スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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居候

 

「いちごジャム、梅ジャム、オレンジジャムにぃ〜……バターと蜂蜜ぅ〜! あと……シナモンもかけちゃお」

「ワンワンッ!」

「ほれ見ろポチタ〜! 最強のパンができちまったぜ〜〜!」

「ワンワンワンッ!」

 

 テーブルの上はぐっちゃぐちゃ。一人と一匹でテンションを上げながら騒ぐのをただ見ているしかできないアキはものすごい顔をしていた。

 

「ちょっとユカリさん。俺には手が負えないですって……ジャム類全部乗せとかしてテーブル汚しまくってるんですよ!? 食い物で遊んでるようにしか見えねーっていうか……」

 

 秒でマキマ家へと電話したアキは、電話に出たユカリ相手に愚痴る。朝から彼女が起きていること自体珍しかったが、直接の上司であるマキマよりもよほど文句が言いやすい相手なのでアキは助かったとすら思っていた。

 

「あら、私たちの前ではやらなかったことをしているのねぇ。同性だから遠慮がなくなった甘えみたいなものかしら……」

「微笑ましく思っている場合ではないんですけど!? あいつ十四なんですよね!?」

「でも言ったでしょう? 確かに十四歳だけれど、義務教育すら受けられずにヤクザ相手に借金を返すため体を張っていた子供なの。常識もなにもかも知らないから、根気よく教えてあげるしかないわね」

「……」

 

 眉間に深く皺を刻みながらアキは指で揉む。

 そう言われると弱い。事情が事情なのもあって怒りづらくなってしまう。しかし、叱ってやらないと本人のためにもならない。

 だが、アキの言うことを聞くかどうかはまた別でもある。デンジは美女二人が見ていないからといってごくごく普通に反抗してくるのだ。

 

「対策として私たちをダシに使っても構いませんわ。デンジさんとポチタさんのこと、よろしくね」

「はあ……分かりました」

 

 ユカリからそう言われても、いざダシにするとなるとアキには抵抗が生まれる。上司の存在を使ってデンジに言うことを聞かせたとしてもそれは一時凌ぎにしかならない。彼の教育のためにもそれは最終手段であるべきだ、と。

 

「はあ……」

 

 なんで五、六歳しか違わない年齢のやつを俺がこんなに面倒見なくちゃいけねぇんだよ、とアキは憂鬱な気分になった。

 彼の頭の中に思い浮かぶ顔は自分の弟の幼いけれど、明るい笑顔。

 目の前でとんでもないことをしているデンジとは似ても似つかない素直な弟。もうどこにもいない、会えない弟。

 手のかかるデンジとは全く違うのだが、どうしてだか思い出して心がぎゅっと痛むのだった。

 

「もしもし、姫野。昨日言ったことあったろ。ちょっと手伝ってくれ。あんたが発端だろ」

 

 諦めたアキは姫野に連絡し、待つ間にテーブルの惨状をどうにかすることにした。

 テーブルを汚されて今にもキレそうな自分の心をどうにか落ち着けて、二人で一枚のパンに齧りつく一人と一匹に近づいていく。

 

「おいお前ら、食べ物は粗末にするんじゃねぇ。テーブルの上は片付けろよ」

「おう、分かってらぁ。ジャムがもったいねぇもんな」

「バッ……! こぼして落ちたモンを舐めとるな!! 拭いて捨てるんだよこういうのは! 俺が言ってんのはなぁ、そもそもこぼすなってことだ。いいか?」

「え〜、もったいねぇ〜」

「もったいないと思うんなら、もっと丁寧に食器を扱え。慌てなくても飯は逃げないからこぼさずにジャム塗れんだろうが」

「あ〜、まあ、たしかにそうか……? もう腹いっぱい食えるし、ヤクザのじじいに邪魔されねぇのか」

「…………」

 

 アキは天を仰いだ。

 

「お前ら、トーストは食ったか?」

「あ? マキマさん家の朝飯はトーストだったぜ。うまかった!」

「そうか、ならフレンチトーストは食ったことあるか?」

「フレ……? んだそれ」

「甘いおやつみたいなパンだ」

「食ったことねー。パンってそのまんまでも十分甘くねぇか? 想像つかね〜」

 

 半目になってテンションを下げるデンジに、アキは手応えがなくて失敗したか? と少し心配する。

 想像できる理想的な生活をしてみることについてはテンションを上げて喜んでいるので、想像が及ばないものだとどんなものか分からなくて気が引けるのだろう。

 

