スキマ妖怪と支配の悪魔   作:時雨オオカミ

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犬派と狐派

 

「マキマさん、本当にお一人で?」

「ええ、私は一人で大丈夫です。施設の封鎖だけお願いしますね」

「承知いたしました。お気をつけて」

 

 送迎の車から降りたマキマは躊躇いなく施設内へと踏み込んでいく。

 駐車場は関係者以外は無人だ。運転手をしていたスーツの男が管理者に話を通し、マキマは現場へ直接向かうことになっている。

 

 そうして森の木々に紛れて彼女の姿が人間たちから見えない位置まで来ると、その背後にリボンで結ばれた亀裂が現れる。

 

「あら、本当にリボンをつけてくださっているんですね。嬉しいわ」

「つけてって言ったのはユカリでしょう」

 

 背後から声をかけられてもマキマは振り返ることなく歩く。その背中に揺れる三つ編みには、先端で結ぶのではなく三つ編みの中に直接編み込まれた赤いリボンが静かに主張していた。

 

「仕事の見学?」

「ええ、マキマはあまり本部からは動かないのね。書類仕事のお手伝いもしてあげたけれど、やっぱり現場に出るのも見てみたかったの」

「そんなに現場が見たいなら、他の子を紹介してあげてもよかったけど」

「どう説明するつもりなんです? それに、あなたがいいって言っているのに他の人の話をしないでほしいものね。妬けちゃうわ」

「うそつき」

 

 スキマに座ったままマキマの隣に行き、優雅に横並びで移動するユカリに一瞬目を向けたマキマは静かに呟いた。無感情のようでいて、確かに批難する感情が声色に入っている。

 ユカリもまた、隠れ里という名目で幻想郷の友人についてを度々……聞いてもいないのに話すので、知らない人間についてを話すのはお互い様である。

 扇子で口元を覆ったユカリは笑う。

 

「ここのはどんな事件があったのかしら? バディにするみたいに話してみせてください」

「私がバディ組んで仕事してたのは相当昔だけだよ……でも、うん、手伝ってくれるなら、バディ扱いしてあげてもいい」

「いいですよ。悪魔と戦うのも楽しそうですし。普段は殺さないように力を使った決闘ばかりですから。たまにはそういうのもいいと思うんです」

 

 八雲紫はあくまで妖怪だ。美しさを至上とする幻想郷の決闘法にも満足している。しかし、それはそれとして暴れられるのであれば楽しい運動ができるといいなと思う程度のことはある。

 普段は幻想郷の管理者として、賢者としての振る舞いをせざるを得ない立場にいる。それは自身で望んだことでもあったが、このような世界であれば思い切り能力を使っても怒る怖い実力者はいない。

 本気を出してないとはいえ、幻想郷の命名決闘法でも容赦なく廃列車爆弾を使うようなやつがなにを言っているんだとチクチク責める霊夢はこの場にはいないのだ。

 

「……この小田原いこいの森に現れたのは推定、動物系の悪魔だね。木々に爪を研いだような大きな痕跡が残っていて、施設に自然にいる小動物がいっせいに逃げ出すのが確認されたよ。さすがに動物までは全部避難できないから、そっちは自分で逃げられる子達だけ外に避難してると思う。フクロウとか、ムササビとか、ウサギとかの野生動物ね。施設や動物たちが被害を受ける前に狩れたら一番いいと思う」

「動物系の悪魔ですか。なんの種類なのかは判明していないのかしら?」

「被害がないからまだなんとも……ただ、十何年も前にあったヒグマの被害でヒグマの悪魔の力がとても強くなっているだろうから……余計に警戒しているみたいだね。現れてもおかしくないから」

「80年台の……それは、さぞかしお強いことでしょうね」

「被害がない時点でそれはあり得ないと思うけどね。ヒグマの悪魔ならとっくに人が食べられてると思う。爪痕の目撃証言は森林運動公園のほうだよ。そこから移動してるかもしれないけど、問題は特にないかな」

「それはどうして?」

「私はね、特別に鼻が利くから」

 

 心なしか得意げにユカリを見上げるマキマに、彼女は微笑んで「それは素晴らしいことですわ」と返す。

 

「こっちから悪魔の匂いがする。行こう」

 

