スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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早川アキの受難

 

 

「マキマ、話があります」

 

 デンジとポチタが就寝したあと、大人だけでマキマの上司から無断で神隠しした特別なワインを楽しんでいると、ユカリが真剣な顔でマキマを見つめる。

 

 そして切り出された『デンジ』のこれからについての話に、マキマは口をつけていたグラスを置いて両手で顔を覆った。

 

「久しぶりにこんなお酒を出してきたかと思えば……ユカリ、謀ったね」

「気分良く気に食わない上司のお酒を飲めたでしょう? 私からの提案、飲んでくださいますよね」

 

 にっこりと笑うユカリを苦々しげに見やってマキマは口をへの字に曲げる。

 

「もう二度としないで……お酒は楽しい気分で飲みたいから」

「ごめんね、マキマ。あなた過保護になりそうだし、それだと彼らのためにならないもの。それに、あなたポチタさんが身近にいると大変でしょう」

「ええ、まあ……」

 

 ユカリが把握しているだけでもポチタへの不審な行為はいくつもある。これ以上ともに過ごしていたらマキマはもっと様子がおかしくなるだろう。そうなる前に、というか命の恩人であるというプラスの評価がマイナスに傾き始めないうちに距離を取るのがユカリの考える最善だった。

 

 実際にはデンジの寿命を隠すためなので、ユカリはいくつもの建前を用意しているだけに過ぎないのだが。それはそれとして、マキマに説明するにはもっともらしい理由だった。

 

 ただ、マキマにとって青天の霹靂のような提案は、同じく当事者となる早川アキにとってもそうである。

 

 デンジとポチタにはすでに説明がされていたが、早川アキへの説明はデンジたちが引っ越しをする前日の就業中に行われた。

 拒否権のない上司命令。マキマこそ、アキと姫野にとっておきの酒をプレゼントしたほうがいいくらいに無茶振りを多くしていた。そのことに自覚があるのはユカリだけである。ユカリは面白がっているので絶対に指摘などしないが。

 

「……というわけで、早川くんの家で保護をした未成年のデビルハンターの面倒を見てあげてほしいんだ」

「へ!? ……あの、どうして俺が」

 

 上司に呼び出されたと思ったらいきなりそんな話をされるのはシンプルに可哀想なのだが、その場にはユカリとマキマ、そして呼び出されたアキしかおらず、完全に逃げ道を塞がれた状態だった。

 たとえ姫野がいようが結果は変わらなかっただろうが、いまだトゲトゲしさを持ち合わせたままのアキには悪魔と一緒に子供の面倒を見ろと言われて「はいそーですか」と即座に頷くほどの殊勝さなどない。

 口ごたえするほどではないが、当然のことながら疑問は返す。

 

 不満げなアキに対してマキマはなんでもないように説明を続行した。

 

「デンジくんは小さい頃から悪魔と一緒に仲良く過ごしてデビルハンターをやっていた、すごくレアなケースなんだ。人間と仲良くできる悪魔もいるってことを早川くんに知ってもらうためにも、デンジくんの社会復帰のためにも一緒に住んでいろいろ教えてあげてください」

 

「いや、それでなんで俺なんですか!? 俺だってついこの前成人したばっかだし、他にいろんなやつがいるのに俺が面倒見る必要なんて……!」

「私たちが一番に信頼している男性の知り合いだから……かな」

「岸辺先生とか……」

「あの人は忙しいし、厳しいだろうから」

「あんたっ、なんかその保護した子供に甘くないですか!?」

「そうかな」

 

 マキマの横でくぐもった笑い声をこぼすユカリに、恨みがましそうな目を向けたアキがため息を吐く。どっちも譲る気はなさそうだ。頑なにアキのところで面倒を見ろと決定事項のように言っている。実のところ決定事項なのだが。

 

「というか、そんなに心配ならそのまま近くで世話見たらいいじゃないですか。本当になんで俺……」

「私たちの家で暮らすのは、残念だけどユカリがダメだって言うから」

「あら、だって思春期の男の子を私たちの家で過ごさせるだなんて……そんな、ねえ? 可哀想でしょう?」

 

 座っているマキマの手を上から取り、ピースさせて自身もピースサインをしたユカリにアキは残念なものを見る目を向けた。性格を除けば確かに二人とも思春期に深く関わるには毒になる美女だろう。

 

「それは……まあ」

 

 こんなのに挟まれて弄ばれたらあまりにも可哀想である。この二人に拾われて少なくとも一週間ほどは過ごしているらしいと聞いて、アキはまだ見ぬデンジに男として同情した。

 

「それに、理解力のある年齢の子をお世話していれば、将来の役にも立つと思うよ。彼は十四歳だけど、育った環境が劣悪だったから学校にも通えなかったんだ。幼い子を育てるのと同じ体験ができると思う」

「……あの、それはどういう?」

 

 あまりにも唐突な言い分だったので、アキは聞き返した。

 そんな彼に、マキマはいたって真剣な声色で、ピースしたまま首を傾げるという矛盾した行動をとった。

 

「うん。だって、この前ついに姫野ちゃんから告白されたんだよね?」

なっ!? あ、まっ、えっ、誰から……!? 