「よし、じゃあお前ら二人でテーブルを片付けろ。その間に二人分のフレンチトースト作ってやる。褒美だ。やる気出してピカピカにしろよ」

 

 一人と一匹でパンを一枚分け合っている姿がなんだかとても、悲しくなったアキはストックの食パンがどれだけあるかを考えながらそう言った。

 なんにも知らずにこの二人を居候させることになったのであれば、もっと理不尽に怒っていただろう。しかし、彼は知ってしまっている。ほんの少しでも同情的になってしまえば、アキはそんなデンジたちを突き放しきれない。

 

 たとえポチタが悪魔だとしても、デンジとの仲を見ているとデンジよりもよほど遠慮して生活しているので、こっちのほうが利口だとすら言える。

 悪魔だからって頭ごなしに否定して嫌うような段階はもう、アキはとっくに乗り越えているのだ。主に神隠しの悪魔のせいで。

 

「は!? まだ食っていいの!?」

「いい。今日は急な出動命令がなけりゃ休みだし、お前らの腹の分量を知りたい。お前らの事情はある程度聞いて知ってるが、一緒に生活する以上ここは俺の家だ。俺の言うことには従ってもらう」

「イッコ聞いときたいんだけど、そのフレ……なんとかトーストってうまいの?」

「うまいぞ。だから楽しみにしておけ」

「へえ〜、分かった」

 

 やる気がなさそうに見えるが、ちゃんと片付け始めたデンジを見てアキは一安心する。ある程度、ジャムの瓶まで拭けよだとか、テーブルの上は雑巾でどうにかしろよとか、生ゴミになるからとビニール袋を渡してその中に片付けろよ、などの指示をしてアキは調理にかかる。

 フレンチトーストなんて手間のかかるもの、普段は一人なので滅多にやらないがお子様には効果覿面だろう。そう考えての行動だった。

 

 ……しばらくして、一人三枚ほどのフレンチトーストを焼き上げて大皿に盛り、バター、メープルシロップを塗って、ついでにカリカリに焼いた塩気のあるベーコン、ウインナーを横に乗せる。

 ボリュームたっぷりのプレートの完成だ。

 

「ちょ〜いい匂いがする〜!!」

 

 デンジが片付け、ゴミの入った袋をポチタが咥えてアキの元まで持ってくる。

 それを受け取りながら、アキは「お前ら手ぇ洗ってからテーブルに集合」と告げた。

 トーストの匂いでヨダレを垂らしそうな二人は慌てて洗面所に駆け込んでいく。

 

「ポチタ、抱っこしてやるから手洗え!」

「ワンワンッ!」

「アッ、ポチタの拭くものがねぇ!」

「ワフッ!?」

「いいか、一回でちゃんと覚えろよ。風呂場の足拭き用タオルがここに入ってる。ポチタの足洗ったらここに立たせて踏み踏みしろ。俺たちの手拭きタオルはこっちに吊るされてるやつだ」

「分かったぜ!」

 

 案外聞き分けがいい。一週間とはいえマキマの家で過ごしたからだろうか? 

 それがない野生児状態で預けられていたらこうはいかなかっただろう。そんなもしもを想像してアキは嫌そうな顔をした。これ以上に手のかかるデンジとポチタなど想像もしたくなかった。

 

 そうして準備を済ませてからテーブル前に座らせ、フォークを使ってフレンチトーストを食べるデンジを見守る。

 自分も食べつつ、事前にしっかり切り分けて一口サイズにしていたそれを口に含んだ瞬間、デンジの表情が綻ぶ。

 

「んだコレ、うめぇ……!!」

「ワッフ!!」

 

 一人と一匹が一瞬で笑顔になるのを見て、アキはなんとなく胸の内があたたかくなるような気がした。

 普段は一人で過ごす家だが、今や静かだった面影もないほどに騒がしい。それでも目の前で自分の作った料理をこれ以上ないほど喜ぶ子供を見ていると、充足感のようなものを覚える。

 

「……だからあの人、俺をよく食事に誘うのか」

 

 ことあるごとにアキを食事に誘い、真正面で眺めては楽しそうに笑う姫野の気持ちをはじめて理解したアキは納得したように呟く。

 

「あんまガンガンフォークを叩くように使うな、皿に傷がつくだろ。そんなに力込めなくても刺せるだろ」

「あ?」

 