 マキマは歩くペースを早め、「それと」とユカリの手を引っ張った。

 

「一人だけ楽をしないでほしいかな」

「あら、手を繋いでほしいならそう言えばいいのに」

「違う」

 

 スキマから降り立ったユカリがマキマの隣を足早に追いかける。

 やがて、爪痕のついた樹木から大きく逸れて二人はどんどん奥のほうへ向かって行った。

 

「いた」

「お昼寝中でしょうか」

 

 木々の中から抜け出して広場となっている場所にいたのは大きな獣だ。周囲に細かく散らばった鳥類の血の跡を気にせず体を丸めて眠っている。日差しのちょうど当たる良い位置にいるその悪魔の尻尾は、人間の腸のようなもので編まれて構成されていた。

 

「思っていたより大きくはないね。人間に好かれる姿をしているからかな」

「それは本気で言っているのかしら?」

「え……? だって人間って」

 

 二人の話し声に気がついたのだろう。頭部らしき部分についた三角の耳がピクリと動き、その巨体が動き出す。2トン車ほどの大きさを持った縞模様の肉体を伸ばし、人間の腕と同じ形状をした手が四本。四肢代わりにした悪魔が二人を睨みつける。よく見ると縞模様のように見えていたのは、ズタズタの皮膚の下から覗く臓物の色である。

 

「猫、好きでしょ?」

「あれを猫だとは認めませんわ。妖怪の猫は普通のも、死体を集めてるのも、お金にうるさいのも、もっともっと可愛いもの」

 

 悪魔の姿は嫌悪感を覚えるほどに醜悪だ。人に近いほど人に親しい悪魔であることを考えれば、猫の悪魔は人間を害する意思しか感じることのできない姿をしている。間違いなく凶暴だろう。

 

 ズシン、ズシンと人間の手の形をした四肢で重々しく地面を踏み締め、猫の悪魔が首を傾げる。人間の目玉がいくつも眼窩に嵌め込まれたような目がギョロリと二人を見つめて舌なめずりをした。

 

「昼寝を終えたら運動の時間だ。遊びがいがありそうでいい。ただの畜生はすぐに壊れてしまうからな。よく動き、よく悲鳴をあげ、ワタシを楽しませてくれよ人間」

 

 おどろおどろしい低い声で話す悪魔に、二人は互いの目を合わせる。

 

「人間ですって、マキマ」

「そっちこそ」

 

 そして、二人は同時に笑った。

 

「馬鹿にしているのかア!? 猫は人間を踏みつけにしても良いのだ。望まれてることだからナア!」

 

 猫の悪魔が腸のような太い尻尾を振るう。

 地面が抉れるが、その場にもう二人はいない。

 

「誰もいないのは確認済みだから、好きにやっても大丈夫」

「お互い楽しくやりましょう、マキマ」

 

 マキマが現れた場所へと重々しい体を伸ばして猫の悪魔が跳躍する。鋭い爪を立てて地面に一度、二度と手をついて獲物を転がしてやろうとしたその攻撃は、突如地面に穴が空いたことで空振りに終わった。どころか突然のことにバランスを崩して野太い悲鳴をあげる。

 猫の前足が飲み込まれた亀裂には、端に場違いなほど可愛らしいリボンが結ばれていた。

 

「うがあああアアアアッー!?」

 

 そして猫の悪魔の目の前に同じくスキマが開いて、勢いをそのままに自分自身の腕が伸びてきて頭部の一部を吹き飛ばした。耳を自身の手でもぎ取ってしまった猫の悪魔がその場をのたうち回る。

 スキマを解除され、解放された腕は行き場のない痛みによって暴れ回りその辺の地面を破壊しながらジタバタと動き回った。

 

「大事な猫耳がなくなってタヌキになってしまいましたわね」

「わ、わ、ワタシは誇り高き猫の悪魔だぞ!? なんてことを、なんてことをオオオォ!」

 

 ユカリの言葉に笑ったのはマキマだけだった。

 暴れる腕を日傘で叩きつけたユカリがマキマに視線を向ける。あらぬ方向に折れ曲がった手をなおも暴れさせ、猫の悪魔が痛い、痛いと泣き喚く。

 

