり遺伝だろう。心臓移植でもしない限り、彼の寿命はほとんど延びることはない。
「生きるのにも、金ぇ、かかりますもんね」
「子供が気にすることではないわよ。私たちは高給取りですもの」
「俺が気にするんすよ……ポチタには悪いことしちまうかなぁ」
やっと手に入れた幸せの中で、自分のタイムリミットを知ったデンジは冷静だった。前からそんな気がしていたと笑って気をつかうくらいに。
それでも悲観的な表情はしない。まだ実感がないのかもしれないが、ただただ彼が考えるのは己の家族のことだ。
「デンジさん、本当に断っても良かったのですか」
「ああ……いいんすよ。ああいうのって金ばっかかかってそんなに変わらねぇすよね? それこそ心臓移植? ってのをしない限りは」
「ええ、まあ、そうね」
病の進行を抑えること自体はできるかもしれない。しかし、それはデンジにとって死ぬ時間を遅らせるだけのものである。出す金に見合う価値の分、時間が延びるようにはとても思えなかったのだろう。
デンジは診察室にいる間の半分以上は説得されていた。
それでも、彼は最終的には頷かなかった。
自分の寿命を積極的に延ばすことをなんとも言えない顔をしながら意図的に放棄したのである。それを、八雲紫は強く引き止めることができなかった。
「……あの。ユカリさん」
「なにかしら」
ちびちびと缶ジュースを飲みつつ、空を見上げていたデンジがユカリに声をかける。
「お願いが、あるんすけど……いいですか?」
「……内容によるかしら」
「治療みたいなの、なんもしねーって決めたじゃないですか」
「ええ、そうね。本当は、せっかく拾った命なのだからちゃんと生きる努力をしてほしいのだけれど」
「それはすみません……あー……えと」
それでも、ユカリはデンジの気持ちを優先した。
どれだけ医師に止められようとも。
提示された金額をデンジに伏せていてもかなりの金額だろうことは察しがついたのか、デンジは治療や移植の提案を拒否した。
臓器のいくらかも借金のために売り飛ばしているので、それらを取り戻すことも加味すると途方もない時間とお金がかかると分かっていたからだ。
本人は「せっかく借金がパーになったのに、お二人に金なんて借りてたら飯も美味くなくなりますよ」と格好つけていた。
自身の生死に関して、相当昔から覚悟を決めていたのだろう。彼は寿命が恐ろしくて泣いたり嘆いたりするようなことを決してしなかった。ユカリが思っていた以上に自分に対して彼はドライである。
「お願いっつーか、なんというか……その」
もごもごと言いにくそうにしてから、デンジはユカリの目をまっすぐと見つめた。
「マキマさんとポチタには俺の余命のこと、秘密にしていてくれませんか?」
真剣なデンジの目に射抜かれて、ユカリは思案するように眉をハの字に歪ませる。
ユカリはマキマに泣いてほしくはない。
しかし、チェンソーマンではないデンジにはいつか死が訪れるだろう。
それは、デンジとポチタを「現在」に保護するという選択をした以上、避けられないものだ。
余命をいくら延ばしても、不死身の武器人間にならない限り彼の死はいつでも隣に存在する。
それならいっそのこと、事前に対策できる「終わり」を設定するほうが有意義だろうか。余命を知ってさえいれば、マキマがそのときを迎えたとき、自分が抑え込めるように。
以前の喧嘩とは比べ物にならないほどの怒りを向けられようとも。
「んで、俺が死んだあとは俺の体をポチタにやってください。そういう約束をポチタとしてるんですよ」
「……」
彼女がこのことを知れば、きっといつまでもいつまでもデンジを保護して放さなくなるだろう。窮屈で健康的な生活をさせて、お金の負担を自ら申し出て、デンジの心を縛り付ける。
それは能力を使わない愛とか母性という名前のついた支配の形である。
デンジは、もしかしたらマキマと対等な関係になれるかもしれない一人である。そんな彼の自由意思を縛るわけにはいかない。
誰よりも自由で、しかし最も幻想への愛に縛られている妖怪……八雲紫はそう考える。
「……デンジさんは、それを私にお願いをして、それじゃあなにを対価にしてくださるの?」
「えっ、タイカ……?」
「私にお願いする代わりに、私のお願いも叶えてくださるのかしらって」
「なるほど! ええっと……うーーーーん……うーーーーーーん……思いつかねっす……俺ができるようなことなんて、なんかあります?」
自分を卑下しつつ、悩むデンジにユカリは微笑む。
「余命についてを秘密にするなら、マキマとともに生活をしているとバレてしまう可能性が高いです。デンジさん、自立できるようになりなさい。マキマから離れても生活できるように。マキマはあなたに甘すぎるから、すぐにバレてしまいそうですもの。そのための環境は私が揃えてさしあげますから」