 ガンッとフォークがウインナーに叩きつけられ、しかし端のほうを勢いよく叩いたために皿から弾き出されて転がっていく。

 

「あー!?」

「ほら言っただろ。もっと優しく食器使え」

 

 床に落ちたウインナーをさっと手で取り、口に入れたデンジをアキは呆然として見ていたが、諦めたようでそれについてはなにも言わなかった。

 

「あ〜もうなくなっちまった……えーっと、早川、さん?」

「アキでいい。お前にさん付けされるとなんか気持ち悪い」

「ひで〜。んじゃアキ。俺ぁ、こんなうまいモン人生ではじめて食ったぜ。あ〜、ありがとな。ポチタにもいいモン食わせてもらって」

「……これを当たり前にしていくんだよ。お前らの育った環境がおかしかったんだ。前のことはもう忘れろ」

「おう、そーする。今さいこ〜に幸せだもんね」

 

 テーブルの下で同じく皿に乗ったフレンチトーストをもっきゅもっきゅと食べるポチタの背中を撫で、デンジはニカッと笑った。

 

「食べかすが口の横についてるぞ、馬鹿が」

「えっ、マジ!? んあ〜れろれろれろ」

 

 変な顔をしながら口の周りを舐め回すデンジに、ふっと笑い出すアキ。

 厄介な奴らを押し付けられたと不満を溜めていたが、思っていたよりは二人とも素直な子供だったので、まあこれなら大丈夫かと安心したのだろう。

 

 食事を終えると、今度は積極的にデンジが立ち上がり食器を持ってキッチンに向かった。

 

「洗うの分かるか?」

「おー、分かる分かる。これなら向こうでもやってたぜ!」

「そうか、なら頼む。割るなよ」

「んなヘマしねーよ」

 

 洗い物をしてからしばらく、リラックスした時間を過ごしているとようやく家のチャイムが鳴らされた。

 連打されるチャイムに「毎回毎回やめろよ」と怒りながらアキが出迎えにいく。

 

「やほ〜、キミらが噂のデンジくんとポチタくんか!」

 

 やってきたのはアキに呼び出されていた姫野である。

 ラフな格好で部屋に上がってきた彼女にデンジの視線が釘付けになる。しかしぶんぶん頭を振って目を逸らした。

 

「俺ンにはマキマさんとユカリさんがいるもんね!!」

「なに言ってんだ姫野は俺のだ。いっちょ前に品定めしてんじゃねぇ」

「はいはい、どうどうどう。子供の言うことを間に受けな〜い!」

「イッた!」

 

 一瞬でピリついた空気になったアキの背中をぶっ叩いて姫野が笑う。

 

「私、姫野。デンジくんたちが研修生扱いになるってことは、私たちはキミらの先輩ってことだからよろしくね。あ、でもデンジくんってかなり昔からデビルハンターとしての活動してるんだっけ?」

「図体がでかいだけの悪魔なら俺とポチタでぶっ殺せますよ! 変な能力持ってるやつとかは無理だけど」

「ポチタくんを直接武器として使ってる感じかな? チェンソーってかなり強そうだけど、なんかすごく可愛い見た目だね……」

「多分、本調子じゃないんだと思います。昔、死にそうなところに血をあげて契約したんで」

「弱体化中かもってことかぁ〜」

 

 だが、姫野は笑顔の裏で冷静に二人の戦力を分析する。

 悪魔と契約しているとはいえ、チェンソーを扱うのと変わらない武器の使いかたをしていたとなると、重たいチェンソーを振り回しながら悪魔の攻撃を受けずに倒す必要がある。

 切れ味がすごく良かったとしても、ポチタの刃渡はそれほど長くない。その状態で特殊能力のない悪魔だとしても、巨体を切り刻んで倒すとなるとどれだけ上手く立ち回っても子供がどうにかできるとは到底思えなかった。

 

 それでも生き残り、巨体の悪魔を殺すことができたということはつまり、事前に聞いた悲惨な食事情があったとしても、それだけのことができるほどのフィジカルがデンジにあるということだ。

 

「ってことは、結構動けるほうなんだね」

「いつ聞いてもとんでもないな……」

 

 しかも恐らく年齢が一桁のときからデビルハンターをしている。

 

「デビルハンター歴としてはアキくんより先輩かもね」

「俺ンこと先輩って呼んでもいいぜ」

「……こいつ、次の任務に連れて行きますか。どうします?」

 

