「現場は中野区サンプラザ付近、対象は『
無線で共有される内容にアキが眉間に皺を寄せる。
急いで走る車内にて、後部座席に乗せられたデンジはシートベルトの存在に嫌そうな顔をしながらそっと外した。隣に座っているポチタもしていないので、わざわざ窮屈な思いをする必要はないと思ったのだろう。
運転はアキ、助手席に姫野がいるため、デンジを止める人物はいない。そもそも車で現場に急行したり、悪魔を相手にしている際にはルール無用になる場合も多く、デビルハンターで交通ルールを生真面目に守っている人物は少ないが。
「カネの悪魔だってよ〜。こっそりとっ捕まえたら金に困んない生活ができたりすんのか?」
「ワンワンッ!」
「ロマンがあるね〜。確かにお金の悪魔捕まえたらお金いっぱい作らせられそう!」
ケラケラと肯定しながら笑う姫野にアキは「変なこと吹き込まないでくださいよ」と苦言を呈す。
「金の悪魔が金を生み出せるとしても使ったら偽金扱いで捕まるぞ。そう上手くはいかねぇよ」
「え〜〜そうなの〜〜? んだよ使えねーな」
「悪魔の影響で生まれた金は基本使用不可だ」
特定はしづらいが、悪魔の影響で生まれた金銭が発覚した場合、無効になる場合がある。文字通り金の悪魔が量産したお金や、副産物的に発生した永遠の悪魔の影響下の万札などのことだ。
後者は特に万札をいくら集めても全てが同じ番号のお金であるため分かりやすく、これをまともなお金として使用すると出所を警察に聞かれることとなる。
悪魔の影響が濃い社会であるからこそ、その辺りは徹底されているのだろう。
「そういや金の悪魔って言えば、二ヶ月前くらいにロンドンで出たってニュースなかったっけ? たまに見かけるよね」
「いろんな国に出てるみたいだが、そのたびに討伐されてるんだよ。地獄に送り返されては頻繁に戻ってくる悪魔の一体だな。たまに犯罪組織が囲っていることがある」
「ってことは結構弱いのかな。現場監督でマキちゃんたちが来てるらしいけど、聞く限りだと二人が見にくるような凶悪な悪魔じゃなくない?」
「安易に決めつけないほうがいい。本体が弱くても嫌らしい能力を持っている場合もある」
「え!? マキマさんとユカリさん来るの!?」
後部座席でだらけていたデンジが跳ね起きて運転席のシートをバンバン叩く。
「運転中なんだよ、揺らすな! 叩くな!」
「そうだよ〜。初任務研修、いいトコ見せられるように頑張ろうね!」
「はあい!!」
「ワンッ!」
元気よく返事をしたデンジとポチタに、大丈夫かコイツらという顔をしたアキが溜め息を吐く。
「現場だぞ。緊張感くらい持て。相手がどんなことしてくるか分からないときは特にだ」
「へえへえ」
運転席のアキからは見えないだろうと、デンジとポチタは不服そうに舌をべーっと出して返事をした。
「バックミラーで見えてんだよ。研修なんだからちゃんと言うことは聞け。いいな?」
「デンジくんたち、スタンプ欲しくないのぉ〜?」
「……! ほしい!」
「ならちゃんと指示は聞いてね」
「は〜い」
今度こそデンジはきっちり返事をした。
やがて車が止められ、封鎖された道路に三人と一匹が向かう。
「お疲れ様です。公安退魔二課の早川さんと姫野さんで……うぉ……すね。そっちの男性と悪魔……は、どうされたんですか?」
「マキマさん、ユカリさんバディから新設する特異課のモデルケースとして預かっている元民間のデビルハンターと、その仲間の悪魔です。そのうち公安の所属になりますよ」
