抱きしめさせて!
※ デンマキ要素
「それで、デンジくん。話ってなにかな?」
デビルハンター本部内にて、時間ができたデンジは一人ウキウキでマキマの元へやってきた。つい先ほど姫野・アキコンビとともに人物画の悪魔を討伐し、その報告のついでである。
デンジは書類仕事をしているマキマに「美術館にいた悪魔はぶっ殺して処理しました〜! 周りの美術品の被害も早パイが守ったりしてたからほぼなしでーす」とゆる〜い報告をしつつ、報告のあとに話があると切り出した。
「早パイか姫パイから聞いてるかもしんねーすけど、俺がいい子にしてたときにスタンプ押してくれてるんすよ。そんで、そんで……スタンプが集まったらマキマさんにひとつお願いができるって言われてるんす」
「うん、姫野ちゃんから聞いてるよ。それで?」
優しく促すマキマに、デンジは四つ折りにしたスタンプカードをポケットから取り出す。スタンプカードという名前だが、スタンプなのは前半だけで後半は様々なシールがスタンプの代わりに貼られているところがある。キラキラなシールやふわふわのシール。アクリルで覆われて中身のキラキラが動くシールなど、子供が喜ぶようなものだ。
よくできましたと書かれたスタンプからだんだんシールに移行していっているが、その後も早川の印鑑が押されたりしているため、恐らくシールで代用しているのは姫野だろう。二人とも満遍なくデンジを評価してやっているらしい。
そんな三人と一匹の軌跡が載ったスタンプカードをマキマに見せてピースするデンジ。
ドヤ顔をした彼とスタンプカードを交互に眺めて微笑ましそうに笑ったマキマは「すごいね、半年くらいでもうこんなにいい子にできたんだ。デンジくんは頑張ってるね」と彼を褒める。デンジは憧れの人に褒められて明らかに有頂天になっていた。
マキマ主導の忘年会で楽しく公安の面々と交流し、拾われてからはじめての年越しを早川家、姫野、マキマ、ユカリで過ごした出来事からさらに時間が経ち……1995年の春。
桜の下で花見を行い、花より団子を自分の身で体験したのもつい一ヶ月ほど前のことだ。
「それで、デンジくんは私にどんなお願いがしたいのかな」
「はい! その、スタンプ全部集めていい子にしたんで……そんで、そんで、俺、九九も覚えたんすよ! 小学校範囲の算数ドリルはほぼ完璧になって、これ知ってたらもっと金の計算楽だったろうなって思うようなモンも覚えて……漢字は少し苦手だけど……漫画とか読んで書きはともかく読みのほうは結構できるようになってきたんす……だから」
「うん」
「だから……」
「うん」
「だから……!」
「うん」
マキマが首を傾げてデンジを見上げる。
書類の手を止めて、彼だけに集中して見つめている。
それだけでデンジは緊張してマキマの胸を凝視しながら手を震わせた。
「マキマさんを抱きしめてもいいですか!? 」
「うん、いいよ。実は学校に通うための手筈は整えてあ……うん?」
「え?」
「……」
「……」
お互いに沈黙。
そして、きょとんとした表情でマキマは「そんなことでいいの?」とデンジに疑問を投げかけた。
「な、なんで学校……?」
「早川くんに、デンジくんの夢を叶えてあげてほしいってお願いされたからね。私はちょっとまだ様子を見たほうがいいんじゃないかと思ってたんだけど、ユカリに過保護すぎるって叱られちゃったから」
「そ、そすか……早パイとユカリさんが……」
びっくりしたように話すデンジに、マキマは笑いかける。
「でも、それとは別に『抱きしめたい』のかな。『抱きしめられたい』じゃなくて」
「も、もちろんす! マキマさんを抱きしめてみたい……です!」
「いいよ。このお願いも聞いてあげるし、学校のこともなしにはしないつもり。ただ、私からもちょっとしたお願いがあるんだけど……いいかな?」
上目遣いでデンジを見つめるマキマに、彼は空返事しかできなかった。
上の空になりながら、ハグを許可された事実を噛み締める。そして、席から立ち上がって職務卓を回り込み、デンジの前に立つ。そして後ろ手で卓に手をつき、胸を張るように「どうぞ」と静かに言った。
マキマの胸に挟まれたネクタイがデンジの視界に入り、彼はごくりと喉を鳴らす。
マキマの同心円状の瞳に見つめられながら、デンジは頭の中を大変賑やかにしながら強張った表情で両手を伸ばす。