 ドヤ顔のデンジを華麗にスルーしてアキは姫野に尋ねる。

 

「実力を見せてもらいたいし、新たに契約悪魔が必要かどうかも判断したいから連れていくのはありだね」

「新しい契約ぅ? ああ、ユカリさんから必要だからって神隠し? ってやつとはもう契約してあるぜ」

「え!? ああ、命綱だもんね、あれ」

「あれを使いこなせれば強くなれる、が……結構難しいんだよな。神隠し」

「ま、なんとかなるっしょ。今度の任務? ってやつ、連れてってくれよ!」

「ワンワンッ!」

 

 やる気があります! という風に鳴くポチタも手伝って姫野とアキは頷いた。

 

「ところでデンジくん。ここにスタンプカードがあります」

「あ? んだそれ」

「アキくんの言うことをちゃんと聞いて、いい子でいられたらここにこういう……カラフルなスタンプをひとつずつ押していくんだけど……コレを全部スタンプで埋めたらマキちゃ……マキマさんがなんでもひとつデンジくんの言うことを叶えてくれる権利をプレゼント! って感じでどう?」

 

 隣で聞いていたアキがすごい顔をした。

 

 許可とったんだろうな? 

 まさか、無許可! あ、でもユカリちゃんにはいいよって言ってもらえたよ? 

 あとで本人に言っておけよ……。

 

 目線だけでそんなやりとりをした姫野とアキは、びっくりして目を見開いて固まっているデンジを見つめた。

 

「……マキマさんがなんでもひとつデンジくんの言うことを叶えてくれる権利をプレゼント? それってスタンプ集めたらマキマさんがなんでもひとつデンジくんの言うことを叶えてくれるって、ことか!?」

「そういうこと〜!」

「エッチなことも!?」

「すごくエッチなことはマキちゃんが逮捕されちゃうからダメだけど〜、ちょっとだけエッチなこととかはイケるかも?」

「す、すげ〜……うお〜〜! すげ〜〜〜!! 

 

 ダシに使っても良いとはユカリに言われていたが、勝手にとんでもない約束を交わした姫野を見つめてアキは憂鬱な気分になる。

 

 マキマは、勝手にデンジの願いを叶えることにされたことを知らない。が、今の彼女は相当デンジとポチタに甘いので喜んで願いを叶えてやろうとするだろう。

 

 コレを知っているユカリはただただ、黒幕のように裏で糸を引いて笑っているだけである。自分も叶えてあげるつもりではあるものの。

 

「アキくんの言うことを〜、デンジくんはちゃんと聞けるかな〜?」

「聞きまぁす!!」

「よ〜し、よしよし、いい子だね〜」

 

 アキはただ遠い目をした。

 子供は単純である。




・デンジ
ちょっとだけ原作よりも聞き分けがいい。
神隠しを使いこなせるようになったら絶対強い。そもそもポチタを武器として普通に使ってるだけで悪魔退治できてるのがヤバい。センスが元々あるんだろうなあ。

・アキ
胃薬を購入するかどうか検討中。
事情を知っているので多少当たりが柔らかい。我慢してくれている。
目出度く姫野と付き合っている。

・姫野
子供の扱いがわりとうまそう。一緒になって遊んだり悪戯してくれたりするタイプの面倒見の良いお姉さん。
デンジの世話のためにユカマキを遠慮なくダシに使う。友達なので許される。

・ユカリ
こういう黒幕はやる。楽しい。

・マキマ
なにも知らないけどとりあえずある程度のお願いは聞いてくれる。

あと数話この章をやってから次の年かな。

・没ルートその②
原作と同じくゾンビ戦でチェンソーマンになる。
ただし、裏の思惑として「少しずつ悪魔をデンジの元に向かわせてその討伐記録をとっておくことで公安に入りやすくなるデータを集める」ことをマキマがやっている。
マキマが最後に派遣した最終試験の相手がゾンビの悪魔だった。
マキマは「デンジくんとチェンソーマンなら絶対大丈夫!」と過信、過大評価して考えて判断ミスをした形になる。
幽霊は知っているのときの姫野みたいに、ユカリ、ユカリどうしよう!とマキマからの連絡がユカリに来る。
思い込みが強めなマキマの性質が仇になったルート。

没理由
デンジの観察して理解を深めた今のマキマさんがそんな判断ミスするわけないだろ!!!!!と自分の中で盛大に解釈違いキレ芸をかましたから。

余談
果てしなき……
映像は美しかったですね!!
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