「へえ、これが……よく分かりました。通って大丈夫です。封鎖前に中にいた人々がまだ残されていまして、避難が完了できていません。できるだけ早く悪魔の駆除を願います」
「分かりました。尽力します」
「お気をつけて」
アキが封鎖している警察と話すことでスムーズに現場に入り、騒がしい方向へと向かっていく。封鎖している警察は現場を見たわけではないらしく、金の悪魔の能力を直に見たりもしていないらしい。
しかし、無線でその能力の嫌な部分はしっかりと共有されていた。
曰く、金の悪魔は『金の悪魔に触れた人物の貯金を吸い取り、任意の金額を消費することで戦いの武器を作る』という、どっかの誰かに似ている能力を所持しているのだという。
アキと姫野の脳裏に天使の翼を持った悪魔が浮かぶ。マキマがじきじきにスカウトして公安にやってきた彼は寿命を吸い取り、武器にする能力を持っている。その寿命武器は強力なものが多く、アキの刀も彼と契約して作り出したものだ。
天使の悪魔は、派遣社員のように特別協力制度を使用して故郷から出稼ぎに来ているらしく、彼は故郷では人間たちと穏やかに暮らしているのだとか。
天使の悪魔も人間と共存のできる悪魔のモデルケースのひとつだ。
どうしても悪魔に対して懐疑的な視線を持ちがちなアキは、彼のことを知って衝撃を受けたことがある。なにせ、天使の悪魔は人間の恋人がいるというのだから。
「ひゃはははは! どうだ! 俺に近づけないだろう!! 俺を殺すために触ったらそいつの全財産をいただいちまうぜぇ〜!! 金が惜しくないやつだけ俺に攻撃するんだなぁ!!」
「アレだな」
「アレだね」
「アレっすね」
「ワフーン」
やがて封鎖地点から歩くこと数分。無数の人間を触手らしき臓物で結びつけた悪魔が大声で威嚇しているところを目撃した。大きな体で、豚のような姿をした悪魔が口から舌の代わりに臓物を吐き出して人間を捕まえているのだ。
「三ヶ月使用。オラオラ近づけないだろ〜!」
「うわぁ〜〜! お、俺の給料三ヶ月分がぁ〜!!」
悪魔の前には金ピカの武器がズラリと並んでおり、それを触手で持って振り回している。
能力のわりに頭の悪そうな挙動をしている悪魔だった。
「汚い天使くんだね」
「あいつと一緒にしてやるなよ……」
ニヘラっと笑った姫野の言葉にアキがさすがにそれは……と返す。悪魔嫌いだが、それはそれとして自身の命綱のひとつと言ってもいい武器を提供してくれた相手でもある。悪くは言えなかった。
「見た目は豚の貯金箱かしら。可愛くないけれど」
「そうだね。人から奪ったお金を自分に貯金してると見ると、なんだか嫌な感じがする見た目だ。本人は金の悪魔だって名乗ってるけど、貯金箱の悪魔の可能性もあるかな」
その声が聞こえた途端、デンジはパッと表情を明るくさせた。
「マキマさん! ユカリさん!」
「こんにちは、デンジくんにポチタくん。初任務だね」
「あら、デンジさんにポチタさん。期待していますわ」
現場監督としてこの場にいるのだろう。二人に駆け寄っていくデンジの尻に、犬の尻尾のようなものがぶんぶん揺れている幻覚をアキは見た。ごしごし目元を拭ってもう一度見ると、さすがにその幻覚はもう見えなくなったが。
ユカリとマキマの二人はどうやら最終手段としてここにいるらしい。
一番に優先されるのはデンジがこの現場にどう対処するのか。それを見るためにこうしてわざわざ現場監督として見に来ているのである。
「あいつに触れたらその時点でアウトなんです?」