「うっ……マキマさんとユカリさんとも離れなきゃダメなのぉ……? う、うぐぐぐぐ……でも、決めちまったことだし、たしかに隠せる自信はねぇ……」
「あなたにお願いするのは、悪魔嫌いのデビルハンターに友好的な悪魔もいることを教えてあげること。つまり、ポチタを連れてそのデビルハンターとともに生活をして、自分のことは自分でできるようになること、ですね」
「ポチタをいきなり殺そうとしてきたりはしねーんですか?」
「それは安心して大丈夫です。私がちゃんと言っておくから」
「なら、まあ……いいっすよ」
八雲紫はわがままである。
最も自由で、最もあやしく、最も自分勝手な妖怪である。
マキマと二人きりになれる空間を確保するために、今彼女はデンジの頼みにつけ込んで早川家が誕生するように手を打った。デンジが自らそれを受け入れるしかないように。
「それでは、デンジさん。私と契約しましょうか」
「んえ?」
まるで悪魔と同じように。
二人の間で強固な約束が結ばれる。
「あなたが死ぬそのときがくるまで、いいえ、そのときがきても、私はあなたの余命については秘密にすると誓いましょう。その代わり、デンジさんはあるデビルハンターとともに暮らして友好悪魔の存在を教え、自立できるように努力してください。これで構いませんか?」
「……はい」
覚悟を決めた。
デンジはいつか来る自分の死に対して。
そしてユカリは、いつか来る彼の死に際して起こる騒動を甘んじて受け入れようと。
「ま、死ぬまでポチタと『普通の生活』を楽しみ尽くしてやりますよ! 俺はそう簡単には死なないんで、大丈ブイ! ってことで」
「やりたいことがあるならいつでも言ってね。なるべく叶えてさしあげますから」
「……ユカリさんも俺に甘くねぇ?」
「そうかもしれないわね」
マキマは知らない。
未来の悪魔の言う『選択』が無数にあったことなど。
ひとつめはデンジを『いつ』保護するかの選択。
そしてふたつめは、『誰が』デンジを病院に連れて行くかの選択。
「それじゃあ、約束のご褒美です。こちらにおいで、デンジさん」
「……! や、やった!!」
ユカリが腕を広げると、デンジが飛び込んでくる。
そんな彼を抱きしめてやりながら、ユカリはあたたかい子供の背中を撫でる。妖怪にとっては小さくて、他愛もない命。それでも尊くて、大切な命のぬくもり。それを感じながら覚悟を決める。
大丈夫、なにか隠し事をして人に怒られるのは二度や三度では済まないほどに経験している。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。マキマに泣かれて嫌われちゃったらどうしよう。いいえ、大丈夫。
いつもそうやって生きてきたじゃない。
ユカリは心の中で言い聞かせて、腕の中のぬくもりをぎゅっと抱いて気を紛らわせた。
「そんな覚悟をさせてしまって、ごめんなさい」
「……なんでユカリさんが苦しそうなんすか」
「………………ごめんなさい」
デンジの思う最高の生活を楽しみ尽くしたあとにやってくる、運命の日。
最後の選択は――そう遠くない未来に訪れることとなる。
・マキマ
それを裏切りと捉えるかどうかは運命の日の彼女次第。
岸辺に監視されつつ書類に追われてマキマキしてる。
・ユカリ
最も自由で、だけれど最も幻想郷に縛り付けられた妖怪。
自由意志は大事だと思っているのでデンジの想いを尊重した。
・デンジ
ポチタとやりたいことがいっぱいある。心配かけたくないという気持ちもあるが、死ぬことに関してはもっと昔からとっくに覚悟が決まっている。なんせポチタに体をあげる約束をしているので。
運命の日は原作と一緒。劣悪環境継続でも医者の告げる余命より長生きしてるのでそこは多分本人の気力によるもの。
・ポチタ
犬たちとお留守番している。めっちゃ絡まれて困惑しているけどだんだん慣れてきてお友達になってる。
デンジの心臓の病については、恐らく原作の運命の日のあのときの夜にはじめて話しただろうと推測して書いているので、今はなにも知らない。
・アキ
デンポチが転がり込んでくる未来が勝手に決定された。
次の更新は月曜日です。
・余談
大変嬉しいことがあったので元々書くつもりでしたが次のちぇんそ〜小話では「カルト」で死の悪魔を助けたあとの話とか、そのうち幽々子としーちゃんの絡みを書いたりしたいねってなりました。
小話にするからとあとに回してカットしている話もまあまああるので。
いつも閲覧、お気に入り、評価、感想などありがとうございます。とても励みになります。