 

 さすがにこれにはアキも動揺した。

 

「うん? 姫野ちゃんから」

「あいつ……!」

 

 アキは思わぬ裏切りに動揺したように見えるが、マキマはその反応を意外そうに見ていた。

 姫野とマキマは仲の良い友達である。

 そもそもアキと結ばれるためにいろいろとマキマやユカリに相談していた過去があるため、二人がついに付き合うことになってきたとしてもマキマたちにとっては「やっとか! おめでとう!」以外の気持ちにはならない。

 つまりは、知らないわけがないし、姫野が二人に言わないわけもないのである。女友達の情報の広がる速さを舐めてはいけない。

 

「でもマキマ、それセクハラってやつよ」

「え、そうかな。難しいね……」

 

 浮世離れしたユカリよりもよほど人間味の薄い反応をしている彼女に、アキはがっくりと肩を落とした。なにを言っても無駄だと悟ってしまったのだろう。

 

「分かりました。引き受けますけど……もっとこう、なんかないんですか。悪魔も来るんですよね? 本当に大丈夫なんですか。家でも気が休まらないのはちょっと」

「ああそれなら……仕事の一環として処理することになってるから、補助金としてこれくらい……出すことになるけど」

 

 電卓を目の前に出されてひとつ、深呼吸をしたアキはまっすぐな視線をマキマに返した。

 

「やります」

 

 早川アキもさすがに報酬が出るのに放棄することはない。

 この場に姫野がいたら大笑いをしていただろう、まっすぐな瞳だった。

 

 ◇

 

「おはようございまぁす!!」

 

 マキマの家で一番早く起床しているのは当然マキマである。

 顔を洗い、コーヒーを淹れ、犬の散歩に行き、朝食の準備をはじめる。そうして朝食の準備ができる頃に、ポチタに起こされたデンジが部屋から出てくる。

 

 ポチタはマキマと同じくらいに起床し、一度犬たちと鼻とほっぺたで挨拶を交わす。ポチタは鼻と鼻で挨拶をすることができないため、それが犬たちと決めた妥協点である。

 犬と会話をできる様子でもないため、仲良さそうにはしているが意思の疎通はなんとなくだ。

 

 マキマにいいところを見せようとしているデンジは、滞在五日目ほどから朝食の準備を手伝うようになっていた。手伝いといっても配膳や食器洗い程度だが、確実な進歩である。

 

「ふぁぁぁ……おはようございます……」

 

 マキマの家にやってきたデンジやポチタよりも、もっと遅くに起き出してくるのがユカリだ。

 

 場合によっては昼まで寝ていることもザラだが、マキマが彼女の分の朝食まで用意しているため、目を閉じかけながらも布団から這い出してくる。

 デンジがいるため、寝ている部屋から出る前にスキマで風呂場に顔だけ出して身だしなみだけは整えて現れる。が、眠そうな目はそのままだ。

 

 全員で朝食を食べたあとは歯を磨き、出社の準備やデンジの引っ越しの準備をしていく。

 デンジはまだ公安所属ではないためにラフな格好だ。

 自分だけ準備ができたデンジは、ここ一週間で増えた自分用の食器などを荷物に入れて大きなバッグを持ち、犬たちに囲まれながらソファで待機する。そのうち制服を着たマキマが顔を出すと、彼は少ししょんぼりとした顔で出迎えた。

 犬たちに囲まれつつも、デンジの膝の上をちゃっかりと陣取っているポチタの視線がマキマに向く。

 

「寂しい?」

「そりゃもちろん! できればもっと一緒にいたかったです。マキマさんと一緒に働いたりもしたいし……行くのが野郎の家だっつうから」

「一緒に暮らすのは怒られちゃったけど、たまに遊びに来て泊まっていったりするのはいいと思うよ。私も歓迎する」

「ホントっすか!? ヤッタ!! 絶対また来ます!!」

「うん、それまでには……」

 

 少ししゃがんだマキマの手が彼の頭に向かう。不思議そうにその様子を目で追ったデンジは、真正面からマキマの微笑みを見てしまって一気に顔を赤くする。

 