「いい質問ね、早川さん。公安に案件が回ってくる前にね……ほらあそこのうずくまっている人がいるでしょう? 民間の人なんだけれど、あの人は触手を切断して捕まっている人を何人か助けたのだけど、それだけでかなりの財産が吸い取られてしまったらしいの。近くの銀行から電話がかかってきて愕然としていたわよ」
「だからあんな燃え尽きてる顔してるんですね」
「うわ〜カワイソ……」
「あ? それって武器越しに触ってもそうなるってこと……っすか?」
「そうみたいだね。デンジくんの想定通りだよ」
二人はあくまでチュートリアルとしてこの場にいるらしい。悪魔の情報を聞かれればそのまま話し、アキと姫野はますます悪魔の厄介さを認識する。
「武器越しでもダメなんじゃ、すぐにあいつを殺せても殺したやつに必ず被害が出んのか……嫌な能力持った悪魔だな」
悪魔を殺すことを命題とし、金に頓着しないほうであるアキもこれには性格が悪いと苦笑いをするしかなかった。
「いざとなれば俺がやりますよ姫野さん」
「ええ〜でも、せっかくの貯金だしアキくんのは残しておいたほうがいいんじゃない? 一気に全部吸い取られるわけではないだろうし、私が幽霊で絞め殺したら安全じゃないかな」
「悪魔越しに能力が影響するかどうかですね……幽霊なら大丈夫でしょうけど」
「でしょ? なら私かな〜」
二人が意見をまとめて決めようとしたときだった。
「俺行きますよ」
デンジがニカッと笑ってポチタを抱っこする。
「ええ、でもポチタくん越しだとお金取られちゃうかもしれないよ?」
今回の相手は研修としては相性が悪かったかなと考えていた姫野が、デンジに申し訳なさそうな顔をして言った。けれど、デンジは引き下がらない。
「触ったら貯金取られるんでしょ? 貯金なんてモン、少しもねぇから俺が適任っしょ。そういうことッスよね、マキマさん」
「……正解。デンジくんには悪いけど、キミなら大丈夫だと思って呼んだんだ」
「ね? 期待されてんなら応えね〜とな! だけど触手みてーなのがいっぱい来たら本体まで辿り着くのはムズイかもしれねぇ……どうすっかな」
「それなら心配しないでいいよ。デンジくんには神隠しの応用を教えてあげる。キミはただ、まっすぐ構えて走っていくだけでいいよ」
「マキマさんが言うんなら間違いねーな! んじゃ、アキ、姫パイ、無敵の俺が悪魔ぶっ倒してくっからしっかり活躍見てろよ!」
「お〜頑張れデンジくん!」
「敬語外れてんぞ。まあ、見ててやる」
張り切って走っていくデンジを見送り、姫野が笑う。
「孤独の魔人をアキくんが倒したときみたいだね」
「ああ……そうですね。もう、俺は孤独の魔人の攻撃を受けられないでしょうけど」
二人がバディになってはじめての任務を思い出したらしく、姫野はアキを見上げた。
孤独の魔人。攻撃を受けた人物の愛する人物が全て死に、攻撃を受けた人物だけが生き残り、最終的に孤独になる。そういう能力を持った魔人だった。
あの当時のアキは大切な人が一人もいなかった。全員銃の悪魔に殺されたから。だから、孤独の魔人の攻撃を躊躇いなく受けつつ、返す刀で殺すことができた。
しかし、今のアキではもうその戦法は使えない。
再び孤独の魔人に攻撃されれば、目の前で姫野が死ぬのは明白になってしまったから。
そんな、公安入りたての時期の青臭い自分のことを思い出してしまったのだろう。煙草を取り出したアキは、自身を落ち着けるために火をつけて深く息をする。
昔の自分と同じように、実に青臭いデンジの活躍を眺めながら。
ヴヴン!