「マキマ、この子どうするつもりなの? 殺していいの?」

「んー、使えそうだから……首輪をつけておこうかな」

 

 ジャラララと鎖を擦る音が響き、マキマから放たれた鎖が猫の悪魔の手足を縛ってぶちぶちと引き千切る。五本目の鎖は首に巻きつき、地面に無理矢理こうべを垂れさせて静止した。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ! ワタシは猫の悪魔だぞ!? 弱いものを嬲り殺しにする程度のことで殺されてたまるか! お前たち人間が許していることではないか! 猫がなにを狩っても、猫が人間を見下しても! それで良いと許すんじゃあないか! ワタシを殺すのか!? ワタシはお前たちの大好きな猫なんだぞ!?」

「よく喋る口だ」

「うぐ、ぐぁ……」

 

 マキマの一言で首につけられた鎖が引き絞られる。

 

「残念だけど、私は犬派なんだ。ごめんね」

「私もしいて挙げるなら狐派ですね。藍には悪いけど……これを猫だとは思いたくないので」

「そんなっ、馬鹿なっ、馬鹿なァァァァ!」

 

 叫ぶ悪魔の額にマキマの鎖が突き刺さる。

 

「私に従うと、言いなさい」

「……はい、従いマス」

 

 四肢を捥がれた猫の悪魔は虚な表情で答えた。

 

「ご協力ありがとう、ユカリ」

「最初からそれができたでしょうに」

「ユカリも運動したかったんでしょう」

「そうですけれど……ま、いいでしょう。なかなか楽しめました。この悪魔はどうするのかしら?」

「支配できてるから悪魔収容所に送って、安い対価で契約できるように教育を施してから公安の人員が使えるようにしようかな。狐みたいに選り好みせずに頭とか手足とか尻尾とか使えたら便利だもんね」

「いいですね」

「……ところで」

 

 ユカリの話の合間に、仕事が終わったことを施設入り口の人間に無線で通達したマキマはユカリを横目で見て尋ねる。

 

「狐派なの? 藍って誰」

「私の飼っている狐ですわ。ペットのような部下です」

「ふうん、私に他の人の話をするなって言っておいてそれなの? 妬いちゃうな」

「あら嬉しい」

「京都の狐に八つ当たりしようかな」

「多くの人員と契約している悪魔なのでしょう? やめてさしあげてくださいね」

 

 マキマの顔を見れば冗談だと分かる言葉だったが、仲の良い(じゃ)れ合いのようなもので、二人は特に気にすることなく会話を続けていく。

 

「ペットってことは抱きしめてあげたりするの?」

「そういうことはしたことがありませんね。私の代わりに仕事を遂行してくれるいい子なので、好物はいっぱい買ってあげたりしますが」

「へえ、そういうものなんだ」

「でもあなただって自宅のワンちゃんたちは抱きしめるでしょう?」

「ユカリはうちの子たちにまで妬いちゃうの?」

「それと同じことですわ」

「そう」

 

 遠くから人間たちの足音が聞こえてくる。

 人外の聴覚でそれを察知した二人は顔を見合わせた。

 

「あとで打ち上げしたいな」

「お酒を美味しく飲めるならなんでもいいですわ。それでは、またあとで」

 

 スキマの中に消えていくユカリを見送ってマキマは人間の足音が聞こえてくるほうを向く。その瞬間のことだった。突然背後からにゅっと手が伸びてきて彼女の上半身に絡みつき、胸の前で手を組んだのは。

 

「えっ」

「ばあ」

 

 背後にスキマを開き、その中からマキマを抱きしめたユカリは悪戯が成功した子供のように笑ってまた引っ込んでいく。

 

「マキマさん、制圧お疲れ様です。マキマさん?」

 

 やがて到着した運転手兼部下が不安そうに彼女を見上げる。

 マキマはしばらく放心したあと、なにか悪魔に精神攻撃を受けたのではと焦る部下を見て、ようやく動き出したのであった。

 




悪魔のデザイン考えるのが一番難しいまでありますよこれ。
原作が秀逸すぎるから。
時間軸はわりとスキップします。でも水族館とかスキー場とかはやりたいので交流と戦闘をバランスよくできたらいいなあ(願望)
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