恐る恐る、その状態で近づいていく。すると、後ろ手を卓に乗せていたマキマが動き、デンジの伸ばされた腕と腕の間に自ら入り込む。しかし、自分から来てはいるものの、その手はおろしたまま。あくまでデンジが言ったのは『抱きしめたい』だ。『抱きしめられたい』ではない。だから、抱きしめやすいように腕の中に入ってマキマは待つ。
「……ふっ、ふぅー……ぅ…………!」
デンジの呼吸はだんだん荒く、怪しくなってくる。しかしマキマは嫌な顔ひとつせずにただ彼が落ち着くのを待ってあげていた。
そしてとうとう真っ直ぐ伸ばされた腕を折り曲げてデンジが勢いよく目を瞑り、ぎゅっとマキマを抱きしめる。
「わっ……」
マキマはさすがに驚いたような声を出したが、痛いほどに必死に抱きしめてくるデンジに悪い気はしないらしく微笑ましくしている。
デンジの頭の中は先ほどよりももっとうるさくなっているが、彼女にはもちろん聞こえない。ただ、お互いに密着しているせいでデンジの強い心臓の鼓動はもしかしたら感じられたかもしれない。
強い緊張と、恐らく汗の匂い。悪魔を討伐してきたあとだからかうっすらと血の匂いも纏っているが、彼に抱きしめられてデンジの匂いに包まれながら、マキマもゆっくりと深呼吸をする。
「緊張しているね、デンジくん」
「し、してます……」
「抱きしめてみてどうかな?」
「ちょ〜……柔らかいす……」
デンジは明らかにマキマの胸を意識しているが、同時に自分の腕の中に閉じ込めているマキマが思っていたよりも小さく感じて驚いていた。
彼を助けにきた瞬間のマキマの背中を大きく感じていたため、実際とのギャップにドキドキしている。出会ってから一年も経っていないのに印象はかなり変化していた。
デンジの腕の中に閉じ込められ、痛いほどに抱きしめられているマキマのほうは余裕そうに笑ってその頭を彼に預ける。
「ふふ、そっか。デンジくんは半年ですごくたくましくなったね。痩せて薄い体だったのに、今はもうこんなに分厚くなっちゃったんだ。すっかり男の子らしくなっちゃった」
ふふ、と笑いながらマキマがこぼすのは当たり前の変化に対する言葉。
だというのに、その言葉を聞いてますますデンジはドキドキしてしまった。ある種の高揚感がデンジの頭の中を占領する。
腕の中のマキマをずっとこうして閉じ込めておきたいとさえ考えるほどに。
「成長期はまだまだあるから、もう少し背も伸びるだろうね。私ももう追い越されちゃったかな? デンジくんは、今何センチくらいあるの?」
「えと……この前、170超えてました」
「そっか、それじゃあ私よりはもう高いかな。こうして抱きしめられてると、なんだか安定感があって、安心する」
「そ……すか?」
いつまでもこの時間が続けばいいと思ってしまった。
だが、あくまでマキマの反応は子供の成長を喜ぶそれである。
それを感じ取ったデンジは無性に悲しくなった。デンジはこんなにもマキマに焦がれて好きなのに、マキマ本人は保護者としての顔しか見せることはない。
デンジは知っている。マキマと暮らしたのは短い時間だったが、彼女はユカリといるときはもっと違う顔も見せるということを。
ユカリと二人きりのとき、彼女はもっと無邪気に笑う。
子供っぽいわがままを言ってみたり、冗談を言ったり、もっと気安く接している。
それを知っているから、デンジはたまらなく好きな彼女のもっと奥の奥まで。素の部分まで知りたい。自分も見せてもらいたいと思った。
ユカリのことを母のように慕ってはいるが、デンジはマキマについてのことではわずかにユカリに嫉妬している。
マキマは大人っぽくて、クールで、デンジの憧れの人で、好きで好きでたまらなく好きで認めてほしい人だ。今でも十分認めてもらえているが、デンジの欲は深まるばかりで、マキマに男として見てほしい気持ちも抱いているのだ。
だから必死に抱きしめて離れないようにしながら、ぐりぐりと犬のように頭を擦り付けて甘える。
彼に抱きしめられながら、マキマはやはり微笑ましい以上の感情をなかなか見せてはくれなかった。
「うん、本当に……人の成長は早いね」
「勉強のほうでも、もっともっと成長するんで、そのときはまた褒めてほしい……す。それに、もっと俺、ちょ〜カッコよくなるんで、今度はマキマさんのほうから抱きしめてほしいって言ってもらえるようにするんで」
「もちろん。頑張ってるデンジくんを私は応援するよ……もっとカッコよくなっちゃったら、デンジくんはモテるだろうなあ」
「そう……すかね」