ポチタの尻尾のスターターを引っ張り、チェンソーを構えたデンジがただがむしゃらに走っていく。ただただまっすぐに。マキマに言われた通りに。
デンジに気がついた悪魔が豚の貯金箱の中から触手を伸ばして振るうが、目の前で薙ぎ払われてもデンジは止まらない。
パチン
マキマが指を鳴らす音が響く。
その瞬間、デンジの目の前には触手ではなく金の悪魔本体の横顔があった。迷いなくポチタを構えたまま突進し、金の悪魔が気づいて驚愕するその顔面にポチタの回転刃を突き出す。
「なんで少しも躊躇しなっ!? ウギャアアアアアア」
「俺は一文なしだから無敵だ無敵ィ! ギャハハハハ! 遠慮なくベタベタ触ってぶっ殺してやらぁ〜!!」
エンジンの音。回転する刃。肉を切り裂き、ぐちゃぐちゃにする音。巨大な豚の貯金箱の横っ面を切り裂いて血と脂に塗れて尚、切れ味と勢いを鈍らせないポチタのチェンソーが悪魔の太い首を上から下まで切断していく。
トラックほどもある豚の貯金箱の首を上から切断するほど大きく跳躍したデンジのフィジカルも、やはり化け物じみたものがあった。
遠くからその光景を見ているアキと姫野は、「結構動ける」どころではないデンジの動きを見てポカンと口を開ける。吸っていた煙草が口から落っこちた。
「んな……」
「お〜壮観、壮観。すごいね〜デンジくん」
「どうかな、早川くん。彼、使えるでしょ」
マキマの声に振り返ったアキは、彼女の表情がこれ以上ないほどに綻んでいるのを見て驚愕する。
「なあに〜マキちゃん。そんな恋する乙女みたいな顔しちゃって〜」
「え、そうかな……恥ずかしいね。期待以上だったから嬉しくて」
「へ〜? ふ〜ん? ほ〜ん?」
ユカリに言わせれば、マキマのその顔は間近で推しのライブを見ることができたオタクのそれなのだが、姫野にはどうやら恋する乙女じみた表情に見えたらしい。
静かながらも興奮して上気する頬を押さえたマキマは控えめに笑った。
「未成年はダメだよ〜マキちゃん。でも彼が成人したあとなら歳の差でもまあ……誤魔化せるし応援したげるね!」
「もう……姫野ちゃん、別にそういうのじゃないよ」
「またまた〜」
姫野にいじられるマキマをニコニコと眺めながら、ユカリは帰ってきた血まみれのデンジを手招きする。
「アレなんの話、してるんすか?」
「気にしなくていいのよ。それよりご褒美をあげるから、こちらにいらっしゃいな」
「は〜い!」
素直に寄ってきた彼らの口に、ユカリは包装をといたキャラメルを入れてやる。まるで雛鳥に餌をやる親鳥のように。
彼女の指先からデンジたちの口の中にキャラメルが転がり込んできて、その甘さに一人と一匹は嬉しそうな顔をした。
「うめぇ〜! なんすかこれ!?」
「キャラメルよ。美味しいでしょう。あとで箱ごとあげるから、二人で分けて食べてね」
「もっと食えるってよ! やったなポチタ!」
「ワン! ワンワン!」
デンジに抱っこされたまま尻尾をブンブン振るうポチタを見てユカリも微笑む。
マキマは姫野に絡まれたまま、満更でもない思いをしつつもそれを羨ましそうに見ていた。
こうして、デンジの研修中初任務は大成功で終わったのである。
ギリギリに仕上げてるので誤字脱字チェック甘かったらすみません。
いつも報告ありがとうございます!!
感想返信は今日の夜に行うのでちょっと待ってね!!
Q.金の悪魔?貯金箱の悪魔?
A.貯金箱の悪魔です。金の悪魔だと思われているものの三割くらいは貯金箱の悪魔の仕業。能力もかなり似ていそう。「貯金箱を勝手に割られる・あるいは銀行強盗などでお金を失う恐怖」で成り立っています。
・孤独の魔人について
小説版のバディストーリーズを読もう!!岸クァの、クァンシが好きになった女が、実は岸辺が好きだったという例の話っぽいものも見られるぞ!夢の江ノ島旅行の話が苦しくて大好き。
・デンジのご褒美
抱きしめるのはマキマの役目だと思ったので、ユカリはおやつで餌付けすることにした。
・マキマの指パッチン
神隠しを使うときに格好つけてやる。
library of ruinaとかの指パッチンSEが格好良くて大好きなのでマキマさんにもやってほしい。マキマさん図書館版白夜E.G.O着て♡(うちわ)
次回にちぇんそ〜小話挟んで次の年に行きます。