「寝癖を自分で気づいて直せるようにしないと、ね? 鏡をひとつあげるから、早川くんの家でも活用してあげて」

 

 マキマの手が優しくデンジの髪を撫でつける。

 一瞬、なにか起こったか把握できていなかったデンジは自分に起きた出来事をじわじわと理解して表情を明るくさせていった。

 

「はい、カッコよくなったよ。格好いいデンジくんは、早川くんのところに行っても、いい子にできるかな」

「できまぁす!!」

「早川くんの事情は話した通りだから……ポチタくんもよろしくね」

「ワン!」

 

 任せろとばかりにポチタが返事をする。それを聞いて嬉しそうにマキマは笑った。

 

 デンジはよく笑うマキマにいつも見惚れてしまう。

 でも、その笑顔をいつでも見られる生活はこの朝までだ。名残惜しい思いをしながらも、彼は心配をかけるまいとこれからの生活に思いを馳せる。男と一緒に暮らすことになるのは不満だが、マキマがデンジのために選んだ相手だ。多少は我慢しなければならない。そもそも、あのヤクザたちを相手にするよりはよほどマシだろうから。

 

「早川くんが、デンジくんが甘えられる存在になれたらいいね」

「まさか! 同居人は同居人ですよ。俺らは俺らでしっかりやるんで、まあまあ! 見ててくださいよ!」

「うん、早川くんとの行動は公安の研修として処理するから、いつも通りに過ごしつつ無茶をせず、悪魔退治をしたりしてくれれば大丈夫」

「得意分野だから、そんなに何度も念押ししなくても大丈夫ですって……!」

「ふふ、ごめんね。これだからユカリに過保護だって怒られちゃうんだろうな。デンジくんの活躍、期待してるね」

 

 二人のやりとりを呆れた様子で見守るユカリは、支度を終えたあともマキマが満足するまで見守ってやっていた。

 ユカリがポチタと目が合うと、ポチタもニッコリと笑う。合わせてユカリも微笑んだ。幸せそうでなによりだと。

 

 早川アキの家に向かう日の朝は、こうして過ぎ去っていく。

 デンジがいなくなったあとの夜、マキマは犬たちをぞろぞろと連れてユカリの布団にもぐりこんで眠った。

 ユカリもそれを許して、向かい合ったマキマの背中を撫でながら眠りに落ちた。

 

 寂しさは精神生命体に近い二人にとっては大敵だから。

 

 たった一週間で二人の懐に飛び込んできた少年は――。

 

「デンジ、お前まさかマキマさん()でこんなことしてねぇだろうな!?」

「はあ? してねーけど」

「シャンプーボトル全部使うとか馬鹿か!? やめろ!! あっちでやってなかったってことは使いかた分かってるんだろうがっ!! 風呂場がぬるぬるになって滑って転ぶぞ危ないだろ!!」

「へえへえ、分かりましたよ」

 

 さっそくお叱りを受けていた。




・早川アキ
頭を抱えている。事情は聞いているのであんまり強いこと言えないなと思っていたが、デンジが原作ほどではないにせよ、試し行動でやらかしているのでお兄ちゃんを発揮中。嫌いな悪魔より人間のほうがやらかしているので複雑な気持ち。

・デンジ
自分から望んだことだったけど、それはそれとして寂しいし、名残惜しい。
一週間ほどマキマの家で過ごして学んでいるので大抵の生活の仕方は覚えたが、それはそれとしてアキのところで試し行動に出てしまう。マキマに対してはお行儀良くしていたが、さっそく年上の男に対して甘えられるかどうか無意識にやっている行為。早川アキの名誉弟。

ユカリに境界をいじられており、「そのとき」が来るまで血を吐いたりはしないようになっている。体調不良をせき止めているだけの状態なのでめちゃくちゃやってはいけないことなのだが、ポチタにも心配をかけたくないので本人がしたいからこうしている。

・ポチタ
デンジが甘えられるかどうかの試し行動中はなぜそんなことを……?と思っていたが、アキの様子を見てちょっと納得した。いい人そうなので少しずつ仲良くなれればいいなと思っている。

・マキマ
納得はしたけど寂しいものは寂しい。デンジが生活に慣れたら学校にも短期でいいから通わせてあげたいなと思っている。

・ユカリ
たまに早川家を覗いてテレビ代わりに楽しんでいる。

・姫野
アキが成人した後に告白した。ハッピー。
本当は危険なことはもうやめたほうがいいと思っていたが、マキマがちゃんと死なないための対策をいっぱい提案して実施してくれていたりするので、それを信頼して公安にいる。
マキマとユカリには飲みの席で恋愛相談をしていたらしい。
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