デンジは内心で「ぜって〜振り向かせてみせる!!」と息巻いているが、マキマに対する言動はいくらかおとなしい。
そして抱きしめられたまま、マキマは本題に入った。
「それでね、私からのお願いなんだけど」
返事をするデンジにたんたんとマキマは話す。
「デンジくんにはね、単独である学校に潜入してもらいます」
「はい……はい?」
冒頭の話を忘れかけていたデンジは間抜けな声を出した。
「大丈夫、キミにはなにもないように安全対策は万全にしていってもらうから。怪我は絶対にさせないよ。ポチタくんは学校に行っている間はお留守番ってことになっちゃうんだけど、いいかな?」
「あ〜、ポチタは一人で留守番だと泣いちまうんで、マキマさんの家に遊びに行かせてあげてもいいすかね? それなら大丈夫です」
ポチタが泣くところを想像できなかったのだろう。マキマは一瞬沈黙してからその事実……チェンソーマンが泣く生き物であるという事実を飲み込み、話を続ける。
「……分かった。ポチタくんも寂しいもんね。本当はちゃんと学校に通わせてあげたかったんだけど、こんな形でしか夢を叶えてあげられなくてごめんね」
「いえ! マキマさんが謝る必要ないっすよ! だって、それでも俺の夢、叶えようとしてくれてるし……!」
「ありがとう……ねえ、デンジくん」
「なんですか?」
「今の生活は楽しい? 幸せ?」
「そりゃもちろんですよ!」
「そっか、それなら良かった」
安心したようにマキマが笑う。
けれど、抱きしめている状態のデンジにはそのホッとしたあどけない表情が見えることはなかった。
「んで、学校に潜入って……任務ってことですよね? なにすればいいんですか?」
「デンジくんにはね、ある悪魔を見つけてほしいんだ。いろいろ便利な能力を持っているかもしれないからって、ユカリが探してたんだけど……なかなか見つからなくて」
「どんな悪魔なんすか?」
二人は抱き合いながらそのまま話を続けている。
「探してほしいのは『花子さんの悪魔』だよ。説明はあとで資料を渡すからそれを読んでね」
「はい!」
「その学校でね、目撃情報と行方不明者がいるから本当にいるのかを調べてほしいんだ。いなかったらいなかったでいいんだけど」
「へえ〜分かりました。ま、デンジくんはいい子だし大天才なんで任せてくださいよ! ぜってぇ〜そいつを見つけてやります!」
「良かった……ありがとう。頑張ってね、通うのは中学校の二年生の教室。キミの事情はある程度話しておくから安心してね。期間は三ヶ月くらい。あくまで調査だから、軽く考えて大丈夫だよ」
「もっちろんす! あ、でも、成功したらご褒美ほしいですマキマさん! もっとすごいの!!」
「もっとすごいの……? うーん、どんなのがいいの?」
「……ほっぺにちゅ〜とか!」
「いいよ」
「マジっすか!? やった〜〜〜〜!! 」
マキマを抱きしめたまま、デンジは喜んでジタバタした。
その状態は後でデンジを迎えにアキが来るまで続けられることになる。
当然、アキによる叱られが発生するのだった。
・人物画の悪魔
美術館ホラーなスピンオフがあったらしい。鏡だと思ったら悪魔本体で、わちゃわちゃの余波によってデンジにぶち割られて呆気なく討伐が完了した。
本来なら犠牲者の人物画を用意して絵画の中に取り込んで食べて、自分の眷属にしてしまうタイプの悪魔だったらしい。ギャグ落ちの犠牲になった。
・デンマキ
デンマキ成分を吸って自分で元気になった。
いないのになぜか存在感をかもしだす紫様。なんでだろうなぁ……。
・ハグ
デンジの念願その1。胸も堪能したし、男の子らしい体になったねって言われてすごいドキドキしてる。マキマさんマジ魔性の女。最高。
レゼ編の予約してたアクスタも届いてウキウキです。
・学校潜入編
実はある。潜入するのは中学校なのでレゼ編で不法侵入する学校の違和感にはギリ気づかないという塩梅になる。高校からは牛乳パック付きの給食とか出ないなんてデンジは知らない。そこは変わらないので。
ちなみにアサちゃんが出ます。アサちゃんの中学の情報とか確か出てないよね……?(単行本を読み返しながら)
チェンソーマンの主人公二人とも性格・言動の解釈一致度をあげる難易度がめちゃくちゃに高いね。
・映画特典
世間では次の特典が結婚式仕様になっている派とマキマさんが出てきて「そんな夢を見ていた」オチになる派で割れている……気がする。個人的にIFはIFでバッサリと切り捨てる後者で、ですよねー!って思いっきり傷つきたい。